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ルイズと無重力巫女さん-62





 少し離れた所から人々の喧騒が聞こえてくる、旧市街地へと続く入り口周辺。
 閉館時間を過ぎた劇場のように静かで陽の当たらぬ場所で、ルイズと魔理沙は行方不明になっていた゛レイム゛と再会していた。
 だが、1時間ぶりにその姿を間近で見たルイズは、彼女の身体に何か異変が起こったのだとすぐに察知する。
 姿形こそ彼女らが見知っている゛レイム゛そのままの姿であるが、不思議な事に彼女の両目は不気味に光り輝いていた。
 それに気づいたルイズは目を丸くし、再会できたのにも関わらず一向にその足を動かせなくなってしまう。
 お化け屋敷の飾りでつけるようなカンテラみたいにおぼろげで、血の如き赤色の光。
 今いる場所が暗ければ、間違いなくその身を震わせていただろうと思えるくらいに、゛レイム゛の目は不気味だった。

 目の光に気づく前は名前を呼ぶ為に二回ほど口を開いたが、気づいた今ではそれをする事すらできない。
 今の彼女にどう接すればいいのか分からないルイズが狼狽え始めた時、魔理沙がその口を開いた。
「おいおい霊夢、お前その目はどうしたんだよ。何か良くないモノでも食ったのか?」
 そんな事を言ってカラカラと笑いながらも、彼女はいつもの調子でこちらへと近づいていく。
 魔理沙の言葉にハッとしたルイズは咄嗟に後ろへと下がったことで、゛レイム゛との距離を取った。
 何故かは知らないが、そうしなければいけないと無意識に頭が動いたのだ。
 それを不思議に思う間もなく後ろへ下がった彼女と交代するように、今度は魔理沙が近づいていく。
 ルイズよりも付き合いが深い彼女が歩いてくるのにも関わらず、゛レイム゛は何も言わない。
 首が回らなくなった人形の様に、ジッと此方の方へ顔を向けたまま動きもしない。
 ドアの上に尻餅をついた姿勢の彼女は、ただ魔理沙を見つめていた。


 「どうしたのよあの子…っていうか、なんで目が光ってるのかしら?」
 それなりの距離へ下がった時、ふと自分の横から聞き慣れた声が聞こえてくるのにルイズは気が付く。
 自分と魔理沙の後ろをついてきて、先程追い払ったばかり彼女の声が聞こえる事に驚き、急いで視線を動かす。
 案の定自分の横にいたのは、赤い髪と豊満の女神と思える程富んだ肉体を持ったキュルケであった。
 いつものように澄ました笑顔の彼女は、赤い髪を左手の指で弄りながらも自分に気づいたルイズを見下ろしている。
 抗えぬ身長の差と笑顔で見下ろされる事に歯がゆい屈辱を感じたルイズの口は、咄嗟に動いてしまう。
「キュルケ…アンタ、もうどっかに行ったんじゃないの?」
「お生憎様、私はあの紅白ちゃんみたいに便利な瞬間移動は体得していませんのよ」 
 嫌悪感を隠さぬルイズの言葉を冷やかに返しつつも、キュルケは゛レイム゛がいる方へと視線を向ける。
 彼女の目が自分以外の人物に向けられた事に対し、ルイズもそちらへ目を動かす。


 先程ルイズ達がいた場所から五メイル先にある建物から出てきた゛レイム゛は、微動だにしていない。
 一緒に吹き飛んだ大きなドアの上に腰を下ろしたまま、じっとこちらの方へと顔を向けている。
 特に怪我をしているとは思えないし、彼女への方へと寄って行く魔理沙も変な反応を見せてはいなかった。
 ただ変わっている事は一つだけ。赤みがかった彼女の黒い瞳が、赤く光り輝いているということだ。
「レイム…一体、何が起こったていうの?」
 キュルケと肩を並べたルイズは一人、何も言わない゛レイム゛へ向けて呟く。
 もしも目の前にいる彼女がいつもの゛レイム゛であったならば、今頃軽く説教しつつ頭でも叩いていただろう。
 自分や魔理沙に何の報告も無しに姿を消して心配させるとは何事か、と。
 しかし今目の前にいる゛レイム゛の姿には、何か不気味なモノが見え隠れしている気がした。
 あの目だけではなく、無表情の顔や身体から発せられる雰囲気までもいつもの彼女とは違っている。
 いつもの゛レイム゛ならば、目の前の自分たちへ向けて何かしら一言放ってもおかしくない。

 例えば『何でいるのよ?』とか『あら、呼びもしないのに来てくれたのね』など、少なくともこの場の空気を読めないような言葉は吐いてたはずだ。
 実際にそうするかはわからないが召喚してからの二ヶ月間、彼女と共に過ごしたルイズはそう思っていた。
 無論今の様にシカトと思えるような態度は見せるかもしれないが、それでも可笑しいのである。
 まるで人形の様に一言も発さず、無表情でこちらを見つめているだけなどいつもの彼女ではない。
「やっぱり…何かあったんだ…」
 只ならぬ゛レイム゛の様子にまたも呟いたルイズを見ながら、キュルケはその顔に薄い笑みを浮かべる。
 彼女は確信していた。自分の鼻に狂いは無く、知らない゛何か゛が現在進行中で起こっているのだと。
 最初こそルイズたちの言葉を聞いて何もないかと思っていたが、この状況を見ればあれが単なる誤魔化しだったのだとわかる。
 何が原因で事が始まり今に至るかはさておき、今のキュルケは正に好奇心の塊と言ってもいいであろう。
((あの黒白が現れる前から色々とおかしいとは思ってたけど…こりゃどうにも面白そうじゃないの?)
 喜びを何とか隠そうとするキュルケを尻目に、゛レイム゛へと近づいた魔理沙は彼女に話しかけていた。


「どうした霊夢ー?まさか、この期に及んで無視…ってことは無いよな」
 一メイルあるがないかの距離で喋る彼女は、いつもと比べ静かすぎる知り合いを前に頭を抱えそうになる。
 いつもならば嫌味の一つでもぼやいてくるとは思っていたが、中々口を開こうとしない。
 そりゃ何かしら冷たい所はあれど、こうまで話しかけて話しかけてくる相手を無視した事はなかった。
 怪我一つしていないし、どこからどう見ても博麗の巫女である゛レイム゛そのものだ。
 じゃあ一体何で口を開こうとせず、不気味に光る目でこちらを見つめてくるのかと言えば、それもわからない。
 さすがの魔理沙も、今の゛レイム゛にはお手上げと言いたいところであった。
(やっぱり変なモノでも口に入れたのか?目が光る毒キノコとか聞いたことも無いが…)
 仕方なく゛レイム゛の赤色に光る目と自分の目を合わせつつ、どうしようかと迷っていた時だった。

「………………ム」
 ふと゛レイム゛の口が微かに動き、何かを呟いたのである。
 蚊の羽音と同じ程度の声で何を言っているのか分からなかったが、喋ったことに違いは無い。
「ん?何だ、言いたいことでもあるのか?」
 一体何を喋っているのか気になった魔理沙は耳を傾け、その言葉を聞き取ろうとした。
 髪を掻き分けながら右の耳を゛レイム゛の顔へと近づけた彼女は、スッと目を瞑る。
 その直後、見計らっていたかのように二度目の言葉が聞こえてきた。

「…………レイム」
 ゛レイム゛が呟いていた言葉。それは彼女自身の名前であった。
 一度目はうまくいかなかったが、二度目に耳を傾けたおかげでうまく聞き取ることができた。
 しかし、魔理沙にとってそれは、今の状況を好転させるどころか更なる疑問を抱くことになってしまう。  
(コイツ…なんで目を光らせながら自分の名前なんかをボソボソ呟いているんだ?)
 聞いてしまったことで謎は深まっていく今の状況に、さすがの魔理沙も笑えなくなっていく。
 近づけていた耳を離した彼女は怪訝な表情を浮かべながら、自分を見つめる゛レイム゛に話しかけた。
「本当にどうしたんだお前は?自分の名前なんか呟いて楽しいのか…?」
 飲み過ぎた友人に話しかけるような魔理沙の声は、後ろにいたルイズたちの耳にも入ってくる。


「自分の名前…?アイツ、何言ってるのかしら」 
 一体何が起こっているのかはよくわからないが、少なくとも良い事ではないようだ。
 おかしくなってしまった゛レイム゛に四苦八苦する魔理沙を見ればすぐにわかる。これは本当にまずい。
 森の中で怪物に襲われた時よりも不明瞭すぎる彼女の異常に、ルイズは一つの決断を下す。
(一度安全なところまでアイツを連れていくか、運んだ方がいいわね)
 未だに目が光り続ける彼女は不気味だが、このまま放置しておくわけにもいかない。
 ここから一生動かない…という事はなさそうだが、後一時間半もすれば日が沈んで夜になるだろう。
 今の季節なら日が沈んだばかりの頃はまだ明るいものの、夜になればここの治安は悪くなる。
 特にこんな廃墟群なら、浮浪者や犯罪者などの「社会不適合者」が潜んでいてもおかしくはない。
 つまり、こんなところで動かない彼女と一緒にいるだけでもマリサや自分の身が危ないのだ。
 隣にいるキュルケの安全を敢えて考慮しない事にしたルイズは、次にどう動こうか悩みはじめる。 

(とりあえず…どうやって霊夢を動かそうかしら)
 既にここから逃げる算段を付けている彼女は、ふと゛レイム゛の方へ視線を移す。
 こちらが言ってすぐに立って歩いてくれれば問題は無いが、最悪それすらしない可能性の方が高いかもしれない。
 そうなれば、誰かが彼女を担いで移動するしかないのだがそれをするのは魔理沙の役目だ。
 自分は彼女の箒を持てば良い。そこまで思いついた彼女であったが、厄介なイレギュラーが一人いる。
(ここまで見られたら…絶対ついてくるわよねコイツ)
 魔理沙たちの動きを見つめているキュルケを一瞥したルイズは、心中で毒づく。
 遥々ゲルマニアからやってきた留学生の彼女は、不幸な事に変わった事が大好きだ。
 変な噂があればそれを徹底的に調べるのだ。骨の髄までしゃぶりつくす…という言葉が似合うほどに。
 サスペンス系の劇ならば間違いなく頭脳明晰な探偵役か、事件の真相を知りすぎて殺される被害者の役をやらされるに違いない。
 そんな彼女が、今の自分たちを見て先程みたいに手を振って立ち去るだろうか?答えは否だ。
 気になるモノは徹底的に調べつくす彼女の事だ。あと一歩で真実を知れるならば、地の果てまで追いかけてくるだろう。
 そしてそれを知り次第、機会があれば色んな所で話しそうなのがキュルケという少女―――ルイズはそう思っていた。
 あぁ、どうして今日という日はこんなにも面倒くさくなったのだろうか?
 頭を抱えたい気持ちになったルイズの脳内に、ふと冗談めいた提案が浮かび上がる。
(……いっそのこと、ここでご先祖様の仇をとってもいいかな?)

 ヴァリエール家を繁栄、維持してきた先祖たちの中には無念にも当時のツェルプストー家の者たちにやられた者が多い。
 ある時は戦場で首を取られたり、またある時は想い人を寝取られたり奪われたりと…色々「やられて」きた。
 ならば今ここで、油断しきっている彼女を色んな意味で゛黙らせた゛方がヴァリエール家の将来が良くなるのではないか?

 そんな事を考えていた彼女の邪な気配に気づいたのだろうか。
 今まで魔理沙たちを見ていたキュルケはハッとした表情を浮かべ、ふとルイズの方へ視線を向けた。
 彼女が目にしたのは、どす黒い何かを考えているルイズの姿であった。
 まるで今から殺人事件を起こそうかという様子に、さすがのキュルケも目を丸くしてしまう。
 一体、自分が見ぬ間に何を企んでいたのだろうか?そんな疑問を感じてしまった彼女は、試しに話しかける事にした。
「…何やら顔が恐いですわよ、ヴァリエール」
「いっ……!?」
 言った本人としては単なる忠告のつもりであったが、それでもルイズは驚いたらしい。
 自分以上に目を丸くした彼女を見たキュルケは肩を竦め、先祖からのライバルに話し続ける。
「何を考えていたかは知らないけど。そんな顔してたら、まともなお婿さんが来ませんわよ」
「なっ…!あ、アンタ何言ってるのよこんな時に!」
 突拍子もなくそんな事を言われ、ルイズは顔を赤くしつつ怒鳴った。
 だが獅子の咆哮とも例えられる彼女の叫びに怯むことなく、キュルケはニマニマと笑う。
 場の空気を読めぬキュルケの笑みを見たルイズが、更に怒鳴ろうと深呼吸しようとした―――その時であった。

「うっ…ぁっ…!」

 突如、魔理沙のいる方から苦しげな呻き声が聞こえてきたのである。
 首を絞められて息ができず、それでも本能に従って何とか呼吸をしようとする者の小さな悲鳴。
 そして、青春を謳歌している自分たちと同じ年代の子が出すとは思えぬ断末魔。
 人の生死にかかわる声を聞いたキュルケはハッとした表情を浮かべ、魔理沙たちがいる方へ顔を動かした。
 深呼吸していたルイズも咄嗟に同じ方向へ顔を向け、何があったのかを確かめる。
 直後、二人の脳内にたった一つだけ、小さな疑問が浮かび上がる。
『どうして、こうなっている』―――――『何が、起こったのだ』――――――と。
 それ程までに二人が見た光景はあまりにも不可解であり、まことに信じ難いものだったのだ。
 唐突な呻き声を耳にし、振り向いた二人が目にしたもの。それは…

「あっ…!あぁあ………」

 いつの間にか立ち上がっていた゛レイム゛に、首を締めつけられる魔理沙の姿であった。
 手にしていた箒を足元に落としていた彼女は、空いた両手で゛レイム゛の右腕を掴んでいる。
 再会した時から無表情な巫女は、何と右手の力だけでもって魔法使いの首を絞めていた。
 首を絞められている方ももこんな事になるとは思いもしなかったのか、その顔が驚愕に染まりきっている。
「…ぐっ…あっがっ…」
 言葉にならぬ声をかろうじて口から出しつつ、力の入らぬ左手で゛レイム゛の右腕を必死に叩く。
 それでも゛レイム゛は、右手の力を緩める事は無く、それどころか益々力を入れて締め付ける。
 せめてもの抵抗が更なる苦痛をもたらし、とうとう声すら上げられなくなってしまう。
「――……っっ!?……!!」
 締め付けが強くなった事で魔理沙はその目を見開き、自然と顔が上を向く。
 身体が酸素を取り入れられず意識が遠のいていくたびに、目の端から涙が零れ落ちていく。
 もはや体に力も入らず、緩やかだが苦しい「死」が、彼女の体を包み込もうとしている。
 それでも゛レイム゛は、酷いくらいに無表情であった。
 まるで目の前にいる知り合いが、ただの人形として見えているかのように。
 そんな光景を前にしていたからこそ、ルイズとキュルケの二人は動けずにいた。
 ルイズはただただ鳶色の瞳を丸くさせ、怖い者知らずであるキュルケの体は無意識に後退っている。
 恐怖していたのだ。学院でもそれなりに仲の良かった二人の内一人の、思いもよらぬ凶行に。
 同じ席で二人食事を取り、暇さえあればお喋りもしていたルイズの使い魔である自称巫女と自称魔法使いの少女たち。
 その二人を知っている者ならば、目の前で繰り広げられる絞殺を見て驚かない者はいないであろう。
「ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね?」
「っ!そ、そんなワケないじゃないの!?」
 体も心も引き始めたキュルケがそう呟いた直後、目を見開いたままのルイズが叫んだ。
 その叫びが功を成したか、驚きのあまり硬直していたルイズの体に自由が戻ってくる。
 緊張という名の拘束具に縛られていた小さな筋肉が開放されるのを直に感じつつ、彼女は腰に差した杖を手に取った。
 幼少の頃、ブルドンネ街で母と一緒に購入したそれは貴族の証であり、自分に勇気を与えてくれる小さな誇り。
 手に馴染んだそれを指揮棒の様に軽く振った後、その足に力を入れて゛レイム゛たちの方へ走り出した。

「ちょっ…ルイズッ!」
 いきなり走り出した同級生を制止しようとしたキュルケであったが、時すでに遅し。
 褐色の手で掴もうとした黒いマントが風に揺らす今のルイズは、弓から放たれた一本の矢だ。
 罅だらけの地面を一級品のローファーで蹴りつけながらも、彼女は口を動かし呪文の詠唱を始めている。
 杖を持つ右手に力を入れて手放さぬよう用心しつつ、五メイルという距離の先にいる゛レイム゛へとその先端を向ける。
 風を切る音と共に杖を上げた今の彼女は正に、自身が思い描く貴族らしい貴族だ。
 おとぎ話に出てくる公爵や伯爵の様に、いかなる困難にも決して背を向けず勇猛果敢に立ち向かう魔法の戦士。
 現実では怯える事しかできなかった過去の彼女が夢見る、いつか自分もこうなりたいという願望。

 そして、異世界の問題に改めて身を投じる事を決意した彼女の―――今のルイズの姿であった。

 キュルケの制止を振り切ったルイズは呪文を詠唱しつつ、知り合いの首を絞める゛レイム゛を睨みつける。
 あと少しで天国への階段を上ってしまうであろう魔理沙を助ける為には、゛レイム゛に自分の魔法を放つしかあるまい。
 まだ色々と借りがある゛レイム゛を攻撃することに躊躇いはある。けれど、そんな彼女に殺されかけている魔理沙を見殺す事もできない。
 魔理沙にもまた大きな借りがあるのだ。それを返さぬまま見殺しにしてしまえば、自分は一生分の後悔を背負う事になる。
 故にルイズは、今の自分が何をするべきなのかを決めていた。 

 常軌を逸した゛レイム゛が魔理沙を絞め殺す前に、何としてでも自分が止める事。

 それが今の彼女が自らに課した、この状況で最善だと思える行動であった。
(何でこうなったのかは知らない。けど、何もしなきゃマリサが…!)
 口に出さずともその表情でもって必死だという事を示すルイズは、二人まであと二メイルという所で足を止めた。
 トリステイン魔法学院に在学する生徒のみが履けるローファーの底が地面をこすり、彼女の体をその場に押しとどめる。
 少量の砂埃を足元にまき散らしもそれに構わず、呪文の詠唱を終えたルイズは右手に持った杖を振り上げ、唱える。
「レビテレーション!」
 彼女が唱えた魔法は、本来人や物体を浮かす初歩中の初歩であり、攻撃用の魔法ではない。
 それで゛レイム゛だけを浮かせても今の彼女なら動揺しそうにもないし、逆に縛り首の要領で魔理沙を殺しかねないのだ。
 無論そのスペルを詠唱していたルイズ自身も理解しており、何も無意識に唱えていたワケでは無い。

 彼女が魔法を唱えた直後、苦しむ魔理沙を見つめていた゛レイム゛の顔が、ルイズの方へと向く。
 未だに赤く光り続ける瞳でもって睨みつけようとした時、その足元から一筋の閃光が迸る。
 直射日光を思わせる程の眩しい光を直視した゛レイム゛が思わずその目を瞑ろうとした瞬間、光が爆発へと変化した。
 チクトンネ街で八雲紫に放ったものとは段違いに低いそれは、爆竹十本程度の威力しかない。
 ゛レイム゛の足を吹き飛ばす事は無かったが、突然の閃光から爆発というアクシデントに怯まざるを得なかった。
 そしてルイズとしては、その゛レイム゛が僅かながらに隙を見せてくれたことに多少なりとも感謝していた。
 何せ彼女が足元を一瞥してくれただけで、自分が一気に近づけるのだから。


「レイム!!」
 目の前で殺人を犯そうとする巫女の名を叫ぶよりも前に、ルイズは走り出していた。
 まるで興奮した闘牛の如く一直線に、自分の部屋に住みついた少女たちの方へ突撃する。
 その足でもって地面を蹴飛ばして近づいてくるルイズに゛レイム゛は気がつくも、既に手遅れであった。
 回避しようにも魔理沙の首を掴んでいるためにできず、目の前には物凄い勢いで掴みかかろうとするルイズの姿。
 再会してから全く動く事が無かった彼女の目は見開かれ、無表情を保っていた顔に驚愕の色が入り込む。

 一体、いつの間に――――

 ゛レイム゛がそう思った瞬間。両腕を横に広げたルイズが、彼女の腰を力強く抱きしめた。
 まるでお祭りで手に入れた巨大な熊のぬいぐるみに抱き着くかのように、彼女は遠慮も無く゛レイム゛に抱き着いたのだ。
 それだけならまだ良かったかも知れないが、ルイズの攻撃はまだまだ終わりを見せていない。
 勢いよく゛レイム゛に抱き着いたルイズはそのまま足を止めることなく、何と自らの両足を地面から離す。
 まるでその場で跳び上がるかのように左足の靴先で地面を蹴り、ほんの数サント程宙に浮く。゛レイム゛を抱きしめたままの状態で。
 その結果、ルイズは自らの全体重を゛レイム゛の方へ寄らせる事に成功した。
「なっ…!」
 これには流石の゛レイム゛も動揺せずにはいられず、その体から一時的に力が抜けてしまう。
 無意識のうちに両足が下手に動いてもつれ、ルイズの体重により身体が後ろへと傾き、不用意に手の力が緩む。
 そして右手の力も抜けたおかげか、首を絞められていた魔理沙の体は死の束縛から解放される事となった。

 呼吸を止められ、あと少しであの世へ入りかけたであろう黒白の魔法使いの体が、どうと地面に倒れる。
 それと同時にルイズと゛レイム゛の体が勢いよく地面に倒れこみ、辺り一帯に砂塵をまき散らした。
「ルイズ…!………アンタ、無茶すぎるわよ」
 ライバルの取った無茶な行動に対して毒づきつつ、キュルケは゛レイム゛の手から解放された魔理沙の姿を目に入れる。
 自由を取り戻した彼女は早速口を大きく開けて、物凄い勢いでもって深呼吸をし始めている。
「―――――はぁ、はぁ、はぁ……うぇっ…ウグ…ゲホッ!!」
 何回か咳き込みつつも、旧市街地の空気を取り込もうとする魔理沙は、間違いなく生きていた。
 目の端に涙を溜め、落ちた衝撃で被っていた帽子が頭から取れても、彼女はただ咳き込んでいる。
 だが五分もすれば先程会話した時の様に、飄々とした彼女の姿を見れるであろう。
 逆にあの時、ルイズが突撃していなければ、その会話が最初で最後となっていたかもしれない。
 そう考えると多少無茶だと思っていたルイズの行動も、今となっては多少の賛成くらいできる。
(あまり良い印象は持ってないけど…初めて会話した人が目の前で死ぬなんて見たくもないわ)
 まだまだ聞きたい事もあるし。付け加えるように心中で呟いた直後、、ルイズの怒鳴り声が聞こえてきた。

「どういう事なのよレイム!?」
 地面に倒れた゛レイム゛の上に跨ったルイズは、杖を突きつけ問い詰める。
 ピンクのブロンドを揺らし、怒りに震える表情でもって怒る彼女ではあったが、その手は震えていた。
 まるで麻痺毒の植物を食べた時のように小刻みに震えており、それに合わせて杖も揺れている。
 ルイズは恐れていた。豹変した゛レイム゛に襲われる可能性と、不本意だが恩人である彼女に杖を向けているこの状況に。
 本当なら、こんな事にならなかった筈だ。
 いつもの彼女ならば、面倒くさがりつつもある程度の事は教えてくれただろう。
 なのに今の状況はどうだろうか?ワケもわからずに恐ろしい事をしでかし、自分が手荒なマネをしてまで止めに入る。
 本当なら一回ぐらい言葉で止めるべきだったと思うが、その時のルイズにはそこまで冷静に思考はできなかった。


 あの時の彼女はキュルケと一緒に、魔理沙の命をその手に掛けようとする゛レイム゛の目を見ていた。
 虚ろに光り輝く赤い瞳からは、何の感情も窺えない。
 自分の手で死んでゆく知り合いの顔を見ても、そこから喜怒哀楽の感情は見えなかったのである。
 まるでゴミ捨て場で拾った古い人形を乱暴に弄る子供の様に、ただただ無意識に締め付けていた。
 その目に、ルイズは恐怖した。あれは自分たちが良く知るいつもの゛レイム゛ではない。
 このまま彼女を放置すれば、何の遠慮も無く魔理沙を殺すだろうと。

―――――――ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね?
――――ーっ!そ、そんなワケないじゃないの!?

 だからこそ、キュルケの叫び対しルイズはそう返し、動いたのである。
 今の彼女は言葉ではなく、その体でもって止めるべきだと。

「何でマリサの首なんか締めて…本当にどうしちゃったのよ?」
 怒りの表情を保ったままのルイズは何も喋らぬ゛レイム゛に震える杖を突き付けながら、ただ語り掛ける。
 魔理沙の死を何とか食い止め、人殺しの罪を背負いかけた彼女を押し倒したルイズは知りたかった。
 どうしてああいう事をしたのか、自分たちの前から姿を消した間に何があったのかを。
 一方で、色んな方向に動く杖の先を仰向けの態勢で見つめている゛レイム゛は、これといった動揺を見せていない。
 鈍く光る赤い目でもって何も言わず、眼前に突きつけられた棒状をただジッと見つめている。
 ゛レイム゛の顔に浮かぶ表情は魔理沙の首を絞めていた時と同じく無色であり、何を考えているのかもわからないのだ。
「何でもいいから、一言くらい喋ってみな……あっ」
 そう言って空いた左手で彼女の袖を掴もうとした瞬間、ルイズは気づく。

 手の甲を見せるようにして地面に置かれた゛レイム゛の左手。
 本来ならそこにある、ルイズとの契約で刻まれたガンダールヴのルーン。
 だが、今ルイズが目にしているその手には、ガンダールヴどころか何も刻まれてはいなかった。
 土と煙で汚れてはいるが、黄色みがかった白い手には傷一つついていない。
 まるで最初からそうだったかのように、゛レイム゛の左手はあまりにも綺麗過ぎた。

 ルーンが無い事に今更気づいたルイズはその目を見開き、驚く。
 ついさっきまで付いていたばかりか、魔理沙と自分の目の前で光る所をみせてくれた使い魔の証。
 古今東西、主人や使い魔以外が死ぬこと意外にルーンが消えるという話など聞いたことも無い。
 それなのに、自分の下にいる゛レイム゛のルーンは、嘘みたいに消えてしまっている。
 ルイズは悟った。もうワケがわからない、これは自分の予想範囲を超えた事態になってしまったのだと。
「一体…何が…どうなってるのよ?」
 今日何度目になるかも知れないその言葉を、口から漏らした瞬間であった。

「ちょっと、アンタ達。そんなところで何してんの?」

 呆然せざるを得ないルイズの頭上から懐かしいとさえ思えてしまう、゛彼女゛の声が聞こえてきたのは。
 その声を聞いた直後、その顔にハッとした表情を浮かばせたルイズは、その顔を上げる。
 未だに咳き込む魔理沙の方へ近づこうとしたキュルケもそちらの方へ視線を向け、気づく。


 ここから二メイル先にある元洋裁店の青い屋根の上に、一人の゛少女゛が佇んでいた。
 建物自体は一階建てなので屋根も低く、夕日に照らされたその姿をハッキリと見ることができる。
 紅い服に別離した白い袖、赤いリボンをはためかせたその姿をしている者は―――二人が知る限りたった一人だけだ。
「レイム…アンタもレイムなの…!?」
 最初に゛少女゛を見つけたルイズは口を大きく開け、その名を叫ぶ。
 春の訪れとともに出会い、自分を未知の世界へと招き入れた彼女の名を。
「一々大声で怒鳴らなくっても…ちゃんと聞こえてるわよ」 
 ルイズの呼びかけに対し゛少女゛―――…否、もうひとりの゛レイム゛は左手を上げ、気だるげに言葉を返した。
 そして、何気なく上げたであろうその手の甲に刻まれたルーンを見て、ルイズは一つの確信を抱く。
 もしこの場で二人の゛レイム゛の内、どちらが本物の゛霊夢゛かと問われれば…まちがいなくルーンのついた方を選ぶ―――と。 
 使い魔のルーンはそう簡単に消えるモノではないし、何より光っているところを魔理沙と一緒に見たのだ。
 何がどうなっているのか何もわからないままだが、少なくとも状況が変化していくのは分かった。
(もしも私の知識が正しいのならば…ルーンのついてる方が本物のレイム…って事で良いわよね?)
 そんな事を思っていたルイズはしかし、ふとこんな疑問を抱く。

 ―――――ルーンのついている方が本物だとするのならば、今自分の下にいるのは誰だろうか? 

「―アァッ!」 
 脳内に浮かび上がった謎の答えを探ろと顔を下げたルイズは、突如何者かに首を絞められた。
 一体何が起こったのか。急いでその目を動かしたところで、彼女は油断していたと後悔する。
 襲い掛かってきた者の正体。それはルイズに飛び掛かられ、地面に倒れていた筈の゛レイム゛であった。
 ルイズの首に手を掛けた時に腰を上げた巫女は、赤く光るその目で睨みつけながら、ルーンの付いていない左手で彼女の首を力強く絞めていく。
 既にルイズの足は地面から離れ、まるで乗り捨てられたブランコの様に揺れ動いている。
「かは……っ!あぁっ!」
 本物と同じ体格とは思えた力で息を止められたルイズはその目を見開き、体は無意識にビクンと跳ね上がる。
 魔理沙もこんな風に絞められていたのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎる間にも、どんどん締め付けが強くなっていく。
「ルイズッ!」
 本物の霊夢の登場に驚いていたキュルケがそれに気づき、腰に差した杖を手に持つ。
 あのまま放っておけば、先程同じことをされていた魔理沙よりもっとヒドイ事をされるのは間違いない。
 先祖代々からのライバルであり多少煩いところはあったが、それでも目の前で死なれては目覚めが悪くなってしまう。
 それに、いつもの生活では味わえないような体験をしているのだ。どっちにしろ逃げるという選択肢は今のキュルケに無かった。
(何か色々と分からない事が多すぎるけど、アイツが死んだら真相は闇の中…ってところかしら?)
 言い訳の様な苦言を心の中で発しつつも、彼女は杖の先端を゛レイム゛の方へ向け、詠唱を開始する。

 一方、屋根の上から見下ろしていた霊夢もこれはヤバいと悟ったのか、すぐさま動き出した。
 別にルイズの事が心配だとか一応は主人だから助けようという事を、彼女は考えていない。
 ただ、今も幻想郷で起こっている異変を解決するにあたり一応の協力関係にあるだけのこと。
 故に彼女はルイズを主人としてみる事は無く、ノコノコとついてきた魔理沙と同じように接していた。
 それでも、異変のキッカケとなった召喚の儀式で出会ってからは、色々と世話になったのは事実である。
 現に今日は服も買ってもらったのだ。そこまでしてくれた人間を、みすみす殺させる理由などない。

「そいつを殺されたら、色々と不味いのよねっ…と!」
 霊夢は軽い感じでそう呟き、青い屋根の上からヒョイっと勢いよく飛び降りた。
 一階建てなので高さもそれほどでもなく、難なく着地し終えた彼女はルーンが刻まれた左手を懐へ伸ばす。
 しかしその直前、使い魔の証であるソレを目にして何か思いついたのか、ハッとした表情を浮かべて周囲を見回す。
 彼女の周りにはルイズ達や、先程゛レイム゛が飛び出してきた雑貨屋などを含む幾つかの廃屋しかない。
 それでも霊夢は辺りを見回し、今自分が゛思いついた事゛を実行できる゛物゛がないか探している。
「参ったわね…ちょっと試したい事があるのに限っていつもこんなんだから―――――…あ」
 軽く愚痴をこぼしながら足元を見つめていた時、ふと近くにある廃屋の入り口の方へと目が向いた。

 そこは先程、彼女の偽物が扉と一緒に出てきた元雑貨店であり、霊夢の目から見ても相当荒れているとわかる。
 その出入り口の近くには、霊夢が両手で抱えられる大きさの箱が放置されている。
 恐らく中に置かれていたであろうソレは半壊しており、中に入っていたフォークやスプーン等の食器が周囲に散乱していた。
 長い事放置されていた食器は大半が錆びており、無事なモノでも迂闊に触りたくない雰囲気を漂わしている。
 しかし彼女が目を向けた物は、人の手に触られる事無く朽ちた食器たちの中でも一際目立つ存在であった。
(まぁ、どうかは知らないけど…あれなら一応は使えるわよね?)
 自身の左手の甲に刻まれたルーンを再度一瞥した彼女は、心の中で質問に近い言葉を浮かべる。
 この廃墟で偽者と再会して以降光り続けるソレは、ある程度弱々しくなったものの未だにその輝きを失っていない。
 そして今も尚、彼女の耳には聞こえていた。誰のモノかも知れない謎の声が――――

 ――――武器を取れ、ヤツを倒せ

(まぁ不本意と言えば不本意だけど…状況が状況だし、モノは試しということでやってみようかしら?)
 鬱陶しいルーンの光と謎の声へ向けて嫌味に近い感じの言葉を送り、彼女は決意する。
 それは自分にしか聞こえない迷惑すぎる声に従う事であり、何処か腹立たしい気持ちを覚えてしまう。
 しかし今の様にルイズが殺されそうになっている状況で、声に従わないという事など彼女は考えてもいない。
 針も無しお札も無し、頼りになるのは弱いスペルカードだけという今なら、謎の声の方が正しいと理解せざるを得ないのだ。

(使えるモノは思い切って使う。とにかく…これから長い付き合いになりそうだしね)
 一度決まれば行動するのは早く、霊夢はスッとその足を動かして走り出す。
 雑貨屋に置いてある食器にしては不釣り合いすぎる、鈍く光る身を持つ゛武器たち゛を求めて。

 一方、そんな事をしている間にも、息を止められたルイズの心臓は刻一刻とその鼓動を弱くさせていた。
 ルーンの付いてない゛レイム゛に殺されようとしている彼女は身じろぎ一つできない。
(息――できな……このままじゃコイツに…)
 死ぬのは勿論嫌なのでどうにかしたい所だか、今の彼女に碌な抵抗はできない。
 首を絞める゛レイム゛の左腕の力が思った以上に強く、自分の両手で彼女の腕を掴むことだけで精一杯であった。
 それ以外にできる事は無く八方塞がりな状況に陥った時、ルイズはその目を動かす。
 幸いか否か視界は良好であり、目を光らせながら自身の首を締め付ける゛レイム゛の顔をハッキリと見る事が出来た。
 廃屋の中から出てきた彼女はこちらへ顔を向けた時と同じく、無表情を保ち続けている。
 ただ変わった事と言えば、その時からずっと輝き続けている赤い目の光が強くなっていることだ。
 まるで切創から溢れ出る血の様な色をしたソレは、不気味さを通り越した何かを孕んでいる。
 それと目と自分の目を合わせながら死へと近づくルイズは、明確な恐怖を感じてしまう。

(誰…か、助けて…だれでも…イイカラ…)
 心の中で彼女がそう願った時、暗くなっていく視界の左端に細長い銀色の光が入り込んできた。
 夜空を一瞬で過る流れ星のような速度でもって現れ、゛レイム゛の左手の甲へ吸い込まれるようにして…突き刺さった。
「なっ…―――!?」
 直後、突然の事にまたも驚いた゛レイム゛の左手から力が抜け、絞首の魔の手から解放されたルイズが地面へと倒れる。

「…!―――ルイズッ!」
 突然の事に軽く驚き詠唱を中断してしまったキュルケが、死から逃れた好敵手の名を叫ぶ。
 それに応えてか否か、体の自由を取り戻せたルイズは早速呼吸をしようとして苦しそうに咳き込み始める。
「コホッ、ゲホ……!な――何があったのよ…?」
 汚れた地面へとその身を横たえたルイズもキュルケ同様に驚くが、口から出た疑問はすぐに解決した。
 鈍い音を立てて彼女の手に甲に刺さった細長い銀色の光。その正体は、一本の古びたナイフだった。
 長い間放置されて薄汚れてしまった柄に多少の錆が目立つ刀身は、どう見ても街で売れるような代物ではない。 
 仮に低価格で売ろうとしても、銀貨一、二枚で売らなければ買い手など見つからないだろう。
 それでも武器としてはまだまだ使える方なのか、刺された゛レイム゛は充分に痛がっている。

「くっ…うっ…」
 苦痛に耐えるかのようなうめき声を上げながらも、彼女はそれを抜こうと残った右手でナイフの柄を握る。
 左手を貫くかのような形で突き刺さるナイフの刃先から少量の血が流れ、滴となって地面に落ちていく。
 ポタポタと耳に心地よいリズムに、刀身に絡みつく血が、ルイズの心に不安定な気持ちを植え付ける。
 そんな彼女の事などお構いなしにと言いたいのか、゛レイム゛は一呼吸置いてから、勢いよくナイフを引き抜いた。
 直後、吐き気を催す音と共にルイズの方に幾つもの血が飛び散り、彼女の顔を遠慮なく汚す。
 少し遠くから見ればニキビと勘違いしてしまう液体は、近くに寄れば錆びた鉄と良く似た匂いをイヤと言うほど嗅げるだろう。
 そんな液体を顔に浴びたルイズは、最初それが何なのかわからなずキョトンとした表情を浮かべるも、それは一瞬であった。
「あっ……うぐっ…」 
 自分の顔に何が掛かったのか。それを知った瞬間、喉元から良くないモノが込み上がってきた。
 咄嗟に両手で口を押さえ、名家の令嬢にふさわしくないそれを口から出すまいと我慢する。
 今まで顔に血を浴びるという経験が無かった故、吐き気を覚えてしまうのは致し方ないだろう。
 だからといって、今ここで出してしまうというのは彼女のプライドが許しはしなかった。
 この場で吐き気を堪えられないという事は即ち、その程度の事で腰を抜かすのが自分だという事を認めてしまう。
 それでは、ここへ来る前に八雲紫の前で誓った自分の決意など、見せかけの言葉にしかならない。
(駄目よルイズ…!まだ戦ってもいないのに弱気になるなんて事…絶対に駄目)
 何とかして吐き気を抑え込んだルイズは自らを戒めつつ、ナイフを抜いた゛レイム゛の方へと顔を向ける。

 鳶色の瞳が向いた先、そこにいた巫女の目はこちらを見つめてはいなかった。
 光り続けるその目を細め、先程自分が出てきた元雑貨屋をキッと睨みつけている。
 左手の中心部と甲から血を流しているにも関わらず、その傷を作ったナイフを右手に握り締める姿は正に狂戦士だ。
 先程痛がっていた姿が嘘の様に見えてしまい、ルイズは無意識のうちに身震いをしてしまう。 

 痛みを無視してまで、誰を睨みつけているのか。
 吐き気が失せた彼女はそんな事を思いながら振り向き、目を丸くする。

「聞こえなかったかしら、ソイツを殺されると色々不味いって?」
 ゛レイム゛が睨み、ルイズがアッと思ったその視線の先にある一軒の廃屋。
 先程まで誰もいなかった元雑貨店の出入り口のすぐ傍に、゛レイム゛と対峙している霊夢がいた。
 これからどうしようかと考えているのか、面倒くさそうな表情を浮かべる彼女の右手には、二本のナイフが握られている。
 本来は果物を切るために使われるであろうそれらは、軽く見ただけでも錆びているのがわかる。
 それを目にしたルイズは察した。いつの間にかナイフを手にした霊夢が、自分を助けてくれたのだと。


 今もそうだが、面倒だと言いたげな表情を浮かべているにも関わらず、事ある度に色々と助けてくれた。
 そうして助けてくれる分、ルイズは彼女へ幾つもの借りを作ってきた。増えすぎたがために、大きくなった借りを。
 しかし。ルイズとしてはこれ以上霊夢への借りは極力作りたくないと思っていた。
 無論命を助けてくれた借りは返すつもりではあるし、下賤な輩みたいに遠慮も無く踏み倒す気は無い。
 彼女は決意したのだ。自分は守られる側ではなく、幻想郷から来た者たちと共に戦う側になると。
 未だ正体すらわからぬ黒幕と戦いを交え、霊夢の召喚から今も続く彼女の世界での異変を止める為に。
 だからこそわかっていた。今この状況で、自分が何をすべきすという事を。

(そうよ…怯えたら駄目なのよルイズ・フランソワーズ!)  

 赤い斑点を顔につけたまま自らを鼓舞するルイズが、杖を持つ手に力を入れる。
 その姿は正に、世界を混沌に陥れるであろう魔王と対峙する騎士の様であった。



 そして、誰の耳にも入らぬ心中の叫びが合図となったのだろうか。
 左手を自らの血で染めた゛レイム゛が右手のナイフを構え、目の前にいる霊夢へと跳びかかった。
 飛蝗のように地を蹴り上げ、ナイフを振り上げたその手は蟷螂の前脚を彷彿とさせる。
 霊夢と似すぎるその顔と、未だ輝き続ける目からは、怒りの感情が沸々と込み上げてきていた。
 突然の事にルイズと遠くにいたキュルケが驚く一方で、霊夢は苦虫を踏んだかのような表情を浮かべた。

「三度目の正直ってところかしら?もうちょっと休ませてほしいんだけど…ねぇっ!」
 心底嫌そうな感じで喋った彼女は、ルーンが刻まれた左手を突き出して結界を展開する。
 そして振り下ろされたナイフと結界が接触した瞬間、本日三度目となる戦いが始まった。





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