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memory-22 「王権剥奪」 前篇



 アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。
革命戦争の前からここは、王立空軍の工廠であった。したがって、様々な建物が並んでいる。
巨大な煙突が何本も立っている建物は、製鉄所だ。その隣にはフネの建造や修理に使う、木材が山と積まれた空き地が続いている。
そして、一際目立つのは、赤レンガの塀に囲まれた大きな建物、そこは空軍の発令所であった。
そこには誇らしげに『レコン・キスタ』の三色の旗が翻り、そのすぐ横に併設された造船所では天を仰ぐばかりの巨艦が停泊している。
雨よけの為の布が、巨大なテントのように、改装工事を終えたばかりのアルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号の上を覆っている。
全長二百メイルにも及ぶ巨大帆走戦艦が、これまた巨大な盤木に乗せられ、明日の演習に備え、装備の点検と物資の搬入、整備が行われていた。

「アルセナーレか、随分とでかいんだな」
「アルセナーレ?」

 そんな造船所を囲む赤レンガの塀を見上げていたエツィオが呟いた。

「俺の国の言葉で、こういう場所を差すのさ。兵器工廠とか、こういった造船所とかな。
ヴェネツィアのが有名なんだが……生憎、まだ行ったことがなくてね、こうして見るのは初めてだ」

 デルフリンガーの問いに、エツィオはそう答えると、中へと続く正面の門を見つめる。
……やはりというべきか、門の前には衛兵の一団が睨みを利かせている。
出入りを許されている筈の荷物持ちの人夫や作業員にすら厳重なチェックを行っているため、
人込みに紛れて侵入、というわけにはいかなそうだ。

 エツィオは少し考えると、他に出入り口は無いか探すために塀を沿う様に歩きはじめる。
革命戦争時の傷痕だろうか? 塀は所々崩れている場所がある、よじ登ることはできないことは無いが、
塀の上には歩哨が巡回しており、乗り越えての潜入は少々難しいだろう。
そうやって塀の外側を歩き、やがて人通りの少ない通りに入る。
建物の西側に位置しているために日中でもあまり日が差さないその通りに、エツィオの望んでいたものがあった。 
裏口である。扉の前には、メイジの衛兵が一人、通りを歩く人物に不審な人物がいないかどうか監視していた。
 裏口の警備を担当していたメイジの衛兵は、こちらをちらと見ると、腰に下げた杖に手をかけた。
手配書にある王家のマントが見えないように背にかかっているとはいえ、人通りの少ない路地に現れたエツィオは、やはり彼から見て不審人物なのだろう。
 衛兵は直立不動のまま、口の中でルーンを唱え、何時でも呪文を放てるようにこちらを意識している。
だがエツィオは、衛兵に一瞥するわけでもなく、ただの通行人を装い、彼に近づいてゆく。そして何食わぬ顔で彼の目の前を素通りしたその時だった。
――ちりん……と、衛兵の目の前に一枚の金貨が落ちた。
 気がついていないとみた衛兵は、にんまりと笑みを浮かべその金貨を拾い上げた。その瞬間――

「ぐぉっ……!?」

 エツィオは衛兵の心臓に左手の隠し短剣を叩きこみ、開いた右手で即座に背後の扉を開け、
そのまま死体と共に造船所の中に飛び込んだ。

 読みは当たっていたようだ、裏口だけあってか、周囲に人の気配は無く、この騒ぎも感づかれた様子は無い。
まんまと造船所への潜入に成功したエツィオは、空の大樽を見つけると、その中に先ほど殺害した衛兵の死体を放り込みふたを閉める。

「さて……」

 エツィオは物陰に潜み、巨艦『レキシントン』号へと近づいてゆく。
どうやら監視が厳しいのは正門だけのようだ、造船所内部は見張りがぽつぽつといるだけで、後は多くの整備兵が『レキシントン』号の整備に勤しんでいる。
さらに都合のいいことに、改修も終わって間もないためか、『レキシントン』号の周りには資材や貨物が人の背丈よりも高く積まれたままになっており、
身を隠すために手ごろな物影が多く存在していた。
物持ちの人夫や整備兵達の合間を縫い、時には物陰に隠れながらエツィオは『レキシントン』号へと歩いてゆく。

「おお、これはこれは、なんとも大きく、頼もしい艦ではないか!」

 エツィオが『レキシントン』号に近づこうとしたその時であった、この場には似つかわしくない、快活な声が聞こえてきた。
 エツィオはすぐさま物陰に身を隠し、声がした方向を覗き見る。
共の者を引き連れた一人の男が、『レキシントン』号を見上げ、仰仰しく声を上げているのが見えた。

「余も近くで見るのは初めてであるが……。この様な艦を与えられたら、世界を自由にできるような。そんな気分にならんかね? 
艤装主任……いや、今は艦長であったな、ミスタ・ボーウッド」
「我が身には余りある光栄ですな、皇帝閣下」

 もう一人の男が、気のない声で答えるのを見て、エツィオは目を細めた。

「閣下……? なるほど……奴がクロムウェル……」

 エツィオは思いがけず現れたレコン・キスタの首魁、神聖アルビオン共和国皇帝クロムウェルを身を潜めながらじっと見つめる。
年の頃は三十代の半ば、高い鷲鼻にカールした金髪が特徴的な聖職者風の男だ。
なんの変哲もない、ともすればどこにでもいそうな男だが、これでもアルビオン共和国の皇帝のようだ。
しかしマチルダによれば、彼こそが失われた系統『虚無』を操り、死者をも蘇らせる力を持っているという。
だとすれば、計り知れない力を秘めたメイジなのだろう、そう考えていたエツィオであったが、やがて妙な事に気がついた。

「ん……? あいつ……」

 エツィオはクロムウェルを見て、妙な違和感を覚えた。
確かに腰には確かに杖らしきものを下げている。しかし、エツィオはその杖にあるべきものが見えない事に気がついた。
いや、それどころか、メイジならば見えるはずのものが、クロムウェルからは全く見る事が出来なかった。

「あいつ、メイジじゃないのか……?」
「は? メイジじゃない? クロムウェルがか?」

 思わず呟いたエツィオに、腰に下げたデルフリンガーが尋ねる。
エツィオは首を傾げると、クロムウェルから目を離さずに言った。

「『虚無』がそういうものなのだ、と言われたら反論はできないが……、俺が"見る"限り、奴はメイジではない、あの杖はただの棒きれだ」
「ああ、例の"タカの眼"か……ってオイ、そりゃ本当か?」
「……あれは」

 エツィオはさらに何かに気がついたようだ、懐から『風のルビー』を取り出し、クロムウェル……いや、正しくは彼の指先を交互に見比べる。
ここからでは僅かにしか確認できないが、クロムウェルの指に、何かが光っている。果たしてそれは、小さな指輪であった。
エツィオから見て、その指輪には強い魔力が宿っているのが見えた。何かのマジックアイテムなのだろうか?

「あの指輪……なんだ? 『風のルビー』とは大分違うみたいだが……ん?」

 そこまで言ったエツィオはクロムウェルの傍らに控える、フードを目深に被った男を見た。
あの男……、とエツィオは小さく呟く、その男がメイジであることはわかる、だが、何かがおかしい。
エツィオのタカの眼には、クロムウェルの指先に光る指輪……それと同質の魔力に覆われているのが見える。
クロムウェルの持つ力に関係しているのだろうか? そう考えながら、注意深くその男を観察する。だが、生憎ここからでは顔は見えなかった。

 とにかく今は様子を見るべきだ。そう考えたエツィオは、見つからないように注意しながら、クロムウェル達の会話を見守った。


「見たまえ。あの大砲を!」

 クロムウェルは舷側に突き出た大砲を指さした。

「余のきみへの信頼を象徴する、新兵器だ。アルビオン中の錬金魔術師を集めて鋳造された、長砲身の大砲だ! 設計士の計算では……」

 クロムウェルの傍に控えた長髪の女性が答えた。

「トリステインやゲルマニアの戦列艦が装備するカノン砲の射程の、およそ一・五倍の射程を有します」
「そうだな、ミス・シェフィールド」

 ボーウッドは、シェフィールドと呼ばれた女性を見つめた。冷たい妙な雰囲気のする、二十代半ばくらいの女性であった。
細い、ぴったりとした黒いコートを身に纏っている。見たことのない、奇妙ななりだった。マントも付けていない、ということはメイジではないのだろうか?
 クロムウェルは満足げに頷くと、そんなボーウッドの肩を叩いた。

「彼女は、東方の『ロバ・アル・カリイエ』からやってきたのだ。エルフより学んだ技術で、この大砲を設計した。
彼女は未知の技術を……、我々の体系に沿わない、新技術をたくさん知っておる。きみも友達になるがよい、艦長」

 ボーウッドはつまらなそうに頷く、彼は心情的には、実のところ王党派であった。
しかし彼は、軍人は政治に関与すべからずとの意思を持つ生粋の武人であった。
 上官であった艦隊司令が反乱軍側に付いたため、仕方なくレコン・キスタ側の艦長として革命戦争に参加したのである。
アルビオン伝統のノブレス・オブリージュ……、高貴なものの義務を体現するべく努力する彼にとって、アルビオンは未だ王国なのであった。
彼にとって、クロムウェルは忌むべき王権の簒奪者なのであった。

「これで、『ロイヤル・ソヴリン』号にかなう艦は、ハルケギニアのどこを探しても存在しないでしょうな」

 ボーウッドは、間違えたふりをして、この艦の旧名を口にした。その皮肉に気付き、クロムウェルはほほ笑んだ。

「ミスタ・ボーウッド。アルビオンにはもう『王権(ロイヤル・ソヴリン)』は存在しないのだ」
「そうでしたな。しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲をつんでいくとは、下品な示威行為と取られますぞ」

 トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に、国賓として初代神聖皇帝兼貴族議会議長のクロムウェルや、神聖アルビオン共和国の閣僚は出席する。
その際の御召艦が、この『レキシントン』号なのであった。その親善訪問に新型の武器をつんで行くなど、砲艦外交ここに極まれり、である。
するとクロムウェルは、何気ない風を装って、つぶやいた。

「ああ、きみには『親善訪問』の概要を説明していなかったな」
「概要?」

 また陰謀か、とボーウッドは頭が痛くなった。
 クロムウェルは、そっとボーウッドの耳に口を寄せると、二言、三言口にした。
 ボーウッドの顔色が変わった。目に見えて、彼は青ざめた。そのくらいクロムウェルが口にした言葉は、ボーウッドにとっての常軌を逸していた。

「バカな! そんな破廉恥な行為、聞いたことも見たこともありませぬ!」
「軍事行動の一環だ」

 こともなげに、クロムウェルは呟いた。

「トリステインとは不可侵条約を結んだばかりではありませんか! このアルビオンの長い歴史の中で、他国との条約を破り捨てた歴史は一度たりとて無い!」

 激昂してボーウッドは喚いた。

「ミスタ・ボーウッド、これ以上の政治批判は許さぬ。これは議会が決定し、余が承認した事項なのだ、
きみは余と議会の決定に逆らうつもりかな? いつからきみは政治家になった?」

 それを言われると、ボーウッドはもう、なにも言えなくなってしまった。
彼にとっての軍人とは物言わぬ剣であり、盾であり、祖国の忠実な番犬であった。誇りある番犬である。
それが政府の……、指揮系統の上位に存在する者の命令ならば、黙って従うより他はない。

「アルビオンは……、ハルケギニア中に恥を晒す事になります。卑劣な条約破りな国として、悪名を轟かすことになりますぞ」

 ボーウッドは苦しげにそう言った。

「悪名? ハルケギニアはレコン・キスタの旗の下、一つにまとまるのだ。聖地をエルフどもより取り返した暁には、
そんな些細な外交上のいきさつなど、誰も気にもとめまい」

 我慢ならなくなったボーウッドはクロムウェルに詰め寄った。

「条約破りが些細な外交上のいきさつですと? あなたは祖国をも裏切るおつもりか!」

 クロムウェルの傍らに控えた一人の男が、すっと杖を突き出して、ボーウッドを制した。
フードに隠れたその顔に、ボーウッドは見覚えがあった。驚いた声でボーウッドは呟いた。

「で、殿下?」

 果たしてそれは、討ち死にしたと伝えられる、ウェールズ皇太子の顔であった。

「艦長、かつての上官にも、同じセリフが言えるかな?」

 ボーウッドは咄嗟に膝をついた。ウェールズは手を差しだした。その手にボーウッドは接吻する。刹那、青ざめる。その手はまるで氷のように冷たかった。
 それからクロムウェルは、共の者を促し、歩き出した。ウェールズも従順にその後に続く。
その場に取り残されたボーウッドは、呆然と立ち尽くした。
あの戦いで死んだはずのウェールズが、生きて動いている。ボーウッドは『水』系統のトライアングルメイジであった。
生物の組成を司る、『水』系統のエキスパートの彼でさえ、死人を蘇らせる魔法の存在など、聞いたことがない。
ならばゴーレムだろうか? いやあの身体にはきちんと生気が流れていた。
『水』系統の使い手だからこそわかる、生前の、懐かしいウェールズの体内の水の流れが……。
 なんにせよ、未知の魔法に違いない。そして、あのクロムウェルはそれを操るのだ。かれはまことしやかに流れている噂を思い出し、身震いした。

 神聖皇帝クロムウェルは、『虚無』を操る、と……。
 ならば、あれが『虚無』なのか?
 ……伝説の『零』の系統。
ボーウッドは震える声で呟いた。

「……あいつは、ハルケギニアをどうしようというのだ」

 呆然と立ち尽くすボーウッドに、一人の整備兵が駆け寄り、敬礼をする。

「サー。報告いたします、『レキシントン』号、物資の搬入が完了いたしました」
「あ、ああ……ご苦労だった」

 その声に我に返ったボーウッドは、声の震えを隠す様に眉間を指で抑えながら答えた。
その弱弱しい艦長の様子に、整備兵は心配そうに首を傾げた。

「どうかなされましたか? 顔色が優れないようですが……」
「いや……少し疲れただけだ。ぼくは少し休む、最終点検が済み次第、きみたちも休むといい」
「アイ・サー」

 整備兵は敬礼をすると、踵を返し、持ち場へと戻って行く。
ボーウッドはそんな彼を見送った後、一つため息を吐き、自身も一旦休息を取るべく歩き出した。
 貨物区画を抜け、資材置き場に差しかかる。
いつものこととはいえ、まるで迷路だ。と背丈よりも高く積み上げられた資材を見て、ボーウッドが一人ごちた、その時であった。
ぞくり、とボーウッドの背中に悪寒が走った、杖に手をかけ振り返ったその刹那、

「むごっ――っ!?」

 いつの間に背後に立っていたのであろうか、フードを目深に被った、白のローブに身を包んだ男に口を塞がれる。
ボーウッドの表情が驚愕に歪む、その一瞬の隙を逃さず、エツィオはボーウッドの手から杖を奪い取ると、
ぐいとボーウッドの顎をつかみ、袋小路となっている場所へと引きずり込むと、肘や膝を様々な急所に叩きこんだ。
堪らずボーウッドはがくりと膝をついた。

「ぐ……お……」

 エツィオは、地面に倒れ伏し苦悶の声をあげるボーウッドの胸倉をつかんで無理やり立ち上がらせると、
資材の壁に叩きつけ、喉元にアサシンブレードを滑り込ませた。

「ぐっ……! き、きみは……」

 叩きつけられたせいか、朦朧とする意識の中、ボーウッドはエツィオの肩にかかった王家のマントを見て、絞りだすような声で呻いた。

「そのマント……、そうか……きみが『死神』……、なるほど、とうとうぼくの所に来たというわけだ」

 手配書通りのアサシンの姿にボーウッドは得心したようだ、それからフードの中のエツィオの顔を見て、少し驚いたように呟いた。

「随分と若いのだな……。まあいい、殺す前に一つだけ教えてくれ、きみは一体何者だ? 王家の人間ではあるまい」
「そうだ、俺は王家の人間でもなければ、王党派でもない」
「王党派ではないなら、きみは一体……」
「アルビオンが、友の愛したこの国がこれ以上辱められるのを、看過するわけにはいかない」
「そうか……ならば殺すがいい。ぼくは……仕方がなかったとはいえ、王家を裏切り、同胞をこの手に掛けてしまった。
戦に勝ったとはいえ、ぼくは薄汚い裏切り者だ……。そして今、ぼくはこの愛する祖国を、更に辱め、地獄に突き落すところだった。
これ以上あの簒奪者に手を貸す位ならば、今ここできみに首を切り裂かれ、地獄に堕ちた方が幾分かマシというものだ」

 死を前にしたボーウッドは全てを吐露すると、安堵の表情を浮かべ肩の力を抜いた。
エツィオはそんなボーウッドの胸倉を強く締めあげ詰問する。

「その前に答えてもらおう、新兵器とやらの設計図はどこだ」
「……それなら『ロイヤル・ソヴリン』……いや、今は『レキシントン』号か、その中にある」
「実物は?」
「実物だと? そんなことを聞いてどうするつも――がっ!?」

 ボーウッドの鼻にエツィオの頭突きが突き刺さる。
鼻骨を折られ、激痛に顔を歪ませるボーウッドに、エツィオは冷たい表情のまま尋ねた。

「質問に答えろ」
「ぐっ……、き、きみの望む物は全てあの『レキシントン』号にある、製造された実物はそれで全てだっ……」
「わかった、……最後の質問だ、先ほどお前に杖を突きつけたフードの男、あれは誰だ」
「それはっ……」

 その質問に、ボーウッドの顔が青くなった。まるで信じがたい物を見てしまったと言わんばかりの表情だ。
ボーウッドは震える声で自分が見た物をエツィオに説明した。

「あれは……殿下だった。ウェールズ・テューダー皇太子殿下……」
「殿下だって?」
「そうだ、あれは決してゴーレムなどそういうものではない、ぼくは『水』の使い手だ、だからこそわかるのだ、あの方は殿下その人だと」

 それを聞いたエツィオはやや驚いた表情になった。眉を顰め、情報を整理する。
クロムウェルの指に光っていた魔力を帯びた指輪、ウェールズの身体を覆っていたそれと同質の魔力。
そして、クロムウェルの死者を蘇らせる『虚無』
瞬間、エツィオの中で点と点が繋がった。

「そうか……そういうことか」
「もう一発殴られる物と覚悟したが……信じるのかね?」

 何やら納得した様子のエツィオに、ボーウッドは戸惑ったように首を傾げる。
エツィオは唇をかみしめると、やがて皮肉と憐れみが混じった笑みを浮かべた。

「ああ、おかげで奴の『虚無』の正体がわかった。……とんだペテン師だな、あの男は」
「ペテンだと? 一体それはどういう……!」

 エツィオの言葉に、ボーウッドの顔色が変わった。
まさか、殿下を蘇らせた力は、『虚無』ではないとでもいうのか。
だがエツィオは、小さく首を振ると、ボーウッドの喉元にアサシンブレードを突きつけた。

「お前にとって、この事実は残酷な物だ、聞かずに逝った方がまだ救いがある」
「待て! 待ってくれ! 教えてくれ! 奴は一体何者だ! ペテンとはなんだ!
もし、奴の虚無がペテンだとしたら! ぼくは……! ぼくはっ……! 一体何のために……!」
「……いいだろう」

 エツィオはアサシンブレードを納めると、ボーウッドを突きとばした。
今まで締めあげられていたせいか、解放された後もしばらく咳き込んでいたボーウッドだったが、
やがて落ち着きを取り戻したのか、エツィオをまっすぐに見据えた。

「お前は先ほど、クロムウェルと謁見していたが、その時、奴は右手に指輪を嵌めていたことに気がついたか?」
「指輪? あ、ああ、細かくは見てはいないが……していたように思う」
「その指輪が奴の『虚無』の正体だ、奴自身、なんの力も持たぬただの平民に過ぎない」
「なっ、なんだと!? ど、どこにそんな証拠が!」
「俺にしかわからないことだ、殿下の死体を動かしている力は、奴が身につけている指輪の持つ力と全く同じ物だ」

 激昂するボーウッドに、エツィオは淡々と言葉をつづけた。

「馬鹿な! 死者を動かす指輪だと? そんなもの、伝説の中にしか存在しないのだぞ!」
「クロムウェルが掲げる『虚無』とやらも伝説のようだが?」
「っ……! そ、それ……は……」
「伝説のマジックアイテム……、長い間姿を現すことのなかった虚無の担い手が突然現れるより、信憑性は高いんじゃないのか?」
「…………」

 エツィオの話術に嵌まってしまったボーウッドは言葉を失ってしまった。
そのままへなへなと脱力し、地面にへたりこむ。

「騙されていたのか……? 我々は……」

 ボーウッドは俯き、地面に拳を打ちつけると、絞り出すような声で呻いた。

「なにが……軍人は物言わぬ剣だ……なにが誇りある番犬だ……。
ぼくのやったことは、操られるがままに主人の首を噛みきっただけじゃないか……」

 呆然とした表情で呟くボーウッドを見て、エツィオは持っていた杖を投げ捨てるとくるりと踵を返した。
それに気がついたボーウッドは驚いたように顔を上げた。

「ま、待て! ぼくを……殺さないのか?」 
「悔いている人間を殺すほど、俺は傲慢じゃない。それに、俺がここにいる目的は、奴の手で歪んだ『王権(ロイヤル・ソヴリン)』ただ一つだ」
「この杖できみを攻撃するとは思わないのか?」
「その時は、改めてお前を殺すだけだ。……衛兵を呼びたければ好きにしろ」

 冷たく言い放つエツィオを見て、ボーウッドはゆっくりと立ち上がると、服についた埃をはたき落し、力なく微笑んだ。

「いや……ぼくは何も見なかった、何もないところで転んでしまうとは、……軍人失格だな」
「……感謝する、サー」
「待ちたまえ」

 振り返らずに立ち去ろうとしたエツィオをボーウッドが呼び止める。

「『ロイヤル・ソヴリン』を葬るなら、今が好機だ。明日、大規模な演習がある。
そのために、あの艦には今、大量の火薬と弾薬が積載されている。それを利用すればあるいは……」
「……なぜそれを俺に?」
「なぜかな……、自分でもよくわからない。せめてもの償い……いや、これで許される筈もないのだがな……。
きみの話が本当なら、もはやこの国に、『レコン・キスタ』に未来はない……ぼくは、どうすればいいのだろうか……」

 自嘲的な笑みを浮かべ、悲しそうに呟くボーウッドに、エツィオは振り返る。

「ならば、亡命をする気はないか?」
「亡命?」
「お前は、『親善訪問』に難色を示していたな」
「あ、ああ、条約破りなど、恥知らずもいいところだ……」
「軍属のお前が亡命しトリステインに知らせれば、奴の企みは大きく躓く事になる」

 エツィオのその言葉に、ボーウッドは少しだけ迷ったような表情になった。
自分は誇りあるアルビオン軍人だ、亡命などあってはならないことだ。と、少し前の自分ならそう言っていただろう。
しかし、今は違う。アルビオンの王位を簒奪し己の意のままに操っているのは、虚無を騙るペテン師だ、
そんな者にこれ以上肩入れすること自体、アルビオンを裏切ることになるのではないか。
そう考えたボーウッドは、顔を上げると力強く頷いた。

「わかった、その申し出を受けよう。これ以上あの簒奪者に仕えるのは、もう我慢ならない」
「協力感謝する、サー・ボーウッド」

 エツィオとボーウッドは固く手を結んだ。

「亡命手段はこちらで用意しよう、それまで連絡を待て」
「わかった。それよりも急ぎたまえ、今は兵達の休憩時間だ、今なら警備が手薄なはずだ」
「ありがとう。サー、貴方も今すぐここから離れることだ、もうすぐここは灰になる」
「そうさせてもらうよ。……アサシンであるきみに、こんなことを尋ねるのは変な話なのだが……よければ、きみの名前を教えてくれないか?」

 ボーウッドは頷くと、踵を返し『レキシントン』号に向かおうとするエツィオに尋ねた。

「エツィオ・アウディトーレ」

 立ち止まり、振り返らずにエツィオは名乗りを上げる。
ボーウッドはにっこりと笑みを浮かべ、頷いた。

「エツィオ……なるほど『鷲』か、この空の国(アルビオン)を駆けるに相応しい、よい名だ。我が胸に秘めておこう。
……頼む、エツィオ・アウディトーレ。奴の歪んだ『ロイヤル・ソヴリン』を葬ってくれ」

 真剣な表情で語りかけるボーウッドに、エツィオは小さく頷くと、『レキシントン』号に向かい、歩を進めてゆく。
その姿を見送ったボーウッドは、杖を拾い上げると、自身に『治癒』の呪文を唱え、顔の傷を癒すと、
腕に付いた『レコン・キスタ』の一員で示すことを表す腕章をむしり取り、兵器工廠を後にした。




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