あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと無重力巫女さん-56-a




トリスタニアの時刻は、既に昼の十二時を迎えていた。
街の各所にある大衆食堂にレストラン、そして露店からは美味しそうな匂いが漂ってくる。
丁度腹を空かした人々は各々が気に入った店へと入り、腹を満たす。
平民や下級、中級の貴族たちは自宅で食べるか、もしくは仕事で得た雀の涙ほどの賃金や年金だけで十分に食べれる場所へと足を運ぶ。
露店や食堂はたちまち賑やかになり、人々は笑顔を浮かべて始祖ブリミルから与えられし糧に感謝の念を送る。
それなりの地位と領地を持つ上級貴族たちは貴族専用のレストランへと足を運び、この国の安泰を願ってフルコースランチを頂く。
三つ星シェフの手によって作られた仔羊のソテーを頬張る彼らの顔にもまた、笑みが受かんでいる。
こうして見ると浮かべる笑みの意味はバラバラではあるものの、誰もが皆笑顔を浮かべて昼食を頂いている。
それは正に、「食べる」という行為が何事もなく行えることを有難いと思っている証拠でもあった。


気温は高く太陽も眩しくなってきたが、それよりも人々が浮かべる笑顔の方がはるかに眩しい。
もしもこの街に旅の絵描きが訪れているのなら、きっと人々が浮かべる笑顔を一つの絵としてメモ帳に描いている頃だろう。
自分の昼食を食べるのも忘れて絵を描くのに夢中になった彼は、きっとこう思うに違いない。
『あぁ、この国は平和なんだな――――』と。


そうして街が笑顔で溢れている中、とあるブティックの二階にある一室で、ルイズは落胆の表情を浮かべ項垂れていた。
「あぁ~…駄目だわ。全然、思い浮かばないじゃないのぉ…」
椅子に座った彼女の目の前に置かれた大きな丸テーブルの上には、鞄に入れて持参してきたメモ帳と【始祖の祈祷書】が置かれている。
ルイズは今、幼馴染であるアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式で詠みあげる詔を考えている最中であったが、何を書こうか未だに悩んでいた。
デルフにこの事を説明してから一週間ほどが経つが、一ページ分どころか未だ一文字も書けないでいる。
もしもこの詔が授業でいつも出るレポートや作文であるのなら、ルイズなりの文章で書いたモノを素直に提出するだろう。
しかし…これは幼少のころから共に遊び笑い合った幼馴染が隣国のゲルマニアへ嫁に行く事を盛大に祝う詔だ。
いつも提出しているレポートの様な文章では無理だとルイズは理解していたが、それと同時に自分の文才の無さに嘆いてもいた。
ここへ来てから何とか書こうとしてそれでも書けず、既に四十分近くもの時間が経過していた。
「こんな調子じゃあ、姫様の結婚式に間に合わないっていうのに…」
「わざわざ鞄に入れて持ってきた本は何なのかと思ったが、まさか例の祈祷書だったとはな。感心するなぁ」
苦悩が垣間見える言葉を呟くルイズとは対照的に、向かい側の椅子に座っている魔理沙は面白いものを見るような目で向かい側の椅子に座るルイズに言った。
その言い方にムッとしたのか、不機嫌な表情を浮かべたルイズは魔理沙の方へとその顔を向ける。
「そこまで言うのならアンタが書いて…イヤ、下手に任せたら適当に書いちゃいそうだからやめとくわ」
ルイズは途中まで言って、魔理沙の性格なら自分の代わりに詔「じゃない何か」を書きそうな気がしてきたので、言うのはやめた。
「それは残念だ。今なら何か良い詔とやらが書けそうな気がするんだがな」
魔理沙はニヤニヤと笑いながらそう言うと、最後に確認するかのようにルイズは質問した。


「…アンタ、この世界の文字とか…もう書けるようになったの?」
ルイズの問いに、魔理沙は軽く頷きながら返事をする。
「意味は分からないが、とりあえず見様見真似で書くことは出来るぜ?」
彼女の口から出た答えに、やはり書かせなくてよかったとルイズは安堵した。


ブルドンネ街の中央通りから少し外れた所に、今ルイズ達の居るブティックがある。
この店は基本一人の客に対し数人の店員が対応し、服のリクエストからサイズの調整までを身振り手振りで教えてくれるのだ。
客層は主に商家の平民から下級の貴族までとトリステインではかなり幅広いのだが、客層の三分の二が魔法学院から来る生徒たちであった。
将来この国を支える貴族の卵たちはここで舞踏会などの行事用に着る服やドレスを発注したり、店内で販売しているアクセサリーを買ったりしている。
そのアクセサリーの一つ一つも店側で雇っているデザイナー達が作ったモノで、手作りなので値段もそこそこ高い。
しかしそれ故にオリジナリティーに溢れており、値段の方も貴族の子供たちが青春時代の記念にと買える程度に設定されている。
トリスタニアを遊び場とする貴族の子ども達にとって、正に流行の発信場とも言えるところだ。


その店の二階部分には幾つか部屋があり、今二人がいる控室は階段を上ってすぐ右手にある。
大きな観音開きの窓の傍に丸テーブルと椅子が二つ、そしてテーブルの下にゴミ箱が置かれているだけで他の家具は見当たらない。
精々テーブルの上に羽ペンが数本入ったペンケースとインク瓶、それにメモ帳兼こぼしたインクをふき取るための紙が置かれているだけだ。
部屋の中に明りを灯すものが無いのは基本夕方頃には店を閉めるからであり、決して売り上げが悪いワケではない。
その代わりなのか天井には大きなファンが取り付けられており、魔法によって羽根が回転して風を作り出す仕掛けとなっている。
この部屋は順番待ちをしている客や客の友人などが控える為の部屋であり、無礼がないよう中はちゃんと綺麗にされている。
魔理沙は窓から入ってくる微妙な風を受けながら窓の外から見える通りを眺め、ルイズは回転しているファンのちょうど真下でアンリエッタへの詔をなんとか書こうと奮闘している。
時折思い出したかの様に魔理沙が色んな話を持ち出し、ルイズは羽ペン片手に返事をしたり突っ込んだりしていた。
しかしその部屋にいるのは彼女達だけで、二人と一緒にいる筈の霊夢はどこにも見当たらない。
そもそも何故ルイズと魔理沙がこんなところにいて、あの巫女がいないのか…?


それにはちゃんとした理由があった。


ルイズと魔理沙が詔について会話をしてからしばらくして、ふと誰かがドアをノックしてきた。
突然のノックに魔理沙は一瞬誰なのかと思ったが、ルイズは慣れた様子でドアの方へと顔を向け「どうぞ」と言った。
その声が聞こえたのか、ドアの向こうにいた店のボーイが「失礼いたします」と言ってドアを開け、部屋に入ってくる。
利発そうな容姿のボーイは店が用意した専用の服を着た平民で、しっかりとした教育を受けているのかルイズと魔理沙に対し恭しく頭を下げた。


「ミス・ヴァリエールにミス・マリサ。ミス・レイムの゛着替え゛が終わりましたので、最後のお目通しをお願い致します」
「あら、もう一時間経ったのね…。わざわざご苦労様」
ここにいない巫女の名前を口にしたボーイの言葉に、ルイズはそう言って満足げに頷くと鞄から財布を取り出し、そこからエキュー金貨を二枚ほど取り出した。
ルイズが金貨を手に取ったと同時にボーイも頭を上げるとその顔に笑みを浮かべ、ルイズの方へとスッと白手袋をはめた右手をそっと差し出す。
「やっぱりこの店は最高ね。平民の従業員もしっかりしているから嫌いになれないわ」
彼女はそう言って、差し出されたボーイの手のひらに金貨を置くとテーブルの上にあった始祖の祈祷書やノートを鞄に入れて部屋を後にした。
それに続いて魔理沙も部屋の隅っこに置いていた箒を手に取って出ようとした時、ふとボーイのすぐ横で足を止めた。
足を止めた魔理沙に前方のルイズとすぐ横にいるボーイがキョトンとした表情を浮かべると、魔理沙は何かを探すように懐に手を入れた。
「おぉ、あったあった!」
ゴソゴソという音が辺りに五秒ほど響いたところで、何かを見つけた魔理沙が大声を上げた。
その顔には喜びの色が浮かんでおり、一体何なのかと魔理沙以外の二人は怪訝な表情を浮かべる。
黒白の魔法使いが懐から取り出したのは…小さな包み紙に入った一個の飴玉であった。
白い包みに水色の斑点模様がついた包み紙に入った飴玉は、ゴルフボール程では無いにせよ普通の飴玉よりも若干大きい。
そして、金貨や銀貨どころか銅貨二枚で買えそうなそのお菓子を彼女は先にルイズの金貨が乗ったボーイの手の上に置いた。


「ま、チップの代わりに食べといてくれ」
魔理沙はその顔に笑顔を浮かべてそう言うと、ボーイを残したまま部屋のドアを閉めた。
パタンという音ともに閉じられたドアの向こうから聞こえてくる二人分の足音を耳に入れながら、ボーイは視線を下に落とす。
キラキラと輝くエキュー金貨が二枚に、何味かも知らされていない正体不明の飴玉…それが彼の手の上にあった。
金貨はともかく、飴玉を渡されるとは思ってもいなかった彼はただただその顔に苦笑いを浮かべた。
「まぁ偶には、こういうのも良いかな?」
ボーイはそう言って金貨と飴玉を、ポケットの中にしまいこんだ。
入れた瞬間、心なしか少しだけ元気になったような気がした。


部屋を出た後、後をついてきた魔理沙にルイズは開口一番先程の事を口にした。
「全く、何をするかと思ったら飴玉なんてね…」
「別に良いじゃないか。きっと初夏の思い出になると思うぜ?」
対して魔理沙はルイズの後ろを歩きつつ、彼女の言葉に笑顔を浮かべて返事をする。
ルイズはそんな黒白の態度に小さなため息をつきつつも、目の前に見える階段をゆっくりと降り始める。
(さてはて、レイムの奴はどんな姿になったのかしら…?)
ルイズはひとり呟きながら、一階にいるであろう紅白巫女の事を思い浮かべて心の中でひとり呟く。


背後に魔理沙を従えて歩く彼女の顔には、期待に満ちた笑みが浮かんでいた。
店のメインフロアがある一階に降りてきたルイズと魔理沙は近くにいた女性従業員の言葉に従い、奥にある試着室へと向かう。
そこには既に他の女性従業員が二人いて更にその向こうには姿こそ見えないものの、二階にはいなかった霊夢がいた。
何やら話し合いをしていた彼女らは、やってきたルイズたちに気づいて振り向くと頭を下げた。
「これはこれはミス・ヴァリエール。貴女様のご注文通り、彼女は生まれ変わりましたよ…文字通りの意味でね?」
やけに気取った喋り方をする右の従業員の言葉と共に彼女らはスッと横にどき、ルイズたちに゛今゛の霊夢の姿を見せた。
そしてルイズと魔理沙は…彼女の言葉に嘘偽りは無かったと目を丸くして驚く。
何故ならそこには、文字通り゛生まれ変わった゛博麗霊夢がいたのだから。


赤いセミロングスカートの代わりに履いているのは、足首まで隠す黒のロングスカート。
スカートと同じ色の服と別離していた白い袖は身に着けておらず、代わりに纏うは新品の匂いが仄かに漂う白のショートブラウス。
そして袖や服と同じく彼女の外見的特徴の一つであった赤いリボンは外されていて、代わりにスカートと同じ色のショートハットを被っている。
黒のロングヘアーを白いリボンでポニーテールにし、以前よりも若干サッパリとした印象を放っていた。


そんな容姿を持った少女が、つい一時間ほど前まではこの街ではかなり目立っていた存在だったのだ。
もしも着替える前の彼女を知らぬ者たちに、その事を詳しく説明してもすぐには信じないであろう。
霊夢を召喚しもう二ヶ月近くも一緒にいるルイズと、霊夢とは数年の付き合いがある魔理沙がそう思ったのである。
それ程までに彼女のイメージがガラリと変わった。――――否、変わり゛過ぎてしまった゛。
「ご予約の際に承った注文通り、これからの季節に合わせて当店の既製服でコーディネイトいたしましたが…どうでしょうか?」
二人して驚いている姿を目に入れながら、左にいた女性従業員がルイズの顔色を伺うかのように問う。
「これは…もう完全に別人ね」
店員の問いに答えるかのように、ルイズはその顔に苦笑いを浮かべながら呟く。
装い新たな霊夢の姿を見て、やはり彼女に新しい服を着させたのは正解だったと改めて思いながら。
「く、くく…え~っと、どちら様だったっけ?」
一方の魔理沙は、意地悪そうな笑みをその顔に浮かべて霊夢に向けてそう言った。
黒白と同じくモノクロな印象漂う服装とは対照的な、どっと疲れた゛元゛紅白の表情を見て笑いを堪えながら。
「私の服が変わっただけで、何がそんなに可笑しいのかしら…」
着慣れぬブラウスの襟を左手で摘みながら、霊夢は照れ隠しするかのように呟く。
しかし色々と従業員にまとわりつかれた所為なのか、その顔には疲労の色が浮かんでいた。




場所は変わって、ブルドンネ街中央に建てられた市中衛士隊の詰所本部。
街の各所にある詰所と比べ二回りもでかい砦の様な外観を持つここには、総勢五十人近くもの平民出身の衛士やその関係者がいる。
市内で有事が起こった際には増援の衛士を派遣し、事件の規模が大きければ大きいほど重要な場所となってくる。
有事を起こした下手人がメイジであった場合は王宮から魔法衛士隊が駆けつけてくるが、その間は衛士たちが命がけで下手人の逃亡を阻止しなければならない。
衛士たちの方も下手人を逃がしては市民の命と自分の給料と出世に関わるので、文字通り命を懸けて日夜街に潜む悪と戦っているのだ。


その詰所本部の中にある一室で、女性衛士のアニエスがテーブルに突っ伏していた。
彼女の顔にはこれでもかと言わんばかりに疲れの色が浮かんでおり、医者が見れば彼女の睡眠時間が短いことにすぐ気づくであろう。
本来は過去にあった事件の記録などを閲覧する為の部屋で、彼女は空気が抜けて萎んでいく風船のようにため息をついていた。
部屋の中には多数の本棚があり、その棚の中にある本には過去トリスタニアで発生した事件の詳細が事細かに記録されている。
しかし長方形の木製テーブルにはそれらしい本が一冊もなく、テーブルの上には突っ伏しているアニエスの上半身だけが乗っていた。
どうしてここに彼女がいるのかというと、その理由はあるのだが実際のところそれ程大したモノでもない。
ただ、この時間帯には多くの衛士たちが詰所本部の中にいるので、一人でいられる唯一の場所がここだけであったからだ。
まぁこの時間帯ならばこんな部屋に来る者もいないだろうと、アニエスはこの部屋で昼寝をすることにしたのだ。
しかしいざ寝ようとしても中々寝付けず、窓を開けて部屋の中に風を入れても目を瞑って夢の世界へ入る事も出来ない。
誰も呼びに来ないせいか気づけば一時間という貴重な休憩の時間を、テーブルに突っ伏しているだけで終わらせてしまった。
「はぁ~…」
結局眠れなかったか。彼女は心の中でそう呟いてからゆっくりと上半身を起こす。
「…!っうぐぅ…!」
瞬間、腰の方から襲ってきた刺激が脊椎を通って頭に到達し、うめき声と共にトロンとしていた彼女の両目を無理やり見開かせた。
まだ二十代前半だというのに疲労の溜まった腰の関節がパキポキと音を立て、彼女の体に強烈な刺激を与えたのである。
その音がハッキリと耳に入ってきた彼女はハッとした表情を浮かべて部屋を見回し、誰もいないことに安堵してため息をついた。
「なんてこった。まさか二十代にしてこんな体になってしまうとは…」
アニエスは自分の体に向けて「情けない」と叫びながら鞭打ちたい気分に駆られた。
いくら衛士隊として鍛えていると言われても結局は人間であり、体の疲労には耐え難いものがある。
しかも女性である為か男性隊員の倍より努力し、体を鍛えなければいけないのだ。
普通なら女性は男性よりもある程度優しく扱われる筈だが、ここではそんな常識は通用しない。
女性だからという理由で生ぬるい訓練をしていては、街に潜む悪党外道な犯罪者を捕まえるどころか碌に近づく事さえできないのだから。


だからこそ彼女は努力した。
いつか果たそうと心に誓う一つの゛願い゛を胸に秘めて。


「本当なら休暇でも貰いたい所だが…貰ったとしても気になって休めそうにないな…」
彼女はそう言って、今からもう二週間ぐらい経とうとしている出来事を思い出した。
あの日…月が隠れた夜に「鑑定屋」がいるという場所を、物乞いの老人゛だった゛者に案内してもらった時の事だ。


そこは、旧市街地の中にある古びた扉の先にあった。
古びた階段を物乞いの老人を先頭にアニエスとその同僚であるミシェル、そして彼女らが所属する部隊の隊長という順で降りていく。
明りに照らされた階段を降りるのは造作なく、老人を含め誰一人転ぶ事もなく降りた先に作られた部屋へとたどり着いた。
「これはこれは。今夜は少し変わったお客が、三人も…」
扉を開けて待っていたのは、椅子に座って薄い本を読んでいた初老の男性であった。
外見で判断すれば四十代後半から五十代半ばなのだろうが、顔に刻まれた皺の数はそれ程多くもない。
白が混じっている茶色の髪をオールバックにしており、顔に浮かぶ表情も非常に穏やかなものであった。
着ている服もゲルマニアにいる平民出身の上流商人が好むような長袖の白いブラウスの上に黒いベストを羽織り、ズボンは茶色の革モノといった組み合わせだ。
「我が主。ご覧のとおり今日は衛士隊の者が三人…見てもらいたい物品があるとの事で」
ここまで案内してくれた老人がそう言うと、男性はアニエスたちの顔を見てウンウンと頷く。
「逮捕しに来た…って感じじゃあ無いな。ウン」
男はそう言うと座っていた椅子から腰を上げ、机の前にいる老人の傍に立った。
平均的な共同住宅の一室と比べて少し大きめ程度の部屋の中には、人がまともに住める環境が作られていた。
書類や本が置かれた大きな机と比べてやや小さめなベッドをはじめとして洋服ダンスやクローゼットもあり、奥にはキッチンかバスルームへ続くであろうドアが見える。
部屋の両端にそれぞれ二つずつ壁に沿って置かれている本棚は五段もあり、その中に本や書類などがこれでもかと納められている。
もはや年代物と化した古い石造りの床の上に赤茶色の絨毯を敷いていて、その場で座っても苦にはならないだろう。
部屋自体が地下にあるという利点と魔法で動くシーリングファンのおかげで室温は暑過ぎずまた寒過ぎることもなく、申し分はない。
しかし部屋を照らす明りが天井の二箇所から吊り下げられているカンテラだけなので、部屋全体の雰囲気はかなり薄暗い。
もしもここに普通の人が住むのであらば、壁の方にもカンテラを取りつけるべきであろう。


「まぁお客なら歓迎するよ。ようこそ、旧市街地にある『鑑定屋』――――もとい『私の部屋』へ」
男は目の前にいる三人の客にそう言って、両手を思いっきり横に広げた。
客と認められたアニエスとミシェルは、隊長の言っていた゛噂゛が本当なのだと今確信した。


『旧市街地の何処かにいるという盲目の老人に金貨を渡すと、元学者がやっているという鑑定屋へと案内してくれる』


その噂は、何処で誰が言い始めたのかは知らない。
ただ消えることも広がることもなく、チクトンネ街に住む平民たちや下級貴族達の間でハチドリの様に忙しなく飛び回っている。
そして噂というのは人から人へと伝わる度に尾ひれがつくもので、この話もまた例外ではなかった。
曰く…その元学者はガリアで何かの研究をしていたのだが事故により職を失ってトリスタニアにやってきた。
曰く…彼はハルケギニアやアルビオンといった大陸を歩き回った平民で、古今東西の出来事を知っている。…など、飛び回る内に様々な姿へとその身を変えていた。
その変化した噂の中には盲目の老人は幽霊で、彼の後ろをついていくとあの世へ連れて行かれるといったオカルト要素が入り混じったものまで存在する。
ある貴族は単なる怪談話だと笑い、ある平民は実際にいるのだろうと心躍らし、ある浮浪者はその老人を見たことがあると嘯く。
結局はどれが真実かは誰もわからず、今でも真夜中の酒場でそれを話し合う者たちがいる。
何人かは酒の勢いでテンションが上がり、その噂が真実なのかどうか確かめるべく旧市街地へ赴くのだが大抵は何の収穫も無しに戻ってくる。
例え酔っていたとしても廃墟が立ち並び、歩く屍のような姿になった浮浪者や街に住めない犯罪者たちの巣窟にそう長時間といたくはないのだろう。
何せ昼間でも恐ろしい雰囲気を放っている場所なのだ。真夜中ならば尚更であろう。


「どれくらいかは分からんが…これで足りるか?」
部屋の主人からの歓迎に隊長は懐を漁って手のひらに収まる程の革袋を取出し、机の上に放った。
体を机の方に向けた男がその袋の口を締めていた紐を解くと、中から六枚ほどの新金貨が転がり出てきた。
それに続いて銅貨と銀貨がそれぞれ二枚ずつ袋からその姿を出し、合計十枚の貨幣が机の上でその存在をアピールしている。
たったの十枚だけであるが、この十枚だけで下級貴族が一週間ほど仕事もせずに暮らしていける程の金額になるだろう。
「先月出た俺の給料の残りだ。これで調べてくれるくらいのことはしてくれるだろ?」
隊長の質問に、部屋の主は机の上に出した貨幣を手に取りながらも答える
「コレは趣味でやってるから金は充分なんだが……まぁ、明日のランチは美味しそうなものが食えるよ」
遠まわしに礼を言われた隊長は微かな笑みをその顔に浮かべつつ、今日ここへ来た目的を彼に告げた。
「今日は、アンタに見せたいものがあってここへ来たんだ」
隊長はそう言ってまたも懐を漁り、ここへ来る途中アニエスとミシェルにも見せた゛ある物゛を男と老人の目の前で取り出した。
それは先程貨幣が入っていた革袋と同じサイズのもので、その中には青い水晶玉の破片が入っていた。
破片の大きさはコガネムシ程度しかなく、うっかり落としてしまうとこの薄暗い部屋で見つけるのは困難を極めるだろう。
「実は昨日、ブルドンネ街の方で妙な事件があってな…現場を調べていたらこんなものを見つけたんだ」
隊長はそう言って袋から破片を取出し、男の目の前に突き出した。
男はその破片を見て怪訝な表情を浮かべたが、それを手に取ろうとはしない。
「これよりもっと小さいのを最初に見つけたんだが不思議な事に溶けて無くなっちまってな、それで気になって現場を調べてみたら溶けて無いコイツを見つけたのさ」
訝しむ男を前にして話を続ける隊長に、後ろにいるアニエスは彼が『最初に見つけた破片』の事を思い出した。


昨日起こった『妙な事件』の現場で見つけた小さな破片は、あの後一分も経たずに溶けて無くなってしまった。
後に残ったのは青色の小さな泡と、それを掴んでいた隊長の指から上がる白い煙だけだった。
あの後、別に火傷の心配はないと隊長自身が言ってひとまずは現場にあった遺体と内通者としての証拠品である書類などを持って詰所へと戻った。
しかし帰ってきて直後…隊長が「スマン、忘れ物をした」と言って現場であるホテルへ戻り、一時間もしないうちに帰ってきた。
その時はなんとも思わなかったのだがその翌日に隊長からの手紙を読み、旧市街地へと来たアニエスとミシェルはその破片を見て驚いた。
何せ最初に見つけたモノよりもおおきい破片を、隊長は一人現場に戻って見つけ出していたのだから。
「あの後部屋のどこかにまだあるんじゃないかと思ってな、箪笥やクローゼットの裏とか下を見てみたらドンピシャッ!ってワケさ」
まるで推理小説に出てくる少年探偵の様な軽い口調で得意げに言った彼を見て、二人は思った。


あぁ、この人は探偵業とかやりたかったんだろうな――――と。


そんな風に彼女が回想の最中にいる間に、隊長から詳しい話を聞いていた男はその顔を顰めていた。
先程の怪訝なそれから一変した事を見逃す三人ではなく、この破片に関して彼は確実に何か心当たりがあると察した。
表情を変えた男は顎に手を添えて何か考えた後、横にいた老人に声を掛けた。
「君、右の棚の三段目から四、五年前のレポートを取ってくれ。…あぁロマリアじゃなくてガリアのヤツな?」
「了解です。我がある…―先生」
゛先生゛と呼ばれた男に命令された老人は自分の言葉を途中で訂正しつつ、懐から杖を取り出した。
ここへ通じる錆びたドアを開き灯りを作って階段を照らしてくれたその杖の先を、老人は自らの顔に向ける。
アニエスたち三人は老人がこれから何をするのかもわからず首をかしげると、彼はぶつぶつと呪文を唱え始めた。




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