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Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-09


「………ウーン、これも特に問題は無いみたいだね」

ここはトリステイン魔法学院近くの森の中。
予定していた最後の呪文を調べ終わると、ディーキンは一息ついて傍にあった手ごろな大きさの石に腰を下ろした。

最初は学院の中庭らしき場所で作業をしようと思っていたのだが、行ってみると召喚の儀式の時に見た青い竜が中央に寝そべっていた。
そのため、予定を変えてここまで足を運んだのである。

フェイルーンのコボルドは、一般的に自分達がドラゴンの末裔であると同時に、その奉仕種族でもあると考えている。
大抵のコボルドはドラゴンを畏敬し、もしドラゴンに出会えれば採掘と収奪で溜め込んだ宝を惜しげも無く差し出して忠実に仕えようとするものだ。
ディーキンが生まれた“血染めの牙”族のコボルドたちも、主人と仰ぐ白竜のタイモファラールにはみな忠実に仕えていた。

もちろんディーキンはコボルドの典型からは大きく外れているのだが、彼もまたドラゴンに対しては強い憧れを抱いている。
と同時に、前の主人の影響もあって、ドラゴンを恐れる気持ちも同じくらい強い。
中庭に寝ているイルククゥを避けたのも、ひとつにはそのドラゴンに対する畏怖心からである。

まあ今では自身もドラゴンなのだし、アンダーマウンテンでは仲間と共に強力なドラゴンを倒した経験もあるので、絶対的に怖いというほどでもないのだが。
そうはいっても、普通の人間だって用もないのに無闇に寝ているドラゴンを起こしたいとは思わないだろう。
第一、せっかく気持ちよさそうに寝ているのを意味も無く近くで作業して起こしても申し訳ない。

ディーキンは一息入れながら、改めて先程見たドラゴンの姿を思い返してみる。
あのドラゴンは体色はブルー・ドラゴン(青竜)に若干似ていたが……、額に角は無かったし、明らかに見たことのない種類だった。
昨夜見た本の記載からすれば、あれはおそらくウィンド・ドラゴン(風竜)とかいうこちらに住む種の竜だろう。
流石に一回通し読んだ程度では全体的にうろ覚えだが、竜族に関しては特に個人的に関心が強いのでよく覚えている。

この世界には、トーリルで一般的にドラゴンと呼ばれる、トゥルー・ドラゴン(真竜)族はいないらしい。
過去に存在した韻竜とかいう種類の竜は、知能が高く言葉を解し、魔法を使ったとあるのでトゥルー・ドラゴン族だったのかもしれないが……。
彼らは遥か昔に絶滅し、今では動物としては賢い部類と言う程度の、言葉を解すことさえできないドラゴンしか残っていないのだという。
同様にワイヴァーンのような亜竜族も、ほぼ動物並みの知能しか持っていないらしい。

コボルドと同様、ここでは同じ名称の種族でも随分な違いがあるようだ。
まだまだ知らない生物も多いだろうし、時間を見て図書館へ足を運び、さまざまな本を繰り返し読んでおく必要があるだろう。

さておき、ディーキンは先程、暫しの精神集中によって呪文の力を回復させた後、自分の使える様々な呪文を順々に試していってみた。
それらはいずれも、フェイルーンで使った時と同じように、問題なく機能していた。

女神ミスタラの“織”が存在しないであろうこの世界で、果たして全ての魔法が問題なく機能するのか若干不安だったが、杞憂だったようだ。
以前に読んだ本によれば、“織”は魔法というテーブルの上に掛けられたテーブルクロスのようなものであるらしい。
テーブルクロスという魔法の彩りが無くなっても、テーブルそれ自体が無くなるわけではない、ということだろうか。

無論そうはいっても、いきなり“織”が無くなったら……、
つまり突然テーブルクロスが引き抜かれでもしたら、上に乗っているものはみな酷い影響を受けるだろう。
あちこちで物が転倒したり割れたりして、テーブルのそこら中で酷い惨事が起こるに違いない。

だが今の場合は、ディーキンは“織”の無い世界に……、いわば別のテーブルの上に、手で持ち上げて穏便に移された食器のようなもの。
ゆえに特にこれといった悪影響は受けなかったのだろう、と推測する。

どうやらハルケギニアは基本的にはトーリルと同じような性質の物質界らしい。
特定の元素や属性への偏りはないし、影界やエーテル界、アストラル界などの中継界ともちゃんと接しているようだ。
おそらくは別の宇宙に属するであろうこの世界でも招来呪文が正しく機能するかは、昨夜のエンセリックの話もあって特に念入りに調べたのだが……、
ルイズがディーキンを別宇宙から招請したのと同様に、ディーキンも中継界を通じて元の世界から同じクリーチャーを招来できるようだ。

「ちゃんと魔法が使えるみたいでよかったの、こっちにいる間、ずーっと魔法が使えなかったりしたら不安だもの。
 それに魔法が使えないとボスに連絡もできないし、ルイズの仕事もうまくやれないかもしれないしね」

呪文で問題なくトーリルの宇宙に接続できるなら、仲間と連絡を取る手段などいくらでもある。
ただまあ、こちらの事もだいぶわかってきたとはいえ、まだ本で読んだだけだし……。
とりあえず数日実際に経験してみて、暮らしが落ち着いてきたら一度報告を入れるのがよいだろう。

もちろん連絡だけではなく、帰還して直接報告することもできるだろうが……、
それはまだ避けた方がいい、とディーキンは判断した。

こちらでの魔法の使用には制限がないようだが、外から自力で入ってくる来訪者の類がいないという点からしてまだ安心はできない。
仮に昨夜のエンセリックの説の通りこの世界全体に障壁のようなものがあるとすれば、その障壁には随分と奇妙な性質があるに違いない。
例えば一方通行の性質があって、こちらかから召喚したり出て行ったりは自由でも、外から入ることはできないというような事だってあり得るだろう。
フェイルーンに一旦報告に戻ったはいいが、さてハルケギニアに引き返そうとしたらできなかった、などということになっては困る。
それに関しては試してみるわけにもいかないし、何かの手段で確信が得られるか、戻ってもよくなるまではこの世界からの出入りは避けるべきだ。
もしも戻れなければ自分もガッカリするし、ルイズや、やオスマンら教師達にも迷惑が掛かってしまう。

ルイズにもう一度招請してもらえれば問題ないのだが、召喚する対象は自由に選べないという事なので彼女をあてにするわけにもいくまい。

「さて呪文を試すのは終わったから、次は……、
 アア、洗濯に行かないとね」

いきなり寝ているドラゴンに出会ったのでそちらに気をとられていて記憶が曖昧だが、確か中庭で水場らしきものを見たような気がした。
森の中で小川でも探して洗ってもいいが、水場で洗う方が綺麗だろうし干す場所にも困らないだろう。
自分の洗い物なら別に小川でも気にしないし、ドラゴンの寝ていた中庭に戻って洗うよりむしろそっちを選んだだろうが……。
使い魔として仕事をすると約束した以上、ドラゴンが怖くて洗い場でちゃんと洗えませんでしたなどといういい加減なわけにはいかない。

「……うーん、ディーキンは心配なの。ちょっと胃が痛いかも……、
 (ゲップ!)―――あ、大丈夫だ」

平気な以上、使い魔として行かなくてはならないだろう。
行くべきだ。行くしかない。

「……うう……。
 ♪ あ~、不運なディーキン、だけどとっても勇敢~。
 ディーキンはとっても勇敢なディーキン、ディーキンは……」

内心、あのドラゴンがもう起きてどこかに行ってるといいなあ~……、と考えつつも、
ディーキンは洗濯物を入れた鞄を背負って、景気づけに鼻歌など歌いながら学院の方へ戻って行った。


「うんしょ、うんしょ……、」

場所は変わって、ここはトリステイン魔法学院の敷地内。
教師生徒らが起きてくる前に掃除洗濯や朝食の準備などの雑務を終えなくてはならないため、学院で働く平民たちの朝は早い。 
今日もエプロンドレスとホワイトブリムを着た若いメイドが一人、早朝から大量の洗濯物を運んでいる。

彼女の名はシエスタ。
少し長めのボブカットにした艶やかにきらめく漆黒の髪と瞳を持ち、素朴だが愛嬌のある顔立ちをしている。
輝くような白い肌にはシミ一つなく、そのきめ細かさは貴族の子女にさえ早々及ぶものはいないだろう。

「うんしょ……、っと。
 さあ、早く洗ってしまわないと―――」

「♪ 靴下はいて、苦しみもとめて、幸せすてて~。
 ディーキンはイカすコボルドだから~……」

「……え? ―――っ!?」

シエスタは唐突に後ろから妙な歌が聞こえてきたために振り向き……、
ぎょっとして、思わず洗濯物を取り落とした。
歌声の主は、見たこともない異様な姿の亜人だったのだ。

小さな子どもくらいの身長しかないものの、ドラゴンのような大きな赤い翼と剣呑そうな鋭い爪を持つ、人型の爬虫類めいた姿。
しかも革の鎧を着こんでおり、腰には小剣を帯びるなどして武装している。
シエスタは咄嗟に亜人の傍から飛び退くと何か身を守るものを求めてあたふたと懐を探りながら、声を上げて人を呼ぼうとした。

が、亜人の方はその様子を見ると慌てて両手を広げ、首を横に振った。

「アー、待って、待って!
 ディーキンはあんたも、誰も傷つけるつもりはないよ。
 どうかディーキンを殺さないで。ディーキンはただ、水場を探していただけなの」

「た、………あ、……ええ、と……?」

シエスタはその様子を見て困惑し、どう行動するべきだろうかと考えた。

ここは学院なので使い魔の類である猛獣や幻獣は珍しくないが、亜人などを見たのは初めてだった。
それゆえいきなりの遭遇で驚いたが、もし友好的な相手ならば敵意を向けるべきではない。
それは、正しくないことだから。

……だが、しかし……、学院内に何故、亜人が入り込んでいるのだろう?
人間、それも多数のメイジが住むこんな場所へ、何が目的で?

(に、人間の言葉を話す亜人は、先住魔法を使うって聞いたことがあるし……)

あるいは、こちらを油断させる罠なのかも知れない。
シエスタは動きを止めながらも懐の果物ナイフからは手を離さず、困惑と緊張とが入り混じった表情で油断なくディーキンの動きを見つめ続けた。

そんなシエスタの様子を見て、ディーキンは軽く溜息を吐く。

「……ふう。ディーキンはね、よくこんなことを言うんだよ。たくさん、何度もね。
 ディーキンは、ディーキンに話しかける代わりに棒とか鋤とかで攻撃しようとする人には慣れてるの。
 でも、たまに一日中そんなことをして、すごく疲れる時があるよ」
「え、ええと……、あの、あなたは?」
「ン? ディーキンはディーキンだけど、もしかして名前を言うのを忘れた?
 それならディーキンは謝るよ。ディーキンはディーキンだよ」
「え? あ、あの……」
「……ウーン、あんたは耳が悪い人なの?
 ならもう一度言うよ、ディーキンはディーキンだよ。
 それともあんたは、ディーキンのフルネームとか、もっと教えてほしいの? 
 ディーキンはディーキン・スケイルシンガー、バードで、ウロコのある歌い手、危険を切り抜ける冒険者、そして物語の著者だよ」
「……そ、そうではなくて……、あ、いえ、ご丁寧にどうも……」

シエスタはディーキンの大人しい態度と奇妙な話し方に戸惑いながらも、懐から手を抜いてお辞儀をする。
そうしながらまた、この亜人の子ども(たぶん)をどう扱ったらいいものかと考えた。

依然として状況はよくわからないが、とりあえずこの亜人にはどう見ても悪意はなさそうに思える。
となると、まずはここに来た事情を聴くべきだろうか?

だがどんな事情があるにせよ、この子が他の人間に見つかれば騒ぎになる。
ここには大勢のメイジがいるのだ、不審な亜人の子などは見かけ次第、弁明の暇も無く魔法で始末されてしまいかねない。
ここは事情がどうあれ、すぐにここから立ち去ってもらう方がお互いのためだ、とシエスタは判断した。

「……あの、ディーキン、さん?
 いきなり失礼な態度をとってしまってすみません、あなたが悪い人でないのはよく分かりました。
 私はシエスタといいます、この学院のメイドをやってます」

シエスタはそう言って、謝意を示すために一度軽く頭を下げてから言葉を続ける。

「でも、ディーキンさんは何の用でここに来られたんですか?
 ここは、その、人間の住む魔法学院で……、メイジの方に見つかったら、魔法で殺されてしまうかもしれませんよ?
 もしあなたが迷い込んでここにきたのなら、他の人が起き出してこないうちに出口まで案内します、けど」

ディーキンはそれを聞くと、ちょっと首を傾けた。

「ンー……、ディーキンは水場を探してここに来たの。
 ディーキンは普段は人間が入るなっていうところには入らないよ、でも今日はちょっと理由があって……」
「あー、いえ、私はあなたを咎めているわけじゃないですよ?
 でもですね、どんな理由かは知らないですけれど、他の人があなたを見たら、……?」

シエスタはそこまで言いかけて、ふと彼の喋った妙な単語に気が付いた。

「………え? コボルド?」
「そうだよ、ディーキンはまさにコボルドだよ。
 少なくとも、最後にディーキンが鏡を見たときはね。
 ディーキンはあんまり鏡を見ないの。ディーキンには、人間が使う鏡の位置はたいてい高すぎるからね」

シエスタはきょとんとして、まじまじとディーキンの顔を見つめた。
コボルドを見たことはまだないが、聞いた話では犬に似た頭部を持つ亜人のはず。
目の前の亜人はどう見ても姿は犬とは似ても似つかない……が、そういえば喋り方や何かに仔犬を思わせるような部分もあると言えばある。

「……、あ………」

シエスタはふと、ディーキンの左手の甲にヘビがのたくっているような奇妙な模様があるのに気が付いた。
それを見て唐突に、あることに思い当たる。

「……もしかして、コボルド……の、使い魔……?
 昨夜、ミス・ヴァリエールが召喚したって噂になってた……」
「オオ、ディーキンはここでもう噂になってるの?
 なのに誰もケチなコボルド野郎を追い出せとか言ってこないんだね、ここは本当にいいところだとディーキンは感動するよ。
 ……うーん、そういえばさっきの挨拶に、ルイズの使い魔っていうのを入れ忘れたかな?
 それじゃあ、ディーキンはあんたとルイズに失礼したよ。今度からは忘れないようにするね」

シエスタはそれを聞くと、慌てて姿勢を正してお辞儀をする。

「そ、それは失礼しました!
 貴族の使い魔の方とは思わず、失礼なことを……」

シエスタは貴族の使い魔とは知らずに不適切な要求をしたことで彼の機嫌を損ね、そのために彼の主の怒りを買うのではないかと心配しているのだ。

ディーキンはその様子を見てきょとんとする。
それからとことことシエスタの方に歩み寄り、下げた頭の更に下から彼女の顔を見上げた。

「ディーキンは別に、あんたたちがいろんな所に住んでコボルドに出ていけって言うとしても非難したりはしないよ。
 ディーキンだって普通のコボルドはあんまり好きじゃないし、ディーキンは違うって、みんながすぐに分かってくれるとは思わないもの。
 それにディーキンはあんたが失礼な人だとも思わないの。コボルドに謝ってくれる人は滅多にいないからね」

見慣れない爬虫類の笑みは一見して意地悪そうなものにも思えたが、その瞳には言葉通り純粋に穏やかな歓びが浮かんでいることにシエスタは気が付いた。

一方ディーキンは、シエスタの顔を間近で覗き込んであることに気が付き、内心で首を傾げた。
しかしまずは本題をいい加減に片付けようと考え、それを確かめることは後回しにする。

「ええと、それで、さっきも言ったけど。
 ディーキンはルイズから洗濯を頼まれて水場を探してるの。
 もしかしてあんたもこれから洗濯だったら、案内してくれないかな?」


「……それじゃあ、ディーキンさんは詩人として遠くを旅してきて、物書きもされてるんですね。
 これまでにどんな物語を書かれたんですか?」
「ディーキンは主に叙事詩物語とか、旅の長編大作を書くよ。
 一緒に旅してきた英雄のボスと助手のコボルド、それにみんなの物語をね」

シエスタは水場で洗濯を干しながら、ディーキンと雑談を楽しんでいた。
初対面では驚かされたものの、話してみるとシエスタはすぐにディーキンと打ち解けて、彼の異様な外見も気にならなくなっていた。

最初シエスタは、お詫びも兼ねて洗い物は自分が引き受けると申し出た。
だが、ディーキンは自分が頼まれたことだし、やり方も覚えたかったのでコツだけ教えてほしいと言ってそれを断った。
貴族の高価で繊細な下着を爪でひっかけて破いたりしないかと、シエスタは指示を出しながらも内心ハラハラして見守っていたのだが……。
いざ始めてみるとディーキンはほんの少しコツを教わっただけで、シエスタとほぼ同じくらい早く上手に、てきぱきと洗い物を片付けてしまったのだ。
ただ、ディーキンでは背が低すぎて難儀するため、洗い終わった洗濯物を物干し台に干す作業はシエスタがすべて引き受けている。
その代わりに、暇な時間ができたディーキンからお礼代わりにいろいろと話を聞かせてもらっているというわけだ。

なお、中庭にいた青い竜は既に目が覚めて主人の少女を乗せ、どこかへ飛び立っていったためにいなくなっていた。

「……ふふ、私、英雄なんて物語の中の、自分には縁のないものだと思ってました。
 だけどディーキンさんは、英雄と旅をしてきたんですね」
「ディーキンも最初は本の中でしか英雄を知らなかったの。コボルドの小さな洞窟で暮らしてた時にはね。
 でもディーキンは、洞窟の外にはもっと広い世界があって、どこかに英雄がいて、新しく英雄になる人もいることは本で読んで知ってたよ。
 だからボスを初めて見た時、『ああ、この人が英雄だ』ってわかったの。
 もしも彼がディーキンを導いてくれたら、ディーキンもいつか彼のような冒険者に、英雄になれるかも知れないって思ったんだ」

シエスタはその言葉に何か思うところがあったのか、ふと手を止めてディーキンをじっと見つめると首を傾げて微笑んだ。

「……ディーキンさんは体は小さいけど、私よりずっと大人なんですね。
 私もいつか、そんな英雄さんに会ってみたいなあ……」
「ン? それは分からないの、ディーキンはシエスタの年齢を知らないもの。
 ……ウーン、でもたぶん、あんまり違わないんじゃないかな?」

ディーキンはシエスタの言葉を聞いて首を傾げながら考えた。
シエスタは、外見から判断すると20歳にはなっていないくらいだろうか?
まあ、たぶん自分と大差はない程度だろう。

「ディーキンもシエスタにボスの事を知って欲しいと思うよ。ここに棲んでいる大勢の人たちにもね。
 ウーン、ディーキンは前に出版した本を一冊持ってるけど……、文字が違うみたいだからここの人たちには読めないね。
 今は新しい物語を書くのが先だけど、落ち着いたらディーキンはいつかきっと翻訳するつもりなの。
 もしシエスタがボスの事を早く知りたいのなら、先に読んで聞かせてあげるよ」

「わあ、いいんですか?
 じゃあ、残念ですけど今はまだ仕事がありますから、今度是非ゆっくり聞かせてくださいね」

シエスタは洗濯物を干し終えると、少し屈み込むようにしてディーキンに丁寧にお辞儀をし、学院の方へと戻って行った。

ディーキンはぶんぶんと手を振ってそれを見送り、ふと首を傾げた。
そういえば初対面のシエスタからまともな扱いを受けてちゃんと会話できたことが嬉しくて、彼女の出自について確認を取るのを忘れていた。

あの、まるでアダマンティンのように艶やかな、金属めいた光沢を帯びた漆黒の髪。
奥底に星のような煌めきを宿した、深みのある黒い瞳。
ただきめ細かいというばかりでなく、一点の曇りも無く仄かに輝く白い肌。
愛想がよく親しみやすい優しげな雰囲気を満身に纏っていながら、凡百の貴族にも勝る名状しがたい高貴さをも同時に感じさせる。

それらのささやかながら常人離れした特徴から見て、シエスタはおそらく――――。

「……ウーン、でもまあ、今考えても仕方ないね」

別段急ぐ話でもないし、そもそも彼女が自分の血筋について知っているという保証もないのだ。
仕事があるシエスタを引き留めてまで、今聞き出すほどの事ではないだろう。
今度ボスの話をするときにでも、ついでに聞くとしよう。

ディーキンはそう結論すると考えを打ち切り、リュートをしまうなどの後片付けをして、ルイズを起こすために自分も学院へ戻って行った………。


「………ウーン、そろそろルイズを起こした方がいいのかな?」

洗濯から帰ってきても、ルイズはまだ寝ていた。

なのでディーキンは、しばらく部屋の隅で本を読み返したり、物語をまとめたりして静かに過ごしていたのだが……。
冒険者としての生活やドラゴンへの変化によって得た鋭敏な感覚は、他の部屋の生徒たちが既に大方起きて動き出しているらしいことを伝えてくる。
ルイズが食事や授業に遅れては申し訳ないし、使い魔として起こすべきだろうか。
毎日学生として過ごしているのだからちゃんと間に合う時間に起きるだろうとは思うが、昨夜は遅かったし、今日に限って寝過ごしているのかもしれない。

ディーキンはベッドの上でいまだにすやすやと寝息を立てているルイズのあどけない寝顔を眺めつつ、首を傾げた。
窓からはすがすがしい朝の光が差し込んでおり、暗闇に適応した種族であるディーキンにとってはやや眩しすぎるくらいだ。
よくこんな明るい中で平気で寝ていられるものだなあ、と少し呆れた。
というか、ルイズは貴族とはいえ修行中の見習いメイジなのに、こんなのんびりした生活を送っていていいのだろうか?

フェイルーンでは大抵のメイジは弟子の育成など面倒だと考え、自分の関心事に注力したがるものだ。
そのため、見習いメイジは師匠から教授の見返りとして相当の対価を要求されたり、雑務を大量に命じられたりするのが普通である。
悪名高いサーイのレッド・ウィザードなどは、弟子をまるで奴隷のように扱い、日常的に虐待しているという。

こっちの世界の見習いメイジは、どうやらずいぶんと気楽な修行生活を送っているらしい。
ここではフェイルーンとは違って不公平な一対一の師弟関係は一般的ではなく、多くの生徒に組織的で公平な教授を与える制度が整っているのだろう。

それ自体はとても素晴らしいことだと思う……が。
それにしても見習いならば普通は多少の雑務ぐらい与えられ、こなして然るべきではなかろうか。
ボスだって、ドワーフのウィザード・ドローガンの下で修業していた時にはそれなりに雑務もこなしていたというし。
雑用は雇い人や使い魔に任せて見習いの身分でぐうたら惰眠を貪っていても咎められないというのは、フェイルーンの基準で見れば甘やかしすぎに思える。

まあディーキンには人間の文化、それも異世界のそれに口出しをする気など毛頭ないし、別にどうでもいいことである。
軽く首を振って取りとめのない考えを振り払うと、とりあえずやはりルイズを起こそうと決めた。
気持ちよく寝ているのを起こすのも気が引けるが、まあ遅刻でもする方がもっと問題だろうし、仕方あるまい。

ディーキンはベッドにぴょんと跳び乗ると、ルイズの枕元あたりをぼふぼふと手で叩いて揺さぶりながら耳元で声をかけた。

「ルイズ起きて、朝なの。
 今、ディーキンは、うるさいオンドリなの。ルイズを起こすよ!
 ♪ コッカ ドゥ ドゥル ドゥ~~~~!!」

「ZZZ……、………!? な、なななによ! なにごと?
 ……ひっ!? あ、亜人っ!?!」

ルイズはいきなり耳元で妙な音響を鳴らされて、あわてて飛び起き……、
すぐそばで爬虫類めいた顔が自分を覗き込んでいるのに気付いて小さく悲鳴を上げ、毛布を引き寄せて身を隠すようにしながらベッドの上を後ずさる。

ディーキンはその反応に首を傾げたが、すぐに起き上がった時のルイズの眠そうな目とふにゃふにゃした痛々しい顔を思い出して状況を察した。

「ンー、もしかしてまだ寝ぼけてるの?
 もし忘れたのなら自己紹介するよ、ルイズ。
 ディーキンはディーキンだよ。バードで冒険者、物語の著者、そして昨夜からはルイズの使い魔だよ。
 ついでにさっきは、あんたを起こしたうるさいオンドリだったよ」
「……あー……、そうね、昨日召喚したんだっけ。
 っていうかニワトリってなによ。ディーキン、さっきの妙な鳴き声はあんたの仕業ね?
 起こしてくれるのはいいけど、明日からはもう少しましな起こし方にしなさい!」
「ウーン? ……わかったの。
 ニワトリは嫌なんだね、ディーキンは何か他の事を考えておくよ」
「……変わった事はしなくていいから、普通にそっと肩を揺さぶるとかしてくれればいいのよ」

溜息を吐いてそういうと、ディーキンの左手の甲にルーンがあるのに気が付いた。

「あ……、ルーン、左手に入れたのね」

ディーキンは少しばかり自慢げにルーンを差し出して見せびらかしながら、こくこくと頷いた。

手の甲にルーンを入れたのは、衣服に隠れる胸部や足の裏などより皆の目につきやすく、使い魔だと分かってもらいやすいだろうという思惑からである。
皆がルーンの事など気にも留めなくなった頃に隠しやすい場所なら更に都合がよく、その意味でも手の甲の方が、同じ目立つ場所でも額などよりよいだろう。
ディーキンは普段グラブを装備しているので、しばらくの間はグラブを外して皆にルーンを見せ、誰も気にしなくなった頃にまたグラブで隠せばいい。
《秘術印(アーケイン・マーク)》は、生物に刻むと徐々にかすれて一か月程度で消えてしまう。
ゆえに、誰も使い魔であることを疑わなくなった後はなるべく衆目に晒し続けたくないのだ。

また、ルーンは既存の物を<呪文学>に照らしてディーキンなりに分析し、蜥蜴や竜などに刻まれるものと類似した特徴・様式のオリジナルを創作した。
既存のルーンをそのまま刻んで『このルーンは蜥蜴に刻まれるはずなのに何故未知の亜人に?』ということになってはまずいだろうという考えからだ。

参考にしたルーンにはメイジの属性を示すらしい特徴が表れているものが多かったが、主のルイズの属性がよくわからないのでそこはぼかしておいた。
ディーキンが赤竜の血を引くことを考えれば属性は[火]かもしれないが、その力は後天的に訓練で目覚めさせたものなので断定まではし難い。
コボルドは洞窟に住み、どちらかと言えば[地]に親和性の高い生き物だし、音を扱うバードであることを考えれば[風]だってありえる。
早計に判断して、後でルイズの属性が判明したときにそれと違っていたら疑いを招く恐れがある。

そんなわけで、偽物ひとつ刻むのにも、結構頭と時間を使ったのである。
ちょっとは自慢したくもなるというものだ。

「そう、まあ偽物とはいえ、あとでコルベール先生に報告しておかないとね。
 じゃあ……、ディーキン、着替えるから私の服と下着を出して」

ディーキンはそれを聞くと、首を傾げた。

「ンー……、いいけど、どこにあるの?
 ディーキンは場所を知らないし、そのくらいなら自分でできるでしょ?
 説明してもらって探すよりも、ルイズが自分で取る方が早いんじゃないかな」
「亜人のあんたは知らないだろうけど、貴族は下僕がいる時は自分で服なんて着ないのよ」
「ディーキンは下僕じゃなくて、使い魔なの。
 命令なら取るけど、別に怠けたいとかじゃなくて、本当にルイズが自分でやった方が早いと思うよ?」

ルイズはそれを聞くと拗ねたように唇を少し尖らせ、指をぴっと立てて説明する。

「そりゃそうだけど……、普通は貴族なら、着替えみたいなちょっとした物は召使いに用意させるか、魔法で取るのが嗜みなのよ。
 だから私は、使い魔のあんたに取って来てもらいたいの。
 ……自分が召喚した使い魔に持って来させれば、つまり自分の魔法で取ったのと同じことになるんだから」

ディーキンはそれを聞いて昨日の話を思い出し、納得した。
にわかには信じがたい話ではあるが、ルイズは異世界から自分を招請するほどの高等魔法を使っていながら、今までは魔法が使えなかったらしい。
あたりまえの貴族、あたりまえのメイジらしい事を、初めて成功した魔法の成果である使い魔を使ってやってみたいということか。

「わかったの、ディーキンはルイズのために取って来るよ。それで、どこにあるの?」

「服はその椅子に掛かってる制服を取ってくれればいいの、下着はそこのクローゼットの一番下の引き出しに入ってるわ。
 これからは毎日同じように用意してもらうからね、覚えときなさい」
「わかったの、ディーキンはルイズの指示を了解したよ」

ディーキンは返事をすると、とことことクローゼットまで歩いて行って下着を一枚取り出す。
それから椅子の所へ行くと、少しだけ背伸びするようにして制服を取り外すと、下着と一緒にルイズの所へ持っていった。

「着せて、……っていうのは難しそうね。まあいいわ」

ルイズは脚をぴんとのばしても1メイルあるかないか程度のディーキンの身長や、手に生えた爪やウロコを鑑みて、着替えさせるのは断念した。
まだ体が目覚めきっていないのか、だるそうにしながら自分でネグリジェを脱ぎ、新しい下着と制服に着替えはじめる。

「……にしても、何も背伸びなんかして椅子から服を外さなくてもいいじゃない。
 あんたは昨日魔法で物を動かしてたでしょ、それで取りなさいよ」
「ディーキンのいたところでは、普通は服を取るくらいのことで魔法を使わないの。
 魔法を使わなくても取れるものは手で取るし、歩いていけるところに行くのに飛んだりはしないんだよ。
 ウーン……、けど、ルイズがどうしても魔法で取る方がいいのなら、なんとか考えてみるけど」
「ふーん。魔法でできることを体を使ってやるほうがいいなんて、変わってるわね」

ハルケギニアのメイジは、高貴な貴族としての血統の証である魔法の力に誇りを持っている。
そして、魔法は社会に浸透していて、日常的に用いられることが当然になっている。
ルイズがそうであるように、普段からまったく魔法を使わず平民と同じように体を使って歩いたり運んだりするメイジはむしろ嘲笑される。
そのような常識の元で生まれ育ったルイズが、ディーキンの説明したような社会を変わっていると思うのは無理もないだろう。

「……まあ、あんたは随分離れたところから来たみたいだし、場所が違えば習慣も違うのかも知れないわね。
 そうね、いつもかもとは言わないけど、大変じゃなければ魔法を使ってくれる方がいいわ。
 ちょっとした雑用みたいなことはメイジならちょくちょく魔法でやるの、それが私たちの嗜みよ」
「そうなの? ウーン、魔法で雑用とかはあんまりしたことがないけど……。
 ルイズがそういうなら、ディーキンはなんとかしてみるよ」

ディーキンは請け負ったものの、さてどうしたものかと考え込む。

昨夜読んだ本によれば、ここのメイジたちは『精神力』という概念を持っており、それを消費して呪文を使うのだという。
高レベルの呪文ほど精神力を大量に消費してしまうが、ちょっとした雑用に使う程度の低レベルの魔法なら気軽に何度も唱えられるらしい。

フェイルーンにおけるメイジはそれとは違い、呪文のレベル別に『スロット』を持っている。
下位のスロットをいくら潰しても上位のスロットの代替にはならず、上位のスロットは下位のスロットの代わりに使えるものの、一対一交換しかできない。
4レベル呪文のスロットを潰して1レベルの呪文に当てても、使えるのはスロット1つあたり1回で固定だ。
こちらにはこちらの利点もあるものの、総合的に見ておそらくハルケギニアの魔法よりも燃費の悪いシステムだといえよう。
まあ、そういった不便な点をある程度解消できる特技などもあるのだが……、ディーキンは今のところそういった技術は習得していない。
それゆえ雑用で頻繁に呪文を唱えていたらスロットがあっという間に枯渇してしまい、本当に呪文が必要な時に困ったことになるだろう。

……となると、魔法の使い方を少々効率よく工夫しなくてはなるまい。
そもそも日常生活で魔法を使わなければいいだけの事であって正直考えるのが面倒だが、それが使い魔としての仕事なら仕方ない。

ルイズがさっき言っていたように《奇術(プレスティディジテイション)》を使えば、1回唱えるだけで1時間の間は何回でも効果を発揮できるのだが……。
しかしあの呪文では、おそらく効果が微弱すぎて出来ない雑用の方が多いだろう。
たとえば念動ならば持ち上げられる最大重量は1ポンド(約400グラム)で、しかもゆっくりとしか動かせないのだ。
それではかろうじて制服の上着を運べるかどうか程度の力しか出せまい。

(ウーン……、けどまあ、どうとでもなるかな……?)

「ほら、ディーキン。着替え終わったから食堂に行くわ、ついてきなさい」
「わかったの。ディーキンは金魚のフンみたいに、ルイズにしっかりくっついていくよ」

ディーキンはいくつかの案を頭の中でぼんやりと練りながら、着替えの終わったルイズに続いて部屋を出た………。


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