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萌え萌えゼロ大戦(略)-48



 その夜――タルブの村の墓場の森にうごめく影は二つあった。

 傍目には青い髪の姉妹に見えたその二人――隠密というにはいささか
騒がしく、それでいて、それなりに慎重ではあった。
「きゅい~おなかすいたのね……」
 背の高い少女がそう言って木陰から飛び出そうとして……もう一人の
小柄な少女に襟首を掴まれる。無理矢理引き戻されたことに彼女は
その整った可愛らしい唇をへの字に曲げた。
 それはタバサと、そしてかりそめの人の姿の影を見せる彼女の使い魔
シルフィード。ふがくが探知したノイズの正体であり、またその姿故に、
ふがくがノイズと捉えた理由であった。
 タバサは一度タルブの村を離れた後、ひそかにここに舞い戻った。
先の襲撃によって手薄になった銃士隊の警護をかいくぐり、知らず障害物を
利用してふがくとあかぎの電探から逃れ――その理由は二つ。
一つは、死亡した北花壇騎士の人相書きを描くこと、そして……もう一つは……
 タバサは『風』を識る。故に、風の流れから近づく敵を察知し、それを
避ける術を知っていた。タバサは森に舞い戻り、埋め直された北花壇騎士の
遺骸の前に立った。
「…………」
 あの幻の士官たちは現れなかった。だが、どこかから見られている気配は
感じる。タバサは思わず声を出してそれを問いただそうとして……止めた。
『念力』とシルフィードを使って土を掘り返し、かさかさになった遺骸の
顔を月明かりを頼りに描き写す。せめてこれだけでも持ち帰らなければ、
自分がしたことをあの従姉は認めないだろう。タバサは羊皮紙に
チャコールでがしがしと描く。その間、シルフィードには周囲に気を
払わせ、いざとなればいつでも脱出できる算段を取る。
 そうして描き終えると、タバサはシルフィードにそこを元通りに埋め
戻させた。シルフィードの我慢もそろそろ限界に達しそうではあったものの、
まだ二人の任務は終わってはいなかった――


 その頃、タルブの村入口にある銃士隊詰所。その隊長室で二人の女が
机を挟んで座っていた。
 ともに無言……いや、片方の黒髪の女――あかぎが小さく溜息をつく。
そして言った。
「……私としては反対したいわね」
 その言葉に、もう一人――アニエスは、苦い表情を隠さない。
「これは姫殿下の発案だ。正直、私もシエスタや私の部下を無用な危険に
さらすことはしたくない」

 あれからしばらくして――あかぎが自らの悔恨の念にうちひしがれて
いたとき、アニエスは夜半にもかかわらず再び扉を叩いた。その手には、
届いたばかりの緊急連絡。アニエスからの報告を受け取ったアンリエッタ姫が
送った、命令書だった。
 内容が内容のためその場で話ができず、二人は詰所に移動した。
そして――長い沈黙を経て今に至っていた。

「私はフィリップ三世陛下と約束したはずよ。協力はするけれど、命令は
受けないって。
 技術の向上が遅々として進まないのはこの国の政治が安定しないせい
だから、私たちにその尻ぬぐいをさせようと思われても困るわね」
 あかぎはルイズとふがくから聞いたアルビオンのイーグル号の説明から、
かの国が三十年でどれだけの技術力の向上を果たしたかを知った。
 翻ってこのトリステインはどうか。フィリップ三世が病に倒れてからの
長き政治の混乱により、今もって三八式歩兵銃をコピーしたボルト
アクション小銃を秘密裏に小規模製造することがやっと。王が目指した
機関砲と航空機用発動機の大量生産など及ぶべくもない。最終的に内戦で
破綻したとはいえ国家規模のプロジェクトとして実行した国と、村一つの
秘密工場で細々と研究開発を続けた差が、ここで見せつけられたかたちだ。
「それを曲げてお願いする。敵は共和制に移行したアルビオンと、
その裏で手を引いているガリア……もうゲルマニアとの同盟程度では
覆せないと姫殿下はお考えなんだ」
 そう言って、アニエスはあかぎに向かって深々と頭を下げる。
その態度は育ての母に対するものではなく、机に頭をすりつけるほどの
その様子に、あかぎは再び溜息をつく。
「……政治的解決ができない時点で、すでに負けているわね」
 その言葉にアニエスは何も言うことができない。あかぎは言葉を続ける。
「それでも、今動かせるのは二機だけよ。杏子ちゃんとさやかちゃんが
生きていれば話は違ってきたでしょうけど……。ううん、死んだ子の年を
数えても仕方ないわね」
 その言葉に、アニエスはぱっと顔を上げる。その顔に二心はない。
いや、アニエスがそうであっても、アンリエッタ姫がどう考えているか……
あかぎはその疑念を押し込め、はっきりと告げる。
「いいでしょう。『竜の羽衣』の実戦投入を許可します。
ただし、あくまで協力関係。対価を支払っての補給を受けることはありますが、
私の管制下およびそれが及ばない場合は搭乗員の自由意思にて行動する
ものとし、貴国の麾下には入らないことを同時に宣言します」
「姫殿下にはそう伝える。……すまない。本当に、申し訳ない……」
 アニエスはそう言って、再び頭を下げた。


 翌朝。魔法学院に戻るために『竜の道』に向かうルイズたち三人を
待っていたのは、見慣れない格好の金髪お下げの少女。だが、見慣れない、
というのはあくまでルイズだけであり、ふがくとシエスタには見慣れた
もの――そう、それは大日本帝国海軍の飛行服だった。
 少女を見たシエスタは、思わずびっくりした声を上げる。そして、
少女に駆け寄ると、全身で抱擁する。
「マミ!」
「シエスタ、久しぶりね」
 抱き合い再会を喜び合う少女二人。しばし喜びを分かち合った後、
シエスタがはっと気づいてルイズに頭を下げる。
「も、申し訳ございません!つい……」
「シエスタ、その子、誰なの?」
 ルイズが少女を見上げる。背丈と年頃はシエスタと同じくらいで、
雰囲気もどことなく似ている。違うのは髪の色と瞳の色くらい。
そして、ルイズの視線はある一点に集中する。
 マミと呼ばれた少女は、シエスタが紹介するより早く姿勢を正して
敬礼すると、官位姓名を名乗った。
「トリステイン王国銃士隊第七小隊所属、マミです。お見苦しいところを
お目にかけました。お目にかかれて光栄です。ミス・ヴァリエール」
 それを聞いてシエスタは先とは違った驚きの表情を見せた。
「……マミ、銃士隊に入隊したんだ……」
「ええ。あなたが奉公に出た後に。私だって自分の生きる道を見つけないとね」
「それだったら手紙くらいくれても良かったのに……」
「訓練が終わったのはつい先日だったのよ。驚かせようと思っていたのも
あるんだけどね。
 それで、今回の戦いが初陣」
「そうだったんだ……」
「あの、シエスタ。話が見えないんだけど……」
「ああっ!申し訳ございません!」
 ルイズの冷静なツッコミに、再び頭を下げるシエスタ。マミを見た
ふがくが、確かめるように言った。
「その雰囲気にその名前。あなた、もしかして日本人の血を引いてる?」
「はい。三十年前にこの村にやって来た、ススム・シラタの娘です。
私の名前も、父の祖国の言葉で『心根のまっすぐな美しいもの』という
意味だそうです」
「マミはわたしの幼なじみなんです。
 でも、五年前……ひいおじいちゃんが死んでしまう一週間前の大雨の夜、
マミの家族が乗っていた馬車が橋の上で鉄砲水に流されて……奇跡的に
助かったのはマミだけで、馬車は二十リーグ川下で見つかったんですけど、
ススムおじさまも、誰も見つからなかったんです」
「それは……大変だったわね」
 ルイズは思わず同情的な視線を向けた。
「いいえ。村のみんな、特にシエスタの家族にはずいぶん助けてもらい
ましたから。父の遺産もありましたし、生活に困ることはありませんでした」
「でも、それならどうして銃士隊に……」
 シエスタの心配そうな視線に、マミはまっすぐ向き合った。
「さっきも言ったけれど、私だっていつまでも子供じゃない。自分の
生きる道は自分で見つけたかったからよ。あなただってそうでしょ?
 ところで、私はあなたたちを送っていくように命令されたのだけど……
シエスタ、あなたその格好で『レイセン』に乗るつもりなの?」
「ほへ?」
 思わず間の抜けた声を返すシエスタ。その様子に、マミは小さく肩を
すくめた。
「はあ。聞いてないの?エミリー小隊長から、私そう聞いたんだけど」
「え?なにそれ?わたしそんなの聞いてないよ?」
「そ~よ~。事情が事情だから、シエスタちゃんはいつでも動けるように
しておいた方がいいって、私が提案したの~」
 突然間に入ってきた声に三人が振り返ると、そこにはアニエスと、
きちんと畳まれた飛行服を手にしたあかぎ、それにシエスタと同年代
程度に見える、長いピンク色の髪を三つ編みにし、白い小隊長のマントを
身につけた銃士がいた。その後ろにはシエスタの家族をはじめ村人たちが
続いている。
 あかぎの様子は昨夜の影を引きずっているようには見えず、いつものように
にこにこと笑っているように見える。マミが敬礼して三人を迎えると、
アニエスと銃士は軽く返礼した。
「あの傭兵メイジどもの一件もあるからな。示威行為としても『竜の羽衣』が
まだ健在だと知らしめた方がいい。姫殿下からの許可も後追いだが届くはずだ」
 アニエスの言葉に、ふがくは渋面を隠さなかった。それがどこに対しての
示威行為なのか明白だったからだ。
「不満そうだな」
「当然でしょ。そんなことしたら、またここが狙われるわ。今度は徹底的に
叩きに来るでしょうね」
「そうはならんさ。それが現実となれば、そのときは……そうだな、
トリステインとアルビオンの全面戦争だ」
「アンタ……何考えてんのよ」
「あいにくこれはわたしの案じゃない。むろんあかぎ母さんだけでもない。
だが、協力はしてくれると約束してくれたからな」
 アニエスはそう言うとあかぎに視線を向ける。あかぎはその視線に
小さく溜息をつく。
「……私が協力するのはみんなを守るためよ。むやみやたらに攻めることには
協力しませんからね」
「あかぎ……いったい、何の話をしたの?」
 ふがくの問いに、あかぎは明確な返答をしなかった。


 シエスタが『イェンタイ』の管理室で着替えている間に、シエスタの
家族が総出で複座零戦と震電を『竜の道』へと運び出す。あかぎがかつて
牽引用の木炭車を製造しようとして発動機の素材の問題で挫折したため、
発動機を動かさない状態での移動は人力に任せていた。
「お待たせしました!」
 飛行服に着替えたシエスタがルイズたちの前に戻ってくる。武雄の
飛行服を元に仕立てたものだが、素材は大戦末期の粗末な代用品ではなく、
開戦当初の質の良い時代を元に、どうしても入手できないものだけ代用品を
使ったもの(たとえば表地に使われた防水クレバネットは入手不可のため
絹のみになっていたり、裏地が末期と同じポプリンになっているなど)の
ため、いつもの平民用の、ルイズから見れば粗末な服に身を包んでいるのとは
ずいぶん印象が違って見える。マミの飛行服も同様だが、それにしても
髪の色が違うだけでこうも違うのね、とルイズは感心した。
 それに……とルイズは思わず視線をシエスタの胸元に向ける。

(ふ、ふがくといい、あかぎといい、シエスタといい、あのマミって子といい……
ダイニホンテイコクの女の子って、み、みんな胸が大きいのかしら……ぁ?)

 知らず両手が自身のなだらかな丘陵に向かおうとして……それを寸前で
押しとどめた。それをやったら敗北を認めてしまうような気がしたからだ。
 そんなルイズの葛藤を知らず、シエスタは朝日に照らされる複座零戦を
見上げる。今でこそ出撃までに時間を取られる有様だが、これからは
マミと残った機体を使って出撃準備の訓練もすることになるのだろう。
示威行為が目的なら、露天駐機とするかもしれない。
 魔法学院からタルブまで、『竜の羽衣』なら三時間もあれば到着する。
もし、自分たちが表舞台に出ることで村のみんなが危険にさらされることに
なったら――そのときはすぐに駆けつけてそれを払おう。シエスタは決意を
胸に荷物を複座零戦の胴体に押し込むと主翼の付け根に駆け上り、ルイズに
手を差し出す。
「ルイズさま」
 朝日の中に輝くシエスタ。飛行服姿のそれはいつものメイド姿とは異なり、
よみがえる伝説を受け継ぐ新たなる勇者のそれだ。今まで見たことのない
そのまぶしさにルイズも決意を新たにする。

(シエスタがまぶしい……。ううん、そんなことじゃダメ。
わたしがしっかりしないと。この輝きを鈍らせるなんて絶対ダメ。
わたしが足手まといになったせいでふがくやシエスタが戦えなくなる
なんてこと、絶対させるものですか)

 ルイズは決意を込めた視線でまっすぐにシエスタの瞳を見て、その手を握る。
シエスタに引き上げてもらって後席に収まると、シートベルトをつけて
もらい風防が閉じられる。そこまでしてからシエスタも前席に滑り込んだ。
 その様子を見たふがくは、あかぎに言う。
「……乗り手がいないって嘘だったんだ」
 ジト目であかぎを見るふがく。当のあかぎはそしらぬ顔だ。
「あら、私は武雄さんたちがいなくなったって言っただけよ。後継者が
いないって言った覚えはないわね」
「じゃあ、ミス・エンタープライズがガソリンを使うことがなくなったってのは?」
「シエスタちゃんが奉公に出ちゃったし、マミちゃんは銃士隊に入隊
しちゃったし。他の子もいたけれど、死んじゃったり行方不明に
なっちゃったりしたから。
 だから『今は』使うことがなくなってたわね」
 あかぎはそう言って視線を三舵の利きを確かめる複座零戦と震電に移す。
確かに嘘は言っていない。それでも釈然としないふがくがふとあかぎに
目を向ける。その視線は、そこにいない誰かも見ているようにふがくには
思えた。
「あ、あの……あかぎ……」
「降臨祭の日よ」
「え?」
 ふがくが昨日の夜のことを言い過ぎたと謝ろうとしたとき、あかぎが
不意にそう言った。
「降臨祭の日に、金環皆既日食が起こるわ。もし帰るつもりがあるなら、
そのときまでに決めておきなさい」
 ふがくが驚いた視線をあかぎに向ける。あかぎはそんなふがくに
昔のような優しい笑みを向けた。
「今すぐに決める必要はないわ。けれど、知らないで後で悔やむよりは
ずっといいと思うの」
「どうして、ルイズの前で言わなかったの?」
「あの子が今知ったら、きっと良い結果にはならないと思ったからよ。
カリーヌさんに似て、思い込みが激しすぎるきらいがあるわね。
それが良いところでもあるんだけど」
 あかぎはそう言って視線を再び複座零戦と震電に移す。
ふがくはその言葉の意味をかみしめる。
 降臨祭は年明けの日から始まる新年の祭りだとルイズから聞いた。
今はウルの月。地球で言えば五月。降誕祭の日まで、七ヶ月もない。
 今それを自分にだけ聞かせたのは、あかぎなりの考えがあってのこと。
本当に帰る意志があるのか、それを自分に問うているのだろう。
 確かに、自分が召喚されたときは、もう大日本帝国は落日の危機に
あったといえる。枢軸軍のうちイタリアは降伏後連合軍に与し、
ドイツ第三帝国も連合軍の反撃にその版図を急速に失い、大日本帝国も
連合軍の猛攻の前に本土まで追い詰められ、最後の拠点である硫黄島から
発進した自分だけが回天の奇跡を成し遂げられる――はずだった。

(けど……何かが引っかかる。私……あかぎがミッドウェイで沈んでからの記憶が……)

 ふがくは記憶をたどって愕然とする。ミッドウェイ海戦からルイズに
召喚されるまでの記憶がおぼろげで、ほとんど抜け落ちていると気づいたから。
 そのふがくの様子に、あかぎが心配するような視線を向ける。
「……ふがくちゃん?」
 あかぎに声をかけられて、ふがくははっと我に返る。そして、思いっきり
頭を振った。
「な、何でもない……。
 あかぎ、ありがとう。それから、昨日はゴメン。私、あかぎの気持ちを
全然考えてなかった」
「いいのよ。確かに、そのときはそうするしかないって思ったことでも、
後から見れば不適切だったって思えることだってあるから」
 あかぎはそう言って笑みを浮かべた。そして、ふと思い返す。
 末期癌に苦しむフィリップ三世陛下にモルヒネとヒロポンを投与したのは
間違っていなかったと思っている。何故なら、モルヒネは鎮痛剤、
そしてヒロポンの本来の用途は抗鬱剤なのだから。それでも未知の病に
苦しむ王を見るに堪えず、その痛みと苦しみを和らげはしたものの、
結果欲深い者たちに『利権』という名の甘露を与えたことは慚愧に堪えない
事実。だから、そのために信頼できる友人を喪い、今ふがくたちに
そしられても詮無いことだと、あかぎは思っていた。同時に、昨日の夜は
武雄が目の前に現れなかった優しさに感謝した。慰められたら、
もっと悲しくなっていただろうから。
「それじゃあ、私も行くね。また遊びに来ても……いいかな?」
「ええ。いつでも待ってるわ」
「うん。それじゃ……」
 ふがくはあかぎの笑みに安心したようにそう言うと、タキシングを
始める二機を追いかけようとして……不意に声をかけられた。
「待ちな」
「ルリちゃん?」
 『フライ』の魔法で『竜の道』にやって来たのは、ルーリーだ。
ルーリーはふがくの前にふわりと降り立つと、一冊のノートを手渡した。
「あのコルベールとかいうさえない男に渡しておくれ」
「これは?」
「『竜の血』――『ガショリン』の錬金方法なんかをまとめておいた。
シエスタとお前さんの力になるだろう」
 それを聞いてふがくはぱらぱらとノートをめくる。そこにはガソリンを
錬金するための材料とイメージ概念などが、流麗な筆致で事細かく
書かれている。インクが乾ききらずに擦った跡があることから、今日の
ために短時間でまとめたことがふがくにも分かった。
「ありがとう。ちゃんと渡すわ」
「困ったことがあればまたここに来な。特に『竜の羽衣』の手入れ、
シエスタ一人じゃ手に余ることもあるだろう」
 確かに日々の整備くらいはシエスタもできるだろうが、大がかりなものは
無理だ。それに自分の調整もある。ふがくは深々と頭を下げると、
タキシングから『竜の道』に入り、併走して離陸準備に入った複座零戦と
震電を追いかける。

 シエスタが親指を立てて前に倒す合図と同時に複座零戦の栄発動機と
震電のハ四三発動機が力強い鼓動を奏で始め、そこにふがくのハ五四の
六重奏が加わる。同時に風防を閉めた二機とふがくが並んで滑走を開始し、
離陸距離の長い震電に合わせて複座零戦とふがくが同時に空に舞い上がる。
その様子を、あかぎは懐かしむような視線で見送った。
「……本当なら、ここにキョウコちゃんとサヤカちゃんもいたはず、
だったんだけどね」
 そんなあかぎに、傍らの銃士――マミの上官である第七小隊長であり、
鋼の乙女であるエミリーが声をかける。アニエスも「そうだな」と相槌を
打った。

 そう。アニエスにとって、加藤中佐の娘であるさやか、そして桃山飛曹長の
娘である杏子の失踪事件は忘れられない事件だった。

 三十年前にここに残ることにした加藤中佐、白田技術大尉、桃山飛曹長は、
武雄のすすめもあってここで新たな家庭を築いた(さすがに武内少将と
ブリゥショウ中将は「そんな年でもない」と固辞したが)。だが放射線被曝の
影響か、三人はなかなか子供を授かることができず、彼らに最初の子供が
生まれたのは、武雄のひ孫のシエスタが生まれるのとほぼ同時期だった。
三人が皆揃って娘に日本名をつけたのは、遙かな故国への郷愁といえるかも
しれない。そして、彼女たちは父たちの影響を受けたのか、揃って空への
あこがれを見せたのだった。
 最初は彼らも渋ったのだが、少女たちの本気にやがて武雄を筆頭に
根負けし、彼女たちが十二歳の誕生日を迎え何とかペダルに足が届くように
なる頃までに、訓練のために複座零戦の後席を改造して練習機としても
使えるようにしてまで、自分たちの志を受け継ぐ新たな世代を訓練し
始めたのだった。
 そんな彼らを襲った最初の悲劇が、五年前、『アカデミー』の客員
研究員としての地位を得ていた白田技術大尉とその家族が乗っていた
馬車ごと鉄砲水に流されるという事故に遭ったことだ。奇跡的に助かった
マミ以外誰も見つけることができず、このときの心労からか、武雄が
それからわずか一週間でこの世を去り、武内少将とブリゥショウ中将も、
武雄を追うようにこの世を去った。
 その次が、今から二年前、シエスタたちが十五のときに起こる、突然
杏子とさやかが行方不明になった事件だ。この事件の捜査は銃士隊として
このタルブの村に派遣されていた隊長のアニエスが中心となって行われ、
二日後、近くの森の中の石舞台の上にさやかがまるで眠っているかのように
横たわっているのが発見された。
 森の中であるにもかかわらず獣などに荒らされた形跡がないばかりか、
まるで何かに守られているようだった、とアニエスが今でもその光景を
容易に思い出せるその事件は、杏子が行方不明のまま現在に至り、結局
真相は藪の中。
アニエスはシエスタと同じく自分によく懐き妹同然だった二人を襲った
事件の手がかりを捜すべく奔走したが、何も分からないままだった。
 年を経て得た新たな娘を喪った加藤中佐の落胆は激しく、その後失意の中
この世を去ることになる。そして桃山飛曹長も娘の助けになれなかった
自責の念から以前にも増して何かを守ると言うことに執着し、結果、
暴走した貴族の馬車から身を挺して子供を救い、その子が親元に戻るのを
見届けた後で自室にこもり、そこで息を引き取ることになる――
 だが、アニエスたちは知らない。彼らが死してなおこの村を守る鬼と
なったことを。それは自分たちの志を、戦空の魂を受け継ぐ者たちの
成長を見届けられなかった未練か。彼らの存在を知るのはあかぎだけであり、
そのあかぎが眠りについていたこともあり、その存在は今に至るまで
知られることはなかったのである。

「キョウコちゃんのお母さんは、今でも毎日キョウコちゃんが好きなものを
作って待っているんだって。私たちも力になれたらいいんだけど……」
「あの事件はわたしにとっても痛恨の極みだ。もっと二人の様子に気を
配っていれば、こんなことには……」
 エミリーの言葉に、アニエスは悔しさを隠さず拳を握りしめる。
そんな二人に、あかぎは冷淡とも取れる言葉を向けた。
「……死んだ子の年を数えても仕方のない事よ」
「あかぎさん、それって!」
 思わずエミリーはあかぎに怒りの視線を投げつける。だが、あかぎは
それを受け流した。
「そうそう。ちょ~っと運動したくなった気分だから、あの森の中で
少しだけ運動してくるわね。木が何本か倒れるかもしれないけど、
気にしないで欲しいわ~」
「そ、それはどういう……」
 あかぎが指さしたのは、墓場の森。意味を察しかねたアニエスが
問い直そうとするが、あかぎはその言葉を待たずに『竜の道』を離れた。
あかぎが離れたことで、震電が戻ってくるまで時間があることもあり、
村人たちも戻っていく。
「……どういう意味なんだ?」
「さあ?」
 残されたアニエスとエミリーは互いに顔を見合わせた。


 ――そして。フル装備状態で墓場の森へと足を踏み入れたあかぎは、
一つ大きくのびをすると、森の一点を見つめ、そこにいる誰かに向かって
言った。
「さあ、出ていらっしゃい」と。



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