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ゼロのペルソナ 第4章 女教皇 後編


タバサが起きたのは昼過ぎであった。エルザを夜通し見守っていたためである。
夜中にぐっすりと眠り朝には起きていた陽介はタバサに連れられ村の様子を見回った。
「タバサ、これからどうするんだ?」
陽介をすっと指差し「囮」と短くタバサは答えた。
「いやあ、酒飲むのはもう勘弁したいんですけど……」
陽介は二日酔いで痛む頭を押さえた。
タバサは二言三言囁いて、陽介に次の策を話した。
その内容に驚いた陽介はタバサに思わず聞き返す。
「いいのか?」
タバサは頷いた。
「じゃ、しょーがねーか」
こほんと息を整えてから陽介はタバサを怒鳴りつける。
「バッカ!お前は本当に役に立たない従者だな!」
その声に村人たちが集まってきた。十分人が集まってきたことを確認して陽介は再び大声を上げた。
「さっき、俺の杖を蹴飛ばしたよな!不注意で足が当たっただなんて言うなよ?お前は……あれだ……そう!魔法使いと貴族への敬意が足りていない!」
タバサは従順に頭を下げた。
「すいません」
「わかったら今日俺が寝たあとしっかりと杖を朝まで磨けよ!」
「はい」
何度も何度もタバサは陽介に頭をさげた。
村人たちはその光景をしかと見ている。このやりとりはすぐに村中に広まるだろう。

日が傾き……、再び恐怖の夜が始まった。
村長たちは集められた女性たちの声で孤児院のような騒ぎであった。
タバサ、陽介は同じ屋敷の自分たちにわりふられた部屋にいた。エルザも一緒だった。
タバサたちのもとに夜食が届けられた。
「うんめえ、あったまる」
と陽介はベッドの上で嬉しそうに言う。気分よさそうに付け加えのサラダも口に入れる。
次の瞬間、陽介は勢い良く口に入れたサラダを噴き出した。
「あんじゃこりゃあ!苦っげえ!」
おほおほっと激しくせきをする。給仕の娘が慌てて説明する。
「し、失礼しました。村の名物でムラサキヨモギっていうんです。物凄く苦いんですけど、身体にはよくって……」
「身体にはよくてもムリだろ、これは……ん、なんだ?」
タバサが陽介に近寄り、サラダ皿のムラサキヨモギを平らげた。キョトンとする陽介を尻目に皿の底を覗き込んだ。
「あ、あの……おかわりならありますけど……」
こくりとタバサは頷いた。運ばれてきた山盛りのムラサキヨモギのサラダを再びあっという間に食べきってしまう。
陽介はあきれたような、驚いたような表情をしている。
「よくこんな苦いの食えるな……」
タバサは口いっぱいに三杯目のサラダを頬張っている。
「ねえおねえちゃん、野菜も生きているんだよね?」
サラダを咀嚼しているタバサにそう問うたのはエルザだった。
「スープの中に入ってたお肉も、焼いた鳥も、全部生きてたんだよね?」
「うん」
「全部殺して食べるんだよね。どうしてそんなことをするの?」
「生きるため」
すると、きょとんとした声でエルザは言う。
「吸血鬼も同じじゃないの?生きるために人間の血を吸うんじゃないの?」
タバサはいつもの声で答える。
「そう」
「だったらなんで邪悪なんていうの?やってることは同じなのに……」
「なんでわたしに聞くの」
「おねえちゃんなら答えてくれそうな気がするんだよ」
「どうして」

「よくわかんない。きっと……、目が冷たいからかな。まるで冷たい風がふいているみたい。冷たい風。
冬のね、雪が降ってる日に吹いてる風みたいな……。そんな冷たい風を感じるの。その風は冷たいけど……、本当のことしか言わない気がするの」
タバサはじっとエルザを見つめた。沈黙が流れる。
その時、陽介が大きな声で言った。おそらく沈黙に耐えかねたのであろう。
「さーて、腹もいっぱいだし、眠るとしますか。タバサ、しっかり磨いておくんだぜ」
それから陽介は打ち合わせどおりタバサに杖を渡してきた。
タバサはこれから一階に行くつもりであった。魔法使いと杖が離れているとなれば、
無防備な魔法使いか、使い手から放された武器である杖のどちらかを襲うとタバサは踏んだのだった。
「おねえちゃん、どこ行くの?」
「一階」
「わたしも行っていい?」
少し考えてからタバサは頷いた。
そしてエルザを伴って廊下へ出ようとした瞬間……。
バリーンッ!と窓の割れる音がした。
隣の部屋だ。
タバサは駆け出した。陽介も付いて来る。
隣の部屋に駆けつけるとそこにはいるはずのないアレキサンドルがいた。
それも尋常ならぬ様子である。長い牙が生え、獣のように口からは、ふしゅるふしゅると獣のような息遣いが聞こえる。はたしてアレキサンドルは屍人鬼だったのだ。
タバサに気付いたアレキサンドルは手近くの娘の髪を掴み逃走を図ろうとする。
タバサにもう魔法使いであることを隠す余裕はなかった。小さく呪文を唱え、杖を振る。
「イル・ウィンデ」
風の刃が腕を切り裂き、アレキサンドルは娘の髪を手放す。
屍人鬼は手ぶらで入ってきた窓から逃げ出す。タバサは部屋を横断し、アレキサンドルと同じく窓から飛び出す。
屍人鬼の足は獣並みだ。人間の足では追いかけられないが、タバサは“フライ”の呪文で飛んで追いかけた。
アレキサンドルの前に回りこむ。彼は傍らの杭を引き抜いた。熊のような力だ。
一度、“屍人鬼”になってしまっては、もう元には戻れない。先住の“水”の力で動く死体と同様、死して操られているに過ぎない。
それでもタバサは目を瞑ると小さく祈りの言葉を口にした。
「始祖よ。不幸な彼の魂を癒したまえ」
ついで、呪文を詠唱。跳び掛ってきた屍人鬼に杖を振る。
「ラグース・イス・イーサ……」
“ウインディ・アイシクル”
タバサお得意の氷の矢の呪文である。
矢が四方八方から屍人鬼を串刺しにする。
「くっそ、道に迷ってエラい時間が……うおっ、なんじゃこりゃ!?」
早くも追いついてきた陽介は氷で串刺しになったアレキサンドルに驚く。
自分の使い魔はずいぶんと足が速いようだ。とタバサは思った。
タバサは倒れた男の身体に土をつかんでかける。
「イル・アース・デル……」
“錬金”で土を油に変える。
「ウル・カーノ」
ついで“発火”
“屍人鬼”は荼毘に付された。犠牲者の身体は灰へと変わっていく。
陽介は驚きながらもその光景を見ていた。その顔にいくらかの苦々しさを乗せて。
タバサが視線を来た道へ返すと驚くべきものが目に入った。
「本当にアレキサンドルが屍人鬼だったのかよ……っておい!?」
タバサは陽介を無視して飛んだ。陽介もすぐに気付いたようだ。
「燃えてる……!」
村の一角から火の手が上がっている。そこにあるのはおそらくアレキサンドルとマゼンダの家。

陽介とタバサがたどり着いた時、すでにマゼンダの家はもうもうと燃えていた。
「くそっ、なんてことしやがんだ……!」
家の周りを村人たちが熱狂的とすら言える様子で取り囲んでいる。
アレキサンドルが屍人鬼であったことが火種となり、村人の怒りが爆発して火を放ったのであろう。
「燃えちまえ!吸血鬼!」
「俺たちを騙しやがって!」
タバサは唇を噛むと杖を振り、呪文を唱えた。
杖を中心に渦が起こり、風の渦は天へと駆け上がり、やがて氷の粒を含む嵐となる。
“アイス・ストーム”と呼ばれる氷の嵐のトライアングル・スペル。
氷の竜巻は燃え盛る家を包み、竜巻が消えるころ、炎は完全に消えていた。
しばしタバサの魔法に見入っていた村人たちだったが、我に返り不満の声を上げた。
「何をするんだ!」
「証拠がない」
厳しい顔つきでタバサは言った。
「証拠?息子が屍人鬼だったのがなによりの証拠じゃねえか!」
「んなもん証拠になってねえだろうが!」
陽介も負けじと声を張り上げる。タバサと陽介は同意見であった。
マゼンダ以外が吸血鬼でも、アレキサンドルを屍人鬼にすることは十分可能なはずだ。
陽介とタバサにとって、確かな証拠もなく人を焼き殺すことなど容認できることではない。
タバサたちと村人たちの間に一触即発の空気が流れる。
その時あばら家を調べ始めた村人たちから歓声が上がる。
「見ろよ!吸血鬼は消し炭だ!ざまあみやがれ!」
タバサが消し止める前に家の中はすっかり燃え尽きていたようた。
「こないだ、あんたたちが止めたなかったらもっと早くに解決していたんだ!」
村人たちが指を突きつけて騒ぐ。
タバサは繰り返した。
「証拠がない」
そこへ以前、マゼンダを調べた村人レオンが仲間を引き連れやって来た。
「証拠ならあったぜ」
タバサたちの前に布きれを投げ捨てる。
タバサはそれを拾い、陽介も見る。赤い布キレであった。
その染めに二人とも覚えがある。間違いなくマゼンダが着ていた寝巻きの一部だ。
「それが、犠牲者の部屋の煙突の中に引っかかってた。マゼンダ婆さんの着物の切れ端だ。
そんな派手な染めはこのあたりじゃあ誰も着ない。あの枯れ枝のような身体なら煙突だってくぐれただろうな」
村人たちは安心した顔で家に帰り始めた。
使えねえ騎士さまだよ、とか、あの小さいほうがメイジさまだったんだね、とか、俺たちまで騙しやがってどういうつもりだ?とかそんな声が聞こえてくる。
エルザを連れた村長がやって来てタバサたちにぺこりと頭を下げた。
「ご苦労さまでした、騎士さま。村人たちの非礼をお詫びします。でも……、彼らは家族を亡くして気が立っているんです。許してくださいじゃ」
村長の陰からエルザがタバサをじっと見つめていた。
手に握った杖を睨み、
「嘘つき!」と悲しそうな声で怒鳴った。
タバサも陽介も村人たちが去っていくなかたたずんでいるだけだった。

自分たちの寝床に戻ってから誰も言葉を発していない。タバサはもちろんのこと、普段は饒舌な陽介も考え込んでいたようであった。
整理がついたのか陽介は確認するようにタバサに言った。
「なあ、煙突ってちゃんとスミズミまで調べたよな?」
こくりとタバサは頷く。
「……そっか、じゃあこの事件はまだ……」
「しっ」
タバサが指を口に当てる。
廊下からだれかがどうやら誰かが歩いてくるようだ。そして部屋の前で立ち止まり扉を開けた。そこには泣きそうな顔のエルザが立っていた。
「さ……、さっきはごめんなさい。おねえちゃん、みんなのために頑張ってくれてたのに……失礼なこと言っちゃった」
タバサは首を振った。
「もう行っちゃうの?」
「夜明けに出発する」
と短くタバサは答えた。
陽介が何か言いたげに口を挟もうとしたがタバサは視線を投げかけ黙らせる。
「そう……」
エルザはさびしそうに呟いてから、顔を上げた。
「あ、あの!おねえちゃんに見せたいものがあるの!ちょっとならいいでしょ?ちょっとだけだから!」
「見せたいもの?」
「うん。おねえちゃんの大好物。おみやげに持って帰って」
タバサはちょっと考え込んだようだったが頷いた。
じゃあ、とエルザはタバサを促す。それから握った大きな杖を見て、怯えた表情を浮かべる。
その顔に気付いたタバサは「持ってて」と話の除け者にされ憮然と座っていた陽介に杖を渡す。
「ありがとう」
エルザは安心した顔になった。

エルザはタバサを村外れまで案内した。村を出て森に入るとそこにはムラサキヨモギの群生地なのだ。
「すごいでしょ、こんなにたくさんはえてるの!ほら!」
月明かりの中でエルザは楽しそうに駆け回る。
「おねえちゃん、この苦い草、おいしいってたべてのよね!だからいっぱい摘んで!」
タバサはしゃがみこむとムラサキヨモギを摘み始めた。エルザはもくもくと摘むタバサの周りを跳ね回る。
しばらくするとタバサの両腕はムラサキヨモギでいっぱいになった。エルザは近寄って囁いた。
「ねえ、おねえちゃん」
タバサは振り向いた。
エルザを見る目は冷たい冬の風のようだ。
努めて、というわけではない、自然と無邪気な声が出る。
「ムラサキヨモギの悲鳴が聞こえるよ?いたい、いたいってね」
タバサはムラサイヨモギを放り捨て駆け出した。
「枝よ。伸びし森の枝よ。彼女の腕を掴みたまえ」
エルザは“先住”の魔法を使った。
走るタバサを、伸びる木の枝が掴む。タバサは動けなくなってしまった。
「おねえちゃん、恐怖に歪む顔をわたしに見せて。それが最大のわたしのご馳走なの。恐怖に歪む顔が、すてきなスパイスなの」
エルザは白く光る牙を見せ付けるように口を開く。
「吸血鬼」
独り言のようにタバサはその単語を口にした。
エルザはにっこりと微笑んだ。吸血鬼とわかっても、その笑顔はやはり子供のようで愛らしかった。
「そうだよ、吸血鬼はわたし。煙突をくぐって血を吸ってたの」
マゼンダは煙突を通って密室の部屋に侵入して血を吸ったと村人たちは考えた。くしくもそれは真実の一片をついていた。
ただし、侵入したのは枯れ枝のような老婆ではなく小さな子供だった。
タバサは枝から離れようともがいた。しかし枝はゆるむことすらない。どれほど力を有したメイジでも杖がなければただの人である。
無駄な抵抗をするタバサにエルザは静かに語りかける。
「色んな村を回って生きてきたわ。村で怪しまれないためにはね、コツがあるの。
住んですぐには獲物をとらないの。少なくとも半年以上たってから。
新しい人が引っ越してきた時なんかは仕事を始めるチャンスね。それが占い師の親子なら最適、“屍人鬼”にしちゃえば完璧ね」
引っ越してきた親子を吸血鬼に仕立て上げるというエルザの目論見は完全に成功した。
人間とはバカな生き物だと思わずにいられない。
村人たちは、エルザのことを欠片も疑わず占い師の親子を吸血鬼だと思い、そして退治してしまったのだ。
だいたい怪しいと思うなら太陽の下に引きずり出せばいいのだ。そうすれば吸血鬼はあっという間に死んでしまうのだから。
真実かどうかなどどうでもいい、彼らは自分が真実だと思えればそれでいいのだ。
そんな彼らを、エルザは煙突にマゼンダ婆さんの服の布キレを仕込んで後押しをした。
人間は見たいものだけを見たいように見て生きる。
彼らは自分の知りたい答えを示す証拠を見つけ、その証拠が本物かどうか考えもせずに安易に答えに飛びついたのだ。
マゼンダも這ってでも太陽の下に出て、身の潔白を証明すれば老い先短い人生をもう少し堪能できただろうに。
もっともそんなことをしようとすれば屍人鬼となったアレキサンドルを操って止めたが。
エルザはふふふと笑うが、タバサはただ黙している。
エルザは視線でタバサの顔を撫でた。
「ねえ、おねえちゃん。もう一度聞くわ。
おねえちゃんがムラサキヨモギを摘むのと、わたしがおねえちゃんの血を吸うのとどう違うの?」
タバサは無言で、エルザを睨みつける。
「ねえ教えて?」
構わずにエルザは質問を重ねた。
「どこも違わない」
エルザの心はうきうきとした。ああ、おねえちゃんはなんてすばらしいんだろう!
「そうだよね。ああ、わたしおねえちゃんがすき。だから血を吸ってあげる」
エルザの声には邪気はないが、それは死刑宣告であった。

だがそれでもタバサの表情に変化は現れない。
ふうん、とエルザはタバサの目を覗き込む。
「怖いって顔しないね……あの茂みにいるおにいちゃんがいるから?」
無表情だったタバサの顔に見て取れるほどの衝撃が走る。
「枝よ、伸びし枝よ。彼の腕を掴みたまえ」
木々の枝が森の中に隠れていた男を捕らえる。
「くそ、放せ!」
陽介の悲鳴がエルザの立つ野まで届いた。
「これであの偽者のメイジのお兄ちゃんは動けないわ。おねえちゃんが魔法使いってことはあっちが従者さんよね?」
エルザは首を傾けてタバサに尋ねる。
返答はないが、タバサの顔に浮かんでいるものを見てエルザは満足した。
タバサは彼に杖を渡してもらい一発逆転を図るつもりだったのだろう。
しかし、彼女の目論見は崩れた。
まだ道があると思っている人間を、最後の最後でその道を奪ってやる快感はたまらない。
その快感を補強するのは彼女の顔に浮かぶ驚愕と焦燥、なにより恐怖。
それらが混ざり合い、顔を今までで一番人間らしいものにしている。
たまらなかった。それがエルザのご馳走で、食事を彩りスパイスなのだ。
もう少しその様子を見たいとも思うが、エルザはそのご馳走を前に我慢することができなかった。
エルザがタバサのあごをつかみ、ついと持ち上げる。タバサは顔を振って、その手を振りほどいた。
その非力な抵抗が、無意味な抵抗がエルザにはたまらない。
タバサの体は小刻みに震え、はあはあと息遣いをしている。
吸血鬼の体に快感がめぐる。一秒でも早く彼女の血を吸いたい。
エルザは先ほどより強引にタバサの体を捉える。小さな顔を左手でつかみ、右手で締め付けるように首を捉える。
手の中で、もがく顔をベロリとなめ上げた。味覚がタバサの味を伝える。恐怖によるものだろう、汗の味がかすかにした。
「これからわたしの中でおねえちゃんは生き続けるんだよ。それって素敵……」
森の中で陽介が叫んでいるが、構わずに少女はその小さな牙をタバサの首筋に運ぶ。
エルザの牙がもがくタバサの肌に触れようとした瞬間――。
彼女の身体は無数の刃で切られた。エルザは尻餅をついて倒れた。
「いたっ!な、なに?」
エルザの体が無数の刃で切りつけられると同時に、タバサの身体を縛っていた植物も切り裂かれていた。
タバサもエルザ同様に事情が飲み込めないのか呆然としていたが、それは刹那、すぐにエルザから離れるように駆け出した。
タバサが魔法を使ったのではないのはその様子から明らかだ。エルザはきっと森の中の男を見やる。
するといつの間にか彼を縛る木々が断ち切られているではないか。
彼はタバサの使った杖を握っている。メイジだったのか?タバサがメイジであることは魔法を使ったのは明らかだ。
ということはどちらもメイジ?いや、彼がメイジでも一つの杖を共有などはできないはず。
だがすぐに思考を断ち切り、エルザはタバサを追った。
今、必要なのは考えることではない。魔法が自分を襲ったのは事実だ。
ならば必要なことは目の前の少女を人質に取ること。それが生き残るための手段だ。
エルザの手がタバサに届くというかときに再び陽介の声が二人の少女に届く。
「吠えろ!スサノオ!」
それからの一瞬は彼女の体感時間で実際の何十倍にも長く感じられた。
エルザの前にそれは現れた。それは人間と同じような肢体を持っているようだ。変わった青い服でしなやかに見える身体を覆っている。
炎のようなたてがみ――いやたてがみのような炎だろうか――を持ち、輪状の大きい刃と小さい刃がその身体の周囲を回っていた。
それは拳を振りかぶっている。
音速の拳――ソニックパンチが刹那を破り彼女の頭を捉えた。
エルザは顔から地面に叩きつけられた。

「タバサ、大丈夫かって……うっお、やっべえ!」
タバサは枝で服を切り裂かれほとんど裸体に近かった。
陽介も同じ魔法で捕まったはずだがタバサほど服はボロボロになっていない。
とりあえず、応急処置にマントがかけようとした時に、タバサの体が震えていることに気付いた。
戸惑う陽介からタバサはマントと彼女の杖を奪うように取った。
「後は任せて」
そう言った時、タバサはいつもの無表情で、震えてなどいなかった。
陽介は先ほどの様子を心配しつつもタバサに後は任せることにする。
タバサはエルザに近寄った。吸血鬼は地面に伏したままだ。クリティカルで入ったソニックパンチのダメージで立ち上がれないのだろう。
だが意識はあるようで、息を切らしながら哀願を始めた。
「……ハア、お願い…殺さないで……。わたし、わるくない…ハアハア。人間の血を吸わなきゃ、……生きていけないだけ。
人間だって……獣や…家畜を殺して、肉を食べる……ハア、ハア。どこも違わないでしょ……おねえちゃん、そういったよね……?」
タバサは頷いた。
「ハア、だったらこのまま放って行って……。別の村に…行く。迷惑、かけないから……」
しかしタバサはそれをよしとしなかった。
屍人鬼となったアレキサンドルにしたように土をエルザにかけ、燃やした。
エルザは炎上し始める。
「どうして……悪く、ないのに……」
エルザの弱々しい声は、炎の中に消えた。
白み始めた空の下、淡々とタバサは言った。
「わたしは人間なの。だから人間の敵は倒す。……それだけ」
陽介はその様子を黙って見ていた。


タバサと陽介は村を去り、再び馬上の人となっていた。
「ホント、無茶するよな……。一歩間違えれば確実に死んでたな、あれ」
陽介はいやはやと回想する。身につけているものは学ランである。
もう魔法使いのふりをする必要がないということもあるが、着ていた服をタバサに渡したからだ。
彼女の服はもはや服とは呼べない布キレになってしまったのですぐに代わりの服が必要だったのだ。
というわけで今タバサは男性服を着ており、しかも小柄な少女であるタバサには大きすぎてダボダボだった。
ちなみに服と共に傷つけられたタバサの体に傷はない。陽介のペルソナで治したのだ。
擦り傷のようなものばかりで初級回復呪文ディアで十分なほどであった。
陽介は回復魔法が得意なわけではないのでずいぶん使っていなかったが、やはり回復魔法は便利なものだと再認識した。
「見つかられなければあそこまで危険じゃなかった」
厳しい返答に陽介はう、とつまってしまう。
「あ、いや、そうなんだけど……。ま、まあ、助かったし結果オーライってことで」
タバサは返事をしない。
陽介は目の前……といよりは目線を下げた先にいる少女のつむじをみながら考えていた。
彼女の人間らしさ、そして優しさについてだ。
タバサは村を去る際にエルザは親類のところへ行ったという手紙を残したのだ。
陽介は実を言うとエルザが吸血鬼であったことを村人たちに教えてやりたかった。
間違った人物を殺してしまったこと……。彼らの選択の結果がどのようなものであるかを知らなければならないと思った。
しかしタバサは波風を立てない方法を選んだ。面倒を避けたのではないはずだ。それならマゼンダの家を燃やしている村人たちを対立してまで止めたりしない。
彼女はおそらくエルザという少女を愛した人たちに悲しんで欲しくなかったのであろう。
そしてエルザの最期を見てから言った言葉……。
タバサは常に無表情のようだが、感情がないわけではない。
陽介は一瞬だけだが怯えた表情を見た。小さな体を恐怖で震わしていた。
だがそれだけではない。
感情はしっかりとどこかに表れる。そしてその感情は非常に人らしく優しいものだと陽介は考える。
ダボダボの服のポケットはムラサキヨモギで膨らんでいた。


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