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ルイズと無重力巫女さん-53




゛始まり゛には必然的に゛終わり゛がある。
それは世の理であり、容易に変えることはできない。

トリステイン魔法学院の生徒たちにとって楽しい休日である虚無の曜日は、ゆっくりと沈んでいく夕日とともに終わりを告げる。
朝方と昼はあんなに暑かったのだが、日が落ちていくにつれて段々と気温が下がり今では誰もが肌寒いと感じていた。

学院から離れた首都へ遊びに行っていた生徒たちも、この時間帯になるとバラバラではあるが校門をくぐってみずからの学び舎へと戻ってくる。
大抵の生徒は学院のレンタルか自費で購入した馬に乗って帰ってくるが、空を飛べる大型の幻獣を使い魔にしている者たちはその背に乗って戻ってきた。
あと一時間もすれば夕食の時間であり、それまで自室に帰って休む生徒もいれば広場に設置されたベンチに腰かけて友人たちと談笑をしている生徒たちもいた。
談笑する生徒のほとんどは男子であり、話の内容も年頃の少年にふさわしい自慢話の類が多かった。
ある者は街で傭兵に喧嘩を売られたが難なく返り討ちにしてやったという話や、名のある貴族の娘と話をしたという…嘘8割の談笑会をしている。

日が落ちればトリスタニアの繁華街が賑やかになっていくが、それは学院も同じであった。
人が集まるということは即ち、賑やかになるという事と同義でもある。

そんな賑やかな地上の様子を、霊夢はルイズの部屋から見下ろしていた。
いや、正確には項垂れた彼女の視線の先に偶然、広場で騒ぐ生徒たちがいた…と言った方が正しいのだろうか。
全開にした窓から両腕と頭を上半身ごと乗り出している彼女の顔は、まさに「ぐったりしている」という言葉が似合うほど辛そうな表情を浮かべていた。
顔色も若干青く、開きっぱなしの口からはう~う~と苦しそうなうめき声が漏れている。
この姿だけを見れば彼女がとある異世界の中核であり、異変解決と妖怪退治を得意とした博麗の巫女だと誰が信じようか。
それは霊夢自身も把握しており、今いる場所が幻想郷ではないことに安堵していた。
でなければ今頃…風のうわさで聞きつけた射命丸か紫辺りがニヤニヤと、一見暖かそうで実はそうでない笑みを浮かべて彼女を見下ろしていたに違いない。

「ホント…あの味には驚かされたわ」
「あぁ、あんなの初めて飲んだぜ…ていうかアレは飲み物なのか?」
ぐったりとした霊夢に続いて、同じような気分でベッドに横たわっている魔理沙もつぶやく。
その時、羽ペンを右手に持ったルイズが鳶色の瞳をキッと細めて二人のほうへ顔を向けた。
「ま…知らなかったのなら仕方ないけど、いくらなんでもコレを普通のお茶として淹れて飲んだのには驚いたわよ」
呆れたと言いたげにルイズは首を横に振ってため息をつくと、テーブルの上に置かれた小さな土瓶へと視線を移す。
その中には茶葉が入っている。そう…魔理沙だけではなくあの霊夢さえ苦しめた茶葉が。

「ホントビックリしたわ。なんせ街から帰ってきたら、アンタたちが部屋の中で倒れてたんだから」
そう言ってルイズはあの時の事を思い出した。


タバサが霊夢達に瓶を渡して部屋を出て行ってから一時間ほどした後、ルイズは学院に戻ってきた。
ちょっとした用事と買い物で部屋を霊夢に任せていた彼女は「ただいま」と言ってドアを開けた直後、それを目にしたのである。

部屋に漂うミントのそれと似たような鼻を突くツンとした臭いに、二人仲良くテーブルに突っ伏してうめき声をあげている霊夢と魔理沙の姿…そして。
『オォ帰ってきたか娘っ子!見てみろよコレ?ひでぇもんだろ!?ヒャッハハハハ!』
何故かバカみたいに笑っているデルフが、彼女の部屋の空気を異様なものに変えていた。

最初は何があったのかわからず困惑していたが、事の全てを見届けていたデルフのおかげで事情を把握することはできた。
そして全てを知った後、なんてものを渡してくれたのだとタバサを恨みつつ味覚以外が無事な霊夢達に後片付けをさせた。

ちなみに、緑の液体が入っていたティーポットは泣く泣く捨てることとなった。
霊夢達の飲んでいたあの液体がなんなのかわかった以上、捨てるということはとても懸命な判断だとルイズは思うことにした。


「噂では聞いてたけど…ハシバミ草のお茶が本当にあったなんてね…」
回想を終えたルイズは羽ペンをテーブルに置くと、土瓶を手に取ってそう言った。

この土瓶に入っている茶葉の原料は「ハシバミ草」というハーブの一種だ。
ほぼハルケギニアの全域で自生しており、地方の料理ではメインディッシュの添え野菜やサラダにしたものを前菜で出すことがある。
鎮静作用があり、細かくすりおろしてスープに入れたり煎じたものを飲めば風邪薬の代わりにもなるらしい。
その一方で独特の苦みもあり、自生してる場所によってはその苦味が味覚と臭覚を麻痺させる神経毒になることもあるのだという。

その為か、ここハルケギニアにおいては野生のハシバミ草は危険な代物というイメージが若干纏わりついている。
しかし何故かこれを愛食する者たちがいて、タバサもその一人であるという事はルイズを含め学院にいる多くの人間が知っていた。

「良薬口に苦し」という言葉があるが、「ハシバミ草」は正にその言葉を体現したかのような存在だ。
そして今、ルイズが手にしている土瓶の中に入っているのはそのハシバミ草を蒸し、乾燥させて作った茶葉である。
最も、それを普通のお茶のようにして飲めば濃縮された強烈な苦味が口内を蹂躙し、今の霊夢や魔理沙と同じように一時的な味覚障害に陥ってしまう。

「あのチビメガネ…次あったらどうしてくれようかしら」
「何物騒な事言ってるのよ。…やり方は間違ってたけど体には良いらしいわよコレ」
赤みがかった黒い目を鋭くしてチビメガネ=タバサに怒りを覚えている霊夢を宥めつつ、ルイズははしばみ茶の説明を始めた。

「これはね、瓶の中から一つまみ分だけをお茶が入ったポットの中に入れるのよ」
そうしたらはしばみ草の苦味が丁度いいくらいに効いて気分が和らぐらしいわ…とルイズは説明するのだが、二人は半ばそれを聞き流している。
今の霊夢達にとって、午前中から口内に居座るジワジワとくる苦味をどうすればいいのか頭を悩ましていた。
この苦味のせいで昼食の時には食欲が湧かず、紅茶や緑茶も口に入れればあの強烈な苦味に変わってしまう。
夕方になってからはだいぶマシになったが、それを見計らったかのように飢餓感が現在進行中で襲ってきている。
今の二人は、正に空腹状態の虎と言っても良いほど腹を空かしていた。
「夕食まであと一時間…ふぅ、長いわね」
「あぁ、全くだぜぇ…」
グゥグゥと腹を鳴らしながらボーっと窓の外から夕日を眺める異界の住人達を見て、ルイズは顔をしかめた。
理由はふたつ。二人が自分の話を聞いていないという事と、お腹のほうからだらしない音が出ているという事。
森の中でキメラと遭遇して以来ある程度のことは許容できるようになったが、それでもこういう細かな事は中々許せなかった。

「もう、人の前でお腹を鳴らすなんて…私以外の誰かに聞かれたらどうするのよ」
ルイズが二人に聞こえない程度の声量で呟くと、背後に置いてあるデルフが話しかけてきた。
『問題ねぇだろ。腹の音なんて腹が減りゃあ誰でも出るんだしよ』
「そういう問題じゃないのよ。…っていうか腹の減る心配が無いアンタが言っても説得力無いんだけど?」
デルフ突っ込みを入れるとルイズは再び頭をテーブルの方へ向けて作業を再開した。
羽ペンを再び手に持つと、テーブルの上に置かれた古びた本へとそのペン先を向ける。
開かれたページには何も記されておらず、色褪せた白紙をどうだと言わんばかりに見せつけている。
ルイズはその白紙を凝視して文章をイメージしているのか、ゆっくりと羽ペンの先端を上下左右に動かした。
しかしいい文章が思いつかないのか、クルリとペン先を回してから本の横に置き、腕を組んで目をつぶる。
脳内で考えているのだろうか、時折ウーウーと唸るような声が聞こえてくる。

その様子を後ろから見つめていたデルフは気になったのか、遠慮なくルイズに質問してみることにした。
『そういやぁさっきから気になってたんだけどよ…その本は何なんだ?全部のページが白紙の様なその気がするんだけどよ』
突然の質問にルイズの体がビクッと震えたものの、すぐに頭だけを後ろに向けて素っ気なく答える。
「アンタみたいなのは知らないと思うけど…これは始祖の祈祷書っていう王家に古くから伝わるとても大事な本なのよ」
その言葉をはじまりにして、彼女はこの本が手元にある経緯をデルフに話し始めた。

それはかつて、ルイズが霊夢と魔理沙を連れて王宮へ参内した時の話である。


「ご多忙の中、わざわざ来てくれてありがとうルイズ・フランソワーズ、それにハクレイレイム」


白い純白のドレスに身を包んだ若き王女アンリエッタ・ド・トリステインは訪れた客人に感謝の意を述べた。
幼馴染であり、敬愛の対象であるアンリエッタにそのような言葉を言われ、ルイズはついつい緊張してしまう。
「いえ、姫殿下の命令とあらばこのヴァリエール。何処へでも馳せ参じます」
ルイズの言葉を聞いたアンリエッタは少しだけ表情を曇らせると彼女の傍へと近づき、その右手を手に取った。
日々手入れを欠かさない美しく繊細で白い指に自分の手を触られたルイズは、ギョッと目を丸くする。
「ルイズ。ここは私の寝室なのよ?マザリーニもいないしお付きの侍女もいない。子供のころのように、私に接して頂戴」
そう言ってアンリエッタはルイズに自身の笑顔――どこか懐かしい雰囲気が漂う笑みを見せた。


きっと思い出しているのだろう。身分も家柄も関係なく、毎日が楽しかった子供の頃の思い出を。
永遠に続くように見えて、余りにも短く儚すぎる時代の一ページを…


「姫さま…」
ルイズはそう呟き、その顔に浮かべた暖かい微笑みをアンリエッタへ見せた。
気づけば、生まれついての宿命から唯一逃げることのできた幼女時代へと戻ったかのように…二人は微笑んでいた。


「さすが、お姫さまというだけあって中々良いヤツじゃないか?」
「そうかしらねぇ?」
一方、そんな二人の外にいた霊夢と魔理沙はアンリエッタについて色々と話していた。
これで会うのが三度目となった霊夢は、アンリエッタに対して「王家らしくない王家の人間」という評価を下していた。


この国の頂点に君臨している人間らしいのだがどうも雰囲気的にはそんな風には見えず、かといって普通の少女にも見えない。
まるで高原に咲く一輪の白百合のように気高く綺麗なその容姿は、名家の貴族令嬢…というレベルでは例えられない高貴さがある。
しかし先程も述べた通り、王族であるにも関わらず千万の民と文武百官を束ねられるような威厳がちっとも感じられないのだ。
(きっと国の事とかもそこらへんに詳しい大臣たちがうまくやってくれてるんでしょうね)
霊夢はアンリエッタと今のトリステインのことなど全く知らなかったが、見事にその言葉は的中していた。
それが答えだと誰かが彼女に教えたら、頭を抱えつつ驚いていたに違いない。


(まぁでも、あの年頃で下手に威厳張ってたら馬鹿みたいに見えるしね)
手を取り合って二人仲良く笑いあうルイズとアンリエッタの姿を見て、心の中で呟いた。
きっとは二人はわずかな時間を使って思い出しているのだろう、純粋なる幼少期の頃を…。

その後、ルイズはアンリエッタに魔理沙の事を紹介した。
彼女と霊夢がハルケギニアとは違う幻想郷という異世界から来た事と、この話を他人に漏らさないで欲しい事もしっかりと告げた。
以前アルビオンへ赴いた際に、霊夢がこの世界には無い文字で書かれた本を読んだ所を学院長たちと一緒に見ていた所為か、彼女は幼馴染の話をすんなりと信じてしまった。
まさかこんなにも簡単に信じてくれるとは思わなかったルイズは何故信じてくれるのかとアンリエッタに思わず聞いてみると、彼女はこう答えてくれた。
「以前の本の事もありますけど、何より貴女達からは私の周りにいる人々とは全く違う雰囲気を感じますから」
その言葉に、ルイズは思わず同意してしまった。
一方、姫殿下の言葉に魔理沙はキョトンとしつつも笑みを浮かべたのだが、対照的に霊夢は胡散臭いものを見るような表情をアンリエッタに見せた。


アンリエッタは霊夢の表情を見ても不満気に顔を曇らせることなく、改めて魔理沙に挨拶をした。
「遠い所から遥々このトリステイン王国へようこそ。ささやかではありますが、歓迎いたしますわ」
アンリエッタがそう言って右手で魔理沙の左手をつかみ、握手をした。
「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ。今後ともよろしくな、お姫様!」
「え?…キャッ!」
王女からの挨拶に魔理沙は勢いよく返事をすると、握手をしている左手をブンブンと軽く振った。
本人は軽いスキンシップのつもりであったが、突然のことにアンリエッタは小さな悲鳴を上げてしまう。
無論そんな無礼を見逃すルイズではなく、すぐさま魔理沙に掴みかかった。


「こら!何してんのよアンタは!?」
「えっ、ちょ…おいおい、そんなに怒る事じゃないだろ?」
「あ…二人ともよしてください!私は大丈夫ですから」
鬼のような表情を浮かべて魔理沙に掴みかかるルイズ、突然の事に慌てる魔理沙。
そしてそれを止めようとするアンリエッタを含む三人の様子を外野から眺めつつ、霊夢は一人ため息をついた。


そんなやりとりの後、アンリエッタは侍女に紅茶と茶菓子などを用意させ、ルイズと話し合いを始めることとなった。
お茶が出ると聞いた霊夢は「まぁお茶が出るなら」と言ってとりあえずはルイズと一緒にいることにした。
魔理沙はというと「どんな話を聞けるのか少し興味がある」という理由で部屋に残っている。
色々と嫌な予想をしていたルイズは安堵しつつ、先程侍女が淹れてくれた紅茶をゆっくりと飲んでいく。
流石に王族の飲むお茶というものか、カップやポットはともかくとして使っている茶葉は高級品である。
霊夢と魔理沙のカップにも侍女が紅茶を淹れたが、アンリエッタは自分の手で紅茶を淹れていた。
「最近自分の手で淹れるのが楽しみになってきたのよ。好きな量を自分で調節できるしね」
(ポットの中に入った紅茶をカップに入れるだけじゃない…)
嬉しそうに喋りながらポットの中に入っている紅茶をカップに注ぐアンリエッタを見て、霊夢は心の中でそんな事を思った。

全員のカップに紅茶が淹れられ、アンリエッタは侍女を退室させると一呼吸置いて喋り始めた。

「ルイズ…戦火渦巻くアルビオンへと赴き、手紙を持って帰ってきた事は、改めて礼を言いますわ。
 貴女の活躍のお陰でゲルマニアとの同盟も無事締結される事でしょう」

「そのお言葉、この私めには恐縮過ぎるものですわ」
アンリエッタの口から出た感謝の言葉に、ルイズは席を立つと膝をつき、深々と礼をした。
トリステイン王国の貴族達にとって、王女直々に感謝されるということはこの上ない名誉なのである。
しかしそんなルイズを見てアンリエッタは何故か悲しそうな表情になり、首を横に振った。
「頭を上げて頂戴ルイズ・フランソワーズ?貴女と私の仲は単なる主君と従者じゃないのよ」
アンリエッタの言葉にルイズは顔を上げると彼女もまた悲しそうな表情をその顔に浮かべる。
「………わかりました。姫さま」
素直に聞き入れたルイズがスクッと立ち上がり再び席についたのを見て、アンリエッタの顔に笑みが浮かぶ。
ただその笑顔には陰がさしており、見るものを悲しくさせる笑顔であった。

「貴女は…後数ヶ月もすればこの国を離れることになる私にとって無二の友人なのよ」
もの悲しそうに言うアンリエッタを見て、もうすぐ彼女がゲルマニアへ嫁ぐ事になるのをルイズは思い出した。
ゲルマニアへ行ってしまえばこの先数年、下手すれば数十年間は会えなくなってしまう。
「…ゲルマニア皇帝との御婚約の決定、おめでとうございます」
それを想像したルイズもまた悲しい笑みを浮かべつつ、アンリエッタに祝いの言葉を述べた。
幼馴染みの彼女は、政治の道具として好きでもない皇帝と結婚するのだ。
同盟のためには仕方がないとはいえ。彼女の悲しそうな顔を見るのは耐えられなかった。

一方、黙々と紅茶と茶菓子を堪能していた魔理沙はルイズの口から出た゛結婚゛という言葉を耳にして目を丸くした。
魔理沙にとって゛結婚゛というのは、愛する大人の男女が挙げる儀式だと大人たちから教えられていたのだから。
そして二人の話からして゛結婚゛するであろうアンリエッタは、魔理沙の目から見ても成人には見えなかった。
「結婚て…あの年でか?」
嘘だろ?と言いたげな表情を浮かべつつ魔理沙は隣にいる霊夢に聞いてみた。
霊夢は肩をすくめつつも興味が無いという感じでその質問に答える。
「そうなんじゃないかしら?まぁ色々理由でもあるんでしょう…っと――――ムグムグ…」
そこまで言うと皿に並べられた小さめのチョコチップクッキーを一つ手に取り、口の中に放り込んだ。
チョコチップの程よい甘さとバターの風味が口の中に広がり、このクッキーを作ったパティシエの腕の良さを教えてくれる。
ある程度咀嚼した後飲み込み、紅茶を一口飲んだ後霊夢はポツリと感想を述べた。

「クッキーと紅茶も良いけど、やっぱり私は煎餅とお茶の方が良いわ」
「わざわざ食べといてそんな事を言うか…」
「食べれるものを出されて食べなかったら勿体ないじゃないの」

さてそんな二人のやりとりを余所に、アンリエッタとルイズもまた話し合っていた。

「今日のトリステインがあるのも、今や貴女のおかげ…
  だからこそルイズ…貴女には私の人生の門出を、特別な席で見ていて欲しいのよ」

アンリエッタは寂しそうに言いながら手元にあった鈴を手に取って軽く振った。
透き通った綺麗な音色が広大な寝室の中に響き渡り、その音は部屋の外にも広がっていった。
鈴を鳴らして数十秒後、一人の侍女が古めかしい本を携えて部屋に入ってきた。
侍女は持っていた本をアンリエッタの手元に置くと一礼し、退室した。

一体何の本かと視線を向けた魔理沙はそれを見て、薄い苦笑いを顔に浮かべた。
「なんというか…随分と酷い所に保管されてたっぽいな」
蒐集家である魔理沙がそう言うのも仕方ない程、その本は酷く汚れていた。
古びた革の装丁がなされた表紙はボロボロで、触っただけでも破れてしまいそうである。
色褪せた羊皮紙のページも色褪せて茶色くくすんでおり、かなり酷い状態であった。
どんな方法で保管をしたらこんなにボロボロになってしまうのか。それがこの本を見て魔理沙がまず最初に思ったことだ。
少なくとも紅魔館の図書館に置いてあるかなり古い年代の本でも、これ程酷くはないはずだ。

一方のルイズもまた侍女が持ってきた本へと視線を移して、目を丸くしてしまう。
「い、一体何なんですかこの本は…見た感じ大分ボロボロなのですが」
信愛する姫殿下の手元に置かれたソレを指さしつつ、ルイズは恐る恐る聞いてみた。
アンリエッタは全然大丈夫といわんばかりにその本を手に取りつつも、口を開く。

「これはトリステイン王家に代々伝わる゛始祖の祈祷書゛というものです」
その言葉を聞き、ルイズと魔理沙は同時にキョトンとした表情を浮かべた。
「これが、かの有名な王家の秘宝…」
「祈祷書…というより魔道書の類だな。この形だと」
二人がそれぞれ別の事を言い、それを耳に入れながらもアンリエッタは話を続けていく。

「実は王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意するのです。
  そして選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に詔を詠みあげる習わしがあります」

アンリエッタの説明に、ルイズは「は、はぁ」と気のない返事をする。
それを知っている程宮中の作法に詳しくない彼女にとっては、聞くことすべてが初耳であった。
魔理沙は若干興味があるのか興味津々と言わんばかりの表情を浮かべており、霊夢は紅茶を啜っている。
アンリエッタは手に持っていた祈祷書をテーブルに置いて一息つくと、ルイズに向けてこう言った。


「そして此度の婚約の儀で…ルイズ・フランソワーズ、あなたを巫女として指名いたします」

「――――――――え?」
アンリエッタの口から出たその言葉を聞いて、ルイズは目を丸くしてしまった。
まるで勝率ゼロの賭けに大勝してしまった時のように、信じられないと言いたげな雰囲気が伺える。
そしてルイズの傍にいる霊夢と魔理沙も、少し驚いた様な表情を浮かべた顔を、ルイズの方へと向けた。
「え…あの?私がですか…?」
「何かそうみたいね。あんまり話は聞いてなかったけど」
目を丸くしたルイズの言葉に、興味なさげな霊夢がさりげなく相槌をうった。
そしてアンリエッタもそれに続いて軽くうなずくと、テーブルの上で緊張して硬くなったルイズの右手を優しく掴んだ。

「先程も言ったように、あなたには私の門出を特別なところで見ていて欲しいのよ…ルイズ」
ルイズに向けてそんな言葉を告げた彼女の瞳には、幼馴染への期待と渇望の色が滲み出ている。

それは、友のいる故郷を離れる彼女の切実な願いなのだろう。
ルイズにとってその願いは叶えさせたいものであるが、自分では無理なのではと半ば諦めていた。

そう、詠みあげる詔を考える前から半ば諦めていた。

「わかりました…では、謹んで拝命いたします!」
しかし悲しきかな、ルイズはあまりにも実直すぎた。
幼馴染であり敬愛する姫殿下の瞳を見て断り切れず、結局は請け負ってしまった。
眩しすぎるほど目を輝かせ、自信に満ちあふれた表情を浮かべて…


「…で、近々行われるアンリエッタ姫殿下とゲルマニア皇帝の婚姻の儀で私が読み上げる事になってる詔を考えてるんだけどね…」
表情を曇らせて話し終えたルイズに、デルフは『へぇ~、こりゃまたタイヘンなことで…』と返して言葉を続ける。
『でも結婚式の詔だろ?そんなもん精々お二人の結婚おめでとうございます。末永くお幸せに…みたいなこと書いとけば良いんじゃねぇの?』
適当すぎるデルフのアドバイスに「バカ、そういうカンタンなモノなら苦労しないわよ」と言って説明を始めた。

「良い?畏れ多くも先王の子でありうら若きトリステイン王国の王女である姫様の一生一度の晴れ舞台なのよ。
 それはほかの結婚式よりも神聖でなくてはいけないの…普遍的な詔ではその式を盛り上げる事なんてできないじゃない!
  だからこそ…誰も書いたことのないような素晴らしく、姫様の門出を盛大に祝える詔を考える必要があるの!わかる!?」

最後辺りで熱が入ったルイズの説明に、デルフは何も言わずプルプルと刀身を震わせた。
おそらく笑っているのだろうが、それは嘲笑ではなくきっと感心して思わず笑ってしまったのだろうと、ルイズは思うことにした。
『まぁそれ程熱が入るんならすぐに書けるだろ。一応カタチだけの応援はしておくぜ』
「えぇ見てなさい、今に素晴らしい文章を書いて見せるわ」
笑い声の混じったデルフの言葉にルイズは元気を取り戻したのか、勢いよく羽ペンを手に取った。

ルイズは知らないだろう。詔を考えているのが彼女だけではないことに。
今頃宮中で、多くの文官たちが結婚式で読みあげる詔の草案を考えているだろう。
彼女はただ、用意された詔を一字一句正確に詠みあげる巫女としてアンリエッタ直々に指名されただけである。
それを言い忘れたアンリエッタに原因があるかもしれないが、言っていたとしてもルイズは詔を考えていただろう。

「さぁ書いてみせるわ!姫様の結婚を祝う最高の詔を!」
ヴァリエール家の末女は気合を入れた。
家族に、敬愛する王女に…そして、部屋にいる一本と本物の巫女と普通の魔法使いに気づかれることなく、ただ一人。


「何一人で叫んでるのか知らないけど、腹が減りすぎて言葉を掛けるのもめんどうだわ…」
「今日はちゃんとした味のする食べ物を口に入れるまで…なにもやる気がおこらないぜ…」
『青春ムード全開のピンク少女とブルーな異世界少女たち…ハッハッハッ!見てるだけでおもしれぇなコリャ!!』
窓を通して外へと散らばる三人と一本の声は、闇夜が広がっていく空へ向けて羽ばたいていった。


一方、場所は変わって首都トリスタニアのブルドンネ街。
昼はとても賑やかであったここも、夜になれば殆どの店が閉まり活気が無くなっていく。
貴族用のホテルなど一部の公共施設はまだ開いてはいるがこの前起こった殺人事件の所為か営業している所は少ない。
それとは逆に、繁華街のあるチクトンネ街の安い宿の方が活気づいていた。

ここでは夜間営業の酒場や定食屋が仕事帰りの客たちを迎えようと、開店を知らせる看板を店の前にこれでもかと出し始める。
一日の労働を終えた人々はそんな店を求めて繁華街へとなだれ込み、ますます賑やかさを増してゆく。
日が沈み、再び上る時間までこの賑やかな雰囲気は続くのである。

そんな街の雰囲気と空気を、とある食堂に設けられた屋上席から見下ろす一人の少年がいた。
眼下の灯りで輝く金髪にすらりと伸びた体を一目見ただけでは、男か女かわからない。
細長く色気を含んだ唇。睫毛は長く、ピンとたって瞼に影を落としている。
そして何より特徴的なのは、彼の両目の色であった。

右眼の色は透き通るような碧眼なのだが、左眼の色は鳶色。つまり、左右の眼の色が違うのだ。
虹彩の異常。他人に尋ねられた時、少年はそんな風に答えている。

「ふぅん、偶の旅行ってのはやっぱり体に良いものだね」
自分以外誰もいない屋上席でひとり透き通るような声で呟き、テーブルに置かれた飲み物の入ったグラスをに手を伸ばす。
小鹿の革の白い手袋に包まれた細い指でそれを手に取ると、ゆっくりと飲み始める。
ヒンヤリとしたグラスの中に入ったアップルサワーのすっきりした甘さと酸味を口内と舌で堪能し、一口分ほど飲んだところでそっとテーブルに置いた。

「……うん、やっぱりお酒は故郷のモノに限るね。どうも味がしつこい気がする」
少年はわずかな笑みを顔に浮かべて、胃の中に入ったアップルサワーの感想を誰に言うとでもなく述べた。

そんな時、「ここにいましたか」という声が耳に入り、少年はそちらの方へ顔を向ける。
振り向いた先にいたのは、屋上席の出入り口からこちらへ歩いてくる金髪の女性であった。


立派な麦のように光り輝く金髪をポニーテールにしており、歩くたびにシャランシャランと左右に軽く揺れる。
若草色のブラウスに薄黄色のロングスカートといったいかにも平民の女性…というよりも少女らしい服装で、足には立派な革靴を履いていた。
トリステイン魔法学院で働く給士たちに支給されるこの靴は大事にされているのか、近くから見ても傷ひとつついていない。
そして首にはネックレスのようにぶら下げた聖具が、街の灯りを浴びてキラキラと光り輝いていた。

少年は微笑みを浮かべ、こちらへ近づいてくる女性に声をかけた。
彼にとって彼女と出会うのは久しぶりで、彼女にとっても彼と出会うのは久々である。
「久しぶりだね。君と以前会ったのはシェル……シェ…何て名前だったけ?」
以前顔を合わせた町の名前を言おうとして言葉が詰まってしまった少年を見て、女性はクスリと笑って「シュルピスですよ」と優しく呟いた。
彼女の言葉で思い出しのか、少年はうれしそうな表情を浮かべた。
「そうそうそれだ!この国へ来てからもう二ヶ月近くたつけど、地名が中々難しくて苦労するんだよね」
「まぁ、良くそれで゛お仕事゛ができますわね。わたし驚きました」
自分より一つか二つ年上の人にそんな言葉を投げかけられ、少年は面目ないと言わんばかりに頭を掻いた。
笑いあう少年と少女にも見える女性。場所が場所なら青春の一ページとして心の中のアルバムに納まっていただろう。

ひとしきり笑いあった後、気を取り直すかのように女性が口を開く。
「相変わらず自分のペースを崩さないのですね。ジュリオ様は」
「いかなる時にも自分のペースを乱さなければ、どんな事も冷静に対処できるんだよ」
ジュリオ――女性にそう呼ばれた少年はそんな事を言いながら「さ、立ち話も何だし君も座ったらどうだい?」と女性に着席を促す。
彼の指差した先はテーブルの向かい側に置かれた椅子ではなく、自身が座っている椅子の方であった。
「え?…あ、あなたの隣…ですか?」
それを予想していなかったのか、ジュリオの言葉に目を丸くしてしまう。

「そうだよ。こういう時こそただのデートっていう感じにしないと後で怪しまれるだろう」
「は、はぁ…では、お言葉に甘えて」
ジュリオの言葉に彼女は困惑しつつも、彼の隣に腰を下ろした。
その瞬間、二人が座っている椅子から「ギシギシ…ギシギシ」という軋む音が聞こえてくる。
安い木材で作られたであろう長方形の長椅子が、未成年二人分の体重を受け止めて悲鳴を上げているのであろう。
その音を聞いた二人は顔を見合わせ、微妙な沈黙に耐え切れなかったジュリオが笑顔を浮かべて喋った。
「ははは!ヤバいよこの椅子。話しの途中で壊れたら良いムードが台無しになっちゃうな」
「そ、そうですね…」
相変わらずテンションの高いジュリオにどう接したら良いかわからず、彼女は無難な返事をする。
ジュリオはイマイチな女性の反応を見て笑うのをやめると一息ついた後、再度口を開いた。

「はは、じゃあ椅子が壊れる前に…゛質問゛に入るとするかな?」
「…!は、はい!」
人気のない屋上席に漂っていた女性とジュリオの間にある空気は、一瞬にして変わった。
ジュリオは笑顔を浮かべているままだが、女性の顔はキッと緊張感のあるものになる。
まるで裁判台に立たされ判決を言い渡されようとしている被告人のごとく、その表情は引き締まっていく。

「じゃあ最初の質問。゛トリステインの担い手゛と゛盾゛が消えた後に…何か変化は?」
「黒いトンガリ帽子を被った黒白服の金髪の少女とインテリジェンスソードが一本゛担い手゛の部屋に居つきました」
「トンガリ帽子の少女…?」
「はい、一見メイジのようにも見えますが杖は所持しておらず、自らを「普通の魔法使い」と自称しています」
「魔法使い…メイジじゃなくて…?あ、名前は…」
そんなことを聞かれた彼女は一呼吸おいて、質問の答えを告げた。
「マリサ。キリサメマリサです」
「キリサメ、マリサ…変わった名前だな」
ジュリオはひとり呟くと「ふふふ」と笑ってその顔に薄い笑みを浮かべた。

「もしかすると…彼女も゛盾゛と同じ場所から来たのかもね」
「常日頃゛盾゛と良く絡んでいたりするのでその可能性は高いと思われます」
「良し、゛トンガリ帽子゛という名前で彼女も調べてくれ。くれぐれも気取られないように」
「わかりました、ジュリオ様」
自分が信頼されているという思いを感じつつ、女性は頷いた。

「それと話は変わるが…ここ最近のトリステインはどうなっているんだい?」
今度は謎の会話から一転し、この国の方へと話が移った。

「ブルドンネ街ホテルでレコン・キスタの内通者が変死。事件の詳細を揉み消す動きがあったので恐らく国内の有力者が下手人でしょう。
 まだ有力な情報は掴めていませんが、水面下でガリアとトリステインの一部の貴族の間で何かしらの取引があったようです」

彼女の゛報告゛を聞き、ジュリオはやれやれと言いたげに肩をすくめた。
「何処の国も同じだねぇ、年寄り連中が若い連中の足を引っ張るってことは」
年寄りにはうんざりだよ。と最後に呟き何を思ったのか、ふと空を見上げた。
すでに日が沈んでから一時間、見上げた先は深い深い闇を映す夜空が世界を覆っていた。
街の灯りに多少埋もれてはいるが、夜空に浮かぶ無数の星たちが光り輝いている。
一生懸命に自分たちを主張する自然の光は、人口の光が支配する街の中で暮らす人々の目には映らない。

「年寄りたちは上空の光を…未来へと続く道を歩こうとせずかつての栄光にしがみつく―」
先程とは違い真剣な表情を浮かべたジュリオはそんな事を呟き、言葉を続けていく。

「過去の栄光は所詮過去に過ぎないというのにそれすら理解できず、逆に未来へと歩もうとする若者たちを道連れにする。
 どんなにすがったって意味がないと言えば、老いと死の恐怖に耐え切れず余計過去にすがる。
  僕たちは、それを突き飛ばしてでも歩まなくてはいけない―未来へ…無限の可能性と進化、そしてそこからくる未知の恐怖が待っている未来へと」

ジュリオは座っていた席から立ち上がると、ピッ!と左手の人差指で夜空を指差した。
手袋に包まれた指の先には、一際強く輝く星が浮かんでいる。
まるで希望を胸に生きる若者たちを象徴するかのごとく、それは激しくも神々しく輝いている。

「僕たちのような若い世代の人間は、手を取り合って未来を切り開かなくてはいけない。
 その為には四つの゛虚無゛の力と…誰にも縛られることのない゛博麗の巫女゛が必要なんだ」

―――そう、人々がまた…゛旅立つ゛為にも

その言葉を最後に、ジュリオは口を閉じた。
瞬間―――キラリ!と輝く流れ星が夜空を切って飛んで行く。

まるで、未来へ向かって一直線に飛んでいく隼のように、その流れ星はすぐに見えなくなった。




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