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ゼロのドリフターズ-16



 ウェールズを乗せたシャルルとその風竜は全速で飛び続ける。
しかし魔法による補助を加味しても、重量の分だけ距離は確実に狭まりつつあった。
アルビオン皇太子という、ある種の枷と重圧こそあれ、シャルルにとっては恐れるほどではなかった。
追撃は二騎ぽっち。引き離せないのであれば殺すという選択になるだけである。
それが例え精強なアルビオン竜騎士であったとて――

「殿下、迎撃に入りますので振り落とされぬようお願いします」
「・・・・・・わかった、よろしく頼む」
ウェールズは素直に従う。シャルルの表情に焦りなどが見出だせなかったからだった。

 竜の上での戦闘において、ウェールズは殆ど門外漢に近い。
高速で飛行する中での攻防は、相応の修練を必要とする。
俄かな連携は邪魔にしかならず、精神力の無駄遣いだけに留まらなくなる。

「ユビキタス・デル・ウィンデ」
シャルルは『遍在』の魔法を唱えた。
――その意思によって自らの分身を複数創り出す、風のスクウェアスペル。
シャルルがもう一人増えて、竜の上は三人となる。速度差が命取りにもなる空中戦において、遍在は一体が限度であった。
しかしメイジが一人とメイジが二人とでは雲泥の差が生じる。

 本体のシャルルは巧みに竜を操り、防御と回避に専念する。
遍在のシャルルは『ファイアー・ボール』をいくつも放つ。
攻撃と防御を完全分担することが出来るのが『遍在』の最大の強みであった。

 基本的に魔法は一つの詠唱、一つの魔法が原則である。
"掛け捨て"は種類が限られるし、そうでない魔法の同時行使には多大な集中力を必要とする。
魔法による攻撃と防御を切り分ける。二つの魔法を同時に扱える。
人の動きを超える動きが出来て、単純な数を作るにも効率が良い『クリエイト・ゴーレム』とも違う。
遍在もまた本人であるゆえに、完璧な連携でもってあらゆる状況に応じた戦闘の展開を可能とする。
それこそが風の『遍在』であり、単一メイジながら複数メイジを擁せられる数の優位性である。


 ――十数発目の『火球』が放たれる。
撃たれた数だけ回避行動をとり続けた敵竜騎兵達の歪んだ動きの瞬間。
シャルル達の乗る竜が突如として急上昇した。
急激に落ちる速度、敵との間合、そしてタイミング、全てが符号する。

 その僅かな機を、さも予定通りと言わんばかりにシャルルは『ウィンディ・アイシクル』を形成出来た分だけ全てを叩き込んだ。
ウェールズは無数に串刺しにされた騎士と竜の墜落を見つめながら、その美事な戦い方に感嘆した。

 『遍在』というスクウェアスペルを使える、メイジとしての確かな実力。
乱れなき空中機動を難なくこなして見せる熟練の竜捌き。
そして夜空でもはっきり目立つ、追尾性能と爆発性能を備える『火球』でもって、敵を誘導しまんまと嵌めた。
敵の二騎陣形を崩し、孤立させたところを待ち構え、『氷矢』の弾幕で仕留める。
それら一連の流れが漏れ一つなくシャルルの計算通りであり、掌の上の出来事だったのだ。

 これほど完璧にこなすには、力量・頭脳・経験、三拍子全てが揃ってなければ不可能な芸当。
しかも平然とこなしてみせる絶対の自信と揺るがぬ胆力。
元とはいえ同じ四王家に連なる一族として。単純に一人の武人として。
嫉妬を抱かずにはいられないほどの、才能と努力の両輪あってのことだろう英傑――

 ――シャルルが駆る風竜は、次いで分断された残る敵竜騎兵へ向け、一転して翻るように急降下した。
『風盾』による障壁をいくつか張ることで、不可視の誘導路を作り出す。
高度差と速度差を利用して、シャルルは正確無比な一撃を相手に見舞うと即座に離脱した。
二騎を確実に墜としたのを確認し、遍在を消したシャルルはすぐさま速度を戻して竜を操る。
増援なども考えれば、早急にトリステイン領内まで向かわねばならない。

 味方でありながらも、ウェールズはその身を震わせる。
多数であれば一対一の状況を作り出し、そうなればかくも容易く打ち倒す。
確実を期してかつ消耗を抑えた戦い振り。元ガリア王族にして、トリステイン首都警護にあたる雄。

 正規軍ではないとはいえ、我がアルビオン国の竜騎士を赤子の手を捻るかの如く屠り去った。
精鋭中の精鋭でも、太刀打ち出来るのかと疑問視してしまうほどの実力者。

「少々荒れましたが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だ、何も問題はない」
ウェールズが答える。あの程度で気分を悪くなろうものなら、武人の名折れというものである。
それにあれでなお同乗している自分に気遣った竜機動であったことくらいは、ウェールズとて気付けた。


 たった今見せつけられたシャルルの強さを鑑みてれば、我々に危険が及ぶことはもはやないだろう。
後は船に残った皆の無事を"祈る"ことしか、ウェールズに出来ることはなかった・・・・・・。


 ――ルイズは目を必死に瞑って"祈る"ことしか出来なかった。
魔法も使えない、銃器も扱えない。自分は足手まといでしかない。
だから何にでも縋るように思い続けるしかなかった。
始祖の祈祷書を胸に、神に祈る――始祖ブリミルに祈る――
祖国に――姫さまに――家族に――友人に――そして使い魔に。とにかくなんだって良かった。
(お願い・・・・・・)
修羅場の音に畏怖し、足が竦んで動かないながら・・・・・・ルイズは導かれるように目を開く。

 瞳に映ったのは戦場の光景ではなく、指に嵌めた水のルビーと始祖の祈祷書であった。
どうしてか惹き付けられる。今にも死ぬかも知れないのに、引き寄せられるように祈祷書を開く。
すると水のルビーが輝き、始祖の祈祷書のページまでもが光りだしたのだった。
わけがわからない・・・・・・わからないけれど、何か意味がある確信だけは脳髄を打つ。

 古代のルーン文字を読み進める。周囲の状況など遮断されるほどに終始する。
そこに書かれていたことは、ルイズの半生の中で最も驚愕し衝撃を受けたことだった。
――この世の全ての物質は小さな粒で構成され、火水風土の四系統はその粒に干渉する。
――『その力』は小さな粒を構成するさらに小さな粒に影響を与えて変化させる。
――それは"四"ではなく"零"。『虚無の系統』と名付けられた。

(嘘・・・・・・?)
でなければ夢としか思えない。いや実はもう自分は死んでいるのかともすら思う。けれど心のどこかでは理解していた。
つまるところ始祖ブリミルが使ったとされる伝説の系統『虚無』について、序文として記されてあること。
しかし――もしこれが"本物の始祖の祈祷書"であれば、書かれている内容そのものへの疑問は不要であった。
6000年も前に始祖ブリミル本人が、その手で書いたものと思うと感動を通り越して絶句する。
ルイズはただひたすらに、考えるのは後にして、無心でさらに読み進める。

(わたしが・・・・・・)
――始祖の祈祷書を読む者は、始祖ブリミルの行動・理想・目標を受け継ぐ者であること。
――伝説の『虚無』の系統を扱い、"聖地"を奪還すべくこと。
――『虚無』は膨大な精神力を消費し、時に命を削ることがあるということ。
――ゆえにこそ才ある者が指輪を嵌め、始祖の秘宝をその手に持つことで授かるということ。

(わたしなんかが・・・・・・選ばれた?)
始祖の祈祷書に書かれていた内容を見れば、ルイズは虚無魔法の行使者として選ばれたということになる。
四系統の魔法が今まで使えなかったのも、召喚されたブッチが『ガンダールヴ』を刻んだのも――
全て自分が"虚無の担い手"だからなのだと認識する。

 そして続く文面に、今まで欲してやまなかったことが記されていた。
――初歩の初歩の初歩の虚無の呪文。『爆発』<エクスプロージョン>。
コモン・マジックはほんの少しだけではあるが使えるようになった。
しかして四系統魔法は依然として使える気配すらなかった。
だが今は火・水・風・土の四系統を飛び越えて、伝説の虚無を扱えるのかも知れない。

(もしかして・・・・・・魔法を使うたびに爆発してたのも――)
それもまたヒントだったのかも知れない。火系統が使う爆発とも違う性質。
学院の教師だけでなく、色々と詳しいシャルロットもついぞ説明出来なかった。
(つまりシャルロットも・・・・・・)
虚無の担い手なのだろうか。キッドが『ミョズニトニルン』を刻んだ。
四系統魔法を使えず――わたしのように乱発するようなことはなかったが――爆発していた。

 『虚無』は伝説だ。シャルロットですら、自分達が虚無なのではという大それた予想はしなかった。
ブリミルが聖地に降誕して6000年。以降使う者がいなかったとされる伝説。
『虚無』そのものが荒唐無稽とさえ密かに噂されるほどであり、同時に畏れ多いものでしかない。

 しかし今――ここにその伝説が具現したのだ。いや・・・・・・これから証明される。 
詠唱のルーンを眺めるだけで自然と頭に入る。否、既にあった記憶を掘り起こすかのように馴染んだ。
ルイズの唇の端が上がる。劣等感に苛まれ続けてきた人生とは、もう御然らばだと。
もうわたしは足手まといじゃない。みんなを――今まで馬鹿にしてきた連中を見返せると。


 心の中の何かが溶けていくような感覚の後に、ルイズは確固たる瞳を空へと移す。
一丸となって戦っている皆の姿。見ているだけだったこれまでを、変える。
(・・・・・・大丈夫)
ガンダールヴ――ブッチ――が守ってくれている。だからわたしは気兼ねなく詠唱出来る。
ルイズは杖を取り出し視界を閉じた。あとはその口が詠ってくれる。

「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ――」

 ゆっくりと、確実に、溢れ出るほどの魔力が体中を駆け巡る。
これがいわゆる――自身に合致した系統を使うと感じるらしい――うねる感覚だろうか。
詠唱を紡ぐほどに加速していき、もはや己に不可能などないといった気分になっていく。
始祖の祈祷書を読んでいた時のような集中力で、周囲の音が完全に消える。

 長く続く詠唱の途中でルイズは気付く。何故だか頭の中で、"これで充分"とわかったのだ。
暗く無音の世界から、感覚を解放し、周囲を把握する。
仮に長い呪文を完全に詠唱を終えていたなら、たった一人で戦術兵器足り得るその威力。
その気になればあらゆる物質を消滅可能な、文字通り『虚無』の魔法。
初歩の初歩の初歩で、これほどのものなのかとルイズは戦慄する。

 だが幸いにも『虚無』は言わば"武器"であった。『虚無』そのものに意志はない。
要は使い手次第ということ。"武器"を手に持つ者の意思次第なのだ。
一度放てば全てを無慈悲に飲み込むわけではない。生殺与奪はわたしが握っている。

 ルイズは杖を振り下ろし、『エクスプロージョン』を開放した。
杖の先の虚空で、夜を照らす小さな光球が一瞬だけ停滞した後に急激に膨張する。
目が眩まんばかりの光の中で、ルイズは母胎の内にいるような安らかな心地を覚えていた。
そしてルイズは選択する――敵は殺さず――敵船の風石を消す――大砲と砲弾を消す。
――味方は殺さず――ブッチも乗っている竜騎兵は殺さず――船の燃えている部分を消す。


 数瞬の内に光球は収束し・・・・・・全てが終わっていた。
風石という推進力を失った敵船は墜落する。下は海であり、当然この高度から落ちれば粉々になるだろう。
願わくば乗員が『浮遊』なり『飛行』なりで脱出してくれることをルイズは思う。
「すぅ・・・・・・はぁ・・・・・・」
ルイズはじんわりと呼吸を繰り返す。未だ残滓があるような夢見心地。

 落ち着いてきて周囲へと耳を向ければ、無事生き延びた皆が動揺で叫んでいた。
自分達のことだけで手一杯だったのか、わたしがやったこととはバレていないようである。
唯一人を除いては――

「やるじゃねえかよ」
ブッチは敵竜騎兵を脅して甲板へと降ろす。
その重量だけで船は傾き、この船も長くないようであった。
「さっさと全員乗れ。ギリギリ行けんだろ」
船の火事は止めたものの既に損傷酷く墜ちかけ。ウェールズ達の安否も心配である。
さらなる敵の新たな追撃なども危惧すれば、ここはさっさと退避するのが良い。

 トリステイン特使達も早々に合流し、次々と『浮遊』で乗って行く。
しかし虚無に目覚めど系統魔法は使えないルイズには、ブッチが手を差し伸べた。
二人は互いに不敵な笑みを浮かべ合う。ガシッとルイズはその手を掴むと、一気に引っ張り上げられた。
「もうちょっと優しくしてよ」
「はっ、もうそんなタマじゃねえだろうが」
絶体絶命の状況下で戦果を示した少女に、ブッチは相応の評価をしていた。
ただ一度の実戦が少女を目覚めさせ、戦士としての成長を促したのだ。

 全員が乗ったのを確認すると、風竜はゆっくりと落ちていく船を下に眺めつつ、大空を窮屈そうに舞った。

 晴れやかな表情を浮かべるルイズの胸の内は、今いる夜空のように澄み渡っていた――


 シャルロットとキッドは証拠品の羊皮紙とメンヌヴィル小隊のセレスタンをシティ・オブ・サウスゴータにて引き渡した。
その後、然るべき日にトリステインへ戻って来たのは――結婚式予定日のおよそ四日前であった。
アルビオンのロサイスから、港町ラ・ロシェールへ。
さらに首都トリスタニアへ到着する頃にはかなり日にちが経っていた。
通信連絡用の魔道具人形で、ある程度の情報を相互交換して警戒していた。
が、道中の襲撃もなく、特に何事もなく、極々普通に、無事戻って来れた。

 さらに事の仔細は、アルビオン側からトリステインに伝わっている為、改めて報告の必要もなかった。
歓待の為にパーティを催してくれているというので、間を置かずに城へと向かう。
急ぎ正装に着替えて会場へ向かうと、慎ましいがそれでも豪華なパーティが始まった。
わざわざシャルロット達の到着を待っていたことに恐縮しつつも、心遣いを素直に受ける。

 キッドとブッチは普段お目にかかれないほどの料理と酒を存分に楽しむ。
シャルロットはひとまず王女と王子に挨拶し、報酬の件について後々話す約束を取り付けた。
次に父シャルルと話した後に、最後にルイズの元へと向かった。

 二人は無言でワイングラスを鳴らして乾杯する。
「おかえり」
「ただいま。お互い大変だった」
「うん・・・・・・」
シャルロットはルイズの煮え切らない――浮かない顔に首を傾げる。
「どうしたの?」
「ちょっと待って」
そう言うとルイズはグラスの中身を一気に飲み干す。その勢いのままにルイズは言った。
「後で部屋に行くわ、話したいことがあるの」
「・・・・・・? わかった。ただ先にアンリエッタ様と話すことがあるから、私がルイズの部屋に行く」


 "交渉"を終わらせた後、シャルロットはルイズが泊まっている客室へと招かれる。
「ごめん、遅くなった――それで、どうかしたの?」
ベッドに座るルイズの横に、シャルロットは腰掛ける。
下を向いていたルイズはゆっくりと顔を上げると、シャルロットを見つめて言った。

「・・・・・・虚無――」
シャルロットは心臓が一度だけ大きく高鳴る。ルイズは開口一番何を言うのかと。
先の交渉の中でも、アンリエッタにすらテファのことは話していない絶対の秘密だ。
"虚無"という単語が出たことに、シャルロットは必死に声色を保つ。

「――が、どうかしたの?」
「使えるようになっちゃった」
「ッ・・・・・・えっ」
一瞬呆ける。聞き間違いかと思って確認するが、ルイズは確かに虚無を使ったことを肯定した。

「そうなんだ」
「うん、・・・・・・あまり驚かないのね?」
既にテファがいたからなどとは言えない。彼女のことは例え半身のジョゼット相手であっても言わない。
「ブッチさんにも秘密に」とキッドにも言い含めてある。信用していないわけではないが、秘密とはそういうものだ。

「これでも驚いてる。・・・・・・おめでとう」
「ありがとう。でも・・・・・・その、なんか裏切りみたくなっちゃってごめん」
「何を言ってるんだか――」
シャルロットはルイズのおデコをコツンと軽く小突く。
確かに互いに同じ境遇で一蓮托生みたいな節はあったがそれは全くの別問題だ。
「うぐ・・・・・・だけど・・・・・・」

(あぁ、きっと――)
ルイズはこちらに驚きこそなく、微妙だった私の表情を読んだのだろう。
伝説の虚無なんてものに先んじて覚醒したということに、私の不可解な態度を勘違いした。
だからこそ何か居心地の悪さのようなものを感じたのかもと。
もちろん嫉妬や劣等感は全く無いとは言わないが、そんなことは些末なことであった。

 シャルロットが微妙な表情だったのは、単純に立て続けに判明した虚無を扱う者の存在そのもの。
ティファニアだけに留まらず、ルイズまでも――
「確かに羨ましくはあるけど、気にすることない。私はルイズの成長に素直に嬉しいと感じるから。
 それに裏切ったと言うのなら・・・・・・地下水でまがりなりにも魔法を使えてた私の方が先」

「別にそんなことは――」
――ない、とはっきりは言えなかった。
心情的に裏切られた気持ちがなかったと言えば嘘になる。
だかこれでお互い様だとルイズは完結する。気にするなと言われれば気にしない。
余所余所しいほうが、かえって居心地悪くなるのは逆でも同じだと。

 そして虚無が発現した流れを、ルイズはザックリと語った。
帰国の船で襲われたこと、その中で始祖の祈祷書に書かれていた大まかなこと。
その上で虚無系統に覚醒し、実際に虚無の魔法を使って撃退に至ったということ。


「なるほど、そっか・・・・・・ルイズが――」
改めてシャルロットは意識する。二人目の『虚無』。二人目の伝説。
「そうなの、だからシャルロットもきっとそうなんじゃないかって」
ルイズは始祖の祈祷書を取り出すと、シャルロットに渡す。
「ルビーもいい?」
「構わないわ」

 土のルビーが贋物である可能性も考えて水のルビーを借りる。
少し前には土と風が並び、今は土と水が美しく並んでいた。
そしてシャルロットは書を開いて集中して見るものの、目に映ることはついぞ何もなかった。
「・・・・・・ルイズには読めるのね」
シャルロットは目を閉じると、半ば諦めたように祈祷書と水のルビーを返す。
幼き頃の香炉の時も、ついこの前のオルゴールの時も一緒であった。ルビーも祈祷書も、何も起こる気配すらなかった。

「その・・・・・・さ、シャルロットもその内目覚めるわよ。わたしも襲われて初めて目覚めたんだし!!」
妙な言い回しで、姫さまから下賜された始祖の祈祷書を押し付けるように渡そうとしてくるルイズ。
何やらおかしな感じになっていることにシャルロットは苦笑する。
「いやいや、それは結婚式で使うでしょ」
「あっ、それもそうね」
シャルロットは丁重にお断る。考えなしのルイズのその気持ちは嬉しい。

 しかしアンリエッタ姫殿下から親愛なるルイズへと、渡された秘宝を受け取るなんて出来るわけもない。
「それに私のところにも、始祖の香炉があるし」
正確にはジョゼットの持ち物だが、言えば貸してくれる。
とはいえ6000年前の物だから偽物という可能性も無いとは言えないが――

「ルイズの読める内容――詳しく聞いてもいい?」
ルイズは頷いて書を開く。夜も更けて既に三日後に控えた結婚式。
その際に読み上げる詔のように悠然と朗読する。


 オルゴールの歌と違って直接的な文言。
その語られる言葉が、6000年前もの偉大な始祖ブリミルのものだと思うと不思議な感覚だった。
メイジの礎を築いた伝説の人が書いたことを、実際に耳の当たりにしていることが感慨深い。
ルイズが読み上げた内容を聞きながら頭で整理しつつ、シャルロットはナイフの中の意思へと心の中で語り掛けた。

(どうなの? デルフリンガー)
(あ~・・・・・・まぁあのエルフの娘っ子だけじゃなく、こっちの嬢ちゃんも目覚めるとはね)
(つまり複数人いる可能性はあったと)
(そうだね、相棒ももしかしたら覚醒する可能性あるかもね。あくまで可能性だけど)
そう――可能性はあるのだ。と、シャルロットは自分に言い聞かせる。
なければないで不便はない、嫌なことだが既に慣れてしまっていた。

(内容については?)
(んー、とりあえず必要に迫られた時に目覚めるってことかな)
(つまり?)
(おっぱい大きい娘っ子も、ちっちゃい娘っ子も――)
(・・・・・・・・・・・・)
(――本当に欲しい時に使えた。そういうこった)
(・・・・・・今の私には必要ないから、秘宝はうんともすんとも言わないと)
(かもね、本当に相棒が"虚無の担い手"なら・・・・・・だけど)
(歯切れが悪い)
(そりゃあ変に期待持たせて、ガッカリするのなんて見たくないかんね)

 シャルロットはデルフリンガーとの会話を閉じて黙想――しようとする。
(いや・・・・・・考えるのは後にしよう)
今はルイズがいるし、"もう一つ考えておくこと"もある。
すぐに考え込もうとするのは悪い癖であった。過ぎたるは猶及ばざるが如し。
考え続けるのは大事だし、思考を止めるのは駄目だが、"込む"のは良くない。
少なくとも今は、ゆっくりじっくり悩むのを後に回す。

「『爆発』・・・・・・」
始祖の祈祷書の内容では初歩の初歩の初歩らしいが、テファの『忘却』と比べれば攻撃的だ。
必要に応じて必要なものが示されるというのは、まさにこういうことなのか。
ティファニアも絶体絶命の状況だったからこそ、『忘却』に目覚めて危機を脱した。
『爆発』でなかったことは、使い手の気性でも反映でもされているのか。
秘宝が一体どういう情報を、どのように受け取って、どう判断しているのかは謎であるが――

「そうよ、光が一切合切包み込んでわたしは選んだの。その気になれば全てを消せたけど、風石だけを消すって」
「便利・・・・・・と同時に恐ろしくもある」
「確かに恐いけど、使い方を間違えなければ大丈夫よ」
さらにルイズは詳しく状況を語ってくれた。
ルイズ自身はあまり覚えてないそうだが、ブッチ達が報告した統合情報を伝え聞く。

(・・・・・・んん?)
シャルロットはふと気付く。全てを包み込んだという光球を生み出した『爆発』。
そんなものを一体どこから捻り出したというのか。そもそも虚無に"クラス"があるのかと。
系統一つのドット、二つのライン、三つのトライアングル、四つのスクウェア。
それぞれ一度に掛け合わせる系統の数に応じて、メイジのクラスは決定される。
"ランク"が上がるごとに、概ね使える精神力の総量や消費量も変化する。
個人差はあれど、一般的にラインよりはトライアングルの方が魔力も多く、より効率的に魔法を扱える。

「ルイズは今も四系統は使えない?」
「そうね、でもコモン・マジックは何故か完璧に出来るようになったわよ」
そう言うとルイズは唱えてみせる。確かに未だに半端なシャルロットのコモン・マジックとは別物であった。
虚無の覚醒が完全なスイッチだったのか。ルイズは自信に満ち満ちていた。

 そしてテファ同様、ルイズも系統魔法に関しては一切使えない。
つまりは虚無と火水風土を掛け合わせるようなことはないということだろうか。
であれば、虚無のみを掛け合わせる・・・・・・ということになるのか。
「ルイズは虚無のドット――ということ?」
「・・・・・・? どうかしら、そもそもラインとかトライアングルがあるのかすらよくわからないわ」

 一つの疑念が湧き上がる。どうして今まで調べようとしなかったとも思う。
「ルイズ」
「なあに?」
シャルロットは地下水を抜くと刃の方を持って、柄をルイズへと向けた。
ルイズは疑問符を浮かべながら、差し出されたナイフを反射的に持ってみる。

「どう? 地下水」
「・・・・・・そういうことか。少なくとも今のシャルロットよりは多いな」
ルイズは地下水がいきなり喋ったことに少しだけ驚く。
インテリジェンスアイテム自体は珍しくもないし、フーケの時に話は聞いていた。
そしてシャルロットはやっぱりと、得心したように頷く。

 さらに"もう一つの共通点"。
地下水は持ち手のそれを自分に上乗せすることによって、魔法をより強力に使える。だから大まかに測ることも出来る。
続く闘争で大分目減りしていても、私のそれはまだまだ他のメイジの追随を許さぬほど膨大で余裕がある。
――にも拘わらず、ルイズは今の私よりも多いと地下水は言った。
「どういうこと? 何が多いの?」
「ルイズも私同様、精神力の底が見えないってこと――いえ、私がルイズ同様と言ったほうがいいのかも」

 シャルロットは地下水をしまいながら、もうちょっと早く思いついていればと悔やむ。
テファにも触れてもらっていればより確実な共通点になったかも知れないのにと。
「それじゃあ・・・・・・」
「まぁ状況証拠に過ぎないけど――」
「間違いないわ!!」
ルイズの満面の喜色にシャルロットも楽観的に嬉しくなる。

――『ミョズニトニルン』という使い魔――系統魔法が使えないこと――
――魔法を使えば失敗し爆発すること――膨大な魔力を蓄える器――
これほど合致していて違っていたらむしろおかしいとさえ思う。
あとは恐らく"必要に迫られる"という条件だけだ。

(必ず習得して見せる)
新たな決意と同時にシャルロットの気がどこかで一本抜けた。
召喚の儀の前までは絶望しかなかった・・・・・・今は揃った前提が違い過ぎる。

「でもこのことは誰にも言わないで。姫様であっても」
「へ? あぁうん、でもどうしてよ?」
ルイズは疑問符を浮かべる。アンリエッタさまにすら言わないで欲しいとはどういう了見なのだろうか。
「実際に使えるようになったら全然構わない。でも変に期待されるのだけは・・・・・・ね」

 ルイズはハッと気付く。それは自分も持ち続けてきた悩みだ。
ラ・ヴァリエールの娘として幼き頃から期待をされていた。
なまじ姉二人が優秀だった為になおのことである。
学院に入学してもしばらくは続いた。傍から勝手に期待されて落胆される辛さ。
幻滅されるくらいなら最初から期待されない方がマシであった日々のこと。
双子のジョゼットがいるシャルロットも同じなのだ。

「わかったわ」
ルイズははっきりと約束する。やむを得ない事情でもない限りは言うことはない。
それがたとえ姫さまであったとしてもだ。
そんなルイズの固い瞳にシャルロットは「ありがとう」と小さく告げた。

「それにしても・・・・・・『虚無』、か。図らずも『ゼロ』のルイズの二つ名がピッタリになるなんて」
シャルロットはフフッと笑う。成功率"ゼロ"のルイズが"虚無"のルイズと重なる。
「ぐっ・・・・・・いい思い出はないけど、確かに今となってはむしろ相応しいのかしら」
「誰が最初に言い出したかは知らないけど、ある意味先見の明があった」

 二人でクスクスと笑い合う。あれほど馬鹿にされたルイズが伝説に目覚めた。
あまつさえ揶揄の為の二つ名が、まさにお誂え向きなものになるとは痛烈な皮肉だ。
今まで馬鹿にしてきた連中に、丁寧な感謝の言葉でもって言い返してやりたいところであったが――

 虚無は伝説であり、同時に戦術兵器であることがわかった。
ゆえにアンリエッタ達の判断で、公にすることは禁じると厳命された。
とはいえシャルロットやキッドなど、事情を知り秘密を守れる近しい人ならば問題ない。
シャルロットの可能性を考えて、今宵は話すことに決めたのだ。


(私の――)
二つ名は何になるのだろうとシャルロットはふと考える。
自分はルイズと同じような立場であり、成功率も"ゼロ"だった。
しかし周囲を黙らせる程に、魔法以外の修練に励んできた。
意地っ張りで良くも悪くも向こう見ずなルイズと違い、失敗するとわかっていて魔法を使うことはなかった。
地下水の存在もあって、精神力の無駄にもなると、結果が同じことを繰り返すような真似はしなかった。

 ただそれだけの違い。だがそれゆえに未だに二つ名がついていない。
ジョゼットが無理やり名付けて、流行らせようと画策したこともあったが当然拒否した。

(いつの間にか浸透しているもの・・・・・・か)
出来るならば――本人を象徴するようなものは勘弁願いたいと思う。
二つ名とはそのメイジたる由縁。『雪風』然り『微熱』然り、その特性によって付けられるのが慣例だ。
術者の名を知らしめるものであると同時に、その性質を聞く者に暗に伝えてしまうことにもなる。

 ゆえに用心深いシャルロットにとって手の内を知られるような二つ名は好ましくない。
今の内に適当な魔法を大仰に使って二つ名を――なんてどうでもいいことを考えていると、ルイズが口を開く。

「ねぇ、シャルロットの方の話も詳しく聞かせなさいよ」
「・・・・・・ん。でもどこから話したものか」
「時間はたっぷりあるし、最初からでいいわ」

 シャルロットは頷く。――今はこの時間を楽しむことにしよう。

 夜も更けに更け、酒も入っている体。
揃って意識が落ちるその瞬間まで、二人は語らい続けたのだった――



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