あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-08


「………ってことで、ディーキンはここのメイジはカラ・トゥアの方の人たちと何か関係があるんじゃないかと思うの。どうかな?」
「ふーむ。残念ですが、私はカラ・トゥアのシュゲンジャ(修験者)についてはほとんど何も知りません。
 ―――単に忘れて思い出せないだけかもしれませんがね。
 しかし、君のいう事が事実だとすれば確かに単なる偶然とは思えませんね、興味深い」
「ウーン、ディーキンも実際にシュゲンジャに会ったわけじゃないから、ちょっと自信はないけど……」

ハルケギニアへと召喚されたその日の深夜、トリステイン魔法学院のルイズの私室で。
ディーキンはダガーのエンセリックに、先程読んだ本の内容やそこから推測される様々な事柄、感じた疑問点などに関する説明を続けていた。

エンセリックは案の定、最初は議論に参加することに全く乗り気ではなかった。

「………剣なんかに助言を求めるのですか?
 では助言しましょう。剣なんかに助言を求めないことです」

「以前君に……、いえ、君の“ボス”に話したことを、聞いていなかったんですか?
 私の記憶は消えかかっているんです、この剣の中で少しずつね。
 確かに私は以前は偉大なウィザードでした、知識も知恵も備わっていました。
 ですが今、ダークパワーが宿っていそうなだけの黒っぽい黄金の鉄の塊の武器も同然のこの私が、一体議論において何の役に立つというのです?
 今の私に比べたら、いきなり見ず知らずの世界なんかに私を連れ込んでしまうようなお気楽なコボルドの方がまだ脳ミソが詰まっている事でしょう!」

そんな調子で、投げやりな態度で皮肉らしきことを吐いたり、ぶつぶつと愚痴ったり、やさぐれたりするばかりである。

普段ならそれで素直に諦めるのだが、何せ今回は彼しか相談できそうな相手がいないのだ。
ディーキンは彼を根気よく宥め、励まし、煽て、説き伏せ……、
<交渉>の限りを尽くした結果、なんとか彼に過去の記憶を掘り起こして議論に参加しようという気を起こさせた。

おかげで随分夜遅くまで作業時間が伸びてしまったが、まあ彼の知識にはきっとそれだけの価値はあることだろうとディーキンは踏んでいる。
ウィザードだった時代の事はほとんど忘れたと本人は言っているし、実際冒険中もあまりその知識が役立った試しはないのだが……、
それでもディーキンは、彼が時折漏らす様々な言葉から、かつて優れた魔術師だった時の知識がまだ彼の中には残っていることを感じ取っていた。

よしんば仮にそうでなかったとしても、こうして読んだ本の内容について思い出し、忘れた点を見直しつつ他人に説明することだけでも有意義だ。
ディーキンの経験上、こういうことが知識の定着を図るのには最適なのである。

ディーキンは既に、短期間のうちに書物で学んだだけにしては、驚くほどハルケギニアの情報に詳しくなっていた。
それは、《学者の接触(スカラーズ・タッチ)》で瞬時に本の情報を吸収できたからというだけではない。
この世界について自分が知っておくべき、必要な情報の載っている本を的確に借り出していたためだ。

これはコルベールらが協力して本を探してくれたからというのもあるが、図書館に入る前に指にはめておいた魔法の指輪の力による部分が大きい。
《研究の指輪(リング・オブ・リサーチ)》と呼ばれるこの指輪は、着用者の抱く問題を解決するために必要な情報が載っている本の所在、
さらにはその情報が載っている該当のページ数までも正しく教えてくれるという素晴らしいマジックアイテムなのだ。
これがあったおかげで数千年を掛けて蓄積された恐ろしく大量の書物の中から、今の自分に最も必要な情報の書かれたものを素早く的確に選べたのである。

この指輪は実際のところ、フェイルーン一般の環境の中ではそこまで便利なものではないと言える。
比較的安価、かつ優秀なマジックアイテムではあるものの、真価を発揮できず無用の長物と化してしまう事が多い。
何故なら正しい答えが書かれている本がその場になければ無意味だし、フェイルーンでは本は高級品でそれほど普及していないためだ。
本の複写は一般に熟練した書記の手作業に依存しているため、同じ内容の写本が1ダースを超えて存在しているような本は極めて稀である。
文章の内容を複写するような呪文も存在はしているが、それを用いて大量に写本を増やすことは、残念ながらあまり広く行われてはいない。
一般的な街では、たとえ公共の図書館や貴族の書斎であってもそう大量の本があることは期待できない。

しかしながらディーキンが滞在していたウォーターディープは、フェイルーンでも屈指の大交易都市だ。
市民の識字率は過半数を超えているし、路上では銅貨1枚でブロードシート(新聞形式の短い巻物)が売られている。
非常に豊かな市民ならば、装丁された本がぎっしりと詰まった広い専用の図書室を持っていることさえあるのだ。
そしてディーキンは今では市の英雄の一人なので頼めば大抵の図書室は利用させてもらう事ができる。
そのため、この指輪の機能も十分に生かせると踏んで先日購入しておいたのである。

まさかウォーターディープをも凌ぐほどに大量の本を自由に利用できる環境に召喚されるとは夢にも思っていなかったが、非常に幸運だったと言えよう。
この魔法学院の図書館には高さ100フィートほどもあろうかという本棚がずらりと並び、想像を絶するほど大量の書物が収められていたのだ。
アンドレンタイドの遺跡で訪れた図書館は、在りし日には『一千冊の本の家』と呼ばれていたらしいが、それを遥かに凌ぐ量だ。
まあ、あの図書館には読むことで実際に本の世界に入り込める魔法の書物などもあったので、単純に本が多いからこちらの方が凄いとは断定できないが。

ともかくこの指輪があれば、知りたい情報はほとんど何でもあの図書館ですぐに調べられそうである。
これからの日々でどれほど素晴らしい物語をあそこから得られるか、夢が膨らむではないか――――。

さておき、ディーキンは今、ハルケギニアのメイジの魔法体系とカラ・トゥアに住むシュゲンジャの魔法体系との類似点について説明しているところだ。

ディーキンが聞いた雑多な伝聞によれば、カラ・トゥアのシュゲンジャ達は自身を周囲にある根源的なエネルギーと調和させる。
そしてそれらを自分の体を通して集めることで魔法的な効果を生み出す、という信仰呪文の使い手であるらしい。
彼らは地水火風の四元素のいずれかの元素と深い結び付きを持ち、それらの自然な調和やその乱れに深い関心を示すという。
中には魔法を学ぶこと自体を目的として、いつの日か“虚無”、すなわち万物を結びつける第五元素の秘密を体得することを目指す者もいるという話だ。
また、その“虚無”を使いこなす術を専門に学んだヴォイド・ディサイプル(虚無の探究者)というより上級の術者も存在するという。

その思想は、同様に地水火風の四属性に分かれ、虚無を失われた第五の系統とするハルケギニアのメイジたちの魔法体系とあまりにもよく似ている。

これまで読んだ本の内容は、ハルケギニアがトーリルの別大陸であるという考えではどうにも説明がつかないことが多すぎる。
ここがフェイルーンとは別の異世界……、いや、おそらくは別宇宙の世界であることは、もはやほぼ間違いないだろう。
しかし、ではこの奇妙な思想の共通点はどういう事なのか?

それは、彼らがカラ・トゥアからこの世界にやってきた人々であるか、もしくはその逆に彼らの一部がカラ・トゥアに移ったためではないか?
……と、ディーキンはそう考えていた。

ハルケギニアのメイジは信仰呪文ではなく秘術呪文の使い手であるようだったが、共通の思想を持ちながら別方向に発展した分派と考えることもできよう。
また、ヴォイド・ディサイプルに関しては信仰呪文ではなく秘術呪文の使い手がなる場合もある……、と聞いた覚えがある。
あるいは、そのあたりにもつながりがあるかもしれない。
残念ながらエンセリックにはカラ・トゥアに関する知識はないようなので、確証は少なくとも今のところは得られそうにないが……。
仮にこの考えが間違っているにしても、ここまで思想に共通点がある以上は過去に何らかの関係があり、影響を与え合っていたに違いない。

そのことは、書物が示すその他の証拠からも裏付けられる。
図書館で借りた魔法に関する本から、ハルケギニアの系統魔法とフェイルーンの秘術魔法には明らかに<呪文学>の構成に類似点があることが確認できた。
両者はまったく同系列というほど似通っているわけではないが、しかし無縁とは考え難い程度には類似点がある。
使い魔のルーンに関しても、フェイルーンにおけるドワーフのルーン文字と全く同一ではないにせよ類似した文字や構成があることを見て取れた。

そこから見て、おそらくは遥かな昔……、
書物でハルケギニアの歴史に関する信頼できそうな記述が始まっているのが数千年前のようだったから、おそらくはそれ以上の昔に。
ハルケギニアとトーリルを含む他の世界の文明との間には何らかの行き来があったに違いない、とディーキンは踏んでいる。

近年のハルケギニアとフェイルーンの間にろくな繋がりが無いのは、共通語その他の話し言葉が全く通じなかったことから明らかだ。
数千年もの間交流が無ければ、お互いの言語はまるで似つかない方向に変化してしまっていて当然である。
一方、ルーン文字などの言葉そのものに力を宿す魔法的な言語は、永い年月を経てもほぼ変化することなく残ると言われている。
だからこそ、<呪文学>の構成にはかなりの共通点が見られるのだろう。

また、本を読んで分かった事柄の中で何よりもディーキンが驚いたのは、このハルケギニアには“神”がいないらしいという事だった。
ブリミルと呼ばれる存在は信仰されているが、それはこの地のメイジたちの祖であり、英雄が死後に神格化されて崇められだしたものらしい。
死後に向かうというヴァルハラと呼ばれる世界に関して触れている本はあったが、それも逸話であって確認された事実ではないようだ。
とにかく崇拝者に信仰魔法を授けてくれる、トーリルでいう真の“神”の存在はどの本にも記述されていなかった。
ゆえにハルケギニアには聖職者はいても、神への信仰に基づいて魔法を使うクレリックはいないようだ。

ハルケギニアで知られている魔法系統は系統魔法と先住魔法の2つだけで、しかも人間が通常習得できるのはその中の1つ、系統魔法のみだという。
昼間見たメイジたちの呪文からしても、本の記述からしても、系統魔法は秘術魔法に分類されるものとみて間違いはないだろう。
また、ブリミルを祖とする貴族の血を引く者でなければメイジにはなれないらしい。
とするとハルケギニアのメイジは“本の魔法”を学ぶウィザードではなく、生来の才能によって魔法を操るソーサラーに近いものだと考えられる。
他に変わった特徴としては、あらゆる呪文の使用には音声や動作などの要素に加えて、焦点具として自分専用に用意した杖を持つことが必須であるらしい。
つまり今日見た生徒や教師達が持っていた杖はワンドやスタッフなどのマジックアイテムではなく、焦点具だったということだ。

先住魔法は本によれば概してとても強力で、特に精霊と“契約”した術者のテリトリーにおいてその本領を発揮するらしい。
中でもエルフは最強の使い手で、並みのメイジでは数人がかりでも敵わぬ、ドラゴンにも匹敵する存在とされている。
こちらのエルフはコボルドなどと同じく人間と敵対する妖魔扱いであり、フェイルーンでいえばドロウ(ダークエルフ)のように酷く怖れられているようだ。
ただ、人間が使わないということもあって情報が少ないらしく、今回借りてきた本からの情報だけではそれ以上あまり詳しい事は分からなかった。
自然に宿る“大いなる意志”を崇拝し、精霊の力を借りる魔法……との記述からは信仰魔法、それもクレリックではなくドルイドのそれに近い印象を受ける。
ドルイドも確かに、自分たちの領域と言える自然に囲まれた屋外のフィールドでは格別に強力である。
先住魔法も系統魔法と同じく魔法を四元素で分類しているらしいので、あるいは彼らこそがカラ・トゥアのシュゲンジャに最も近いのかもしれない。
精霊の加護を受けるという話から、カラ・トゥアの秘術使い・ウーイァン(巫人)を思わせる点もあるが……、
ディーキンが聞いた話では、彼らはシュゲンジャなどとは異なる『五行思想』とやらに従っているらしいので、おそらく関係は無いだろう。

人間を遥かに上回るエルフの魔法、という話からは、フェイルーンにおける太古のエルフ上位魔法を思わせる点もある。
彼らが生み出した数々のアーティファクトや、ディーキンもアンドレンタイドで体感したあの大いなる『ミサル』の力は現在までも残っている。
ディーキンの予想通りかつてハルケギニアとトーリルの間につながりがあったのであれば、
強力な魔法を使うというハルケギニアのエルフが、古代フェイルーンのエルフの流れを汲む存在だという可能性もあるかもしれない。

更には、ここでは神々のみならずデーモン(魔神)やデヴィル(悪魔)、セレスチャル(天使)などの来訪者さえも殆ど知られていないらしい。
実在するものではなくお伽噺や神話の中の存在とみなされているようで、そういった関係の本以外ではまともな記述が見られなかった。
また、妖精(フェイ)の類も伝説の生き物として扱われ、実在しないと思われているらしい。
精霊(エレメンタル)の類はハルケギニアに住む原住種として存在しているのみで、元素界からの召喚魔法は知られていないようだ。

「それはまた、無知も甚だしい……、いや、実に奇妙な話ですね」
「そうだね。もし天使も悪魔も妖精もいないんだったら、ディーキンが出会った人たちは一体なんだったのかって思うの」

トーリルの常識からいえば、とても考えられないことだ。
ディーキンは、冒険の中で魔神や悪魔とは、またときには妖精の類とも、うんざりするほど戦ってきた。
また幾人かの妖精や、天使とは、旅の中で知り合って友諠を結ぶことができた。
精霊を元素界から召喚する魔法だって、ちゃんと知っている。

物質界のどんなに隔絶した地域でも、またほぼ全ての次元界でも、何らかの神の影響力が一切及んでいない場所などというのはおおよそありえない。
ディーキンが召喚された事実から見ても、ハルケギニアは他の物質界や次元界との接続が一切無い切り離された世界などではないはずなのだ。
なのに何故、神々や異次元界の来訪者たちはこの世界に目を向けないのか?
これは現在、ディーキンにはまだうまい説明が思いつかない疑問点である。

ディーキンはその他にも思い出すまま、思いつくままに、読んだ内容やそれに関する自身の意見、疑問に思った点などをエンセリックに説明していった。

「……ふーむ、君の話が事実ならば、ここは随分と変わった世界のようですね?
 では、今までの話について私からの意見を述べましょうか」

エンセリックはあまり喋らずに大人しく聞いていたが、めぼしい話が出尽くしたと見ると口を開いた。
なおいうまでもなく比喩であって、ダガーである彼に口はついていない。
別にどこぞの剣のように鍔の部分をカタカタ鳴らして喋ってるとか言うわけでもなく、声は何処からともなく出ているのである。

「この世界と他世界との交流が過去にはあったらしいのに現在では途絶えてしまっているという点、
 そして神々や異次元界からの来訪者がこの世界に存在しないという点……、その他にも様々な謎があるようです。
 それらをすべて解決する方法は……、まあ、いろいろな魔法仮説をひねくり回せば、いくつでも考えられはするでしょう」

魔法には、フェイルーンの魔道師たちにとってもまだまだ謎が多い。
さらにはまた、神の意志などの影響を受けて魔法そのものの構成が変化することさえあるのだ。
その最たる例がつい近年フェイルーンを、いや全宇宙を巻き込んだ、“災厄の時”と呼ばれた異変である。

そういった要因をいろいろと都合よく仮定し、継ぎ接ぎすれば、現時点で出ている疑問点をすべて解消できる説明はいくらでもひねり出せるだろう。
所謂、『理屈と膏薬はどこにでもつく』というやつである。

「……ですが、仮説すなわち真実、というわけではありません。
 都合に応じて解釈を付け加えてゆくアドホックな説明では、おそらく真実からはほど遠いでしょう。
 これは魔法をはじめ様々な学問研究において守らねばならない基本だと、わたしはかつて師から教わりました。
 物事は可能な限り単純化するべきで……、ただ一つの単純な要因で謎を解くことを、まずは試みるべきだとね」
「フンフン、………えーと、つまりそれって、どういうこと?」
「……はあ、やれやれ。
 つまり、色々な要因を継ぎ接ぎする不格好な説明ではなく、ただ一つの要因で疑問点すべてに説明がつくような方法を考えるべきだということです」
「ンー、でも、そんなことってできるの?」
「いくらでもね。例えばですが、古代アイマスカー人の生み出した次元障壁のようなものがこの世界全体にかかっていると考えればどうでしょう?
 君も一時は神々の侵入さえ阻んだ彼らの偉大な力について、少しは聞いたことがあることでしょう。
 私が人間のウィザードだった頃、彼らの力について、多くの研究テーマのひとつにしていたことを君の話を聞いてふと思い出しましてね。
 ……まあ生憎と、細かい点に関しては今や殆ど何も覚えていないのですが」

エンセリックの意見を聞いて、ディーキンは少し首を傾げる。

「えーと……、それって、つまりムルホランドの建国についてのお話のこと?」

昔の主人の元で読んだ本の中に、それについて書いたものがあった。
ムルホランド建国に関する経緯は神話であり、実話でもある。
それはフェイルーンでもかなり有名な物語なのだ。

今は無きアイマスカーは、知られる限りフェイルーンでもっとも古い人間の帝国のひとつだった。
そしてアーティフィサーとも呼ばれていた古代アイマスカー人の支配者階級は、極めて強力、かつ傲慢なウィザードであった。
彼らは魔法を用いて数々の驚異を成し、幾多の世界へと通じるポータルを作成したと伝えられる。

今から4000年ほど前、アイマスカー帝国はひどい疫病によって人口を大幅に減らした。
それを補うために、彼らはとある異世界の土地に通じるポータルを開き、そこから10万人以上もの人間を強制的に引きずり込んで奴隷としたのだ。
異世界の神々はこの蛮行に当然怒り、奪われた彼らの民を救い出そうとした。
だがアイマスカー人は極めて強力な呪文を用いて2つの世界の間に障壁を作り、接続を永久に絶ってしまったという。
彼らが一時は神々の侵入さえ阻んだというエンセリックの言葉は、その時の事を指しているのだろう。
しかし、最終的には神々は障壁を迂回して自分たちの化身を送り込むことに成功し、それによって帝国は滅ぼされたという。
この時に来訪したオシリスやセトといった異世界の神々が、解放された彼らの民と共に建国したのが、現在ムルホランドとアンサーと呼ばれる国なのである。

過去に何者かがそのような次元間障壁をこの物質界全土に及ぶ規模で作成し、異世界との接続を絶ってしまったとすれば……、
確かにエンセリックの言うとおり、その一つの仮定だけでいろいろな事実に説明がつくかもしれない。

しかし、その解釈には重大な問題があるのではないかと、ディーキンは首を傾げた。

「ンー、けど……、ディーキンとあんたが、フェイルーンからここに召喚されたのを忘れたの?
 この世界が壁で囲まれてるのなら、ディーキンは呼ばれた時にそれにぶつかって痛かったはずだし、ここに来れなかったはずなの。
 まあルイズには、ちょっと高跳びしてぶつかっちゃったけどね」
「ルイズというのはそこで薄着で寝ている君の……、いや、私たちの召喚者の事でしたね?
 そのお嬢さんにもいろいろな意味で興味はありますが、今はさておきましょう。
 君の読んだ限り、基本的にここの召喚術は同じ世界からの招請しかできないらしいといいますが、それ自体が通常は考えられないことです。
 君も知っているでしょうが、クリーチャーの召喚術とは通常は異世界からの招来・招請を行うものですから。
 仮に障壁でなくとも、この世界全体に、全体でないとしても少なくともかなり大規模に、何らかの制限を及ぼす作用があるものとみるのは自然な事です。
 無論、私にまだ自然な解釈のできる知力が残っているものとすればですがね」
「ンー……、そういうものなの?」

フェイルーンにおける魔法系統の分類法は、力の源を五元素として分類するハルケギニアのそれとは大きく異なっている。
魔法系統は幻術、召喚術、死霊術、心術、占術、変成術、防御術、力術の8つに分かれており、それに加えてどの系統にも属さない共通呪文がある。
このうち召喚術には、ある種のエネルギーや物体、クリーチャーなどを移動させたり、無から創造したりする類の呪文が含まれている。
ドルイドなどは同じ物質界のクリーチャーを召喚することもあるが、招来・招請系の呪文の多くはアストラル界などを通じて異次元界から呼び出すものだ。

ハルケギニアには『錬金』という、変成術と創造系の召喚術を混ぜ合わせたような土系統の呪文があるらしい。
また、治癒系の召喚術に相当するであろう水系統の回復呪文もあるという。
しかし招来・招請系の召喚術としては、ディーキンが読んだ限りでは系統魔法に属さないコモンルーンの使い魔の招請呪文くらいのようだ。
招来・招請系がほとんど未発達で、しかも一時的な召喚である招来の呪文に至っては皆無というのは非常に奇妙だとエンセリックは考えた。

異世界ならば魔法の法則自体がトーリルとは異なっている可能性も勿論ある。
アストラル界などの中継界を利用する、他次元界からの召喚自体が原理的にできない可能性も皆無ではない。
しかし、ルイズがフェイルーンからこの地への召喚を行ったという事実から、それは否定される。
となると単純に異世界の存在が知られてないため、それを招来しようという発想も技術も発達していないのかも知れない。
原理的に不可能でなければ、ルイズの召喚が異世界に通じたのは何かのイレギュラーか、あるいは彼女に特殊な資質があるのか、ということで説明はつく。

ならば、なぜ異世界の存在が知られていないのか?
それは当然、これまで異世界からの来訪者がほとんどいなかったためだろう。

では、何故神々も含めて異世界からの来訪者がいないのか?
それは、世界全体に侵入を防ぐ障壁か何かがある、または少なくとも、つい最近まではあったからなのではないか。

―――エンセリックは、そのような順序で推論を組み立てたのだ。

「まあ、イレギュラーにせよ特殊な資質にせよ、確かに確率は低いでしょうが……。
 この世にはありえないほどの偶発的な不幸に見舞われてしまうものも、事実存在しているのですからね。
 ……特に冒険者というのは、よく偶然に見舞われるものだと聞きますよ。
 例えばアンダーマウンテンで不幸にも、魂を喰らう剣の中に永遠に閉じ込められてしまう偉大なウィザード、とかね」
「ウーン、なるほど………、」

ディーキンはしばし首を傾げて、エンセリックの仮説を自分なりに検討してみた。
全て推論で何ら証拠はないといってしまえばそれまでだが、確かに、それなりに説明は付くかもしれない。
少なくとも、今この場ではこれ以上考えても事実が分かるわけもないのだから、とりあえずはそう仮定して少しずつ検証していってみてもいいだろう。

「んー……、ディーキンはたぶん、ひょっとしたらあんたの言う事が正しいかも知れないって思うよ。
 どうもありがとう、あんたはちょっと暗いし顔色も悪いけどやっぱり賢いね」
「……ハッ! 今や呪文のひとつも唱えられない私が賢いと?
 コボルドの基準では、まあ今の私でもなんとかそうなるのですかね?」

にっこりと微笑んで御辞儀したディーキンに、エンセリックは相変わらずのひねくれた物言いを返す。
だが、その声の調子からすると、内心ではやぶさかでもないようだ。

「まあ……、それがお世辞でないのなら、一応光栄だといっておきましょう
 ではひとつ、感謝の証として私に油をさして、手入れをするというのはどうです?」
「うーん……、あんたがそういうなら、ディーキンはあんたをタライみたいにピカピカに磨くの。
 アア、でもまだルーンを入れてないし、今の話も書き留めておきたいから後でね。
 ディーキンはあんたが好きだから、今度のルイズの物語にはコボルドのお供の助手として書いてあげるよ」
「お預けですか……、やれやれ。
 しかも、この私がコボルドの助手ね……、ああ、そうですか。
 いえいえ、今更不満はありませんよ。
 アンダーマウンテンの床で日がな一日埃の数を数えていた頃に比べればマシですよ。ええ、マシですとも」

エンセリックは、ふん、と鼻で笑った。

「あの灰色のエンセリックが、なんとコボルドの助手とはね。
 思うに、ゴブリンの料理包丁にされることに匹敵するほどの名誉でしょうね!」

ディーキンは羊皮紙を取り出して今の話を思い出しながらメモを取り始める。

「えーと、出だしは……、」

『ディーキンと助手のエンセリックは、すばらしい数々の話題について話し合った。
 世界の間を隔てるのっぽな壁、呪文と魔法の関係、2つの世界のつながり……、
 羊皮紙の枚数は十分か? 頭はハイになっていないか?』

「……うん、こんな感じかな。
 ねえエンセリック、ところで、さっきのはあんたなりの冗談なの?
 ウーン……、ハ、ハ……、けっこう面白いかもね。
 あんたは詩人にも向いてると思うの」

……一人と一振りでそんな話をしながら、夜は更けていった………。





翌日早朝。

「―――んん? もう朝みたいだね、……ファ~~……」

ディーキンは窓から差しこむまだ弱い朝日で目を覚まし、床に敷いた寝袋からもぞもぞと這い出して目をこすると、大口を開けて体を伸ばす。
昨夜はあれこれ議論したり作業したりで忙しく、結局エンセリックを荷物袋に戻して寝袋に入ったのはもうあと少しで空が白み始めようかという頃だった。
つまりその時間から早朝の光が差し始めるまでの、たった1時間あまりしか眠っていないという計算になる。

普通ならば寝不足で辛いところだろうが、ディーキンは一度大きく伸びをしただけで気分爽快、すっきり目が覚めている。

別に、初めて見る異世界に気分が高揚して疲れを忘れているというわけではない。
その秘密は使用した寝袋にある。
これは《ヒューワードの元気の出る携帯用寝具(ヒューワーズ・フォーティファイイング・ベッドロール))》というマジックアイテムなのだ。
柔らかくてよい香りのするこの寝袋で眠れば、なんとたった1時間の睡眠で8時間完全に休息したのと同じだけの利益を得られるという優れ物。
同じ作者の《ヒューワードの便利な背負い袋(ヒューワーズ・ハンディ・ハヴァサック))》と同様、冒険者が使うマジックアイテムとしては定番である。
ディーキンも多少所持金に余裕ができたころに両方とも購入し、それ以来ずっとお世話になっている。

なお、考案者のヒューワードはどうやらフェイルーンとは別の宇宙においてバードを守護する英雄神格(神格の域に到達した英雄)であるらしい。
その意味でも、バードであるディーキンにとっては親しみの湧く品である。
別の宇宙で発明されたマジックアイテムや呪文の類はフェイルーンに相当数存在していると言われており、それほど珍しくないのだ。

それはさておき、ディーキンは軽く体をほぐすと今日の行動を思案しはじめた。
とりあえず毎朝の日課として、まずは呪文を発動するための精神集中の時間を取らなくてはなるまい。
昨夜のエンセリックの話もあるし、呪文の力が回復したら念のためこの世界で呪文発動に制限が無いかなどもいろいろと試しておきたい。

ハルケギニアのメイジは睡眠で精神力を回復させればそれでいいらしいが、フェイルーンのメイジはそれだけではいけない。
最低8時間以上の睡眠をとった上で、ウィザードならば呪文書と1時間は向き合ってその日使いたい呪文をあらかじめ用意しておく必要があるし、
事前に呪文を用意する必要が無いソーサラーやバードでも呪文の力を用意するために15分は集中して精神をリフレッシュさせる時間を取らねばならないのだ。

ちらりとベッドの方を見れば、ルイズはまだぐっすりと寝ている。
まあこんな早朝では当然だろう。
だが、バードは呪文の力を準備するために精神を集中させる間は、同時に歌ったり楽器を鳴らしたりもしなくてはならないのだ。
寝ている人の横で楽器演奏というわけにもいかないし、他の部屋にもまだ寝ている人が大勢いることだろう。
どこか人気のない良さそうなところを見繕って……、今後は毎朝、そこで準備を行うことにしよう。

「ええと、頼まれてた洗濯もしないといけないんだったね……。
 んー、そういえばここって洗い場がどこかにあるのかな? それとも、外で川でも探せばいいの?」

ディーキンは独り言をいいながら昨夜ルイズが脱ぎ捨てた下着を拾い上げて、首を傾げた。

レースのついた白いキャミソールと、パンティだ。
随分と、繊細そうなつくりをしている。

勿論冒険者生活の中でも、それ以前にも、下着を含め衣類の洗濯をした経験くらいいくらでもある。
しかし、こんな無駄に高級そうな下着は全く馴染みがなかった。
果たして誰も細かい事を気にしないみすぼらしいコボルドの衣類や、実用性本位の冒険者の衣類を洗うのと同じ要領で大丈夫なものだろうか。

「……まぁ、何とかなるの、うん」

昨日見た感じではこの建物には雇い人が大勢働いているようだったし、適当に声をかけて洗い場の場所を聞けばいいだろう。
もし駄目でも、冒険者らしく散策がてら洗い場でも川でも探せばいい。

洗い物にしても、ディーキンの手は丈夫なウロコや爪が生えていて繊細な作業には向いていなさそうに見えるが、これでなかなか器用なのである。
バードというものは、往々にして未収得の技巧を要する作業でも持ち前の機転と才気と器用さで大抵何とかしてしまう“何でも屋”なのだ。
万が一破れても、呪文の無駄遣いにはなってしまうが《修理(メンディング)》で直せばいいだろうし。

そんな風に前向きに考えをまとめると、ディーキンは早速作業の為に荷物を背負って外に向かっていった……。


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