あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと無重力巫女さん-57-b




「一体何が?……あっ」 
 突拍子もなく音が聞こえなくなった事に僅かながら動揺した声を口から漏らした時、彼女は気が付いた。
 周りの音や他人の声は聞こえないが、自分の声だけはやけにハッキリと聞こえる事に。
 それに気づいた彼女は落ち着こうとするかのように軽い深呼吸をした後、赤みがかった黒い両目を鋭くさせてこの事態について考え始める。

 幻想郷での妖怪退治や異変解決、そしてスペルカードを用いた戦いにおいてもまず冷静にならなければ全てはうまくいかない。
 気持ちを落ち着かせれば今まで見えなかった解決策も瞬時に出てくるが、逆に焦ってしまえば相手に翻弄されて敗北を喫してしまう。
 それは戦いという行為をするにあたって初歩中の初歩とも言える事だが、霊夢はその『何時いかなる状況でもすぐに落ち着ける』という事に長けていた。
 自分の声意外が聞こえなくなったという異常事態におかれても、彼女は自分のペースを乱すことなく僅かな時間で落ち着くことができた。
 それを良く言えば博麗の巫女として優秀な証であり、悪く言えば酷いくらいにマイペースな証であった。

(紫の仕業?…イヤ、アイツならもっとストレートにきそうだけど)
 自分に話しかけてくる二人を無視しつつも霊夢は考え、一瞬あのスキマ妖怪のせいかと思ったがすぐにそれを否定する。
 もしも、自分に用があるのだとしたらまずこんな回りくどい事はせずに直接顔を出してくるだろう。
 確たる証拠は無いが、博麗の巫女としてあの妖怪と付き合い数多のちょっかいを掛けられてきた彼女にはそう言い切れる自信があった。

(アイツなら普通にスキマから顔を出したり、客に扮してコッチに話しかけてきそうね……―――…ん?)
 いつもニヤニヤしていて掴みどころのない知り合いの顔を思い浮かべた瞬間…。ふと左手の甲に違和感の様なモノを感じた。
 まるでほんわりと暖かい手拭いをそっと置かれたように、妙に暖かくなってきたのである。
 一体次は何なのかとそちらの方へ目を向けた瞬間、霊夢はその両目を見開いてまたも驚く羽目となった。

 召喚の儀式でルイズにつけられ、此度の異変解決の為に彼女がこの世界に居ざるを得ない原因を作り出した使い魔のルーン。

 この世界の神と呼ばれる始祖ブリミルの使い魔であり、ありとあらゆる武器と兵器を扱う程度の力を持ったというガンダールヴの証。

 そして、今のところたった一回だけしか反応しなかった左手のそれが、突如として光り出したのである。


「なっ…!?…これって…!」
 これには流石の霊夢も動揺と驚きを隠せず、目の前にいる二人もそれに気づいてか驚いた表情を浮かべている。
「………、……………?」
「…………ッ!?……、………!!!」
 魔理沙は初めて見るルーンの光に興味津々な眼差しを向け、霊夢に使い魔の契約を施した張本人であるルイズは突然の事に吃驚している。
 一方の霊夢もその目を見開いたまま、久しぶりに見たルーンの光を時が止まったかのようにジッと凝視していた。
 左手の甲に刻まれたルーンの光はそれ程強くもなく、例えれば風前の灯火とも言えるくらいに弱弱しい光り方をしている。
 しかしそれでも光っている事に変わりはなく、特にルイズと霊夢の二人は魔理沙よりも使い魔のルーンが光ったことに驚いていた。
 何せアルビオンで一回見たっきり全く反応しなかったソレが思い出したかのように輝き始めたのである、驚くなという方が無理に近い。 

(一体どういう事なの?今になって使い魔のルーンが光るなんて…)
 未だ驚愕の渦中にいるであろうルイズたちより一足先に幾分か冷静になっていく霊夢の脳裏に、とある考えが過る。

 まさか…自分以外の声が聞こえないというこの異常事態と何か繋がりがあるのではないか?

 突拍子もない仮説と言って切り捨てる事ができるその考えを、しかし彼女はすぐに破棄する事ができない。
(もし違うというのなら今の段階では証明できないし、―――あぁ~…かといって今の状況とルーンが繋がってる証拠も無し、か…)
 一通りの頭の中で考えた末に結論が出なかった事に対し、思わず首を傾てしまう。
 霊夢にとって今の状況は充分に゛異常゛と呼べる代物ではあるが、その゛異常゛を解決するための糸口となるモノがわからないままでいた。
 そして光り続けているルーンは単に光っているだけなのか、今のところは何の力も感じられない。
(参ったわねぇ~…。このまま耳が聞こえなかったら色々と不便になるじゃないの)
 常人ならとっくの昔に慌てふためいている様な状況ではあるが、そこは博麗霊夢。
 まるで傘を忘れて雨宿りしているような雰囲気でそう呟きつつ、ため息をつこうとする。


――――…


「……ん?」
 そんな時、彼女の耳に小さな『声』が入ってきた。
 まるで地上から十メートル程掘られた井戸の底から聞こえてくるようかのように、その『声』はあまりにも小さく何を言っているのかもわからない。
 普通の人間であるのならば、恐らくは空耳か幻聴だと思い込んで聞き逃してしまうだろう。
 しかし、この数分間他人の声を聞くことが出来ないでいた霊夢の耳はその『声』をしっかりと捉えることができた。

彼女は何処からか聞こえてきた『声』に辺りを見回すが、それらしい人物や物は一切見当たらない。
 もしかしたらとルイズたちの方へ目を向けるが、先程と同じく二人の声は全く聞こえてこない。
(何よさっきの声?…一体どこから聞こえてきたっていうの) 
 霊夢は心中で呟きながらも、大きなため息をつく。
 こうも立て続けにおかしい事が自分の身に降りかかってくるという事に、彼女は辟易しそうであった。
 しかしそんな事は後回しにしろ言わんばかりに、またもや正体不明の『声』が霊夢の耳゛にだけ゛入ってくる。


―――――…ム


(まただ、また聞こえてきた)
 先程よりも少しだけ大きくなった謎の『声』に、霊夢は無意識に首をかしげてしまう。
 恐らくこの『声』は彼女の耳だけにしか届いていないのだろう。ルイズと魔理沙の二人はキョトンとした表情を彼女に向けている。
 もし聞こえているのなら何からのリアクションを取るだろうし、取っていなければ聞こえていないという証拠だ。
 そして、霊夢がそんな事を考えている最中にも今の彼女に取り残された二人は何か話をしている。
「……?…………?」
 声が聞こえないので何を言っているかはわからないが、魔理沙は腰を上げた霊夢を指差しつつルイズに何かを聞いている。
 しかしその内容があまり良くなかったのか、ルイズは少し怒ったような表情を浮かべて黒白の魔法使いに詰め寄った。
「…!…………!」
「……?……………」
 そんなルイズに魔理沙は両手を突き出して止めつつ、笑顔を浮かべて嗜めようとしている。
(一体何を話してるのかしら?こうも聞こえないと無性に気になってくるわねぇ)
 魔理沙に指差された霊夢がそんな事を思っていた時…。


―――――…イム

 またもあの『声』が、耳に入ってくる。
 時間にすれば一秒にも満たないがある程度聞き取れるようになったソレを聞いて、霊夢はある事に気が付く。

 そう、周りの音や声が聞こえなくなった彼女の耳に入ってくる『声』は、女性の声であった。
 しかし…女性といっても今この状況で聞こえてくるであろう少女たちの声ではないし、この世界で出会ってきた人々や幻想郷の顔見知り達の声とも違う。

 自分の『記憶』が正しければ、この『声』は全く聞き覚えの無いものだ。

 謎の『声』に耳を澄ませていた霊夢がそう思った時、彼女はある『違和感』を感じる。
(……でも、おかしい)
 その『違和感』は先程左手の甲に感じた時とは違い、自身の『記憶』から感じ取ったものであった。

 それはまるで、九百枚ほどのピースがあるジグソーパズルのように繊細でとても小さな違和感。
 しかも額に飾られたそれは固定されていなかったのか、嵌っていたピースが何十枚か床に落ちて穴ぼこだらけのひどい状態を晒している。
 彼女はピースが嵌っていた穴の中から掴みだすかのように、その『違和感』を探り当てたのだ。

 周りの音が聞こえなくなり、突如光り出したルーンに続いて自分だけにしか聞こえない謎の『声』。
 ついさっき思ったように、この『声』に聞き覚えは無い。

 そう、無いはずなのだ。しかし…

(…何でだろう?この声。何処かで聞いたことがあるような無いような…)
 彼女はこの『声』に全く聞き覚えがないと、完全に肯定することができないでいた。
 本当に聞き覚えが無いのか、それとも記憶にないだけで一度だけ聞いたことがあるのか?
 怪訝な表情を浮かべ始めた霊夢は、周りの雑音と声が聞こえなくなった店の中で考え始める。 


 例えば、テーブルの上に置かれた二つある林檎の内一つだけを選んで食べろと誰かに言われたとしよう。

 一見すればどちらとも状態が良く、素晴らしい艶と色を持った朱色の果実。
 しかしその内の一つには毒が入っており、もしも間違って食べてしまえばあの世へ直行するだろう。
 彼女は慎重かつ冷静な気持ちで左の林檎を手に取るが、すぐに齧りつくようなことはしない。

 手に取った林檎とテーブルに置かれたままの林檎を見比べながら、彼女は頭を悩まし始める。
 彼女が頭を悩ましている原因は、きっと脳裏をよぎった一つの考えにあるだろう。

 『もしもテーブルに置かれている方が何の変哲もない普通の林檎で、手に取ったのが毒入りだったら…』

 単なるif(イフ)…つまりは『もしも』として思い浮かべたそれは、秒単位で現実味を帯びていく。
 外見はどちらともただの林檎で、目印になるようなものは一切見つからない。
 だからこそ悩んでしまうのだ。本当に自分の選んだ林檎こそ、毒が入っていない方なのか…

 しかし。彼女…霊夢にとってその迷いなど文字通り一瞬でしかない。
 頭に思い浮かんだ『もしも』など少し考えただけですぐに捨て去り、自分を信じて手に取った方の林檎に思いっきりかじりつくだろう。
 無論それに毒が入っていたら死んでしまうが、自らの身がそうなってしまう事を全く想定してはいない。
 持ち前の勘と思い切りの良さで今まで数々の異変解決と妖怪退治をこなしてきた博麗霊夢にとって、毒入りの林檎など恐れる存在ではないのだ。


(まぁ、気のせいよね。こんなにもおかしい事が続くから気でも立ったのかしら…?) 
 霊夢はたった数秒ほど考えて、謎の声に聞き覚えがあるか否かという事を『単なる気のせい』として片付けようとした。
 突然自分以外の声が聞こえなくなったことや使い魔のルーンが発光、そして謎の『声』。
 常人ならばパニックに陥っても仕方がないこの状況下で、彼女は酷いくらいに冷静であった。
 むしろその様な事態に見舞われているのにも関わらず、平気な表情を浮かべている。
 最初の時こそ軽く驚きはしたものの、数分ほど経った今ではこれからどうしようかと解決策を思案しているのが現状であった。


(とりあえず声より先に気になるのは…ルーンと私の耳かしらねぇ)
 謎の『声』に関してはひとまず置いておく形にして、彼女は残り二つの゛異常゛をどうする考えようとする。
 自分の事などそっちのけで、何事か話し合いをし始めたルイズと魔理沙をのふたりを無視して…

 しかし…事はそう単純ではなかった。
 『単なる気のせい』として片付けられるほど落ち着いていた彼女を、゛異常゛は許さなかったのである。


――――…レイム

「え―――――…あれ?」
 新たな思考の渦に自ら身を投げようとした時。俺も仲間に入れてくれよと言わんばかりに、あの『声』が霊夢の耳に飛び込んできた。
 最初に聞いたときはあまりにも小さく、誰の声で何を言っているのかもハッキリとわからなかったあの『声』。
 しかしそれまでのとは違い通算四度目となるそれはハッキリと聞き取れ、何を言っているのかわかった。
 同時に、この『声』に何故聞き覚えが無いと絶対に言い切れなかった原因も。
 それに気づいた彼女は、思わずその目を丸くしてしまう。

 何故、聞き覚えが無いと思っていたのだろうか?
 何故、自分の周りから聞こえてくるのだろうか? 

 そんな事を思ってしまうほど、彼女にとってこの声は身近なモノであった。
 いや、もはや身近という言葉では言い表せないだろう。何故なら、彼女だけに聞こえているその声は――――


―――――…レイム

博麗霊夢。つまりは自分自身の声だったのだ。


「私の――――…声?」
 その事実に気づいて呟いた瞬間。彼女の視界の端を『黒い何か』が横切っていく。
 まるで風に吹かれて揺らぐ笹の葉のようなそれは、美しい艶を持った黒髪であった。
 霊夢がその髪を見て咄嗟に後ろを振り向いた時、目を見開いて驚愕する。

 振り返った先には、一人の女性がいた。

 歩いて一メイルほどもない所にある出入り口の前で背中を見せている女性は、ポツンとその場に佇んでいた。
 先程霊夢が見た黒髪は腰に届くほどまでに伸ばしており、窓から入る陽の光で綺麗な光沢を放っている。
 少しだけ開かれた店内の窓から入る初夏の風でサラサラと揺れ動くその髪は、一本一本が正確に見えた。
 霊夢自身も黒髪ではあるが、あれ程美しい艶や光沢を放ったことは無い。
 もしも今の様な状況に陥っていなければ、何と珍しい黒髪かと思っていただろう。

 だが…。彼女はその事に対して驚いたのではない。
 席を離れて十歩ほど足を動かせば、身体がぶつかってしまうであろう距離にいる女性の服を見て、驚いたのである。


 血やトマトの色というよりも、何処かおめでたい雰囲気を感じる真紅の服とロングスカート。
 霊夢と魔理沙が本来いるべき世界で起こったという古代の合戦から生まれたと言われる紅白の片割れである紅色は、否応なく目立っている。
 足に履いた革茶のロングブーツは、見た目や歩きやすさだけではなく攻撃性すら要求しているようにも見受けられる。
 もしもあのブーツで力の限り踏まれたり蹴り技をくらうものならば、単なる怪我で済まないのは一目瞭然だ。
 だが、霊夢が驚いた原因の根本はそのどれ等でもない。
 彼女が女性の服を見て驚いた最大の原因は、真紅の服と別離した―――『白い袖』にあった。

 彼女が付けているそれよりも若干簡素なデザインをしつつも、常識的には珍しい白い袖。
 不思議な事に、まるで真冬の朝に見る雪原のように静かでありながら何処か儚い雰囲気が漂っている。
 いつの間にかその袖を食い入る様に見つめていた霊夢はその両目を力強く見開き、口を小さくポカンと開けている。
 もしもルイズや魔理沙にも女性の姿が見えていれば、嘲笑よりも先に霊夢と同じように驚くのは間違いないだろう。
 そう、幻想郷でもたった一人しかいない結界の巫女と同じ姿をした者がいる事に。


 多少の差異はあれど、目の前にいる女性の姿は霊夢と同じく――゛博麗の巫女゛そのものであった。



「アンタ…誰なの?」
 気づけば、霊夢は無意識にそんな言葉を口走っていた。
 その言葉を向けた先にいるのは、彼女に背中を見せている黒髪の女性。
 真紅の服と白い袖をその身に着ける、自身と似たような姿をした謎の女性。

「アンタは、何なの?」
 彼女の言葉に女性は何も言わず、体を動かすことも無い。
 ただ店の出入り口の前に立ち、自らの後ろ姿をこれでもかと見せつけている。
 書き入れ時を過ぎたとはいえ営業妨害とも思えるその行為に、店の人間は何も言ってこない。
 いや、言ってこないのではない。気づいてすらいなかったのである。
 初めからいないと思っているように、霊夢以外の皆が女性の存在を無視していた。
 振り返った彼女の近くにいたルイズと魔理沙も同じなのか、キョトンとした表情を浮かべて出入り口を見つめている。
 その二人に気づかぬほど冷静さを失い始めていく霊夢は、またも呟いた。
 自分にしか見えていないであろう女性へ向けて無意識に口から出た、疑問の言葉を。

「アンタは―――――――…私?」

 言い終えた瞬間、霊夢の耳に再び『声』が入ってきた。 
 寸分たがわぬ彼女自身の声でたった一言だけ……こう呟いた。


 ――――…霊夢


 直後、出入り口の前にいた女性の体がパッと消えた。
 まるで最初からいなかったかのように、その存在そのものが消失したのである。  
 その様子を最後まで見ていた霊夢の脳内で唐突に、ある仮説が生まれた。


 もしかすると、自分の身に起きた異常事態を起こしたのは…彼女ではないのか?


 その時、左手のルーンがフラッシュを焚いたかのようにパッと一瞬だけ力強く輝く。
 瞬間。ルーンの光と呼応するかのように霊夢の視界が白く染まり、次いで彼女の脳内で誰かが囁いてきた。
 先程聞こえてきた自分自身の声とは違い酷いノイズが混じった声は、こう言ってきたのである。


 『ヤツを、追え』――――と


「――――――…ッ!」
 気づけば、その体は無意識に動いていた。
 どうして頭より先に体が動いたのか、今の声は誰だったのか。それを理解できるほど今の彼女は落ち着いてはいなかった。
 そんな彼女の心境を表しているかのように、左手の甲に刻まれた使い魔のルーンは先程よりもその輝きを増している。
 まるで霊夢に何かを語り掛けているかのように、その光は強くなっている。
 木造の床を蹴り飛ばすかのように足を動かして、彼女は出入り口へ向かって走り出した。
 しかし、先程まで女性が佇んでいた店の出入り口となるドアへ近づいた瞬間…

「……―――ょっと、レイムッ!?」
 懐かしくも、そうでないルイズの声が聞こえてきた。
 それと同時に、まるで世界に音が戻って来たかのように、店内の音と声が霊夢の耳に入ってくる。
 だが、いつもの冷静さをかなぐり捨ててドアを開けた彼女は、その声を聞く前に店を飛び出していた。
 ルイズ達を置いて、街へと再び躍り出た彼女が何処へ行くかは誰も知らない。
 ただ…。霊夢の左手に刻まれたガンダールヴのルーンは、これまでの鬱憤を解消するかのように光り輝いている。

 まるで彼女を、何処かへ導くかのように。


 アルベルトとフランツは思った。オーク鬼を相手に素手だけで勝てる人間はこの世にいるのかと。
 ハルケギニアに住む人間ならば貴族平民問わず、誰もがその質問にこう答えるだろう。

「勝てるワケがない」と、確かな自信を持って。

 無論二人はそれを知っているし、仕事柄数々の亜人と戦ってきた経験も豊富にある。
 醜悪な外見とその体に見合わぬ俊敏な動き、そして人間以上の怪力を持つオーク鬼は非常に手強い。
 彼らとの戦いでは、例えメイジであっても一瞬のミスが命取りになるのだ。
 そんな相手を素手だけで戦おうというのは、もはや自殺行為以外の何物でもない。
 そして自殺をするなら、まだ首を吊ったり高所から飛び降りた方が楽に死ねるのは火を見るより明らかだ。
 だから二人は常に思っている。武器なしでは亜人に勝つどころか戦う事さえできないという事を。

 だからこそ、二人は我が目とハルケギニアの常識を疑った。
 目の前の『光景』は、一体何なのかと。

「あ…あ…」
 フランツの後ろにいたアルベルトは口をポカンと開けて、自身の目でその『光景』を凝視していた。
 彼の前にいるフランツは、信じられないと言いたげな表情を浮かべたまま目を見開いている。
 そして彼らの前に現れ、突如乱入してきたオーク鬼に襲われたローブを羽織った者は…その右手で『突き破っていた』。

 まるで槍か剣のように突き出したその手で突いたのは、脂肪と筋肉に包まれた分厚い皮膚で守られた額。
 そのような皮膚を持っているのは、ハルケギニアに住まう者たちから恐れられる亜人の一種であるオーク鬼だけだ。

 そう、ローブを羽織った者の手が突いたのは…襲いかかってきたオーク鬼の額であった。
 あと少しでオーク鬼に噛み付かれそうになった瞬間。垂直に突き上げた右手がオーク鬼の額を破って脳を突き、見事その息の根を止めたのである。
 しかしローブを羽織った者の後ろにいた衛士たち二人は、その瞬間を見ることができなかった。
 瞬きをした瞬間には、既にオーク鬼は今の様な状態になっていたのである。

 頭をやられて絶命した亜人の両腕はだらしなく地面へと下がり、ついで右手に持っていた棍棒が手から滑り落ちる。
 今まで多くの人間や同族たちを屠ってきた血だらけのソレは鈍い音を立てて地面を転がり、ローブを羽織った者の足元で止まった。
 肥え太った体はピクリとも動かず、力を失った両腕がフックで吊り下げられた肉のように揺れ動く。
 標準的な人間の五倍ほどもある体重を支える足からも力が抜けていき、今や地面に突っ立ているだけの肉塊と化していた。
 やがて頭を貫いたその手でオーク鬼が死んだことを感じ取ったのか、ローブを羽織った者は突き出していたをスッと後ろへ引き始める。
 突くときは目にも止まらぬ早業で突いたのにも関わらず、引き抜くときにはとてもゆっくりとした動作でその右手を引き抜いていく。
 しかしその光景は、まるで抜身の剣を鞘に納める時のようにとても滑らかで一種の美しささえ併せ持っていた。
 だがそれを全てぶち壊すかのように、骸となったオーク鬼が死してなお自らの存在をアピールしている。

 五秒ほどの時間をかけて右手をオーク鬼の頭から引き抜いた瞬間、亜人の体がゆっくりと右側に傾いていく。
 二人の衛士たちが未だ唖然とした表情を浮かべている中、オーク鬼の骸は大きな音を立てて地面に倒れこんだ
 そしてそれを見計らったかのように貫かれた額から血が流れ始め、むき出しの土が見える地面を真っ赤に染めていく。
 オーク鬼を殺したローブを羽織った者はその様子をじっと見つめていたが、その後ろにいる二人は別の方へと視線が向いていた。
 彼らの視線の先にあるのは、ローブを羽織った者の『右手』であった。

 その右手はオーク鬼の赤い血の色や黄色い脂の色でもなく、青白い光に包まれていた。
 まるで夜明けの空と同じ色の光で包まれたその右手は、驚くほどに綺麗だ。
 あの右手でオーク鬼の頭を貫いて仕留めたのにも関わらず、体液の様なモノは一切付着していないのである。
 一体自分たちの目の前にいるのは何だ?人間ではないのか?
 オーク鬼が現れた時も全く騒がなかった馬の上で、フランツの脳裏に数々の疑問が過ってゆく。

 どうして素手で亜人を殺せたのか。あの右手を包む光は何なのか。そもそもアレは人間なのか。

 答えようのない疑問ばかりが脳内に殺到する中、彼の後ろにいたアルベルトがポツリと呟いた。
「ば…化け物…。化け物だ…」
 彼の声が聞こえたのか。こちらに背中を向けていたローブを羽織った゛何か゛が、素早い動作で振り向いた。
 まるで彼の言った「化け物」という言葉に反応したかのように、それは早かった。
 近くにいたフランツはいきなり振り向いてきた事に驚いて馬上で体を揺らした瞬間、見た。


 頭から被ったフードの合間から見える、赤く輝くその両目を―――――――




新着情報

取得中です。