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ルイズと夜闇の魔法使い-25



 タバサとマチルダを背に乗せたシルフィードは、闇の中をゆっくりと飛翔していた。
 闇と言っても夜の闇どころの話ではなく、まさに一寸先すら見通せないほどの暗闇だ。
 夜明けと共にウェストウッド村を出立した一行は一時間ほどでニューカッスル近郊まで辿り着いた。
 そこから雲海に潜り込む形で大陸の下部へと移動し、ニューカッスル城の直下へと向かう。
 マチルダの話によればそこに城へと通じる穴があるらしいのだが、誰もその手の観測技術や知識を持ち合わせていないので『直下』がどこにあるかがわからない。
 なので一行はこうしてしらみつぶしに飛び回り穴を捜索しているのだ。
 とはいえ、大陸と雲海によって光が阻まれたこの場では人の目はまったくと言っていいほど役に立たない。
 背に乗る二人が魔法の灯をつけていても、1メイル先がようやくおぼろげに見えるかどうかというレベルなのだ。
 タバサは真っ黒い雲を見つめながら、マチルダが風竜が必要と言っていた理由を理解する。
 ここで頼りになるのはシルフィードの――風竜の名の通り、風の流れを読み取って周囲を探る能力だけだった。
 そんな折、背後からゴン、と何かがぶつかる鈍い音と「いでっ」とくぐもった悲鳴が漏れた。
 次いで背後の闇の中から怒号が轟いた。
「こらぁ、シルフィード! てめえわざとやってんだろ! なんでこんなギリギリのトコ飛んでんだよ!!」
 柊だった。
 出発する際シルフィードが柊を背に乗せるのを頑として受け入れなかったため、仕方なく彼だけは箒に乗ってロープで曳航する形になっているのだ。
「……確かに優秀な風竜だね」
 ロープの端を握っていたマチルダが半ば感嘆交じりに言うと、シルフィードが「きゅいっ」と自慢気に声を上げる。
 大陸の岩壁スレスレを飛行しながら、かつシルフィードよりも小さい柊がぶつかるような進路を選んでいる辺りかなり風を感じ取る能力が高いことが窺えた。
 風竜の面目躍如といったところだろうか。
 そんなこんなでシルフィードは(柊を岩壁にぶつけつつ)捜索を行い、ややあって大きな穴を発見した。
 艦艇が進入することを想定してか穴はやや人為的に広げられた感があり、大きさも数百メイルはあるだろうことがわかる。
 穴に進入してあとは上昇する段になりようやく箒に乗った柊がシルフィードの隣に並び、怒りを込めた視線をシルフィードに向けた。
「……お前、アルビオンに来る時のこと根に持ってんだろ」
「ぐるる……」
 するとシルフィードは威嚇するように牙を剥いてきた。
 一緒にマチルダがいるので喋りはしないものの、その視線からは明らかに敵意が篭っているのが見て取れた。
 柊は忌々しげに舌打ちすると、眼を切って上方を見つめた。

 暗闇が次第に晴れていき、やがて大きく開ける。
 そこは天然の鍾乳洞を利用した港だった。
 どこかに出航しているのかそれとももはや存在していないのか、艦艇の姿は見受けられなかったが、岸壁の上には幾人かの作業員らしき人間がいるのが見えた。
 彼等はシルフィード達に気付くと悲鳴を上げ、それが波及するかのように全体に行き渡り我先にと逃げ出し始めてしまう。
 この展開は既に予想済みであるので柊は特に彼等を引きとめようとはせず、シルフィードとそれに乗る二人に手で合図した後一人で岸壁の上へと着陸した。
 それに合わせるように入口から武器を手にした兵士達が殺到した。
 流石にここまで戦い生き抜いてきただけに兵士達は錬度も高く、彼等は一糸乱れぬ動きであっという間に柊を取り囲む。
 ずらりと向けられた槍の穂先を前に、柊は両の手を上げて戦意がない事を示した。
「何者か!」
 少なくとも現状では荒事に及ぶつもりがないことを察したのか、兵士の一人が誰何の声を上げる。
 人数が多すぎて誰があげた声かはわからず、柊は軽く兵士達を見回してから答えた。
「トリステインの人間だ。あるお方から密命を帯びてここまで来た」
 そう言うと兵士の中の幾人かが僅かに困惑した表情を見せた。おそらく彼等は新兵なのだろう。
 実際、それ以外の大多数の兵士は微塵も緩んだ気配を見せず逆に柊に一歩詰め寄る具合だ。
 まあ現在のアルビオンの情勢から行けばこの反応はやはり当然ではある。
 問題はここからだ。
 柊が上げた手の片方をゆっくりと下げ、懐へと伸ばす。
 途端に兵士達の気配が剣呑さを増し、槍を持つ手に力が篭った。
 彼等(特に新兵達)が先走らないように注意しつつ、柊は努めて緩慢な動作で懐からアンリエッタに書いてもらった親書を取り出す。
 そして記された花押を見せ付けるようにそれを兵士達の前に押し出した。
「これが俺達がトリステインの密使である証だ」
 そこでようやく兵士達全体に僅かながらの動揺が浮かんだが、それでも柊に突きつけられた槍が引かれることはない。
 幾人かが顔を見合わせ「本物か?」などと呟いていると、包囲の一角が割れて一人の男が歩み寄ってきた。
 周囲の兵士達よりも年輪と気配を帯びた壮年のメイジ。マントや衣服の意匠からみると兵士長や衛士に属する人間のようだ。
 彼は腰に差した剣――いや、それを模した軍杖だろう――に手をかけたまま、柊に向かって口を開いた。
「花押はトリステインのものだが、それだけで信用する訳にはいかぬ。中身を改めさせて頂きたい」
 台詞だけは穏便なものであったが、語りかけるそのメイジの空気には有無を言わせぬものがあった。
 しかし柊は物怖じする事もなく首を振る。
「この親書はウェールズ皇太子に直接渡すよう言い遣ってる。アンタに渡すわけにはいかない」
 言うとメイジの眉が僅かに持ち上がり、軍杖にかけた手に力が篭る。
 それを制するように柊は再び懐に手を伸ばし、今度はアンリエッタから預かった水のルビーを取り出した。
 柊はルビーを相手に示した後、それを床に置いてから岸壁ぎりぎりまで下がって距離を取る。
 壮年のメイジは柊の動きを見計らってからゆっくりと歩み寄り水のルビーを拾い上げた。
「……これは?」
「身の証に、と預かってきたものだ。何でも王家に伝わるモノらしい。あんたがわからないなら、わかる奴に見せてくれ」
 手の中のルビーを検分していたメイジに柊がそう言うと、彼はしばしの沈黙の後ようやく手を軍杖から離して兵士達に指示を送った。
 槍が一斉に引かれ包囲の輪が大きく開かれる。
 半分ほどが城内へと戻っていくのを見届けた後、壮年のメイジは柊に向かって声をかけた。
「生憎私では判別がつかぬゆえ、しかるべき方に確認を願おう。それまではこの場で待機して頂きたい」
「それは構わないが……あの二人を下ろしても? 風竜を飛ばせっぱなしってのもちょっと……」
「申し訳ないがそれはできない。その程度で風竜は疲弊などせぬし、疑惑が晴れぬままメイジを二人も上げる訳にはいかん」
「……わかった」
 状況が状況だけに致し方ない所だろう。
 嘆息交じりに柊が答えると壮年のメイジは軽く頷いてから踵を返し場内へと戻っていった。
 ルビーは正真正銘本物なので山は越えたと言ってもいい。
 強いて問題があるとすればそれをあの男が実は貴族派のスパイで、そのまま握り潰され賊として捕らえられる可能性だ。
 しかしここまできたらもう腹を括るしかないだろう。
 柊はシルフィードに乗る二人に声をかけた後、遠巻きにこちらを警戒する兵士達を一瞥して息を吐いた。

 それから30分ほどをまんじりと待ち続けていると、先程のメイジが一人の老人を連れて港へと戻ってきた。
 服装から言って兵士ではなく侍従あたりだろうか、その老人は柊の元まで歩み寄ると恭しく膝を折り懐から水のルビーを取り出す。
「紛う事なくトリステインに伝わる水のルビー、確認いたしましてございます。
 彼の国より遠路はるばる……しかもこのような危地に赴いて下さった大使殿に対する非礼をお詫びいたします」
「い、いや。こんな情勢なんだから当然の対応です。だからそんなかしこまる必要は……」
 見れば脇に控えるメイジまで膝を折っており、年上の二人にかしずかれた格好になる柊は慌てて手を振った。
 恭しく差し出された水のルビーを受け取ってから二人に立ち上がるよう促す。
 立ち上がった脇のメイジの指示で空中で待機していたシルフィードがゆっくりと岸壁に着地し、タバサとマチルダが下りてきたのを確認した後柊は改めて老人に向き直った。
「それで、えぇと……」
「パリーと申します」
「パリーさん。それで、俺達はウェールズ皇太子に親書を渡すように言われて来たんですけど、案内してくれますか」
 するとパリーは頭を下げ、申し訳なさそうに言葉を返した。
「殿下は今朝方この港より出航され、城にはおりませぬ。夕刻には戻られる予定なのですが……」
「マジか……」
 ここに来てすれ違いになる事は予想できず、柊は思わず渋面を作って唸ってしまった。
 だが夕方に戻ってくるのはわかっているのだから、後は彼の帰りを待っていればいいだけのことだ。
 しかし次いで放ったパリーの言葉は、柊の想定を更に越えた。
「つきましては、我等が主君たるアルビオン王――ジェームズ陛下より謁見を許されましたゆえ、ご案内いたします」
「……は?」
 さらりと言ってのけたパリーの言葉に、柊は片頬を引きつらせて固まってしまった。
 数十秒の凝固の後、かすれるような声でおずおずと尋ねる。
「いや、わざわざ王様、じゃねえ、国王陛下に謁見を賜るほどの事じゃないんですけど……」
「トリステインからの……そして恐らくはこの国最後となる大使の来訪でございますれば、最大の礼を以って応えるのが相応しかろうと陛下は仰っております」
「……」
 自分達が来たことが何故国王にまで伝わっているのか――と口に出かけたが、声に出す直前でその理由を悟った。
 先程身の証に渡した水のルビー。あれの真贋を確かめられる人物が他にいなかったのだろう。
 ウェールズ王子がこの城にいない事がここにまで響いていたのだ。
 ともあれ、そのような事を一国の王から提示されては断る事などできるはずもない。
 柊は縋るようにして控えていたタバサとマチルダに眼を向けた。
 すると変装のためか学院にいた頃のように眼鏡をかけているマチルダがにっこりととてもいい笑顔を浮かべる。
「わたくしはただの付き添いですから、玉体を拝するなど畏れ多い栄誉を賜るわけにはいきませんわ。風竜の面倒でも見て待っています」
 続いてタバサが口を開きかけたが、それを封殺するように柊は彼女に詰め寄って両肩を掴んで叫んだ。
「頼むタバサ、一緒に来てくれ! 俺にはお前が必要だ!」
「……」
 タバサは今にも土下座しそうな勢いで頭を下げる柊を半眼で見やると、諦めたかのように小さく溜息を吐き出した。
 それを見計らったかのようにパリーは一礼すると、恭しく二人を促す。
「それでは大使殿、こちらへ」


 ※ ※ ※


 ……どうしてこうなった。
 柊はくたびれた絨毯が敷かれた床を凝視しながら心の中で呻いた。
 パリーに案内されて二人が訪れたのは城の天守にある広間だった。
 城の規模からいって国王が居城とする事は想定されていなかったらしく、即席で誂えられた謁見の間であるようだ。
 上座に添えられた玉座も質はいいものなのだろうが、仮にも一国の王が座するには些か見栄えがよくないはずだ。
 はず、というのは柊が実際に見たのは入室した折に少し観察した空の玉座だけだったからだ。
「叛徒共の陣営を潜り抜けての来訪、大儀であった」
「……は」
 上座から届くパリーの声に柊は少しだけ上擦った声で返すと、頭を深く垂れる。
 王の御前にあって許しもなく顔を上げる事などできようはずもなく、柊はタバサと共に膝を折り床を凝視したままだ。
 もっともそれはそれで柊には幸運だったのかもしれない。
 何故なら頭を垂れて床を見る柊の顔は、これ以上ないほどの渋面だったからだ。
(……これからどうすりゃいいんだ?)
 形式的に言えば口上か何かを述べるべきなのであろう。
 しかし柊はこのような状況の当事者となった事がない。
 状況だけで言うなら例えば『世界の守護者』として実質ウィザード達を纏める指導者たるアンゼロットと何度も会っているし、
ラース=フェリアでとある事件を解決した際にはその地――フレイス地方を治める炎導王と見えた事もある。
 しかし両者共に質実と言った感じで、こういった形式や格式というものが先立ったものではなかったのだ。
 柊は救いを求めるようにタバサをちらりと横目で見やった。
 しかしタバサは跪いた姿勢のまま微動だにせず、柊の視線にも一切反応しない。
 どうしていいのかわからず柊が固まっていると、上座からくく、とくぐもった笑い声が聞こえた。
「よい。そちらの娘はともかくそなたは貴族でないようだ……無理にとってつけた口上なぞする必要はない」
 聞いたことのない老人の声。おそらくはアルビオン王たるジェームズ一世のものだろう。
 陛下、というパリーの呟きが聞こえたが、ジェームズ王は更に続けた。
「貴族でなくとも太后……いや、今はアンリエッタか? あれに水のルビーを託されるに足る人物というだけで十分じゃ。……面を上げよ」
 言われて柊は内心で大いに安堵の息を吐きつつ、ゆっくりと顔を上げた。
 そして王の姿を見やり……少しだけ驚いた。
 入室時には少し物足りない玉座だと思っていたのだが、その玉座とそれに座する王の姿はそれなりに似合っていたのだ。
 端的に言ってしまって先程述べたアンゼロットや炎導王と比べると、覇気やカリスマと言ったような『王』と感じさせるようなものがほとんど感じられなかった。
 ジェームズ王は柊とタバサの顔を見やった後、呟くように語った。
「して、何やら親書を預かっているとか」
 きた、と柊は思った。
 この謁見に至った経緯からしてここを避けて通る事ができないのは最初からわかっていた。
 なので柊は再び頭を垂れると、努めて恭しく返した。
「無礼を承知で申し上げます。私が預かった親書は、王女殿下よりウェールズ皇太子に直接手渡すように厳命されています。
 これに悖ることは殿下への忠誠に悖るに等しいこと。……ですので、例え陛下と言えどお渡しするわけにはいきません」
 ところどころ言葉が怪しかったが即興なので仕方がない。
 それより懸念すべきは、その言葉と同時に張り詰めたこの場の空気だ。
 即座に手打ちにされても文句は言えない――実際に脇に並んでいる近衛達の反応ははっきりと敵対だった。
 が、当のジェームズ王は憚る事なく大きな笑い声を上げた。
「いや、平民でありながら見事な忠誠である! 我が国にもそなたような若者がもっとおれば、このような醜態をさらす事もなかったかもしれぬな!」
 王はしばしの間笑い続けると、疲れたように大きな息を吐いた後柊を見つめた。
「そなたの忠誠は認めよう。しかしながら、朕はウェールズの父であり、主である。
 その朕に見せられぬ書状となれば、遺憾ながら息子と王女殿下に朕に対する含むところを疑わねばならぬ」
「な……い、いや、そんな含むところなんて!」
 予想外の反応に柊は思わず顔を上げてジェームズ王を見やった。
 しかし王は柊の視線を意にも介さず、言葉を続ける。
「肉親の陰謀や争いなど平民でも珍しくはあるまい。貴族ならばなおさらじゃ。ガリアしかり……我がアルビオンもしかり」
「陛下……」
 どこか自虐的に言った王の言葉にパリーがいたたまれないと言った様子で呟いた。
 そして彼は王に一礼すると、柊の下に歩み寄って跪き顔を突き合わせるように囁く。
「大使殿。含むところがないというならば、親書をお渡し下され。貴方の忠誠に疑いない事はこのパリーめがウェールズ王子にもお伝え申し上げますゆえ」
「くっ……」
 こうなってしまっては渡さないわけにはいかない。
 選択をあやまったかと歯噛みしながら、柊は懐から親書を取り出しパリーに預けた。
 かたじけない、と囁きつつパリーは親書を手に再びジェームズ王の下に戻り、恭しくそれを差し出す。
 王は軽く頷くと花押を切り親書を読み始めた。
 痛いほどの沈黙の中ジェームズ王は黙々とアンリエッタの手紙を読み続ける。
 そして最後まで眼を通した後、老王は皺を深めて軽く笑った。
「……若いな」
 言ってジェームズ王は親書を閉じるとパリーに手渡し、玉座に腰を深く埋めて大きく溜息を吐いた。
 パリーが親書を柊へと返却するまでの間彼は何事かを思案するかのように瞑目し、再び溜息をついてからようやくといった様子で跪く柊達に向かって口を開く。
「あいわかった。仔細はウェールズに任せるゆえ、あれが戻るまでこの城で留まるがよかろう。もはや陥落寸前の城ゆえ寛げぬやもしれぬが」
「……。ありがとうございます」
 叩頭する柊にジェームズ王は一つ頷くと、軽く手を振って謁見終了の意を示した。


 ※ ※ ※


 謁見を終えて御前を辞した柊とタバサは用意された部屋へと案内された。
 部屋に入るや否や柊は酷く疲れた様子でベッドへふらふらと歩を進め倒れこむ。
「あ゛ーー、きっつ……」
 あの手の畏まった場は柊のもっとも苦手とする所である。
 はっきりいってこれならクリーチャーの群れに放り込まれた方がいくらかマシというものだ。
「フォローくらい入れてくれたっていいじゃねえかよ……」
 言いながら柊は恨みがましげに椅子に座ったタバサをねめつける。
 最初パリー達は柊達に個室を用意しようとしていたのが、柊はそれを固辞してマチルダを含めた三人を相部屋にしてもらったのだ。
 状況的に言ってそんな贅沢を享受したくはないし、柊もタバサも相部屋というところを気兼ねする性格でもない。
 マチルダには何の相談もしていないが、彼女もおそらく気にはしないだろう。
 ともあれ、柊の非難の視線を浴びたタバサはしかし全く悪びれもしなかった。
 彼女は窓から見える城内中庭を眺めながらボソリと呟いた。
「……私はただの付き添い。王の御前で許しもなく口を挟むなんてできるはずがない」
「……」
 ぐうの音もでない正論を返されて柊はベッドに突っ伏した。
 お互いに会話もなく、動きもないしばらくの静寂が続く。
 やがて柊は何かを思い出したかのようにベッドから身を起こし、頭をかいた。
「一応連絡しとくか」
 懐から0-Phoneを取り出してエリスに電話をかける。
 ……が、反応がなかった。
 呼び出し音が続いているので電源を切っている訳ではなさそうだが、彼女は電話に出なかった。
 コールを続けながら一応ディスプレイで時間を確認してみる。
 正確な時刻による区分はないものの、この時間帯なら大体学院は昼休みだったはずだ。
 まあエリスにはメイド達の仕事の手伝いがあるので、それが忙しいのかもしれない。
 柊はふうと溜息をつくと呼出を止め、タバサに顔を向ける。
「とりあえずロングビル先生呼んでくるわ」
 柊がその名を呼んだのはニューカッスル城に赴く前、当のマチルダから自分の名は出さないように言い含められていたためである。
 この部屋には柊とタバサしかいないのだがどこに耳があるかわからないし、そもそも学院で物別れになるまではその名で呼んでいたので柊としてはそちらの方が呼びやすかった。
「私もいく。シルフィードが心配」
「ここは一応味方の陣内だぜ?」
「あの子が何かしでかさないか心配」
「ああ、そう」
 嘆息交じりに言って柊が立ち上がりかけたその時、手持ち無沙汰に握っていた0-Phoneが振動し始めた。
 こちらから電話をかけたことに気付いたのだろう。
 柊はすぐにボタンを押して語りかける。
「おう、エリ――」

『死ね!!!!!』

 柊の耳を貫き、少し離れていたタバサにまで聞こえるほどの大絶叫が轟いた。
 言うまでもなく、ルイズの怒号である。
 そしてその一言だけで通信が切れた。
 二人はしばしの間時間が止まったかのように固まり、やがて柊が改めて電話をかける。
 エリスの0-Phoneの電源が切られていた。
「異世界人のくせしてケータイを使いこなしてんじゃねえよ……!?」
 ベッドに自分の0-Phoneを叩きつけながら柊は呻き、そしてがっくりと肩を落とした。
 怒っている事は予想できていたが、想像以上のキレっぷりだった。
 何故エリスの0-Phoneをルイズが持っているのかはわからないが、とにかくもうこちらから連絡を取ることはできないようだ。
「仕方ねえ。とりあえずやることだけはやっとこう……」
 嘆息交じりに柊は呟くのだった。


 ※ ※ ※


 ルイズ達を乗せたフネ――マリー・ガラント号は夜明けと同時にラ・ローシェルの港から出航し、陽が中天を頃合になってアルビオン大陸を臨む空域へと辿り着いていた。
 しかしそこで神と始祖がそろってうたた寝でもしてしまったのだろうか、運悪く空賊に出くわしてしまったのだ。
 所詮しがない商船でしかないマリー・ガラント号がそれなりの武装を携えた空賊船に抗えることができようもなく、それに乗ったルイズ達もあえなく捕まってしまった。
「……どうにかできなかったの?」
 空賊船の船室に押し込められたルイズが、同じく捕らえられたワルドに呟いた。
 現在でこそ杖を取り上げられて無力化されてしまっているが、空賊が襲ってきた時点で完調だったはずの彼が遅れを取るとは思えなかった。
 しかし当のワルドは壁に背を預けたまま軽く肩を竦めた。
「こちらの戦力は事実上僕だけで、向こうにはメイジが複数いたからね。できなかった、とは言わないが、やれば少なからず犠牲が出ていただろう。
 度合いによっては、賊を退けてもフネが飛ばない恐れもあった」
 そう言われては反論することができず、ルイズは溜息をつく事しかできなかった。
「あ、あの。これからどうなるんでしょう」
 エリスが不安げに尋ねると再びワルドが答える。
「おそらく荷を根こそぎ奪われた後、港か接岸できる岸で放逐といった所か……かの『凶鳥』とやらに出くわさなかっただけまだマシ、と言うべきかもしれないな」
「そんな……」
 尋ねたエリスは勿論、それを共に聞いていたルイズの顔にも不安の影が滲む。
 そんな時、船室の扉が音を立てて開いた。
 エリスの表情に警戒が浮かび、ルイズは不安を押し殺すように歯を噛んで目線を険しくした。
 そしてワルドもまた眼を細めて僅かに壁から身を離す。
 入ってきたのは痩せぎすの空賊だった。
 彼は三者を順繰りに眺めやった後、廊下にいるのだろう仲間に何事かを呟く仕草をした後ワルドに向かって言った。
「そこの伊達男はもう少し下がってもらおうか」
「あいにく、婦女子を置いて引くような浅ましい生き方はした事がないのでね」
 眼光を鋭くして言い放つワルドに、空賊は軽く笑う。
「安心しな、今のところは話をするだけさ。俺もこれ以上近づかねえ」
「……ワルド」
 それでも動こうとしないワルドを見やって、ルイズは彼に声をかけた。
 すると彼はいささか不満そうに嘆息すると、ルイズ達を挟んで空賊の男と反対の位置にまで引き下がる。
 それを見届けると男は少しだけ緊張を解いてからさて、と切り出した。
「お前さんがた、アルビオンに何の用だ?」
「旅行よ」
「トリステインの貴族様がこのご時勢のアルビオンに旅行? 何を観光するつもりだ?」
「あんたに言う必要はないわ」
 不快を隠そうともせずに吐き捨てたルイズを見て、男は軽く肩を竦めた。
 そして男は僅かに眉根を寄せて、再び切り出す。
「あんたらの乗ってたフネは貴族派相手の商船だったようだが、あんたらも貴族派なのかい?」
「……だったらどうだっていうのよ」
「俺たちにとっちゃどっちも『お客さん』だが、どっちかによって扱いが変わる。貴族派ならその辺の港で下ろしてそれで終わりだが、王党派だってんならもう少し同行してもらう事になるな」
「貴族派に売るつもり? 下賎な空賊の考えそうな事ね」
「商人がモノを売るのと同じさ。この場合情報屋の方が近いかもしれんがね。正しく"生きた情報"って奴だ」
 言って男がくぐもった笑い声を上げると、ルイズは険しかった表情を更に歪め、拳を握る。
 一方で憤懣やる方ないルイズを傍で見ていたエリスは、内心ではほんの僅かな希望を感じていた。
 ここで形だけでも貴族派と偽っておけば、追及もそれなりにはあるだろうがどうにかごまかし解放されることもできる。
 ……のだが、それはやはり『僅かな希望』でしかなかった。
 何故なら、
「――冗談じゃないわ! 誰が貴族派なものですか!」
(……やっぱり)
 ルイズがまず間違いなくこう反応することは一ヶ月ほどの付き合いでも十分すぎるほど予測できた。
 助けを求めるようにワルドに眼を向けたが、彼はどこか満足そうに笑みを浮かべて軽く頷くのみ。
 思わず嘆息を漏らしてしまったエリスに気付く事もなく、ルイズは今にも掴みかからん勢いで空賊の男に向かって一歩を踏み出した。
 そして彼女はいかにも尊大な態度で腕を組み、男に宣言する。
「わたしはさるお方からアルビオン王政府に対して任を賜ったいわば大使なのよ。大使としての扱いを要ぅっきゅうん!?」
「!?」
 台詞の途中でいきなりひっくり返った声を上げたルイズに、その場にいた全員がぎょっと眼を剥く。
 ルイズは僅かに身体を震わせ、まるで何かに耐えるようにスカートをぎゅっと握り締めて身をよじった。
「ル、ルイズ?」
「ルイズさん……?」
「お、おい。どうした? 大丈夫か?」
「なァ――んくっ、なんでも……ッ、ないわよ……!」
 三人が怪訝な表情で見つめる中、ルイズは僅かに頬を紅潮させ歯を食いしばりながら呻いた。
「とにかく、そういう事なんだから……んッ、態度を改めなさいよね……っつぅ……」
「そ、そうか。よくわからんがまあいい。とにかくお前等、ただじゃすまないぜ」
 どことなく気を殺がれた様子で空賊の男はそう漏らし、首を傾げながら部屋を出て行った。
 男が部屋から姿を消し扉が閉まるのと同時、ルイズはその場に崩れ落ちて突っ伏した。
「ルイズ、どうしたんだ?」
 ワルドが彼女の傍まで近づいて尋ねるが、ルイズはそれには答えず顔を伏せたままわなわなと震えている。
 心配そうにエリスが屈みこみ様子を見ようとしたが、唐突にルイズはばっと跳ね起きた。
 持ち上がった彼女の表情を見てエリスは背中に冷たいものが走った。
 彼女の顔に浮かんでいたのは紛う事なく憤怒の顔だったからだ。
 ルイズは素早く懐から0-Phoneを取り出し、エリスも驚くほどに流暢な仕草で操作し始める。
 呆気に取られる二人をよそにルイズはこの0-Phoneに唯一繋がる相手――柊を呼び出した。

『おう、エリ――』
「死ね!!!!!」

 フネが揺れたと錯覚するほどの大絶叫でそう吐き捨てた後、ルイズは速攻で電源を切り0-Phoneを壁に向かって思い切り投げつける。
 派手な音を立てて0-Phoneが壁にぶつかり床に転がった。
「あぁーっ!? な、なんてことするんですかぁ!?」
 エリスは顔を青くして駆け出した。
 しかしルイズはそれを無視して再び床に突っ伏すと、頭をかきむしったりガンガンと床を殴り始める。
「こっ、ここ、殺す! あの男、殺してやるわ! よくも、よくもわたしに、わたしにあんな恥を!! し、しかも平民!! 空賊なんかの前でえぇぇえ!!!」
 彼女は叫びながら服が汚れるのも構わず床をごろごろと転がってのたうち回る。
 一方エリスは拾い上げた0-Phoneを大事そうに抱え動作を確認した。
 月衣に入れておく場合が多いとはいえ、仮にも侵魔と闘うウィザード達が常備する機器だけに特に壊れた様子はない。
 と、そこでエリスはルイズのこれまでの一連の行動の原因に気付いた。
 0-Phoneを見てみるとルイズが柊にかけるより前に、柊の方から着信があったのだ。
 バイブ設定にしてあったので着信音はならなかったが、ルイズの懐に入れていたそれがいきなり震えだしたのでびっくりしてしまったのだろう。
 まあともかく、紆余曲折があったとはいえようやく0-Phoneを取り戻すことができた。
 早速エリスは柊に連絡を取ろうとしたが、
「やめておいた方がいいと思うよ」
 ルイズの事情を知りえないワルドがどこか困った顔をしながらも、エリスにそう言った。
「今ヒイラギとやらと話そうとしたら、ルイズがどうなってしまうかわからないからな」
「うっ……」
 確かにここで当の柊と接触したらそれこそ今度は0-Phoneを窓から投げ捨てそうだ(はめ殺しだが破壊しかねない)。
 そんな事をやってしまいそうなことも、やはりエリスにはわかってしまった。
 少しだけ逡巡した後、エリスは深く溜息を吐いて0-Phoneをポケットに仕舞い込むのだった。




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