あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

るろうに使い魔-37b



 唸るような風をその身に受けながらも、剣心はそれを一瞥しながら考察した。
(さて、どうするか…)
 流石にあの竜巻は受けきれそうもない。あれを何とか回避したあと、反撃に移るのが無難か。
 そう考えて一旦この場は離れようとルイズ達に告げようとすると、キュルケの困ったような声が聞こえてきた。
「ねえ、この子急に固まったまま動かないんだけど!!」



     第三十七幕 『人斬り抜刀斎 後編』



「どうしたでござるか!?」
 キュルケ達の目の前にも、あの台風は見えている。早く離れようとする気持ちは一緒だろう。
 しかし、ルイズにはまるで何も見えていないかのように、『始祖の祈祷書』を持ってブツブツと呟いていた。
「ルイズ殿?」
 剣心が足早でルイズの隣に来ると、デルフが何事か閃いたようだった。
「ああ、『解除』か。確かにこの状況にゃあうってつけかもな」
「…『解除』?」
「あいつらと俺は、根っこは同じ魔法で動いてんのさ。四大系統とは根本的に違う、『先住』の魔法。ブリミルもあれにゃあ苦労したもんだ」
 昔を懐かしむような口調で、デルフは言った。
「けどよ、ブリミルだって手をこまねいてた訳じゃねえ。いやはや、対した奴だったぜ。きちんと対策は取ってあったのさ。今動いている『先住』の魔法を文字通り解除する呪文、それが今唱えてる、『ディスペル・マジック』さ」
 成程、ルイズはルイズなりに自分の出来ることを考えているんだろう。剣心は思った。
だが、どうにも詠唱は終わらなさそうな様子である。その前にあっちの呪文の方が先に完成するだろう。
 そんな状況なのに、今のルイズには何も届いていない。ただ集中してルーンを紡いでいるだけだった。
「この子、一体どうしたの?」
 キュルケが疑問符を浮かべて尋ねる。
「ルイズ殿は自分なりに、どうすればいいのかを考えている。それだけでござるよ」
 そう言って、剣心は少し微笑んだ。
何だろう、ルイズのルーンを聞いていると、不思議と力が漲ってくる。高揚感を隠せなくなる。
 今目の前に渦巻く台風を、受け止めることも出来るんじゃないかという、可能性で溢れてくるのだ。
「ふーん、そう。でもあれに対抗するには、せめて『伝説』ぐらいもってこないとね…って、そう言えばどっちも伝説なんだっけ」
 キュルケはそう茶化したが、同じように不思議と危機感は感じなかった。
案外、この二人ならあれもどうにかしてくれるんじゃないか? と段々大きくなる竜巻を見やりながらも、キュルケやタバサはそう思っていたのだ。
「二人は下がって、ここは拙者達がやるでござる」
 剣心はそう言って、ルイズの眼前に、まるで彼女を守る盾のように立ちはだかった。邪魔しちゃ悪いとキュルケ達も素直に頷き、そして被害が及ばない場所へと隠れる。

 渦巻く奔流を前にしても、剣心の表情はどこか晴れやかだった。
(何だろう…この感じは…)
 こうやってルイズのルーンを聞き続けると、力だけでなく心まで安らかになってくる。遠い記憶、赤ん坊の頃に、まだ生きていた母に聞かせられた子守唄の様だった。
「変なものでござるな」
「そういうもんさ、ガンダールウ。お前さんの仕事は、その飛天御剣流で敵を無双することじゃねえんだ。『呪文詠唱中の主人を守る』。それだけさ。そうすりゃ『ガンダールヴ』はいくらでもお前さんに力を貸すぜ」
 なるほど、今は『ガンダールヴ』の影響を受けているからか、とデルフの話を聞いて剣心は納得した。でも、今回はアルビオンと違い、どこか悪くない心地だった。そして…ふと昔を思い出す。

 まだ自分が『心太』だった頃…守れなかった大切な人の墓の前で、強くなろうと決意したあの頃の記憶を…。

 歩む道を間違えて、大きな罪を負ってしまったけれど、本当はこういう風に誰かを……何かを守りたかった。
 そう考えると、剣心の顔は思わず綻んだ。結局それに気付くのに十年以上掛かってしまった。でも、まだ自分の力を必要としてくれる人がいる。
 その人を守るために全力を尽くす。何ともいいものだった。

 今なら、大剣で抜刀術にも向かないデルフでも…最高の状態で『あれ』が撃てそうだ。

「お取り込み中悪いが、やはりあちらさんのが速かったみたいだぜ」
 詠唱が完成したのだろう、竜巻の唸りに殺意が込められ始めた。そして次の瞬間、それは目にもとまらぬ速さで剣心達に襲いかかってきた。
 しかし、剣心は慌てず騒がず、ゆっくりとデルフを鞘に納め、腰に置く。ワルド戦のときと同様、その構えは『抜刀術』だった。
 しかし、それを傍から見ていたタバサは、無意識に首を振った。

 違う、これから放つ技は、ワルドの時に見せた『双龍閃』とか、そんな次元じゃない…もっと強力な…何か。

 タバサは目を凝らした。是非、それを自分も見極めたいと思って。
 そんな背景を知ってか知らずか、水の竜巻は剣心を飲み込もうと目前まで迫ってきた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
 剣心は叫んだ。それと同時にルーンも、今まで以上に光り輝く。
 高揚感高らかに、剣心は『左足』を踏み込んだ。
 刹那、光の速さでデルフリンガーは抜き放たれる。それがまず『風』の台風に直撃し、激しく拮抗した。魔法は吸い込まれるようにデルフの方へと向かっていく。
途中通り過ぎる風の刃をその身に少し受けながらも、剣心は歯を食いしばってそれを耐えた。髪留めが解け、緋色の髪が流れるように広がる。
 時間にして一秒あったかないか、その風の衝突は剣心の振り抜きで全て掻き消えた。しかし、残る『水』の奔流が、躊躇なく剣心へと襲いかかる。
 しかし、剣心は素早く一回転、地を踏み砕きながら、更に威力を上げた『最強の二撃目』を繰り出した。
 再び、魔力と剣の衝突。辺りを吹き飛ばし、木々は荒れ、木の葉は耐え切れずに舞い上がっていった。

(…ケンシン…)
 その後ろで、ルイズは遂に呪文を完成させた。無論傷一つ負うことなく。
 眼前には巨大な水の塊が迫ってきているというのに、全然怖く感じられなかった。
 ただ、剣心が守ってくれている。それだけで不安も、さっきの変な嫉妬も何処かへと吹き飛んでいった。
 やっと、自分も戦いの役に立てて、その無防備な身体を、優しい使い魔が守ってくれて。今だけ、剣心と一緒に戦っているという実感が、ルイズにとってはこの上なく心地いいものだった。
 そして、この勝敗にもそろそろ決着が決まる運びとなっていった。
 拮抗していた水と剣の力も、徐々に力が弱まっていく。だがそれとは裏腹に、ルーンは更に強く光る。



               飛天御剣流 『奥義』



 生と死の狭間で見出した、比類なき最強の技。それはルーンの力によって更に強く、更に大きなものへと変わっていった。
「うおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
勢いを無くし始めた強烈な水流に対し、剣心は思い切りデルフを振るい、水の奔流を横一閃に薙いだ。




               ― 天 翔 龍 閃 ―




 それだけで、水は勢いと力を失い、ただの水滴へと変わっていく。
 その瞬間を見たルイズが、ウェールズ達に向けて『ディスペル・マジック』を放つ。
 眩い光が辺りを覆ったかと思うと、急に周りにいたメイジたちがバタバタと倒れていく。
 その中にはウェールズも例外では無かった。
 覆い隠していた雲はゆっくりと晴れていき、空から月の光が流れ込む。
 死人が蘇る悪夢は…こうして幕を閉じた。

「……姫様…!!」
 誰かに呼ばれる声が聞こえて、アンリエッタはその目を開けた。どうやら詠唱中に気絶してしまったらしい。
「…ルイズ…わたし…は…」
 まっさきに飛び込んできたのはルイズの顔だった。そしてアンリエッタは、何が起こったのか、そして自分が何をしたのか、それを思い出した。
 急いで起き上がり、隣を見れば、そこには冷たく横たわったウェールズの姿があった。安らかな笑顔で、ずっと動かないまま。
「……ウェールズ…さま…」
 アンリエッタは、ポロポロと涙を流した。自分のしてしまった過ち、それは決して許されるものではない。
 悪夢だと分かっていた。でも、自分はその悪夢に身をゆだねた。その結果、大事な親友にまで手にかけようとした。その迷惑のせいで、たくさんの人が…死んだ。
「目は…覚めましたか?」
 ルイズが、悲哀とも侮蔑とも取れるような声で言った。彼女にも色々思うことはあるのかもしれないが、そこにいるのはいつものルイズだった。
 でも、自分には彼女に縋る権利すらない。一度、彼女を殺そうとしたのだ。なんて言ったらいいのか、なんて赦しを乞えばいいのか、それを聞く資格は…ない。
「あの…起きて早々何で申し訳ないのですが、ケンシンを治して欲しいのです」
 困ったような口調だったが、そこは有無を言わせないような感じでルイズは告げた。
見れば、隣には髪留めが解け、女のように髪を流しながらデルフを納めている剣心の姿があった。
「いや、拙者には必要ござらん。それよりも、他にもまだ息のある者が何人かいた。そっちの方を頼むでござるよ」
 そう言って、この間にキュルケやタバサが探してきた、重傷ながらもまだ生きているヒポグリフ隊の兵隊達の方を剣心は指した。
 確かに、あちこち切り傷を覗かせてはいるが、普通に立って歩いている分剣心の傷はさほど深くはないのだろう。―――アンリエッタには信じがたいことではあるが。
 あの水と風の竜巻を受けて、ここまでの傷で済む彼は、一体何をしてあの竜巻を突破したのだろう…?
「あれは…何?」
 そう思ったのはアンリエッタだけではなかったようだ。タバサもまた、不思議そうな表情で剣心に尋ねた。
「まあ、『奥の手』でござるな」
「しっかしおでれーたぜ相棒。まさかホントに防ぎ切っちまうなんてな。飛天御剣流を生み出した奴ってのは、どんなバケモノなんだ?」
「いやいや、デルフの吸収能力がなかったら、こうまでいかなかったでござるよ」
「そうだろそうだろ!! やっと相棒も俺の価値が分かってくれたみてえじゃねえか!! 感激すぎて涙が…出てくらあ…っ」
 カチカチわめきながら急に吃り始めるデルフを見て、ああ、アイツも相当苦労してたんだなあ、とルイズは思った。
 そのルイズの横目では、アンリエッタが暗い表情ながらも献身的な姿勢で、自分を探しに来てくれた忠臣達の傷を癒していた。

 ある程度大事にはならない程度まで皆を回復させると、今度はアンリエッタは剣心の方を向いた。
「傷を見せてくださいまし。せめて、これだけは役立たせてください」
 そう言って呪文を詠唱しようとするが、無理をし続けたのか、急にふらついて剣心の胸に飛び込むような塩梅となった。剣心はアンリエッタの肩を静かに抱くと、優しい口調でこう言った。
「無理をするものではござらんよ。拙者の傷は本当に大丈夫でござる」
 あくまで、今の状態のアンリエッタを気遣っての発言なのだろう。しかし、それを聞いたアンリエッタは顔をうつむかた。
(どうして…何で恩義を受けとってくれないの…?) 
そんな我侭に似た感情が、アンリエッタの中で沸ふつと湧き上がってくる。
 彼に聞く資格なんて無いと思う。でも、それを跳ね除けても今、アンリエッタは聞きたかった。

「何故…貴方はわたくしに忠誠を誓わない以上、赤の他人の筈なのに…どうして貴方は…そこまでわたくしを…」

 遣る瀬無さそうな声で、アンリエッタは尋ねた。何で彼は、こんなにも無欲なのだろう。なのに、何でこんなにも自分を助けようとしたんだろう。
 何か欲しいものがある様でもなく、忠誠を誓うわけでもなく、でも本当に危なくなったときは、誰よりも早く駆けつけてくる。
 結局のところ、王族として生まれ、王族として育ったアンリエッタは、剣心のその心に住む気持ちが全然分からないのだった。
 そんなアンリエッタに、剣心は刺さっている逆刃刀を掴みながら、こう言った。
「…『人斬り抜刀斎』の下りは、聞いたでござろう?」
「ええ…それが…?」
「彼が言ってたことは、何一つ偽りはござらんよ。拙者は、かつてたくさんの人を殺めてきた」
 どこか冷たくも悲しそうな表情をしながら、剣心は語り始めた。
「新時代の向こうにある平和を目指して、言われるがまま人を斬った。本当に、誰一人とて例外なく…」
 剣心の悲しそうな声で呟く。その声の裏には、恐らくあの青年のことも入っているのかもしれない。ルイズは、なんとなくそう思った。
「そして漸く、激闘の果てに新時代は迎えた。けど、だからといって争いや諍いが無くなるわけではない。ちょっとしたことで人が傷つき、そして悲しむ者が現れる。
拙者は、そういった人々を助けてあげたいからこそ、今この剣を振るっているでござるよ。…それが、人斬りの過去を償う答えだと信じて…」
 剣心は、ここで逆刃刀をルイズ達に見せた。
「じゃあ…その剣は…わざとそんな形にしてたのね…」
ナマクラだと思ってた。何でこんなにもこの刀にこだわるのか、ずっと不思議だった。
でも、ようやく分かった。この刀は、彼の『信念』そのものなのだ。殺すことしか出来ない彼にとって、『殺せない刀』というのはそれだけで意味があるのだと…。
「少なくとも、拙者には、姫殿は悲しんでいるように見えた。悪夢に狂っている裏で、その中に眠る良心をずっと抑え続けてきた。そうでござろう?」
 アンリエッタは言葉を詰まらせた。自分ですら分からなかったことを、こんなにも自分の気持ちを把握している、剣心のその口ぶりに。
「それにあのまま行かせたら、ルイズ殿だって悲しむ。拙者はもう、だれかが悲しむ顔は見たくない。それを放っておくことなどしたくはない。だからせめて、目の前に移る人々は守っていきたい。そう思っているでござる」
 でも…、とここで剣心は、申し訳なさそうな表情をアンリエッタに見せて言った。
「姫殿には本当に済まないと思っている。言い訳にしかならないとはいえ、ウェールズ殿が殺されたのは、拙者の油断のせいだった。あの時、少しでも反応が間に合っていれば…」
 それを聞いたルイズが、慌ててアンリエッタに向かって言った。
「そんな、ケンシンのせいじゃないわよ!! わたしが勝手にでしゃばったから…それだから…」
 俯くルイズを見て、アンリエッタは首を振った。
 違う…そもそもそんな危険な任務を頼んだのは自分なんだ…。
 そう言おうとして、不意に誰かの声に遮られた。


「……ここは…どこだ…?」
 その声を聞いて、一同は驚いたように一斉にそちらを見やる。
 何と、ウェールズが息を吹き返し、虚ろな目で辺りを見回していたのだ。
 その顔に、さっきまでの邪悪さは微塵も感じられない。ルイズ達が一度目にした、優しくも誇り高い姿だったウェールズの表情だ。
「ウェールズさま!!」
 アンリエッタは、我を忘れて彼を抱き起こした。涙が再び溢れ出す。それは、歓喜の涙だった。
「ウェールズさま…今度こそ…」
「その声は…アンリエッタかい…?」
 虚ろな目をアンリエッタに向けて、ウェールズは微笑んだ。

「やっと…会えた…君に…」

 アンリエッタは、無我夢中で抱きしめた。その頬から涙が伝う。
 奇跡…というほかなかった。『解除』が偽りの命を吹き飛ばしたときに、わずかに残っていたウェールズの生命の息吹に火を灯したのかもしれない。
 だけど、それは長くは続きそうには無かった。
 じわり…とウェールズの胸から大きな血溜まりが浮き出てくる。ワルドに刺し貫かれた、あの傷だ。
 アンリエッタは急いで呪文を唱えようとしても、傷口は徐々に広がってゆき、治るどころか酷くなる一方だった。
「いやだ…どうして…?」
 泣きじゃくるアンリエッタを見て、ウェールズは優しく告げる。

「無駄だよ…この傷はもう塞がりはしない。僕はちょっと帰ってきただけなんだろう…もしかしたら水の精霊が気まぐれを起こしたのかもしれない…」
「ウェールズさま…いや、いやですわ…またわたくしを一人にするの?」
 アンリエッタは嗚咽を漏らして、噛み締めるように呟いた。ウェールズは、そんな彼女の隣にいる、懐かしい友の姿の方を見つめた。
「ありがとう…君達のおかげで、僕は彼女に会えた」
「いや…それより、本当に済まなかった…あの時、拙者が助けに入っていれば…」
「いいんだ…君たちに会わなかったら、僕はどの道あの戦争の中で果てていたからね…」
 申し訳なさそうに顔をうつむかせる剣心を見て、ウェールズはゆっくりと首を振った。そして、アンリエッタをもう一度見てから、ウェールズは剣心の方を向いてこう言った。
「君に…アンを…任せてもいいかい?」
『え…!?』
「彼女は、優しいだけに危ういからね…君になら…僕も安心出来るんだ…」
 ルイズ達は唖然とした。ただの一介の平民に、一国の王子が頼み事をしているのだ。しかも、その内容もまた、『姫を頼む』という大きなものだった。
 水の精霊の件といい、やっぱりケンシンは凄い…そうルイズは思う反面、どこか寂しいと思う感情もあった。
「…約束するでござるよ」
「ありがとう…友よ…王としてではなく、一人の男として、礼を言うよ…」
 確かな友情が結ばれつつあったが、そうしている間にもウェールズの命は失われつつある。
 ウェールズは最後に、ラグドリアン湖へ行きたいと頼み込んだ。何でも、アンリエッタに誓って欲しいことがあるらしい。
 一行は、ウェールズの命が消えない内に、風竜を呼んで急いでラグドリアン湖へと向かっていった。



 ラグドリアンの湖畔、そこでウェールズは、アンリエッタの肩に身体をあずける格好で浜辺を歩いていた。
 うっすらと朝日が登る光を見つめながら、ウェールズは言った。
「…あの時、僕はこう思ったんだ…このまま二人で、全てを捨てられたらと」
 ウェールズの一言一言は、話すたびに段々とか細いものになってゆく。それでも、アンリエッタは何度も頷いた。
 そして、ずっと聞きたいと思っていた事を、ウェールズに尋ねる。
「…どうして、そんな優しいことを、あの時に仰って下さらなかったの。どうして愛していると、仰ってくれなかったの」
 やがて、ゆっくりとウェールズは答える。
「君を不幸にすると知って、その言葉を口にすることは僕にはできなかった」
「何をおっしゃるの…貴方に愛されることが、わたくしの幸せだったのですよ…」
 ウェールズは黙ってしまった。愛する気持ちは同じなのに、その想いゆえにすれ違った二人。それは、今この場でも埋められることはなかった。
 それでも、『彼女の幸せ』を願って、ウェールズは言った。
「誓ってくれ、アンリエッタ…僕を忘れて、他の男を愛すると…その言葉を、水の精霊の前で言って欲しい」
 アンリエッタは首を振った。そんな事、言えるはずがない。
 それでも、ウェールズは力を振り絞るかのように言った。
「お願いだ…じゃないと、僕の魂は永劫さ迷うだろう…君は僕を不幸にしたいのかい」
「…ならば、ウェールズさまも誓ってくださいまし。わたくしを愛すると…今なら、誓ってくださいますわね」
 それを聞いて、ウェールズは力なくも頷いた。段々と彼に生気が無くなっていくのを、アンリエッタに痛いほど伝えてくる。
 悲しげな表情をしつつも、アンリエッタは誓いの言葉を口にする。

「誓います、ウェールズさまを忘れることを、そして、他の誰かを愛することを」

 言い終えたアンリエッタは、ウェールズの方を見た。
「さあ、次はあなたの番よ。お願いですわ」
「誓うとも…僕を、水辺まで運んでくれ」
 ウェールズの言われるまま、アンリエッタは水辺へと近付いていった。朝日が写って光り輝き、神秘的な美しさを魅せる湖の端に、足を入れる。
「さあ仰って。わたくしを愛すると。この一瞬でいいの。わたくしはこの一瞬を永久に抱くでしょう」
 アンリエッタが、期待を込めた目でウェールズを見る。しかし、彼はもう項垂れたまま答えなかった。
「ウェールズ…さま…」

 肩を揺さぶっても、どんなに声をかけても、もう彼には届かない。彼はもう、遠くへと行ってしまったのだ。自分の知らない、何処かへと……。
 ふと、アンリエッタの脳裏に蘇るのは、あの時の記憶。彼と初めて会ったとき、何度も遊んだとき、誓いの言葉を水の精霊に告げたとき。
 様々な思い出が、泡のように浮かんできては、泡のように弾けて消えていく。淡く、そして儚い記憶の跡だった。
 振り返っても、もうあの宝石のような時間は、帰ってこない。

「意地悪な人…最後まで…誓いの言葉を口にしないんだから」

 アンリエッタはそう言って、静かにまぶたを閉じた。そこから、一筋の涙が流れていった。
 暫くして、アンリエッタはゆっくりとウェールズの亡骸を湖に横たえさせた。そして杖を振り、ルーンを唱える。
 水が動き始め。それがウェールズを優しく包み込んだ後、やがて湖の中へと吸い込まれていった。
 ウェールズの姿が見えなくなっても、アンリエッタは湖を見ながら佇んでいた。
 そしてそれを、木陰の中から剣心達も見続けていた。隣で泣きじゃくるルイズの頭を優しく撫でながら。





 その数日後、アルビオンでは――――。
「報告がありました…『アンドバリの指輪』での籠絡計画…失敗とのことです…」
 王党派は消え去り、今や完全に新皇帝のものとなったロンディニウムの居城。
 その一室にて、オリヴァー・クロムウェルは震えるような声で志々雄に作戦失敗の報を伝えた。
 その顔は、いつもしている余裕の表情ではなく、顔は蒼白、そして恐怖で歪んでいた。
「申し訳ございませぬ…まさか…このような結果になろうとは…」
「別にいいさ、特に期待してたワケじゃねえしな」
 対する志々雄は、いつもと変わらぬ余裕の笑みでクロムウェルに向けていた。寛ぐようにソファに腰掛け、優雅に煙管を吸っている。
「んで、何で失敗したと?」
「はあ、それが報告によると…皇太子一団を追って一匹の風竜と、その上に何人かが乗っていたと書いておりますが、それが誰かまでとは…」
 冷や汗を垂らしながら、クロムウェルは答える。それは仮りにもこの国の皇帝とは程遠い表情だ。
 むしろ、『皇帝』という扱いきれぬ重圧に、必死に耐えているようだった。
「まあ、十中八九奴だろ。俺が送った刺客は、どうやら間に合わなかったようだな」
「しかし…シシオ様…何故『アンドバリの指輪』を、どうやって退けたのか…」
 理解できぬ、といった感じでクロムウェルは呟いた。
 死んでも蘇るあの不死身軍隊に、死角などなかったはずだ。
 それに対し、志々雄の答えは淡々としたものだった。
「『虚無』にはそういう力もある、ってなだけだろ。イチイチ狼狽えんな」
 未だ正体不明の謎が多い『虚無』なら、そういったことの対処法でも書かれていたのだろう…そう考えをめぐらしていた。
 ならば、他にも幾つかの呪文は当然あるはず。
 強力な力を持つ『虚無』の担い手…それを守る盾『ガンダールヴ』。
「抜刀斎一人だけでも充分だと思ったが、成程虚無の娘も侮れないな」
「では…どうなさいます…」
 もはや志々雄に縋り付くような雰囲気を醸すクロムウェルに対し、志々雄は言った。
「言ったろ、まず奴等を仕留めることが先決だとな、まあ、生き残ったら生き残ったでそれは俺が楽しめるからいいんだが」
「ご冗談を…」
「今送った刺客が、どれ程の働きをするか、それを見た後からでもいいだろう」
 あいつか…クロムウェルはあの男の姿を思い出し、そして身震いをした。
 確かに奴は強い。だが、どこか扱いきれぬ危うさも同時に持っている。
 まさにあれは…人を斬るために生まれてきた存在だと言っても過言ではないだろう。
「シシオ様…あの…あ奴は一体何者…」
 そう聞こうとしたとき、一匹の魔法人形『アルヴィー』が急に窓へと飛んできた。アルヴィーは隙間を塗ってこの部屋へと入ってくると、志々雄の前でボンと二つに割れた。
 見ると、アルヴィー中身には何やら手紙のようなものが入っている。
「何だ、もう来たのか」
 人形の中身にある手紙を取って、それを広げて書いてあることを読んだ。異世界の文字だが、ここに来て長く経つ志々雄には、難なく読めているようだった。
 それに書かれている内容を見て、志々雄はニヤリと笑みを浮かべた。
 クロムウェルですら思わず背筋が凍りつくような笑み…『剣客』としての獰猛な笑みだった。
「すまねえオリヴァー。少し開けるわ。直ぐに帰ってくるとは思うが、何か進展があったら手紙でも飛ばせ」
「シシオ様…どちらへ…?」
 クロムウェルが慌てた様子で、志々雄に尋ねた。彼に手紙が来るたび、こうして何処かへと赴くのはクロムウェルも知ってはいたが、何せ今は状況が状況だった。
 しかし志々雄はそれに答えることはなく、まずソファから腰を上げると、火薬の仕込んだ黒手袋を手に深く差し入れ、椅子に掛けていた愛刀『無限刃』を腰に差し、そして同じく机に掛けていたマントのようなものを肩に背負った。
 それは、『シュヴァリエ』の称号がついたマント…その書かれている紋章は、杖を二つに交差した模様は…このハルケギニアでも随一を誇る魔法大国、『ガリア』の紋章だった。
 それを持って扉を開け、部屋から出ていこうとしたとき、志々雄は言った。
「決まってるだろ? 依頼だ」


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