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第16話『偽り(前編)』


アルビオン王国最期の夜。
一人きりとなったベッドでルイズは夢を見る。

「アセルス……」
浮かんだアセルスの姿にルイズが名前を呟く。
彼女がハルケギニアに呼ばれる前に至る、最後の夢……



最愛の人だった白薔薇を失ったアセルス。
ゾズマに誘われるまま、街を歩く。

最初に訪れたのは街の外れにある建物。
真っ白い壁に覆われており、窓ガラスは最上階付近にしかない。
故に中を伺う事は出来なかった。

「こんなところにも妖魔が?」
町はずれの研究所は暮らしていたアセルスも知っている。
アカデミーにも似た雰囲気から、ルイズも同様の施設だろうと理解する。

「ここは普通の研究所に見えるだろう?
でもね、実は妖魔の研究をしてるんだ。
もちろん、人間に捕まるのは弱い下級妖魔だけどね」
ゾズマはそれだけ言い残すと、姿を消す。
後を追って、アセルスは建物の中を探索しだした。

研究所は一体何を調べているのか。
異常な植物や魔物で覆い尽くされている。

(エレオノール姉様もこんな研究してるのかしら?)
姉の仕事をよく知らないルイズにふとそんな考えが浮かぶ。
アセルスが魔物を避けつつ、扉に向かうとそこには一人の女性がいた。

「誰?」
アセルスが部屋の一つに足を踏み入れると、
ルイズと同じようなピンクブロンドのショートヘアーの女性が装置を弄っていた。
扉が開いた様子に気づき、振り返る。

「見学者の方かしら?」
「ええ、まあ」
尋ねてきた女性にアセルスが誤魔化す。

「良くいらしたわね、私はナシーラ。ここの主任研究員よ」
研究所の主任を名乗るナシーラ。
年は一番上の姉と同じくらいだろうとルイズは判断する。

「妖魔の研究をしているんですか?」
「え、まさか?
ここでは植物を中心に生命力の謎を解こうとしているの」
アセルスの直球な質問に少し驚いたようにナシーラが答えを返す。

「あなたの生命力を測定してみない?」
少し戸惑いながら、アセルスは装置に手を触れる。
すると、コンソールに映る数値が目まぐるしく跳ね上がっていく。

「この数値……あなた妖魔なのね!しかも、最上級の」
「私は人間です」
「ありえないわ、これだけの妖力値が出る人間はいない」
アセルスの否定に、ナシーラは根拠を示す。

「それにしても凄い値だわ。あなたいったい何者?」
測定された数値に驚愕から釘付けになったまま、ナシーラが尋ねる。
ナシーラの問いにアセルスは答えを迷う。

脳裏をよぎるのは、叔母に拒絶された時の事。
しかし、自分が妖魔だと気づいている。

やや躊躇いながらも、アセルスは自身に起きた出来事を話した。
自らが妖魔の血を分け与えられた事から、城からの脱走までを。

「…すごい話ね、この数値を見てなかったら信じられない所だわ」
話を聞きながら、再び数値に目を向ける。

「いらっしゃい、あなたにだけ見せたいものがあるの。
ちょっと刺激が強いと思うけど、大丈夫?」
「……多分」
忠告にアセルスが躊躇しながら頷く。
ナシーラと共に、奥の研究施設へ向かう。
目の当たりにしたのは、ルイズにもアセルスにも衝撃的な光景だった。

「何これ……」
ルイズが思わず言葉を漏らす。
妖魔らしき生物が当たり一面に埋め尽くされている異様な空間。
彼らは一様に檻に入れられており、また体の一部がない者が大半だった。

「じゃあこっちへ来て。ここは妖魔の檻。妖魔の容器を抽出しているの」
ナシーラが案内した先は薄暗い部屋だった。
檻にはルイズが見たこともないような獣やオークに似た下級妖魔が閉じ込められている。

「大丈夫よ、対妖魔フィールドを張ってあるから。
ここはさっきの妖魔に 生気を供給している生き物の檻」
ナシーラが観光のツアーコンダクターのように示した先を見た瞬間、アセルスもルイズも唖然とした。

「生き物って人間じゃないですか!」
そこにいるのは紛れもない人間だった。
アセルスが思わず非難の声をあげるが、ナシーラは何処吹く風といった様子で説明を続ける。

「そうとも言うわね。高額の報酬に目がくらんで、自分の命を切り売りしているのよ。
それが、魂を売り渡す行為だって気づかずに。そんな連中を人間とは呼びたくないわ」
ナシーラの檻にいる人間を見る目線は酷く冷たい。
まるで汚らわしいモノを見るように。

「あなたがやらせてるんでしょう!」
「仕事の内容を説明して報酬を提示したのよ。
やるかやらないかは本人の意思次第でしょう」
なおも反論しようとするアセルスをナシーラは遮る。

「実際、説明を受けた人のほとんどが引き受けないわ。
大丈夫、彼らの不純な献身も無駄にはしないわ」
そこまでして達したい研究とは一体何かルイズには理解できない。
アセルスも納得していない表情を見れば、抱いている感情は同じだろう。

「この研究の目的は人間の不老不死。 そのために妖魔の生命力に着目したの」
「妖魔が、そんな研究に協力するとは思えない。
あの妖魔たちは無理やり捕まえたんでしょう?」
告げられた目的に、アセルスが再び反論する。

「ええ。でも、妖魔の支配者の了解は得たわ。
下級妖魔なら、いくら捕まえてもよろしいそうよ」
ナシーラの答えにルイズは悪寒を覚えた。
そこにあるやり取りは貴族社会の負の面そのものであった。
平民が蹂躙されようとも、貴族の誰もが気にしない姿が目の前の光景と重なる。

「酷い、よくこんな事が出来ますね。
やっていいことと悪いことがあるわ」
アセルスの罵倒は無論、夢の住人であるルイズに向けたものではない。
それでも、ルイズの心を抉る。

「私は、研究のために全てを捧げているわ。
もし、この研究が間違いだというのなら、私の存在自体を否定されているのと同じ。
それより、あなた自身、協力しない?」
意に介する様子もなく、ナシーラはアセルスに尋ねる。

「なんで私が!」
「あなたの妖力、それだけ強い妖力があれば、あんなザコ妖魔を飼っておく必要も無い。
あなたがその気になるだけで、あの妖魔も人間も救うことが出来るのよ」
ナシーラの言葉は冷淡さに満ちていた。
魔法が使えない落ちこぼれと呼ばれたルイズはよく知っている。

ナシーラは檻にいる人間達を見下してすらいなかった。
道端に落ちている石ころにいちいち感想を抱く人間はいない。

ナシーラの瞳はアセルスしか見ていない。
もはや彼女にとって、檻にいる者は研究道具にすらならない塵同然だった。

「そんな……」
「あなたには、彼らを救う力がある。それでも見捨てるのね」
外から見ている分にはナシーラの必死さが見て伝わる。
アセルスを宥めすかし、次は良心に訴えかける様子は詐欺のやり口そのもの。
それでもアセルスが断らないだろうとはルイズも察していた。

「あなたは本当に人間ですか? 妖魔よりもずっと魔性を感じる」
「悪魔に魂を売ってでも、この研究は成し遂げるわ。
ついて来て、あなた用の特別室に案内するわ」
アセルスの質問を肯定と受け取ったナシーラは更に奥の部屋へと手招いた。

「ここは?」
奥に置かれていたのは人どころか飛竜すら入れそうなガラスケース。
その周りに大量のボタンやレバーが配置されている。

「上級妖魔用の特別室よ。 実際に使う機会が来るとは思わなかったわ」
レバーを下げると、ガラスケースの扉が開く。
入れという事だろうと察したアセルスが入口に向かう。

「逃げようとしなければ、フィールドでダメージを受けることは無いわ」
入る間際にナシーラが忠告する。
彼女の言葉を裏返せば、出ようとすれば怪我を負うということだ。

「私は逃げたりしません。こんなことしなくても」
「そうかしら?」
装置の中に入ると、ナシーラがスイッチを押して機械を動作させる。

「うや…やめて……」
「人間は平気なんだけど、妖魔だと苦しいらしいわ。やっぱり苦しい?やめる?」
悲鳴を小さくあげるアセルスにナシーラが尋ねる。

「よくもそんな言葉を…!!!」
ルイズが思わず叫んだ。
自身も幾度となく周囲から受け続けたからこそ気づいている。

アセルスは人間で居続ける事に執着している。
ルイズが貴族に固執していたように。

ナシーラが妖魔である事を刺激したのは、アセルスの逃げ道を防ぐ行為。
その言葉は人の心を容易に踏み躙る。

「平気……私は人間だから……」
耐えようとするが、アセルスの表情から苦悶は消えない。

「やっぱり、あなた凄いわ。これを見て。
この青い薔薇、容器を吸わせることで生み出したのよ。
いままでのカス妖魔どもの何倍も輝いているわ。ありがとう」
ナシーラの顔に狂気の笑みが浮かぶ。

青い薔薇。
存在してはならないはずの異形の色。
青色が濃くなっていく度に、ナシーラが歓喜の笑みを浮かべる。

「大丈夫?すこし、弱めましょうか?」
ナシーラの言葉は気遣いに満ちている。
それはアセルスの身ではなく青い薔薇が実現できなくなるからだろう。

「さっきの話は……その薔薇のために……」
掠れた声でアセルスが呟く。

「薔薇だって私たちと同じ生き物よ。永遠に生きる価値があるわ」
本音を告げるナシーラ。
当人はとっくに不老不死の研究が暗礁に乗り上げていると理解していた。

今の技術では永遠に到達し得ない領域。
研究当初に花を使った実験中、偶然妖魔の血に染まった青い薔薇。

今思えば酷く不出来な色合いだったが、ナシーラは心惹かれた。
そこからナシーラの目的は永遠の命ではなく、美しい青い薔薇を作る事となっていた。

上級妖魔の血を使う事で遂に辿り着いたのだ。
青い薔薇を手に取ろうと腕を伸ばした瞬間──

「なんてこと!!!どうしてこんな色に!!!?」
発狂したようにナシーラが頭を抱える。
青い薔薇が見る見るうちに白く染まり、残されたのは元の白い薔薇だった。

「私の中には人の赤い血も流れているのよ……」
アセルスの言葉にナシーラは放心したように、虚空を見つめる。

「所詮、半妖というわけね。 半妖の血では青い薔薇は咲かせられないのね」
失望したように装置にいるアセルスを見つめる。
アセルスを見る瞳には、ガラス玉のように感情は一切残されていない。

「本音は、それか。あんたの観賞用の薔薇を作りたいだけなんだな。
自分の楽しみのために他人をもてあそぶな!!」
アセルスが装置の入口を力づくで打ち破ると叫ぶ。

「そうね。 こんな連中のために、あなたがその身をささげる理由は無いわね。
あなた、自分で思っているよりもずっと妖魔的よ」
「私は人間です!」
挑発するナシーラにアセルスは自分が人だと宣告する。

アセルスが扉を開けて出て行く。
ナシーラはアセルスの後ろ姿を憎々しげに睨んでいた。

ナシーラが装置の一つを押すと、施設が轟音を立てて揺らぐ。
初めは地震かと思ったが、ルイズはすぐに違うと気がついた。

床の一部が左右に分かれて、開いていく。
その下に巨大な竜と思わしき影が浮かんでいるのを目撃した。
最も、せり上がって来た竜の姿はルイズの知識にあるものと大分異なる。

竜に羽はなく、代わりに不釣り合いな大砲を背負っている。
大砲は屈強な竜の体躯をもってしても、自重で姿勢が保てない程に巨大。
更に竜は継ぎ接ぎだらけで、普通の生き物ではないとすぐに察する事ができた。

ナシーラが呼び出したのは地竜。
彼女が作り出した生物であり、この研究施設においても最大戦力を誇る魔物だった。

地竜がアセルスに向けて、大砲を放つ。
無論、直撃をむざむざ受けるアセルスではない。

大きく横に跳躍して砲弾を回避する。
避けた砲弾は檻の一つを破壊し、中にいた人間を肉塊へと巻き込んだ。

「何を!?」
「もうこんなカス共の血は必要ないわ」
叫ぶアセルスに対して、ナシーラは呟くように答える。

「そこまでして血が欲しいか」
「貴女にはわからないでしょうね。
永遠にも等しい上級妖魔の血を受けておきながら、その価値に気づけない貴女には」
地竜を呼び寄せたナシーラの形相は憤怒に歪んでいた。

アセルスは気付いてしまった。
身勝手な感情を自分に向けるのは、妖魔だけではないと。

下級妖魔がアセルスに向ける畏怖。
中級以上の妖魔が自分の力を付け狙う欲望。

親代わりだった伯母には恐れられ、化け物呼ばわりされた。
欲望の為に自分の力を利用しようとするナシーラ。

両者の反応は何ら変わりない。

自分自身など見もしない失意と絶望。
生まれ持った立場への周囲の羨望と嫉妬。
自分を受け入れてくれた存在は白薔薇とジーナの二人だけ。

人からも妖魔からも拒絶された世界でたった一人の中途半端な存在。
アセルスの中で何かが弾けた。

「血さえあれば十分……殺しなさい」
アセルスの心中など気づかないナシーラが地竜に命じる。

この場でアセルスの異変に気づいたのはルイズのみ。
周囲からの悪意に蝕まれ続けた人間がどうなるかはルイズは良く知っていた。

初めは無力な自分を呪う、次に境遇。
それでも悪意を受け続けたなら──他者の悪意に自らも悪意で返すようになる。

ルイズも何度となく抱いた孤独と絶望。
ただし、二人の立場には一つだけ相違点があった。

「妖魔の剣」
それは、力の有無。
腰に携える幻魔とは別に、右手に異形の剣が現れる。
アセルスは竜の首を跳ね飛ばすと同時に、大地に叩き伏せた。

「ちっ……砲撃を!」
舌打ちしながらも、ナシーラが次の命令を下す。
首がないまま竜は背につけられた大砲をアセルスに向ける。
しかし砲撃するより早く、アセルスの振るった妖魔の剣が竜を吸収する。

妖魔の剣自体は『妖魔』であれば誰にでも扱える。
他者の命を吸収する事で自らの力を強化する妖魔の業。

だから、アセルスは今まで決して使おうとしなかった。
吸血行為すら忌むべきものとしか捉え、極力控えていたくらいだ。
渇きをジーナが送ってくれた血の混ざった赤ワインで誤魔化し続けていた。

そんなアセルスが、妖魔の剣を使う。
どういう意味を成すかルイズは知ってしまう。

自ら下した人間との決別。
今まで単なる少女にすぎなかったアセルスはこの瞬間、妖魔となったのだ。

「アセルス……」
彼女の瞳はルイズがよく見ていたものだ。
自らに刃向かう者へ向ける、無慈悲で冷徹な視線。
最大の切り札を失ったナシーラに打つ手立てはない。

「くっ!」
壁のコンソールに手を当てると、非常口への扉を開く。

逃げるナシーラを追いかけるでもなく、アセルスは地竜の残骸から何かを取り出した。
取り出した筒状の物体はルイズにも見覚えのあるものだった。

「ハイペリオン……」
そう、学院にある破壊の杖と呼ばれていた武器。
アセルスは安全装置をはずすと、ナシーラが逃げた方角に狙いを向ける。

──結果、研究所は大爆発を起こした。
炎に包まれ、悲鳴を上げる研究員達の地獄絵図。
アセルスは湧き上がる火を踏み締めて、ナシーラへと歩み寄る。

「嫌……死にたくない……」
足掻く彼女に、アセルスは何も告げない。
ただ剣の刃を向ける事がアセルスの返答だった。

今まで、アセルスは『人』を殺した事はない。
それでも何の躊躇いもなく、剣を振り下ろした。

返り血を拭うとアセルスは立ち去る。
初めての殺人にも動揺した様子は見られなかった。
首を跳ねられた死体と燃え盛る研究室だけが跡には残されていた。

脱出する途中、妖魔達が捕らわれていた檻を解放する。
助けてやるのかとルイズは思ったが、彼らの望みは異なっていた。

「コロ……シテ……」
微かに囁いた願いは自滅。
下級とは言え妖魔である以上、力を奪われた者の末路は知っている。

邪妖に落ちるしかないのだ。
かつて白薔薇がアセルスに話した水妖の話。
邪妖になった存在は、上級妖魔の手によって消される掟。
アセルスは幻魔ではなく、妖魔の剣を携えると檻の妖魔達に剣先を向ける。

表情は影となって見えないままだった。
全ての妖魔を消滅させ、アセルスは研究所を出ようとする。

「おいおい、僕まで巻き込むなよ」
出口ではゾズマが先回りして待っていた。
どうやら先ほどの爆発の近くにいたらしく、衣装の裾が多少焦げている。

「決めたわ」
ゾズマがアセルスの言葉に怪訝そうに眉をしかめる。

「私はオルロワージュを討つ。そのための仲間を集めましょう」
それだけ告げると、ゾズマを置いて先に行く。
アセルスの様子を見たゾズマは楽しそうに笑みを浮かべた。



次に向かったのは、神社の一角。
ルイズから見れば未知の文明にしか見えないが。
アセルス達の前に現れたのは、民族衣装を羽織った一人の少女。

「嫌な臭いのする娘じゃな」
その姿はルイズより遥かに下だろうと予測する。
年齢に見合わない口調は大人びているというより、どこか浮世離れしていた。

「いきなり何よ。変な子ね」
面食らうアセルスに、少女は構わず言葉を続けた。

「白薔薇は去ったか。あれも、オルロワージュなどに忠義立てせずとも良かろうに」
思わぬ名前を聞いて、アセルスが足を止める。

「あなた誰?どうして白薔薇やあの人のことを知ってるの?!」
アセルスの脳裏に、白薔薇と話した会話がフラッシュバックする。
転生により自らの命を絶つ事でオルロワージュの探索を逃れていた者がいると。

「もしかして、そんな……あなたが零姫様……?」
オルロワージュの元から逃げ出した唯一の存在、零姫。

「わらわの事も一応は知っておったか。
お前がこのような運命に巻き込まれたのには、わらわにも少しばかり責任がある。
お前がどのような形で決着をつけるのかはお前の問題だが、わらわも手を貸そう」



次に出会ったのはルイズやアセルスも知った顔だった。

「メサルティム!」
湖を泳ぐおとぎ話のような人魚の姿。
かつてオウミで出会った水妖だった。

「アセルス様!」
恩人との再会に嬉しそうに近寄る。

「メサルティム、力を貸してくれないか?」
「何なりとお命じ下さい、私は貴女様の僕でございます。」
恭しく頭を下げる彼女を見て、アセルスは満足そうに頷く。

ルイズにはアセルスの態度から、違和感が浮かぶも原因が分からない。
疑問が解消されぬまま、アセルスは自らの因縁に終止符を打つ為の場所へ向かう。



アセルスが次に訪れたのは妖魔の元ではなく、とある店だった。
飛ばし屋という、リージョン移動を請け負う運び屋に依頼を行っている。

「本当にいいのかい、このリージョンへの道のりは文字通り片道切符だぜ?」
運転手が地図を指し示す。
ルイズには文字は読めなかったが、描かれた形状から場所を把握する。

「構わない」
彼女が向かおうとしたのは……否、彼女が戻ろうとしたのは針の城だった。
リージョンシップに乗り込もうとすると、既に先客がいた。

「イルドゥン」
アセルスが名前を呼ぶ。
「これからどうするかはお前が決めろ、もう少し付き合ってやる」
わずか5人を乗せた船が針の城へと飛び立った……



辿り着いた針の城は相変わらず陰鬱とした空気に包まれている。
城下町から城に向かおうとした時、アセルスを罵倒するものがいた。

「何故ジーナを、何故連れていった!!
どこという取り柄も無い、普通の娘だ。
なぜ、そんな娘まで毒牙に掛ける!もう、こんな所にはいたくない!」
彼の姿は見覚えがあった。
ジーナがいた裁縫店の親方。
久方の出会いより、彼の言葉にアセルスは愕然とする。

「ジーナが連れて行かれた!オルロワージュめ!!」
怒りを露わにするアセルスは城へと駆けつける。

オルロワージュの妨害はこれが始めてではない。
以前にも一度、婉曲な脅迫にあっていた。

「あのお針子に御熱心なようだな?」
オルロワージュの思惑は、アセルスに人としての未練を捨てさせるもの。
ジーナが彼女の心の支えだと知り、彼女を遠ざけようとした。

オルロワージュの試みは半分成功した。
ジーナに会えば、危害を加えるだろうと思ったアセルスはジーナを城から遠ざけた。

もう半分の失敗はそれにより、アセルスが脱走の決心をした事。
もっとも、オルロワージュは思い通りにならない存在に楽しんですらいたが。

「私はアセルス、道を開けよ!」
扉を防ごうとした妖魔達にアセルスが一喝する。
その姿は雄々しく、ルイズが呼び出したアセルスの姿だった。

「棺が開いている……」
針の城へ突入したアセルスの目に映ったのは、開けられた棺。
書かれているのは44番という数字とアセルスと以前に対峙した者の名前。

「獅子姫はあの方を護ろうとするだろうね。
そんな健気な獅子姫を君は打ち倒す覚悟があるのかい?」
「金獅子姫様とは一度手合わせをしたそうだな。
その時は、おそらく手加減をしていたのだ。今度は違うぞ」
ゾズマとイルドゥンからの忠告。
アセルスは何も語らず、階段を駆け上る。

途中、中身が空の棺が目に入った──番号は0。

「いつまでもこの棺を取っておく辺りがオルロワージュの弱さ、並の男と変わらぬ」
零姫が独り言のように漏らす。
もう一つの棺に、アセルスがよく知る姿が浮かぶ。

「…白薔薇……まだ闇の迷宮にいるんだね」
棺に写るのは闇の迷宮で苦しむ彼女の姿だった。
オルロワージュへの憤慨から、アセルスは再び階段を駆け上がった。

途中たどり着いた広場。
道を塞ぐ妖魔を一瞬で討ち滅ぼす。
切り裂いた妖魔の中から出てきた人影に、アセルスは思わず足を止めた。

「ジーナ!!君だったのか。大丈夫かい?」
「アセルス様?本当にアセルス様だ!!」
思い馳せ続けていたアセルスの姿に思わず抱きつくジーナ。

「怪物の姿の中に閉じ込められていました。ありがとうございます、アセルス様」
「すまない……私に関わった所為で、怖い思いをさせてしまった」
語るジーナにアセルスの表情に悔恨の色が浮かぶ。

「私は全ての決着をつけてくる、ここで待っていてくれるかい?」
「はい、私はここで待ちます」
差し出されたアセルスの手をそっと包みながらジーナは答えた。

名残惜しさを感じながらも、アセルスは階段を見上げる。
最上階で待っているだろう、オルロワージュへの敵愾心を胸に。
行く手を立ち塞いだのは金獅子ではなく、予想外の相手だった。

(吸わせろ…………貴様を吸えば……復活……)
アセルスの手により消されたはずのセアト。
ただ怨みにも似た執念だけが、彼を存在させていた。

アセルスは亡霊となったセアトに向かって駆け出す。
もはや消えかけの存在に過ぎないセアトはアセルスの敵にはなり得ない。
剣を一閃させると、セアトの影が崩れていく。

「全く見苦しい妖魔だったね」
ゾズマが今度こそ消えたセアトの跡を眺める。
アセルスは振り返る事すらなく、先へ進んでいた。

「この先はオルロワージュ様の玉座。何人たりとて立ち寄らせるなと命じられています」
金色の長い鬣に似た影が照らし出される。

「獅子姫、どうして貴方と戦わなければならないのか分からない。
私の目指すところは一つ。貴方ではないわ」
金獅子の淡々とした物言いに、アセルスは退くよう懇願する。

「互いに言葉を交わす時は過ぎました。
今は戦いで決着をつけるときです。今度は全力であなたを倒す!!」
金獅子は吼えるように、剣を向ける。

「獅子姫……」
アセルスが目を瞑る。
目を開いた時、彼女の瞳に殺意が込められる。

「……一騎打ちだ」
それだけ告げると、剣を抜く。
かつて、アセルスと白薔薇二人掛かりでも敵わなかった相手。

金獅子はルイズが前見た時より、遙かに早く獰猛に襲い掛かる。
対するアセルス も前回のように迎え撃つのではなく、剣を引き抜いて跳躍する。

お互いが交錯するのはほんの一瞬。
刹那の間に金属の打ち付け合う音が幾度も響く。

アセルスの頬の切り傷から一滴の血が流れる。
同時に、金獅子の肩からも青い血が流れ落ちた。

「強くなってる……」
傍目に見ていたルイズが驚く。
以前、二人掛かりで歯が立たなかった相手に一歩も引けを取っていない。

「はあぁぁぁぁーーーーー!!!」
金獅子は叫び声と共に、再びアセルス目掛けて突進する。
アセルスは幻魔を左手に持ち替えると、右手から妖魔の剣を浮かび上がる。

先にしかけたのはアセルスだった。
金獅子の突進に合わせて、カウンター気味に妖魔の剣を突き出す。

突きを金獅子は身体を捻って避けると、勢いそのままに剣を薙ぎ払う。
これをアセルスは上に飛んで逃れながら、幻魔を叩きつけるように振り下ろす。

金獅子が剣を受け止めるとアセルスを蹴り、間合いを外そうとする。
同時にアセルスも妖魔の剣を再度突き出して、金獅子の心臓を狙う。

「ぐっ!」
「かはっ!?」
お互いに短い呻き声をあげて、後方に吹き飛ぶ。
アセルスは踏み込んだ所に蹴りを受け、肋骨が何本か折れる。

金獅子の傷も浅いものではない、
心臓を貫かれなかったとはいえ、アセルスの放った剣は突き刺さっていた。

傷を治しながら起き上がるアセルスを見て、金獅子は悟ってしまう。

──自分ではアセルスを止められない。

剣の力量に決定差はない。
同等の力を持つ者同士が対峙した時、手数が多い方が優位になる。

金獅子は戦士過ぎた。
故に自身が持つ技量は全て攻撃に特化したものだ。

アセルスは異なる。
彼女が求めたのは一人で生き残れる強さ。
自身の強化や回復なども含め、身につけて来た。
致命傷を一撃で与えない限り、金獅子に勝ち目がないのだ。

「獅子姫、引いて頂戴」
傷を完治させたアセルスが、金獅子の胸中を把握したように降伏勧告を出す。

「さりとて引けぬ!」
金獅子が怒号のような声をあげる。
今までより強く、金獅子が床を蹴り両手で剣を構え直した。

アセルスも剣を向けて迎撃しようとした時、金獅子の狙いに気づく。
金獅子はアセルスの剣を避けようともしていない。

「おぉぉぉぉぉーーーーー!!!」
相打ち覚悟。
心臓に刃が食い込みながら、、金獅子が両手に持った剣を振り払う。

アセルスの首を目掛けて。
妖魔の剣で止めようとするが、片手では塞ぎきれない。

態勢を維持できなくなったアセルス。
首から大量の血を流しながら床に崩れ落ちる。

金獅子も口から血を吐いて倒れた。
そして彼女の身体が砂のように消えていく。

「アセルス様!」
メサルティムが近寄るとアセルスが身体を起こす。

金獅子の剣は、アセルスの首を刎ねるまであと一歩届かなかった。
まともに呼吸ができないほどに傷は深いが、アセルスは立ち上がろうとする。

「怪我の手当を!」
メサルティムが治癒の術を唱えると、傷跡は消え失せた。

「もう大丈夫」
金獅子を打ち倒したアセルス。
消えて行く彼女を一瞥しただけで、彼女が持っていた剣を手にする。

──残す敵はオルロワージュのみ。

針の城、最上階へ向かうための最後の一間。
そこで深々と礼をしたまま、アセルスを出迎える存在があった。

「御帰りを御待ちしておりました、アセルス様。
今こそオルロワージュ様を倒し、この城の主となるときです」
ルイズが彼の姿を思い出す。
イルドゥンがセアトにやられたと言っていた人物、ラスタバン。

「私にその力があるかな?」
「自信を御持ち下さい。
妖魔の誓いにより、私が直接、手を貸すことは出来ません。
そのかわり、この冥帝の鎧を御持ち下さい」
送られた鎧を受け取る。
見るからに禍々しい力に満ち溢れる鎧だったが、今のアセルスは迷いもなく受け入れた。

「この先はオルロワージュ様の領域、よく考えろ」
イルドゥンの忠告にも、アセルスは躊躇う事なく歩みを進める。

城のバルコニー。
外はまるで黄昏のような混沌とした薄暗闇に覆われている。

「我にひれ伏すために舞い戻ったか、娘よ」
アセルスの方を向くことなく、オルロワージュが語りかける。

「悟ったわ。私はもう人間としては生きられないならば、妖魔として生きるだけ。
そのために、あなたと決着をつける」
外は暗く時々瞬く稲光以外に明かりもない。
アセルスの表情は影で見えないはずなのに、その瞳だけが妖しく輝く。

「私に取って代わるというのか?」
振り返ったオルロワージュ。
怒りを覚えたのかと思いきや、声に喜色が混じる。

「私に挑む者が現れようとは!
お前に血を与えた甲斐があったというものだ。来るが良い、娘よ。手加減は無しだぞ」
マントを翻し、オルロワージュは笑いながらアセルスを最上階へと招く。
その姿は心の底から楽しんでいるように見えた。

「どこまでも救えぬ男め」
零姫の囁くような苛立ち混ざりの声。

最上階に着くと同時にアセルスは剣を抜いた。
上級妖魔、妖魔の君とその血を受け継いだ最上級同士の闘いが始まる……


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