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ウルトラ5番目の使い魔、第二部-63


 第六十三話
 鋼鉄の亡霊

 すくらっぷ幽霊船 バラックシップ 登場!


 数千年に渡ったエルフとの無意味な戦乱に終止符を打つため、アンリエッタからの命を受けた才人たち。
 だが、エルフの住まう土地であるサハラは、これまで人間の侵入を許さなかった未知の世界だ。
 巨大な障害を前にした才人たちに、コルベールは新造探検船オストラント号を彼らに託した。
 それはコルベールの長年の夢を形にした、無限の可能性を秘めた未完の不死鳥。
 さらに驚くべきことに、ギーシュたち水精霊騎士隊も援軍として駆けつけた。

 夢にも見なかった新兵器と、集結した仲間たち。
 意気上がる少年たちは、声をそろえて大きく叫んだ。

 しかし、人間たちが抵抗を始めようとするときも容赦なく、敵は第二第三の作戦を展開させつつあった。
 そして……前途に洋々としたものを感じて浮かれている少年たちにも、運命の女神は微笑み続けるとは限らない。

 久しぶりの水精霊騎士隊全員集合に沸き返る少年たち。
 彼らは才人との再会を喜ぶと、次にティファニアやルクシャナから自己紹介を受けた。
「テ、ティファニアです。みなさんどうぞ、よ、よろしくお願いします」
「ルクシャナよ。言っとくけど私は予約済みだから、誘われてもお答えできないから。あ、食事の誘いくらいなら受けてもいいけど」
 内容的には先日銃士隊にしたものと大差ないが、今回は自分たちがエルフだということを知られている前提なので、
ルクシャナはともかくティファニアはひどく緊張していた。エルフだということで疎んじられるのではないか、人間はエルフを
ひどく憎んでいるという恐怖によって、少年たちを直視できない。
 ところが、少年たちの反応は斜め上の意味でティファニアの予想を裏切った。
「こちらこそよろしくお願いします! おれ、ギムリっていいます。まずはお友達からはじめましょう!」
「この、てめ! ティファニアさん、こんなやつよりまずおれとお友達になりましょう」
「邪魔だマニカン! ティファニアさん、こいつらといるとバカが移ります。美の女神の化身のようなあなたには、このシャルロが
お相手をつかまつりましょう」
「お前も邪魔だ! わたしは今日までエルフとは恐ろしいものだとうかがってまいりましたが、今日それが大間違いだと
確信しました。我ら一同、命に代えてもあなたをお守りいたしましょう」
「あ、ど、どうもありがとうございます」
「ルクシャナさん。恋人がいてもかまいません。ぼ、ぼくとお友達からはじめてくれませんか?」
「いいわよ、百年後からでよければね」
 すでにアンリエッタから一応の説明を受けていたからか、少年たちにエルフへの恐れはなかった。それどころか、
妖精がこの世に顕現したかのような二人の美しさに目がくらんでしまって、皆が皆ギーシュが分裂したみたいに
舞い上がってしまっている。
 若さゆえの向こう見ずさを発揮して言い寄ってくる少年たち。ルクシャナは平然とした様子であしらっているが、
ティファニアはわけもわからずにうろたえるばかりだ。
「あの、本当にみなさんはわたしが怖くないんですか?」
「ぜんぜん!」
 けれどティファニアは、第三者から見たら見苦しいことこの上ない少年たちの態度に、自分の中の不安が取り除かれて
いくのを感じていた。彼らが人間のすべてではないにしても、これだけの人がエルフを受け入れてくれているのだと。
 少年たちの熱狂は続き、ルイズたちや銃士隊はよくまあそれだけ熱くなれるなと、呆れて見ている。

 そのとき、才人たちの後ろから聞きなれない少女の声が響いた。

「これでクルーは揃ったのかしら? ミスタ・コルベール」
 振り返ると、そこには金髪をツインテールにまとめた小柄な少女が立っていた。ただ、その表情は高慢ちきそのもので、
出会った頃のルイズのような尊大な自信にあふれている。後ろには取り巻きのような、緑と栗色と金色の髪の、やや目つきの
悪い少女も控えていた。
「ああ、これはこれは。はい、ご覧のとおりこれで全員です。みな、王女殿下から直々に指名を受けた優秀な者ばかりですよ」
「ふーん、あまりそうは見えないけど。ま、いいわ。即席じゃこんなものかもね」
 誰だこいつ? 才人は突然現れた少女に不審げな視線を見せた。コルベール先生にこの態度で、先生もなにやら卑屈に
なっている。だがこいつ、どこかで見たような気がする……どこだっただろうか?
 そのとき、ようやく意識を回復したギーシュが、その少女の顔を見るやおびえたように直立不動の姿勢をとった。
「あら? これはお久しぶりですわね。ギーシュ殿」
「こ、これはクルデンホルフ姫殿下……」
 ん? クルデンホルフ、その名前も、どっかで聞き覚えがある。よく見れば、顔を青ざめさせているのはギーシュだけでなく、
騎士隊の仲間たちや、モンモランシーたち女子生徒にも及んでいる。なんだ? エルフの国に行こうって正気を疑われるような
任務に平然と乗り込んでくるこのバカたちが、なんで明らかに年下の少女一人に怯えるんだ?
 そのとき、ルイズが才人の肩を叩いて耳元でささやいた。
「思い出したわ。あの子、クルデンホルフ大公国の当主の娘よ」
「なんだそりゃ?」
「ああ、あんたは知らないかもね。トリステインは名義上ひとつの国ってことになってるけど、貴族の中には領地の経営だけ
じゃなくて、実質ひとつの国として独立を許されてるものもあるのよ。で、あの子のクルデンホルフ大公国はその中でも
有名な成金でね。貧乏貴族は借金してて、爵位が上でも頭が上がらないのが多いんですって」
 ルイズは、伝統や権威ももろいものね、まあヴァリエール家は違うけどと、やや自慢げにつぶやいた。
 なるほど、要するにギーシュたちの実家はあの子の家に金の首輪をされてるわけか。地獄のさたも金次第というが、
金の問題ではギーシュたちのバカさ加減も役に立たないか。才人は他人事で少女ひとりに圧倒されているギーシュたちを
眺めていたが、ルイズはそんな才人に呆れたように言った。
「あんた、ほんとに思い出せないの? あの子、学院に来たことがあったじゃない。ほら、フリッグの舞踏会のときよ」
「あっ! あの怪獣連れてきて大騒ぎになったやつ!」
 才人の中でほとんど消去されかけていた記憶が蘇った。もうかなり前になるか、あの子が学院に来たことが確かに
一度あった。学院へ名を売り込むために、フリッグの舞踏会でデモンストレーションをしようと子供怪獣のチンペを
連れてきて、そのせいで取り返しにやってきたパンドラやオルフィのおかげで大変なことになったっけ。名前は確か……
 が、そこまで考えたところで、才人に冷たい声がかけられた。
「ちょっとそこの平民、クルデンホルフ姫殿下にずいぶんと無礼なことを言ってくれるじゃないの」
「へ?」
 気がつくと、彼女の取り巻きの女子が怒って自分を睨んでおり、ギーシュたちもおたおたしながらこちらを見ている。
「あ、もしかして全部口に出てた?」
 ゆっくりと一同が首を縦に振り、才人は自分がとんでもないポカをやらかしてしまったことを知った。
 まずい、これはまずい。ルイズは「はぁ」とため息をつき、才人の口からは引きつった笑いが漏れてくる。
「あ、あはは……」
「さて、このお方がベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ姫殿下と知って、今の台詞をおっしゃったんでしょうね?」
「いや、今思い出した」
 そういやそんな名前だったなと、今となってはどうでもいいことを思い出しつつ才人は冷や汗をかいた。
 しかしまずい。これはどう見たって自分が悪い。ベアトリスという子も、ものすごく怖い目でこちらを睨んでいる。
そりゃそうだ、人の目がいっぱいあるところで過去の恥部をさらされたら誰だって怒る。ここはひとまず……
「も、申し訳ありませんでした」
「それだけ? 天下のクルデンホルフ姫殿下に恥をかかせておいて、謝るだけで済ますおつもり」
「いや、そう言われても……」
 貴族の礼儀作法などには無知な才人は焦った。かといって、ルイズやミシェルに助け舟を求めるのは才人の
男としてのプライドが許さない。どうなる? もしかして無礼打ちとか? どうすればいいんだ。せっかく大役を
果たそうって決めたばっかりのときに。
 だがそのとき、ギーシュが全速力で駆け込んでくると、才人を引き倒して土下座させ、自分も頭を下げた。
「すみませんでした! クルデンホルフ姫殿下、この者はわたしどもの友人でして、田舎者ゆえに世間の常識には
うといところがありまして。ここはわたしどもに免じて、どうかご厚情をお願いします! ほら、君ももう一度謝って!」
「す、すいませんでした姫殿下。おれが悪かったです。ごめんなさい」
 頭を砂に擦り付けながら、二人の男は必死にわびた。すると、ベアトリスは見下す視線を外すと、高慢な口調で言った。
「いいわ、平民に寛大さを示すのも貴族の責務ですもの、今回は忘れてあげましょう。では、ミスタ・コルベール、
詳しい予定等は後で聞きます。いきますわよ、おほほほ!」
 高笑いを残すと、ベアトリスは取り巻きの女の子たちを連れて船台を去っていった。
 才人とギーシュは、心臓をドキドキさせながら彼女の足音が遠くなっていくのを待つ。ところが、取り巻きの女子の
一人の、緑色の髪の子が戻ってきて、土下座したままの二人に向けて怒鳴った。
「いいこと! 今回は殿下のご厚情がたまわられましたけど、次は許しませんわよ。たとえ殿下が許しても、このわたしが
必ず制裁を加えます。覚えてらっしゃい!」
「わかりましたぁ!」
 悲鳴のような才人とギーシュの叫びを聞くと、少女はきびすを返して、ベアトリスを追って駆けていった。
 やがて足音も聞こえなくなって、ベアトリスが完全に行ってしまったことを確認すると、二人はようやく頭を上げた。
「ふぅ、どうにか事なきを得たようだな。サイト、あまり冷や冷やさせてくれるなよ。相手は貴族であり、トリステイン有数の
大金持ちのご令嬢だぜ。トラブルを起こしてたら、この国じゃ生きてけなくなるよ」
「悪い、今回は百パーセントおれが悪かった。考えてみりゃ、前にお前から説明受けてたな。恩に着るよ」
 頭をぽりぽりとかいて、少しすりむいたおでこをなでながら才人は今度はギーシュに頭を下げた。その率直な態度に、
水精霊騎士隊も銃士隊も、才人に批判的な視線を向けていた者たちも表情を緩め、モンモランシーが才人の傷に
水の治癒魔法をかけてくれた。ルイズはその光景を微笑みながら見て、口を出すかどうか迷ったが出さなくて
よかったと思い、次いでコルベールとエレオノールに声をかけた。
「ところで先生、あのクルデンホルフの成り上がり者がなんでここに?」
「ん? ああ、それはなんだ。東方号の建造資金はミス・エレオノールに出資してもらってたんだが、その、実は」
「平たく言えば資金が底をついちゃったのよ。最初はアカデミーに予算を出してもらってたんだけど、施設が全壊して
当たり前だけど予算カット。いくら私でも、船を一隻オーダーメイドするだけの大金を動かせるほど懐は太くないわ。
そこで、スポンサーを募ったところで名乗りをあげたのが、あのクルデンホルフだったってわけ」
 なるほどとルイズは思った。この東方号はコルベールの案を元に、エレオノールが推薦することで、各種新技術の
実験もかねて建造が認められた船だ。アカデミーが降りたら、海のものとも山のものともしれない船に金を出す
ところなどそうはあるまい。
「もしも彼女の家が私の案に目をとめて出資してくれなければ、東方号は部品だけで頓挫していただろう。だがまあ、
その代償に、実験が成功したら完成品の実験データとともに、設計図をクルデンホルフに提供させられることになったがね」
「先生よくそんな条件を呑みましたね! あのクルデンホルフのことですから、設計図なんか渡したらそれを元に
何百隻も複製してきますよ。先生の努力が全部横取りされてもいいんですか!」
「かまわんさ、私なんぞが技術を独占しても世の人たちの役には立たん。多少ゆがんだ形でも、私の研究が世間に
新しい風を吹かせられるなら満足だ。それに、模倣されたなら、私はより優れたものを作る努力をするだけさ」
「先生……」
 名誉欲など一切ないコルベールのすがすがしいまでの態度に、ルイズは目からうろこが落ちたような思いで、
このさえないはげ頭の教師を見つめた。
 そうこうしているうちに才人の傷口はふさがり、心配そうに見ていたミシェルはほっとしたように才人の肩を叩いた。
「どうやら傷口も残らずにすみそうだな。しかし、噛み付くかと思ったが、よく謝ったな。たいしたものだ」
 自分の非を認められずに暴れるのは愚か者のやることだ。そのことを褒められて、才人は照れてまた頭をかいた。
「いや、おれのせいで恥かかせちゃったのは事実ですし、せっかく集まってくれたみんなに迷惑かけるわけには
いかねえしな。でも、あの取り巻きの女子どもはいけすかねえな。おもいっきり虎の意を狩る狐じゃねえか、むかつくぜ」
 才人は少なくともルイズの貴族としての威光に頼ったことは一度もない。それを誇りにしているだけに、他人の
すそにしがみつく輩は嫌いだった。
 ところが、賛同してくれるかと思ったギーシュたちは、以外にも首を横に振った。
「いや、サイト。あの三人はベアトリス嬢の単なる取り巻きじゃないよ。腹心というべきなのかな、とにかく別格の存在なのさ」
「別格? あのヨイショたちがか?」
「ああ、まあ見た目はアレだが、元はけっこう裕福な家柄の生まれらしい。けど実家が没落して、十人いた姉妹も今では
あちこちに散らばってしまってるそうだ。あの三人はトリステインに残って家の再建を目指してたそうだが、とうとう文無しに
なってしまったところをベアトリス嬢にひろわれたらしいぜ」
「そうだったのか、だからあのときベアトリスがバカにされたと思ってあんなに怒ったのか。悪いことしちまったな……」
 才人は第一印象だけで人を判断した自分を恥じた。そして、同時に高慢ちきに見えたけど、けっこういいところも
あるんだなとベアトリスのことを見直した。どこか、出会ったばかりの自分とルイズ、それにアニエスとミシェルの関係と
似ている気もする。
「あの子も東方号に乗り込むのかな?」
「いや、彼女はあくまでスポンサーだからね。彼女にとっては、将来クルデンホルフの資産を受け継ぐための社会勉強の
一貫なんだろう。ただ、秘密を守ってくれるのは約束してある」
 おいしいところはとっていくというわけか、それもまた金持ちらしいといえばらしい。
 しかし、積もる話はまだまだあるが、それにも増して時間が惜しい。コルベールは皆を見渡して大きく告げた。
「さあみんな、我々にはこれからしなければならない仕事が山のようにあるぞ。物資の搬入から試験航海まで、
ヤプールは待ってはくれないから、これから全員死ぬ気で働いてもらうぞ!」
「はい!」
 はじかれたように、少年少女たちと銃士隊は活動を開始した。
 コルベールの指導で、用途を秘匿して準備されていた資材を船に積み込んでいく。それだけではなく、船内の構造に
習熟するために、数人のグループに分かれて船内旅行をおこなっていき、所要タイム内に迷わずまわって帰れるように
なるまでなんべんも繰り返した。

 まだ鋼鉄の器でしかない東方号。それに息吹を与えるために、水精霊騎士隊も銃士隊も上下の差はなくがんばった。
 船内旅行をクリアした者から順に、コルベールとミシェルが相談して水精霊騎士隊と銃士隊の隊員たちの各部署への
配属を決めていく。ギーシュやギムリは機関室へ、ティファニアや料理の得意な者は厨房へ、モンモランシーのような
水魔法の使い手や銃士隊の衛生兵は医務室へといった具合である。
 なおコルベールは船長、エレオノールは副長であり、ミシェルは戦闘時の指揮官を務める。自分の配属先を命じられた
両隊員たちは、いさんでそれぞれの持ち場へ飛んでいった。
「やあギーシュ、君は機関室勤務だって? さすが隊長、船の心臓をまかせられるとはすごいね」
「まあ、ぼくの冷静な判断力と手際のよさが評価されたんだろうね。レイナール、君はどこだい?」
「ぼくは操舵士を命ぜられた。まさかと思ってびっくりしたよ」
「ブリッジ勤務か! それはうらやましいな。いやいや、船の仕事に優劣はない、ぼくは自分の職務に誇りを持とう。
おや、マリコルヌじゃないか、君も任地が決まったのかい?」
「ぼくが一番ビリっけつだったみたい。場所は船底の……第三艦橋ってとこみたいだ」
「ほぅ、なんの仕事かは知らないががんばりたまえよ。じゃ、また後で会おう」
 そうして時間はあっという間に過ぎて、日は暮れて夜になり、やがてほかの船の職人たちも仕事を終えて帰宅していく
深夜になっていった。
 コルベールは機関室でボイラーの気密チェックをしていたが、ふと時計の針を見て、手伝っていたギーシュたちに言った。
「おっともうこんな時間か。君たち、これ以上は明日に響くからそろそろ終わることにしよう」
「はい、わかりました」
 機械の補修にギーシュたち土のメイジはうってつけだった。錬金が、細かいところではどうしても精度が荒くなるという
弱点も、コルベールはあらかじめ見越して部品は大型化を覚悟で、可能な限りシンプルにまとめてある。こういう配慮も、
彼が天才であるひとつの証明だろう。けれどコルベールはそうしたおごりはまるで見せずに、教師として生徒に接していた。
「ご苦労様、君たちのおかげでだいぶはかどった。これなら、飛ぶのもまず大丈夫だろう。手を洗って、夜食でもいただいてきなさい」
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます。でも先生、やっぱり思ったんですが、なぜぼくらや銃士隊の方々が操船しなければ
いけないんです? ちょっと機密が危なくても空軍から優秀な水兵を引き抜いたほうがよかったのではないかと思いますが」
「この船はこれまでの風石船とはまるで違う。下手に従来の船に慣れた船員よりも、むしろ船のことを何も知らない素人のほうが
先入観を持たなくていいんだ。さあ、明日一番で公試運転をして、問題がなければ完熟訓練に入る。時間がないから一週間で
ものにしろという命令だ。それからはいよいよサハラに向かって出航するぞ。君たちも早く寝ておきたまえ」
「了解であります!」
 少年たちは早くも熟練の水兵になった気分で、てんでバラバラの敬礼をして見せた。

 一方、甲板上ではミシェルが銃士隊を指揮して、積み込み物資の点検作業をおこなっていた。
 秘密厳守のために人足も最低限しか使えず、隊員たちは滑車で引き上げられたり、荷車で運び込まれてきた物資を
汗をかきながら甲板に積み上げていく。ミシェルはそれらの物資を台帳と照らし合わせて、合格したものを船内に
運び込ませながら、軽くため息をついた。
「やれやれ、隊内に続いてこんなところでも経理をすることになるとは。人生、どこでなんの技が役に立つかわからんな」
 はじめはリッシュモンに拾われたとき、がむしゃらに勉強したことで数字に強くなっただけだった。それが間諜として
銃士隊に入ると、一番学があるからとアニエスに事務一切を請け負わされ、剣の腕と並んで後に副長に任命される
原動力となってしまった。
「それで、こんなところでエルフの国に行く手伝いをすることになるとは、一年前だったら考えもしなかっただろうな。
それもこれも、みんなサイトと出会ったことがきっかけか……」
 手と頭を休めることなく、指示を出しながらミシェルは苦笑した。自分の人生が大きな転換点を迎えたことは、これまでに二回。
父がリッシュモンにはめられて天涯孤独となったときと、アニエスや才人と出会って人間らしい心を取り戻したとき。
思えば、数奇な運命と人は言うだろう。でも、今は自分で自分を不幸だとは思わない。失ったものは取り返しがつかなく、
果てしなく大きい。けれど、今持っているものも負けないくらい尊くて大きい。
 帆布で覆われた空は星は見えないけど、町の隅っこで一人ぼっちで星を見上げていたころよりはずっといい。

 それぞれの思いが交差しつつも夜は更け、東方号は夜明けの処女飛行を目指して眠り続ける。
 だが、巣立ちのための最後の眠りを送る若鳥を、忌々しげな目で空から見下ろす目があった。

「報告します。あの者たちは、新しく建造した空中船で東に向かうつもりです。目的は、人間とエルフの世界の和解。
それによってマイナスエネルギーの発生を抑えると」
「うぬぬ……人間どもめ、こしゃくなことをはじめよって! 人間とエルフの和解など、絶対にさせてやるわけにはいかん。
その前にきさまらの希望など粉砕してくれる! バラックシップを浮上させろ! そしてすべてを焼き払うのだ!」

 邪悪な思念が天にほとばしり、造船所から三十リーグ離れたラグドリアン湖の湖面に巨大な水泡があふれ出しはじめた。
 湖水を裂いて、島のように巨大な何かが浮かび上がってくる。大きさは二百メートル、三百、四百、いや、最低でも
六百メートルはあるとてつもない巨体だ。
 だがそれは島などではない。全身はさびた鉄色で覆われ、まるで要塞のように人造の構造物で覆い尽くされている。
 湖水はその怪物が作り出した大波によって嵐のように荒れ狂う。
 その中を、一艘の漁船がもまれていた。漁師は必死で船が転覆しないように操るものの、湖水は生き物のように
一人乗りの小さな漁船をもてあそぶ。
 そして怪物はか細い抵抗を続ける小船を見つけると、全身から油の切れた機械のような甲高い音をあげて動き出した。
全身に装備された砲塔の一基が漁船に向けて照準を定める。漁師はそれを見て、とっさに湖に飛び込もうとしたが遅かった。
「ふ、船のお化け……」
 それが漁師の最後の言葉だった。次の瞬間、四連装の巨大な砲塔から放たれた四発の砲弾は、漁船を包み込むように
して着弾。数十メートルはある水柱が漁船を覆って、木片一つ残さず漁船は粉砕された。
 怪物は続いて、全身に数百門はある砲塔を、一方向に向けて仰角をあげた。
 照準は、東方号の眠る造船所街。朝日が昇り始める中、恐るべき脅威が迫りつつあった。

 早朝からの造船業務をはじめようと、職人たちが起きはじめる造船所街。いつもであれば食堂から煙が上がり始め、
日の出を知らせるラッパが鳴るころ。はじめに異変に気づいたのは、一人の壮齢の将校だった。ある巡洋艦の擬装委員を
勤める彼は、その艦の完成後には艦長として就任することが決まっていたので、毎朝一番にいずれ自分のものになる
艦を眺めに行くのが日課だった。が、その日の朝はいつもとどこか違っていた。
「ん? 今日の朝はやけに静かだな」
 まだ薄暗い道を散歩しながら、彼はふとつぶやいた。いつもであれば道を歩きながら、スズメやカラスの鳴き声が
嫌というほど耳に入ってくるというのに、この日は一羽の鳴き声もしない。
 雨でも降るのかなと、彼は空を見上げた。しかし雲は少なく、降りだすような兆候は見えない。わしの気のせいかなと、
彼は特に気にせずにぼんやりとしながら歩いていくと、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「なんだ、ちゃんといるじゃないか」
 歩きながら、彼は今日も変わらない一日が来たと思った。それにしても、これはなんという鳥だったかな。スズメや
カラスと違い、なんとも甲高く空気を切り裂くような鳴き声だ。しかも何十羽も群れをなしているらしく、幾重にも
重なってどんどん多くなっていく。
 そのとき、彼は突然立ち止まった。同時に全身の血液が一瞬で消滅してしまったかのように顔色が消え、筋肉が
こわばって指一本動かせなくなった。思い出したのだ、軍人である自分の耳に染みこんだ、この鳥の名を。
 目的地だった彼の船が目の前で紅蓮の炎を吹き上げた。船体が真っ二つに折れ、昨日取り付けたばかりのマストが
木切れのように回転しながら飛んでいく。
「わ、わしの船が……」
 炭と化した船体の残骸や火の粉を浴びながら、彼は呆然として立ち尽くした。
 元は全長百メイル弱の船体は跡形もなく、数ヶ月間職人たちが努力を重ねた結晶は無残な残骸となって燃え盛る。
 同様の惨劇は十数か所で同時に起きていた。船台上で劣化した船体の補修工事をおこなっていた貨物船が、船首を
丸ごと吹き飛ばされて横転した。艦尾を粉砕されたコルベット艦が艦首を天に向けて倒立しながら燃えている。
 もちろん被害は船舶だけにとどまらない。食料倉庫が一瞬で炎に包まれ、牧舎が吹き飛ばされて数十頭の
馬がひき肉にされたうえで焼き払われる。道路に起きた爆発は巨大なクレーターをうがち、根元からへし折られた
高さ五メイルの給水塔が逃げ惑おうとしていた人を押しつぶす。
 宿舎や事務所も被害の例外ではない。直撃を受けたものは痕跡もなく消滅し、爆発から数十メイル離れていても
爆風に建物が耐えられずに倒壊する。むろん、そこにいた人間はすべからく巻き添えとされた。
 最初の巡洋艦の爆沈から一分足らず。いつもと変わらぬ朝を迎えるはずだった造船所街は、人もモノも一切差別しない
火炎と熱風と飛び散る凶器と化した鉄片の支配する阿鼻叫喚の巷となった。

 だが、幸運にも東方号の治められた船台はまだ被害を免れていた。
 目覚まし時計の音が子守唄に聞こえる爆音の中で、船内の小部屋で眠っていた少年たちや銃士隊は全員目を覚ました。
甲板上に集合して何事かと騒ぐ彼らは、船から降りようとするところをミシェルに止められた。
「騒ぐな! 今ミスタ・コルベールが確認しに行っている。各員はそれぞれ持ち場に戻って待機しろ!」
 帆布で覆われた船台上からは外が見えない。ひたすら轟音と爆発音が連続する中で、ミシェルが一喝してまとめなければ
少年たちはパニックに陥っていただろう。
 一方、建物の外に様子を見に行ったコルベールとエレオノールは、大火災に見舞われている造船所街を見て愕然としていた。
「な、なによこれ! なんで街中から火の手が上がってるの。まさか、何者かの攻撃! 誰かが忍び込んで火をつけたとか!?」
「いや違う。これは砲撃によるものだ」
 素人のエレオノールと違って、若い頃に従軍経験もあるコルベールは、爆音に混ざる風を切る飛翔音から砲撃だと悟った。
しかしいったい何者が? この短時間でのこの被害、一門や二門の火力ではない。少なくとも数十門が一斉発射しなければ
街全体を炎に包むなど不可能だ。
 そのとき、東方号の船台から五百メイル離れた船台で建造されていた巡洋艦が直撃を受けて吹き飛んだ。百メイルあった
船体は木っ端微塵となり、数秒遅れてやってきた衝撃波がコルベールとエレオノールの顔をひっぱたく。
「巡洋艦をただの一撃で! とんでもない大口径砲だぞ!」
「ど、どうするのよ! このままじゃここが攻撃を受けるのも時間の問題よ!」
「くっ……仕方がないか。来たまえ!」
 一瞬だけ苦渋をにじませた顔を浮かべたコルベールは、意を決するとエレオノールを連れて船台に戻った。東方号の
上甲板に続くタラップを駆け上がり、甲板で碇や帆の準備をしていた少年たちのなにが起こってるんですかという
質問を無視してブリッジに登ると、彼は船全体に風魔法の応用で声を伝える伝声管に向けて叫んだ。
「諸君! 船長のコルベールだ。まずこれは演習ではないことを断っておく。落ち着いて聞いてくれ。現在この街は
何者かによって、砲撃による攻撃を受けている」
 たちまち全艦に緊張と動揺が走った。砲撃? どういうことだ。なんでここが砲撃されなくちゃいけないんだ? まさか、
ガリアが戦争を仕掛けてきたのか? 様々な憶測が飛び交い、それらはパニック寸前で銃士隊員たちによる「黙れ!」の
一喝で止められた。
「敵の正体は不明だが、すでに町全体が攻撃の被害を受け、退艦は不可能な状況となっている。助かる道は緊急発進
しかない! 即刻水蒸気機関を始動させる」
「待って! まだ水蒸気機関はテストもしてないのよ」
 エレオノールが調整もしていないエンジンで飛ぶのは危険すぎると抗議した。だが、コルベールは一顧だにしない。
「そんな猶予はない! 短い時間で始動まで一気にやってしまわなければならない。絶対に失敗は許されないぞ。
ギーシュくん、窯室に火を入れたまえ。水蒸気の充填を始めるんだ。錨鎖庫、錨を上げろ! 甲板要員は帆を上げる
準備。船首及び両舷の砲手は砲撃の準備をして待機、機関始動と同時に天幕を吹き飛ばして飛び上がるぞ。総員、
オストラント号発進準備だ!」
「おおーっ!」
 全艦で怒号のような声が鳴り響き、東方号のありとあらゆる箇所で人間が動き始めた。
 ギーシュがギムリや仲間の火のメイジに命じて窯に火を入れさせ、自らはワルキューレを操って窯に石炭をくべていく。
 錨鎖庫では力自慢の銃士隊員が重いハンドルを回して、鎖につながれた錨を巻き取っていく。
 甲板上は混乱していた。慣れない動きで帆を張ろうとして焦って失敗し、何度もやり直してようやく形らしくなっていった。
 一番張り切っていたのは砲列甲板に配備された少年たちだったろう。東方号には自衛用に、コルベールオリジナルの
いくらかの道具のほかに船首両舷に二門、左右舷側に各二門、全部で六門の大砲が装備されている。それに火薬を
込めて弾を詰め、窓を開いて砲身を船外に突き出して合図を待つ。
 むろん暇な箇所などない。医務室ではいつ負傷者が運ばれてきてもいいように、包帯や水の秘薬が準備される。
厨房ではパンにソーセージとチーズを挟んだだけの簡素な朝食をティファニアたちが急ピッチで用意し、手すきの
要員たちが各部署に大車輪で運んでいった。
 そして才人とルイズはルクシャナとともに船尾の格納庫に向かった。そこにはコルベールが用意していた秘密兵器があり、
発進とともに使えるように、数人の仲間たちとともにスタンバイした。
 爆発音はさらに近くなり、船台を覆っている帆布もびりびりと震える。もういつここが直撃を受けてもおかしくはない。
「ギーシュくん! 蒸気は溜まったかね?」
「ゲージを振り切りました! いつでもいけるはずです!」
 ゼロ戦の燃料計を参考にして作った蒸気圧計が、ギーシュの目の前で赤を指して震えている。アカデミーのスクウェアと
トライアングルメイジが作った蒸気釜は、火の魔法による急激な加熱にも耐えてくれた。
「タラップ上げろ! 船体固定金具外せ!」
 船を船台に固定していた金具が取り払われ、東方号は船台の上に乗っているだけの状態になる。
 続いて船に乗り込むためのタラップが船体に収納されようとしたとき、船台の上に数人の少女が駆け込んできた。
「ちょっとあなたたち! これはいったいどうなってるの? ミスタ・コルベール、説明しなさい!」
「クルデンホルフ姫殿下! 避難していらっしゃらなかったんですか! くっ、早く乗り込んでください。オストラント号は発進します」
「なんですって! わたしに無断でそんな勝手なこと」
「いいから早くしてください! 街といっしょに焼け死にたいんですか!」
 甲板にいた少年たちは、しぶるベアトリスを取り巻きの少女たちとなかば無理矢理に船に引き上げた。
 手動式のタラップが船体に収納され、不要な出入り口も固定される。これで後顧の憂いはなくなった。コルベールは船底の
風石の貯蔵庫に向けて命じた。
「風石を起動させてくれ。船体に浮力を与えるんだ!」
「了解です!」
 風のメイジが魔法を加えると、貯蔵庫に蓄えられた透明な結晶体が輝き始めた。ハルケギニア特産の鉱物である『風石』は、
一定の刺激によって風船のように浮力を持ち始める不思議な特性を持っている。地球風にいえば反重力を発生させる
とでもいうべきか、精霊の力の結晶らしいが詳しいことは人間の手ではまだ解明されていない。
 ヘリウムを充填された飛行船のように東方号は少しずつ浮揚をはじめ、クルーたちは船が水の上に浮かんだような錯覚を
覚えた。あと一歩だ。コルベールは満を辞して叫んだ。
「左右水蒸気機関、主機へ動力接続。プロペラ回転開始!」
 ギーシュたちが蒸気伝道管のコックをゆっくりとひねり、蒸気釜に充填された高圧蒸気が水蒸気エンジンに流れ込んでいく。
その膨大な圧力でピストンを動かし、回転力を得るのが水蒸気機関の仕組みだ。しかしどんなエンジンも始動のときが
一番危険なのだ。蒸気圧計を睨みながらコックをひねるギーシュたちに、伝声管ごしにエレオノールの声が響く。
「あなたたち、焦るんじゃないわよ。一気に蒸気を流し込んだら過負荷でえんじんは破裂するわ。昨日教えたとおり、
一呼吸ずつ確実に回すのよ」
 自分たちの一動作に東方号全員の生命がかかっていると、ギーシュたちは汗で顔をびっしょりと濡らしてコックを
ひねり、動力を得たプロペラが重々しく回転を始める。そしてついにゲージは全開を指し示した。
「やりました! 蒸気いっぱい、いつでもいけるはずです!」
「よくやったわ! ミスタ・コルベール、発進準備完了よ」
 エレオノールの声に、コルベールは満足そうにうなづいた。彼の生徒たちも銃士隊もぶっつけ本番にも関わらずに、
自らの技量を超えてよく働いてくれた。点数をつけるなら百点満点を惜しみなく全員に与えるだろう。彼らのがんばりを
無駄にしてはいけない。
「ようしいくぞ! 全砲台、撃ち方五秒前。四、三、二、一、撃てーっ!」
 待ってましたと六門の大砲が放たれて、船台を覆っていた帆布が吹き飛ばされる。その薄布を隔てた先から現れた
周辺の町並みはすでにのきなみ破壊しつくされ、無事である艦船は一隻も残っていない。
 しかし敵の砲撃は形あるものをすべて破壊しつくそうとしているかのように、不気味な飛翔音をまだ続かせている。
最後の標的は間違いなくここだ。コルベールは舵を握るレイナールに最後の命令を下した。
「レイナールくん、上げ舵十五度。エンジン出力全開! オストラント号、発進!」
 プロペラが可能な限りの全力で空気をかき、風石で浮力を与えられた船体を押し上げていく。
 浮いた! コルベールやエレオノール、レイナールは歓喜の声を上げた。だがそのとき、マストの上で見張りに
立っていた銃士隊員から悲鳴のような叫びが響いた。
「敵弾接近! 本船への直撃コースです!」
 聞いた人間全員から血の気が引いた。飛んでくる砲弾は動体視力のよい者なら視ることができる。それが砲弾の
形に細長ければ、それは自分に向かっているものではないので安心できるが、もしそれが丸っこく見えたら自分に
向かって飛んでくる最悪の砲弾だ。そして今、彼女の目に映っていたのは、その丸く見える砲弾だった。
”神様っ!”
 このときばかりは、普段の信心深さの大小に関わらず誰もが心から祈った。命中までほんの数秒、もはやなにを
しても手遅れだ。すがれるものは神でも悪魔の加護でも、奇跡の二文字しか存在しない。その熱心な祈りが届いたのか、
命中直前で砲弾の形がわずかな楕円形に変わった。
「伏せろっ!」
 砲弾は東方号の船尾をかすめ、東方号が建造されていた船台の中に一直線に吸い込まれていった。
 刹那、大爆発が起こり、東方号は直下型地震にも勝る激震に襲われる。
 だが、いっぱいに広げた帆は爆風のエネルギーを掴み、東方号を一気に上空まで押し上げたのだ。
「ここは……私たちは、生きてるの?」
 伏せた床から顔を上げたエレオノールがつぶやいた。口の中には転げまわったときに切ったのか、わずかな
鉄の味が染みている。しかしそれも、ブリッジの外に広がる群青の空を目の当たりにしたときには感動の味に
塗り替えられていた。
「飛んでる……オストラント号が、飛んでるんだわ!」
 その瞬間、船内のあらゆる箇所で感激の涙が乱れ飛び、万歳三唱がこだました。
 振り返れば、地獄の釜と化した造船街が燃えている。あの中にいたら、いまごろ全員命はなかったに違いない。
皮肉なことに、敵の砲弾の炸裂が刹那の差で東方号を一気に高度五百メイルにまで押し上げ、安全圏に到達させたのだった。
 轟々と水蒸気を吐き出し、プロペラを回転させて東方号は飛ぶ。その従来の風石船とは段違いの速力に、水精霊騎士隊も
銃士隊も感嘆し、作ったコルベールやエレオノールも満足げに微笑んだ。
 だがしかし、敵の砲撃はなおも街へ向かって間断なく続いている。この執拗さ、コルベールは敵の狙いはこの東方号
だったのだと、完全に確信した。
”私たちがここにいたばかりに……すまん”
 業火に包まれた街を見返して、コルベールは街の住人たちに心の底からわびた。硬く食いしばった口内では歯がはじけ、
握り締めたこぶしからは血が垂れている。
 けれども嘆いてばかりはいられない。敵の目的が東方号ならば、この船は処女航海とともに初陣も経験しなければ
ならないのだ。コルベールは船尾の格納庫に通じる伝声管に向かって叫んだ。
「コルベールだ。サイトくん、そちらの準備はいいか?」
「大丈夫です。いつでも飛べます!
「わかった。敵の砲撃はラグドリアン湖の方面から続いている。先行して敵の正体を偵察してきてくれ」
「了解! ゼロ戦、出撃します!」
 航空眼鏡をかぶり、ひざの上にルイズを乗せて才人はゼロ戦の操縦桿を握った。東方号には東方号のモデルと
なったゼロ戦がそのまま格納されていた。すでにエンジンの暖気運転はすませてある。むろん、飛行甲板やカタパルト
などといった便利なものはないが、そこはルクシャナの先住魔法の出番だ。
 大気の精霊の加護を受けた風に乗り、ゼロ戦は高速で射出されて宙を舞う。
「うぉぉぉっ!」
 ガンダールヴだったときよりはるかに重い操縦桿と格闘しながら、才人は必死に機体を安定させようとした。素の自分で
飛ばすことの恐怖も、ひざの上でしがみついてくるルイズを守らなくてはという思いが、体に染みこんでいたパイロットとしての
記憶を呼び起こしてねじ伏せる。
「よしっ! なんとかコツは思い出した。ラグドリアン湖か……いくぜルイズ!」
「ええっ!」
 あっという間に東方号を追い抜き、最高時速五八〇キロのゼロ戦はぐんぐんとラグドリアン湖めざして飛んでいく。

 だが……ラグドリアン湖を見下ろせる位置に差し掛かったとき、才人とルイズの眼前に現れたのは想像をはるかに超える怪物であった。
「なんだありゃ!? 島? いや、動いてる!」
「あれは島なんかじゃないわ! 鉄でできた、まるで動く要塞だわ!」
 二人の見下ろす前で、正体不明の巨大物体は全身から火花を吹いているように、間断なく砲炎をほとばしらせている。
 そして、しだいに距離が縮み、物体の詳細が見えるようになってくると二人はもう一度息を呑んだ。
 トリステイン王宮よりはるかに巨大な鉄の塊が浮いている。それは規則性があるわけではなく、城郭やビルのような構造物に、
アンテナや鉄塔などの雑多なパーツが乱雑に組み合わさった訳のわからない集合物。まるでコンビナートを丸めてしまったような。
 だがそのとき、才人は鉄の塊の中に見覚えのある船が合体していることに気づいた。仏塔に似ていることからパゴダマストとも
呼ばれた、造形美ともいうべき太く天高く伸びた艦橋構造物に、艦首と艦尾に二基ずつ配置された連装砲塔。それが過去に作った
プラモデルと完全に一致する。
「戦艦……長門!」
 間違いなかった。連合艦隊旗艦を務め、終戦後にビキニ環礁の水爆実験で沈んだ栄光の戦艦がそこにいた。
 それだけではない。目を凝らせば、他にも戦艦ペンシルヴァニア、高速戦艦比叡、巡洋戦艦レパルスなどの名だたる艦船が
揃っている。それらが砲身を天に向けて、次々に主砲を放っているのだが、全体からしたらそれらすら氷山の一角でしかない。
「うそだろ、ビスマルクまでいやがる。信じられねえ、こいつは地球最強の連合艦隊だぜ……」
 呆然とつぶやいた才人の眼前で、超巨大要塞戦艦は数百門の主砲の照準を接近してくる船影に変更した。
 ターゲットは、東方号。この巨大・強大な敵を迎え、未完の東方号に打つ手はあるのだろうか……


 続く



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