あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

memory-25 「英知がもたらすは」前篇


 翌朝……。
開け放たれた窓から入り込むそよ風がルイズの頬を優しく撫でる。
「う、うぅん……」と、差し込む光にルイズは目を覚ます。
そしてはたと、隣を見ると、そこには自分と同じように横になった使い魔が、穏やかな笑みを浮かべ、自分の顔を覗き込んでいた。

「ひゃっ!」
「やあルイズ、buon giorno(おはよう)」

 驚きのあまり、ベッドから跳ね起きたルイズを見つめながら、エツィオはニヤリと笑う。
どうやら、ルイズが起きるまでこうして顔を覗き込んでいたらしい。昨夜に引き続き、なんともまぁ元気な男である。

「お、おはようじゃないわよ! あ、あんたなにしてんのよ!」
「なにって、きみの寝顔をみていただけさ。本当はちゃんと起こそうと思ったんだけど、あまりの美しさと可愛らしさについ見惚れてしまってね」

 朝っぱらからペラペラと口説き文句を並べ立てるエツィオに、昨夜のこともあったルイズは、気恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら後ずさる。

「そ、そんなことより! 洗面器は用意したの!」
「もちろん、着替えもそこに」

 エツィオはそう言いながら、置かれた洗面器を指さした。ご丁寧にも椅子の上には綺麗に畳まれた着替えまで用意してある。
顔の下半分をシーツに埋めながら、ルイズは、う~~~っと唸った。昨夜も感じたことだが……、帰ってきて早々のこの仕事っぷりにぐうの音も出ない。

「さ、早く起きて着替えろよ、それとも、このまま俺と一緒に二度寝でもするか?」
「ばかっ!」

 身体を起こし、再びニヤっと笑うエツィオに手元の枕を投げつけると、ルイズはベッドから起き、洗面器に向かった。
それからエツィオは、ルイズの顔を洗ってやるために洗面器に向かう、
するとルイズは、エツィオに来なくていいと言わんばかりに手を振ってみせた。

「いい、自分で洗うわ」

 エツィオはちょっと驚いたようにルイズを見た。
まさかルイズの口から「自分でやる」なんて言葉が出るとは思わなかったのだ。

「なんだ? 珍しいな、俺のいない間に何があったんだ?」

 からかう様にエツィオが言うと、ルイズは拗ねたように唇を尖らせて、そっぽを向いた。頬が染まっている。
なんだか怒ったような様子で、ルイズは言った。

「うっさいわね、ほっといてって言ってるでしょ」

 ルイズは洗面器に手を入れ、水をすくうと思い切り顔を振って、顔を洗った。水が跳び散る。

「へぇ、きみ、顔を動かして洗うタイプか」

 エツィオがそう言うと、ルイズははっとした顔になった。それから、頬を染めて怒る。

「い、いいじゃないのよ!」
「なるほど、これはいいことを知ったぞ、この事を知っている男は世界で俺だけだろうな」

 そんなルイズにタオルを差し出しながらエツィオはニッと笑った。
ルイズの顔がかぁっと赤く染まってゆく。

「な、なによなによ! だ、誰にも言わないでよ!」
「もちろんさ、俺しか知らないきみの秘密を、他の男どもに知られてなるものか」

 エツィオは口元に人差し指を立て、軽く肩を竦めウィンクして見せた。
ロマリア人もかくやと思わんばかりのエツィオのキザな台詞に、ルイズはくらくらと眩暈がするのを感じた。
見るとにやにやとほほ笑んでいる、どうやらルイズの反応を楽しんでいるらしい。

「そんなに見つめるなよ、照れるじゃないか」

 もはや言い返す気が起きない、たとえ何か言い返したところで、この男はそこを足がかりに更なる口説き文句を放ってくるに違いない。
言われて悪い気はしないが、こいつの思い通りというのも気に入らない。

 ルイズは言い返したい気持ちをぐっとこらえ、エツィオからタオルをひったくって顔を拭いた。
 顔を拭きながらルイズは、本当にコイツは、あのアルビオンを震え上がらせる超凄腕のアサシン、『アルビオンの死神』なのだろうか? と首を傾げる。
昨夜も思ったことだが……、エツィオのこういった面しか見ていないルイズにとっては何とも疑問に感じざるを得ない所である。

 それからルイズは着替えの制服を取ると、昨夜の様にベッドの上にシーツでカーテンを作り、その中で着替えを始める。
窓から入り込む朝日が、着替えるルイズの影をカーテンに浮かび上がらせる。下着を替えているのだろう、片足を上げ、するりと一枚の薄い布が足から離れるのが見えた。
これはこれでなかなか蠱惑的な情景だなと、そんな事を考えながら、どこまでもまっ平らなルイズのシルエットを眺めていたエツィオだったが、
不意に真面目な表情になると、着替えをしているルイズに向かい、口を開いた。

「なぁルイズ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
「な、なによ」

 カーテンの中からなにやら警戒しているような声が返ってきた、どうやらまた口説き文句が飛んでくると思っているらしい。
だがエツィオは表情を替えずに言葉を続けた。

「俺のことだ。わかってると思うけど、俺がアサシンだということは、誰にも言わないで欲しい」
「ん……、そうよね……わかってるわ」
「理解が早くて助かるよ、……きみの為でもあるからな」

 カーテンの中でルイズは、こわばった顔で頷いた。

「俺はアルビオンじゃお尋ねものだ、下手をするときみ自身が狙われるかもしれない、それだけはどうしても……な。それに……」
「それに?」

 カーテンの奥からルイズが尋ねる。
敵は外だけにいるとは限らない……、という言葉が口から出かかったが、エツィオはそれを飲みこんだ。
むしろ警戒すべきなのは内側……、学院はともかく、王宮内部には敵の間諜や、アサシンの力を私欲の為に利用しようとする者も現れるかもしれない……。
無論、そうなる前に、そういった連中を消すつもりではいるが……、今はルイズに余計な心配をかけるわけにはいかないと、エツィオは腕を組んだまま、小さく首を横に振った。

「いや……なんでもないさ」
「そう……、でもエツィオ?」
「ん?」

 エツィオが顔を上げると、カーテンの中のルイズがこちらを指さして言った。

「例えあんたがどんなに凄いアサシンでも、あんたはわたしの使い魔なんだからね? やることはいつも通り掃除とかその他雑用! あんまり調子に乗らないこと!」

 その言葉にエツィオは笑いながら大仰に肩を竦めて見せた。

「はいはい、なんなりとご命令くださいませ、ご主人様。……さ、それより着替えは終わったか? 早くしないと悪い使い魔がカーテンを開けちゃうぞ!」
「やっ、ちょっ! い、今終わるから待って!」

 今までとは一転、明るい口調でエツィオがカーテンに歩み寄る。
すると、ルイズは怒ったような口調で、カーテンを開けた。
見ると、やはり急いでいたのだろう、着替え終わってはいたが、制服の襟が捲れていた。

「やっと終わったか。寝起きのきみもかわいいけど、きみはやっぱり、凛としてなくっちゃな」

 エツィオはにっこりとほほ笑みながら、ルイズの襟元を正してやる。

「これで完璧だ。さ、朝食の時間だろ? 行こうか」
「あ……、う、うん……」

 服装を整えてもらったルイズは口をへの字に曲げながら呟き、エツィオと共に食堂へと向かった。


 エツィオとルイズがアルヴィーズの食堂に入ると、一瞬だけ周囲がざわついた。
ここ最近姿を見せなかったルイズの使い魔の男が、再び現れたからであった。

「あっ、エツィオ! エツィオじゃないか!」

 そんな中、エツィオの姿を見つけたギーシュがこちらに走り寄ってきた。

「ようギーシュ!」
「エツィオ! 無事だったのかね! よかった!」
「ああ、お陰さまでな」

 エツィオは笑みを浮かべると、ギーシュと固く握手を交わす。

「いやぁ、ルイズ、よかったじゃないか、彼がちゃんと戻ってきてさ」
「うっさいわね……」

 あっはっはと笑うギーシュに、横にいたルイズはつまらなそうに頬を膨らませる。

「脱出した後、大変だったんだぞ、きみがいないことを知ったルイズが泣くわ暴れるわで……」
「ちょ、ちょっと、余計なこと言わないでよギーシュ!」

 慌てた様子でルイズが抗議の声を上げる。
それを聞いたエツィオはニヤッと笑みを浮かべると、ルイズの肩を抱き寄せた。

「やっぱりな、きみは寂しがり屋だからな。心配せずとも、これから寂しい思いをさせた分、たっぷり相手をしてあげるさ」
「やっ! ばか! なにしてんのよ! もう!」

 人目もはばからないエツィオの行動に、顔を真っ赤にしたルイズは抗議の声を上げる。

「やめてよ! い、いい加減にしないと、ご飯抜くわよ!」
「おっと、やっと帰ってこれたのに、いきなりお仕置きは勘弁してほしいな!」

 エツィオはおどけた様子で後ろに飛びのき、大仰に肩を竦めて見せた。
そんなエツィオを見て、ギーシュは呆れたように笑みを浮かべた。

「やれやれ、相変わらずだなきみは……、ところでエツィオ」
「ん?」
「きみ、今までアルビオンにいたんだよな? 最近、学院でアルビオンの噂をよく聞くんだ。なんでも敵に寝返ったワルド子爵が暗殺されたとか……」

 その言葉に、ぽかぽかとエツィオを殴りつけていたルイズの手が止まった。みると少し心配そうな表情でこちらを見つめている。

「ああ……、その噂なら、向こうでも聞いたよ、それが?」

 エツィオは何食わぬ顔で首を傾げてみせる、あまりにあっさりしたエツィオの反応にギーシュは少し戸惑ったように頭を掻いた。

「え? あぁ、いやその……もしかして『アルビオンの死神』は……きみ……なのかな? ってさ、アハハハ……そんなわけない……よな?」

 なんだか言いにくそうに首を傾げるギーシュに、エツィオの口元が軽く綻ぶ。

「まさか、俺なわけないじゃないか、俺はメイジじゃないんだぞ?」
「で、でも噂によると、『アルビオンの死神』は平民のアサシンだって……」
「ギーシュ、買い被りすぎさ、俺にそんなこと出来ると思うか? あいつを追い払うだけで精いっぱいだったっていうのにさ!」
「だ、だよな! やっぱりぼくの思い違いだったようだな、うん」

 ギーシュは納得した様子で、うんうんと頷いて見せた。
そんなギーシュに、エツィオは笑みを浮かべながら、肩をぽんと叩いた。

「そうさ、ま、それはとにかくアルビオンじゃ助かったよ、俺達が生きて戻れたのは、お前のお陰だ。ありがとう、ギーシュ」
「は、はは、いやぁ、それほどでも……」

 まっすぐなエツィオの言葉に、気を良くしたギーシュははにかんだ笑みを浮かべた。
それから胸ポケットの薔薇の造花を手に取ると、気を取り直す様にそれを口にくわえた。

「なぁに、気にすることはないさ、エツィオ! 友の危機に力を貸すは貴族の義務だからね! またぼくの力が必要な時はいつでも声をかけてくれたまえ!
このギーシュ・ド・グラモン、友の為にいつでも力を貸そうじゃないか!」
「ああ、頼りにしてるよ」
「それじゃ、ぼくはこれで失礼するよ、また後でな」

 やや芝居がかかった口調でそう言うと、ギーシュは意気揚々と去って行った。
そんな彼を見送りながら、エツィオは少々困ったような表情で肩を竦めた。
トリステイン国内にも、それなりに噂が広がっているとは言え、まさかギーシュに正体を感づかれるとは思っていなかったのだ。

「まいったな……」
「どうするの? ギーシュでも薄々気づいてたわ。多分、キュルケやタバサもあんたを疑ってるかも……」
「うーん、彼女らにも、なんとかシラを切りとおしてみるよ……。さ、席に着こう」

 ルイズの席に辿りついたエツィオは、ルイズに命じられるまでもなく、すぐに椅子を引き、彼女を座らせる。
そしてふと床に目をやると、そこにはスープの皿が無かった。
それは数週間姿を消していたエツィオが、昨日急に戻ってきたために、食堂に連絡が行き届かず、彼の食事を用意していなかったのである。
 まぁ、無理もないか。とエツィオが肩を竦めながらルイズをちらと見ると、ルイズはなぜか頬を染め、そっぽを向いたまま言った。

「今日からあんた、テーブルで食べなさい」
「いいのか?」

 エツィオは少し驚いたようにルイズを見つめる。

「いいから、ほら、座って。早く」
「それじゃ、お言葉に甘えて」

 そう言いながらエツィオがルイズの隣の席に腰かけると、いつもそこに座っているマリコルヌが、またまた現れ、抗議の声をあげた。

「おい、ルイズ、そこは僕の席だぞ、使い魔を座らせるなんて、どういうことだ」

 ルイズはきっとマリコルヌを睨んだ。

「座るところがないなら、椅子を持ってくればいいじゃないの」
「ふざけるな! 平民の使い魔を座らせて、僕が椅子を取りに行く? そんな法はないぞ!
おい使い魔、どけ! そこは僕の席だ! そしてここは、貴族の食卓だ!」

 ふとっちょのマリコルヌは勢いに任せ、胸を逸らせて精いっぱいの虚勢を張った。ちょっと震えている。
ギーシュを倒し、あのフーケを捕縛したエツィオはなんと、伝説の使い魔らしい、ということは既に学院中の噂になっているのだった。
 そんなエツィオだったので、マリコルヌはやや冷や汗をかきながら文句を言った。

 仕方ないとばかりに、エツィオがルイズへと視線を送ると、ルイズはエツィオの裾を引っ張っている。席を譲る必要はない、と言いたいようだ。
 座ったまま何も言い返してこないエツィオを見て、調子に乗ったのか、続けてマリコルヌが口を開いた。

「おい! 聞こえないのか! もう一度言うぞ! どけ! 平民の――」
「ねぇ聞いた? アルビオンの噂!」
「聞いた聞いた! アサシンの噂でしょ?」

 その時だった。不意に、近くのテーブルから、女生徒達の話声が聞こえてきた。
少々大きい話声は、その話題の関心の高さを物語っているようだ。
その声の大きさに、否でも意識はそちらに向いてしまう。恰好がつかなくなったマリコルヌは少々苦い表情でそちらを睨みつける。
だが女生徒達は、そんなマリコルヌにお構いなしに、噂話を続けた。

「そう! 『アルビオンの死神』! また出たんですってね! なんでも、ロンディニウムの広場に堂々と現れて、その場にいた衛兵隊を血祭りに上げたらしいのよ!」
「嘘でしょ? だってアサシンは平民だ、って聞いたわよ?」
「それが、平民のくせに、ものすごく強いらしいの、目にもとまらぬ速さで獲物の首を掻き切るんですって!」
「それだけじゃないわ、ハヴィランド宮殿ってあるでしょ? そこにある皇帝の寝室に忍び込んで、皇帝の枕に短刀を突き立てたとか……、
部屋の机の上には毒入りのワインボトルが置いてあったそうよ」
「まぁっ! なんだか怖いわ……! ねぇ、そのアサシンって、どんな格好してるの?」
「なんでも、フードを目深に被った、白ローブの若い男らしいわ、左肩に血塗れのアルビオン王家のマントを纏ってるそうよ」
「ね、ねぇ……。そ、それってまさか……、あれ……」

 その言葉と共に、ざわっ……、と、食堂全体がざわめき、その場にいた生徒達が、一斉にエツィオを向いた。
今は被ってはいないが、フードの付いた白のローブ、そして、左肩に纏ったマント……。噂に聞くアサシンの特徴と一致している。
だが、当のエツィオは、肩を竦め、自分ではない、と言わんばかりに、澄ました顔でひらひらと両手と一緒に首を横に振って見せる。

「ま、まさかね……」
「そ、そんなこと、あるわけないわよね……」

 女生徒達は、そう呟くと、エツィオから視線を外す。
まさかこんなところに、アサシンが潜んでいる筈が無い、しかもそれが、ギーシュを倒したとはいえ、
魔法が出来ないことで有名なゼロのルイズの使い魔ならばなおさらである。
 それを皮切りに、静寂に包まれていた食堂は徐々に普段の活気を取り戻していった。
エツィオは小さくため息をつくと、何の話だったかな、と再びマリコルヌの方を向く。
だが、そこには既にマリコルヌの姿はなかった、見ると食堂の隅へ逃げるようにすっ飛んで行くのが見える。どうやら椅子を取りに行ったようだ。

 まぁいいか、とエツィオが椅子に座り直すと、ルイズが周囲に聞こえないように小声で尋ねてきた。

「ねえ、あんた……、そんなことまでやってたの?」
「どうだったかな? いろいろやったからな、覚えてないよ」

 心配そうな面持ちのルイズに、エツィオは首を傾げる。

「ま、まさか……いくらあんたでも……ね」

 それを聞いたルイズは、ぎこちない表情で呟く。
そうこうしているうちに食事の前の祈りが行われ、朝食が始まった。
ルイズが目の前の料理を口に運ぼうとした、その時、エツィオが低い声でぽつりと呟いた。

「皇帝か……、奴はいずれ消す、必ずな」
「えっ?」

 不穏な言葉に、思わず手を止めルイズはエツィオを見つめた。

「んっ? あ、ああいや、なんでもない、冗談だよ、ははは」

 視線に気が付いたエツィオはにこやかな笑みを浮かべ、微笑む。
 それを見たルイズは、ぞくり、と背筋が寒くなるのを感じた。
嘘だ、こいつ、冗談で言ってない。だって目が笑ってないもん。

「と、とにかく、あんた、学院じゃそのローブ、着ない方がよさそうね。やっぱりそれ、目立つわよ」
「うーん……そうだな、これからは出かける時だけにするよ」

 エツィオはちょっと考えた後、少しだけ惜しむように自分のローブを見つめる。
それでも着るんだ……、と、少し呆れたように、ルイズはため息を吐いた。

「とりあえず、今日は授業にはついてこなくていいわ、みんなに詮索されると困るでしょ? 一日自由ってことにしてあげる」 


 コルベールの研究室は、本塔と火の塔に挟まれた一角にあった。
見るもボロい、掘立小屋である。研究室、あるいはアトリエという外観だけならまだ、レオナルドの工房の方が様になっているだろう。
その横には最近取り付けられたであろう小型の炉が、でんと鎮座している。
研究室の中では、何やらコルベールが思いつめたような表情で、作業を行っていた。
羊皮紙に描かれた設計図を参考に、慎重に部品を組み立て、動作を確かめる。

「できた……」

 やがて、組み立てていた物が完成したのか、コルベールが大きく息を吐く。
作り上げた"それ"を手に取り、設計図と見比べながら、達成感に満ちた表情で大きく頷く。
だが、その達成感に満ちた笑顔はすぐにかき消える、それからコルベールは苦い表情を浮かべると深く考え込み始めてしまった。
その時、研究室のドアがノックされた。

「どうぞ」
「失礼します、シニョーレ」

 その音で我に返ったコルベールは、はっと顔を上げると、ノックをしている人物に入室を促す。
ドアを開け、入ってきた人物……エツィオを見て、コルベールは表情をほころばせ、両手を広げた。

「おおっ! エツィオくん! 戻ったのかね!」
「ええ、つい先ほど、ご心配をおかけしたようで申し訳ない」
「いやいや、オールド・オスマンから事情を聞いた時は心配したが、無事帰ってきてくれてよかった!」

 エツィオと握手を交わすと、コルベールは積み上げられたガラクタの中から椅子を引っ張りだし、エツィオに勧めた。
エツィオがそれに腰かけると、コルベールは実験用のランプで沸かしていたケトルを手に取り、取りだしたカップに中身をなみなみと注いだ。
黒い液体がカップに注がれると、よい香りが湯気と共に部屋の中に広がってゆく。
コルベールはにこにことほほ笑みながら、エツィオにそれを差しだした。

「きみもどうかな? 東方の商人から仕入れた珍品でね。『コーヒー』というんだそうだ」
「『コーヒー』ですって? ……では、ありがたく頂きます」

 カップを受け取ったエツィオは、一口それを飲むと、その味に思わず顔をしかめた。

「むっ……、随分と苦いのですね……!」
「ははは、だろう? 私も最初は驚いたよ、だが今じゃ、この苦さが病みつきでね」
「なるほど。何か足すと飲みやすくなるかもしれませんね、例えば……ミルクや砂糖を」
「ほう、それは随分といけそうだな。……さて、早速だが、『真理の書』の解読が進んだよ、受け取ってくれ」
「ありがとうございます、シニョーレ」

 コルベールから羊皮紙を受け取ったエツィオは、一通りそれに目を通す。
だが、読んで行くうちに、ページの文が繋がっていないことに気がついた。
どうやらこの男は、自分の興味があるページ、つまり技術や設計図が書かれているページを優先して読み解いているのだと、エツィオはあたりをつけた。
できれば手掛かりが記されているであろう日記の部分を優先的に読み解いてほしいものだが、協力してもらっている手前、強く言うのもなんだか気が引けてしまう。

「これは……手製爆弾か、……俺にも作れるかな」

 ……それに、こう言った、この先、役に立つであろう技術のページまで解読しているのだから、尚更文句が言いにくい。
全く仕方が無いな、と内心苦笑しつつエツィオがぱらぱらと羊皮紙をめくっていると、ふと目を送った先、彼の机の上に置いてある物に気がついた。
深紅のフェルトの上に置かれたそれは、エツィオにとって見覚えのあるものだった。

「シニョーレ、それは……」
「ああ、そうだ、きみに是非見せようと思っていたのだ」

 コルベールはエツィオに、先ほど出来たばかりのそれを手渡した。

「アサシンブレード?」

 やはりというべきか、それはエツィオが身につけているアサシンブレードそのものであった。
試しに作動させるためのリングを引っ張ると、勢いよく刃が飛び出した。

「あなたがお作りに?」
「ああ、きみのその剣と設計図を頼りにわたしが作ったものだ、再現には苦労したよ! なによりその素材となる合金!
素材自体が希少な上に、今のハルケギニアの技術ではどう頑張っても作れなかったんだ。精錬に要する冶金技術が高すぎてね。
そこでだ! この研究室の前に小さな炉があっただろう? アルタイルの文献を元にわたしが……」
「な、なるほど……」

 よくぞ気がついたとばかりに、目を輝かせながら説明を始めるコルベールに、エツィオは苦笑を浮かべながら相槌を打つ。
聞いてもいないのにこうやって説明してしまうのは、教師、というよりも研究者としてのプライドだろうか。
こういうところもレオナルドとよく似ているなと、エツィオは小さく肩を竦める。
しかしよく見ると、エツィオの物とは違い、なにやら刃の下に見慣れぬ機構が備え付けられていた。刃の形状もどことなく違って見える。

「シニョーレ、この下に付いている物は? 私の物と少々違うようですが」
「あ、あぁ、それかね?」

 エツィオがそれを指摘すると、コルベールは言おうか言うまいか、迷ったような仕草を見せたあと、口を開いた。

「実はな、エツィオくん、それは……『銃』なんだ」
「銃ですって? こんなに小さいのに?」
「というより、銃の機構を備えたアサシンブレード、と言った方がいいかもしれないな」

 それを聞いたエツィオは、驚いたように手元の"銃"を見つめた。
エツィオの知る銃はもっと大型で、それこそ担いで運用するようなものだったはずだ。

「この間、『真理の書』に描かれた設計図を見せただろう? わたしも好奇心を抑えきれなくてね、彼の理論と設計を元に、再現したんだ」

 そう呟くコルベールの表情は、新兵器を開発したという喜びに満ちたものではなく、禁忌に触れてしまったと言わんばかりの、暗く、沈んだものだった。

「……コルベール殿、どうかしたのですか?」
「あ……いや……なんでもない、なんでもないよ」

 そんなコルベールの様子を疑問に思ったエツィオが声をかける、
コルベールは力なく首を振ると、思いつめたような表情で俯いた。

「いや、きみには言わなくてはならないな、この銃が……いや、この『真理の書』が、どれだけありえないものなのかを」

 そう言いながらコルベールが顔を上げる、そして重大な秘密を分かち合う様に、口を開いた。

「よいかな、エツィオくん、アルタイルの考案したこの銃は、進みすぎているのだよ」
「進みすぎている、とは?」
「これを見たまえ、最近流通し始めたフリントロック(火打ち)式の拳銃だ」

 コルベールはそう言うと、引き出しから、一丁の銃を取り出した。
エツィオにとっては見慣れない構造をした銃である。どうやらこの世界の銃はエツィオの知る銃の構造とは違うようだ。

「火打ち式……ですか? マッチロック(火縄)式ではなく?」
「そうだ、最近発明されたんだ、開発の参考になればと思ってね、買ってきたんだよ」
「なるほど……それで、この火打ち式とやらと、アルタイルの銃、なんの関係が?」

 エツィオが首を傾げる。
しばしの沈黙の後、コルベールは打ち明けるように呟いた。

「アルタイルの考案したこの銃も、火打ち式なんだ。信じられるかね? 彼が考案したこの銃は、本来辿るべき進化の過程を無視して誕生しているのだよ。
作った身だからこそわかる、この三百年前に考案された最古の銃は、最新の拳銃よりずっと小型で、精度と威力も射程も、従来のそれを遥かに上回っているんだ」
「ということは……これは」
「そう、このアルタイルの銃は、三百年前、『突如として現れた』。……三百年前、ハルケギニアには銃という概念は存在しなかった、
いや、それどころか、この書では、彼のいた世界ですら、存在していなかったとある。だがアルタイルはこの銃を考案……いや、知識を得ていたのだ」

 コルベールは『真理の書』を手に取ると、苦悩が刻まれた、深いため息を吐いた。

「そもそも銃という存在自体、どこから来たのだ? 誰が考えた? 一体誰が最初にそんな物を作ろうと考えたのだ?」
「あの……コルベール殿?」

 そこでコルベールは、エツィオが心配そうな表情で見つめているのに気がついて。
「あ、ああ! すまない!」と頭を掻いた。

「大分お疲れの様だ、しばらく休んだほうがよろしいのでは?」

 よく見ると顔色が悪い、どうやら彼は、喜々として写本解読に挑むレオナルドとは違い随分ナイーブな性格の様だ。
それだけを見ても、アルタイルの書がコルベールに与えた衝撃は相当なものだったということは、想像に難くはなかった。
 コルベールは、そうだな……、と力なく呟くと、椅子に深くもたれかかった。

「知れば知るほど……、悲しみはいや増す……。きみのところの、昔の哲学者の言葉らしいな。
アルタイルも、私と同じ心境だった……いや、きっとそれ以上の苦悩だったのだろう……」
「我が心は英知を求めたが……」

 エツィオが後を引き継ぐように呟くと、コルベールははっとした表情でエツィオを見つめた。
エツィオは俯いたまま、ぽつぽつと言葉を続ける。

「……人の愚かさを知るだけだった、それは風を追うかの如くに虚しい探究、英知がもたらすは悲嘆のみ、真実を知れば知るほど、悲しみはいや増す……」

 それを聞いたコルベールは今にも泣き出しそうな、悲しそうな表情になった。

「コヘレトの言葉です。確か、このような内容だったかと」
「悲嘆のみ……か、残念なことだが、それは……正しいのだろうな……」

 手元の銃の設計図を見つめながら、思いつめたような表情でコルベールは呟く。

「『真理の書』……、これは、本当に世界を一変しかねないかもしれない……」
「と、言いますと?」

 エツィオは怪訝な表情でコルベールを見つめた。

「……『進みすぎている』んだよ、この書物に書かれていることは。
技術、知識、そして彼の持つ思想……。そのいずれもが、我々が得るには早すぎるものばかりなのだ。
数十年、或いは数百年は進んでいると言っていいだろう。
その銃がまさにそれだ、こんなものが出回れば……、必ずや新たな悲嘆を生むだろう」

 とは言え、銃なのだから、それも当然と言えば当然なのだが……。とコルベールは小さく呟く。
それから、部屋の隅に置かれた、つい最近発明したばかりの装置、『愉快なヘビくん』を見つめる。

「これもいずれ……悲嘆を生むのだろうか? 知識も突き詰めれば狂気でしかないのか?」
「どうか、お気を確かに」

 苦しそうに呟くコルベールに、流石に心配になったエツィオは、肩に手を置き声をかけた。
正直なところ、発狂されでもしたら非常に困る。

「しかし……しかしだ」

 コルベールは顔を上げると、エツィオを見つめた。

「なあ、エツィオくん、私には……、信念があるんだ」
「信念、ですか?」

 ああ、とコルベールは頷くと研究室内を見まわした。
外観こそみすぼらしい掘立小屋だが、ここには彼が先祖伝来の屋敷や財産を売り払って手に入れた、様々な道具や秘薬で溢れている。
それらを見つめながら、コルベールは少々自嘲気味な笑みを浮かべ呟いた。

「ご覧の通り、私の趣味は研究でね、主に魔法やそれを利用した新しい技術について研究しているんだ。
そんなわけで、周りからは、変人とかよく言われている。そんなわけで未だに嫁さえ来ない」

 だろうな。とエツィオは内心頷いた。
フィレンツェに似たような奴がいるせいで、彼と言う人物がなんとなく理解できる。
おそらくは、女性関係にはあまり興味が無いのだろう。研究一筋、レオナルドもそうだった。
そんな事を考えるエツィオに、コルベールは話を続けた。

「……私の系統は『火』でね。『火』系統が司るは『破壊』、それゆえ戦いこそが『火』の本領だというのが、我々メイジ達の定説だ。
だけど私は、そうは思わない。『火』が司るのは破壊だけ、というのは寂しいと考えている」

 俯いていた顔を上げ、コルベールはエツィオを見つめた。

「そう、魔法はいわば『英知』だ、故に伝統に縛られず、様々な使い方を試みるべきだ。
本来破壊に用いられる『火』の系統も、使いようによっては、我々の生活をより豊かにし、素晴らしいものを授けてくれる、そう信じているんだ。
……その『英知』がもたらすものは、決して悲嘆などではない、そうだろう?」
「ええ、その通りです。そのためにも、知識の炎を絶やしてはなりません」
「知識の……炎?」
「大昔の学者が言った例えですよ、なんでも、知識を火に例えたのが始まりだとか、集まれば集まるほど、大きく、激しく燃え上がる、それが知識の炎なのだとか。
最も、これはレオナルド……友人の受け売りですがね」
「そうか……知識は炎か……! 炎は知識の象徴……! ああ! なんと素晴らしい言葉なのだ!」

 エツィオの言葉に、コルベールは嬉しそうに叫んだ。

「エツィオくん!」
「は、はい……」

 コルベールはぐいと顔を近付けると、心底うれしそうにエツィオの手を取り、固く握りしめる。

「きみには、礼を言わなくてはな。ありがとう、きみと話したおかげで、随分楽になれたよ」
「お役に立てて、幸いです、マエストロ」

 つい先ほどまでの消沈っぷりからは考えられないほどのコルベールに、エツィオはにこりと魅力的な笑みを浮かべて言った。
余程嬉しかったのだろう、コルベールはニヤけた顔のまま、エツィオの肩をバンバンと叩いた。

「こ、こら! マエストロだなんて、やめてくれたまえ! 私はそんな大それたものではありませんぞ!」
「ちょ、ちょっとコルベール殿! こ、これ以上はご勘弁を!」

 叩かれた肩がヒリヒリと痛む、たまらずエツィオは音を上げた。この男、華奢に見えて随分と力が強い。
そんなエツィオに気が付いたのか、コルベールは「あ、ああ、すまん!」と、頭をかいた。

「随分と、力がお強いのですね、少し驚きましたよ」
「ん、あ、ああ、昔、ちょっと……な」

 コルベールの表情が僅かに曇る、それを見たエツィオは、すぐに触れられたくない過去の類であることに当たりを付ける。
折角持ち直したコルベールの機嫌を損ねないように、エツィオは別な話題を切り出すために、『銃の設計図』が描かれた写本の断片と、『真理の書』の頁を手に取った。

「それはそうと……、コルベール殿、この設計図と写本なのですが……、現物はそれだけですか?」
「ん、ああ、完成品はそれだけだ、それがどうかしたかね?」

 設計図を手にしたエツィオに、怪訝な顔でコルベールは尋ねる。

「なるほど……では」

 そう言うや否や、エツィオは首を傾げるコルベールの前で、銃の設計図とその写本を、ランプの火にかざした。
あっという間に火は設計図に燃え移り、灰へと変える。
エツィオの突然の行動に、コルベールは驚いた様子で立ち上がる。

「なっ、なにを!」
「コルベール殿、これは人の手にあるべきものではありません、少なくとも今は。……秘密はここで生まれ、そして死にました」

 エツィオは、どこまでも冷静な声で、諭す様に言った。
コルベールも、自身の解読したものの重要性を知っているせいか、すぐに口を噤み、再び椅子に腰かけた。

「そう……だな……、もとよりその『真理の書』はきみのためのものだ、私にどうこう言う権利はない」
「感謝します」
「いや、礼を言うのはこちらだよ、私では……おそらくこの書物を処分できなかっただろう」

 コルベールは深くため息をつくと、まだ解読されていない『真理の書』の頁の束を見つめる。
エツィオもそれを見つめながら、小さく肩を竦めた。

「しかし、ここまでのものが記されているとは、その最後のページには何が書かれているのでしょうか。それこそ『この世の真理』が書かれているのかも……」
「うむ、それなんだがな」

 コルベールは『真理の書』の一頁を取り出すと、エツィオに手渡した。
コルベールは、やはりというべきか、既に『真理の書』の最後の一枚に目を通していたようだ。

「最後のページに書いてあるのはこの奇妙な図だけなんだ」
「図、ですか?」
「何かの記号……、あるいはシンボルのようなものだと思うのだが……、蝶が翅を広げたような……。なんなのだろうな?」

 エツィオが目を通すと、成程、その『真理の書』の頁に書かれていたのは、何重もの線が折り重なったかのような、奇妙な模様であった。
それはまるで、コルベールの言う様に、蝶が翅を広げたような姿をしている。

「きみ、これが何かわかるかね?」
「いや……、ん……? 何か書いてあるな……、失礼、ペンを」

 エツィオはペンを受け取ると、"タカの眼"を用いて、余白に浮かび上がる、見えざる文字を書き写してゆく。
そしてあらかた写し終わると、それをコルベールに手渡した。

「これはなんだ……? 数式か? ……ふむ? むむむ? 見慣れない文字だな」
「これは……、アラビア語? ……だめだ、お手上げです、だとしたら私にも読むことが出来ないようだ」
「うーむ……気にはなるが、手出しができないようだな。この数式も、なにがなんだか……」

 二人でその頁を覗き込み調べるものの、何の手がかりも得られず、やむを得ず匙を投げる。

「だとしたら、今の我々には関係のない物でしょう、誰にもわからぬものを残す必要がありませんからね」

 名残惜しそうに、その頁を見つめるコルベールに、エツィオは少々呆れたように肩をすくめて見せる。
あれほど知識の在り様について迷っていたクセに、いざ目の前に未知なる英知が現れると、夢中になって追い求めてゆく。
彼はやはり、根っからの研究者なのだろう。
それから窓の外を見つめると、すっかり日も傾いている事に気が付いた。

「さて、コルベール殿、そろそろ私は失礼します」
「あ、ああ、すまなかったね、いろいろ時間を取らせてしまって」
「とんでもない、とても有意義な時間でした。……それと、この銃なのですが」

 エツィオは机の上に置かれたアサシンブレードを見つめる、設計図を処分した以上、これもまた処分、あるいは、人の手に触れないようにしなくてはならない。
だがコルベールは、それを手に取ると、エツィオに手渡した。

「その銃はきみが使うべきだ、エツィオくん」
「よいのですか?」
「もちろんだ、それはきみのためにアルタイルが残したものだからな。それに……」

 コルベールは言葉を切ると、まっすぐにエツィオの目を見つめた。

「きみならば、使い方を間違わない、そう信じている」
「……ありがとうございます、コルベール殿。これが我が助けとならんことを」

 エツィオは左手の籠手を取り外し、コルベールの作り上げた、新たなアサシンブレードを取りつける。
小指のリングを引くと、勢いよく刃が飛び出し、固定された。
コルベールは引き出しの中から小さな革袋を取り出すと、エツィオに差しだした。

「火薬と弾丸だ。弾丸は、既存の物と同じものが使えるようになっている、あまり多くはないが、持って行くといい」



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