あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

機械仕掛けの使い魔 幕間-01



機械仕掛けの使い魔 幕間1
~フーケとクロとミー、ルイズとキッド~


「…やっぱり、ダメだわ…」
 呻きにも似た呟きを吐き、ルイズは自室の机に突っ伏した。太陽は顔を半分ほど隠しているが、ルイズの目の下には、くっきりとクマが刻み込まれている。
 それもそのはず、彼女はフリッグの舞踏会の翌日からかれこれ1日半ほど、一切食事も睡眠も取っていないのだ。
徹夜などとはほとんど無縁の生活だった為、これはかなり堪えている。
 机上にだらんと投げ出された右手には、真新しい杖が一振り。予備として、ルイズが自室に保管していた物である。
物自体は、フーケの手で折られた杖と全く同じだが、一体何がダメなのかと言うと…

「どうして、契約が成功しないのよぉ…」
 先日折られた杖に代わり、新たな杖として予備の物を取り出し、契約しようとしていたのだが、これが全くうまく行かないのだ。
「手順は、間違ってないわよね…」
 机の片隅に置いてある書物を開き、杖との契約の手順を確認するが、手違いはない。と言うか、失敗の度に何度も読み返しているのだから、手順の問題ではないはずである。
 何がまずいのかも解らないまま、疲労と焦りが蓄積する。頭をブンブンと振り、もう一度杖に意識を集中した。
 とそこへ、散歩と昼寝に出ていたクロが帰って来た。その顔は、見るからに上機嫌である。
極上の笑みを顔に浮かべているクロは、床にメンテナンス道具を広げ、いそいそと自分の身体のメンテナンスを始めた。
「あらクロ、お帰りなさい…何だか妙に楽しそうだけど…」
「ようやく来たんだよ、ロングビルからな」
「来た? …何がよ?」
あまり回っていない頭で考えるルイズだが、思考の歯車が完全に外れてしまっている為、何の話なのか解っていない。

 メンテナンスの手を止めず、首だけをルイズに向けるクロ。その顔に浮かぶクマを見て溜息を1つ吐き、続けた。
「フーケとしての仕事だよ。今晩、襲いに行くんだとさ」「あぁ、なるほどね…」
 ようやく理解したようで、何度か頷くルイズ。その頷き方も、夢遊病患者のようで、妙にぎこちない。
「名前は覚えらんなかったけど、平民相手に人攫いみてーな事してるヤツらしいぜ。きっちり懲らしめてやらァ」
表情は、懲らしめると言う表現には似つかわしくないほどに満面の笑顔であった。

「…どこの誰かは知らないけど、天罰よね、うん…」
 まともに働かない頭を辛うじて働かせ、件の貴族に降りかかるであろうクロからの『制裁』という名の『私刑』を想像したルイズは、身震いするしかなかった。

    +     +     +     +     +     +

 ほぼ同時刻、本塔内厨房。ミーはここで、朝から今に至るまで、ずっとマルトーやシエスタたちの仕事を手伝っていた。
当初は飛び入り、かつサイボーグとは言え猫だった為、厨房の面々もどうした物か、と思案したが、いざ余り物で簡単な賄い料理を作って見せると、あっという間に厨房スタッフの一員として、暖かく迎え入れられたのだ。

 普段は、とても活気のある厨房である。マルトーを始め、男性コックたちの威勢のいい声が飛び交い、シエスタを筆頭とする給仕たちが慌しく動き回っている。
しかし、この日は違った。スタッフ全員の雰囲気が、異様に重いのである。
 そしてその理由は、夕食の仕込みが終わった直後に判明した。
「…シエスタ、もう準備は出来てるか?」
マルトーの問いに、無言で頷くシエスタ。明朗活発な彼女らしくない態度に、ミーは首を傾げる。
「どうしたのシエスタちゃん、どこか具合悪いの?」
足元に寄ったミーが聞くが、こちらにも無言のまま、今度は首を横に振った。
「ミーくん、シエスタはな…」
重い口を開くマルトー。

「何だよそれッ!? そんなバカな事があっていいの!?」
 その内容にミーは愕然とし、同時にやり場のない猛烈な怒りがこみ上げた。その怒りのまま、怒鳴り散らす。しかしスタッフは全員、暗い顔のままだ。
「俺たち平民はな、貴族の命令には逆らえねぇんだよ。貴族が白と言えば白、黒と言えば黒。俺たちだってバカな話だとは思ってるさ。だけど、どうしようもねぇんだ…」
マルトーは、力なく項垂れた。
「マルトーさん、もう迎えの方が来ていらっしゃるでしょうから、私、行ってきます…今まで、お世話になりました…」
ペコリと一礼し、厨房を去るシエスタ。その足取りは、普段の彼女からは考えられないほどに、重かった。

 シエスタの去った厨房に、ギギギと、酷く耳障りな金属音が響く。それはミーが、己の拳を全力で握り締める音だった。
その音にギョッとする一同だったが、長くは続かなかった。弾丸のような速度で、ミーが厨房を駆け出たからである。

    +     +     +     +     +     +

 ダァンッ、とルイズ私室のドアが開け放たれた。その音に驚いてドアを見やるルイズ。そこには、ガトリング砲を装着したミーがいた。
「クロ、今すぐ準備しろ!」
「ンあ? どうしたよミーくん。オメーがそんなに慌てるなんてよ」
「…あっ、また始めからやり直しだぁ…」
血相を変えて飛び込んできたミーに、さして驚いた様子もないクロと、集中を乱されて完全に契約が失敗したルイズ。
普段通りに過ぎる両名に気が削がれかけたミーだが、すぐに気を取り直し、まくし立てる。
「シエスタちゃんが、モット伯爵とかいうヤツに連れて行かれた」
「モット伯爵、モット伯爵…」「シエスタが、モット伯に…?」
簡潔に事情を説明したミーに、クロは何かを考え込み、ルイズは得心行ったという表情を浮かべた。

「ジュール・ド・モット伯爵ね。ある一点を除けば、悪い話は聞かない方よ」
 その一点が、かなり問題があるんだけど、と続けるルイズ。
 モット伯は、政治手腕に関しては良くもなく、悪くもなく、といった具合の貴族である。領民からはそれなりに信頼されており、普段の振る舞いについては、悪い噂も立っていない。
 しかしこれは、あくまでも『領民から』の、『日常』の評価である。モット伯は勅使として学院にしばしば訪れるのだが、その際に美しいメイドを探し、気に入れば夜伽を含めたメイドとして買うのだ。
そのメイドたちにも、当然家族はいる。手塩にかけて育てた娘を、慰み者として買われて喜ぶ親がどこにいようか。
 つまり、近隣へはほぼ秘匿されている、屋敷内での行いに関しては、そのメイドたちの家族からの評価は著しく低い。もはや悪徳貴族と言っても差し支えないのだ。

 ルイズの説明を聞き終えたクロは、ニヤリと笑った。
「慌てんなミーくん。オイラもそいつに用があんだよ」
「え、クロがソイツに…?」
予想外のクロの反応に、呆気に取られたミー。
「思い出したぜ。今夜のロングビルのターゲットは、そのモット伯ってヤツだ」

    +     +     +     +     +     +

 闇が空を覆い始めた頃、ルイズの部屋の扉がノックされた。
「ミス・ヴァリエール、ロングビルです。開けて下さいますか?」
どこで誰が聞いているか解らない寮塔である。さすがのロングビルも、素を出すわけにも行かず、オールド・オスマン専属秘書のロングビルの顔で、ここを訪れていた。
「あぁ、また失敗だわ…。開いてますから、どうぞ…」
契約失敗にまた沈み込んだルイズが、低い声で彼女を招き入れた。

 ロングビルは後ろ手にドアを閉めると、アップにしていた髪を解いてメガネを外した。あっという間に『土くれ』のフーケの登場である。
「さてクロちゃん、準備は出来たかい?」
「おぅ、後は着替えるだけだぜ」
着替え、と言う言葉に首を捻ったロングビルの前で、クロは手際よくぬいぐるみを脱ぎ捨てた。銀色のメタルボディが、蝋燭の火を鈍く反射する。
 初めて見たクロのメタルボディに目を丸くするフーケをよそに、クロは腹部ハッチから、純白の何かを取り出した。いや、よく見れば完全な純白ではない。赤や黄色の飾りのような物がくっついている。

「そう言えば、今回の仕事には、ミーも着いて行くって言ってるわよ」
 契約の済んでいない杖を机に置き、ルイズが向き直った。
「ミーくんもかい? そりゃ、ミーくんもクロちゃん並みに強いって話だから、あたしとしてはいいけど…」
「モット伯に、用事があるそうよ」
「ダメって言われても、噛り付いてでも一緒に行くからね!」
言いながら、ミーも腹部ハッチから何かを取り出す。こちらはベージュ色と言うか、黄土色と言うか、そんな色の何かに、黒や白の物体がくっついていた。
「アンタたち、それ何なの?」
 クロとミーが取り出した何かに、興味を引かれたルイズが尋ねた。
「言ったろ? 正体がバレねーように、ちゃんと準備するって」
手馴れた様子でその何かを身に付け始めたクロ。ミーも同様に、まるで服を着るかのように、何かを着込んでいく。そして…
「うっし、これで完璧」

 ルイズの部屋に、2匹の動物が現れた。1匹はニワトリ。そしてもう1匹は、シャイなワンちゃんである。
「これなら、さすがに猫には見えねーだろ」
軽く身体を動かして、具合を確認したニワトリ…もといクロは、ルイズとフーケの方を向き――青筋を立てた。
「「…………プッ」」
必死で笑いを堪えていた2人だったが、とうとう決壊した。
「あはははははははっ! な、何よその格好…!」
「こ、これは何と言うか…傑作だねぇ…くくくっ!」
両者とも、腹を抱えて笑い転げている。
「た、確かに、ちょっと変な顔かもしれないけどさ…」
部屋の隅で体育座りするシャイなワンちゃん…もとい、ミー。非常に怪しい。犬の体育座りなど、誰も見た事がないだろう。そんなミーの様子に、さらに笑いの渦に落ちるルイズとフーケだった。

 青筋の数を増やしたクロがガトリング砲を構えた事で、ようやく事態は収束した。しかし、ルイズとフーケの呼吸は、未だに荒い。
「と、とりあえず手順をもう一度確認するよ――」
 呼吸を整えながら、クロとミーを従えて部屋を後にするフーケ。その背中を見送ったルイズは、すぐに机に向き直り、再び杖との契約手順をなぞり始めた。

     +     +     +     +     +     +

 2つの月が見守る中、クロとフーケを乗せた荷車が、モット伯の屋敷から直線距離にして100メイルほど離れた場所に到着した。今回の馬役は、ミーである。
最高速度は時速160kmと、クロを僅かながら上回っており、数字の上でも妥当な役回りだが、それ以上に、モット伯への怒りの念が、ミーを駆り立てたのだ。
…夜目が利かないクロが荷車を引くと、途中で確実に事故を起こす、というのも理由の1つではあったが。
「そんじゃ、ちょいと暴れてくるぜ。オメーら、しっかりやれよ~」
まるで、ちょっとそこまでパンでも買いに行くかのように、軽い口調と仕草でガトリング砲を左手に装着するクロ。続いて右手を腹部ハッチに突っ込み、デルフを引き抜いた。
「おっ、ようやく出番か。待ちくたびれたぜ、相棒!」
「わりぃわりぃ。その分しっかり使ってやっから、気合入れろよ?」
カチィンッ、といつもより高らかにデルフのハバキが鳴る。覚悟完了、のようだ。
「あたしらは裏に回るよ。着いて来な、ミーくん」「ガッテン」
 闇に紛れて、フーケとミーが行動を開始する。それを見届け、クロは駆け出した。


 …ここから先は、詳細な記述など不要だろう。
 屋敷を囲む外壁の内側は、戦場となった。ガトリング砲が、デルフが唸りを上げ、建物、芸術品、人を一切の区別なく、片っ端から吹き飛ばしていった。
屋敷内各所からの応援も、もぐら叩きのように出て来たそばから狙い撃ちされる。誰一人として、その元凶に近づく事も、魔法を撃つ事も出来なかった。
  そして、この騒ぎを引き起こした元凶たるニワトリ…クロは、終始笑みを絶やさなかった。
ケタケタと笑いながらガトリング砲を乱射し、デルフを振り回す。玄関ホールには無数の弾痕、ヒビが入り、新たな傷が付けられるたびに、ミシミシと不吉な音を発する。

 …後に、このメイジ、衛兵たちは、その全員が救出された。
しかし病院のベッドで目を覚ますまでの間、一様に「ニワトリが、ニワトリがぁ…」と呻く事になり、しばらくはニワトリを見た瞬間に逃げ出すほどのトラウマを植え付けられたのだが、ここで語る事ではないので割愛させていただく。
 玄関ホールでのクロの大暴れにより、屋敷各所はあっという間に手薄どころか、玄関ホール以外もぬけの殻となった。ミーとフーケは屋敷裏手の窓から侵入し、それぞれ目的を達成する為に行動を開始した。
 ガトリング砲の射撃音や、それに伴う振動の中、屋敷内を探索するミー。その聴覚センサーに、聞き慣れた声が飛び込んだ。
「この声は…シエスタちゃん!」
昼間に聞いたばかりのシエスタの声だと確信したミーは、その声が発せられた部屋のドアを開け放った。

 果たしてそこは、ベッドルームだった。そのベッドの脇で、普段よりも胸元が開き、丈の短いメイド服に身を包んだシエスタが、後ろから中肉中背の男に迫られている。
こんな情景を見せられて、何が行われようとしていたか解らないほど、ミーももう、初心ではない。
「な、何だ? なぜ犬がここにいるのだ?」
突然開いたドアと、そこに2本足で立っている犬に驚く男の顔面へ、額に青筋を4つほど立てたミーが跳び出した。
「何してやがんだ、この外道がぁッ!!」「はぶっ!?」
美しいフォームの回し蹴りが、男の顔面に突き刺さった。
「げ、幻覚か!? 今、犬に回し蹴り食らったような…」
盛大に噴き出す鼻血を両手で押さえながら、軽く焦点の狂った目を正常化しようと、何度も目を瞬かせる男。
 伯爵様!? と慌てて駆け寄ろうとするシエスタだったが、それをミーが制した。気付けば、左手にはガトリング砲。
当初こそ犬の正体が解らなかったが、それを見て、シエスタは犬の正体を察した。

 この騒ぎを聞きつけ、部屋に入って来たのは、10人前後のメイドたちだった。みな一様にシエスタと同じようなメイド服を着ている。
しかし、シエスタとは決定的に違う点が1つ。その誰もが、眼から生気が失われていたのだ。
「た、たかが犬が、私の顔を蹴るなど許されると――」
怒りを隠そうともせず、杖を片手にモット伯が立ち上がる。しかし、それを一瞥したミーは、
「オマエはちょっと黙ってろ!」「――おもぶしゅ!?」
口上を最後まで聞かずに、再びその顔へ回し蹴りを叩き込んだ。鼻血でアーチを描きながら、後ろへ倒れこむモット伯。メイド一同は、ただひたすらに困惑したような顔だ。

「も、もしかして…?」
 恐る恐る、と言った様子でガトリング砲を指し示すシエスタ。それにミーは、親指を立てて見せた。
「シエスタちゃん、そこの人たちと一緒に今すぐ外に逃げて。玄関ホールはアイツが暴れてるから、適当な窓からね」
部屋の中にあってまだ聞こえる発砲音と、連続して起きる振動に、シエスタも玄関ホールの状況を僅かながらも理解したようだ。

 幾分眼に光が戻ったメイドたちを先導し、窓から外へ脱出させたシエスタは、すぐにベッドルームに戻った。
相変わらずモット伯は鼻を押さえて尻から座り込み、シャイなワンちゃんに扮したミーは、その前に仁王立ちしている。
「シエスタちゃんも逃げて。コイツは、オレが人の道ってモンを教え込んでやる…!」
怒気に満ち満ちたミーの声に、シエスタはただ頷くしかなく、メイドたちの後を追ってベッドルームを出た。

「や、やめて下さい、ワンコの旦那! あ、あ゛ーーーーーーーーーっっ!!??」
 窓に片足をかけたところで、ベッドルームの方角から、モット伯の絶叫が響き渡った。恐らく、ミーによる制裁が繰り広げられているのだろう。
声から察するに、阿鼻叫喚の地獄絵図、といった様相だろうか。身震いしたシエスタは、それ以上の思考を止め、屋敷の外へと脱出を果たした。

 …この後、屋敷から救出されたモット伯は、旅に出た。自分が買ったメイドたちの家を一軒一軒回り、残った財産から慰謝料を手渡していったのだ。その際、彼はメイドの親たちに、こう話したという。
「犬に人の道を説かれた。今後は心を入れ替え、模範的な貴族として振舞う」
 そんな彼の姿を見た屋敷のメイジ、衛兵たちは、トラウマに悩まされながらも改めて、彼に尽くすと誓ったそうな。
 目的の財宝を入手し、壁にいつもの刻印を済ませたフーケは、外へ出て程なく、ミーと合流した。
ミーは未だ興奮冷めやらぬ様子だったが、屋敷に目をやるとサッと顔を青くして、
「急いで離れよう、ここにいると巻き込まれちゃうよ!」
と言い、彼女の腕を引っ張った。
「巻き込まれるって…何にだい?」「いいから、早く逃げなきゃ!」
 状況が飲み込めていないフーケだが、ミーの剣幕に飲まれ、共に屋敷の敷地外へと走り出した。

 正門側に回りこむと、人だかりが出来ている。暗くてよく見えなかったが、近づいてみると、全員が同じ服装をしているのが見て取れた。
「ミーくん、無事だったんですね!?」
その人だかりの中から、特に傷を負っているわけでもないミーを見つけたシエスタが走り寄り、抱きついた。
「ありがとうございました、あのままだったら私、伯爵様に…」
嬉しさからか、安心からか、涙まで浮かべているシエスタの頭を、ミーはよしよしと撫でた。

「感動の再会はいいんだけどさ、この後はどうするんだい? 手筈じゃ、クロちゃんが脱出ルートを確保するって話だったけど…」
「大丈夫。もうそろそろ、きっちり脱出ルートが作られるから」「もうすぐ?」
 ぬいぐるみを脱ぎながら、ミーは屋敷を指差した。相変わらず屋敷は全体が振動し、壁のいたる所から、パラパラと破片が崩れ落ちている。

 突如、轟音が辺りを支配した。猛烈な砂煙が巻き起こり、ミーたちを襲う。あまりにも唐突過ぎて、その場にいたミー以外の全員は、轟音に身を竦ませるしかなかった。
「これが、アイツ流の”脱出ルート”だよ」
もうもうと立ち込める砂煙の中、一同は見た。モット伯の屋敷が、ゆっくりと、地面に沈み込むのを。否、沈み込んでいるのではない。
 ほぼ全体と言っても過言ではないほどに、しっかりと『固定化』をかけられていたにもかかわらず、屋敷は下層から、崩壊しているのだ。
 そして、いよいよ屋根が崩れ落ちようとしたその時、屋敷から1つの影が飛び出した。
「おっ、出て来た」
正門から玄関へ続く通路の中ほどに着地した影は、悠々とした足取りでこちらへ歩いてくる。
「いやー、爽快爽快!」
と、鼻歌交じりに快哉を挙げながら。

「…こりゃ確かに、学院のアレが『ちょっと』になるワケだねぇ…」
 感心したような、呆れたような呟きを漏らすフーケ。この惨状を見れば、確かに学院の損壊など、『ちょっと壊れた』で済むだろう。やはり、何の弁護にもならないが。
「あっ、宝物庫のメッセージが無駄になった…」
屋敷全体の崩壊。それ即ち、宝物庫の崩壊も意味する。いつも残して帰る犯行声明が屋敷と共に崩れ去り、フーケはほんの僅かに、肩を落とした。

「瓦礫に埋まってりゃ、追って来れねーだろ。んじゃ、帰るとすっか」
その場にいた屋敷の者全員が生き埋めになってしまえば、追っ手など付きようがない。ニワトリのぬいぐるみを手早く脱いだクロは、腹に収めていたいつものぬいぐるみに着替えた。
「ま、待ってくださいクロちゃん!」「ンあ?」
 荷車を置いてある場所まで歩き出そうとしたクロを、シエスタが呼び止めた。
「この子たちは、どうすればいいんでしょうか…」
見れば、救助されたメイドたちは、互いに寄り添うように固まっている。それまで自分たちが働かされていた場所が、一瞬で灰燼に帰してしまったのだ。これからどうすればいいかなど、彼女たちに解るわけもない。
「んなの、決まってんだろ?」
そんな疑問を、クロとミーは軽く打ち壊す。
「元々は学院のメイドだったんだ、戻りゃいいじゃねーか。オスマンジーさんには、オイラから話付けてやっからよ」
「モットってヤツも、ボクがきっちり懲らしめたからね。もう、今までみたいな事は起きないと思うよ」
 不思議な安心感があった。顔をぱぁっと明るくするメイドたち。その脇で、フーケも苦笑していたが、どうにも悪い気はしていなかった。こういうのも悪くない、と。

    +     +     +     +     +      +

 その後、ミーによるピストン往復が開始された。まずはロングビルに戻ったフーケとシエスタ、それに3人ほどのメイドを乗せ、学院へと戻る。
ロングビルがいれば、学院の守衛も信用している為、メイドたちを戻すのに都合が良いからだ。
 クロは最後まで元・モット伯屋敷に残り、瓦礫から誰かが出て来ないか見張りをしていた。そして、残ったメイド4人と共に、ようやく学院の門をくぐった。

「そう言えばクロちゃん」
 シエスタと、明日の朝食の打ち合わせがあるというミーを先頭に使用人宿舎へ向かうメイドたちを見送りながら、ロングビルがクロに話しかけた。何やら、手元の袋をごそごそとやっている。
「さっき、あの屋敷の宝物庫で、こんな物を見つけたんだ。これももしかして、あんたのじゃないのかい?」
袋から取り出された、鈍く黒色に光るL字型の物を見て、クロはハッとした。
「コイツは…」
「こんな精巧な物、まず作れないからね。バイスとかツインキャノンみたいに、クロちゃんに関係するんじゃないかと思って持ってきたんだけど…その様子じゃ、当たりみたいだね」
「あの時、弾切れして捨てたんだけどな…」
 夜空を見上げ、クロは小さく溜息を吐いた。

    +     +     +     +     +     +

 クロがルイズの部屋に戻ると、彼女はまだ、杖を片手に唸っていた。どうやら、契約はまだ終わっていないらしい。
「…あら、お帰りなさい、クロ…」
「おう。…って、オメーそろそろ休めよ…。いい加減、身体壊すぜ?」
頭がグラグラしているルイズに、クロが呆れたような言葉を投げかける。
「これが終わったら、ちゃんと休むわよ…ってクロ、それ何?」
クロが手にしている何かに気付き、興味を示すルイズ。
「あぁ、コイツか?」
テーブルの上にそれを置くクロ。見た目とは裏腹にそれなりの重量があるようで、ゴトリ、と鈍い音がした。
「改造拳銃ってヤツだ。玩具の銃の中身を改造して、実弾を撃てるようにしてあんだよ」
「へぇ、これも銃なのね…」
 改造拳銃に、ルイズが触れた。その瞬間、彼女の脳内に、見たこともない映像がいくつも浮かび上がった。
「ッ!?」
反射的に手を離すルイズ。そして、自分の手と、改造拳銃を交互に見る。
「? どうしたよ?」「う、うぅん、何でもないわ…」

 もう一度、恐る恐る改造拳銃に触れた。今度は、何も見えない。
「…ねぇクロ、この銃、ちょっと借りてもいい?」
「そんなに気に入ったのか? 欲しけりゃくれてやるよ、そいつも弾切れだしな」
クロの許可を受け、持ち上げてみた。やはり、見た目以上に重い。だが、ルイズもどう表現すればいいのか解らないが、不思議と違和感なく手に収まるのだ。
 改造拳銃を握ったままイスに座り直すルイズ。すると、原因不明の猛烈な睡魔が彼女を襲った。抗う暇などない。そのままルイズは、眠りの世界へと落ちた。
「…ん、ルイズ?」
 何の前触れもなく机にもたれて眠りに就いたルイズに、クロは少々呆れながらも、その肩に毛布をかけ、自分も絨毯の上で丸くなった。

    +     +     +     +     +     +

 ルイズが目を覚ますと、同時に耳をつんざく破裂音がこだました。視界の端で鮮血が飛び散り、血まみれの猫が地面に倒れ伏す。
そして視界の正面には、ニヤニヤと笑いながら、クロから受け取ったはずの改造拳銃を掲げる、帽子をかぶった痩せ型の男が一人。傍には、同じ銃を両手に1丁ずつ持ったガタイのいい男が立っていた。
「ヒャーッハッハッハッ! 見ろよ! この猫の数!」
痩せ型の男が吼えた。
「ここなら思う存分、改造拳銃の試し撃ちが出来るぜ!」
(な、何よこいつら…!?)
 先程の猫を撃ったのは、この男だろう。圧倒的な力をもって、弱者とも言える猫を撃って狂ったように笑うその男に、ルイズは怒りと、戦慄を憶えた。これまでの人生で、こんな狂人は見た事がない。

 考えている間にも、男は銃を乱射し、その発砲音の数だけ、血飛沫と重傷の猫が増えていく。後先も考えずに、ルイズは男たちに立ち向かおうとした。しかし身体は全く言う事を聞かず、逆に男たちとは反対の方向へ逃げて行く。
(何で逃げてるのよ、私! って、あれ…?)
 言う事を聞かない身体に歯噛みするルイズだったが、ここである事に気付いた。やけに視界が低いのだ。走っているのは解るが、地面がすぐ下に見える。そして、視界にチラチラと見える、獣のように黒い毛が生えた腕。これでルイズはピンと来た。
(これってもしかして…クロ?)
どうやら今の自分は、クロと視界を共有しているらしい。だがその場の風景は、ルイズの見た事のない物だった。直方体の大きな建物が並び、道には用途も、ゴミかどうかも解らない物体が散乱している。一体ここは、どこなんだろう…?

 ルイズが現在地を考察している間に、クロは足を止めた。同じ方向に逃げているクロより大きな猫たちの波に巻き込まれ、身動きが取れなくなったのだ。
 後方では、男たちが相変わらず笑いながら、何やら叫んでいる。その声を聞きながら、ひたすらに他の猫の足元を駆け抜けるクロ。すると、
「おーい! こっちだー!」
小さなトラ猫が、クロを呼んでいた。
「よく無事だったな、えらいぞ!」
 トラ猫が差し出したしっぽを咥えると、2匹は弾丸が地面を穿つ中、走り出した。
「こっちだ! 今グレーたちが、作戦を立ててる」

 男たちが、逃げた猫たちを追いかけて通路を走っている。そして瓦礫だらけの広場に差し掛かったその時、傍の建物上から灰色の大柄な猫を筆頭にして、数匹の猫が彼らに襲いかかった。
腕や首筋に的確に狙いを定め、牙を突き立てる猫たち。しかし男たちも黙っているワケがなく、まずは首筋に噛み付いた灰色の猫を引き剥がすと、その身体を銃で撃ち抜いた。
「グレーーーーッ!!」
トラ猫が涙ながらに叫び、痩せ型の男に飛び掛ったが、足蹴にされて地面を数度転がり、瓦礫に叩きつけられる。
 怨嗟の声を上げながら、ボロボロになった痩せ型の男がトラ猫に銃を向けた。が、寸でのところでクロが男の手に噛み付き、銃を手放させた。勢い余って近場の瓦礫に衝突するクロ。クロの視界同様、ルイズの視界も衝撃でグラグラと揺れていた。
「やれェ!! 皆殺しだぁ!!」
 クロに噛み付かれた手から血を流しながら、痩せ型の男が力の限りに叫ぶ。ガタイのいい男は目を爛々と輝かせ、両手の銃をひたすらに撃ち続けた。
逃げ惑う猫だけでなく、すでに身体を撃たれて倒れている猫にまで弾が当たり、辺りは血の海と化しつつある。
「マタタビ…」
 疲労とダメージで身体がまともに動かないにもかかわらず、クロは上体を起こした。弾痕が穿たれた瓦礫の下で、血を流しているトラ猫…マタタビの姿が見える。クロは目的を定め、ゆっくりと這った。
「じっとしてろ…。みすみす殺されるな…」
先程撃たれた灰色の猫…グレーが掠れた声でクロを止めようとする。しかし、クロは止まらなかった。
(あれは…そっか、そういう事だったんだ)
 頭から出血しているのだろうか。真っ赤な血が右目に入り、視界を奪おうとする。だが、止まらない。クロは、力強く這いずる。
(あれは、クロの命懸けの、覚悟なんだ)
「ぎゃーっはっはっは!!」
 ガタイのいい男が、雄たけびを上げた。それと同時に、クロの手が、目的の物を掴んだ。

 三度、銃声が辺りに響き渡った。

 ――ハシよりカンタンだった

 (仲間を守る為に敵を倒す覚悟が、あの銃なんだ…)

 クロが放った銃弾に身体を撃ち抜かれ、2人の男はその場に崩れ落ち、絶命した。
 そして、視界が白く染まり、やがて、何も見えなくなった。

    +     +     +     +     +     +

「…クロッ!?」
 使い魔の名前を呼びながら目を覚ましたルイズは、即座に辺りを見回した。
見慣れた、いつもの自分の部屋だった。テーブルの足元では、クロが丸くなっていびきをかいている。
「もしかして…夢?」
夢にしては、この上なく生々しかった。ちょっと目を閉じれば、あの光景が、血の匂いが、火薬の匂いが蘇ってくる。
 しかし、あれだけの事件の最中にいたクロは、今こうして部屋の真ん中で眠っている。
ギーシュやフーケ、そしてモット伯(実際に彼を叩きのめしたのはミーだが)を歯牙にもかけないクロが、あれほどの苦戦を強いられるとも到底思えない。
 見た事のない建物や物体も加味して考えれば、恐らく自分は、クロの過去を見たのだろう。まだ赤い血の通っていた、生身の頃のクロを体験を。

 しかし、なぜ突然そんな夢を見たのか、と疑問に思ったルイズだが、ここでようやく、自分が右手に何かを握っている事に気付いた。
「クロの改造拳銃…?」
 クロから受け取った時よりも遥かに手に馴染み、さらに重量をほとんど感じなくなっていた為、改造拳銃を握っていた事に気付かなかったようだ。
 それにしても、先程よりも明らかに感覚が違う。それこそ、以前の自分の杖のように、まるで身体の一部であるかのような錯覚さえ受ける。

 ルイズは窓を開けた。朝日と共に、朝の匂いが鼻腔をくすぐる。少し清々しい気分になったルイズは、両手で銃を構え、銃口を空に向けた。精神を集中させ、空中の一点に狙いを定め――
「ファイアー・ボール!!」
大きく目を見開き、トリガーを引いた。

ドォォォォォンッ

 どういうワケか、改造拳銃は勢いよく跳ね上がり、ルイズの腕を上に持ち上げた。そして、彼女が狙いを定めた地点で、大きな爆発が起こった。
「うおッ!?」
その爆音に驚いて飛び上がるクロ。反射的にガトリング砲を装着し、窓の外へ向ける。
「…何だ、誰もいねーじゃねーか」
空中に爆発の残滓が見える以外、特に変わった事がないと判断したクロは、息を1つ吐いてガトリング砲を収めた。
 クロが驚いたように、ルイズもこの爆発で驚いていた。失敗魔法とは言え、本当にこの銃で、魔法を放つ事が出来たのだ。
どう見ても杖には見えない、杖を仕込んでもいない、さらには契約すら全く済んでいないこの銃で。
 しかし現に、魔法は放たれた。この銃も、あの夢を見る前とは打って変わって、以前の杖のようにルイズの身体に馴染んでいる。
「ねぇ、クロ…?」「あン?」
大きく口を開けて欠伸をしているクロに、ルイズは先程の夢の件を話そうとして…口を噤んだ。
「うぅん、やっぱり何でもない」
「何だよ、煮え切らねーな」
いぶかしむクロを、何とか笑ってごまかした。

 ルイズは考える。恐らくあの夢で自分は、改造拳銃を媒体として、クロの過去を追体験したのだろう。
勝手に過去を覗かれて、いい気分のする者などいるワケがない。あの夢を見たのは、自分だけの秘密にしよう。
 そしてその夢でクロの過去を追体験する事が、あの銃を杖とする契約の儀式代わりになったのではないか。
理由は想像もつかないが、現にあの銃は杖として完璧に機能した。クロとの主従の契約も、何かしらの鍵になっているのかも知れない。

「ごめんねクロ、やっぱり1つだけいいかしら?」
「今度は何だよ…?」
 改造拳銃を胸に抱き、ルイズは優しく語った。
「これ、ずっと大事にするからねっ」

 最後に、この銃は多くの猫と、2人の人間の命を奪った。だがそれ以上に、クロが仲間を守る為に使った、大切な武器なのだ。粗末に扱っていいワケがない。
 過程はどうあれ、結果としてこの銃は、ルイズの杖になった。ならば自分も、クロのように誰か大切な人の為に、この杖を使おう。
 クロが命懸けで覚悟を決めたように、私も――



新着情報

取得中です。