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ゼロのドリフターズ-11



 敵の先手――案の定とてつもない。単純明快な大炎。ただただ突き詰め続けただけの火力。
『火』系統の最強にして原点。大地を飴のように溶かし、空気を絶する。
あらゆるものを破壊する原初の炎。無駄という無駄を削ぎ落とした結果、完成を見る極み。
シンプルで強大なものほど隙がなく対応策がない。ただ単純に相手を上回らねばならない。

 もし自分だったら、一体どれほどの魔力を注ぎ込めばこのような炎になるのだろうか。
似たようなことは出来るかも・・・・・・知れない。しかし練度が圧倒的に違い過ぎる。
温度も、速度も、こうはいかない。範囲だけならこれ以上のものを展開出来たとしても、威力はてんで及ばない。

 戦場でモノを言うのはつまりこれなのだ。メイジとしての本領。その最大効率的な運用方法。
微塵の躊躇も無く、一片の後悔も無く、鏖殺する大魔法。人を人と思わぬ殺害方法。
後悔も未練も、思考の暇さえ与えずに、苦痛をも感じさせず、一瞬で焼くどころか蒸発させる『火』。
小手先の戦術など全て消し飛ばす、圧倒的な制圧・殲滅力。たった一人で戦局を左右する単なる"力"。
要所で使えば、それだけで決着がついてしまいかねないほどの。存在そのものが敵軍にとって畏怖の象徴となるメイジの力量。

 空間を一色に染め上げ支配する、絶対的な死への誘いを魅せてくれる陶酔感。
思わず「焼かれてしまってもいい」などと思ってしまいそうなほどの美しさすら感じる。
まるで炎そのものが、全てを余すところなく優しく包み込んでくれるようで――
俗世の苦難から解放してくれる。一瞬の内に永遠の安息をくれる。甘美な光景。
戦場で磨き続けたゆえの・・・・・・この炎なのだろう。


 だが例えどんな魔法だろうと、やるべきことは何一つ変わらない。
シャルロットの持つ切り札の短剣。その中に数ある奥の手の一つ。
(大変だけどお願い、"デルフリンガー")
(あいよ、任せとけ相棒)
突き出した左手のナイフが赤色を切り裂く中で、念話によって言葉を一瞬で交わし通じ合う。
"地下水"とはまた別の、短剣に宿る思考――

 インテリジェンス・アイテムに宿る思考は総じて長生きである。なにせ寿命がない。
老いることがないから、破壊されることなく存在していればそれは即ち長寿。
大概は本人達も忘れているが、千年単位で生きているのも稀に存在する。
地下水とデルフリンガーも例に漏れず長生きで、多くを忘れて刹那的に生きてる。
たまに思い出しては知恵袋的なことを教えてくれたりもした。

 元々短剣に二つの思考が混在していたわけではなく、デルフリンガーの『特性』の一つ。
『武器から武器へと存在を移し替える』ことで、地下水が宿るナイフに渡ってきた――らしい。
本人達も記憶は曖昧だったが地下水曰く、いきなりデルフリンガーが住処にあがりこんできたとか。
短い付き合いというほどでもなく、人間の時間感覚で言えばきっと長年の友になろう。

 いずれにせよ、私が短剣を初めて手にした時から既に"二人"はいた。
困ったり悩んだりすれば相談に乗ってくれる――"家族"なのだ。


 そんなデルフリンガーの『特性』の二つ、『魔法吸収』。
系統魔法を吸収し無効化する。シャルロットに迫る炎熱は全てナイフが吸い込んでいく。
それでも余熱で全身が焼けていくような感覚。そんなことは初めてだった。
銃帯にストックしてある弾薬が暴発したらなどとも考えてしまうが、幸いそこまでには至らなかった。

 互いに詠唱した一手目と二手目。炎が放たれた三手目、あらかた吸い込んだ四手目。
そしてシャルロットが詠唱していた魔法を開放する五手目――

 単なる『土壁』を出現させる魔法。しかしその大きさはシャルロットの特性のおかげで規格外を誇る。
厚みにして3メイル、高さは10メイルほど、横幅は20メイルにも至る土壁。
それが三枚。メンヌヴィルの眼前に一枚、その斜め後ろに一枚ずつ。
三方をトライアングル状に、隙間なく構成された巨大な土壁包囲。

 まずはこれが大前提にして、布石の役割をも成す。
『白炎』のメンヌヴィルはメイジとしての実力もさることながら、感情を読み取ってくる化物だ。
感情を読まれるということは、攻撃のタイミングも読まれてしまうということ。
それでは決定打を逸し、泥仕合に発展する可能性がある。そうなれば経験差も含めて負ける公算が高くなる。

 だから何よりもまずは、敵が"温度によってこちらを把握してくる"ことを封じる。
一瞬にして囲うように形成された土壁は、メンヌヴィルの眼を一時的な暗闇へと変えた。
デルフリンガーの"吸収"。突如"奪われた視界"。巨大土壁を生成した"私の魔力"。
敵が炎を放ち、こちらが炎を吸い、さらに壁を作って、ようやく攻勢準備が整った。

 そして同時に王手詰み――チェックメイト――
メンヌヴィルの土壁を溶かす炎と、シャルロットの魔法。六手目が重なる。
『飛行』で開けている上空へ逃げれば鴨撃ち。地上は壁で逃げ場がない。
強力な土メイジであれば、地中に逃げるような選択肢もあったかも知れない。
しかし『火』系統のメンヌヴィルには、壁もろとも敵を破壊するか、後方の壁を破壊して逃げるのが限度だろう。

 そして何よりもメンヌヴィルはこちらの位置が捕捉出来ていない。
シャルロットの周囲は極炎の余波で燃え上がっていたが、それでも逃げ道を作れないこともない。
僅かな一瞬ではあったが、メンヌヴィルは唐突な暗闇を含めて判断が遅れた。
さらにシャルロットの居所がわからないゆえに全方位に大炎を展開したこと。
それがシャルロットの魔法がメンヌヴィルよりも早く到達する結果をもたらした。


 両腕を真っ直ぐ――ナイフと共に――メンヌヴィルに向けて突き出し、『ライトニング』が放たれる。
駆け抜ける稲妻が、空間を何筋も放射線状に、人の眼には認識出来ないほどに幾重にも迸った。
雷鳴がほぼ同時に聞こえるほどに轟き、それがシャルロットの魔力量に応えるように何度も走り続ける。

 雷の性質上、本来それはシャルロット自身にも降り掛かりかねない諸刃の剣であった。
通常は『ライトニング・クラウド』で、雲を基点に指向性を持たせるものである。
されどデルフリンガーの魔法吸収能力を働かせ続けることで、安全かつ全力で放出することを可能とする。
障害物ごと貫く轟雷が標的と周囲一切を撃滅する。敵が展開途中の炎も広がることなく尽きる。
耳を劈く雷音を置き去りに、メンヌヴィルは自覚する間もなく打ち倒された。

 シャルロットの膨大な精神力を使った『放射雷撃』。
視覚を埋め尽くす閃光の残像と、聴覚を満たす破壊の残響が、ゆっくりと霧が晴れるように薄くなっていく・・・・・・。


 初めて殺した実感を噛みしめようとしたその時――倒れた伏したメンヌヴィルは動いていた。
ゾワッと皮膚の下で蟲がのたくるような怖気がシャルロットに走り、その悪寒に全身が総毛立った。

 最後の悪あがきかも知れない、それでも手負いの獣が叩き付けてきた殺意と重圧。
それは実戦経験が乏しく、戦闘が終わったと思ったシャルロットの思考と動きを止めるには充分過ぎた。

 鉄杖の所為で十二分に電撃が伝わらなかったのか。
幾度も死と共にあったメンヌヴィルだからこそ、致死の最中にあっても動けたのか。
精神が肉体を凌駕する途方もない一念。考えるだけ無駄な執念の底力。

 本来であれば一撃必殺の魔法。シャルロットが考え得る対人最強の技。
己が身も危険というデメリットは、魔法吸収によって無効化される。
魔力を込めた雷撃の威力は申し分なし。雷の速度は風すらも比べるべくもない。
雷撃の数と範囲も、魔力量で隙なくカバーしている。
躱したり耐えることなど、まるで想定していなかった。

 メンヌヴィルは上体だけを僅かに起こして電熱で歪んだ杖を振る。と、"白い『炎の蛇』"が噴き出した。
色は違うものの・・・・・・それは奇しくも、20年前にメンヌヴィルを焼いた――憧れた隊長の技であった。

(詠唱――!!)
――間に合わない。今度はこちらがどうしようもなく遅れてしまった。
そもそも防御しようと考える頃には、メンヌヴィルの白炎が心まで焦がすほどに目に映り込んで離せない。

 そして――もう"魔法は吸収しきれない"。
既にメンヌヴィルの極炎と、シャルロットの雷撃。二つもの圧倒的な魔法の魔力を吸っている。
その上で死の淵にいながらにして死力で放つあの禍々しい炎を受ければ、キャパシティは間違いなく超える。
吸収途中で地下水とデルフリンガーが宿る短剣は砕かれ、己も業火に身をやつす。

 ――読み違えた。後悔するよりもまず反射的に頭が回る。
走馬灯のように時間感覚が引き伸ばされて、その中で必死に模索する。
例え詠唱が間に合わなくても、考えることだけはやめるわけにはいかないのだ。

一つ、"文武に優れるシャルロットは突如反撃のアイデアが閃く"。
二つ、"父様やキッドさんが来て助けてくれる"。
三つ、"躱せない。現実は非情である"。

 理想的なのは二つ目だが期待など出来ない。この一瞬の間に、都合よく現れるなんて。
"イーヴァルディの勇者"のように登場して、間一髪助けてくれるなんてわけにはいかない。
三つ目だけはありえない、諦めるわけにはいかない。結局は一つ目だ。
多少なりと吸収しながら、炎が届く前に逃げ切れるか――? 詠唱が間に合うと言うのか――?

 ――兎にも角にも試さないとどうしようもない。しかし体は意思に反して動いてはくれなかった。
所詮は精神だけが切り離されて思考している状態。肉体がそれについていけるわけがなかった。
(死ぬ・・・・・・?)
三つ目の選択が頭によぎる。同時にこんなにも現実感がないものなのかと思う。
メンヌヴィルの浮かべる歓喜に打ち震えた決死の笑みが、脳裏に焼き付けられる。


 死が迫るその時、ようやく体が――シャルロットの頭とは裏腹に――動いていた。
ガンダールヴで強化されたブッチもかくやというほどの速度で、地面を蹴って飛び退っていた。
止まっていた風景が、味わったことのないほどに一瞬にして流れる。

 意識的ではないし、無意識の動きですらなかった。
それは『吸収した魔法の分だけ使い手を動かす』というデルフリンガーの『特性』のその三であった。
しかも乗っ取りに慣れている地下水も加わっていると感覚的に理解する。
シャルロットとは無関係に、デルフリンガーが身体の限界状態まで引き上げて、地下水が実際的に動かす。
役割を分担することで、最高のパフォーマンスを発揮していたのだった。
されど、吸った魔力量に比べればちょっと動いて消費したところで焼け石に水。再度吸収しきるには到底及ばない。

 それにリミッターを取り除いて一時的に強化された速度になったものの、逃げきるのは無理だろう。
あれは十中八九、術者の意による追尾性能を持っているタイプの『火』系統魔法。
その場からちょっと離れようとも意味を為さず、詠唱を完了する前にこちらに届く方が早い。

 そもそも使い手を動かす特性というのは、根本的に肉体に多大な負荷を掛ける行為でもある。
少し上乗せする程度であれば問題ないが、現状のように極限ともなれば体は容易に壊れてしまう。
次の瞬間には足が粉砕していてもおかしくはない。否、既に折れているかも知れない。
仮に『ガンダールヴ』であったなら、この肉体操作も何の問題はなかったことだろうものの・・・・・・。
シャルロットは所詮、"鍛えただけの人間の域"を超えることはない。

 よって吸収した魔法の魔力を使って、使い手の体を動かす特性はまず使うことがない。
肉体に必要以上に負担を掛ける行為がまず無用。
地下水がある以上は白兵戦を選ぶよりも、先んじて魔法で敵を粉砕する。
そもそも魔法を吸収するという前提条件を満たす機会がない。
またデルフリンガー曰く「疲れるから嫌」というのも理由であった。


 ――デルフリンガーと地下水は阿吽の呼吸によって言葉もなく。
弾けるように跳ねたシャルロットの体躯はそのままに、短剣を握ったままの左手が振りかぶられた――

 逃げきることも吸収しきることも不可能なことだとは、二人も判断していた。
既に敵より遅れている上に、先の炎によって周囲の地表は火の海と化し、地面もマグマのように融けている。
最初に吸収した分だけ、シャルロットの周辺は問題なかった。が、逆にその所為で炎は背後に向かわなかった。
つまるところ炎海の街道沿いにあって、崩れている馬車は真後ろに健在。つまり最短の逃げ道は塞がれている形。
メンヌヴィルの放つ炎から逃げ切るには、肉体が壊れないと仮定しても無理である。

 ――ナイフが手元から投擲された。それ自体は慣れ親しんだ動きだ。
武器の一つに飛ヒョウがある。その練習の為に何度も繰り返した動き。
ただし速度の桁が違う。飛ヒョウよりも大振りの短剣は、一直線にメンヌヴィルの方に向かって飛んでいく。
炎の蛇も霞む速度。メンヌヴィルが感じていても、避けられる距離ではない。躱せる状態でもなく、防御も間に合わない。

 しかし地下水の切先は、メンヌヴィルに吸い込まれることなく際どくはずれる軌道を描いた。
普段の練習とは状況が違い過ぎる。地下水を投げることなどないし、身体スペックも違う。
さらに飛び退いている状態で投げることなどない。投擲用の物ですらない。
そんな状態で命中させるほどの幸運に恵まれることはなかった。

 されどそんなことは地下水もデルフリンガーもわかっていた。
当たろうが当たるまいが関係ない。"シャルロットに危害が及ばない距離"ならば良かった。

 地下水がメンヌヴィルの直上を通過する刹那の間に、電撃が開放される。
ナイフから全方位無差別に、再度『雷撃』がメンヌヴィルを襲った。
デルフリンガーは魔力を帯びた雷撃を吸収した際に、エネルギーそのものを一時的に蓄えていた。

 シャルロットは慣性のままに地面に削られながら転がる。
無意識に受け身をとりながらも、破損した馬車にしたたかに体を打ち付けた。
壊れて尖った破片などが、取り返しのつかない急所に刺さらなかった点においては幸運に恵まれた。
投げた時の勢いの所為で左肩がはずれていた。両脚も内出血していて全身打撲、身体各所の骨も異常だらけだろう。
衝撃を堪えて失神することだけは何とか避けたシャルロットは・・・・・・薄っすらと目を開ける。

 掛けていた眼鏡は転がっている途中で落ちていたが、元々視力には問題ない。
見ればメンヌヴィルの炎蛇は――先刻まで自分がいた地面に衝突した。
二度目の『雷撃』がなければ、間違いなくこちらを追って確殺してきたに違いない。

 『白炎蛇』はその生命を散らすかのように、一瞬で燃え上がると爆音を残す。
震えた空間が静けさを取り戻す頃には、シャルロットは朦朧とした意識をしっかりと手繰り寄せていた。
沸々と湧いて出てくる――麻痺していた――痛みに悶えながら・・・・・・悲鳴を上げる肉体に鞭打つ。

 起き上がることすらおぼつかず、剣を鞘ごとはずして杖代わりに・・・・・・。
薄い酸素を体中に浸透させるように取り込みながら、必死に立ち上がった。
己の肉体を引きずるように歩きながら、今度こそ全てが終わったことを理解する。
それでも今また同じ轍を踏むことだけはないよう、注意を払い続けた。
終わってみれば――ほんの一分にも満たぬ間の激闘。


 シャルロットは真っ先に、メンヌヴィルの傍に落ちていた短剣の元へ向かう。
支えにしていた剣が手から離れて音を立てて倒れ、シャルロットはその場でへたれ込むと、ゆっくりと短剣を拾い上げた。
肉体的にも精神的にも、意識的にも無意識的にも限界を感じていた。
大事な大事な短剣を胸に抱くと、いつの間にか幾筋もの滴が流れていた。
(ありがとう・・・・・・)
(気にするな相棒)
(ああ、あのままじゃ俺達も砕けるか溶けるかしてたかも知れないし)

 シャルロットが持つ武器には、物質を安定した状態に置く『固定化』と硬度を増加させる『硬化』。
二つの魔法が全てに掛けられているが、そんなものは造作もなく溶かし尽くす炎勢であった。
メンヌヴィルが放ったのが『白炎蛇』ではなく、最初の『極炎』であったなら、地下水も溶解してい。
仮にそうでも二人はなんの躊躇いもなく、その身を呈して助けてくれたろうことは心でわかっている。

「うぅっ・・・・・・くっ・・・・・・」
堰を切ったように嗚咽が漏れて、涙が止まらない。こんな姿は彼らにすら、今まで誰にも見せたことはない。
泣きたい時は抑えていたし、耐えられない時はいつだって独りきりで泣いていた。
こんなにも感情がコントロール出来ないのは、何年振りだろうか。
(おうおう、珍しいこともあるもんだね相棒)
(確かにシャルロットのこんな姿は初めてだな)

 死の際のメンヌヴィルは恐ろしかった――命を晒したことが怖かった――
泣くのが止まりそうなほどに体中が痛い――いつもどこかで偉そうにしていて、ここぞって時に失敗した――
家族と友達を悲しませることになりかねなかった――頼れる二人にどうしようもなく助けられた――
いや・・・・・・いつだって助けられているのだ。

(相棒もいつもこんなんなら可愛いもんだがね)
(確かにこれが普段の姿であれば男にもモテるだろうにな)
(っ――・・・・・・う、うるさい)
泣きながら心の中で言葉を交わす。今は二人の軽口がどうにもありがたかった。
他愛ないやり取りが凄く嬉しく感じてしまう。こんな会話がまた出来ることが楽しい。

 脳内物質の所為か、精神の安らぎのおかげか、痛みも心なしか和らいでいく。
(・・・・・・本当にありがとう、二人とも)
(むず痒いや)
(まっ主が死ねば――またデルフと二人、つまらん人生になっちまうしな)
(うるせいやい地下水)


 ――ひとしきり泣いた後、シャルロットは座ったまま念じて言う。
(・・・・・・秘密だから)
二人から返事はなかったが、心は伝わってきた。しばらくはこのことをネタにもされるだろう。
それもまた構わない。今更二人に隠すことなどないし、丁度いい戒めにもなる。

 またもぶり返し始めた痛みに顔を歪めながら、シャルロットはまず、はずれた肩を強引に嵌め直す。
無理に戻した肩の損傷部も含めて、体を癒す水魔法『ヒーリング』を唱えた。
シャルロットの大出力魔法によって、肉体が徐々に回復していき、さしあたって傷に関しての問題はなくなった。
とはいえ全快とは到底言い難いし無理も出来ない。全身を覆う疲労までは癒しようがない。
泣き腫らした顔を拭いながら整えると、ゆっくりと落ちている剣を掴んで立ち上がる。

 シャルロットは治癒した体を慣らすように歩を進めていく。
足を止めると、眼下にメンヌヴィルを見つめた。もはや何の疑いもなく絶命している。
焼け焦げた人肉の匂いが鼻孔の奥を突っつき、思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。
生理的嫌悪感を促す匂いと、死体に触れる嫌悪感を我慢しつつ、うつ伏せに倒れている"敵だったモノ"を仰向けにひっくり返した。

 最後は・・・・・・地下水とデルフリンガーが決めてくれた――それでも紛れもなく己が殺した人間の死に顔に相違ない。
その顔面色は心底嬉しそうでいて、凶悪さをも内包した表情。苦悶も後悔もない、最後まで"化物で在り続けた人間"の姿。

 思ったよりも感慨はなかった。こんなにもあっさりしたものなのかと思うほど。
(まだ・・・・・・興奮している?)
戦場の空気と高揚。死線を間近に味わい潜り抜けた。
感情が入り交じって、わけがわからない状態なのだろう。

 "死"と"死に様"を双眸と胸裏の奥深くにまで刻み付けて、シャルロットは前へと進む。
考えるのは・・・・・・また後でいい。
(――どうせ考えずにはいられなくなる)

 近くの土を掘り返して、メンヌヴィルが遺した紙を手に取る。
炎雷が暴れ回った戦場で、こうして問題なく残っていたのは奇跡だったかも知れない。
書かれているいくつかの名前に覚えはない。流石にアルビオン貴族の名前まで記憶しているシャルロットではなかった。
だがここから芋蔓式に判明することだろう。見せしめにすれば反抗する気も削げるやも知れない。

 皮紙をポケットにしまうと、シャルロットは一帯を眺める。
酷すぎる惨状だ。一体全体どんな天災が通ればこんな跡になるのかと思わせるような街道。
メンヌヴィルと共に、我ながらよくもまぁここまで滅茶苦茶に出来たものと感じる。

 未だに燃え続ける炎、上空へ立ち昇る黒煙、ドロドロに溶解する地面。
大炎と雷撃で原型を留めず、奇妙なモニュメントと化した土壁。溶かされ、砕かれ、無数に穿たれた穴という穴。
激闘の凄まじさはこれ以上ないほどに、この場が物語っている。

(・・・・・・このままじゃまずいか)
そう考えるものの、結局手を付けずに放置を決め込むことにした。
街道が酷ければ酷いほどに、後の印象操作もし易くなるだろうと。
復旧の労力を増やしてしまうことになるだろうが致し方ない。

「ふゥ・・・・・・」
息を吐いてシャルロットは眼鏡の落ちている所まで歩いて行き、拾って状態を確認するとクイッと掛け直す。

 一段落した丁度その時、"キッドが一人で"馬に乗って戻って来たのだった――



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