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第36話 狂王




 武威に押さえつけられていた戦場に、それとは違った沈黙が訪れた。

 ――今、彼はなんといった?

 それは、困惑。
 唐突に理解しがたいことを言われたが故の、一時的な理性の麻痺。

 少し冷静になれば、その意味なぞ学のない兵士にでもわかる。

 四つの虚無がそろう。
 一つは我らが誇るアルビオンの虚無。
 二つは我らを救ったトリステインの虚無と、教皇たるロマリアの虚無。
 ならば残る一つは?



 ――始祖の血を受け継ぐ国は四つ。
 トリステイン、アルビオン、厳密には違うがロマリア。
 そして……ガリア。



 あらゆる情報が、事実が。
 ただ一つのことを指し示している。
 それはすなわち。







 今ここに姿を現したガリアの『無能王』。
 その人こそが――



 『ガリアの虚無』であると言うこと。







 その事実がその場の全員の意識に染み渡ったとき、そこに起きたのはさらなる沈黙であった。
 あまりの驚きに、もはや誰一人――教皇やルイズ、そしてなのはですらも、口を開くことができなかったのである。

 「ふむ……少々驚かせてしまったかな? だが、事実は変えられん。始祖に誓って宣誓しよう。余、ジョゼフこそが、ガリアの虚無であり、そして……」

 そこで一旦声を切るジョゼフ。言葉を途切れさせることで衆目の注意を引きつける、ごく初歩の弁論術だ。
 思わず教皇ですら注目したその一瞬に、ジョゼフは言い放った。



 「……この、壮大にしてくだらない人形劇の脚本家だ」



 その瞬間、その場にいた兵士たちはおろか、ルイズやヴィットーリオですら言葉を失ってしまった。
 人形劇?
 この動乱の背後にガリア王たる彼がいたことは誰にだってもはや判りきった事実であった。
 だが、当然というか、そこには何らかの――領土的か、政治的か、とにかく何らかの野心というか、目的があって行われていたと思われていた。
 先の無言の後に、その秘められた目的が語られるものだと、誰しもが思い込んでしまった。
 だが、噂に名高い狂王の狂気は、その遙か斜め上を行っていた。



 「……人形劇、ですって……!」



 再び訪れた沈黙を打ち破ったのは、ルイズ。
 そのよく通る声は、拡声の呪文も使われていないのに、なぜか戦場の隅々まで響き渡った。
 実際に末端の兵士にまでその声が届いたわけではない。それは確かな事。
 だが後にこの時の事を思い出す兵士たちは、確かにその言葉が聞こえたと一様に言ったという。
 少なくともこの、最初の一声だけは。



 「あなたは、これが……この、たくさんの人が死んだこの戦争が」



 低く抑えられていた少女の声が、だんだんと大きさと迫力を増していく。
 そしてそれは、激しい激情とともに爆発する。



 「ただの人形劇だって言うの! 何様のつもりよあんた!!」



 だが、返ってきたのは、それとは対照的な、落ち着き払った声。

 「言ったはずだ。私はこの壮大にしてくだらない人形劇の、脚本家だとな」
 「そっちから見たら人形劇かもしれないけどね、私たちは、生きて、生活して、戦っているのよ! それを今みたいに上から見下ろすように! 私たちは、人間なのよ! 生きてるのよ!」

 叫ぶルイズ。だが、ジョゼフはその叫びに対して、眉一つ動かす事はなかった。
 いや、それどころか。



 「ははは、生きて、いる……か。これが笑わずにいられようか。聞け、娘よ」



 返ってくるのは、狂気を秘めた笑い声。



 「知らぬと言うのは幸いな事だな。ならば教えてやる。今ここにいる人間は……」



 再び途切れる声。集まる注目。
 誰しもが、戦う事すら忘れて、この狂気の弁術に集中していた。
 そして狂王は言う。
 その、決定的な狂気の厳選たる一言を。







 「ただ、一人きりだ」







 一瞬の沈黙の後、場は爆発した。

 「あんた……そこまで思い上がっているの!」

 ルイズは貴族としてのたしなみすら忘れて絶叫する。
 同時に馬鹿にされたと感じた兵士たちも、怒りの声を上げる。
 すさまじい殺気と怒号が、ジョゼフただ一点に目掛けて湧き起こる。
 それはその思いと声だけで彼を討ち倒さんとする激しさ。

 だが、彼はやはり、全く動じていなかった。いや、それどころか、むしろうっすらと笑みを浮かべてさえいた。
 狂気の全くない、心からの笑みを。

 そして、そんな熱狂の中、それを引き裂くように、今度は拡声の呪文によって拡大された声が戦場に響き渡った。



 「静まりなさい、皆さん――」



 その荘厳さを秘めた声に、場は少しずつ落ち着きを取り戻す。
 声を発したのは、偉大なる虚無の聖下、ヴィットーリオであった。

 「ジョゼフ王、少し、質問してもよろしいかな?」

 彼の声は、暑くなった場を冷ます、静かな声。

 「ああ、何なりと。始祖の代理人たる教皇聖下よ」

 言葉遣いは丁寧に、しかし全く敬意のない声で返答するジョゼフ。
 再び湧き上がりそうになる民の怒りを、手のひら一つで抑え込むと、ヴィットーリオはジョゼフに問いかけた。

 「あなたは先ほど、自分を『人形劇の脚本家』だと言いましたね? その言葉に、偽りはないですか?」
 「ああ。始祖に誓おう。我が一連の言葉は、一片の嘘もない、余の真なる心からの言葉だ」
 「でしょうね。では改めて問います――ただ一人の人間とは、誰の事なのですか?」



 一瞬、再び場がすべて凍ってしまった。
 この場にいたほとんどの人は、ただ一人の人間というのは、当然ジョゼフ王その人だと思い込んでいた。だからこそ、その傲慢な物言いに憤ったのだ。
 だが少なくとも教皇は、ただ一人の人間というのは、彼の事ではないと思ったらしい。
 なぜ?
 どうして?
 ならば、それは誰?
 頭の中が怒りから疑問に書き換わり、ほとんどの人物が思考を硬直させてしまった。
 そして問われた王は、破顔一笑、上機嫌にその問いに答えた。

 「さすがですな。あなたは我が言葉の意味を少しは理解しているようだ」
 「あなたは自分を脚本家と言った」

 ヴィットーリオは、確かめるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 「ですが、ただ一人の人間をあなただとするとそれは矛盾します。この戦いが人形劇であり、人間がただ一人なら、そのただ一人の人間は、『観客』であるべきです。
 もし観客のない芝居だとしても、あなたがただ一人の人間ならその立場は『監督』か『演出家』であるはず。もし脚本家がただ一人の人間なのだとしたら、そもそもこの場にあなたがいるはずがない。脚本家は劇においてはあくまでも裏方。
 ただ一人の人間の立場と云うのは、それを見るものか、すべてを仕切るものかのどちらかであるはずなのですから」

 それに対して、ジョゼフは一度大きく両腕を広げ、そして拍手を持って教皇を称えた。

 「その通り! ただ一人の人間、それは紛れもない観客。このハルケギニアという劇場に訪れた、現在ただ一人の観客の事。余がただ一人の人間? 馬鹿馬鹿しい。余など、少しばかりいらぬ事を知ってしまった人形の一つに過ぎん」
 「なるほど、そういうことですか」

 ヴィットーリオも、納得したように頷いた。

 「あなたにとっては、この戦いだけではない。このハルケギニアという地、そこで行われている人の営み。そのすべてが、人形劇でしかないのですね」
 「ああ、その通りだ。さすがは聖下。あれだけの事から、そこに気がつくか。それとも、あなたも同じだったのかな?」
 「いえ、残念ながら、私はあなたの思考を読んだだけに過ぎません。ですが、知りたいとは思います。
 あなたは、確かに狂っているが、狂ってはいない。あくまでも曲がっているだけです。
 あなたの感性、思索の方向性は、確かに常軌を逸しているのかもしれない。ですが、あなたはきわめて理性的に事を行っている。
 すなわち、あなたがこれだけの戦いを起こすのには、それに値する確かな『理』が存在している。
 そう、理、です。狂気に落ちた人が暴れるのは、そのほとんどか衝動、押さえきれない意思と感情に基づくものです。聖職にあるものとして、私は人の狂気というものをいくつも見ていました」

 この時彼の脳裏にあったのは、幼い頃の景色。
 世界は貧しくとも平和だと思っていた頃に起きた、一つの惨劇。
 咎なく、由なく、唐突に訪れた狂気の発露。
 突然炎を持って焼かれる、安住の地。
 今でこそそこに、確たる理と利があった事を彼は知っている。
 ダングデールの虐殺。
 疫病排除の名目で行われた、新教徒狩り。
 その中で、彼は見た。
 苦悩しつつも理性的に人を殺す人を。
 喜びを持って人を焼き殺す人を。
 耐えられなくなり、そして壊れるように人を殺す人を。
 まだ幼かった彼は、その意味する事を理解する前に、生の情報と情景として、人の秘める様々な『狂気』を、その心に刻みつけられてしまっていた。

 だからこそ彼には理解できた。
 ジョゼフの『狂気』の一端が。
 彼は曲がっていても、ずれていても、『狂って』はいない。
 彼の『狂気』は、ある意味文化の違いに近いものであると。
 風習は地方によって変わる。ある地方では当たり前の事が、別の地方では全く理解し得ない『狂気』に見える。
 彼の狂気は、おそらく我々の知り得ない、『異なる常識』によってもたらされているものであると。

 「ですから、私は知りたいのです。あなたが何を持って我々を人形と断定し、こんな人形劇の脚本を書いたのか。それは決して、生きる事に虚無を感じたあなたの無聊を慰めるものではないはずです。もしそうならば、あなたは自分を観客と称したはずですからね」

 ジョゼフは、少しの間教皇を見つめ、そして再び笑い出した。

 「これはこれは。どうやら俺は、少しあなたを見くびっていたようだ」

 ジョゼフの言葉から、少しだけ遠慮が抜け落ちていた。

 「いいだろう。だが、本当にいいのか? 俺の知り得た事は、教会においては禁忌とされている事のはずだ」
 「かまいません」

 ヴィットーリオは即断した。

 「あなたの語る事の内容は、たぶん私ですら知り得ない事です。教会の頂点であるが故に知る事も多いですが、おそらくあなたの語るそれは私が頂点であるが故に秘されてきた類いのものでしょうから。
 そしてそれが一国の王を、それも虚無の担い手たるものを狂わせるとするのならば、私は知らねばなりません。
 本来ならそれもまた秘匿されるものなのでしょうが、あなたはむしろそれを公開する事を望んでいる。違いますか?」
 「違わん。決してそれが目的だったというわけではないがな。俺の目的のためにはその事実の公開は別段必要ではないし、たとえ公開してもおそらくすぐに忘れられる。
 だが、別に隠しておかねばならない事もない、こと、こうなった今ではな」

 そう語るジョゼフの顔は、『狂人』とはほど遠いものだった。







 「さて……となると」

 ジョゼフが何か手元でごそごそとすると、彼の脇に一人の女性とおぼしき人物が空から降り立った。彼が女性に言葉をかけると、彼女は少し驚いた様子ながらも頷き、その場からルイズ達の元へと降り立った。

 「初めまして。私はジョゼフ王の使い魔、ミョニズトニルンと申します」

 ルイズとヴィットーリオに一礼すると、彼女はその手から指輪を抜き、それをルイズ達の方へと放り投げる。
 丁度真正面にいたなのはが反射的にそれを受け止めると、彼女はそれを見て言った。

 「とりあえず不要になったのでお返しいたします。それはアンドバリの指輪。確かあなた方は水の精霊よりそれの捜索依頼を受けていましたね」
 「え、ええ、そうですけど」

 戸惑いながらそんな間の抜けた返答をしてしまうなのは。

 「かなり力を使ってしまっていますので、そのまま速やかに水の精霊にお返しください。おそらくそれ以上それを使おうとすればそのまま壊れてしまうでしょうから」
 「は、はあ」

 まだ驚きさめやらぬなのは達の前から、そのまま飛び去ってしまうミョニズトニルンことシェフィールド。
 そして彼女が帰り着くと同時に、ジョゼフは、今度はこちらも拡声の魔法を使用した上でその言葉を告げた。

 「よく聞け。教皇の希望を受け、余がなぜこのような戦を仕掛けたかを皆に教えよう。
 話はそれなりに長くなるから、兵士達よ、皆座れ。話が終わるまでの間、余と余の軍は一切の攻撃をしない事を始祖に誓う。そして話が終わった後」

 そこでジョゼフはまた一旦言葉を切り、シャルル・オルレアンの甲板の端から、ルイズ達の方を見下ろした。

 「余は一つの賭をしよう。余の言葉を聞き、それでも余が許せぬと思うなら、あるいはたとえ許しても余を見過ごせないというのなら、遠慮なく余を撃て。余は何があろうとも、最初の一撃を受けるまで一切の攻撃はしない事を約束する。
 ただし、その一撃を受けた後は、容赦なく反撃する。ここにいる我が艦隊が、諸君ら全軍目掛けて、全力の攻撃を実行する。
 まあ、全滅はさせん。ある程度は生き残ってもらわねば余の目的は果たせぬのでな。だが大半の兵士は死ぬ事になろう」

 その言葉を聞いたほとんどの兵士は、その一撃でジョゼフを狙撃せよという意味にとった。王が倒れたら、普通戦争は続行される事はない。内乱のような、頂点が不確かな戦いならばともかく、こういった戦争ではそれが普通である。
 まだ今のようなフネや砲が存在しない時代、貴族の一騎打ちで時に戦の勝敗が決まった時代の名残だった。
 だが、それを別の意味に――正しい意味にとらえていた人物も、わずかだがいた。
 ルイズとなのはであった。
 二人は、少なくともルイズとなのはの二人は、『一撃』でジョゼフはおろか、眼前に浮かぶガリア両用艦隊を討ち滅ぼせる力を持っている。
 ましてや、間違いなくジョゼフは、先の言葉を、ルイズとなのは、二人の方を見ながら言ったのだ。
 そしてそれが間違いでない事は、彼の続きの言葉で明らかになった。

 「どう決断するかはさしもの余にも判らぬ。許すというならばそれもよし。許さんと言うのならば遠慮はするな。迷い、躊躇わば、余は遠慮会釈なしに汝らを討ち滅ぼす。よいな――」

 そこで改めてジョゼフは、その人物を見つめる。視線が眼下に向いたのを、それを捉えられる範囲の人々は気づき、その視線の先に注目する。
 そこにいるのは、こちらの代表ともいえる、虚無の担い手達とアルビオンの王太子。
 そして。







 「この場にいるただ一人の観客、唯一の人形では無き者――タカマチナノハよ」











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