あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第7話『始まり』


決闘から一夜明けた、虚無の曜日。
小鳥が囀る晴れやかな空模様だった。

早朝の学院長室に、ノックの音が響き渡る。
秘書のミス・ロングビルは休日なので出勤していない。

「うむ、入りたまえ」
普段より威厳に溢れたオールド・オスマンの声に扉が開く。

部屋に入ってきたのは、ルイズとアセルスの両名。
もう一人の決闘を宣告した当事者、ギーシュの姿はなかった。

「ミス・ヴァリエール、なぜ呼ばれたのか分かっておるかね?」
「はい、禁止されている決闘を行ったからです」
明瞭に答えるルイズの声。
オールド・オスマンは少し失望しつつ、次の句を告げた。

「ギーシュ・ド・グラモンは未だ生死の境を彷徨っておる」
「そうですか」
ルイズは死者が出る可能性を聞いても、平然としていた。

「責任は感じんのかね?」
一切の動揺が無いルイズを、オールド・オスマンが訝しむ。

「決闘に応じてしまった事は、重々に」
オールド・オスマンとルイズの間には致命的な認識の隔たりがある。

ルイズにとって罰は、決闘という規則を破った罪に対して。
オールド・オスマンが問題視するのは、規則より人を傷つけた事実。
両成敗としてギーシュにも処罰を下すつもりだったが、今はまだ治療中である。

「人を無闇に傷つけるのは貴族のするべき事ではあるまい」
少女が誇り高き貴族であろうとしていたのを承知している。
故に、オールド・オスマンは自尊心を揺さぶるように問いかけた。

「彼は不用意に私を傷つけました」
ルイズは、毅然としていた。
己に非がないと言わんばかりに。

「先に手を出したのはお主だと聞いておるが?」
この情報は間違いではない。
だが、ルイズからすれば事実でもない為に訂正する。

「彼は私を侮辱しました」
「侮辱程度で命まで奪おうとしたのかね!?」
声を荒げ、威圧感が増す。
オールド・オスマンは気付かない。
ルイズに対して、取り返しのつかない失言を行ったと。

価値観というのは人によって異なる。
オールド・オスマンが、最も重んずるのは命。
平民も貴族も問わず、人より長く生きてきたからこそ生命の尊さを知る。

ルイズの価値観はオールド・オスマンと異なっていた。
人命を尊重しないわけではないが、命より大切なものがあると思っている。

「侮辱『程度』……」
だからこそ、聞き流せなかった。
ルイズの表情から精気が消え失せていく。
彼女の心にあるのは、キュルケを突き放した時と同じ情動。

ルイズは力を込めて、拳を握り締めた。
爪が皮を裂いて肉に食い込み、血が滴り落ちる程に。

決闘騒動はルイズの心に確かなひび割れを入れた。
オールド・オスマンの叱咤は心の裂け目を広げてしまう一言だった。

「では偉大なるオールド・オスマン、貴方に尋ねたい事があります」

──ルイズの声はおぼつかない。

──ひびの入った器からは容易に感情という名の水が零れた。

「貴族でしたら、誰もが使える魔法。
一度でも使えなかったことがありますか?」

──16年間、心に溜まり続けた。

「誰でも出来るはずの魔法が失敗、爆発、ゼロ。
お前は何も出来ない人間だと、蔑まれるのが日常となった事は?」

──他人の悪意により、注がれた腐った水。

──澱みきった水からは何も育たない。

──少女の心は淀み、流れのない池のように絶望だけが溜まり続ける。

「軽い悪戯のつもりで、魔法を使われて恐れたことはありますか?
自分も魔法が使えれば何でもないのに、抗えない無力さが分かりますか?」

──それでもルイズは必死に抑え込んでいた。

──自分の中から溢れ出さないようにと、貴族の誇りをもって。

「使えないからと家族に心配されたことはありますか!
心配かけまいと努力を続けて、実らない努力と自覚しながら、
明日は成功するかも、明後日こそは……と日々繰り返すのを無様だと笑われたことは!?」

──誰にも理解されないまま、周囲はルイズの心まで砕こうとした。

──だからアセルスは、力を振るわせた。誰も彼女の心に近づこうとしないように。

「それでも努力を続けないと!
私の家は由緒ある公爵で!母も父も姉も優れた貴族で魔法使いで!
自らが落ちこぼれな所為で、家族に迷惑をかけた経験はおありですか!?」

──ルイズの声は徐々に大きくなっていく。

──告白から慟哭、慟哭から狂った咆哮に変わって。

──流れる涙と共に、溜め込んだ衝動を吐き出してしまう。

「あれ程素晴らしい親から、何故自分みたいな無能が生まれたのかと!
自分なんて生まれてこなければ良かった!
魔法も使えないのに、貴族として生まれた私の人生は何なのかと考えた事は!?」

聞くに堪えない少女の葛藤。
オールド・オスマンはただ沈黙するしかない。
多くの生徒を手がけ、生徒の数だけ苦悩を見てきた自負がある。

時には苦悩を分かち合い、生徒を励ました。
そんな己の経験を振り返っても、ルイズに答えを返せない。
生きてきた300年間、魔法が全く使えない生徒などいなかったのだから。

「何か言ったら、どうですか……オールド・オスマン!!!!」
あらん限りの力を振り絞って、ルイズは叫んだ。
次の言葉を手繰りだそうとしていた彼女を止めたのはアセルスだった。

「ルイズ、行こう。居たくも無い所に居る必要はない」
アセルスはルイズの手を引いて、学院長室から出て行こうとする。

「待ちなさい!まだ話は……」
「黙れ」
オールド・オスマンの制止を一喝で遮る。
アセルスは抜け殻のように茫然としたルイズと共に立ち去った。

室内に残されたのはオールド・オスマンのみ。
アセルスに向けられた冷徹な眼差しは雄弁に物語っていた。

──お前がルイズに何が出来る。

確かに、止めたところで少女の苦悩を解消するのは不可能だ。
魔法を持つ者が持たざる者の気持ちなど、分かるはずがないのだから。
この国──いや、ハルケギニアの貴族が誰も平民の心情を理解できないように。

己の無力さを痛感し、オールド・オスマンは新入生への祝辞を述べた頃を思い出す。

あの時、ルイズの瞳は希望に満ちていた。
彼女から光を奪ってしまったのは──

「この学院じゃ……生徒を育てるどころか、あそこまで追い詰めて……」
オールド・オスマンが虚空を見上げる。

教え導く立場のはずが、彼女を絶望に陥れてしまった事実。
アセルスが少女へ、せめてもの安らぎになってくれるのを願う。
それが悪魔の誘惑だとしても、自分達では少女に救いの手を差し伸べられないのだ……



学院にきて、一年が経つ。
ルイズの心は壊れる寸前だった。

彼女は表情豊かで気性の荒さはあれども、心優しさも持ち合わせている。
公爵という立場を除けば、十人並みの少女だった。

幼い頃に抱いた魔法を覚えるのが遅いという、些細な劣等感。
悩みは時を経る毎、ルイズの心を押し潰す程に膨らんでいった。
自分は一生魔法が使えないままではないかと葛藤し、努力の度に挫折する。

今では人に笑顔を見せなくなった。
焦燥に駆られて、苛立ちを隠そうともしない。
不満そうに目を怒らせ、眉をつり上げる表情が常に張り付いてしまっている。

学院で唯一育ったのが、貴族への自尊心。
仮にただの平民が呼ばれていたら、毎日のように当り散らしただろう。
多少の罪悪感を持ちながらも、今まで溜め込んだ感情を発散させたはずだ。

しかし、ルイズが呼び出したのは『妖魔の君』アセルス。
凛とした雰囲気、圧倒的な力を併せ持つ彼女が眩しすぎた。
欲してやまなかった強力な使い魔を切っ掛けに、ルイズの精神は大きく揺らぐ。

──私はただ、貴族の真似をしていただけ。

魔法が使えない現実を誤魔化し続けた。
ハルケギニアにおける絶対的な貴族の条件──魔法。
条件に当てはまらないルイズに対して、周囲は悪意の差こそあれど同じ評価を下す。

『魔法は使えないが、誇りは貴族であろうとする少女』

だが、この評価は正反対である。
魔法が使えないからこそ、ルイズは貴族を唯一の拠り所としていた。

貴族を否定してしまえば、何者でもなくなってしまう。
努力を続ける事で魔法が使えずとも、貴族としての矜持を傷つけずに済む。

努力家だと教師は賞賛するが、間違いでしかない。
自尊心による強迫観念に、ルイズは突き動かされていただけだ。

柔軟な発想をすれば、爆発を利用する事も思いついただろう。
だが、貴族なのだから魔法が使えなければいけないと思い込む。
魔法が使える者を貴族と呼ぶのではないと信じつつ、魔法に憧れる矛盾。

ルイズの歪んだ日常は、使い魔として現れたアセルスを前に無残に砕け散った。

才能もないのに、プライドだけは一人前の『ゼロ』。
使い魔として呼び出したのは妖魔を従える『妖魔の君』。
分不相応な主従関係──

アセルスと出会った今、ルイズは魔法よりも力を欲した。
爆発が異端であったとしても、力にできるなら迷う必要は無い。

ルイズはアセルスに惹かれている。
虜化妖力による魅了ではなく、アセルス自身の境遇と生き方に。
貴族を名乗る道化のような人生に、切っ掛けを与えてくれた恩人でもあった。

家族も尊敬しているが、ルイズの性格から頼る事はなかった。
特に優しい姉には心配かけまいと、手紙で平静を振舞い続けた。

アセルスは半妖と言う唯一の存在。
人妖どちらにも蔑まれながら、孤高であり続ける。
まさにルイズ自身が求めてやまなかった貴族像だった。

同時に目に付いてしまったのが、貴族という立場にある同級生達の愚劣な姿。

──コンナヤツラハ『貴族』ジャナイ。

『ゼロ』の自分でさえ悟った。
魔法を悪用し、他人を貶めて嘲笑う醜態を貴族が晒すはずない。

使い魔の儀式の数日前。
シエスタが専属メイドとなった為、他の生徒に嫌がらせを受けていると知った。
迷惑をかけまいとして、嫌がらせを隠していると料理長がこっそりと教えてくれた。

話を聞いても、シエスタを救えない無力に憤りを覚える。
魔力の探知も行えない自分では、犯人を特定すら出来なかった。

同時にルイズからすれば、彼らは貴族でなくなった。
貴族が、守るべきはずの平民を姑息に虐げる等あってはならない。

ギーシュ自身は加担していた訳ではない。
だが、平民がどうなろうとも止める気もなかった。
彼だけではなく、これが一般的なハルケギニアの貴族の考え方なのだ。

他者はギーシュの侮辱が、決闘の発端だと勘違いしていた。
オールド・オスマンさえも、今回の発端を侮辱程度と言い放った。
溜まり続けた感情が零れたのは確かだが、ルイズは16年間も耐え抜いている。

ルイズがギーシュを許せなかった一番の原因。
彼らが貴族を名乗る事で、自らの理想まで穢されたと感じたから。

ルイズが命より尊いと信じているものは心だった。
身体や命が一つしかないように、心も一つしかないもの。
まして貴族であれば、誰より高潔な精神を持たねばならない。
家族から教わった理念、トリステインにおける貴族のあるべき姿。

魔法だけが重要視される現在、叶うはずもない古びた思想。

誰にも理解されず、貴族の信念まで貶された時に全て弾けた。
そして16年の間、抑え込んだ感情までも先程ばら撒いてしまった。

「ルイズ」
手を引いたまま、アセルスの呼びかけが廊下に響く。
ルイズは顔を上げられない。
失態を晒した姿をアセルスに見られたくなかった。

「わ、私は……アセルスの隣に……恥じない……貴族になると……決めたのに……!」
決闘後、立派な貴族となるのを誓った。
なのに感情も律せず、アセルスの前で醜態を晒した。
言葉は途切れ、自分への失意から涙が止められなかった。

「ルイズ、私は君を立派に思う」
アセルスは立ち止まり、振り返ると同時にルイズに声をかける。
ルイズはまだ俯いたままだ。

「……止めて……私は同情が欲しい訳じゃない……」
ルイズにはアセルスの言葉が慰めにしか聞こえなかった。

同情されるのは、悪意を向けられるより辛い。
哀れみは、ただ惨めさを強調させるだけだから。

「私は死から目覚めた時、どうしていいか分からなかった。
妖魔になった運命に翻弄され、ただ怖くて城から逃げ出した」

同情が欲しい訳ではない。
ただ誰かに存在を認めて欲しい。
ルイズの心情を共感できるからこそ、アセルスは過去を語り始めた。

「逃げ出しても、私は周りの状況に流されるだけ。
家族も居場所も愛する者も全てを失って、初めて決意した。
私に血を与えた妖魔を倒して、自由になると」

自分の意思で何かを決断してこなかった。
だから全て失ってしまったとアセルスは追想する。

もっと早く、なすべき宿命に気付いたなら。
終止符を打つ事を決意していれば、白薔薇を失わずにいられたかもしれない。

過去に過ちを犯したアセルスが、ルイズに向ける賞賛。
ルイズは魔法が使えない運命を受け入れた。
過去の未熟さを、未来の成長に変えようとする彼女は美しい。

「ルイズ、君はまだ何も失っていない。
それでも悲しみで顔を上げれないなら、少しだけ私から歩み寄るわ」
ルイズを抱きしめ、アセルスは優しく囁く。
抱きしめられたルイズの涙声は更に大きくなった。

アセルスも、何度となく絶望を味わった。
白薔薇は親身になって、抱きとめてくれた。
彼女がいなければ、どこかで挫折したままだったと思う。

ルイズにも支えが必要なのだ。
シエスタや自分がそうなってやればいい。
咽び泣くままのルイズを抱きしめて、アセルスは彼女を守ろうと決意する。

アセルスの胸の中で、ルイズの心に光が差した。
孤独な少女の砕けた心を止めたのは、親でも教師でも友人でもない妖魔の存在。

そうだ、私はまだ『ゼロ』のまま。
アセルスの隣に並ぶと決めた時、成長したような気になっていた。

違う──俯いた状態から、見上げただけだ。
自分を守る為のプライドという名の殻を脱ぎ捨てる。
殻から出て、自らの足で一歩を踏み出さなければいけない。

学院で築き上げた貴族の自尊心。
瓦礫のように、音を立てて崩れていく。
自分は開始地点にすら、立っていなかった。
ようやく、『ゼロ』から目標に向かう為の起点に立てたのだ。

「……アセルス」
ルイズの声にもう悲嘆は感じない。

「忘れていたわ。
街に行こうと思って、シエスタに馬の準備を頼んでいたのよ」
笑顔が浮かべ、アセルスの手を取る。

「付き合ってくれるわよね?」
「ええ、勿論」
初めて目の当たりにする彼女の笑みに、アセルスも笑ってみせた。
二人の姿が、朝靄の中に溶けて消えていく──


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