あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-11


トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で最も高い中央の本塔の中にあった。

食堂の中には百人は優に座れるような長いテーブルが学年別に三列並んでおり、ルイズら二年生は中央のテーブルで食べるらしい。
左右のテーブルにはマントの色が違う他学年の生徒が座り、一階の上にあるロフトの中階では教師たちが歓談している。
各テーブルには蝋燭や花飾り、瑞々しい果実が山と盛られた籠などが並び、豪奢な雰囲気を醸し出していた。
無論室内の装飾もそれに見合った見事なもので、壁際には夜中になると意志を持って動きまわるという精巧な小人の彫像がずらりと並べてある。

この食堂は壁に並ぶ魔法の彫像の名にちなんで、「アルヴィーズの食堂」と呼ばれているという。

もっとも、ディーキンは昨夜夜食を食べに来た時既に内装は見たしその話も聞いたので、今更驚いたりメモを取ったりはしない。
学院生に明日の貴族たるべき教育を充分に受けさせるために相応の食卓が用意されているのだとかなんとか、ルイズは誇らしげに説明していたが……。
正直言ってディーキンとしては、あちこちピカピカしてきれいだなあという程度の感想であり、関心は薄かった。

ディーキンは暗黒世界(アンダーダーク)で、地下に引き込まれたアヴァリエル(翼を持つエルフの一種)の女王の城を見たことがある。
カニアでは、デヴィルが焼けた鉄を打ち鍛えたり氷を削り出したりして作った、恐ろしい威容を誇る数々の建造物も見た。
これまで暮らしていたウォーターディープにも、城や宮殿は当然ある。
豪奢な建物を見たのが初めてだというわけでもないし、昨夜見た図書館の方が遥かに重要で驚異的な施設だ。
そうでなくとも野外での食事に慣れている冒険者の身としては、食事をする場所の豪華さなどははっきりいってかなりどうでもいいことである。
無論敵に襲撃されかねないような場所では安全に食事ができないから、場所がまったく関係ないというわけでもないが。

「ウーン……? それにしても、随分量が多いみたいだね。
 ねえルイズ、ここの人はみんなこんなにたくさん食べたがるの?」

料理は朝から過剰に豪華で、でかい鳥のローストや上等そうなワイン、鱒の形をしたパイなどが食べきれないほど並んでいる。
体格も華奢でさほど体を動かしているようにも思えないここのメイジが、こんなに食べる必要があるのだろうか?

……まあもっとも、実を言えばディーキンも朝からこれ以上に豪華な食事を食べることはかなり多いのだが。
《英雄たちの饗宴(ヒーローズ・フィースト)》という呪文を覚えたクレリック、ないしはバードを含む高レベルの冒険者パーティにはよくあることだ。
もしかするとこの食事もそれに類似した魔法的な効果のある物なのかとも一瞬考えたが、それらしいオーラは感知できなかった。

「まさか。全部食べるなんてしないわよ。
 みんな好みのメニューも違うし、好きなものを食べられるようにいろいろと並べてあるだけなの。
 食べたいものを食べて満腹になったらおしまいよ、残ったものは使用人のまかないとか使い魔、の……」

椅子を引いて座りながらそこまで話すと、ルイズは何かに気が付いたようにディーキンの方を見た。
ディーキンはといえば、ルイズと並んで席に座ろうなどとはせずに少し後ろの方にちょこんと立って控えている。

「……ごめん、そういえば昨夜はいろいろあったから、あんたの食事を手配しとくのを忘れてたわ……」

ディーキンはそれを聞いて、軽く頷く。
食事の用意をしていないと聞いても、特に不平そうな様子はなかった。
今までにした使い魔としての仕事と言えば、せいぜい少々の雑用をこなしただけ。
昨夜の夜食と寝床を提供してもらっただけでも、十分今までにした仕事の対価以上には値する。
今朝の食事が出なくても、別段不当な扱いではあるまい。
ましてやこんな豪勢な食卓に、当然のように連日座れるほど厚かましくはない。

英雄として認められる以前には人間の食堂には当然入れてもらえず、あちこちを回ってどうにか残飯を恵んでもらって食いつないだような事もあった。
そんな暮らしを受け入れてきたディーキンには、飯は食わせてもらえて当たり前のものだなどという感覚はないのだ。

「大丈夫なの、ルイズ。ディーキンは食事なら自分でなんとかできるの。
 もしも用意してもらえるのなら嬉しいけど、それが大変だったらこれからも自分で準備するよ?」

特に気分を害した様子もなく笑顔でそう返してくるディーキンを見て、ルイズはむっと顔をしかめる。

確かに、使い魔には自給自足させる、という方針のメイジは多くいる。
だが今のところ、この風変りな使い魔に対しては他に報いられるものもないのだから、寝食くらいきちんと用意しなくては主人として立場がない。
ましてや、用意を忘れるというこちら側の不手際に対して、逆に使い魔から気を使われてそれに甘んじるなどという情けないことはできない。
自分はこれでも、誇り高きヴァリエール家の三女なのだ。

「主人に迷惑をかけないでおこうとする態度は褒めてあげるけど、あんたはそんなことにまで気を回さなくていいの。
 少し不手際はあったけどちゃんと今後は……、いえ、今朝の分だって食事はちゃんと用意するわ。
 自分の落ち度で使い魔にそんな負担を掛けるなんて、メイジの恥よ」

ルイズはそう宣言すると、どうするのが最善だろうかと少し考え込む。

「ええと……、昨夜はここで余り物を食べてたし、あんたの食事は私たちと同じような物でいいのよね?
 もし他に何か食べたいものとかがあったら言ってちょうだい。
 ……あ、でも、まさかとは思うけど、その、人間の肝とか……、そんな事はいわないでしょうね?」

たしかコボルドの神は、供物として生きた人間の肝を好むとか聞いた覚えがある。
まあディーキンはどうも普通のコボルドとは違う種族のようだし、友好的そうだし、そんな習慣があるとも思えないが一応確認してみた。

それを聞いたディーキンは、きょとんとした様子でルイズの顔を見上げた。

「ええと、ルイズにはディーキンが人間の内臓を食べたそうな感じに見えるの?
 ディーキンはケーキが大好きなの、それと、ポテトシチューとかもね。
 あと、……アー、まあ、最近はいろいろだね」

おばあちゃんが日光浴のあとでよく獲ってくれたおいしい虫も好きだ……、
と続けるのは、一度食事中にその話をしたところボスから少々嫌そうな顔でやめてくれといわれたのを思い出して控えておいた。

(ウーン……、おばあちゃんがよく鶏に手を突っ込んで内臓占いをやってたことも、きっと言わない方がよさそうだね)

人間社会の習慣にもかなり慣れて、そのあたりの事は大分わかってきた。
いまだに感覚としては理解できないというかいまひとつ納得がいかないことも多いが……、
理解はできなくとも、尊重することはできる。

まあ、食料が乏しく虫なども食べる事が当たり前の習慣となっているアンダーダークでは結局、ボスも現地の習慣に従って口に運んだりしていたのだが……。
行儀のいい彼は食事に文句を言うなどという事こそしなかったものの、かなり嫌そうな顔をしていた。
ヒーローズ・フィーストの呪文はそんなボスを喜ばせようとして習得したのだが、心底嬉しそうに感謝してくれたのをよく覚えている。
まともな食事が手に入らない極寒地獄のカニアの野を旅する時にも、あの呪文には何度も世話になったものだ。

冒険者にとって第一に大切なのは十分な量で滋養のある食事ではあるが、美味しさというのも精神衛生面ではかなり重要なものだ。
栄養満点の粥を永久に作りだせるという魔法のスプーンを購入した冒険者が、後で後悔して愚痴っているのを酒場で見かけたことがある。
というのも、その《マーリンドのスプーン》が作る粥は、まるでボール紙のような風味で酷くマズいからだ。
その点、ヒーローズ・フィーストの呪文が生み出す御馳走は最高に美味である。
食すことによって得られる超常的な恩恵こそが主眼の呪文ではあるが、味の素晴らしさもまた、過酷な冒険生活の最中に荒んだ心を安らがせてくれる。
仲間たちの精神面でのリフレッシュも、バードの担うべき務めなのだ。

「そう、ならとりあえず食事面で問題はなさそうね。
 昨夜はここで食べさせたけど、ここは本来は貴族の食堂だから、今日からは他の使い魔と一緒に厨房でもらったものをどこか外で食べて。
 今日は事前に話してなかったから余り物か何かになっちゃうかもしれないけど、明日からは好きなメニューを注文すれば用意しておいてもらえるはずよ。
 ……ま、とりあえず今は、私のをいくらか分けてあげるから床で食べなさい。本当は外なんだけど、私の落ち度だから今回は特別ね。
 昼食からあんたに食事を出すように、その辺の使用人に話を通しておくわ」
「オオ、ただ食べさせてくれるだけじゃなくて、好きな食事まで用意してくれるの?
 ディーキンは本当に嬉しいの、すごく感謝するよ」

食うや食わずで餓えた経験が何度もあるディーキンは、食事の味に文句などつけたことはない。
だが、それでもできるなら食事は当然、美味い方がいいとは思う。
そしてここの料理が美味い事は、昨夜食べさせてもらった余り物の味で確信している。
もちろんヒーローズ・フィーストを使えば美食を用意できるが、毎日そればかりではなくて、いろいろな味を試してみたいのだ。

もしかすれば、フェイルーンには存在していない珍しい食材や料理が味わえるかもしれない。
さまざまな未知の味を求める事は、多くのドラゴンが持つ娯楽でもある。
ディーキンの以前の“ご主人様”などは、たまに人間に化けて街までミートパイを食べに行っていたほどだ。
竜の血に目覚めてから味覚が鋭くなり、また金銭にも余裕ができてきたディーキンには、多種多様な味を試して楽しむことにも関心が芽生えてきている。
そんな贅沢な娯楽は、ほとんどのコボルドにとって……また少し前までのディーキンにとっても、思いもよらぬことであった。

これまでに行ったアンダーダークやカニアにも、フェイルーンの地上世界にはない珍しい食事が様々にあり、中にはとても美味しい物もあった。
アンダーダークにはロセ(麝香牛に似た魔獣)の肉を使った素敵な御馳走があったし、
マッシュルームから作った酒に毒蜘蛛の毒を混ぜて味付けしたスパイダーブラッド・ワインなども、危険だが上等な味だった。
地獄にさえも、灼熱の階層であるプレゲトスで実る火葡萄を用いて作られる上等なワインなどが存在していた。
まあ、基本的には食料の乏しい地だし、単に珍しいというだけで味も何もないような代物も多かったが。

「おおげさね、使い魔の食住の世話を見るくらいはメイジとして当然よ?」
「そうかな? でも、ディーキンはいつも小さなことに感謝するの。
 いつか、大きなことに感謝をするためにね。
 小さなことがちゃんとできない人に、大きなことはできないってよくいうでしょ?」
「そういうものかしら? ……まあ、礼儀を弁えた態度は褒めてあげるわ。
 ほら、この皿とナイフとフォークを貸してあげるから、好きなものを取り分けて持って……って、あんたじゃ取るのが大変そうね……」

ディーキンは食器類を受け取ると背を伸ばして食卓のメニューを眺め、うんしょうんしょと頑張って手を伸ばして、端の方にあるパイを切ろうとしている。
あの分では、食卓の奥の方にある物には手が届くまい。
空を飛べば届くだろうが、まさか食堂で翼をはためかせて飛ばせるわけにもいかない。
机によじ登って取るなどという恥ずかしい真似をさせるのは論外、椅子を踏み台にさせるかとも考えたが、食事前にごたごたして注目を集めたくなかった。
それに、もうすぐ食前のお祈りが始まる時間のはずだ。

「もう……、いいわ、あんたの身長の事を考えてなかったのも私の落ち度だし。
 食器を貸して取りたいものを言いなさい、私が取ってあげるわ」

食事を誰かのために取り分けるなど普通なら平民の給仕がするような仕事だが、メイジとして使い魔に餌を手ずから与える事は恥にはならない。

「ウーン、いいの? じゃあ、お願いするよ」

雑用は魔法でやれと言われたことを思い出して、何か魔法で取ろうかと考えていたのだが……、ルイズが取ってくれるというのならお言葉に甘えよう。
ディーキンは少し考えると、これまで見たことのない珍しい食材を使っていそうなものをいくつか選び、皿に盛ってもらう。
ついでに通りがかった給仕にルイズが用意させた追加の食器にシチューをよそい、パンとパイを一切れずつ添えたお盆に載せて受け取ると床に座った。

生徒らの前に並べられた御馳走に比べれば遥かにささやかな量だが、十分に豪勢な朝食といえる。
フェイルーンでは、それなりに上等な部類の宿でなければこのレベルの朝食は出まい。

「偉大なる『始祖』ブリミルと、女王陛下よ。
 今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを、感謝いたします」

生徒らが食前の祈りを捧げている様子を見て、ディーキンは首を傾げた。
自分も同じようにするべきだろうか?
とはいえ、自分はここのメイジたちの始祖や女王陛下とやらに対して別に何の感情もないし、そんな輩が祈るのもかえって失礼というものであろう。

「ウーン……、えーと。
 コボルドの創造主である『救い主』カートゥルマクと、竜族の創造主である『一にして九なる竜』イオにかけて。
 ディーキンは今日、この食事を授かったことに、心から感謝するよ」

ディーキンの故郷レルムの宇宙観には、数多くの神格が存在している。
そしてレルムに住まうほとんど全ての定命者は、程度の差こそあれ、少なくとも一柱以上の何らかの神を信仰しているのが普通だ。
ディーキンは特に信心深い方でもないが、レルムに住まう住人の常として、何柱かの神格には折々に敬意を払っている。

生前あらゆる信仰を拒絶した不信心者や信じた神を裏切った不誠実者には、恐ろしい運命が待っている。
レルムでは、定命の存在の魂は死ぬと“忘却の次元界”へと引き寄せられるとされる。
そこで魂は生前に信仰していた神格の従者が来て、神々の元へ連れて行ってくれるのを待つのだという。
だが不信心者や不誠実者には、身柄を引き受けてくれる神格がいない。
そのような者たちは、忘却の次元界を治める『死者の王』ケレンヴォーによって罰を受ける。
不信心者の魂は分解され、ケレンヴォーの統治する“裁きの都”を囲む生きた城壁の一部に再構成されてしまう。
不誠実者はその罪の程度に応じた刑罰を申し渡され、ケレンヴォーが解放を命じない限り永久に裁きの都で刑に服し続ける。
そしてあらゆる死者を公平に裁く厳格な神であるケレンヴォーは、その生涯に渡って絶対に心変わりすることはない、と言われている。

カートゥルマクは悪の神であり、その教義には全く賛同はしないものの、コボルドという種族の守護神格としてはディーキンもそれなりに敬意を表している。

イオは何柱も存在する竜の神格の中でも主神とされ、属性に関係なく多元宇宙のすべての竜族を守護する神である。
ドラゴンを畏怖しているコボルドには竜の神々に敬意を払うものが多く、最近竜族の仲間入りを果たしたディーキンもその例に漏れない。
イオは他種族の血を引くハーフドラゴンに対しても寛容な上、旅や知識、魔術などの、冒険者のバードにとって縁の深い多くの権能を有している。
ゆえに、ディーキンがもっとも頻繁に祈る神の一柱である。

他にも何柱かの神格には時々祈ることがあるが……、まあ食事の場でいちいち名をあげるほどではあるまい。
そうして祈りを終えたディーキンは、生徒らと一緒に食事を始めた。



「…………」

蒼い髪の小柄な少女――――タバサは、ルイズらから少し離れた席で食事を黙々と口に運んでいた。
そうしながらも、時折ちらちらとディーキンの様子をうかがっている。

昨夜自分の使い魔に約束した手前、あの亜人がイルククゥの言うように、本当にドラゴンなのかどうかを確かめなくてはならない。
ゆえに、何か手がかりはないものかと先程から様子を観察していたのだが……。

(……今、あの子は竜族の創造主とかいうものに祈っていた。
 だけど、一緒にコボルドの創造主とかいうものにも祈っていた……)

風のメイジであるタバサは耳がよく、特別に注意を向けていたこともあってディーキンの食前の祈りの文句もしっかりと耳に入っていた。
おかげで重要な手がかりらしきものは得られたが……、かえって混乱が増すばかりだ。

コボルドは、先住魔法の使用者が“大いなる意思”と呼んで共通して崇拝している存在に加えて、独自の神も祭る……という事は、本で読んで知っている。
生きた人間の肝を供物として好む犬頭の神であるという以外には、ほとんど未知とされていたが……、
彼の言うカートゥルマクとかいうのが、その神の名前なのだろうか?

竜の神については聞いたことがないが、韻竜である自分の使い魔に聞けば何か分かるかもしれない。
使い魔のイルククゥ(先住の民の名では不自然なので、後で別の名前を与えようかと考えている)には、朝食後に会って経過を伝えると約束している。
その時にでも聞いてみて……、ついでに、城下町へ本を買いに行かせるとしようか。

しかし……、コボルドの神と竜の神の両方を崇拝している亜人、もしくは竜など、いるのだろうか。
あの祈りの内容は一体、どう考えたらよいのだろう。
彼はコボルドなのか、ドラゴンなのか、……それとも全く別の何かなのか……。

(……それに、翼……)

昨日は確かに、あの亜人にはあんな翼は生えていなかったはずだ。

召喚の場に居合わせた他の生徒たちの中にも、それに気付いて首を傾げているものが何人かいたようだが……、すぐに気にしなくなったらしい。
まあ他人の使い魔に翼があろうがなかろうが、別段重要でもなんでもない。
単に記憶違いか、翼を出し入れできるとかの変わった亜人か、何にせよどうでもいいと考えるのは無理もないことだ。
自分も昨夜の使い魔の言葉がなかったら、そこまで気にはしなかっただろうが……。
あの子はドラゴンだと言われ、半信半疑で確認に来てみたらいきなり生えてなかったはずのドラゴンみたいな翼が生えていたのだから、そりゃあ気になる。

彼が竜だとして、自分の使い魔も使う事ができる姿を変える風の先住魔法の一種を用いれば、まあ亜人に化けることも可能だろう。
だがしかし、そもそも何故見た事もない奇妙な亜人などの姿を取り、何ゆえ翼を生やしたり消したりしたのか……、
その納得がいく説明となると、まるで思いつかない。

「……タバサ、さっきからどうかしたの?
 あなたが食事を半分も食べないうちから、手を止めてぼんやりしてるなんて」

隣りの席に座っているキュルケから訝しげに声を掛けられて、タバサは思考を中断する。
いつの間にか、考え事に夢中で手が止まっていたらしい。

「いよいよあなたにも春が来た……、とか言うわけじゃなさそうね。
 そうなると、ええと?」

この食欲旺盛な友人が、食事をそこそこにして物思いに耽る理由とはなんだろうか?
キュルケは不思議に思って、じっと観察してみた。
無表情なタバサだが、付き合いの長いキュルケにはその様子から大体の感情を推し量ることができる。

(……別に落ち込んだり思い悩んだりしている様子はなさそうね。
 かといって、恋の病って感じでもないし……)

キュルケはふと、先程タバサがちらちらと目をやっていた向きを見てみた。

「~♪」

そこには、今朝挨拶したヴァリエールの使い魔が座って、にこにこもぐもぐと幸せそうに食事している。
キュルケはそれで、納得がいったように微笑んだ。

「……あら……、あなた、ディーキン君に興味があったの?
 どこで目を付けたのか知らないけど、さすがにあなたは見る目があるわねー。
 私も今朝話してみて気付いたんだけど、見た目はトカゲっぽいのに愛嬌があって……、不思議と魅力的な感じなのよね。
 それにいい子みたいだし、あのヴァリエールには勿体ないわ」
「……興味はある。見たことがないから」

タバサはそれだけいうと、視線をテーブルに戻して食事を再開する。
本来の目的は伏せたが、別に嘘でもない。
使い魔の要望に応えるためという以上に、自分自身でもあの使い魔の素性は気になり始めている。
キュルケは肩を竦めて苦笑すると、相変わらずあなたは勉強熱心ねえ、などと呟いて周囲の男子との談笑に戻っていった。

タバサとしては別にキュルケを信頼してないわけではなく、むしろ全面的に信頼しているが、今のところは詳しく事情を説明する気にはなれなかった。
そもそも今話す必要は別にない事だし、もし本当にあの亜人が韻竜の類なのだとしたら、ヴァリエールだって無闇に他人に知られたくはあるまい。
自分だって、イルククゥが韻竜なことは周囲には伏せているのだから。

とにかく、今これ以上観察を続けたりあれこれと考えていても仕方がなさそうだ。

(機会を見て直接聞いてみるのが、一番早くて確実)

タバサはそう結論を出した。

キュルケはあの亜人を「いい子だ」と言っていたし、彼女の人間の観察眼は親友としての贔屓目を抜いても充分信頼できる。
自分としても、先程の彼とヴァリエールとのやりとりを聞いてみた限りでは穏やかで善良そうな印象を受けた。
なら、変に策を弄さず本人に正面から聞いてみるのが一番早いのではないか。

どうせ同じ学院の使い魔同士は日常的に交流するのだし、使い魔の間では遅かれ早かれ、韻竜であることは知られるだろう。
誰にも聞かれる恐れのない上空以外では人間の言葉を話さないよう徹底しておくことと、他の使い魔に口止めを頼ませることは必須として……、
まあ使い魔同士の言葉でなら、話している様子を主人に見られてもただの竜との区別はできないだろうから、それは許可していいだろう。

問題はヴァリエールの使い魔が同族だったとして主人である彼女に教えていいものなのかどうかということで、それを早めに見定めておきたい。
使い魔は主人が望めば感覚を共有されるのだから、韻竜同士だからといって普通に会話させ、自由に振る舞わせていれば主人にもいずれ露見せざるを得ない。
自分だって使い魔にあまり不自由な思いをさせるのは本意ではないし、気兼ねなく会話をできる相手を与えられるならばそれに越したことはないのだが……。

「………………」

ヴァリエールは努力家で名誉を重んじ、信頼できない人物とは思わないが、これまで個人的な交流はまったくなかった。
しかもキュルケを嫌っているようだし、その友人であるとなれば自分にも悪印象をもたれるかも知れない。
たとえ韻竜同士だとしても当面は会話は互いに先住言語で行って、主人には伏せておいてくれるよう頼む方が現実的かもしれない。

だが、なんにせよ彼の正体と、状況を見定めてからのことだ。
まずはヴァリエールがいない時を見計らって、自分とあの使い魔だけで話をしよう。

(とりあえず、今は食事が先)

ひとまずそう決めたタバサは、学院の殆どの生徒が半分も食べずに残す朝食を、恐ろしいハイペースで胃袋に収めていった……。


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