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Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-58


休憩を終えたタバサは、一人カジノへと戻って、あの蠱惑的な女性と対峙した。

「お早いお戻りで、嬉しいわ。
 さあ、夜はこれから。私と共に、愉しい一時を過ごしましょう……」

女性は目を細めてタバサを見つめると、そう言って真っ赤な舌でちろりと唇をなぞる。
そうしてから、テーブルへつくようにと彼女を促した。

タバサは少しだけ考えてから、頷いて席に着く。
念のため、背中から覗かれることが無いように壁側の椅子を選んだ。

場所を変えるように要求するべきだろうかとも少し考えたが、それではこちらが不正行為を疑っていると相手に教えるようなものだろう。
あくまでも、向こうの勝つからくりを暴くことが、今回の任務なのだ。
警戒されて、イカサマの使用を差し控えられてしまうようなことになっては元も子もない。

幸い、相手が指定してきたのはシューターが退出して空いたテーブル、つまりは先程と同じ場所だった。
ここならば、先刻の勝負最中に既に仕掛けが無いことを十分確認している。
仮に自分が席を外している間に何か仕込まれていたとしても、変化に気が付けるだろう。

「では、ゲームを始めましょう。『サンク』のルールは、ご存じね?」

女性は、そう言ってカードの束が入った小さな箱をタバサの前に向かって滑らせた。
タバサは頷いて、その箱を手に取る。

サンクとは、それぞれに1から13までの数字が割り振られた土・水・火・風の4属性の札を用いて行う、カード・ゲームである。
ワイルド・カードとして1枚の虚無の札を混ぜることもあるが、このカジノでは使用していないようだ。
各参加者に5枚の手札が配られ、それを好きな枚数だけ山札と交換して、出来上がった組み合わせの強さを競う。
ハルケギニアでは平民にも貴族にも広く親しまれている、ごく一般的な遊戯であった。

タバサは、カードの箱をじっと観察してみた。

真新しい箱で、まだ封も切られていない新品だった。
封を切ってカードを取り出すと、イカサマを真剣に疑っていると悟られない程度に、ざっと広げて観察してみる。
もしマジック・アイテムだとしたら、『ディテクト・マジック』を使わずとも、タバサほどの使い手ともなれば僅かな魔力を感じるものだ。
だが、魔法がかかっているようには感じられなかった。
カードは確かにきれいな新品で、傷や印、その他の怪しい特徴も見当たらない。

それから顔を上げて、女性の姿を観察してみる。

彼女は露出の多い衣装を着て、ネックレスなどの装身具をいろいろと身に帯びていた。
あれらの中のどれかが、マジック・アイテムだという可能性はある。
それらを使用するような不自然な動作や合言葉には、念のため注意を払っておく必要はあるだろう。
女性以外の周囲の従業員や客の中には、今のところ不自然な行動などは見受けられなかった。

素早くそこまで確認し終えると、タバサはカードの束を女性に返そうとした。
が、女性は微笑んで、それを押し留める。

「当店では、公平さを期すために、カードを切る役はそちらにお任せしておりますの。
 お嬢様はそんなことをお考えにはならないでしょうけれど……、先程騒がれた方のような、面倒なお客様もおられますもの。
 どうぞ、好きなようにカードを切ってくださいな」

タバサはそれを聞くと、ほんの僅かに眉根を寄せた。

この女性も、その他の従業員も、誰を杖を持っていないので、魔法を使った不正行為はまずなさそうだ。
それでいて、こちらにカードを切らせるということは、素早い<手先の早業>などを用いたイカサマでもないということか。
なにか珍しいマジック・アイテムなどを使った不正という線は、一応まだ残ってはいるが……。

それとも、この店が儲ける仕組みは、実はゲームでのイカサマなどではないのだろうか?

そういえば、ディーキンはあの部屋にもうしばらく残るといって、この場について来てはくれなかった。
それを聞いた時には……、なぜか、自分でも不思議なくらいに、がっかりしたものだ。

だが、冷静に考えれば妙な話である。

彼は、肝心な時に意味もなく仲間を放っておくような人ではない。今更、そんなことを疑いはしない。
それにシルフィードにも、まだ自分と残って欲しいといって、引きとめていた。
そして、向こうに戻ったらあのトマという名の給仕を呼んでくれるようにと、自分に頼んだ。

タバサは、その給仕の姿を頭の中で思い浮かべてみた。

目の前の女性に意識が惹き付けられていたせいもあってあまり注意していなかったが、今思うと、なんとなく気になる人物だった。
どこかで見たような……、でも、思い出せない。

ディーキンの考えでは、目の前の蠱惑的な女性やこのカジノよりも、あの給仕や奥の部屋こそが重要なのだろうか。
今自分が追っている線は、見当はずれなものなのだろうか。
だとしても、それならばなぜ、そのことを私に教えてくれないのだろう……。

そう考えるとタバサは、何だか少し寂しくなった。
しかし、すぐに気を取り直す。

(彼には、何か狙いがあるはず……)

ディーキンが、意味もなく仲間に対して情報を伏せるとは思えない。
彼が自分に教えなかったことや、シルフィードを引き留めたことには、必ずや何か意味があるはずだ。

ならば、彼のすることを詮索するよりも……。

(私は今、自分にできることをするべきだ)

タバサはそう結論すると、迷いを振り払ってカードを切り始めた。

(あの人は、私が何をしても疑うことなく信じ続けてくれた。
 だから、私も何があろうとあの人を信じ続けるのだ)

それは、タバサの誓いであった。


そうして2人が勝負を始めてから、しばしの時が過ぎた。

今や、タバサは追い詰められていた。
表情こそまったく変わらないものの、その額には、うっすらと汗がにじんでいる。

相手の女性は愉しげな笑みを浮かべて、そんなタバサの苦境を眺めていた。

この女性は別に、高度な技巧を駆使するわけでも、不自然な行動をとるわけでもなかった。少なくとも、タバサの見た限りでは。
双方の手役に不自然な偏りがあったりするわけでもなく、見たところ何も、イカサマと疑えるような要素などはない。

ただ、相手の手の強弱の見極めや、勝負の駆け引きが、恐ろしく巧みなのである。

タバサがここぞという時に密かに大きく張ろうとしても、一切乗ってこない。
こちらにどんなチャンス手が入ってもすぐに降りられてしまい、僅かな参加料だけしか得ることができない。
それでいて、自分の方が少しでもこちらより強い手を持っている時にはその事を的確に見抜き、機を逃さずに勝ちに来るのだ。

(まるで、こちらの手や考えを、完全に見通されているかのよう……)

手札を何かの方法で覗かれているのではないかとも疑ったが、背後は壁で、自分の手札を覗ける位置には誰もいない。
周囲にサインを送るなどの疑わしい行為をしている者も、特に見当たらない。

それでも手札を自分の体に押し付けたり、一瞬だけ見てすぐに伏せたりなど、いろいろ工夫をしてみたが、状況に変化はなかった。
僅かな表情や気配の乱れを見抜かれるのかと、普段以上にポーカーフェイスにも努めてみたが、やはり効果はない。

この女性は何かイカサマをしていて、それを見抜けないのだろうか。
それとも、ただ私が弱いだけなのか……。

まるで何も判断が付かず、思考がぐるぐると渦を巻く。
そうこうしているうちにもじりじりとチップは減り続け、とうとう手持ちは、僅か数枚になってしまった。

「あらあら、大分お手持ちが少なくなったようですわね。
 それではもう、お嬢様が逆転されることはないでしょうねえ……」

「…………」

女性の声には、僅かに嘲笑するような響きがあった。
タバサはイザベラに大敗したときのことを思い出して、悔しさのあまり小さく唇を噛む。

周囲には大勢のギャラリーが集まって勝負を見物していたが、何人かがもう勝負はついたと見切りをつけて、去っていこうとする。
しかし、他の観客はむしろ、一層期待を増したような顔で見物を続けている。

女性は、そんな観客たちを一瞥してからタバサの方に視線を戻すと、艶やかな唇を歪めてにやりとした笑みを浮かべた。

「見物のお客様方も、退屈なされている御様子で……。
 そこでひとつ、皆様に余興を提供する意味でも、お嬢様に逆転の機会を差し上げる意味でも、よい提案があるのですけれど――」

立ち去ろうとしていた観客たちが、おや? と足を止める。

「――お嬢様のお召し物をカタにチップをお貸しする、というのはどうかしら?」

一瞬、場が静かになる。

次いで大きな野次と歓声、拍手喝采。
そして、ごく僅かな怒りの声が上がった。

(私が負けたら、この場で服を脱げというの……!?)

タバサは、屈辱のあまり俯いて微かに身を震わせながら、テーブルの下でぐっと拳を握りしめた。
しかしそこで、ふと考えつく。

もしかしたら、この女は負債を負わせた客の服を半強制的に脱がせて、何かしようというつもりなのだろうか。
タバサは自分がそんな、これまでに数回しか手に取ったことのない、いかがわしい趣向の本で読んだような真似をされることを想像した。

たとえば、相手を蹂躙し、屈服させ、虜にして……、二度と自分から離れていけなくするような、そういった類の行為……。

任務で命の危険をも顧みずに戦うことには慣れていても、タバサもやはりうら若い少女である。
怒りでかあっと熱くなっていた頭が、今度は怖気で急速に冷えていく。

そういえば、周囲の客たちの中にはこのことを知っていたように、最初からにやついた笑みを浮かべている者が何人も混じっている。
つまり、こんなことがこのカジノでは、頻繁に行われているということだ。

タバサは、自分はいつの間にかとんでもなく危険な状況に置かれているのではないか、と悟った。

それがわかった以上は、もう勝負を切り上げてこの場を去るべきだろうか?
いや、しかし……、それは結局、ただの推測だ。
それが事実かどうかを確認するまでは、帰るわけにはいかない。

けれど、杖も持っていない今の自分が、そんな状況に身を置かれたら……。

果たして、私は無事に、ここから帰れるのだろうか。
これまでの自分のままで。

そんな彼女の怯えをも、見ぬいているのか。
目の前の女性は魅惑的な微笑みを浮かべながらも、目には獲物を狙う猛禽のような残忍な光を輝かせて、タバサを見つめた。

「そうねえ……。お召し物ひとつにつき、チップ100枚分でしたら、お嬢様にも失礼にならないかしら。
 そのくらいの額ならまだ、そちらに逆転の目もありますでしょうしね。
 もしお嫌でしたら、お引き取り戴くしかありませんけれど?」

「……」

タバサは、すぐには返事ができなかった。
命を失うことはこれまで何度も覚悟してきたが、こんな状況に立たされる自分を想像したことはない。

「ふふふ……」

そうして、獲物を追い詰め、たっぷりとその怯えを味わった上で。
今度は甘やかな声で、“助け舟”を出してやった。

もちろん、本当にタバサを思いやっての事などではない。
彼女の弱みに付け込んで、さらに危険な末路へと誘うためである。

たとえそれが奴隷船だと知っていても、溺死寸前の者にはすがる以外の道はないであろう。

「……まあ、貴族のお嬢様ですもの。そんな恥ずかしい真似はお嫌で当然ね。
 私も無理にとは言いませんわ、実を言えば、他にもっといい方法がありますのよ――」

それを聞いたタバサは、顔を上げて女性の方を伺った。
女性は微笑むと、手を伸ばして戯れるようにタバサの頬に触れ、ゆっくりと愛撫していく。

「ぁ……」

タバサは、思わず妙な声を漏らした。

女性の指が触れるたびに緊張にこわばる筋肉がほぐされて、鳥肌が立ってゆくのを感じる。
優しく触れるその指先から、この美しく蠱惑的な女性の魅力が余すところなく、みだらなまでに伝わってくるのだ。

もちろん、親友のキュルケも美しいし、魅力的な女性である。
母様も。それにルイズや、シエスタも。

だが、この女性のそれは、そういった尋常な美しさや魅力とは、まるで別物だった。
これこそが真の魔法なのではないかとさえ……、自然の理を超えているのではないかとさえ、思えてくる。

自分が男でないことが惜しい、などという考えまでが脳裏をよぎった。
それを認識したとき、タバサは陶酔と空恐ろしさとの入り混じったような、名状しがたい感情に襲われた。
そのようなことなどはこれまでに一度もなかったし、自分がそんな気になるなどと、ほんの僅かに想像した事さえもないというのに。

霞がかったような頭の中で、手遅れにならないうちに振り払えと、微かに理性の声が命じている。
だが、体は麻痺したように動かない。
最初に入り口で、この女性にしなだれかかられた時と同じだった。

もしかしたら、服を脱がされるまでもなく、自分は既に、この女性の虜にされているのではないか……。

「――こういうのはどうでしょう。
 あなたの……、御令弟様にした許したことがないという、その唇をかけていただくというのは?」

それを聞いたタバサは、はっとして、僅かに顔を引き攣らせた。
突然頭の中にかかった靄が吹き散らされたように、正常な思考が戻ってくる。

「愚かしいとお思いでしょうけれど、殿方というのは往々にして、そういった見世物を好まれるものでしてね。
 あまりお安くしてはお嬢様に失礼ですから、チップ500枚分ではいかがかしら?」

「……」

「結局は、皆にとって得な話だと思いますわよ。
 与えたところで、減るものでもありませんでしょう……、ねえ?」

それを聞いたタバサは俯いたまま、ぐっと固く手を握りしめた。
顔が、僅かに朱に染まっていく。

この女は、一体私を何だと思っているのだ。
そんなことはできない、絶対に。

不埒にも唇にまで触れてこようとした指を強く叩いて振り払うと、タバサはきっぱりとした声で答えた。

「断る。服でいい」

それを聞いた女性は、少しばかり驚いたような様子で、不機嫌そうに眉をひそめる。

「……あら、そうですか。
 それは残念ねえ、こんなにいい提案を断られるなんて……」

タバサは努めて気持ちを落ち着かせると、自分に言い聞かせた。

大丈夫だ、ここにはディーキンも、シルフィードもいてくれている。
彼らがいれば、こんな連中に自分が思い通りにされることなど、決してないはずだ。
自分には選択の余地はない、どちらかを受けなければ、これ以上調査を続けられなくなるのだから。

「続ける」

一層興奮を増した観客たちの見守る中、服をカタに借りたチップを手元に積んで、タバサはゲームを再開した。
しかし、何ら勝つための足掛かりを掴めていない以上、不利な状況は変わらない。

あっという間に負債がチップ100枚分に達し、靴を片方脱いだ。
次に、もう片方の靴を。蝶ネクタイを。靴下を。
上着を、シャツを、ズボンを……。

そうしてタバサは、今やレースのついたシュミーズ姿になってしまった。
これを取られれば、後は下着一枚きりである。

「ふふ……。よい眺めで、お客様も喜んでおられますわ。
 ここまで身を張って、当店の経営にご協力いただいたこと、感謝いたしませんとね」

「……っ!」

「ですが、いつでも、唇のほうも受け付けますわよ。
 寒々しい恰好をなさって、そろそろ脱ぐのもお辛いでしょう?」

嘲るような笑みを浮かべる女性と、囃し立てる周囲の観客たち。
激しい怒りと悔しさ、それに恥辱の念によって、タバサの薄い胸はしきりに上下していた。

「どうです、次は唇を……」

「断る」

タバサは、顔を上げて正面からきっと相手をにらみつけながら、そう答えた。

(許せない)

この女が。
一瞬でも、そんな下種の見てくればかりの美しさの虜になった自分が。

たとえ、この場で裸に剥かれたとしても。
この女にだけは、そんなことを絶対に許してやるものか。



(……この、小便臭えクソガキが……!)

タバサの相手である女性、リスディスは、表面上は余裕のある蠱惑的な笑みを維持しながらも、その胸中では酷い悪態をついていた。
実のところ、先ほどからずっとである。
思った以上に粘るタバサに対して、内心苛立ちを募らせ続けていたのだった。

(こっちが体裁を気にして、ちょっとばかり遊んでやってりゃあ、いい気になりやがって……!)

あたしがその気になりゃあ、てめえなんざ一瞬で堕とせるんだよ。
大体、《思考の感知(ディテクト・ソウツ)》で心を読まれてることにも気付かない間抜けが、あたしに勝てるわきゃあねえだろうが。

さっきトマを呼び出した残りの2人が、何とかしてくれるとでも思ってんのか?
この底抜けの馬鹿どもが、あの色男はとっくの昔に《怪物魅惑(チャーム・モンスター)》に捕まってあたしの虜さ。
そうでなくてもあの野郎の恩人の腐れ×××なオーナーはこっちの掌の中だ、口を割れるわけがねえ。
いくら粘っても無駄なことさ、あいつにはあたしがてめえを堕とすまで、せいぜい連中との話を長引かせて時間を稼げと命じてあるんだ。

クソ意地を張ってねえで、てめえはさっさと泣きを入れて、売女らしく唇を売ればいいんだよ。
いいや、売女なんて上等なもんじゃあない。
今までの連中と同じで、てめえもじきにそっちから舌を垂らして、愛玩を請い願うようになるってのに。
肥溜めみてえな世界で生まれた卑しいメス犬の分際で、主人の手を叩きやがった。

考えているうちに、リスディスの胸中でどす黒い怒りと欲望とが急激に渦をまいて膨れ上がり、今にも破裂して噴き出しそうになってきた。

どんなにこのガキががんばっても、どうせあといくらもたたないうちに服が尽き、唇を賭けざるをえなくなるのだ。
こいつがどんなに反抗的だろうが、所詮は一時の儚い抵抗にしか過ぎない。
何の問題もない、何も、焦る必要はない……。

そんな理性の訴えも虚しく、燃え上がった怒りは、すでに彼女の分別を失わせかけていた。

もう、待てない。待てるものか。

こいつの身も心も今すぐ自分のものにして、甘美な精気を啜ってやる。
足元に這い蹲らせて、泣いて詫びさせてやる。
鞭を懇願させて、局部という局部を針で飾り、全身の皮を剥ぎとってやる。
すべての尊厳を剥ぎ取って、あたしの機嫌を伺うためなら親兄弟だろうが見ず知らずの他人だろうが悦んで殺すブタにしてやる。
100回も狂わせてから嬲り殺して奈落に堕とし、“魔悦の園”シェンディラヴリで永遠に魂を苛んでやる。
てめえは永遠に、あたしの慰みモノだ。

今、決めた。そう決まった。

リスディスは、これでも決して愚か者ではない。
むしろ、並の人間を凌ぐ優れた頭脳を持ち合わせているといえよう。

現にこれまでは先を見据え、我慢強く振舞い続けていた。
自分の正体を隠し通し、この地下カジノをまんまと掌中に収めて、日夜退廃と堕落の宴を繰り広げてきたのだ。

だが、所詮彼女は混沌と邪悪の渦巻く奈落界アビスから来た来訪者であるデーモン(魔鬼)の一員。
タナーリ(魔族)と分類されるデーモン群の一種である、サキュバス(淫魔)なのである。
その癇癪を起こしやすく気紛れで、破壊と流血を好む本性は、いつまでも抑えきれるものではない。
膨れ上がる欲望を半端にしか満たさずに行儀よく振る舞う日々は、彼女の中に欲求不満を募らせて、その忍耐力を奪っていた。

そこへきて、本来ならば自分の玩具でしかないはずの弱く卑しい人間の女ごときが、ひどく反抗的な態度を見せたのだ。

それは、意思の弱い人間を容易く虜にすることに慣れきっていた彼女には耐えがたく不快な出来事であった。
生じた苛立ちはたちまち膨れ上がり、彼女の理性の枷を根こそぎ吹き飛ばしてしまったのである。

彼女は先ほどからずっとタバサの思考を読み、その手の内を見通すとともに、王宮から調査に来た騎士であることも既に把握していた。
それをこちらの傀儡にして疑いの矛先をかわすとともに、王宮内にまで影響力を広げようという計画を練ってもいた。

だが、そのことさえも、とうに頭の中からは消えていた。

悠長に堕落してゆくさまを味わうような“高尚な”趣向や、まどろっこしい権謀術数なんぞ、もうやっていられるものか。
お上品な真似は胸糞悪いデヴィルどもにでも任せときゃあいいんだ、あたしの性には合わねえ……!

「ああ、ご立派ですわ……。でも、もう意地を張る必要もないのよ……。
 だって、そうでしょう? こんな公衆の面前で、貴族のご令嬢が裸身を晒すなんて、結局は耐えられないでしょう?」

邪悪な女性は、今や砕け散った分別の残照でしかない笑みを顔に張り付かせ、混沌と邪悪の衝動が命じるままに“力”を解き放った。
目標は、目の前のおろかな人間の小娘だ。

「ですから、さあ……。
 『私にその唇を、差し出しなさい』!」

最後の言葉を言い放った瞬間、リスディスの大きく見開かれた目が、その邪悪な力で一瞬熾のように赤く輝いた。
同時に、強力な《示唆(サジェスチョン)》の魔力がタバサを襲う。

「――ぅ……?」

タバサの口から戸惑ったような小さな呻きが漏れ、次いでその目がたちまち虚ろになって、視線が宙をさまよった……。


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