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暗の使い魔‐16


「アルビオン行きの船は明後日にならないと出ないらしい」
桟橋に交渉に向かっていたワルドが、戻るなり椅子に腰掛けた一同に向かってそう告げた。
大理石でできたテーブルにぐったり張り付きながら、ギーシュはほっとため息をついている。
キュルケは退屈そうに頬杖をつきながら。タバサはやはり変わらず本を読みながら。
そして官兵衛は、鉄球に腰掛け肩を回しながら、その話に耳を傾けていた。
ワルドの話によれば、明日はスヴェルの月という、二つの月が重なる夜なのだそうだ。
その翌日の朝、アルビオンがここラ・ロシェールにもっとも近くなるらしい。
「急ぎの任務なのに……」
ルイズは不満そうに口を尖らせた。
彼らは今、ここラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に宿泊していた。
宿を選んだのはワルドである。官兵衛は、あまり目立つような場所に寝泊りするのは危険だ、と反対したのだ。
しかし、あまり粗末な宿では強盗やスリなど、かえって遭遇する危険も増す、という事から、一向はワルドの提案を受け入れた。
いまいち納得がいかない官兵衛であったが、ここで揉めても仕方が無い。彼は渋々承諾した。
ワルドが今日はもう休もう、と鍵束を机の上に置く。
「キュルケとタバサは相部屋だ、そしてギーシュとカンベエが相部屋、僕とルイズは同室だ」
ワルドの言葉に、それぞれが自分の部屋の鍵を取った。ルイズが慌てて、ワルドに言う。
「ダメよワルド!私達まだ結婚してないじゃない!」
しかしワルドは首を振って、ルイズを見つめる。
「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」
ルイズはそう言われて、困ったように官兵衛を見た。
しかし官兵衛は、欠伸をするのみでこちらを見向きもしない。挙句、さっさと寝よう、疲れた、などとのたまうばかり。
そんな官兵衛の態度にルイズはカチンと来てしまった。
なによ、いつも一緒にいるんだから何とか言いなさいよ、と腹が立った。
ワルドがルイズを促す。彼女は仕方なしに、部屋へと向かった。


暗の使い魔 第十六話 『青銅新鋭戦』


ギーシュは部屋に入るなり、一直線にベッドへと向かい倒れこんだ。
なにせほぼ一日中馬を駆けさせていたのだ。疲労感でぐったりであった。
官兵衛も同様に、部屋の向かい側に備え付けられたベッドに向かい、腰掛ける。
しかし彼はすぐ眠ろうとはしなかった。眼前で手を組み、じっと黙考する。
そんな官兵衛の様子に気付き、ギーシュが身を起こした。
「眠らないのかい?」
「ん?まあそうだな、ちょいと気になることがあってな。考え事だ」
ギーシュはそうか、と短く呟くと、次にため息をつきながら言った。
「君は元気だね。あんなに長時間馬に揺られ、鉄球引き摺っても、顔色一つ変えないなんて……」
「まあな。元気と野望だけが小生の取り得でね!」
「野望?」
ギーシュが怪訝な顔をするのを見て官兵衛は、うっと言葉を詰まらせた。そして静かになんでもない、と呟く。
しばらく怪しんでいたギーシュだが、まあいいかと言うと再びベッドに身を横たえた。
しばらくの間、静かな時間が流れる。
部屋の窓から、重なりかけた二つの月がひっそりと覗いていた。
月明かりに照らされながら、官兵衛はふかふかのベッドに横になる。
官兵衛は横たえたままの視線で、目前をぼんやりと見つめながら、任務の事について思考をめぐらせていた。
まずアルビオンに着いたらどの様に立ち回るのか。
自分ひとりなら、反乱軍の陣をかわし、王軍と接触するのは造作も無い。しかしルイズやギーシュが居るともなれば話は別だ。
誰かを守りながら、何かを成す事ほど難しい事はない。
それに、先程の襲撃のようにいつ、どのように貴族派による襲撃があるかも分からないのだ。
「(こりゃあ予想以上に骨が折れそうだ)」
官兵衛は身を起こし立ち上がると、ふぅっと息を吐いた。
と、その時であった。寝ていた筈のギーシュから声が掛けられた。
「何をそんなに気にしているんだい?」
見るとギーシュも身を起こし、こちらを見ている。
「大した事じゃない。それよりお前さん眠れないのか?」
「そうだね、姫様から賜った重要な任務だからね。いまだに、緊張が解けなくて。疲れてるはずなのになぁ」
それくらい緊張してもらわねば困る。この宿だっていつ襲撃されるか分からないのだから。
官兵衛は震えるギーシュを見てそう思った。と、その時である。
「なあ、ひとつ聞いてもいいかね?」
「何だ?」
打って変わって真剣な様子で問うギーシュに、官兵衛が答えた。
「君は、一体何者なんだい」
またその質問か、と官兵衛はうんざりしながら肩をすくめた。やれやれと顔を向けずに答える。
「おんなじ事、ルイズにも聞かれたぞ。どうしてそんな事を聞く?」
「君が、ただの平民とは思えないからさ。僕やド・ロレーヌを負かし、フーケを捕まえ……そしてさっきの尋問」
官兵衛は答えず、ただじっと押し黙る。
「や、勿論平民にも優れた人間はいるさ。でも君は彼らと比べても普通じゃない。どこか根幹が違うような気がしてね」
しばらくの沈黙が場を支配する。ギーシュは顔を伏せた。変な事を聞いてしまったか、と気まずくなってしまったのだ。
やがて彼が、忘れてくれ、と声を上げようとした時。
「小生は、ここから遠く離れた場所から来た」
「え?」
官兵衛はゆっくりと口を開いた。どこか遠くを見るように、淡々と語る官兵衛。
ギーシュはそんな彼の言葉に顔を上げ、耳を傾けた。
「お前さんらの想像もつかない程遠くからな。そこにはお前さんらのようなメイジはいない。」
「何だって?メイジが居ない?」
ギーシュは驚愕に目を見開いた。そんな馬鹿な、とでも言いたげな表情で、口をあんぐりと開いたままになる。
メイジが居ない、即ち魔法が存在しない。自分達にとっての文明の象徴が存在しないという事だ。
船を動かす動力。物を加工する能力。治癒する能力。
その他ありとあらゆる生活に欠かせない事象が存在しないということになる。彼にとって非常に信じ難い内容である。
「馬鹿げてるよ。そんな事ありうるはずが無い。ぼくをからかっているのかい?」
「言っただろう?お前さんらの想像もつかない場所だと」
ギーシュはそれを聞くと、押し黙ってしまった。官兵衛は尚のこと続ける。
「まあ早い話、お前さんが小生に違和感を感じるのは、小生がそんな遠くから来た人間だからだろうな。
信じる信じないはお前さんの勝手だ。と、こんな所でいいか?そろそろ眠くなってきたんでな」
ギーシュは答えずに、何かを考え込んでいる様子で、じっと壁の一点を睨んでいる。
そんなギーシュの態度を肯定ととったのか、官兵衛はゆっくりとベッドに横になろうとした。しかし。
「頼みがある」
そんな官兵衛の行動は、ギーシュの一言で遮られた。
「もう一度、僕と戦ってくれ」
「何だって?」
そこには立ち上がり、真剣な眼差しで官兵衛を見つめるギーシュがいた。

『女神の杵』亭の中庭は、かつて練兵場として使用されていた。
ラ・ロシェールの町は、アルビオンの玄関口であるとともに、その大陸に最も近い戦の拠点でもあったのだ。
かつて、幾人もの兵士やメイジがここで得物を振るい、心身を鍛え上げ、時には決闘で刃を交えた。
そんな歴史を感じさせるような広場を、ゆっくりと歩む人影が二つ。
清々しい朝日の中、照らされたその二人はぐるりと辺りを見回す。
そして、周囲に人の気配が無い事を確認すると、静かに口を開いた。
「本気か?」
野太い声が傍らの影に問いかける。
「ああ、本気だとも」
それに対して、なにやら自信満々に答えるもう一人。
二人の影は、官兵衛とギーシュであった。
ギーシュは練兵場の入り口を背にして、約10メイル程の距離を置いて官兵衛と向き合う。
その手に薔薇の造花を固く握り締め、じっと官兵衛を見据えていた。
官兵衛は両手を頭上に掲げ、思いっきり伸びをすると、改めてギーシュに向き直った。
「そいじゃあ、さっさと済ませるとするか。言っておくが――」
「ああ。互いに手加減は無用だ!いざ勝負!」
官兵衛の言葉に続き、ギーシュが威勢よく言い放つ。薔薇の杖を真っ直ぐに持ち直し、ギーシュは構えた。
そして、ギシリと木枷ごと鉄球を手繰り寄せる官兵衛。二人は、先程までの暢気そうな様子とは一変していた。
片や、相手を射殺さんばかりの眼差しを向けるメイジの少年。片や、ただただのんきな表情を浮かべる戦国の武将。
二人の戦いが今まさに始まろうとしていた。

ギーシュは、ここにきて、ある日の出来事を脳裏に浮かべていた。
それは、官兵衛と戦い敗れ去った夜の記憶ではない。それは、ド・ロレーヌと官兵衛の決闘。
あの時、現実を突きつけられた惨めな自分の記憶だった。
自分は家名に泥を塗った。家族の名誉を傷つけた。そうド・ロレーヌに言われ、悔しさに身を震わせたあの時。
周囲の友人は次々と口にしたのだ。気にする事はない、あのド・ロレーヌが敗れ去った相手なのだから、と。
その言葉に、ギーシュはあろうことか、安堵を感じてしまったのである。
許せなかった。そんな言葉に、心から気を許してしまった自分が。言い訳に縋り付こうとした己が。
そしてその日から、ギーシュは人知れず特訓を重ねてきたのだった。いつか再び、官兵衛と戦うその時の為に。

「出でよ!ワルキュ-レッ!」
ギーシュが杖を勢い良く振るった。空中に舞った花びらが、瞬く間に青銅の塊を形成する。
巨大な戦乙女が四体、ずしりと練兵場の土を踏みしめた。
「出やがったな、この前の人形」
「言っておくけど、ついこの前の僕と同じとは思わない事だね。
あれから、錬金の精度も、ゴーレムの操作もことごとく見直した。油断していると……」
ギーシュの合図でワルキューレの瞳が怪しく輝き。
「怪我じゃすまないよっ!」
巨体が、力強く大地を蹴り躍動した。

その頃、官兵衛とギーシュが宿泊する部屋の前に、一人の影があった。
腰に装飾のほどこされた杖を引っさげ、つば広の帽子を片手に扉をノックする男が一人。
「留守か……」
ワルドは、ノックの返事が何時までも返ってこないためそう呟いた。
早朝の時間帯であるため、まだ眠っている事もありうる。しかしそこは一流の風の使い手。
室内の空気を感じ取れば、そこに気配があるかどうかは一目瞭然である。
「やれやれ、こんな時間に二人ともどこで何をしているのかな?」
早朝から留守とは当てが外れた、とワルドはため息をついた。
「ここであの使い魔君の実力を見ておきたかったんだけどなぁ」
残念そうに肩をすくめるワルドであった。と、その時。
「ん?」
屋外から響いてくる喧騒に、ワルドは気がついた。度々響く金属音、騒がしい声。
ワルドがいる廊下からは窺い見る事は適わなかったが、その騒ぎはどうやら中庭の練兵場から聞こえてくるようだった。
「これは……」
ワルドは音の元を辿るように、足早にその場から歩き出した。
そして、中庭がゆうに一望できる場所を探し当てると、そこから様子を眺めやる。
その目は、いつものにこやかな表情からは一変、冷たく無表情なものへと早変わりしていた。

「うおおっ!?」
官兵衛は、戸惑いの声を上げながら、後方へと飛び退った。
がきんと、ハンマーのような拳が、官兵衛の手枷の防御を弾き飛ばしたからだ。
そして官兵衛の居た地面に何本もの青銅の弓矢がめり込む。
地面をごろごろと転がりながら、官兵衛は以前とは全く違うギーシュのゴーレムと奮戦していた。
ギーシュの練成したワルキューレは、以前よりも一回りほど大きく、パワーが段違いであった。
例えるのなら、戦国の世にいた力自慢の兵。通称、剛力兵の腕力に匹敵するパワーを得ていた。
だが官兵衛が手こずっているのはそれだけではない。今官兵衛がやり合っているのは、前方で構える二体のワルキューレのみ。
残り二体のワルキューレはというと。
「ちっ!また来るか」
ぎりりと弓に装填される音が聞こえる。ジャキリと、青銅で出来た凶悪な矢尻が官兵衛に狙いを定める。
後方に控えた二体のワルキューレの目が閃き、瞬間。
ズドドン!と官兵衛目掛けて矢が発射された。
「っ!」
官兵衛は上体を仰け反らせ、矢をすれすれで避ける。彼の体の真上を、金属の矢が通り過ぎていった。
後方の二体のワルキューレがその手に持つ得物。それは非常に簡素な造りの、青銅製の弩であった。
「っ!よりにもよって飛び道具か!小生の一番苦手な!」
官兵衛は、迫り来る二体と、その後方でこちらを狙う二体のゴーレム、それぞれを交互に見ながら舌打ちした。
次にギーシュを見やる。その顔には、油断や余裕の表情は見て取れず、じっと戦況を見据えている。
「おいおい!こっちは手枷付きだぞ!手加減してくれぇ!」
そう叫びながら、地面を転がる官兵衛。
「言ったはずだよ!手加減無用!問答無用!」
ギーシュの掛け声とともに再びゴーレムが掴みかかってきた。
練兵場は非常に広く、官兵衛達が動き回るのに不自由しない。しかしその広さゆえに、官兵衛は追い詰められていたのだ。
官兵衛からギーシュまで20メイル程。そして射手ゴーレムはその間の10メイルの距離に。
剛腕ゴーレムは官兵衛に張り付くように陣取っていた。
動きの鈍い官兵衛を剛腕ゴーレムが押さえ、後方から射手ゴーレムが狙い打つ。
本体であるメイジを攻撃しようにも、官兵衛の鎖の間合いから外れたギーシュには届かない。
官兵衛の戦い方を見て、確実に弱点をついた戦いであった。
ゴーレムを最大数の七体出さないのは、不足の事態に備えての、精神力の温存だろう。
成程、確かに以前とは別物の戦いっぷりだ。
「(小生が打ちのめしたのが相当堪えたみたいだな。)」
官兵衛はギーシュの顔を見やる。その顔は、眉はつり上がり、目は見開かれ、口はへの字に曲がっている。
名誉挽回に躍起になってるのか、はたまた復讐に燃えているのか、いずれにせよ官兵衛は。
「(わっかりやすいな……)」
と、そう思った。
「(戦いは熱くなったら仕舞いだってのに……)」
官兵衛は、やれやれと内心で手をすくませた。そして、目の前のゴーレム達を見やった。
ぼちぼち終わらせよう、と。
官兵衛は地を蹴り、剛腕ゴーレムから3メイル程の距離をとった。
そして、頭上に手枷を掲げだす。
ギーシュはムムムっ、と注意深く官兵衛を見つめる。一体何をしでかすつもりか、と。
じゃらりと鎖を掴んで枷を掲げたポーズ。それは、彼も見たことのある攻撃の予備動作。鉄球の打ち下ろしの構えである。
「(成程!鉄球を地面に打ち下ろした衝撃でワルキューレを破壊し、一気に距離をつめてケリをつける。)」
そんな腹積もりだね、とギーシュは得意げに考えを巡らした。しかし、そううまく行くかな、とギーシュはほくそ笑む。
「さて、行くかね!」
官兵衛が合図するかのように、息を吸い込んだ。そして彼は、渾身の力を込めて鉄球を地面に打ち下ろした。
ずどん、と轟音が辺りに響き、土埃が舞い上がる。
鉄球が打ち下ろされた衝撃で、その場に小型の竜巻が巻き起こる。
練兵場の隅に積まれた材木が、音を立てて崩れ落ちた。
見るものが見れば、目を疑うような光景である。しかし、その異様な光景にギーシュは動じない。
彼はじっと、竜巻が巻き起こす土煙の向こう側を見続けた。
そして官兵衛も、ゼイゼイと肩で息をしながら、同じように土煙を見やった。
しばしの時間をおいて、土煙が晴れる。そこにあったのは。
「ば、馬鹿なッ!!」
官兵衛がその光景を見て声を上げた。
そこにいたのは、傷一つ無い剛腕ゴーレム。
直撃しなかったにしろ、鉄球が起こした地を伝わる衝撃をものともしないで屹立する、青銅の戦乙女がそこにいた。
「フフフ!見たかい!僕の新たなるゴーレムの力を!」
ギーシュが左手を頭上に掲げ、右手を後方に伸ばした珍妙なポーズを決める。
口元に薔薇の造花をくわえ、その顔は自信に満ち溢れている。
「ちっくしょう!」
官兵衛は二体の無傷なゴーレムを見て、思わずあとずさった。
鉄球を打ち下ろした場所には、深さ1メイルにも及ぶ深い穴が出来ている。
そんな衝撃にもかかわらず、ひび割れ一つ無いのだ。
もはや成すすべはない、とばかりに官兵衛は迫り来る二体のゴーレムを眺めやった。
「くそう!来るな!あっちいけ!」
上ずった声で、精一杯声を張る官兵衛。
じりじりと後退する官兵衛をよそに、彼を取り押さえようと剛腕ゴーレムが近づいて来た。
そしてゴーレムの手が官兵衛に触れようとした、その時だった。
「よっと」
「なぬぅ?」
ギーシュは目を疑った。官兵衛が二体のゴーレムに足払いをかけたのだ。
ガシャンとその場に倒れて、折り重なるゴーレム二体。
それだけではない、官兵衛は二体の転倒したゴーレムを足で蹴飛ばす。そして、先程の衝撃で開いた穴にひょいと蹴り込んだのだ。
「なっ!?」
今度はギーシュが、素っ頓狂な声を上げることとなった。手足が絡み、ジタバタと穴の中でもがきあうゴーレム。
そんな間抜けな光景が、彼の眼前に広がっていた。
「さてと……」
官兵衛がふう、と息を吐きながら、真っ直ぐにギーシュを見た。その様にギーシュはハッとした。
見れば、一直線に射手ゴーレムに向けて駆ける官兵衛。突然の不利にギーシュは混乱した。
ゴーレムを操らねばと、杖を必死に振るいゴーレムを遠隔操作する。
射手ゴーレムに、次弾を装填し、弦を引き、引き金に指をかけさせる。
しかしそんな流れるような動作の間でも、官兵衛は早足で距離を詰めた。
距離にして3メイル。弩から一斉に矢が発射される。
しかし官兵衛は、走る勢いをそのままに膝を折り、前転して矢を掠める。
そして、そのまま鉄球にしがみつくと、官兵衛は鉄球と一体となって回転した。
地面の土を撒き散らし、猛牛の如き勢いで急発進する官兵衛。その勢いに、射手ゴーレムが耐えられる筈もない。
彼らは、矢を撃ち尽くした無防備な状態で、無残にも疾走する官兵衛に弾き飛ばされてしまったのだ。
「うわ!うわわわ!」
ギーシュは自分のゴーレム全てが行動不能になったのを見て、慌てて造花の杖を振るった。
花びらが舞い落ち、新たなゴーレムが生成される。しかし間に合わない。
茶色に染まった球体が、ギーシュのすぐ横を掠めて行った。それと同時に、宙を舞う物が一つ。
赤い薔薇の花びらとともに、舞い散るそれ。ギーシュの造花の杖だ。
持ち主の手から弾き飛ばされたギーシュの杖は、緩やかなカーブを描いて飛ぶと、すとんと地面に落ちた。
そしてそれを、球体状態を解除した官兵衛がひょいと拾い上げる。
「あ、あれ?」
くいくいと、空を掴むギーシュ。
そして彼は、杖を持って立つ官兵衛を見て、自分の手の中に薔薇がない事にようやく気がついた。
「ちょっと待って、僕……」
それ以上何かを言おうとしたギーシュに、官兵衛から杖が投げられる。
パシリと両手で杖を受け取ったギーシュ。それを確認すると、官兵衛は少しも疲れた様子を見せずに、こう言った。
「メシにしよう」
官兵衛のあっけらかんとした口調に、ぽかん、と口が開くギーシュ。
あまりのあっけない敗北に、開いた口は塞がらない。
そして彼はすとん、と地面に両膝をついて、静かに呟き始めた。
「う、うそだ……。僕の新鋭ワルキューレ……」
顔を俯かせ、目を虚ろにしながら、ギーシュはブツブツと独り言を呟いた。
その言葉の端々には、嘘だだの、負ける筈無いだの、目の前の敗北を受け入れられない様が見えていた。
「おい、お前さん」
官兵衛がゲンナリしながらギーシュに歩み寄る。
官兵衛からしてみれば、こんな『模擬戦』さっさと終わらせて朝食にありつきたかったのだ。
しゃがみ込んでギーシュの肩を叩く。
「おい。気分はわからんでもな……くもないが、早く立ち上がれ。」
しかし全く反応が無い。仕方無しにと官兵衛は、ギーシュの顔を覗き込もうとした。
しかし次の瞬間、ギーシュはがばっと顔を上げた。そして立ち上がり、ずんずんと官兵衛に詰め寄ったのだ。
「頼む、もう一戦!もう一戦、たたかってくれ!」
「おいおいおい!」
あまりの要求に官兵衛は、勘弁してくれとばかりにかぶりを振った。
「冗談じゃない!腹だって減ったし!小生も何回もこんな『稽古』に付き合う程暇じゃないんだぞ!?」
「稽古じゃない!『決闘』だ!」
官兵衛の言葉に、ギーシュは歯をむき出しにして獣のように叫んだ。その様に、官兵衛は冷静に答える。
「じゃあ尚更ダメだろう。決闘ってもんはそうポンポンやるもんじゃない。それに介添人だって必要だろう?」
その言葉にギーシュはうっ、と言葉に詰まった。
「そ、それはそうだけれども……」
「じゃあ終わりだ!さっさと皆を起こして賑やかに朝食だ!」
ウキウキと、官兵衛は足取り軽く建物へ入ろうとした。しかし、そんな彼の行動はギーシュの一言に遮られる。
「ぼ、僕は!強くなければ、ならないんだ!」
女神の杵亭全てに響き渡るほどの声量が、その場を支配した。
「おう?」
官兵衛が首だけで振り返る。
「僕は、名門グラモン家の男!例え兄さんや父上に遠く及ばずとも!強くなければならないのだよ!」
ギーシュの只ならぬ様子に、官兵衛はゆっくりと体を向ける。
「この旅で強くなって、名誉を挽回する!泥を塗った家名を払拭するんだ!君に負けない男になって!
そうしなければ、この旅に同行した意味が無いんだ!」
固く薔薇の造花を握り締め、ギーシュは声を震わせた。泣いているのか、再び俯いたその様子からは表情はわからない。
しかし彼の全身はわなわな震え、感情がむき出しになっている事は確かだった。
「……はぁ」
官兵衛は頭を掻きながら、震える少年の言葉に耳を傾けた。
「お願いだ!もう一度だけ、僕と!」
それはギーシュの渾身の願いだった。彼の意地をかけた、ただ一つの。
しかし官兵衛は。
「無駄だよ」
ただひたすらに冷たく、一言でギーシュの願いを跳ね除けた。
その答えに唖然とするギーシュをよそに、官兵衛は続ける。
「お前さんじゃあ、何度やっても小生には勝てん」
しばしの間、官兵衛の言葉を反芻するギーシュ。やがて、その意味を理解すると彼は官兵衛に対して猛烈に抗議した。
「な、な、な、何を言うかね!そんな筈はない!」
あまりの言い様に、声を震わせるギーシュ。
怒りの中に、焦りの感情をまじえさせながら、彼はまくしたてるように言葉を放った。
「あれから!あの時から!僕は特訓してきたんだ!錬金の精度も見直した!ゴーレムの操術も!武器の練成も!
負けるはずが無かった!無かったんだよ!」
滝の様に流れ出る言葉。しかし官兵衛は言う。
「それだ」
へ?と突如、ギーシュは言葉を途切れさせた。
「お前さん、負けるはずが無いと、本気で思いこんでいただろう?」
「当たり前じゃないか!」
何を当然の事を、とばかりに口調を荒げるギーシュ。
「そいつが命取りなんだよ」
いつもとは異なる、低く真面目な口調で、官兵衛はきわめて冷静に喋りだした。
「戦じゃあ絶対なんてもんは存在しない。あるのは結果だけだ。
自分は大丈夫、自分は負けない。そう思い込んで突出したやつが真っ先に命を落とす。戦いってのはそんなもんだ」
官兵衛は続ける。
「まあ落ち込ませてばっかでもアレなんで言うが、お前さんのゴーレムは正しく扱えば、並みの一団相手でも相手取れるだろうさ。でもな……」
やや語調を強める官兵衛。そんな彼に、ギーシュは何も言えなくなってしまう。
「指揮がなってなきゃあ、どんな兵もあっという間に烏合の衆と化す。まあ、覚えといて損はない」
「くっ……!」
悔しげに俯くギーシュ。
ギーシュは、ただただ拳を固く握り締め、官兵衛の言葉に聞き入っていた。
無力感、後悔、やるせなさ、そして悔しさ。それらが彼の心を苛んだ。
ギーシュのグラモン家は軍人の家系だ。
ギーシュ自身も、優秀な兄達や偉大な父に恵まれて育ち、決して戦に無関係ではない。
そんな彼にとって、官兵衛の言う事は痛いほど良くわかった。
戦場で突出することの恐ろしさ。指揮官の能力。それらの事を理解しているつもりだった。
しかしいざ蓋を開けてみればどうであろう。勝利を疑わず、それが崩れた途端慌てふためき、敗北した自分。
まるでなっていなかったのだ、とギーシュは痛感した。
ギーシュは顔をあげて見やる。
伸びた前髪で表情はよくわからないが、官兵衛はじっとこちらを見据えている。
一体何を考えているのか、うかがい知る事は出来ない。
そんな官兵衛は、くるりと踵を返した。
待て、と声をかけようとする。しかし、何故か言葉が出てこない。
そうこうしている内に、官兵衛は建物の中へと消えようとする。
待ってくれ、まだ話し足りない。まだ話すことも、聞きたいことも沢山ある。
ギーシュはそう思って口を開こうとした。しかし先程の官兵衛の言葉を反芻するたびに、彼の喉から言の葉が消えるのだ。
とその時、官兵衛がついと、入り口の前で立ち止まった。
「まあ、なんだ」
官兵衛が背を向けたまま、独り言のように言葉を紡ぐ。
「最後のあの時、お前さんはゴーレムに頼らず、他の方法を探していれば。勝機があったんじゃないか?」
その意外な言葉に、ギーシュは瞬きしながら、官兵衛の背中を見つめる。
「お前さん、ゴーレムが突破されたとき、次を出す事しか考えていなかっただろう?小生が目前に迫ったにもかかわらず。」
確かにその通りだ。後続を出す事に夢中になり、結果転がってきた官兵衛に杖を掠め取られた。
「あそこでお前さんは、ゴーレムじゃなくて、手早く小生を退けられる手段をとるべきだった。そうすりゃあ攻勢にも転じられた」
その言葉に、ギーシュはハッとした。その瞬間、彼に浮かんだのはいくつかの対応策。
それらが全て最善とは言わないが、少なくとも時間がかかるゴーレムよりは有効な打開策であろう。
そんなギーシュの様子を見て、官兵衛が言う。
「今のお前さんなら思い浮かぶんじゃないか?」
ハッとして前を見やるギーシュ。気がつくと官兵衛がこちらを見ていた。
相変わらず前髪で目元が窺えない。しかし心なしかその唇は、僅かだが笑っているように見えた。
「今のお前さんの頭ン中を忘れるなよ?どこでもそいつが出せりゃあ、まあ勝てなくとも死ぬ事はないだろうさ」
官兵衛は再び背を向けると、腹が減ったとのたまいながら、今度こそ食堂へと消えていった。
「僕の、今の……」
ギーシュはうわ言のように呟いた。胸の内が激しくざわめく。
官兵衛が消える際に見せた背中を思い出しながら、ギーシュはしばらく間その場に佇んでいた。


女神の杵亭の三階から練兵場の一部始終を見ていた彼は、納得したように頷いていた。
先程まで浮かべていた冷たい表情とは一変、ワルドは再びにこやかな表情を浮かべていた。
「成程ね。確かに彼はただの使い魔じゃないみたいだね」
腕を組み、空いた手であごひげを弄りながらそう言う。
「だが、これじゃあ話にならない。とても彼じゃあ彼女を守れない」
ワルドは、再び目つきを鋭くしながら呟いた。
「なあ?ガンダールヴ君……」



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