あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Adventure-seeker Killy in the magian world quest-10


…荒涼とした大地のはるか上空を舞う、巨大な黒い鳥。
その鳥はとても人に似ていた。
手足や胴の形はまさに人そのものである。
ただ、体は漆黒の鎧と半ば同化しており、不気味な翼が生えている。
顔やむき出しの肌は、色合いも質感もまるで陶器のようであり、いかにも非人間的だ。

というより、これは非生物的というほうが良いだろう。
あるいは、非現実的、酷く理に沿わないものだ。

折り曲げた鉄板のような、貧相で無骨、羽ばたくこともできない醜い翼。
そんなものを使って、それは“音の壁”すら、容易く突き破って飛んでいた。
それが空を飛ぶのに、羽ばたきのような努力は一切必要ない。
世界に横たわる法則に働きかける言葉を吐く必要もない。

熟れた木の実が樹木から大地に落ちるように、それ自体が法則であるかのように、当たり前に飛んでいた。

法則を捻じ曲げるどころか、新たな法則すら出現させ、世界のあり方を根幹から変えた都市。
そこで全知全能となった住人。
彼女が本来住まうのはそこだ。

自身に内包した法則が周辺に作用し、不条理を顕現させる。
都市を離れ、一切の権限を失い、“そんなことしか”できないとはいえ、その威容は人目を引いた。
彼女が羽を皮膚と服に戻して、地に足をつけて歩き出したのは、人目を感じて、この地がけっして安全な領域ではないと知ったからだ。

集めた視線に感じる思考を、驚くべき正確さで読み取る。
水とアミノ酸の塊に埋設されたニューロンは、揺らぎが多いが、その働きを観察するのはそう難しくない。

ゆっくりと視線の主に歩み寄り、意思の疎通を図る。

「000111010010010101001011001011―――――――――」

世界でもっとも単純で、もっとも高度な言語。
世界の言葉と構造を知らぬものには、聞き取ることすら叶わぬそれが、ごく単純な大気の振動に変わるのに、それほど時間は要らなかった。

「止まれ」

目の前の、酷い退行と変異を繰り返したと思われる原人は、古典的な言語基体をもっていたので、あとは対応する記号となる大気の振動周波数とその組み合わせさえ見抜けば、会話による意思疎通は容易いのだ。
一から推測するのは難しいが、その答案は目の前の原人の脳内に記載されている。

「変わっているのね。正規の住民ではないのに、ここのシステムとの会話の仕方を知っている………」
彼女は、この原人が、自身の警告を無視してこちらの無力化を試みていることを正確に把握しているが、気にも留めずに続ける。
「あなたの知っていることを全て閲覧許可しなさい。データ化と外部デバイスについてはこちらが―――」
彼女は会話を中断せざるをえなくなった。

原人の意思を入力された周辺のシステムが、攻撃を開始した。
細かな酸化珪素結晶ベースの堆積物が動き出す。
変形した力場に沿って形成された触手は、身の丈ほどもある岩石を粉砕した。
といっても、粉砕するべきなのは岩石ではない。
攻撃者は、その力が設定した標的を捉えなかったことに驚き、辺りを見回す。

…反撃に、特別な力や装備の使用は必要なかったし、身体能力もそこまで要らなかった。
軽く床―――地面を蹴り、後は万有引力に任せ、対象の上に降下するだけだ。
頭上に差し掛かったところで、その首の両脇に足首を置き、やはり重力に任せて体重をかける。
ぽきっと軽快な音がして、野蛮で攻撃的な原始人は、一切の生態活動を停止するのを待つ身となった。
脳からの支持を受けられなくなった体躯は、正確に11秒後、ほぼすべての機能が停止する。

彼女は歩き始めた。

ここは本当に酷い場所で、周囲にはまだ多くの視線がある。
慎重さを保ちつつも、急がなければならない・・・

…あれだけのことが起こった後であっても、学院は平常運転を無理にでも続行した。
別に教員が欠けたというわけでも、貴族の嫡子が大事に至ったというわけでもないので、外聞にもあまり影響はなかったからだ。
そして、未だに公にはされていないが、ある有名なコソ泥がこの件に関わっていたという事実が露わになり、王都の役人たちにも、事件について特に怪しまれることはなかった。

もちろん、学院自体は悲惨な状態となっている。
特に教室が幾つか潰れて、一見無事そうな部屋も風通しが良くなったことが、学院の運営においては目下最大の問題だろう。
しかも塔が一つ全壊しているというのも、大きく学院の機能と外観を損なっている。
宝物庫が吹き晒しというのも、この上ない問題であるが、今回の事件そのものを受けて、より高度な警備と管理が行える“然るべき施設”に収蔵物品は運び出され、ひとまず解決している。
綺麗に整地された敷地内の芝が、耕された畑のようになってしまったのは、とりあえず均すだけで、それなりに見れたものになったので、後でタイルでも敷こうということになった。
何れにせよ、こういったものはそれなりの労力を投じれば、僅かの時間と資金力で解決できてしまう。
学院長に言わせれば、これら事件の結果として生じた事柄は些細なことであり、事件の関係者が一番の頭痛の種である。

その関係者というのが、彼だった。

どこか遠い場所からやってきた、得体の知れぬ人物。
彼そのもの、もしくは彼がここに存在しているという事実が、まさに恐るべきことなのだ。
一体いつ状況が致命的な方向へ転がりだすだろうと、事態の深層部位に薄々ながら気付き始めた幾人かはひどく青ざめていた。
霧亥と名乗った男は、とにかく多くの危険を孕んでいるどころか、少しずつではあるが周囲に危険を吐き出し始めている。

「キリイ、なんでいつもそう、変な場所にいるのよ……今日は寝たの?」

若干紫がかった微かな光沢のある黒いスキンスーツの上に、現地人の装備を被せて偽装した霧亥が、早朝の学院で、学生寮の外壁を背に項垂れていた。
一晩中星でも見ていたのだろう。
定かではないが、星の位置を見て故郷への帰り道を探しているのかも、と考えながら、ルイズは彼に近づく。

星を見る異邦人の話。
昔読んだ本に、そんなことが書いてあった。
夜空の星のなかには、どのような国にいても変わらず方角の目安として知られるものがあるらしい。

「私、朝は弱いほうだけれど、おかげで早く起きれたわよ? そこらじゅうから冷気が入ってきて、薄着だと、嫌でもね」
思わず嫌味っぽく言ってしまったので、ふと目の前の男の機嫌を伺うようにその表情を見たルイズは、少し悔しく思いながら続ける。
「……ど、どうせ暇なら中に入りなさいよ。べ、別に使い魔として呼び出して、今じゃ私の所の付き人か執事みたいな……うーん、ちょっと違う? ま、なんでもいいけど、
 行く場所がないなら、私のいる部屋にいてもいいってことよ。一応もう一人いても余裕があるくらいの広さだし、一人部屋だからベッドも何もないけど、こんな外や、学院の使用人がいる場所よりましよ」
ここに来るまでに言葉は選んできたつもりだったが、幾つかの意味で緊張しているルイズは、言葉に詰まりながら誘う。
彼女自身は、妙に口がいうことをきかない、言い終えた後で動悸がする、といった具合で、ふと相手の顔を見ると嫌な汗もかいた。
ここに来る前には、もう少し下手に出たほうが良いかもしれないとも考えたが、面子の為にもこれ以上はあり得ないし、異性にあまり免疫があると言えないのは、別に恥ずべき事とは思わなかったものの、
いざここまで来て、面と向かって会話してみてからは、自身のプライドの高さを呪うべきか、なぜ風紀につかまって謹慎の一つでも食らわされないのかわからない悪友を羨むべきかを悩んだ。
男性を自分の個室に誘うなど想像したこともなかったし、初対面のときから刷り込まれた霧亥個人への慄きもだいぶあった。
「いやなら良いけど………」
霧亥は返事のひとつもしなかった。
遠い目をして感情も意思も見せない状態は、部屋でルイズが霧亥に飽きて二度寝を決め込むまで続いた。

…霧亥という人物は、控えめにいっても二枚目である。
顔の造形の大まかな部分は、元となった身体の形質そのままで、個人の好みや女性受けなどを意識して改変してはいないが、まさに完璧なのだ。
老化や劣化など有り得ず、どれほど微細な損傷も、機能により完全に修復され、産毛の一本から皮膚の肌理のひとつまで芸術的に整った状態で世紀単位の戦いを乗り切ってきた。
当然、しわやくすみの類は一切ない。
計算されつくして組み立てられた機械部品―――事実そのような側面があるが―――を思わせるほどに清潔で端正な顔立ちは、それだけで高得点だ。
加えて、元の作りが優秀と言うのもある。
特に珍しい黒髪は人目を引いた。
決闘の際も一本たりとも乱れなかった霧亥の頭髪は、世の女性が求めて止まない属性すべてを備え、ずっと色素の薄い頭髪の持ち主よりも遥かに美しいある種の透明感と輝きがある。
作り物のような印象を受ける者は、優れた合成技術を持たないハルケギニアの人々の中にはいない。
これを表す「烏の濡れ羽色といったところだ」とは誰が称したわけでもなく、霧亥のイメージそのものともマッチして、いつの間にかそこらに浸透していた。
近づいてみる必要があるが、その目もまた、視線と話題を集めている。
女性好みのきりっとした凛々しさや、万人受けする整った目鼻立ち…というのは、ここまでくるとあまり重要ではない。
ある者は「俗世への執着を捨てた高位の聖職者のようだ」と言ったし、またある者は「戦場から離れられなくなった傭兵の類のようだ」と言った。
その目つきと言うべきか、もしくはその表情と言うべきか、とにかくここに居るすべての人々にとって、まるで今まで見聞きしたようなものではなかった。
このいささか異質な、深い黒色の瞳を見る人々の目には、好奇心や恐怖もあるが、明らかに好意的なものも含まれていた。
このところの素行も併せて、危険な香りが人を惹きつけるという様な、陳腐な現象が起こったということだ。
さらに言えば、なにも顔だけがどうのと言うだけでなく、その体つきも賞賛や熱い視線を送られる要因である。
一言で表して、鍛え上げられた長身。
貴族や細身の長身によくある弱弱しさは微塵もないし、戦士達の巨躯に見られるような、一歩間違えば汚さや粗野と受け取られる刺々しさもない。
鎧の上から分かるほどしなやかに、無駄な筋肉・脂肪のようなものは一切つけず、背筋がすらっと伸びて、その下に長くしっかりした脚があり、大多数の人々からこれ以上ない高評価を受けた。
誇示して見せた脅威の身体能力もあいまって、その力強さは揺ぎ無い賞賛を集め、畏怖を抱くことや女性の視線を束ねる一助になった。
そして、霧亥自身の行動や、言動から垣間見える…というより、勝手な推察によって構成された、彼の人となりも、かなり二枚目だった。
「大理石のような男」や「砥がれたナイフのような男」と言う表し方は、一般的には情の無い人間、危険な人間だといったような意味だが、それを好意的に解釈するものもいる。
口数は少なく、黙って実力を示すところは、得体の知れない恐ろしさもあるが、まあ世間一般において、この文面自体は賞賛に値する。
決闘のときに観衆に示したのは、冷静ではなく冷酷で、寡黙というよりは無口だったが、なにやら危険で暗い面があるとの当たらずとも遠からずな想像は、人々の興味を引く。
押し入った賊の捕縛に貢献したと言うような、公的な活躍は、あまり危険を好まない人間や、正義漢の賞賛も受ける。
まったく分からない、霧亥の由来も、想像や好奇心を掻き立てる。
遠い異国の地に飛ばされ、物静かに佇んでいる霧亥に、普段の鋭さや力強さとは一味違う、哀愁や物悲しさを感じるという人間もいた。
他にも幾つかあるが、以上の大体の特徴を要約した「只ならぬ出自と底知れぬ実力を持った、陰のある寡黙な男」と言うのが、徐々に増えていく好意的な見方の多勢だった。

とはいっても、貴族への反抗的な態度は、霧亥の勇猛さだと勝手に解釈する者がいれば、また身の程知らずの平民と罵倒する者もいた。
決闘の結末は、霧亥への評価を一気に高めたが、目に見える賞賛よりは、畏怖か、人によってはできるだけ近づかなくなるような、単純な恐怖を植えつけた。
霧亥自身にとっても、邪魔なものが寄り付かないように…つまりは無為な争いを抑止し、また円滑な意思疎通や交渉を進めるために、人目を引いたのだ。
原理は理解できるが、とても共感しがたい現象を引き起こすことは、予想はされたができれば回避するべきだと計画している。
だが、一部の物好き、相手の実力を正しく測れない愚か者、正しく測った上で独自の価値観から接近の必要性を感じる者、単純に無頓着なものといった対象については、回避が難しかった。

「噂をすれば―――」

霧亥がルイズの部屋から出て、すでに動き始めている生徒達の間を歩くと、多くの視線が突き刺さる。
眉間にしわを寄せる生徒や、明らかにあせったような表情をする教師。
輝く目でなにやら声をかける男や、数人で固まって、霧亥の通り過ぎた後に小声で会話する女。
良くも悪くも話題性がある。
悪いほうなら、霧亥はむしろ歓迎したかった。
当初の目的がそうであるように、原始的な集団においては、力を誇示して見せれば悪印象とともに、正しい脅威を認識させ、適切な距離を向こうからとらせられる。
ただ、好意的な評価を下した固体は、むしろ接触してくることがある。
いわゆる“人気者”に成る気は、まったく霧亥にない。
なんらかの偶像(アイドル)として、事実とは異なるものを、個人の思考の内部だけとはいえ、自身に対して抱かれることには、嫌悪に近い危機感すら感じた。
不用意にこれらの現象を取り除くべく行動を起こすのは憚られるが、いずれどうにかしようと、霧亥は歩きながら考えた。
個人の価値観や利害による行動の抑制は、それこそ虱潰しになるので、多くは結果的に無視するしかないだろう。
先が思いやられながら、霧亥はこの施設の集積蔵―――機械的デバイスを用いてインターフェイスすることで集積された情報と情報網を閲覧し、機能させる施設―――に行く前に適当な授業を聞いてみようかと、
いつぞやのように食堂の近くで壁にもたれて、慌てて朝食の用意された席に着くルイズなどのあたりに、適当に焦点を定めた。

「あ、キリイさん!」
清掃のために駆け回っていたメイド―――シエスタの声に、少しだけ目を向ける。
自然と睨むような形になったので、彼女はあまり近づかずに歩みを止めた。
「あの、やっぱり、こちらの食事はお摂りになられないのですか? ミス・ヴァリエールからも頼まれましたけれど、なにか摂らないと体に障りますよ」
親身になってくれているのは分かったが、それで問題ないと言っているのに、そこまで心配そうにする必要があるのだろうか?
「まだ、おなかとかの調子が悪かったりしますか? いくらでも休んで良いと、先生方も言っていましたし、食事も大抵のものが作れますよ………」
「顔色も悪いですし」と言って手を近づけられたので、ようやく霧亥は反応して、シエスタのほうを向いた。
彼女の網膜を無意識に走査し、虹彩に“感染”の兆候が無いこと、詳細な遺伝情報や網膜パターンなどが一気に表示される。
そういえば、彼女の遺伝子は、比較的初期の状態を守り通しているのか、色素タンパク質合成などで、災厄直前後の状態に少し似たものだ。
霧亥の頭髪や瞳と、彼女のものは、かなり似た色調をしている。
「あっ―――」
ふと思い出したように、シエスタが自分の髪を摘んだ。
「えっとですね、私の故郷だと、ずっと前からこの髪色の家系が多いんです。キリイさんと同じ、黒髪黒目です。ハルケギニア全体でも珍しいそうですよ」
少し躊躇してから、目を伏せたまま続ける。
「……でも、キリイさんのは綺麗ですよね! 私のよりも色が濃いですし、艶があって、荒れていないからよく纏まっていて……こういうのを、烏の濡れ羽色っていうんですよね。
 ちょっと憧れちゃいます。あ、やっぱり、手入れとかはされているんですか?」
霧亥は自分の身体構造について講釈する気は無かったし、シエスタの体表温度が上昇傾向にあることもどうでもよかったが、特異な遺伝子型が一定地域に長期間集中していることにだけは、興味を感じた。
もっとも、それも気にかけるほどの重要性のある情報とは言い難いが。
「故郷でもそんな髪の人は居なかったかもしれません。あ、タルブという所ですけれど、良い所なんですよ…………そうだ、キリイさんの住んでた場所って……―――」
どんな場所ですか、と、ぎこちなく先細りさせながら続けて、シエスタはまた目を伏せた。
なんてことを聞いてしまったのかと、一人後悔して、謝罪を口にすると、最初に話したことをもう一度心配してから、そそくさと消えてしまった。

…授業が始まると、霧亥は適当な教室の近くを一通り歩き、数十秒ずつ聞き耳を立ててみた。
どこも特別に興味を持つ内容ではなく、どこでも勝手にもぐりこんで良い道理も無かったので、結局は図書室に向かうことになった。
この前とは違って、案内はいないが、邪魔も無い。
まっすぐ目的地に到着すると、霧亥にとって、これはまた妙な光景が広がる。
霧亥は集積蔵を思い浮かべていたが、伝承の時代にそうであったように、本と呼ばれるハードコピーを大量に保管した資料庫は、それに比べてかなり使い勝手が悪そうだった。
オスマンから許可が下りているらしく、すんなりと奥まで進めたが、ハードコピーを保管すると言う行為の非効率性に代表される問題の数々が目に付く。
遠くのほうで浮遊する教員に不審そうな目を向けられながら、ひとまずは諸々の問題を無視して保管物のひとつを抜き取って見てみる。
ずらりと並んでいる、今までも散々目撃してきた表記文字。
各種観察によって得た情報を用いて、簡単な翻訳作業を始めるべく、使い物になりそうなものを他にも適当に引き出そうと、手にしたハードコピーを机の上に抛る。
ハードコピーの保存状態の悪化など歯牙にもかけない霧亥は、かなり容赦なく投げたので、長机全体によく響いたその音に、他の閲覧者が驚く。
「なにをしてるの?」
驚いた閲覧者の一人。
この時間に、本来居るはずの無い区分の人間が、すぐそこにきていた。
タバサと呼ばれていたが、この女子生徒は集団社会において相当に問題のある個体なのかもしれない。
「……本、何のために読むつもりなの?」
構わず集めた幾つかの本は、重く厚いもの、と言う以外に共通点は無い。
とにかく霧亥には、いままでの情報と照らし合わせられる記号が多く載っていればよかったので、集めたハードコピーの内容はどうでもいい。
タバサはしばらく悩むと、もっと根本的な疑問に行き当たった。
「…………読めるの?」
ハルケギニア内でも、言葉の違いは多く、文字に至っては、ある境界を越えたとたんに、まるで通じないことが多い。
それどころか、トリステインに限定しても、方言や、地方によって異なるスラングが存在するではないかと、タバサは思い出した。
どうやら推察したとおりのようで、霧亥は何かを読むと言うよりは、ひたすらページを捲って中身を流し見ている感じだった。
タバサは、少し急いで席を立つ。
霧亥は変わらず、ひたすらセルロースの膜を捲り、その都度、そこに光をよく吸収する幾種かの有機化合物によって曖昧に付けられた印を、ページごと、あるいは一部を抜き出して、いくつもの領域に分けて記憶していった。
これならば、今しがた引き出した量の倍もあれば、これまでの観察から得た情報を駆使して、基本的な法則を組み立てられるだろう。
それ以上はそれなりの時間や努力を要するが、意味と発音を習熟することを除けば、数時間もあれば十分過ぎるほどの、簡単な作業。
教員の助けを借りられるはずのところを、わざわざ一人だけできただけあって、周囲が心配していたようなことは、霧亥にとって深刻な問題ではなかったのだ。
もちろん、霧亥にとって簡単であるというだけで、ここまで化け物じみた能力を持って、ここまで気の遠くなる作業をするとは、この世界のまともな人間は想像すらしない。
「これ」
そして、この世界の人間であるタバサは、平均よりずいぶん発生発育に支障のある肢体に比べ、少し大きすぎる本を持ってきた。
助けになりそうな書物を見繕い、地上から5mほどの場所にあるものを抜き出してきたため、降下してくると言う感じで戻ったタバサは、
このまま昼ごろまで霧亥を一人にしておけば、独力で文法等規則を慣熟し、その後しばらくで、その記号の群れの表す意味や音についても理解し尽くすとは予測していない。
「文法書と単語辞書。あと図鑑」
図鑑は固有名詞を指す記号の形だけを知るにはちょうど良いし、過去に表す発音についての情報を得られたものについては、音と記号の対応の解読も可能だ。
他はそれだけあっても、そのあたりの本を無作為に選ぶのと比較してもあまり優れた点は無い。
彼女の頭がそこまで回らず、これを持ってきたと言うわけでもなさそうだったので、となると次の行動や言葉は、脳を見るまでも無く予測できた。
「教えてあげる」
少し得意げに、続いて何かを期待するようにして、霧亥の近くに座って本を広げる。
好奇から来る行動であることは、考えるまでもなかった。

…黙々と呼ぶにふさわしい作業の後、席を立つ霧亥にタバサが速成の確認試験を催す。
結果、霧亥は完璧と言ってよい精度で、国語の問題から数学の問題を解いて見せ、タバサの…もとい、ハルケギニアにおいて何者も持ち得ない知識の断片すら披露して見せた。
呆気にとられたタバサは、すぐさま冷静になり、考える。
ほかにも何か教え込み、あわよくば異邦人の持つ脅威の知識と能力に触れる機会を設けようと画策したのである。
霧亥はそれらを実現するための試みをすべて無言で跳ね除け、また動き出した。
のろのろと一頁一頁捲ったせいでも、現地人の妨害のせいでもあるが、もうすっかり時間が経った。
この後、巨大な書架の下のほうにある、飛んだりよじ登ったりせずに手に取れる書物を抜き出し、適当に読み流していると、室内に入り込んでいた日光も減り始めた。
「おや、キリイ君」
生徒のいなくなる頃合を見計らって、執務の合間にコルベールを伴って現れたオスマンは、霧亥の長机に座った。
「熱心じゃのう、こちらの語学について、捗っておるかね」
笑顔のオスマンと対照的に、急に険しく顔を変えたコルベールは、紙片のいくつかを手にとって呻いた。
「………捗る、という次元ではなさそうですな。この筆跡は二人分ですが、片方はミスタ・キリイのものでは?」
一通りの賛辞を述べた後、驚愕の表情に変わった二人は、ぶつぶつと相談しながら、教員以外の立ち入りは遅くには禁止されるので、霧亥がここにい続けるわけにはいかないと告げた。
そう言えば、落胆した様子のタバサもいつの間にやら姿が見えない。
すべてを読み切るわけにもいかないらしいので、霧亥は席を立ち、ハードコピーか、可能ならデータだけをソフトコピーとして受領しようと、受付に向かう。

「ここのものを、同じハードコピーか、データ形式で複製してくれ」

戸惑う司書と、明らかにハルケギニアとは違う常識を持って要求している霧亥の間に、大慌ての教師二人が割って入るが、事態の解決や相互理解はならず、
霧亥が失望して、さっさと受付を後にしてしまうことで一応の決着となった。
どうやら諦めてくれたらしいが、一体何が目的だったのか、彼の失望が今後に悪影響を与えなければと、また老人と中年の教師は悩まされた。
「ああ……こんなもん、御伽噺の中でもあるまいに……」
オスマンが、いっそう老けた印象を与えるため息をつく。

まさに異邦人である。
ハルケギニア広しとはいえ、ほぼ単一の民族と宗教、単一の言語と文字しか存在しない。
東方の人々や、尾や羽の生えた亜人共との異種間の意思疎通も、ほぼ同一の手段で可能だ。
霧亥は、まったくのイレギュラーであるのだ。

…学院では、夕食という、霧亥にあまり縁の無い時間がやってきていた。
食堂では、これから眠りに入る人々が、一日で最大の量の食事を前にし、自分の気に入ったものをこれでもかと詰め込んでいる。
自身にとってでなく、彼らにとってでも無用なのではと思わせる光景。
霧亥は無感動にその一部始終を眺める。
ルイズがこちらに気づいて手を振ったり、足早に自室へ戻ろうとする一部の生徒を除いては、いつも耳にする貴族の“品”とやらには程遠い雑談が響く程度の、特に動きも無い光景に飽きた霧亥は、
別段やるべきこともないので、あまり無駄な動きをせず、時間が経つのを待つことにした。
食堂からすぐのところにある宿舎を通って、少し前に自分で築いた瓦礫の山を目指す。
途中、足に纏わりつく爬虫類を蹴飛ばしたり、教員の注意を無視しながら、荒縄などで適当に立ち入りを封じてある塔の跡地に着く。
人気の無い、無秩序な建築物…つまりは残骸の上だが、ここはどこよりも居心地が良い。
何か問題が起こって、休息を要求されているわけでもないというのに、霧亥はゆっくりと全身の力を抜いた。
普段であれば、目的の達成のために、何らかの動きを取り続けている霧亥だが、別に常に明確な手段が判明していて動き回っていたわけでもない。
ただ、歩みを止められるほどの安全の確保も、変化を期待することも、周囲の情報を把握しきることも、まるで出来ないような状況下に、常に置かれていたのだ。
この、安全や秩序には程遠いが、かつてほどの脅威は存在し得ない領域にあっては、霧亥が常と認識してきたものは大きく変わる。
地理を見るに、世紀単位での探索は発生しえず、また文明レベルからして、如何なる事態も霧亥を致命的に脅かしはしない世界。
急ぐにしても、今までのような急ぎ方は必要ない。
少なくとも、現在手に入っている情報からは、それを疑うことは出来なかった・・・

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