あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと無重力巫女さん-57-a





 昼の喧騒で賑わうトリステイン王国の首都トリスタニア。
 商売も仕事もこれからという時間の中、ブルドンネ街のとある通りに建てられた一件のレストラン。
 平民から下級貴族までが主な客層であるこの店も、書き入れ時をとっくに過ぎて閑散とした雰囲気を漂わせている。
 しかし個々の諸事情で昼食の時間に食べそこなった人達が席につき、店が振る舞う料理やデザートの味をゆっくりと楽しんでいた。

 木製の小さなボールに入ったサラダを、ゆっくりと口に入れて咀嚼している若い貴族の女性。
 ハチミツを塗ってからオーブンでじっくり焼いた骨付き肉にかぶりつく、平民の中年男性。
 常連なのか、カウンターの向こうにいる店長と談笑しながらフルーツサンドイッチを味わっている魔法衛士隊の隊員。
 窓から見える野良猫同士の喧嘩を眺めるのに夢中になって、思わずレモンティーをこぼしてしまう平民の少女。

 食べている物や行動などはバラバラであるのだが、彼らには皆一つだけの共通点がある。
 それは、一日という忙しくも長い時間の合間に『自分だけの時間』を作って、ゆったりと過ごしているという事だ。

 大勢の人々が忙しそうに行き交う場所から閑散とした場所へ、その身を移して一息つく。
 そうすることで゛自分゛という存在を改めて自覚し、色んな事を考える時間ができるのだ。
 仕事の事や気になるあの人との関係から、これから何をしようかな。といった事まで人によって考えている事も全部違う。
 短くもなるし長くもなる『自分だけの時間』の間にその答えに辿り着く者もいれば、答えが出ずに悩み続けていく者もいる。
 中には最初から考える事をせず、ただ単に体を休ませている者もいるがそれは決して間違った事ではない。
 仕事や人間関係といった気難しい事を一時的に投げ捨ててわがままになる事も、また大切なのだ。

 そんな風にして各々の時間が緩やかな川の流れの様に進んでいく店の中で、ルイズたちは昼食を取っていた。
「それにしてもホント、今日はどういう風の吹き回しかしらねぇ」
「……?どういう意味よ、それは?」
 ふと耳に入ってきた霊夢の言葉に、ルイズはキョトンとした表情を浮かべて食事の手を止める。
 口の中に入る予定であったフライドミートボールと、それを刺しているフォークを皿に置いた彼女は一体何なのかと聞いてみる。
「事の張本人がそれを知らないワケないでしょうに」
 質問を質問で返したルイズの言葉に霊夢は肩を竦めると手に持っていたカップを口元に寄せ、中に入っている紅茶を一口だけ飲む。
 そこでようやく思い出したのか、何かを思い出したような表情を浮かべたルイズがその口を開く。
「あぁわかった。アンタの服の事でしょう?」
 ルイズの口から出たその言葉に、霊夢は正解だと言いたげに頷きながらもカップを口元から離す。
 安物のティーカップに入っていたそれはルイズの部屋にある物と比べて味は劣るものの、それでも美味い方だと彼女の舌が判断した。
 上品さと素朴さを併せ持つ一口分の紅茶を口の中でゆっくりと堪能した後に、喉を動かしてそれを飲み込む。
 口に入れた時よりも少しだけぬるくなった赤色の液体が喉を通っていく感触を感じた後、霊夢はホッと一息ついた。

「今更過ぎるけどお前ってさぁ、本当に緑茶でも紅茶でも美味しそうに飲むよな」
 その様子をルイズの隣で見つめていた魔理沙は、コップ入ったオレンジジュースをストローで軽くかき混ぜながらそんな事を呟く。
 まるで目玉焼きの目玉部分の如き真っ黄色な液体は、一口サイズの氷と一緒にコップの中でグルグルと回っている。
 しかし幾らかき混ぜても液体そのものが糖分の塊なので、氷が溶けない限り味が変わることは無いだろう。
 黒白の言う通り、本当に今更過ぎるその質問に霊夢は若干呆れながらも返事をした。
「アンタの頼んだジュースと違って、お茶なら熱しても冷やしても美味しいし、色んなものに合うから飲めるのよ」
「でも一日中お茶ばっかり飲んでるってのもどうかと思うわね。私は」
 霊夢がそんな事を言っている間にお冷を口の中に入れていたルイズはそれを飲み込みんでから、思わず横槍を入れてしまう。
 軽い突っ込み程度のそれは投げた本人が想定していた威力よりも強くなり、容赦なく紅白巫女の横っ腹に直撃した。

「私が何を飲んだって別に良いじゃないの。アンタには関係ないんだしさぁ」
 ルイズの突っ込みに顔を顰めてそう返しつつ、霊夢はもう一口紅茶を飲んだ。
 そして何を勘違いしたのか、魔理沙は意地悪そうな笑みを浮かべてルイズの肩を軽く叩く。

「やったなルイズ、今回の勝負は私たちの完全勝利で終わったぜ」
「アンタは何と戦ってたのよ?」
 自分には見えない不可視の敵と知らぬ間に戦っていたらしい魔理沙の言葉に、ルイズは怪訝な表情を浮かべた。
 その直後、話が逸れてしまった事を思い出した彼女はアッと小さな声を上げて再度霊夢に話しかける。

「それで、まぁ話は戻るけど……アンタの服の事だったわよね?」
「そうそうその事よ。まったく、魔理沙のせいで話が逸れる所だったわ」
 さっきのお返しか霊夢はそんな事を言いながら、ルイズの隣に座っている普通の魔法使いを睨みつける。
 しかし博麗の巫女に睨まれた魔法使いは微動だにせず、やれやれと言わんばかりに首を横に振ってこう言った。
「元を辿れば、お前が紅茶を飲んだ所で話が逸れ始めたと私は思ってるんだがなぁ~」
「まぁこの件はどっちも悪い、という事にしておきましょう。これ以上話が逸れたら面倒だわ」
 これ以上進むとまた騒いでしまいそうな気がしたルイズはその言葉で無理やり締めくくり、コップに残っていたお冷をグイッと飲み干した。
 自分たちの論争が第三者の手によって終止符を打たれてしまった事に、二人は目を丸くしてルイズの方へと顔を向ける。
 突然自分に向けられた二人分の視線をまともに受けた彼女は少しだけ気まずそうに咳き込むと、今度こそ本題に移った。

「で、服の事についてなんだけど…」
 ルイズはその言葉を皮切りに何で霊夢の為に新しい服を購入してあげたのか、その理由を話し始めた。



 ハルケギニア大陸において小国ながらも古い歴史と伝統を誇るトリステイン王国の首都、トリスタニア。
 国の中心である王宮がすぐ目の前にあるという事もあって、その規模はかなりのものだ。
 平日でも大通りを利用する市民や貴族の数が変わることは無く、常に大勢の人々が行き交っている。
 ブルドンネ街やチクトンネ街などの繁華街には大規模な市場があり、今日の様な休日ともなれば火が付いたかのように街が活気に満ち溢れる。
 その他にもホテルやレストランなどの店も充実しており、特にこの時期は他国からやってきた観光客が狭い通りを物珍しそうに歩く姿を見れるものだ。
 ガリアのリュティスやロマリアの各主要都市に次いで人気のあるトリスタニアには、他にも色々な場所がある。
 かつての栄華をそのまま残して時代に取り残された郊外の旧市街地に、各国から賞賛されているトリステインの家具工場。
 芸の歴史にその名を残す数多の劇団を招き入れたタニア・リージュ・ロワイヤル座は、今も毎日が満員御礼だ。

 そんな首都から徒歩一時間ほど離れた所に、ハルケギニアの基準では中規模クラスに入る地下採石場がある。
 周りを十メイルほどもある木の柵に囲まれた敷地の真ん中には大きな穴があり、そこを入った先にある人工の洞窟が採石の場所となっていた。
 土地の大きさはトリステイン魔法学院の三分の一程度の広さで、主な仕事は地下から切り取ってきた岩を地上に上げる事である。
 地下から運び出された岩は馬車に乗せられ、首都の近郊に建てられた加工場で石像や墓石などにその姿を変える。
 ここで働いているのは街や地方からやってきた平民の出稼ぎ労働者や石工、警備の衛士に現場監督である貴族達も含めておよそ九十人程度。
 ガリアやゲルマニアとは国土の差がありすぎるトリステインでは、これだけの人数でも充分に多い方だ。
 一つの鉱山や採石場に二十人から四十人程度はまだマシな方で、地方では十人から数人程度で運営している様な場所もあるのだから。

 そこから場所は変わり、加工場と採石場を繋ぐ唯一の一本道。
 鬱蒼とした木々に左右を挟まれたようにできた横幅七メイル程度の道も、かつては広大な森林地帯の一部に過ぎなかった。
 今からもう四十年前の事だが当時は誰も見向きすることはなく、動植物たちが安寧に暮らせる場所であった。
 しかし…今は採石場となっている場所で良い鉱石が見つかった途端、人々は気が狂ったかのように木を倒し草を毟って森を壊していった。
 そして森に古くから住んでいた者たちを無理やり排除して、人は文明の一端であるこの道を作ったのである。

 そんな歴史を持っている道を、馬に乗った二人の男が軽く喋り合いながら歩いている。
 薄茶色の安い鎧をその身に着こんだ彼らは、採石場を運営している王宮が雇った衛士達だ。
 市中警邏の者たちや魔法学院に派遣されている者達とは違い、彼らは皆傭兵で構成されている。
 その為かあまりいい教育は受けておらず、常日頃の身なりや素行はそれなりの教育を受けた平民なら顔を顰めるだろう。
 しかし雇われる前に傭兵業を営んでいた彼らの腕利きは良く、文句を言いつつも仕事はしっかりとこなすので王宮側は仕方なく雇っているのが現状であった。


「全く、こんな休日だってのに採石場警備の増援だなんて最悪だよな?」
 二人の内先頭を行く細身のアルベルトは左手で手綱を握りつつ、後ろにいる同僚のフランツにボヤいている。
 アルベルトとは違い体の大きい彼はその言葉にため息をつく。アルベルトが日々の仕事に対し文句を言うのはいつものことであった。
「仕方ないだろ。他の連中は皆非番で、事務所にいたのは俺たちだけだったんだ」
「だからってわざわざ採石場まで行かせるかよ。あそこの警備担当はヨップが率いてる分隊だろうが」
 空いている右手を激しく振り回しながらそう喋る彼の言葉を、フランツは至極冷静な気持ちで返した。
「そのヨップの分隊にいたコンスタンとダニエルが今日でクビになったから、俺たちが臨時で行くんだ」
 同僚の口から出た予想していなかった言葉に、思わず彼は目を丸くした。

「どういう事だよ?あいつ等なんか下手な事でもしたのか?」
「正にその通り。…コンスタンはこの前、高等法院から視察に来たお偉いさんの足を踏んじまったろ?あれのツケが今になってきたのさ」
「うへぇ…マジかよ」
 コンスタンの酒飲みは悪いヤツではなかったし、何よりこの前負けたポーカーの借りをまだ返していなかった事を彼は思い出す。
 後ろにいるフランツの言葉を聞き、惜しい顔見知りを失ったとアルベルトは心の中で呟いた。
「あんなに面白い奴をクビにするなんて、酷い世の中だ。…で、ダニエルの方は?」
 アルベルトは職場から消えてしまった顔見知りの事を惜しみつつも二人目の事を聞くと、同僚は顔を顰めて言った。
「アイツの事なんだが…何でも教会のシスターに手ぇ出しちまったんだとよ」
「シスター!?それはまた…随分派手だなぁオイ」
 女遊びが激しかったアイツらしい最後だと彼が思った、その時である。


「全く、女に手を出すのは良いが幾らなんでも――ん?」
 ダニエルの事を良く知っていたフランツが彼に対しての文句を言おうとした直後、四メイル前方の茂みから何かが飛び出してきた。
 それはボロ布のようなフード付きのローブを、頭から羽織った身長160サント程度の人間?であった。


「な、何だ!…人?森の中から出てきたぞ…?」
 先頭にいたアルベルトは驚いたあまり手綱を引いて馬を止めると、目の前に現れた者へ警戒心を向けた。
 この一帯は道を外れると、急な斜面や深さ三メイル程もある自然の溝が至る所にある樹海へと入ってしまう。
 それに加えて九十年近くの樹齢がある木々が空を覆い隠しているので、並大抵の人間ならあっという間に迷い込む。
 更に視界を奪うほどに生い茂った雑草や少し歩いた先にある野犬の縄張りの事も考慮すれば、無用心に森へ入って生きて帰れる確率はそれほど高くはない。
 その事を知っていれば、どんな人間でもわざと道を外れて森に立ち入ろうとは思わないだろう。
 しかし、今二人の目の前に現れた者は間違いなく茂みの…その奥にある森から姿を現したのだ。
 雇い主である王宮側から森の事を教えられた者たちの一人であるアルベルトが警戒するのも、無理はないと言える。
 それはフランツも同じであったが、少なくとも彼ほどの警戒心は見せていなかった。

「まぁ落ち着けアルベルト。とりあえず話しかけてみようじゃないか」
 彼よりもこの仕事を大事にしているフランツはそう言うと馬を歩かせ、アルベルトの前へと出る。
 フードのせいで性別はわからないが、人間であるならば話は通じるだろうと彼は思っていた。
 無論もしもの時を考えて、左の腰に携えた剣の柄を右手て掴んみながらも目の前にいる相手へと声をかける。
「すまんがお前さんは誰だい?見た感じ旅人って風には見えるんだが…」
 まずは軽く優しく、なるべく相手が怖がらない様に話しかけてみる。
 このような場合下手に脅すように話しかけると、相手が逃げてしまう事をフランツは経験上知っていた。

 彼の声にローブを羽織った者はピクリと体を動かした後、ゆっくりとだがその足を動かして二人の方へ近づいてきた。
 てっきり喋り出すのかと思っていたフランツは予想外の行動に少しだけ目を丸くしつつも、すぐに左手のひらを前に突き出しその場で止まるよう指示を出す。
 彼の突き出した手が何を意味するのか知っていたのか、ローブを羽織った者は一メイル程歩いた所でその足をピタッと止めた。
 うまくいった。彼は動きを止めた相手を見て内心安堵しつつ、ここがどういう場所なのかを説明し始めようとする。
「悪いがここは王宮の直轄でね?関係者以外の立ち入りは――――」


 禁止されているんだ。彼はそう言おうとしたが、最後まで言い切ることができなかった。
 喉に何か詰まったわけでもなく、ましてや目の前にいる相手が投げつけたナイフで喉を切り裂かれた――という突飛な話でもない。

 彼の言葉を中断させたその゛原因゛は、先程ローブを羽織った者が出てきた茂みから現れた。

 ゛原因゛の正体は野犬でも狼でもなく、本来なら王都との距離が近いこのような場所には滅多に現れない存在であった。
 全長二メイルもある゛原因゛は太った体には似つかわぬ俊敏な動きで道の真ん中に飛び出してくると、目の前にいる一人の人間をその視界に入れる。
 そしてローブを羽織った者が後ろを振り返ると同時に゛原因゛は体を揺らしながら、聞きたくもない不快な咆哮を辺りに響かせた。
「ふぎぃっ!ぴぎっ!あぎぃ!んぐいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」
 もう逃げられないぞ!
 人間にはわからない言葉で゛原因゛はそう叫んでから威嚇のつもりか、右手に持った棍棒を振り回しはじめる。
 それと同時にローブを羽織った者の後ろにいるアルベルトが、今まで生きてきて何十回も見てきた゛原因゛の名前を口にした。

「お、オーク鬼だ!!」 

 彼がそう叫んだと同時にフランツが右手に掴んだ剣の柄を握り締め、それを勢いよく引き抜く。
 刃と鯉口が擦れる音ともに引き抜かれたソレの先端は一寸のブレもなく、獲物を振り回す亜人の方へと向けられた。
 彼の表情は厳ついものへと変貌しており、目の前に現れた亜人に対して容赦ない敵意を向けている。

「そこのお前、早くこっちへ来るんだ!」
 先程の優しい口調とは打って変わって、ローブを羽織った者へ向けてフランツは叫ぶ。
 しかしその声が聞こえていなかったのか、ローブを羽織った者は微動だにしない。
 それどころか、目の前にいるオーク鬼と対峙するかのように何も言わずに佇んでいるのだ。
 だが、身長二メイルもある亜人と身長160サント程度しかない人間のツーショットというのは、あまりにも絶望的であった。
 どう贔屓目に見たとしても、勝利するのは亜人の方だと十人中十人が思うであろう。
「アイツ、何を突っ立ってる…死にたいのか?」
 まるで街角のブティックに置いてあるマネキンの様に佇む姿を見たアルベルトが、思わずそう呟いた瞬間――

「ぎいぃぃぃぃッ!」
 もう我慢できないと言わんばかりに吠えたオーク鬼はその口をアングリ開けて、ローブを羽織った者に向かって一直線に走り出した。
 二本足で立つブタという姿を持つ彼らの口に生えている歯は見た目以上に強く、ある程度硬いモノでも容易に噛み砕くこともできる。
 その話はあまりにも有名で、とある本に火竜の分厚い鱗諸共その皮膚を食いちぎったという逸話まで書かれている程だ。
 それほどまでに凶悪な歯を光らせながら走り、目の前にいる獲物の喉へと突き立てんとしていた。
 二人の衛士たちはそれを見てアッと驚き目を見開くがその体だけは動かない。
 あと少しでオーク鬼に喉笛を噛み千切られるであろう者が目の前にいても、すぐに動くことができなかった。
 そんな彼らをあざ笑うかのように、オーク鬼は走りながらも鳴き声を上げる。

「ぷぎゃあっ!いぎぃ!」
 オーク鬼は知っていた。大抵の生き物は。喉を食いちぎればカンタンに殺せると。
 そこへたどり着くまでの過程は難しいものの、そこまでいけば相手はすぐに死ぬ事を知っている。
 だから森で見つけたこの人間も、喉を噛み千切ればすぐにでも食べられる。
 縄張り争いで群れから追い出され、腹を空かせたまま森の中を徘徊していた彼は自らの食欲を満たそうと躍起になっていた。
 三日間もの耐え難い空腹で理性を失い、すぐ近くに武器を持った人間が二人もいるというのにも関わらず襲いかかった。
 たったの一匹で人間の戦士五人分に匹敵するオーク鬼にとって、たかが二人の戦士など問題外である。
 それどころか、オーク鬼は二人の戦士と彼らの乗ってる馬ですら自分が食べる食糧として計算していた。
 目の前にいる人間を殺したら、次はあいつらを襲ってやる。
 食欲によって理性のタガが外れたオーク鬼はそう心に決めながら、最初の獲物として選んだ人間に飛びかかろうとした瞬間…


 目が合った。
 頭に被ったフードの合間から見える、赤色に光り輝くソイツの『目』と。

  まるで火が消えかけたカンテラの様に薄く光るその『目』の色は、どことなく血の色に似ている。
 物言わぬ骸の傷口から流れ出る赤い体液のような色の瞳から、何故か禍々しい雰囲気から感じられるのだ。
 そして、そんな『目』が襲いかかってくる自分の姿をジッと見つめている事に気が付いたオーク鬼は、直感する。

―――――こいつ、人間じゃない!

  心の中でそう叫んだ瞬間、オーク鬼の視界の右下で青白い『何か』が光った。
 その光の源が、目の前にいる゛人間ではない何か゛の『右手』だとわかった直後。

 オーク鬼の意識は、プッツリと途絶えた。 





――――…と、いうワケなのよ。判った?」

 無駄に長くなってしまった説明を終えたルイズは、一息ついてから話の合間に頼んでおいたデザートのアイスクリームを食べ始める。
 カップに入った白色の氷菓は丁度良い具合に柔らかくなっており、スプーンでも簡単にその表面を削ることができた。
 ルイズはその顔に微かな笑みを浮かべつつ、一匙分のアイスが乗ったスプーンをすぐさま口の中にパクリと入れる。

「まぁ大体話はわかったわね…アンタが何であんな事をしてくれたのか」
 一方、三十分以上もの長話を聞かされた霊夢はそう言って傍にあるティーカップを手に持つと中に入っている紅茶を一口飲む。
 話の合間に新しく注いでもらった熱い紅茶は喉を通って胃に到達し、そこを中心にしてゆっくりと彼女の体を温めていく。
 緑茶とは一味違う紅茶の上品な味と香り、そして体の芯から温まっていく感覚を体中で体感している霊夢は安堵の表情を浮かべている。
 そんな風にして一口分の幸せを堪能した彼女は再びカップをテーブルに置くと、ルイズの隣にいる黒白の魔法使いに話しかけた。
「ねぇ魔理沙、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「…ん、何だ?」
 霊夢に名前を呼ばれた彼女は、サンドイッチを口に運びかけたころでその手を止める。
 魔理沙がこちらに顔を向けた事を確認してから、霊夢はこんな質問を投げかけた。
「アタシが着てる巫女服って…ルイズが言うほど変わってるかしらね?」
「…う~ん、どうだろうなぁ?私はそんなに変わってるとは思わなくなったが」
 その質問に、魔理沙は肩を竦めながら言った後に「だけど…」と言葉を続けていく。
「ハルケギニア人のルイズがそう思うのなら、この世界の基準では変わってるのかもしれないな」
 自分の質問にあっさりと即答した魔法使いの返答を聞き、霊夢は思わず目を細めてしまう。

 そんな二人のやりとりを自信満々な笑みを浮かべて見ていたルイズが、追い打ちをかけるかのように口を開く。
「まぁ私としてもアンタには色々と借りがあったしね。それを一緒に返したまでの事よ」
 彼女の口から出てきたそんな言葉を聞き、霊夢はふと彼女が話してくれた゛二つの理由゛を思い出し始める。


 ルイズが霊夢に新しい服を買ってあげた゛二つの理由゛の一つめ。
 それは近々行われるアンリエッタとゲルマニア皇帝の結婚式にある。

 かの神聖アルビオン共和国の前身であるレコン・キスタの出現とアルビオン王家の危機に伴い、帝政ゲルマニアとトリステイン王国は同盟を組む事となった。 
 アルビオン王家が滅ぼされれば、有能な貴族だけで国を支配してやると豪語する神聖アルビオン共和国が隣の小国であるトリステインへ攻め込んでくるのは明らかである。
 巨大な浮遊大陸からハルケギニアでは無敵と評される大規模な空軍と竜騎士隊が攻め込んで来れば、トリステインなどあっという間に焦土と化すだろう。
 そうならない為にもトリステインは隣国に同盟の話を持ち込み、ガリアに次ぐ大国の誕生を望まないゲルマニアはその話に乗った。 
 幾つかの協議を行った末にゲルマニア側は、もしトリステイン国内で大規模な戦争が起こった際に自国から援軍を出すことを約束した。
 それに対しトリステインの一部貴族はあまり良い反応をしなかったが、異論を唱えることは無かったのだという。
 精鋭揃いではあるが小国故に軍の規模が他国と比べて小さいのが悩みのタネであったトリステインにとって、倍の規模を持つゲルマニアの存在は心強い。
 一方のトリステインは、王宮の華であるアンリエッタをゲルマニア皇帝アルブレヒト三世のもとに嫁がせる事を約束した。

 その結婚式に関しては一つのアクシデントが起こり、ルイズと霊夢はそのアクシデントの所為でトリステインの国内事情に巻き込まれたのである。
 最もルイズは自ら望んで巻き込まれたのに対して、霊夢は偶然にも巻き込まれただけに過ぎないが。
 まぁ結果的にそのアクシデントは二人の力で無事解決し、晴れてトリステインとゲルマニアの同盟は締結される事となった。
 そして、丁度来月の今頃にゲルマニアで行われる手筈となった結婚式に、ルイズは詔を上げる巫女として招待される事となった。
 幼いころからアンリエッタの遊び相手として付き合ってきた彼女は、幼馴染でもある姫殿下から国宝である『始祖の祈祷書』を託されている。
 トリステイン王室の伝統で、結婚式の際には祈祷書を持つ者が巫女となって式の詔を詠みあげるという習わしがある。
 そんな国宝をアンリエッタの手で直々に渡された彼女はこれを受け取り、巫女としての仕事を承った。
 ルイズが行くのなら、形式上彼女の使い魔であり現役の巫女である霊夢もついて行くことになるのだが…そこで問題が発生する。
 霊夢がいつも着ている巫女服、つまりは袖と服が別々になっているソレに問題があった。

 ハルケギニアでは比較的珍しい髪の色や、他人とは付き合いにくい性格は多少問題はあるがそれでも大事にはならないだろうルイズは思っている。
 むしろ性格に関しては、付き合えば付き合うほど良いところを見つけることができると彼女は感じていた。
 表裏が無く、喜怒哀楽がハッキリと出て誰に対してもその態度を変えない霊夢とは確かに付き合いにくい。
 事実、召喚したばかりの頃はある意味刺々しい性格に四苦八苦していたのはルイズにとって苦々しい思い出の一つだ。

 しかし霊夢を召喚してから早二ヶ月、様々な事を彼女と共に体験したルイズはそれも悪くないと思い始めていた。
 部屋の掃除は今もしっかりとしているし部屋にいるときはいつもお茶を出すようにまでなっている。
 相変わらず刺々しいのは変わりないが、慣れてくるとそれがいつもの彼女だと知ったルイズは怒ったり嘆いたりする事は少なくなった。
 だが、それを引き合いに出しても彼女の服だけにはどうしても問題があるのだ。

 王家の結婚式において、礼装であってもなるべく派手な物は避けるという暗黙のルールが貴族たちの間にある。
 着ていく服やマントの色も黒や灰色に茶といった地味なもので装飾品の類は一切付けず、杖に何らかの飾りを付けているのならばそれも外す。
 ドレスであってもなるべく飾り気の少ない物を選び、決して花嫁より目立ってはいけないよう注意する。
 式を挙げる側もそれを知ってか花嫁花婿ともに華やかな衣装に身を包み、周りに自分たちの存在をこれでもかとアピールするのだ。
 もしも間違って派手な衣装で式に参加してしまえば、王家どころか周りにいる貴族達から大顰蹙を買うことになる。
 事実過去にタブーを犯した怖いもの知らず達が何人かおり、後に全員が悲惨な目に遭っていると歴史書には記されていた。

 そして不幸か否か、霊夢の服はそのような場において確実に目立つ出で立ちだ。
 服と別々になった袖や頭に着けたリボンは勿論の事、何よりも目立つのが服の色である。
 紅白のソレはある程度距離を取ろうが否が応にも目に入り、着ている人間がここにいると激しく主張している。
 街の中ならともかく、そんな服を着て結婚式に参加しようものならば顰蹙どころかその場で無礼だ無礼だと騒がれてドンパチ賑やかになってもおかしくはない。
 しかも持ってきた着替えも全て似たようなデザインの巫女服であった為、ルイズは今になって決めたのである。

 この際だから、霊夢に服でも買ってあげようと。


「幻想郷だとそれほど変わってるって言われる事は無かったのに…」
 ルイズの話した゛二つの理由゛の一つ目を思い出し終えた霊夢がポツリと呟いた愚痴に、ルイズはすかさず突っ込みを入れた。
「言っておくけどここはハルケギニア大陸よ。アンタのところの常識で物事測れるワケないでしょうに?」
 辛辣な雰囲気漂う彼女の突っ込みにムッときたのか、霊夢は苦虫を踏んでしまったかのように表情を浮かべる。
 そんな表情のまま紅茶を一口飲むと、薄い笑みを顔に浮かべてこんな事を言ってきた。
「だったら何も知らせずに服屋に連れていって、イキナリ別の服を着させるのがハルケギニア大陸の常識ってワケね」
「…何よその言い方は?」
 薄い嫌悪感漂う笑顔を浮かべる霊夢の口から出たその言葉に、ルイズは目を思わず細める。
 両者ともに嫌な気配が体から出ており、下手すれば静かな雰囲気漂うこの店で弾幕ごっこでも起きかねない状態だ。
 しかしそんな気配が見えていないというか場の空気を読めていない黒白の魔法使いが、霊夢の方へ顔を向けて口を開く。
「まぁ別に良いじゃないか。これを機にお前も袖が別途になってない服を着ればいいんだよ」
 魔理沙がそう言った直後。睨み合っていた二人の目が丸くなると、その顔を彼女の方へ向けた。
 二人同時にして同じ事を行ったために魔理沙は軽く驚いた様子で「え?何…私何か悪い事でも言ったか?」と呟き狼狽えてしまう。
 それに対し霊夢は軽いため息を口から吐くと、出来の悪い生徒に諭すかのような感じで魔理沙に話しかける。

「全く服に興味が無いわけでもないし、貰えるのなら貰うわよ。タダ程嬉しい物はないしね」
 彼女はそう言って一息ついた後、「でもまぁ…その理由がねぇ…」と話を続けていく。
「元の服じゃ自分が変だと思われるから別のを買ってやる…って理由で服を貰ってさぁ。喜ぶワケないじゃないの」
 隠す気が全くない嫌悪感をその目に滲ませた霊夢は、ルイズの顔を睨みつけた。

 以前王宮へ参内した際に同じような目つきで睨まれた事があったルイズは思わず怯みそうになるが、それを何とか堪える。
 霊夢を召喚してかれこれ二ヶ月近く一緒にいる彼女は、ゆっくりとではあるが彼女の性格に慣れ始めていた。
 一方ルイズの隣にいる魔理沙は滅多に見ないであろう知り合いの表情に軽く驚きつつも、それを諌める事は無い。
 霊夢と出会い知り合ってから数年ほどにもなる彼女は、別に怒ってるワケではないとすぐに感じていた。
 何せ喜怒哀楽がすぐに態度で出るような彼女だが、本気で怒るような事は滅多にないのだ。

 一見怒っているように見える今の状況も、魔理沙の目からして見れば今の霊夢は゛怒っている゛というより゛呆れている゛のだ。
 相変わらず素直ではなく、下手な言い回ししかできないルイズに対して。

(まぁ本気で怒ってるなら怒ってるで、もっとヒドイ事言うからなコイツは)
 魔理沙は心の中でそんな事を思いながら、尚もルイズの顔を睨みつけている霊夢の方へと顔を向けた。
 相変わらず嫌悪感漂う目つきではあるものの、ただ睨みつけているだけで何も言おうとはしない。
 やがてそれからちょうど一分くらい経とうとしたとき、黙っていた三人の中で先に口を開いたのは霊夢であった。 
「…でもさぁ。その後に教えてくれた゛二つの理由゛の二つ目を聞いたら、怒るに怒れないじゃない?」
 彼女はそんな事を言って軽いため息をついてから、もう一度その口を開く。
「アンタが二つ目の理由だけ話してくれたら、私だって発散できないこの嫌悪感を抱かなかったんだけどねぇ」
 霊夢は未だ素直になれないルイズへ向けてそんな言葉を送りつつ、゛二つの理由゛の二つ目を思い出し始めた。


 ルイズが霊夢に新しい服をプレゼントした二つ目の理由。それは俗にいう『お礼』と呼ばれるモノである。
 まだ付き合って二ヶ月ちょっとではあるが、ルイズは春の使い魔召喚の儀式で呼び出した彼女には色々と助けられた。
 盗賊フーケのゴーレムに踏まれそうになった時や、アルビオンで裏切り者のワルドに殺されそうになった時。
 自分の力ではどうしようもなくなった瞬間、彼女はルイズの傍にやってきてその身を守ってきた。
 それが偶然に偶然を重ねた結果であっても、彼女は自分を助けてくれた霊夢にある程度感謝の気持ちがあったのである。
 いつも何処か素っ気なく部屋で一人のんびりと過ごしているそんな彼女に、ルイズはこれまでのお礼がしたかったのだ。


(ホント、素直じゃないんだから…)
 二つ目の理由を思い出し終えた霊夢はもう一度ため息をつくと、困ったような表情を浮かべた。 
 先程彼女が呟いた言葉の通り、一つ目の理由だけで服を貰っても嬉しくは無くただただ嫌なだけだ。
 単に他人の見栄だけで貰った服を着てしまえば自分は着せ替え人形と同じだと、彼女は思っていた。
 しかし二つ目の理由を聞いてしまった以上、ルイズから貰ったあの服を無下にする事はできなくなってしまう。

 彼女、博麗霊夢は幻想郷を守る博麗の巫女であり何事にも縛られない存在ではあるが、元を辿れば人間の少女である。
 誰かにお礼を言われれば嬉しくもなるし、服にも全く興味が無いというわけでもない。
 正直ルイズから服を貰えた事に喜んではいたが、それと同時に素直でない彼女に呆れてもいた。
 その呆れているワケは今朝、朝食の後に街へ行こうと誘ってきた時の口論にあった。

今思えばいつもと違って妙に食い下がっていたし、自分を街に連れて行こうとした際の言い訳もおかしかった。
 きっとこの事をサプライズプレゼントか何かにしたかったのだろう。そう思ったところで霊夢はまたもため息をつく。
(最初から下手な言い訳なんかしなくたっていいのに)
 彼女は心の中で呟きつつ、こちらの様子を伺うかのようにジッと見つめているルイズの方へ顔を向けた。
 先程の言葉の所為か均整のとれた顔は心なしか強張っており、鳶色の瞳にも緊張の色が伺える。
 恐らく何も言わない自分が怒っているのだと思っているのだろうか。
(別に怒ってなんかないわよ。失礼なやつね…)
 霊夢はまたも心の中でそんなことをぼやきつつ、ようやくその口を開けて自分の意思を伝えようとする。
 別に言い訳なんかしなくても良い。今までのお礼として服を貰える事は自分にとっても嬉しい事だから、と。
 「大体。下手な言い訳なんかしなくたって最初から…―――…って…――――あれ?」 


 その直後であった。゛異常゛が起きたのは―――――――――

 喋り始めてからすぐに彼女は気が付いた。そう、突如自分の身に起きた゛異常゛に。


 彼女は喋るのを途中で止めて、目の前にいた二人がどうしたと聞いてくる前に席を立つ。
 最初は気のせいかと思ったがすぐにその考えが自分の甘えだと気づき、頭を動かして周りの様子を見回す。

 今自分たちがいる店内で食事を取っている客たちの声。魔法人形たちの奏でる音楽。
 カウンター越しに平民の店主と仲良く話し合っている貴族の男と、窓越しに見える通りを行き交う大勢の人々。
 そして、不思議そうな表情を浮かべて霊夢に何かを話しかけているルイズと魔理沙の姿。
「…………?…………………」 
「………!…………?」
 二人とも口を動かしているもののその声は一切聞こえてこず、まるでカラーの無声映画を見ている様な気分に霊夢は陥りそうになる。
 それを何とか堪えつつ、腰を上げたその場で見える光景を一通り見る事の出来た彼女は瞬時に理解した。


 つい゛先程まで゛自分の耳に入ってきた音という音が、今や゛聞こえなくなってしまった゛という事に。
 まるでこのハルケギニアから音だけを綺麗に抜き取ったかのように、何も聞こえなくなってしまったのである。





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