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機械仕掛けの使い魔-第15話



機械仕掛けの使い魔 第15話


 フーケのアジトから戻った一行は、バイスの亡骸をひとまず厩に隠し、学院長室に向かった。クロ曰く、その方が都合がいい、らしい。

「よくぞ戻った。して、フーケと破壊のゴーレム、不可思議の箱はどうなったのじゃ?」
 学院長室には、オールド・オスマンとコルベールの2人。部屋に入って来た面々を安堵の表情で迎え入れたが、すぐに顔を引き締め、事の顛末について説明を求めた。
「結論から言えば、破壊のゴーレム、不可思議の箱の奪還は成功。内、破壊のゴーレムは現在、一般生徒や教職員に見つからぬよう、厩に隠してあります。
ですが、フーケは取り逃しましたわ。」
エレオノールが一歩前に出、淡々と述べる。
「ふむ、フーケは逃げおおせたか…。姿は、見たかの?」
「いえ、我々が到着した頃には、アジトはすでに無人でした。
しかし、あれだけの手段で盗み出した破壊のゴーレム、不可思議の箱を放棄していたという事は、恐らくギリギリで我々の接近に気付き、焦燥のうちに逃亡したのでしょう」
「惜しい事じゃのぅ。ま、気に病んでも仕方ないわい。君たちと破壊のゴーレム、不可思議の箱が無事戻っただけで、良しとしようかの。
破壊のゴーレムは、折を見て宝物庫に運ばせよう」
 髭を撫でつけながら、オールド・オスマンが顔を綻ばせる。

「ところで…ミス・ロングビルのお姿が見えませんが、彼女は一体、どうしたのですか?」
 一同の顔を見回したコルベールが、自分が憧れている相手、ロングビルの姿がない事に気付き、その疑問を口にした。
「あぁ、彼女でしたら――」
エレオノールが窓の外を指差した。つられるように窓に寄って、塔の遥か下、広場を見下ろすコルベール。その視線の先には、
「――全く手付かずだった学院の修理を、始めてくれています。本当に、オールド・オスマンにはもったいないほど、気の利く方ですわね」
 ただ一人で、ボロボロの学院を修理するロングビルの姿があった。周囲には、人間とほぼ同じサイズの、土のゴーレムが5体。
薙ぎ倒された木を建て直し、程よく耕された地面を平らげ、ロングビルが残骸から錬金したレンガを壁に積み直し、学院の復旧作業に取り掛かっていた。
「お、おぉ…さすがはミス・ロングビル! 私もこうしてはおれませんな、失礼しますぞ!」
その姿を認めたコルベールは、袖をまくって窓を開け、眼下の広場へ飛び降りた。
「ちょ、ミスタ・コルベール!?」
慌てて窓に駆け寄り、頭を突き出して下を覗くルイズだったが、見えたのは、『レビテーション』で華麗に着地し、ロングビルの元へ猛ダッシュするコルベールだった。

「な、何よあの、無駄にかっこいい無駄な着地姿勢は…」
 『レビテーション』の詠唱条件に、ポーズは一切ない。言ってしまえば、直立不動の姿勢でも、逆立ちの姿勢でも、胡坐をかいた姿勢でも、軟着陸は可能だ。
 しかしコルベールの着地は、不自然極まりない、妙に格好のいい姿勢であった。それこそ、我々の世界で、ヒーローが高所から飛び降りる時のような。
 こんな時の為に、密かに練習していたのだろうか。確かに練習は無駄にはならなかったが、動作そのものは無駄である。
「コルベール君も、青春真っ只中、と言ったところじゃのぉ。まぁ、それは良かろうて」
 クロとギーシュの決闘を見ていた時のように、物見の魔法でコルベールの様子を見ていたオールド・オスマンだが、
杖を振って映像を消すと、改めて一同に身体を向けた。
「諸君、今回の一件、ご苦労じゃった。この度の活躍は、ワシから王宮に報告しておこう。何か恩賞が賜れるじゃろうて」
「一介の学生に…恩賞?」
オールド・オスマンの言葉に、キュルケが目を丸くした。
「その一介の学生が、世を騒がす盗賊に盗み出された、アカデミーの宝物を取り戻したのじゃ。何かしらの恩賞を頂くには、十分すぎる活躍じゃよ」

「さて諸君、今宵はフリッグの舞踏会じゃ。主役が遅れては格好が付かぬ、早く準備に取り掛かりなさい」
「主役ですか…?」
「うむ、君たちは学院の英雄と言っても差し支えないからの」
 元々はクロとミーの大暴れを隠蔽する為に志願したのが、予想外に評価されてしまったようだ。
顔を引きつらせるルイズだが、断るわけにもいかず、乾いた笑いで答えた。
 一方、キュルケは顔を輝かせ、タバサの手を引っ掴む。驚き、ほんの少しだけ目を見開いたタバサ。
しかし、キュルケは気付かない。なかなかに珍しい。
「そうと解れば、部屋に急ぐわよタバサ! 私が可愛くコーディネイトしてあげる!」
勢いのまま引き摺られていくタバサの顔には、これまた珍しく、戸惑いの色が見えた。

「私はそろそろ、アカデミーに戻らせて頂きますわ。今回の件を報告しなければなりませんので」
「ふむ、お主も出ればよいじゃろうに」
「祭り上げられるなど、私の趣味ではありません。それに、仕事を残している上に、予定外に休暇が延びましたから」
 振り返り、ドアへ歩を進めるエレオノール。その途中、クロを一瞥すると、誰にも聞こえないほど小さい溜息を漏らした。
「では、失礼しますわ」

 部屋に残ったのは、オールド・オスマン、ルイズ、クロ、そしてミーの2人と2匹。
「全く、お主の姉上は、昔と全く変わらんのぅ、ミス・ヴァリエールや」
「あ、あはは、そうですね…」
 魔法学院入学前、エレオノールからオールド・オスマンの愚痴を色々聞かされたルイズとしては、今のやり取りに少々冷や汗をかいていた。
舌戦の開幕を恐れていたが、杞憂に終わったようだ。
「ミス・ヴァリエール、お主も舞踏会の主役の一人じゃぞ。部屋に戻って、用意をしなくて良いのか?」
「そうだぞルイズ、オメーはミーくんと一緒に戻ってな。後はオイラとおっさんで話すからよ」
「く、クロ! オールド・オスマンに向かって何て失礼な事言うのよ!?」
 学院の最高責任者たるオールド・オスマンをおっさん呼ばわりしたクロに食いかかるルイズだが、当の本人は、
「ほっほっほ、良い良い」
と、まるで気にしていなかった。
 自室に戻るのを薦められたルイズだったが、使い魔たるクロを放っておけない、放っておいたら、今度はどんな失礼な物言いをするか非常に心配だった為、このまま残る事とした。
「それで猫君や。話とは何じゃ?」
「ん、まずは渡すモンを渡しとくわ」
言いながら、クロが腹部ハッチから取り出した物は、ツインキャノン。それをまずは腕に装着して見せた。
「驚くほど、猫君の腕にぴったりじゃの。猫君の持ち物じゃったのか?」
「不可思議の箱なんて大層な名前が付いてっけど、弾切れした今じゃ、単なるガラクタだ。欲しけりゃくれてやらぁ」
腕を捻って一通りツインキャノンを眺めたクロは、腕から取り外し、オールド・オスマンに放って寄越した。
「弾切れと言うからには、銃の一種なのじゃろうなぁ。まぁ、名前はそのままで保管しておくとしようかの。
猫に教えられて正体が解った、などと話したら、ボケ老人扱いされるわい」
 苦笑しながら、受け取ったツインキャノンを執務机に置いた。
「しかし、わしの権限でどうにかできる代物ではないじゃろうが、このまま受け取ってしまってよいのか? 君の武器じゃろう?」
「弾切れしてる上に、ソイツを作ったヤツが、肝心の弾の作り方を忘れやがった。持ってても仕方ねーよ」
「なるほどのぅ、それならば仕方あるまいて」

 話が一段落付いた。流れでは、次はバイスについて、となるところだが、クロはまずその場に胡坐をかき、無言で腹部ハッチを開いた。
そこに手を突っ込み、中でなにやらゴソゴソとやっている。
「クロ、どうしたの? オールド・オスマンへの説明は…」「ちょっと黙ってろ」
ルイズの発言を簡潔な一言で遮った。その直後クロの腹から、バキバキと、重苦しくも、どこか軽い音が聞こえてきた。
「お、おい相棒! 何してんだよ、血迷ったか!?」
その音に混ざり、腹部に収められているデルフの叫びが響いた。しかし、これにもクロは耳を貸さない。
「その音…クロ、お前まさか!」
ボディの構造がほぼ同じであるミーが、音の正体に気付いて近寄るが、クロに、もう一方の手で制された。

 一同が静まり返る中、ようやくクロの腹から聞こえていた音が、止まった。
ゆっくりと引き抜かれる手の先には、放電する金属質の『何か』が握られていた。
「おっさん…いや、オスマンだっけか。話す事は2つだ。何、大した話じゃねぇよ」
『何か』を、絨毯の敷かれた床に置くクロ。放電は、徐々に弱まっている。
「1つ。破壊のゴーレム、なんてふざけた名前で呼ぶのは、やめてやってくれ。アイツにゃあ、バイスって名前があんだ」
「バイス…ふむ」
「オメーだって、おっさん呼ばわりよりも、本当の名前で呼ばれた方がいいだろ? そういうこった」
 クロは、その場から動かない。

「と言うかクロ、アンタ、オールド・オスマンの前で座り込むなんて、失礼でしょ! ちゃんと立ちなさい!」
 座ったままのクロに、ルイズからの叱責が飛ぶ。しかし、やはり動かない。
「ルイズちゃん、クロは立たないんじゃないんだ…」
そんなルイズを、ミーが宥める。取り出した『何か』の正体を知るミーは、なぜクロが立たないか、知っているのだ。

「2つ。『バイスは自爆した。バラバラになって、コイツだけ回収出来た』、って事にしてくれ」
 言いながら、絨毯に置いた『何か』を、手でオールド・オスマンに差し出すクロ。
「あれは、クロの腰のアクチュエーター。人間で言うなら、腰の筋肉みたいな物なんだよ…」
「腰の、筋肉…ですって?」
クロは腹のハッチから、腰の部分に組み込んであるアクチュエーターを無理やり外し、取り出していたのだ。
 人間で言えば、腰の辺りの筋肉とでも言うべきか。この部位がなければ、腰は上半身の重量を支えきれず、立っている事など不可能となる。
 クロは立たないのではない、立てないのだ。

「オイラは、アイツにデカい借りがある。それを、後で修理できるようなパーツで返せるなんて、思ってねぇ。だけどな…」
 バイスとの、最後の記憶。上昇するタブーへ一直線に伸びるバイスの腕。それに掴まり、登り始めた瞬間、偽りの大地は崩れた。
大量の砂と瓦礫に飲み込まれたバイスの身体。残されたのは、タブーと繋がる、腕一本のみだった。
「…アイツは自分の腕を切り離してまで、オイラを助けた。だったら、こんぐらいしねぇと釣り合わねぇ」
「猫君の矜持ゆえ、というやつかの…」
「違ぇよ――オス猫の誇りってヤツだ」
 受けた借りは必ず返す。借りっ放しなど、自分自身が許せない。クロが己を縛る、ほぼ1つと言っても過言ではないルールであった。

「あの、オールド・オスマン…」
 おずおずと、右手を上げるルイズ。
「姉さまも、この案には賛同してくれています。私からもお願いします、どうかクロの案に、乗っていただけませんか…?」
「ほぅ、あのエレオノール君が、のぅ」
 引き出しから水ギセルを取り出し、一服するオールド・オスマン。その視線は、窓の外、トリスタニアの方角に向けられていた。

「あい解った、その件、わしも一枚噛ませてもらおう。アカデミーにはちょっとした意趣返しになるじゃろうて」
 意地の悪そうな笑みを浮かべながら、オールド・オスマンはクロの案を承諾した。
クロはニヤリと笑みを作り、ルイズは顔をパッと明るくし、ミーはホッとしたかのように額の汗を拭った。…突っ込んではいけない。
「それにしても、あのエレオノール君がそんな案を呑むとはのう」
「ん…あんまり派手に暴れんなって、釘刺されただけだ」
 そっぽを向いて、気だるげに答えるクロ。オールド・オスマンはそんなクロを見て、いよいよ楽しそうに笑った。
「そうかそうか。まぁ、そういう事にしておくわい」

「それで、本物のバイスは、どうすればよいのじゃ?」
「あぁ、それなんだけどよ――」
 バイスの亡骸の処遇について、クロはオールド・オスマンに、いくつかの条件を伝えた。
聞き終え、しばらくは難しそうな顔をしていたオールド・オスマンだったが、手を打ち鳴らし、条件全てを呑めると胸を張った。
「オーケー。それじゃ、オスマンジーさんも手伝ってくれや」
「えっ。わし、場所案内だけじゃないの?」
「つれねー事言うなよ、共犯共犯」
「…わし、明日起きられるかのぅ…」

 肩を落とすオールド・オスマンを見てケタケタと笑うクロの前に、ルイズが立った。そしておもむろに背中を向け、その場にしゃがみ込む。
「んあ、どうしたよ、ルイズ?」
「あ、アンタ今、歩けないんでしょ?」「おう、そーだな」
 楽しそうに会話していたクロだが、ただ痛みがないというだけで、相変わらず腰から下は動かない。
「…身体、直さなきゃいけないんでしょ。…私の部屋に、帰るわよ…」
こういう形で手を貸すのがどうにも気恥ずかしく、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。
こんな言い方はないだろう、と自分自身を責めそうになるルイズだったが、
「…おう、ありがとよ」
背中越しに聞こえたクロの声と、肩にかかる、確かな重み。これに全てが吹っ飛んだ。
 お互い、どうにも不器用で、素直になれない所があるのも、非常に似た主従なのかも知れない。

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 その頃、学院からトリスタニアに向かう馬車の中で、エレオノールは窓の外をボーっと眺めていた。
「あの黒猫…クロは、一体何なのかしらね…」
「エレオノール様、いかがしましたか?」
エレオノールの呟きが耳に入った御者が聞くが、手を軽く振って「何でもない」と意思表示し、また窓の外に目をやる。

 自分でも、なぜクロの案に乗ろうと思ったのか、解らない。アカデミーの事を考えれば、バイスを秘密裏にクロへ譲渡するなど、真っ先に選択肢から除外されるはずなのだ。
 だと言うのに、除外出来なかった。最後まで残ってしまった。
「…考えるまでもないわね、そう言えば」

 思考を巡らそうとしたが、自嘲気味に笑った。
 愛する妹と自分の命。もう動かないガラクタ。この両者を天秤にかければ、どちらに傾くかなど、考えるまでもない。
「オス猫の誇り、貴族の誇り、か…。まぁ、安い物よね――」
クロがルイズと自分を守ってくれた、その借りを返すには、エレオノールの中では少々安く思えた。
「――今度、生魚か何かでも送ってあげようかしら」
 トリステインで一番新鮮な魚を扱っている鮮魚店はどこか、誰に生魚の凍結を頼もうか。不思議と、自分の研究の事を考えるよりも、心躍るエレオノールだった。

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 寮塔へ向け、とことこと歩いている、クロを背負ったルイズとミー。とそんなクロたちを見つけた誰かが、こちらに向かって走って来た。
その相手は、コルベールを含む数名の教師と共に、復旧作業に勤しむロングビル。どうやらその場の教師に後を頼んだようだ。

「話が違うじゃないの…。何が、『ちょっと壊した』よ、戦争もかくやって有様じゃないさ!」
 クロに食って掛かるロングビルの顔は、世間を賑わすフーケのそれに変わっていた。
「ご、ごめんなさい…」
「このくらい、オイラからすりゃ『ちょっと』だっての」
 素直に謝るミーと、何でもなさそうに答えるクロ。同じ当事者で、これほど意識の差があるのも珍しい。
 ただ、クロの発言もあながち間違いではない。クロが本気で暴れれば、街など簡単に壊滅してしまうのだ。
その暴れ振りは、周囲の目撃者から『悪魔が通った』とさえ言われるほどである。
 単独ではなく、ほぼ同スペックのミーと激戦を繰り広げた結果としては、原型を何とか留めているトリステイン魔法学院は、まだまだ『ちょっと壊れた』程度の認識でも通じてしまうのだ。
 …何の弁護にもならないが。

「でもよ、オメーの目で見て『戦争もかくや』ってくらいぶっ壊れたここを修理すりゃ、まとまった額がもらえるんじゃねーか?」
「ぐ…そ、そうかも知れないけどさ…」
 小屋跡で出されたクロの提案、その1である。ボロボロになった学院を率先して修理すれば、何かしらの特別報酬が出るんじゃないか、という事だ。
 学院からすれば、わざわざ外部の土メイジを雇う必要がなくなり、さらにシュヴルーズなどの教員土メイジを駆り出さなくて済む為、円滑な講義が可能となる。
 ロングビルからすると、他の土メイジよりもゴーレムを操る術に長けている為、復旧作業の主導権を握りやすくなる。
さらには率先して作業に入った事で、一際目立つ。この2点により、ボーナスを得られる可能性が高まるのだ。
 ある種の利害一致、ギブアンドテイクと言った形である。

「…まぁ、このくらいのケジメはつけるさ。それより、本当にいいのかい?」
 半ば諦めたように嘆息したロングビルが、今度はルイズに目を向けた。
「あたしの仕事に、クロちゃんを借りるって話だけどさ…主のあんたは、納得してるのかい?」
クロからの第2の提案、それはフーケとしての仕事に、クロを同行させる、という事である。
 ロングビルにとっては、単純に戦力の大幅向上が見込める。ゴーレムを容易く手玉に取る戦闘能力と、人間よりも遥かに小さい体躯。
盗賊の仕事にはこれ以上ないほどに適正がある。…いつもの調子で暴れなければ、の話であるが。 
「本当なら、絶対に許される事じゃないんだけどね…」

 クロの提案にルイズは、それはもう盛大に反対した。元々フーケとしての仕事に関しては、これ以降一切口出し、手出ししないスタンスを取ると決めていた。
だが、そこにクロが絡むとなると、話は別だ。
 使い魔が貴族に手を出す事は、即ちその主が手を出したも同然。トリステインの貴族として、許される事ではない。
ルイズも自身の家名を少々恨めしく思えたが、かと言って貴族ではないいかなる立場であってもタブー、つまり八方塞がりなのである。

 しかしがんじがらめに縛られ、胸を痛めるルイズを助けたのは、クロだった。

『猫には、人間のルールなんて関係ねぇよ。人間には、守らなきゃならねぇルールがあるけどよ、それならオイラに任せな。道なんていくらでもこじ開ける、っつったろ?』

 まだまだそれほど日が経っていないというのに、クロはルイズの前で、道を切り開いて見せた。
ギーシュを打ち負かし、フーケのゴーレムから命を救われ、そのフーケ討伐も、結果としては丸く収まった。
 そして今また、クロは新たな道を開こうとしている。ロングビルと、彼女の守る人たち、貴族の横暴に苦しむ平民を守る為の道を。
 人ではない、かと言ってただの猫でもない、”クロ”だからこそ開く事の出来る道。
ルールに縛られないこの黒猫と、フィナーレへ歩くと決めたのだ。今更悩み、迷う必要など、ありはしない。

「でも、私はあなたと、クロを信じるわ。」
 腹は決まった。ルイズは、力強く頷いた。
「任せときなって、悪いようにはしねぇからよ」
 クロの中にも、暴れたいという気持ちはある。魔法相手に暴れたいが為に使い魔の契約を交わしたのだ、チャンスがあるならば見逃す手はない。
幸いにも、相手は人々を苦しめる悪者である。ジーサンバーサンの家で見た時代劇で言えば、悪代官や越後屋のようなものだ。気に病む事など何もない。
 だが、それと同じくらいクロの心を占めているのは、ルイズ同様、ロングビルたちを助けたいという思いだった。
どことなく、その境遇が北海道で出会ったブッチーと、ブッチーの守るチビ猫たちに似ているように思えたのだ。
 表には出さないが、クロもロングビルの身を案じていた。それ故の、2つの提案なのだった。

「ハァ…解ったよ。納得してるんなら、あたしからは何もいえないさ。せめて、クロちゃんの正体がバレないように、フォローは入れるけどね」
「いや、その心配はねーよ」
 呆れつつも楽しそうに息を吐いたロングビルに、クロが待ったをかける。
「オイラも、自分が目立つって自覚はあるからよ、それなりの対策は持ってんだよ」
「対策って言うと…もしかして、アレか?」
腹を指差すクロに、何か思い当たったのか、ポン、とミーが手を打つ。
「ま、あんまし使いたくはねーんだけどよ…」
 半ば蚊帳の外となっているルイズとロングビルだったが、その疑問は後日、爆笑と共に解決する事となった。

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 ルイズの部屋に戻ったクロは、発電機のモーターをベースにして、電子レンジのパーツおよそ2/3を使い、アクチュエーターを組み上げた。
残るは、結局昨日使われなかったテレビと、精密機器類をほぼパーツ取りされた電子レンジのみ。次のスヴェルの月までを考えると、少々心許ない。
「うっし、とりあえず修理完了っと。それじゃ、行って来るぜ」
 軽く屈伸運動して調子を確かめたクロが外へ出ようとすると、ルイズもイスから立ち、その後ろに付いた。
「んあ? どうしたルイズ」
「私も行くわ。…直ったばかりなんでしょ、手伝ってあげるわよ」
顔を赤くしながら、上半身を軽く伸ばすルイズ。そんなルイズに、苦笑しながらクロが聞く。
「土仕事だぞ、汚れちまうぞ?」
「さっきまで相手してたのは、『土くれ』のフーケよ、何を今更」
 違ぇねーや、とカラカラと笑い飛ばしたクロだった。  
「んー、それじゃボクは、厨房にでも行ってみるよ」
「あらミー、来ないの?」「血が騒いだんだろ。厨房から、すげーいい匂いしてたからな」
 フリッグの舞踏会に向けてだろう、厨房からは慌しい声と共に、非常に美味そうな匂いが漂っていたのだ。
料理人としての顔も持つミーとしては、いても立ってもいられなくなったようだ。

 今度こそ、と扉を開けるクロ。その後に続こうとしたルイズのスカートの裾を、ミーが引っ張った。
「ルイズちゃんルイズちゃん」
「きゃっ! な、何するのよミー!?」
慌ててスカートの裾を押さえるルイズだったが、猫相手にスカートの中を気にしたところで意味がない事に気付いた。
反射的に怒鳴りはしたが、すぐに、何か言いたい事があるのだろうと閃き、その場に屈んだ。

「クロの事、よろしくね。アイツはたぶん、バイスの件にボクが混じるのは、嫌うだろうから」
「あぁ、だからアンタ、厨房に行くって…」
「ホラ、猫って、そういう性格だからさ…」
「何くっちゃべってんだよ、さっさと行くぞー」
 猫の縄張り意識は、物理的な物ばかりではない。飼い猫は死の間際、それを悟られまいと、飼い主の元を去るという。何者の介入も許されない、心の縄張りもあるのだ。
 ミーがクロに踏み入らせたくない過去があるように、クロにも、誰にも侵されたくない自分の領域がある。
「私は、少しは認められたって事かな…うん、任されたわ」
 クロの催促にルイズは、ミーへ1つウィンクを送り、扉の外へ駆け出した。

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 厩の外では、すでにオールド・オスマンが待機していた。傍には、布を掛けられた巨大な何かが積んである、荷車が一台。積まれているのは言わずもがな、バイスである。
「おぉ、来たか猫君。積み込みは終わっとるぞい」
「おー、やるじゃんオスマンジーさん。ヨボヨボなのにコイツを持ち上げるなんてよ」
「違うわよ…。『レビテーション』で浮かばせてあげれば、誰でも運べるの」
「何だ、つまんねーの」「種明かしが早過ぎぬか、ミス・ヴァリエールや…」
クロに褒められて浮かれものの、即座にルイズからネタバレされ、どんよりとした気分に陥ったオールド・オスマンだった。

 バイスとルイズ、オールド・オスマンを乗せた荷車が、クロに引っ張られて大地を爆走する。
学院の門を守る門番も、あまりにもあまりなクロの速度を目で追えず、さらに巻き上がる砂煙によって、一体何が通過したのかすらわからない状況だった。


「う、上から見るのと体感するのとでは、全く違うのぅ…。寿命が縮まったわい…」
「後何年生きる気だよ、オスマンジーさん」
 振り落とされまいと荷車にしがみ付きつつ、クロへ目的地までのナビをしていたオールド・オスマンは、すでに満身創痍だった。
 オールド・オスマン、齢300(推定)。寿命とは何なのだろうか。

 バイスと一緒に積み込まれていたシャベルで、ちょうどよさそうな場所の土を掘り返すクロとルイズ。
オールド・オスマンも最初は参加していたものの、すぐに足腰に力が入らなくなり、木陰に座って休憩していた。
「あんま無理しなくていいぞ、オスマンジーさん。きちーなら、先に帰ってな」
「うむ、お言葉に甘えるのは吝かではないが…その前に、先程言い忘れた事があるんじゃよ」
「は、はい? な、何でしょうか?」
 慣れない力仕事で、疲労の溜まっているルイズだが、何とか聞き返した。
「猫君の左手に浮かんだというルーンの件じゃ。わしの所にコルベール君から報告があったのじゃよ」
「クロの、ルーン…?」
手は休めず、チラリとクロの左手を見る。今ではミーの左手にも刻まれているが、使い魔召喚の儀式の時は、コルベールも見慣れないルーンだと言っていた。
そして昨晩、タバサと話し合った時にも、結局ルーンの正体を始め、有力な情報は得られなかった。
「うむ。…ミス・ヴァリエールは、始祖ブリミルの使い魔を知っておるかね?」
「え、えぇ、一応は。聖地に降り立った始祖ブリミルは、4人の使い魔を従え、人々に系統魔法を伝えた、と…」
教本通りじゃの、と呟いたオールド・オスマン。腰を叩きながら立ち上がると、ルイズを見据えた。

「では、その猫君のルーンが、始祖ブリミルの使い魔と同一だとしたら?」

「え…?」
 ルイズの手が止まった。意味が解らない、といった様子でオールド・オスマンを見返している。
「神の左手、ガンダールヴを示すルーンと、猫君のルーン。寸分違わず、同じなのじゃよ」
「い、いやでも、クロはどこにでもいるような普通…とはかけ離れていますけど、猫ですよ? 始祖ブリミルの従えた使い魔が、猫だなんて…」
「伝承など、何の当てにもならぬよ。6000年も経てば、なおさらのぅ」
「だからってそんな…冗談でしょう?」
「冗談なら、わしも気が楽なんじゃがの」
苦笑したオールド・オスマンが、尻に付いた土をパンパンと払う。

「まぁ、その辺りの詳細は、引き続きコルベール君に調査を頼んでおる。文献が少なくて苦労しておるようじゃが、何か解れば、また連絡を寄越そう」
「は、はぁ…」
返事はしたが、動揺を隠せないルイズ。そんなルイズの肩をぽんぽんと叩き、オールド・オスマンは杖を取り出した。
「この件は、まだまだ不明な点が多い。猫君のルーンについては、他言無用で頼むぞい」
忘れられれば、それが最善じゃがの、と最後に笑い飛ばし、『フライ』の呪文を唱える。
「では、わしは猫君の好意に甘えて、先に帰らせてもらうわい。この辺りは学院の土地じゃから危険もなかろうが、日が暮れる前には学院に戻るんじゃぞ」
「安心しな。オイラがいりゃ、問題ねーって」
「ほっほっほ、頼もしい限りじゃ」
手をひらひらと振るクロに微笑みかけ、オールド・オスマンは学院へと飛翔した。
見た目は皺だらけだが、さすがは魔法学院の学院長を務めるだけの事はある、すぐに姿が見えなくなってしまった。

 ガンダールヴの話を聞いて以来、全く動かなくなったルイズを尻目に、クロは黙々と穴を掘った。
そして適当な大きさまで掘り終えると、シャベルを放り投げ、そこにバイスの亡骸を安置した。
「なぁ、ルイズ」
「…え?」
 唐突に名を呼ばれ、ギクリとするルイズ。振り返ると、クロは背を向けて、拾い上げたシャベルで穴を埋めにかかっていた。
「ガン○ム部だかガン○ル部だか知らねぇけど、オイラはオイラ、ミーくんはミーくんだ。それだけは変わらねぇからな」
「…ぷっ」
ぶっきらぼうな宣言に、ルイスは思わず噴出してしまった。
「なっ…笑うこたぁねーだろ!?」
「ガン○ム部とかガン○ル部とか…ガンダールヴよ、ガンダールヴ! だけど…そうよね、アンタはアンタ、ミーはミーなのよね」
「ちょっと横文字に強ぇからって、いい気になりやがって…だけどまぁ、そういうこった」
「うん、アンタたちのルーンがどうでも、気にする事なんてないのよね!」
 固まった顔が、ようやく笑顔を取り戻した。背中越しにその笑顔を見届けたクロも、つられたように笑った。
「うし、それじゃ土埋めるの手伝ってくれや。オイラだけじゃ、日が暮れちまう」
「うんっ」
 いつの間にか取り落としていたシャベルを拾い、ルイズも土を埋め始めた。


 夕日も半分ほど顔を隠し、辺りは薄暗くなっていた。ようやく作業を完了したルイズとクロは、その場にシャベルを突き刺し、後ろを振り返った。
 そこには、素晴らしい展望が広がっていた。空は澄み渡り、大地は青々とし、魔法学院はその荘厳な姿を夕日に晒し、川は夕日色に染まっている。
まだ明るければ、遥か遠方に、トリスタニアも認められただろう。
 ここは、学院の敷地内にある山である。山と言っても、標高はそれほどではない。歩いてもほんの30分程度で下山出来る程度の、小さな山だ。その頂上付近に、ルイズたちはいた。
「いい眺めね…すごく綺麗…」
 ルイズもクロも、土ですっかりと汚れてしまっている。額の汗を拭うが、余計に汚れが広がってしまった。
 しかし、ルイズの心に不快感はない。土まみれになるなど今までは考えられなかったが、今はそれが充足感の適度なスパイスとなり、より彼女の心を晴れ晴れとさせる。

「それじゃ、最後の仕上げだな」
ゆっくりと沈む夕日から目を背け、クロは腹部ハッチからなんでも斬れる剣を抜いた。
「なぁ相棒、ホントにいいのかよ? 言いたかねぇけど、俺よりずっと斬れ味いいじゃねぇか」
「いいんだよ、オイラがこうしてぇんだからな」
腹のデルフの抗議とも説得とも聞こえる声に答えつつ、クロは手にした剣を、地面に突き立てた。
「墓標にしちゃ、ちょいと物騒だけどよ。オイラが、バイスと戦った証だ」

 一歩下がり、突き立てられた剣を見つめるクロ。
「あの新世界じゃねぇけど、いい眺めだろ? ようやく使命から開放されたんだ、ゆっくり休みな」
ふと横を見ると、ルイズも片膝を付き、胸の前で手を組んで黙祷を捧げていた。
「…ありがとよ」
壮大な景色に包まれ、静かな時が、流れた。

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 気が付くと、日はすっかりと暮れていた。夜の闇が辺りを支配している。今頃学院は、フリッグの舞踏会で賑わっている事だろう。
「悪ぃな、ルイズ。せっかくのパーティだってのに、付き合わせちまった」
「いいのよ、私がこうしたかったんだから。さ、帰りましょうか」
クロの謝罪に、優しい笑みを返すルイズ。それに気恥ずかしくなったクロは、言葉を返さぬまま、下山路に歩を進めた。
 しかし、10歩も歩かぬうちに、木の根に足を取られ、見事に転ぶクロ。
「ちょ、ちょっと何してるのよ?」
「な、何でもねーよ!」
すぐに立ち上がって強気に振舞うクロだったが、今度は5歩も歩かないまま、別の木の根に躓いてしまう。
「…く、暗くて足元が見えねぇ…」
これだけ暗くなってしまうと、夜目が利かないクロは大幅に視界が狭くなる。足元も見えない状態では、木の根に躓くのも当然と言えるだろう。
「…ぷっ、あはははは! アンタ、猫なのに夜目が利かなかったの!?」
「わ、悪いかよ! 夜目が利かない猫がいたって、いいじゃねーか!」
ポロっと漏らしたクロの思わぬ弱点に、ルイズは大声を出して笑った。それに、顔を赤くして怒鳴り返すクロ。しかし、いつものような力強さは、ない。

「あははは…もう、仕方ないわね、ほら」
「ほら、って…」
 一しきり笑ったルイズが、クロに手を差し出した。その手に、首を傾げるクロ。
「手をつないで歩けば、転んでもすぐに助けられるでしょ?」
「う、そりゃそーだけどよ…」
「グダグダ言わない、さっさと帰るわよ!」
渋々、クロはルイズの手を握った。

「ねぇ、さっきオールド・オスマンが、ガンダールヴって言ってたけど」
「あン? まだ気にしてんのか?」
「そうじゃないの。ガンダールヴとか関係なしに、私は、アンタたちが使い魔になってくれて、よかったって思ってるわ」
 下山中にふと立ち止まり、空を見上げる。夜空には数え切れないほどの星が瞬いていた。
「きっと、あの星と同じくらいの数の使い魔が、ハルケギニアのメイジたちに喚び出されたんだろうけど…アンタたちが、その中でも一番の使い魔だって、信じてるわよ」
「…へっ、当たりめーだっての。この世界じゃどうか知らねーけど、オイラたちの世界じゃ――」
直球を投げられ、照れ隠しにそっぽを向いたが、思い直してルイズを見上げるクロ。ルイズも、クロを見つめていた。
「――魔法使いのお供は、黒猫って相場が決まってんだよ」
示し合わせたように、夜の山に、ルイズとクロの笑い声が重なった。



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