あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと無重力巫女さん-56-b



蚊や蠅のような虫の羽音の如きか細い声で唱えるルーンは五秒ほどで終わり、詠唱を終えた老人は自らの顔に向けて杖を軽く振った。
するとどうだろう。突如老人の顔が青白く光り出して、薄暗い部屋を幻想的でありながら不気味な雰囲気が漂う場所へと変える。
しかしその終わりは早く僅か十秒程度であったが…光が消えた時、老人――否、老人゛だった゛者の姿を見てアニエスたちはアッと驚いた。
そこにいたのは先程まで物乞いをしていた老人ではなく、四十代半ばの男であった。
顔を隠すほどに生えていた白髭は消え失せ、代わりにほろ苦い渋味を漂わせる壮年男性の顔を、驚いている三人の客に見せつけている。
服は老人の時に来ていた物と同じであるのだが、逆にそのみすぼらしい身なりが「学会を追放された賢者」というイメージを作っていた。
「いやぁ、驚くのも無理はないかな?こうでもしないとあの場に溶け込めないものでね」
゛元゛老人であった男性は驚きの渦中にいる三人に向けてそう言うと、自分の顔に向けていた杖を右側の棚へと向ける。
そして『レビテーション』の呪文を唱えて杖を振ると、棚の中から数枚の書類がサッと飛び出してきた。
書類は数秒ほど空中で静止した後、゛元゛老人の操る杖によってフワフワと浮遊しながらも゛先生゛の手元へと舞い落ちていく。
゛先生゛はそれらを一枚も地面に落とすことなく丁寧にキャッチすると、書類に書かれている内容を流し読む。
恐らく探していた物かどうか確認しているのだろう。一通り読んだ後に軽く咳払いをしてから、目の前にいる三人を相手に喋り始めた。

「今から丁度数年前かそれよりも少し前までかのガリア王国でキメラの開発が行われていたらしい。
 開発のテーマは、キメラを戦場に投入してどれだけ味方の被害を減らせるかどうか―――というものだったとか」

書類を見ながら喋り始めた゛先生゛の前にいるアニエスたちは何も言わず、ただ黙って聞いている。
゛先生゛はそれに対してウンウンと頷きながらも、話を続ける。

「軍用キメラの開発…というより研究自体は今から五十年前に始まったが、当初は単なる生物実験としての趣が強かったそうだ。
 しかし当時のゲルマニアやそれに味方する小国との戦争が激化したことによって人的被害が増え、これに対し人の手で兵器にもなれるキメラにスポットライトが当たった…」

゛先生゛はそこまで言って一旦言葉を区切ると三人と゛元゛老人の目の前で一息ついた後、話を再開した。

「戦争が終わっても開発は細々と続いたんだが、数年前に開発していたキメラどもが暴走して研究所は崩壊。
 そこにいた学者も殺されちまって別のところにいたキメラ研究の学者たちも、責任を追及されて路頭に迷った。
 しかし…噂だとガリアがまたその学者たちを国に呼び戻して、以前よりもずっと安全な場所で研究を行わせてるんだとか」

そう言いながら、彼は手に持った書類の中から一枚を取出し、それを隊長たちの前に突き出した。
三人は何かと思い薄暗い部屋の中でその書類に目を通してみると、驚くべきものがそのレポートの右上に描かれているのに気が付いた。
恐らく゛先生゛の手書き思われる文字が並ぶレポートの右上に、生まれてこの方見たこともないような奇怪な姿をした生物たちが描かれている。
それは人間を素体にして、イナゴの頭部をはじめとした様々な昆虫の部位を体中に取り付けた怪物と呼ぶにふさわしい存在であった。
その横には『クワガタ人間』という名前でそのまま通じそうな怪物の絵も並んでいる。
レポートを持っていた隊長はゴクリと喉を鳴らし、ミシェルは驚きのあまり右手で口を軽く押さえていた。
アニエスもキメラの絵に目を丸くしながらも、目の前にいる゛先生゛がその顔に薄い笑みを浮かべたのを見逃しはしなかった。
彼女がその笑顔をチラリと見ていたのに気が付いてか、すぐさま表情を元に戻すと話を再開した。

「そこに描かれているのは、追い出された連中が開発していたキメラだそうだ。
 対メイジ戦を想定して作られたそいつ等には見ただけではわからんが、多様な攻撃方法を持っとるという。
 そいで詳しくは知らんのだが、そのキメラを特定の場所に呼び出す為の道具というものも―――あるらしい」

゛先生゛は話を続けながらも先程のようにレポートを一枚取出し、それを隊長たちに見せる。
そして、さっきは驚いたものの声を上げなかった三人は用紙の真ん中に描かれていた゛呼び出す為の道具゛を見て、「アッ!」と驚愕の声を上げた。
花の様に綺麗ながらも鋼の様に鍛え抜かれた二人の女性と、今まで数多くの悪党と渡り合ってきた歴戦の勇士の声が、薄暗い部屋の中に響き渡る。
「隊長…こ、これは」
動揺を隠しきれていないミシェルの言葉に、隊長は確信を得たかのように頷いた。
「ウン、間違いない…色が同じだ!」
そう言って隊長は左手に持っていた破片と、レポートに描かれている゛キメラを呼び出す為の道具゛の絵を見比べた。
ご丁寧に色までつけられたそれは、手に持った破片と似たような色をした―――青色の水晶玉であった。
まるで生きた人間を誑かして地獄へ引きずり込もうとしている死者たちが集う湖の様に、何処か恐怖を感じさせる澄んだ青色の水晶玉。
今隊長が手に持っているモノは、その湖に住まう死者たちの怨念を取り入れたかのように濁った青色のガラス片。
そして水晶玉の絵の横には、殴り書きの文字でこう書かれていた。

『この゛水晶玉゛は呼び出されたキメラが破壊し、証拠隠滅の為に一部が溶解して消滅する』

たった一行だけであったが、そこに書かれていた事はアニエス達ににある確信を持たせるのに充分であった。
まるで頭上に雷が落ちてきたかのようなショックを受けた三人は、目を見開かせ口をポカンと開けたままその文章に目が釘づけとなる。
『溶解して消滅』…。それは正に、隊長が最初に見つけたあの破片の末路とあまりにもソックリであったからだ。
「はははは…どうやら、気になっていた物の正体が何なのかようやく分かったようだね」
゛先生゛は驚愕の表情を浮かべたまま固まった三人を見て、乾いた笑い声を上げる。
明りの少ない部屋の中に響き渡るその声は、予想もしていなかった意外な真実に直面した三人の体を包み込んでいた。


回想を終えたアニエスは、開いた窓から見える人ごみと街の様子を見つめて呟く。
「ガリアの、キメラか…」
あの後、早々に退室を促された彼女らは゛元゛老人に『ここでの事は他言無用でお願いします』と釘を刺されてあの場を去った。
時間にすればほんの十分程度の話し合いであったが、とてもそんな短い時間では知る事の出来ない゛何か゛を三人は知ってしまった。
神聖アルビオン共和国の内通者を殺害した存在が人間ではなく、『何者かが用意したガリアのキメラであった』という可能性があるという事実を。
しかしそれと同時に、『何故ガリアのキメラがトリステインにいたのか』、『そもそも何故キメラを使ってまで殺したのか』という疑問も浮上してきた。
退室する前に部屋にいた゛先生゛にその事を聞いても、流石にそこまでは分からないと首を横に振るだけであったが、付け加えるかのようにこんな事を言っていた。
『案外、地上で起きた妙な事件ってのは…君たちの想像よりもずっと大きな事件なのかもね』
まるで何もかもお見通しと言わんばかりの言葉であったが、確かに彼の言う通りであった。
最初こそアニエス達は、捜査の中止を要求した連中だけがこの事件に関わっていたと思っていた。
しかしそれは単なる予想に過ぎず、実際にはもっと複雑な構造をしているのかもしれない。
「確かに隊長の言う通りだ。もう私たちではどうしようもない…」
アニエスはそう言って、自分の上司がこれ以上の詮索をしてはならないと警告してくれた時の事を思い出した。

あの部屋を訪れてから翌日、アニエスとミシェルを部屋に呼び寄せた隊長は言った。
『昨日の事は忘れろ。俺たち三人だけでは手に負えない』
常に市民を守るのは自分たち衛士隊だと豪語して自身に満ち足りた表情を浮かべていた彼の顔には、諦めの色が浮かんでいた。
その事に納得がいかなかったミシェルとアニエスはその判断に対して食い下がりたかったが結局は隊長の心情を察し、大人しくその言葉に従った。
動けるのであれば彼は動いていたであろう。内通者といえど、殺人を行った者たちが誰なのか探るために。
勿論それが雲を掴む様な行為だとしても彼は躊躇うような事は無く、例えこれまで積み重ねてきたモノが崩れようとも真実を確かめたであろう。
いくら殺した相手が国を売ろうとした者で、殺せば国益になったとしても…殺人は立派な犯罪、それに変わりは無い。
それを知っていて尚自分たちの゛正義゛を信じてやまない者たちは俗にいう゛正義の味方゛ではなく、単なる犯罪者だ。
彼ならば決して許しはしないであろう、゛正義゛という名の無秩序な暴力をトリスタニアの中で振るう様な輩を。

しかし、もしも――――もしもの話だ。
この事件の黒幕が『王宮の一部』ではなく、『王宮そのもの』だとすればどうだろうか。
そしてそこに、大国であるガリアの手も加わっているというのならば――――もはや自分たちが抗っても何の意味もない。
だから隊長は二人に教えたのだ。この世には、どうしようもない事が沢山あるという事を。
「キツイものだな…ただ黙って見過ごすというのは…」
まるで不治の病に侵された患者が呟くような言葉とは裏腹に、彼女の顔には憎しみが浮かんでいた。
彼女は許せないのだ。人の命を奪っておきながらも、それで利益を得るような奴らを。
例え相手が大貴族や国家そのものだとしても――――その様な行為を平気でする輩は滅ぶべきなのだと。
東の砂漠に住まうエルフですら思わず怯んでしまいそうな目つきで、アニエスは窓越しに空を見上げた。
彼女の今の心境など関係ないと言わんばかりに、天気は快晴であった。

時刻が午後十二時を過ぎて丁度午後の一時半になったところ。
昼の書き入れ時が終わり、働いている人々は夕方や夜まで続く午後からの仕事に戻るため急ぎ足で街中を歩く。
その為かブルドンネ街やチクトンネ街の通りは朝や昼飯時以上に混み合い、酷いときには暴力事件という名の喧嘩が起きる。
暴力事件の元となるトラブルは多種多様で。コイツが俺の足を踏んだといった愚痴から財布を盗もうとして殴られたといった自業自得なものまである。
王都トリスタニアで夜中に次いで暴力事件が多発するこの時間帯は衛士隊の市中警邏が強化され、夜中よりも若干人数が増えるのだという。
善良な人々はそんな彼らに無言の賞賛を送りつつ、自分たちが暴力事件の容疑者や加害者にならないよう注意して通りを歩く。
トリスタニアで暮らしている人たちにとって何てことは無い、休日の午後の風景であった。

そんな時間帯の中、比較的人の少ない通りにあるレストランにルイズ達が訪れていた。
新しいティーポット探しや霊夢の服選びに購入したソレを学院に届ける為の手配で想定以上の時間が掛かってしまい、今から遅めの昼食を食べるところであった。
大通りにあるような所とは違い中はそれなりに空いてはいるが、それがかえって店全体に物静かな雰囲気を醸し出している。
店内の出入り口から見て右側にある台の上にはショーケースが置かれており、中に入っている演奏者を模した小魔法人形のアルヴィー達が手に持ったミニチュアサイズの楽器で演奏をし、店内に音という名の彩りを加えている。
演奏している曲は今から二、三年前に流行った古いモノだが、静かで優しい曲調が店の雰囲気とマッチしており、ガラス一枚隔てた先から聞こえてくる街の喧騒とは対照的であった。
いらっしゃいませぇ!という女性店員の声と共に最初に入店した魔理沙は、入ってすぐ横にあるショーケースの中身に見覚えがあることに気付く。
「おっ、アルヴィーじゃないか。こんな所にも置いてあるんだな」
大の男が握り締めるだけで壊れてしまいそうな小さな体とそれよりも少し小さな楽器で演奏をこなす人形たちの姿に彼女は興味津々と言いたげな眼差しを向けている。
そんな魔理沙に続いて入ってきたルイズは、見たことの無い玩具に夢中な子供の様にアルヴィーを見つめている黒白に呆れつつもそちらの方へと足を運ぶ。

この店にあるアルヴィー達は見た目からして大分古くなってはいるが、それでもまだまだ現役だと意思表明しているかのようにキビキビと動いている。
きっと彼らの手入れをしているのだろう。店長である五十代半ばの男性がカウンター越しに、ショーケースの前で立ち止まっているルイズと魔理沙を見て微笑んでいた。
彼らの姿をショーケース越しに五秒ほど見ていると、ルイズはふとアルヴィーと同じ類の人形が学院にもある事を思い出した。
「そういえば、ウチの学院にも幾つかあるわね。アルヴィーとかガーゴイルが…」
「知ってるぜ。確か食堂の中にある人形だろ?あれって、真夜中に踊ってるよな」
「あら、知ってたのねアンタ」
意外な答えに少しだけ驚いた振りをして見せたルイズに、魔理沙は当然だぜと言わんばかりに肩をすくめる。
「この前シエスタが教えてくれてな。それでまぁ真夜中の暇な時に見に行ったんだ」
魔理沙がそう言った時、ふとルイズは聞きなれぬ言葉を耳にして首をかしげた。
「真夜中の暇な時って…そんな時間に何もすることないでしょうに?っていうか一体なにをするっていうのよ」
「何言ってるんだ、真夜中にする事っていえば寝るだけだろ?」
黒白の口から出た予想の遥か斜め下を行く答えにルイズは、何だそんな事かと小さなため息をつく。
「つまり寝付けない時に見に行ってたって事よね?」
「まぁいつもは本とか読んでるんだがな。珍しいものが見られるならそれを見に行くだけの事さ」
興味のある物の為なら夜更かしも平気だと言わんばかりの彼女に対し、ルイズは勉強熱心な奴だと感心した。
しかし、それと同時にいつかアルヴィー手を出すのではないかと内心心配もしている。
霊夢から魔理沙の普段やっている事をある程度聞かされていたルイズは、どうにも不安になってしまう。
「…念のため言っておくけど、もしも食堂のアルヴィーに何かしたら怒るわよ?アレは学院の物なんだし」
「それなら大丈夫だよな?何かをする代わりに持って帰るつもりでいるから」
警告とも取れるルイズの言葉に、魔理沙はイタズラを企てた子供が浮かべるような笑顔を見せてルイズにそう返した。

「あ、あのお客様…は、三人でよろしいですよね?」
「そうねぇ…。あぁ、でもあの二人は喋るのに夢中だから放っておいてもいいわよ」
そして最後に入ってきた巫女服姿の霊夢が、隣にいる二人を見つめつつ目の前の女性店員に三人で来たことを教えていた。
ルイズたちに声をかけて良いか迷っていた彼女は「で、ではこちらの席へどうぞ…」と言って窓際のテーブル席へと霊夢を案内する。
「やっぱり盗む気満々じゃないの!」
「盗む?相変わらず人聞きの悪いヤツだぜ。手土産として一つ二つ持って帰るだけさ」
「絶対に駄目!駄目だからね!」
二人の後ろでは、ルイズと魔理沙が物言わぬアルヴィー達の目の前で言い争いをしていた。

霊夢が一足先に席に着いてちょっとメニューを見ていたところで、ようやくルイズと魔理沙がやってきた。
それに気づいた彼女はため息をつきながら、読めない文字だらけのソレから目を離すとルイズの方へ顔を向けた。
「全く、楽しそうな話し合いも程々にしなさいよね。ここはアンタの部屋じゃないんだから」
「何処が楽しそうに見えたのよ、何処が」
「ルイズの言う通りだ。やっぱりお前は冷たい奴だぜ…っと」
嫌味が漂う紅白巫女の言葉にルイズは軽く毒づきながらも反対側の席に座り、魔理沙も続いて言いながら彼女の隣に座った。
二人の返事に霊夢はただただ肩をすくめると、全く読めなかったメニューをルイズの手元に置く。
しかし目の前に置かれたソレを取ることは無く、狭く混雑した通りを歩いてきてようやく腰を落ち着かせる事の出来たルイズは、まず最初に軽い深呼吸を行った。

店内に舞う微かな埃と厨房から漂う食欲をそそる匂いを鼻腔に通らせて、それをゆっくりと吐き出す。
そうすることで気休め程度ではあるものの何となく落ち着く事が出来たルイズは、霊夢が置いてくれたメニューを手に取る。
比較的分厚い紙で作られたそれは二、三ページしかないが、そこに書かれている品目はバランスがとれていた。
前菜代わりのスープやサラダをはじめ肉料理や魚介料理も数多く。ロマリア生まれのパスタ料理もある。
他にもバケットやサンドイッチなどのパン類も申し分なく、デザートやドリンクも豊富であった。
(クックベリーパイが無いのは贔屓目に見ても駄目だけど…まぁ初めて入った店にしてはアタリといったところね)
デザートの品目を見て目を細めていたルイズは心の中で呟きながらも、何を食べようか迷ってしまう。
ルイズ自身こういう店に入るのは初めてではないが、自分でメニューを選ぶのは実のところ苦手であった。
いつも行くような所は上流貴族たちが集うような高級レストランで、今日のお勧めメニューをオーダー・テイカ―がとても優しく教えてくれるのだ。
だが、そういう所は貴族だけではなく従者にもそれなりの品位を求めてくるものである。
(どう見たって…二人を連れて行くとなれば、十年くらい掛けて再教育でもしないと無理ね)
ルイズはメニューと睨めっこしつつ、厄介な異世界の住人二人をチラリと横目で見ながら物騒な事を考えていた。
何の因果か知らないが、召喚して使い魔契約までしてしまった空を飛ぶ博麗の巫女。
そして彼女の知り合いであり、おとぎ話に出てくるメイジの様に箒を使って空を飛ぶ普通の魔法使い。
先程訪れた高級雑貨店ではなんとか従者扱いしてもらったが、きっと誰の目から見てもそういう感じには見えなかっただろう。
(友人…って呼ぶにしてはどうなのかしら?二人の事は大体わかってきたけど友人としては…何というか、作法を知らないというか)
メニューを選ぶはずがそんな事を考え初めたルイズが考察という名の渦に飲み込まれようとしていた時、彼女の耳に霊夢の声が入ってきた。
「とりあえず適当に冷たい飲み物を三人分持ってきてちょうだい。あぁ、料金はコイツ持ちで頼むわ」
何かと思い顔を上げると、いつの間にかウエイトレスを呼んで勝手にドリンクを頼もうとしている博麗の巫女がそこいた。
貴族であるルイズを気軽に指差して「コイツ」呼ばわりする霊夢の態度にある種の恐怖を感じているのか、ウエイトレスの体が若干震えている。

―――ナニヲシテイルノダロウカ?コノミコハ。

流石に許しかねない無礼な巫女に対し決心したルイズは、右手に持っていたメニューを素早く振り上げ…霊夢の頭頂部目がけて勢いよく下ろした。
下手すれば相手が気絶しかねない攻撃をルイズは何も言わず、そして無表情で繰り出したのである。
「え?…うわっ!!」
トリステイン王国ヴァリエール公爵家三女の放った恐怖の一撃はしかし、直前に気づいた霊夢の手によって防がれた。
流石の博麗の巫女もテーブルを一枚挟んだ相手が突然攻撃してくる事など予想していなかったのか、その表情は驚愕に染まっている。
渾身の一撃を防がれたルイズの隣にいた魔理沙は今まで外を見ていたせいか「な、何だ…!?」と声を上げて驚き、その勢いでまだ手に持っていた箒を床に落としてしまう。
霊夢の隣にいたウエイトレスが悲鳴を上げ、それに気づいて店にいた店員や他の客達はルイズたちのいる席へとその顔を向ける。
時間にして僅か五秒程度の出来事であったが、その五秒はあまりにも衝撃的であった。
「ちょっ…ちょっと!何すんのよイキナリ!?」
突然攻撃されたことに未だ驚きを隠せない霊夢は、自分の頭を叩こうとするルイズの魔の手を何とか防いでいた。
彼女の言葉を聞いてルイズの表情が一変、怒りの感情が色濃く見えるモノへと変貌する。
「人が食べるモノ選んでる最中に、何で私の許可なく勝手に注文してるのよアンタは!?」
「アンタがモタモタしてるから先に飲み物を…―イタッ!」
爽快感と痛快感を同時に楽しめる景気の良い音が、店内に響き渡る。
ルイズの文句に対し霊夢も反論をしようとしたのだが、いつの間にか左手に持ったもう一つのメニューで見事頭を叩かれてしまったのである。


「今更言うのもなんだし言っても無駄だと思うけど…ちょっとは遠慮ってものを考えなさいよね!」
痛む頭頂部を両手で押さえている紅白巫女を指差し、ルイズは声高らかに叫んだ。
一体いつの間に持ち出したのよ…と霊夢はルイズの早業に驚きつつも、頭を押さえながら机に突っ伏した。
その様子をウエイターと並んで見ていた魔理沙は軽く咳払いした後、一連の出来事を纏めるかのように呟いた。
「…流石霊夢だぜ。何があってもその厚かましさは変わらないもんだなぁ~」
「そんな事言える暇あるなら、コイツを止めなさいよね…」
「だ・れ・が…コイツよ!誰が!!」
強力な一撃を食らってダウンしても一向に口の減らぬ紅白に向けて、ルイズはとうとう怒鳴り声を上げた。
もはや店中の人間に注目されてしまった二人を遠い目で見つつ、魔理沙は他人事のようにまたも呟く。

「まぁ、こればっかりはルイズに分があるよな」
やれやれと首を横に振りながら、黒白の魔法使いは目を逸らすかのように窓の外へと視線を移す。
窓越しに見える空模様は、店内のバカ騒ぎにピッタリ似合うくらいに晴れていた。


『あなたの記憶は、誰のモノ?』

また声が、聞こえてくる。自分の頭の奥にまで響く程の声が。
それは決して大きくはなく、どちらかと言えば小さな声だ。
きっと自分が声の主を一度見たからだろう。あの小さな体には相応しいと思える程小さいが、ハッキリと聞こえる。
しかし、その声が聞こえてくると無性に頭が痛くなるのは、何故だろうか。
まるで自分の頭の中をキツツキが突いているかのようにコンコンと痛みが自らの存在をアピールしている。
追い払いたくても追い払えないその声を意識するたびに痛みは酷いものになり、無意識の内に頭を掻き毟ってしまう。
クシャクシャと音を立てて掻き毟る度に黒い髪が一、二本抜け落ちて地面へ向かって舞い落ちる。

『あなたのキオクは、ダレのモノ?』

それでも声は頭の中で響く。誰にも理解されない痛みに一人苦しむ自分をあざ笑うかのように。
どうして苦しまなければいけないの?どうしてこの言葉をすぐに忘れられないの?
痛みに悶えながらも、頭の中でそんな疑問がフワフワと浮かんでくる。
そしてその疑問を解決するために考えようとすると痛みが酷くなり、口から苦しみの嗚咽が漏れてしまう。
この声が一日に数回聞こえるようになってからもう一週間近くも経つが、未だに解決の方法は見つからない。
それどころか、日増しにこの痛みが強くなっているような気もした。

『アタナノ記憶ハ、誰ノモノ?』

まただ、また聞こえてきた。
どうしてそうしつこく食い下がる?私に何か恨みでもあるのか?

私はこの声に対し、次第に途方も無い゛怒り゛が込み上げてくるのを感じた。
まるで二、三メートル程の高さがある柱の上に置かれた角砂糖を狙うアリの様に、脇目も振らずに私の頭へと゛怒り゛が登ってくる。
そして最初からそれを待っていたかのように痛む頭がその゛怒り゛をすんなりと認め、頭を中心にして自分の体へ溶け込んでゆく。
森の中を走り、逃げ回ってきた私の体はボロボロであったが、その゛怒り゛を受け入れられないほど疲弊してはいなかった。
不思議なことに゛怒り゛が頭の中を駆け巡ると、ゆっくりとではあるがこの一週間自分を苦しめていた頭の痛みがどんどん和らいでいくのを感じる。
どんなことをしても治りそうになかったソレがあっさりと治ってしまったことに、私は拍子抜けしてしまう。
なんだ、こんなにも簡単に治るとは―――――と。
しかし、痛みが和らいでいくと同時にその゛怒り゛が私に教えてきた。

『お前は今から、ある場所へ行け』と。

アナタノキオクハ、ダレノモノ?――――

また声が聞こえてきたが、もう頭は痛まない。痛みはもう消えた。
どうしてあの時の言葉がずっと頭の中で響き続けていたのかは知らないが、実害が無いのなら無視すれば良い。
それよりも今は、゛怒り゛が示す場所を目指すことが先決だ。幸いにもここから見える所なのですぐにたどり着けるだろう。
何故そこへ行かなければ行けないのか、という新しい疑問が一つできてしまったが…それはすぐに解決できるかもしれない。
きっと゛怒り゛の示す場所に、その答えはある筈だから。

あなたの記憶は、誰のモノ?―――――

「それはこっちのセリフよ」
先程と比べ殆ど聞こえなくなった声に対し、私はひとり呟いて歩き出した。
午後の喧騒で大きく賑わう街へ向かって。



新着情報

取得中です。