あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

三つの『二つ名』 一つのゼロ-08b

 今までとは別の意味で、周囲に緊張した糸のような空気が広がる。
「……ごぷっ」
 ヴォルフが血を吐いた。その胸からは、まっすぐに心臓を貫いた剣が生えていた。
 一瞬の間を開けて、誰もが息を呑んだ。ヴォルフの目の前にいるギーシュは、限界まで目を開いてただ見つめている。周りの全て
が停止していた。
 やがて、胸から幾筋も赤い糸を溢れさせながら。
 ヴォルフはゆっくりと、ゆっくりと――動き出した。
「やッ……てくれた……わね……坊や……」
 がしり、と自分を貫いた剣を後ろ手に握りしめる。ずるりと引き抜くと、その剣が足元に落ちた。震える手で、ギーシュの肩をが
しり、と掴む。だが大きな巨体は、力を失い――膝を、ついた。
「ひぃっ!?」
「やって……くれた……わ、……よくも……よくも……!」
「あ、ああ゛、ひっひいぃぃっ!」
 ヴォルフはギーシュをねめつける。目を血走らせ、凄惨な表情をしていた。
「よくも……よく……も……ごはっ!?」
 そしてまた、盛大に血の塊を吐き散らした。それがきっかけで、周囲が騒然とする。少女達の悲鳴が飛んだ。
「うあ……し、心臓……よくも……よくもアタシを……よくも……!」
「うわああっうわあああっ! ひ、ひいっ!? や、やめ……!」
「こ……殺してやる……! こ、殺して……よぐもぉ……!」
「あ、ああ゛、あ゛ーっ! あ゛ーっ! うぎゃあーっ!?」
 完全に狂乱状態に陥ったギーシュが、泣きながら逃れようと暴れる。しかし、ヴォルフの膂力の前にどうすることもできない。股
間には染みができていた。
 ……。
 クリフはヴォルフのすぐ近くまで歩いていき、そしてゾンビのようにギーシュを捕らえているその背中を蹴りつけた。
「――あいだっ。ちょっとー。蹴ることないでしょー」
 いきなり口調が変わって、不満げに軽く答えるヴォルフ。
「いい加減にしろ。騒ぎは終わりだ、なにをしているんだお前は」
「えーっと……延長戦? ほら、ホラー仕立てなカンジで。っていうか、せっかくここからこの子を追いかけまわすB級ホラーアク
ションがはじまるとこだったのにー」
「……蹴っ飛ばしといてよかったよ……。終わりだと言っているんだ。それに、油断するなと言っただろう。もうメチャクチャだ」
「なーによー。つまんないわねー」
 ヴォルフがぶちぶちと文句を零す。クリフからすれば、文句を言いたいのはこっちの方である。結局全部ご破算じゃないか……。
 危惧していた通り、ピンピンしてるヴォルフを見た周囲は、またまたさらに別の意味で騒ぎはじめていた。中には、混乱して周り
を見回したり、呆然としたり、薄気味悪そうに震えている子も見える。
 まずいな……。やってしまった。混乱が大きくなる前に、どうやって解散させるか。しかし、もう隠し立てはできそうもない。
「あ……? あ……。あ……! あ……!? ば、ばけ……ば、ばば、化け物……!」
 禁句が耳に入った。そちらを向くと、ギーシュが泣きながら震えてこちらを見ていた。
「……! ヴォルフ、やめ……!」
 クリフが言い終わる前に、ヴォルフの拳は猛然と振るわれていた。
 壁が衝撃に震えた。
 建物が振動するかと思うほどの威力を持った拳が、レンガでできた壁にめりこんでいた。……ちょうどギーシュの頭の右を、ギリ
ギリで掠めるように。
 ぽつり、とヴォルフが声を出した。
「……言っちゃいけない言葉って、あると思うのよアタシ。坊やの場合はなにかしら? 貴族って言うんだから、家名をけなすとか
かしら。それと同じよ、ダメなことは言わないの」
「……」
 自分の目の前を通り過ぎた、自分を容易に死に至らしめる本気の拳を目で追うこともできずに、ギーシュは固まってしまっていた。
 そんなギーシュに向かって、ヴォルフはもう一度呟く。
「ダメなことは言わないの。分かった?」
「……」
 なんとかして、コクリとギーシュが頷いた。そして、糸の切れた操り人形のように脱力する。
 ヴォルフの後ろに立つクリフは息を吐いた。
「……ふう」
「なーによ。殺すとでも思ったの? アタシだってそこまで短気じゃないわ。それに、子供を殺したりはしないのよ? そりゃまあ、
オジンのサイボーグだったらブチ殺してるけど」
「……そんなシーン、何回見たことかな……」
 冷や汗がクリフの額を伝っていた。さすがに今のはヒヤッとした。最悪のタイミングだった、危ない危ない……。
 クリフは広場の中央に立つ。もう、これ以上はよくない。次の問題が噴出する前に、速やかに終わらせなければならない。口も利
けない状態の聴衆に向かって語りかける。
「……決闘は終わりだ! 勝者は我々! これでイベントは以上だ! さあ、寮に帰ってくれ、帰るんだ!」
 クリフの宣言に一歩遅れて、目を見開いたままの数人が席を立った。それにつられて、また数人が広場を後にする。そうして、全
体が動きはじめた。
「……なんとか、言うことを聞いてくれたか……」
 やっと悪夢のような時間が終わってくれる……そう思ったクリフの前に、ルイズ達が近寄ってきた。ルイズは唖然としている。そ
の後ろから、どこかで観戦していたのだろうか、同じく言葉もないキュルケとタバサが来る。
「か、勝っちゃった……? しかも、一方的、に……」
「な、なに今の……。ちょ、ちょっと待って。あたし、混乱してる……」
「……だいじょうぶ、なの? ……どうして?」
 タバサが目をこすって、転がったままの剣とヴォルフを交互に見ていた。
 先ほどゴーレムを見事に両断した才人といえば、少し離れたところで不思議そうにキョロキョロしている。
「あれ? 俺、なんで? ヴォルさんも? やっぱり夢? ……ほい、ほいっ。あれ?」
 才人の手の中の剣が鋭く動く。
 ? なんだろう? なんで彼は変な顔して素振りしてるんだろうか。
「…………大変だったな、クリフ」
 キクロプスがぼそりと言った。
「ん、まあな……まあ、なんとかなることにはなった。とにかく、終わりは終わりだ……あとで反省会だけどな」
 ちらり、とヴォルフの方を見る。もうごまかしようもないほど見られてしまった……。悪い方向に事が進まなければいいんだが。
「……クリフさん!」
 シエスタが走り寄ってきた。
「あ、あの! あの……私……」
「気にしないで。色々と、混乱していると思う。けれど君が恐れるようなことは、もうなにもないから大丈夫だ」
「で、でも! 私、私、なんと言ったらいいか……。その、身代わりに……!」
「見ていただろう? 僕は何もしていない。やったのはそこのヴォルフとサイト君さ。まあ、誰も怪我しなくてよかった」
「え!? あ、あの、あんなに思いっきり、剣が、う、後ろから……ヴォ、ヴォルフさん!?」
「ああ、それは……」
 震えながらヴォルフを見るシエスタ。ヴォルフは軽く手を上げて返す。
「アタシなら全然大丈夫よ? こんなんで死ぬわけないじゃない、よゆーよ、よゆー。さすがにちょいとは痛かったけどさ」
「ええ……!? だ、だめですよ! み、見せてください!」
「わっ!? だいじょぶよ、んもう」
 シエスタは急いでヴォルフに駆け寄り、真っ赤に染まったシャツをまくった。
「こ、こんなひどい怪我を……! え、あ、あれっ?」
 シエスタが目をぱちくりとさせる。まくった先には、血が付着してはいるものの、どこにも傷が見当たらなかった。
「ど、どうして? こんなに血がいっぱい出てるのに……!?」
 ヴォルフの傷はすでに完全に治癒していた。心臓を貫かれたときに溢れた血痕だけが、その跡を示しているだけだ。とはいえ、ヴ
ォルフの巨体からすればそれも大した血の量ではない。
「……まあ、その。なんていうか……こいつの体は、少しばかり特別製でね。多少の傷はすぐに塞がってしまうんだ」
「え? た、多少って……そんな……?」
「とにかく、大丈夫だ。まああまり気にしないで。問題はないから」
 あまり突っ込まれる前に話を流したいところだ。少しインパクトがありすぎて、シエスタが混乱してしまう。
 すると、ヴォルフが急に手を頭の後ろへやって、変なポーズをした。なぜかわずかにそらした顔を赤らめて目をつぶっている。
「んもう、いやん♪ シエスタったら、アタシのおっぱい見られちゃうじゃないの」
 ……。
「……。……だ、だいじょうぶ……そうですね……」
「あはーん♪ いやーん♪ プ・プッピ・ドゥ♪」
 ……。勘弁してくれ、リズムに合わせて大胸筋を蠢かすな。あまりに気色が悪い。目の猛毒だ……。
 思わず視線をそらすと、誰もが俯いていた。ルイズに至ってはイラッときているらしい。うむ、気持ちは痛いほど分かる……。
「……コホン。さあ、後片付けをして帰ろう。……とりあえず、えーと」
 クリフは周囲に自分へ向けている他の生徒の目がないのを確認してから、先ほどヴォルフが大穴を開けた壁に近づく。『魔王』を
壁の穴に向かって展開して、手元に向かって注意しながら軽く引っぱった。ついでに飛び散った小石をはめこむ。
 ベキベキ、と音がして穴は塞がった。ヴォルフのフルパワーにしてはまだ穴は小さかったため、なんとか修復はできたようだ。遠
目ならあまり分からないだろう。
「……え? え、え、今?」
「シエスタ、気にしないように。後で話そう。さて、その少年だが……」
 クリフはいまだ呆然自失のギーシュを見やる。放心して意識を飛ばしていた。このまま放置するのもなんだし、起こして寮にある
であろう彼の居室に帰しておかねば。
 そう思って手を伸ばしギーシュの肩を叩こうとしたクリフの前に、急に一人の人間が飛び出してきた。驚いてたたらを踏む。
「わっ!?」
「もう、もうやめて!」
 見ると、金髪を見事なロールにした少女だった。ギーシュを守るように抱きかかえ、クリフの前を阻む。
「勝負はついたわ、これ以上は彼に手を出さないで!」
「……えっと……? 君は?」
「お願いよ! もういいじゃない、ギーシュはもう魔法を使えないわ! あなた達の勝ちよ!」
「いや……。僕達は別に、これ以上……」
「……モ、モンモランシー……。だ、だめだ、さ、下がって……」
 目を覚ましたギーシュが呟いた。そのギーシュに向かって、モンモランシーという少女が大声を出す。ぽろり、と大粒の涙が零れ
た。
「バカ! なにをしてるのよ、早く立って! わ、私、最後の一撃で、し、死んじゃったかと思って……! 勝手なことばかりして……!」
「モ、モンモランシー……! さ、下がって! ぼ、ぼくの後ろに……!」
 ギーシュは急いで立ち上がり、逆にモンモランシーをかばう。震える手で、もう薔薇の花弁のない杖を構えた。
「か、彼女は関係ない! 手を出さないでくれ! ぼくが間違っていた、だから頼む!」
「なに言ってるのよギーシュ!? 早く、早く逃げなさい! もう魔法使えないでしょ!」
「か、かまうもんか! やるならぼくをやれ! 頼む、やめてくれ!」
 ……どうやら誤解されてしまったらしい。この若いカップルを、僕がどうするというのか……。
 クリフは手を上げて、相手に危害を加える意思がないことを示してやった。
「待て、待ってくれ。だから君達、もう僕達はなにもしないよ。……火遊びはおしまいだ。その調子なら、自力で帰れるかな?」
 そう言うと、一瞬空けてギーシュが杖を下ろした。ほっとした空気が流れる。
「そういうわけだ。それじゃあ、僕達はもう帰るから。……はあ」
 ため息をついて、ギーシュ達から背を向ける。まったく、火遊びにも困ったものだ。……特にヴォルフの。なんなんだこのバカは……。
 そう思ってじろりとヴォルフを見る。すると、ヴォルフが口を開いた。
「なに勝手に終わらせようとしてるのよクリフ。ダメよ、ちゃんと最後までおしおきタイムも含めて、でしょ。そうしないと尻切れ
トンボじゃないの」
 その言葉に、ビクリ、と背後のギーシュ達が震えた。もう一度杖を構えなおす。
「……はあ? お前、本当にいい加減にしろよ? そんなにケンカがしたいなら、これ以上は僕が直接お灸を据えるぞ?」
 さすがにクリフが苛立った声を出すと、ヴォルフはノンノン、と呟いて指を振った。
「違うわよ。乱暴なんてするわけないじゃない。もちろん騒動でもないわ。だって……」
 ゆっくりとギーシュに近づく。ギーシュはぐっと肩でモンモランシーを自分の後ろに押した。奥歯が鳴り、足が震えていた。
「おい、ヴォルフ。最後の警告だぞ。もう『魔王』を展開した。……腰から思い切りへし折られたくなければ、今すぐに……」
「……だって、秘め事だもの」
 ヴォルフがギーシュの顎に手を伸ばした。つい、とその顔を上げさせる。
 ……。
「坊や、女の子を守るだけの性根はあるのね。ずっと思ってたけど、顔だけはなかなかじゃない。へえ、瞳も綺麗ね」
 ……。
「いいわ、ナイスよ。及第点はあげられるわね、エクセレントまではいかないけど。ご褒美に、坊やに色々教えてあげるわ……」
 ……。
「怖がらないで。大丈夫、優しく扱ってあげる。愛って、なにかしらね? でもこう思うの。きっと、誰であっても、本当に心から
の想いなら通じ合えるものだわ。そしてそこに性別は関係ないの」
 ……………………。
「よいしょっと」
 ぽかんとしたままのギーシュを肩に担ぎ上げると、ヴォルフは颯爽と立ち去ろうとする。
「……えっ、ちょ、ちょっと!? ギ、ギーシュ……」
 連れ去られそうになるギーシュを見上げて、モンモラシーが手を伸ばした。ヴォルフは優しくその手を払いのけ、穏やかに笑いか
ける。
「大丈夫よ、安心しなさい。ちゃんとアナタの元に帰してあげるから。ただ、ほんの少しだけお借りするわ? 少しだけ、ほんの少
し真の愛ってやつを、坊やに教えてあげるだけ……」
 そのまま、ヴォルフはギーシュを拉致して歩いていってしまう。
 予想外の展開に呆けていたギーシュがようやくはっとした。
「ちょ……!? ちょ、ちょっと待ってくれ、なんだかすごい嫌な予感がする……!? 待て、待ってくれ!?」
「ほらほら、暴れないの。アナタ、さっき薔薇の意味って言ってたわね。……教えてあげるわ、本当の『薔薇の意味』を……」
「な……!? い、いやだ! なんだか分からないけどすごくいやだ! た、助けて!? 助けてモンモランシー!?」
 ギーシュは助けを求めるが、モンモランシーはもはや唖然としていた。なにもできずに見送るしかない。
「よっしゃ大漁大漁。あ、ちなみにアタシ、ガチムチ熊系だけど受け専のネコだから。ネガだから安心してね? 久々にエロレスで
もしようかしら~♪」
「いやだぁあああー!? 助けてくれぇえええー!?」
 謎の専門用語を吐きながら、ヴォルフは叫ぶギーシュと共に近くの建物の中に消えていってしまった。
 残された一同は誰もが声もなく、数人はぽかんとしたまま、残る数人は沈痛な空気に沈んで俯いていた。
「……と、止めなくていいの……?」
 キュルケがぽつりと呟く。
「……帰ろう」
 いい加減付き合いきれないし、なにより全力で関わり合いになりたくないので、クリフは弱々しく目を逸らして呟くしかなかった。
色々と自棄であった。



「……凄まじいですね。素手で、とは……!」
 学院長室で『遠見の鏡』を使って、一部始終を眺めていたコルベールは呆然として呟いた。
「……それもじゃが。ふむぅ……」
 重々しく、学院長の椅子に腰掛けるオスマンが顎に手をやる。
「ええ。確かに心臓を貫かれておりました。間違いないようです……一体どんな業を用いたのか……」
「あの少年も、驚くほどの剣の使い手のようじゃ。……チラリと見えたが、彼の左手にもあるようじゃな……」
 オスマンは先ほどコルベールに渡されたスケッチを眺める。机の上には、一冊の厚い本が置かれていた。表題には『始祖ブリミル
の使い魔達』とある。
「はい。どうやら……彼も『ガンダールヴ』です。間違い、ありません。……驚くべきことです」
「うむ。……『ガンダールヴ』の印を持つ者が、四人。それがミス・ヴァリエールの使い魔となった、かの……。これは……」
「私にも分かりません。ですが、これは大変な事態です。ブリミルの従者は四人でしたが、その符号も気になります。ただちに王宮
に指示を仰ぐべきでは……!?」
 コルベールは普段ののほほんとした、穏やかな空気とは打って変わった真剣な表情で言う。しかし、その言葉にオスマンは首を振
った。
「……いかん。これは部外秘とせよ」
「……なんと!? では、オールド・オスマンはこのまま……?」
「でっかいオカマがおったじゃろう。グラモンの倅を攫ってったやつ。わしはあんまりアレに関わり合いになりとうない」
「は、はあ!? い、いえまあ、確かにアレはちょっとキツいものがありますが……!」
「本気にするでない、それは冗談じゃ。……宮廷の愚か者どもにはあまりにも過ぎた代物であるし、なにより事態が異常に過ぎる。
あの大男と少年もじゃが、ミスタ・ギルバート……彼の実力の底がまだ分からぬ。もう一人もまだ未知数じゃ」
「……は、はい。しかし、だからこそ宮廷に……」
「……コルベール君。君は今、見ていなかったのかね? 彼……ミスタ・ギルバートの力を」
「……? なんでしょうか? 彼はただ見ているだけのようでしたが。どうやらリーダー格のようには思えましたが……」
 コルベールの疑問に、オスマンはむう、と喉を鳴らした。
「……ふむ。少し角度が悪かったようじゃの。それに、鏡が汚れておる。……ミス・ロングビルはわしの部屋を掃除してくれないの
う……」
 少し悲しげに呟きながら、キュッと指で鏡の表面をなぞる。そこについた埃を見て、ますます悲しそうな顔をした。
「……少し位置を変えるかの。ほれ」
 オスマンが軽く手元の杖を振るうと、『遠見の鏡』に映った情景が切り替わった。先ほど、ヴォルフというあの男が殴りつけた壁
が映し出される。
「? ……こ、これは? ……かなりの音がしましたが……。穴がどこにも見当たりませんな? 学園の壁は、多少の『固定化』を
かけてはおりますが……」
「映りが悪いのう。よく見れば分かるが、ヒビが放射状に走っておる。……これは、直したんじゃよ。ミスタ・ギルバートが……。
わしには分かった」
「なんですと? そんな、一体どうやってそんな器用な真似を……?」
「『念力』、じゃな。それも、かなり精度が高いようじゃ。飛び散った小石まで元の場所へ綺麗にはめ込まれておる」
「……そ、そんなバカな!? 彼はメイジだったのですか!? 一体どこの貴族ですか!? しかし、杖が見当たりませんぞ!」
「うむ、そうじゃ。彼は杖を持っておらぬ……。おそらく『先住魔法』じゃな」
 オスマンの言葉に、コルベールが驚愕して見つめる。
「せ……! オ、オールド・オスマン! こ、これは一大事ですぞ!?」
「そうじゃ、その通りじゃ。先住魔法を操る『ガンダールヴ』……。ただの偶然やもしれぬ。印だけで決め付けるのは早計じゃ。し
かし、そうは見ぬ者もおる。例えば君が今、四人という数字に意味があるのかと疑ったように……」
「……!」
「エルフどもに敵愾心を持つ者達が、もし彼らを担ぎあげてみるがよい。下手を打てば、内部の政争どころかエルフ相手の戦争に発
展しかねん。主であるミス・ヴァリエールが王家の血も引く大公爵家の息女というのもいかん。御輿にするにはあまりにも格好過ぎ
るのう……」
「……た、確かにそうです……! 我が国の内部にも、原理主義的な思想を持つ将軍は大勢おりますし……!」
「そんな事態、わしは冗談ではない。勝てるわけもないが、大義を叫ばれればやらざるを得ない、と同調する勢力も生まれかねん。
王家はまず却下するであろうしヴァリエール公爵も見識を持った御仁じゃ、娘を御輿にするなど断固として反対するであろうが、話
が大きくなれば抑え込んだとて宮廷に無用な緊張を残すやも知れぬ。アルビオンでは聖地奪還を謳いあげるレコン・キスタの例もあ
るしの……あまり知られるべきではない。隠さなければ……」
「……はい。その通りです……!」
 頬に一筋の冷や汗を流しながら、コルベールは頷く。
 生徒達を愛するコルベールにしてみれば、万が一にでも戦争などになって、生徒の両親や親類を失わせ悲しませるようなことはな
んとか避けたい。
 中には、軍役を退いてしまっている領主もいるのだ。成人に近い男子生徒は跡継ぎとして、戦場に向かわせる家もないとは言えな
かった。また、かつては自分の生徒である、いまだ歳若い貴族も数え切れないほど存在しているのである。
「……しかし、安心できる材料もある。……どういうわけか、彼はあまり力を知られたくようじゃな。今のところ、少数の人間にし
か見せていないようじゃ……」
 ぽつりと漏らしたオスマンのその声に、コルベールは戦慄を鎮めつつ首肯した。
「……はい。どういう目的かは分かりませんが、なるべく力を誇示しない方向で動いているようですね」
「ただ厄介ごとを回避したいだけなのか……。そうであって欲しいが、それが余計に不気味でもあるのう。とはいえ、話した限りで
は彼は元の世界への帰還を望んでおるし」
 オスマンがそう言うと、コルベールは眉を寄せて呟く。
「……本当なのでしょうか? あまりにも眉唾な話ではありますが……」
「……まあ、信用できる目はしておった」
 オスマンは内心、とある自分の過去の出来事を思う。コルベールには話さないが、多少の心当たりがあることにはあった。
「ともあれ、昼時に出した命令の通りじゃ。彼の帰還を手伝いたまえ、コルベール君。もしできるなら、全てはこのままなにもなか
った事にしておきたいのでな。ミス・ヴァリエールはかわいそうじゃが、仕方あるまいのう」
「はい。規則さえ特例でいけるのでしたら、使い魔召喚はいくらでもできますし。今の状態に比べれば、あの子の失敗に一日二日付
き合うなど小さなことです」
「うむ、その方針でいこうかの。王宮には伝えんと言ったが、マザリーニの小僧にだけは伝えねばなるまい……。アルビオンの件も
あるでな、今の内に王宮の悪そうな芽は潰せるだけ潰しておくように言っておかねばの……ふう」
 椅子に寄りかかって、オスマンは大きく息を吐いた。額の皺がいつもより深く刻まれ、老いた賢者の顔に辟易とした感情が垣間見
えていた。
「まったく、アンリエッタ王女のゲルマニアとの婚姻同盟といい、このところ立て続けに面倒が増えるのう……もう引退したと言っ
ておるのに、あの小僧と来たらわしのツテも使いたいとごり押ししてきおって。政はもううんざりなんじゃが……。そちらは頼むぞ、
コルベール君」
「分かりました。直ちに取りかかります。しかし……召喚した使い魔を戻すなどと、聞いたこともないのが……」
「うむ……。それじゃ、そうなんじゃよ。見当もつかぬ……コルベール君、もし必要な書物があるならわしのところへ直接届け出た
まえ。なるべく便宜は計っておくでの」
 ぴくり、とコルベールの耳が動いた。
「……。……はい、お願いします」
「……コルベール君? 今、少し間があったようじゃが。まさか自分の趣味に使う気じゃなかろうの?」
「いえ、まさかこのような時に。それでは、失礼します」
「……じゃあの」
 なにか含むものを感じつつ、部屋を後にするコルベールの頭をオスマンは見送った。


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