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memory-18 「婚姻の鐘は鳴る」 後篇



 ルイズに対するワルドの剣幕を見かねたウェールズが、間に入ってとりなそうとした。

「子爵……、きみはフラれたのだ、ここは潔く……」

 が、ワルドはその手を撥ね除ける。

「黙っておれ!」

 ウェールズは、ワルドの言葉に驚き、立ちつくした。ワルドはルイズの手を取った。
ルイズは、まるで蛇に絡みつかれたかのように感じた。

「ルイズ! きみの才能が僕には必要なんだ!」
「わたしは、そんな才能のあるメイジではないわ」 
「だから! 何度も言っているだろう! 自分で気が付いていないだけなんだよ! ルイズ!」

 ルイズはワルドの手を振りほどこうとした。しかし、ものすごい力で握られているために振りほどく事が出来ない。
苦痛に顔を歪めて、ルイズは言った。

「そんな結婚、死んでもイヤよ、あなた、わたしを愛していないじゃない。
わかったわ、あなたが愛しているのは、あなたがわたしの中にあるという、ありもしない魔法の才能だけ。
ひどいわ、そんな理由で結婚しようだなんて。こんな侮辱はないわ!」

 ルイズは暴れた。ウェールズが、ワルドの肩に手を置いて、引き離そうとした。しかし、今度はワルドに突き飛ばされた。
ウェールズの顔に、赤みが走る。立ち上がると、杖を抜いた。

「うぬ、何たる無礼! 何たる侮辱! 子爵! 今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ!
さもなくば! 我が魔法の刃が、きみを切り裂くぞ!」

 ワルドは、そこでようやくルイズから手を離した。どこまでも優しい笑みを浮かべる。しかしその笑みは、嘘に塗り固められていた。

「こうまで言ってもダメかい? ルイズ、僕のルイズ」

 ルイズは怒りに震えながら言った。

「いやよ、誰があなたなんかと結婚するもんですか」

 ワルドは天を仰いだ。

「この旅で、君の気持を掴もうと、随分努力してきたのだが……」

 両手を広げて、ワルドは首を振った。

「こうなっては仕方がない、目的の一つは諦めるとしよう」
「目的?」

 ルイズは首を傾げた。どういうつもりだと思った。
ワルドは口の端をつり上げ、禍々しい笑みを浮かべた。

「そうだ、この旅の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」
「達成? 二つ? どういうこと……」

 ルイズは恐怖と不安に慄きながら、訊ねた、頭の中で、考えたくない想像が、急激に膨れ上がる。
 ワルドは右手を掲げると、人差し指を立ててみせた。

「まず一つはきみだ。ルイズ、きみを手に入れることだ。しかし、これはもう果たせないようだ」
「あたりまえじゃないの!」

 次にワルドは中指を立てた。

「二つ目の目的は、ルイズ、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」

 ルイズははっとした。

「ワルド……あなた……」
「そして三つ目……」

 ワルドの『アンリエッタの手紙』という言葉で、全てを察したウェールズが杖を構えて呪文を詠唱した。
しかし、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜き、呪文の詠唱を完成させた。
ワルドは風のように身を翻させ、ウェールズの胸を青白く光るその杖で貫いた。

「き、貴様……『レコン・キスタ』……」

 ウェールズの口から、どっと鮮血が溢れる。ルイズは悲鳴をあげた。
ワルドは、ウェールズの胸を光る杖で深々と抉りながら呟いた。

「三つ目……ウェールズ、貴様の命だ」

 どうっ、とウェールズは床に崩れ落ちる。

「貴族派! あなた、アルビオンの貴族派だったのね! ワルド!」

 ルイズはわななきながら、怒鳴った。ワルドは裏切り者だったのだ。

「そうとも。いかにも僕は、アルビオンの貴族派『レコン・キスタ』の一員さ」

 ワルドは冷たい、感情のない声で言った。

「どうして! トリステインの貴族であるあなたがどうして!?」
「我々『レコン・キスタ』はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境は無い。
ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」
「昔の、昔のあなたはそんな風じゃなかったわ。何があなたを変えたというの? ワルド……」
「月日と、数奇な運命の巡り合わせだ、だがそれを語る気は無い、話せば長くなる。死にゆくきみに話しても、意味のないことだからな」

 ルイズは思い出したかのように杖を握ると、ワルド目がけて振ろうとした、しかし、ワルドになんなく弾きとばされ、床に転がる。

「助けて……」

 ルイズは 蒼白な顔になって、後ずさった。立とうと思っても、腰が抜けて立てないのだ。
ワルドは首を振った。

「だから! だから共に世界を手に入れようと、言ったではないか!」

 風の魔法が飛ぶ、『ウィンド・ブレイク』。ルイズを紙きれのように吹き飛ばした。

「いやだ……助けて……」
「言うことを聞かぬ小鳥は、首を捻るしかないだろう? なぁ、ルイズ」

 壁に叩きつけられ、床に転がり、ルイズは呻きをあげた。涙がこぼれる。
ここにはいない、使い魔に繰り返し助けを求めた。

「助けて……お願い……」

 まるで呪文のように、ルイズは繰り返す。楽しそうに、ワルドは呪文を詠唱した。
周囲の空気が、冷えはじめた、ひんやりとした空気が、ルイズの肌を刺す。

「残念だよ……。この手で、きみの命を奪わねばならないとは……」

 これは……電撃の魔法、『ライトニング・クラウド』だ。まともに受ければ命は無い。
体中が痛い、ショックで息がとまりそうだ。ルイズは子供のように怯えて、涙を流した。

「エツィオ! 助けて!」

 ルイズは絶叫した。
呪文が完成し、ワルドがルイズに向かって杖を振りおろそうとしたその時……。
ワルドの頭上に、不意に冷たい風が吹く。以前にも同じ物を感じた……これは、あの時の!
 ワルドは即座に身を翻し、その場から飛び退いた。その瞬間、ワルドのいた場所に、白き影が舞い降りた。

「き、貴様っ……!」

 着地と同時に飛びかかってきたエツィオと取っ組み合う形になったワルドが、呻くように呟く。
ギリギリで受け止めた左手の隠し剣が、ワルドの鼻先で鈍い光を放っている。

「……泣かせたな?」

 エツィオの左腕に力がこもる、恐ろしい力だ、堪らずワルドはその腕を受け流す。
貫くべき対象を失った短剣はワルドの鼻先をかすめ、エツィオは前につんのめった。
その隙にワルドは飛びずさり、距離を取る。

 エツィオはゆっくりと頭を振り、ちらとルイズを見た。
失神したのか、ルイズは絶叫と共に床に倒れ、ぴくりとも動かない。

「……」

 無言でワルドを睨みつける。その眼に怒りはない、ワルドを見つめるのは、抹殺すべき対象を観察する、
どこまでも冷徹な、アサシンの眼であった。

「ふん、主人の危機が目に映りでもしたか」

 残忍な笑みを浮かべ、ワルドが嘯く。
エツィオは答えず、左手のアサシンブレードを引き出し、ゆっくりとワルドに向け、歩を進める。
その時だった、ワルドがエツィオを制止した。

「まぁ待て、『ガンダールヴ』……丁度いい機会だ、きみに話がある」

 ワルドはそう言うと、戦意はないと言わんばかりに手を広げた。
エツィオは立ち止まると、ワルドを睨みつけた。

「話だと?」
「ああ、ようやくきみの正体がわかったよ、きみは『傭兵』ではないな? 『ガンダールヴ』となった『アサシン』だ、そうだろう?」
「……だからなんだ」
「その暗器、その身のこなし、戦闘能力、そして、暗殺者としての技量。この僕が認めよう、さすがは伝説の使い魔だ、どれもすばらしい。
『ガンダールヴ』となったきみなら、どんな相手であっても暗殺してしまうだろうな」

 ワルドは口元に笑みを浮かべると、わざとらしく拍手をした。
ぱちぱちぱち……と、剣呑な雰囲気に似つかわしくない拍手の音が、礼拝堂に響き渡る。

「さてガンダールヴ、単刀直入に言う、……こちら側につかないか? 大いに歓迎しよう」
「こちら側とはなんだ」
「この戦に勝つ側だよ。我々、『レコン・キスタ』の手によって、世界は大きく変わる、ガンダールヴよ、共にそれを見ようじゃないか」

 ワルドは両手を大きく広げると、歌う様に言った。
エツィオはすっとワルド指さして言った。

「ワルド……、俺は知っているぞ。お前達がどんな末路を迎えるかをな。お前達の企みは破れ、この刃が喉を切り裂く!」
「……なるほど、交渉は決裂、か」

 ワルドはやっぱりな、と言いたげに肩を竦めると、杖をエツィオに突きつけた。

「ならばここで、ルイズと共に死んでもらうぞ、ガンダールヴ!」
「……生憎だが、死ぬのはお前一人だ」

 エツィオは右手で腰のデルフリンガーを引き抜くとワルドに突っ込んだ。
剣を袈裟掛けに払った。ワルドは飛びずさり、それをかわす。

「裏切り者め! やはりあの時、消しておくべきだった!」

 返す刃でワルドに斬りかかりながら、エツィオは叫んだ。
ワルドは羽根でも生えているかのような動きでそれをかわし、高く飛びあがると始祖ブリミルの像の前に立った。

「見抜けぬ貴様が悪いだけだ」
「あぁそうだ、だからこそ、こうしてここにいる! お前の首を切り裂くためにな!」

 エツィオは叫びながら、ワルドに向け、投げナイフを放った。
ルーンの力も合わさった投げナイフは、人の手から放たれたとは思えない速度でワルドに襲いかかる。
危険を感じ取っていたワルドはすぐさま身をかわし、まるで風のように礼拝堂を飛びまわる。
それを追う様に次々とエツィオの手から投げナイフが放たれる、恐ろしい速度で迫るそれは、石の壁に深々と突き刺さってゆく。

「ルイズを傷つけた償いは、受けてもらうぞ!」
「くっ! 調子に乗るな!」

 ワルドは杖を振ると、呪文を発した。詠唱を見切っていたエツィオは即座に物陰に身を隠した。
風の呪文、『ウィンド・ブレイク』が、礼拝堂の中を吹き荒れる。

「くそっ、近づけない……っ!」

 物陰から飛び出そうにも、ワルドが魔法を放ってくるために身動きが取れない。
このままでは防戦一方である。

「どうした? ガンダールヴ、風の魔法の前に、手も足も出ぬではないか。その刃で僕の首を切り裂くのではなかったのか?」

 残忍な笑みを浮かべて、ワルドが嘯く。
そんな時、デルフリンガーが叫んだ。

「思い出した!」

 その声に少しだけ驚いたのか、エツィオが手元のデルフリンガーに視線を落とす。

「そうか、ガンダールヴか! おい相棒! 思い出したよ!」
「悪いが後にしてくれ! 今は余裕がないんだ!」
「まぁ聞けよ! いやぁ、俺は昔、お前に握られてたぜ。ガンダールヴ。でも忘れちまってた。なにせ六千年も昔の話だ」
「どうする……くっ!」

 デルフリンガーを無視しながら物陰からちらと顔を出し、ワルドの様子を見る。
瞬間、迫撃の『ウィンド・ブレイク』が飛んできた。危険を感じ、身をかがめながら別の物陰へと転がりこんだ。

「おい無視すんじゃねぇよ! 力貸さねぇぞ!」
「……力だって?」

 身を隠すためにうずくまる形になったエツィオが、いぶかしむようにデスフリンガーを見つめた。

「おうよ、見てな! 今見せてやるぜ!」

 叫ぶなり、デルフリンガーの刀身が光り出す。
エツィオは呆気にとられた表情でデルフリンガーを見つめた。

「デ、デルフ? これは……?」
「そこだ!」
「しまっ……!」

 デルフリンガーから放たれた光を見つけたのか、ワルドが物陰に隠れていたエツィオに向かい『ウィンド・ブレイク』を唱えた。
猛る風が、エツィオめがけて吹きすさぶ、咄嗟にエツィオは光り出したデルフリンガーを構える。

「無駄だ! 剣では防げぬぞ!」

 ワルドが叫んだ。
 が、しかし、エツィオを吹き飛ばすかに思えた風が、デルフリンガーの刀身に吸い込まれる。
そして……。デルフリンガーは今まさに研がれたかのように、光り輝いていた。

「お、おい、これは一体……」
「これがほんとの俺の姿さ! 相棒! いやぁ、てんで忘れてたぜ、そういや飽き飽きしてた時に、テメェの姿を変えたんだった。
なにせ、面白い事はありゃしねぇし、つまらん連中ばっかりだったからな!」
「今のは一体……魔法が消えたぞ!」
「あぁこれかい? 俺が吸い込んだんだ、ちゃちな魔法は全部、俺が吸い込んでやるよ! この『ガンダールヴ』の左腕、デルフリンガー様がな!」
「……なるほどな、これで対等、というわけか」

 心強い味方を得たエツィオは、ニッと笑みを浮かべ、デルフリンガーを一振りすると、切っ先をワルドに突きつける。

「魔法を吸収するとはな、どうやら、ただの剣ではないようだ」

 興味深そうに、エツィオの剣を見つめていたワルドが呟く。
魔法を吸収してしまう、ということを知っても尚、その態度からは余裕がうかがえた。
杖を構えると、薄く笑った。

「さて、ではこちらも本気を出すとしよう。風のメイジが最強と呼ばれる所以、ここで教育いたそう」

 エツィオが飛びかかり、デルフリンガーを振う、ワルドは杖で剣戟をかわしつつ、呪文を唱える。

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 なんとか詠唱を中断させるべく、攻撃を繰り返すも、ワルドは自身の二つ名に違わぬ速度で詠唱を完成させる。
すると、ワルドの体はいきなり分裂した。
一つ……二つ……三つ……四つ……、本体と合わせて、五体のワルドがエツィオを取り囲んだ。

「偏在……! まさかっ……!」
「よく知っているな、その通り、風のユビキタス……風の吹くところ、何処となくさまよい現れ、その距離は意思の力に比例する」

 ワルドの分身は、すっと懐から、真っ白の仮面を取り出すと、顔に付けた。
エツィオは、唇を噛むとワルドを睨みつけた。

「仮面のメイジ……やはりお前か!」
「いかにも、しかも一つ一つが意思を持っている。言ったろう? 風は偏在する」
「その風は、ここで止む。お前を消せば二度と現れまい!」
「……素晴らしい、流石だアサシン、このような劣勢でも、僕の命を絶つことをだけを考えるか。
勝つことに……いや、殺すことにどこまでも貪欲だ!」

 五体のワルドが、エツィオに踊りかかる。さらにワルドは呪文を唱え、杖を青白く光らせた。
『エア・ニードル』、先ほど、ウェールズの胸を貫いた呪文だ。

「杖自体が魔法の渦の中心だ。その剣で吸い込むことは出来ぬ!」

 杖が細かく振動している。回転する空気の渦が、鋭利な切っ先となり、エツィオの体を襲う。
迫りくる杖を剣で受け流し、切り払う。どういうわけか、エツィオは攻撃に転じようとはせず、じっとその攻撃を防ぎ続けていた。
 ワルドは楽しそうに笑った。

「なかなかやるではないかアサシン、さすがは伝説の使い魔、だがやはり、ただの骨董品だな。風の偏在に手も足も出ぬようではな!」

 防御に手いっぱいと見たワルドたちが追い打ちをかけるべく、じりじりと、エツィオに詰め寄る。

「貴様のような薄汚い暗殺者など、何人返り討ちにしたと思っているのだ!」

 エツィオが右手で握ったデルフリンガーを大きく振い、胴体ががら空きとなる。

「そこだ! 死ね! ガンダールヴ!」

 その隙を逃すまいと、ワルドの一体が襲いかかる。こうして、エツィオの狙っていた瞬間が遂に訪れた。
エツィオの今までの防戦はブラフだった。
マントの下に隠れた左手、逆手に握られていた短剣が、偏在の首を切り裂いた。エツィオは、返す刃で鳩尾、心臓、と執拗に偏在の体を滅多刺しにする。
最後に脳天を貫いた辺りで、死にかかっていた偏在がようやく消滅する。
エツィオはくるりと体を回転させると、その近くにいた一体の懐に潜り込む、顎の下から脳髄目がけ、一気に短剣を突きあげた。
一瞬で生命活動の要を絶たれ、まるで糸が切れた操り人形のように偏在の体から力が抜け、消滅する。
常人でなくとも、思わず目をそむけたくなるような凄惨な殺し方、だがエツィオは眉ひとつ動かさずに、もう一体のワルドとの距離を一気に詰める。
だが、今度はワルドも反撃に転じる、ワルドの放った杖の一撃が、エツィオの握っていた短剣を弾きとばす。
ワルドの顔に一瞬、余裕が戻る、この密着した距離では、右手の大剣は思う様に振うことができない筈だ。
だが、それでもエツィオの表情は何一つ変わらない。エツィオはすぐさまワルドの右手を掴むと、
ワルドの股間を蹴りあげる、思わぬ反撃にワルドは杖を握る手の力を緩めてしまう。その隙を逃さず、エツィオはワルドの杖を奪い取った。
術者の手を離れ、『エア・ニードル』の力を失った杖を握り、偏在の体を刺し貫いてゆく。心臓、喉、そして、眼球。
あっと言う間に三か所の急所を無理やり抉られ、頭蓋をも貫かれた偏在が、ばたりと倒れ、消滅する。

「……どの口がほざく」

 握っていた杖を投げ捨てながら、エツィオが呟く。
残されていた最後の偏在の一体が、エツィオに襲いかかる。
エツィオは、その杖を受け流し、下からデルフリンガーを振う。偏在の両腕が切断されるのと同時に、返す刃で脳天をカチ割った。

「衛士隊の隊長? そんなもの、今まで何人消してきたと思っている」

 ふらふらと立ったまま、消滅しようとしている偏在を、指先で優しく押し倒しながら、エツィオが嘯く。
その眼は、今までの彼が見せてきたものとはまるで違う、ぞっとするほど冷たい瞳だった。

 こんなはずでは……。全ての偏在を消されたワルドの頬に冷たい汗が流れる。
ゆっくりと、こちらへ歩を進めてくるアサシンに、忘れて久しかったあの感情……恐怖が蘇る。

「お前もその一人だ、ワルド」
「ほざけ! 貴様などに殺されるものか!」

 ワルドは呪文を詠唱しつつ、杖を振った。
その時である、エツィオはデルフリンガーを大きく振り上げ……何を思ったか、ワルドに向け、思いっきり投げつけた。
ワルドは咄嗟に『ウィンド・ブレイク』を放つ。だがその魔法は、回転しながら飛んでくるデルフリンガーに吸い込まれてしまう。

「くっ、ぐぅおおっ!」

 切り札であるデルフリンガーを投げるという予想外の攻撃に、ワルドは思わず反応が遅れ、回転して飛んでくるデルフリンガーに左腕を持って行かれる。
左腕を失った激痛に耐え、かろうじて立ち上がった。その時だった。
エツィオが空中高く飛びあがり、ワルドに飛びかかった。振りあげられた左手からアサシンブレードが飛びだし、今まさに標的の命を刈り取らんとしていた。

「くっ……だが貴様にもうあの剣は無い! 貰ったぞ! ガンダールヴ!」

 ワルドが叫んだ。呪文を詠唱し、エツィオ目がけ、杖を振う。瞬間、エツィオの左手が動いた。

「馬鹿め! 二度も同じ手を喰うか!」

 だが、ワルドはそれを見越していたのだろう、今まさに払いのけられんとしていた腕を引っ込めようとした。
しかし、エツィオは何を考えたのか、アサシンブレードを納めるとワルドの右腕を力強く掴む。そして、ワルドの顔目がけ、空いた右手を振り下ろした。

「ぐあああああっ!?」

 礼拝堂に、ワルドの絶叫が響き渡る。左目に感じる、燃えるような激痛にワルドがのたうちまわる。
歯を食いしばり、かろうじて立ち上がる。

「み……右手……二本目……だと! ぐっ……!」

 残った右手で左目を押さえ、呻くように呟きエツィオを睨みつける。
危なかった、あとほんの一瞬、呪文を放つのが遅かったら、右手に秘匿されていた二本目の隠し剣によって脳を抉られ、死に至っていただろう。

「ぐっ……くそっ……ワルド……! お前だけは……!」

 呪文によって壁まではねとばされていたエツィオが、呻き声を上げ立ち上がる。
ブーツについた鞘から短剣を引き出し、逆手に構えワルドを睨みつけた。

「くっ……よもや、この『閃光』がよもや後れを取るとは……」

 エツィオが短剣を構え、ワルドに襲いかかる。だが、ワルドは残った右腕で杖を振ると、宙に浮いた。

「逃げるのか!」
「ふん、目的の一つは果たせた、それでよしとしよう。どのみちここには我が『レコン・キスタ』の大群がすぐにでも押し寄せる!
ほら! 馬の蹄と竜の羽音が聞こえるだろう!」

 確かに、外から大砲の音や、火の魔法の爆発音が遠く聞こえてきた。
戦う貴族や、兵士の怒号や断末魔がそれら轟音に入り混じる。
ワルドは、窓際に降り立つと、杖を振い、窓を打ち破り、外へと脱出しようとしている。

「ワルド!」

 エツィオが叫ぶ、ワルドがちらと振り向いた。

「決して生かしておくものか……! 俺はどこまでもお前を追い! その喉を切り裂いてやる! 必ずだ!」
「出来るものか! どの道貴様は、ここで愚かな主人と共に灰となるのだ! ガンダールヴ!」

 そう捨て台詞を残し、ワルドは割れた窓から飛び去った。
残されたエツィオは、すぐにルイズの元へ駆け寄った。

「ルイズ!」

 エツィオはルイズを抱え起こした、しかし、ルイズは目を覚まさない。
エツィオはルイズの首筋に手を当てる。指先に、とくん、とくんと脈打つものを感じ、エツィオは安心したかのように大きく息を吐いた。
ルイズはボロボロだった、マントはところどころ破れ、膝と頬をすりむいていた。服の下は、打ち身だらけに違いない。
ルイズは胸のあたりで、手を堅く握っている。その下の胸ポケットのボタンが外れ、中からアンリエッタの手紙が顔を覗かせている。
どうやらルイズは……意識を失っても、この手紙を守るつもりでいたようだ。

「よく……がんばったな」

 エツィオは優しく微笑むと、ルイズの頬を撫でる。本当に……生きていてよかった。

「おーい、相棒、そろそろ拾ってくれよ」

 その声に、我に返ったエツィオは、ルイズを一旦横たえると、床に転がったままのデルフリンガーを拾い上げる。

「デルフ、少しは空気を読んでくれよ」
「そうしてやりたいのは山々なんだけどな、どうやらそうも言っていられないぜ? どうやって脱出するんだ? 『イーグル』号はもう出航しちまったしよ……」
「今考えてる……といっても、選択肢は多くは無いな」

 エツィオはデルフリンガーを腰に下げ、先ほど叩き落された短剣を拾い上げると、ルイズを抱え上げた。

「で、どうすんだ?」
「ここから逃げる」

 エツィオがそう言うと、デルフリンガーがぴくぴくと震えた。

「逃げるったってよ、五万の兵隊に囲まれてんだぜ?」
「どうもこうも、俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ、やるしかないだろ?」
「ま、それしかあるめぇな、んじゃ、いっちょこっからバックレるとすっか」
「あぁ、女の子を抱えて逃げることくらい、朝飯前さ」

 いつもの軽口を叩きながら、礼拝堂の外へと出ようとした、その時だった。
ぽこっと、自分の足元が盛り上がるのを感じた。

「なっ、なんだ?」

 エツィオはその場から飛び退き、地面を見つめた。

「敵か……? くそっ、もうここまで!」

 ルイズを床に寝かせ、剣を引き抜こうとしたとき、ぼこっと、床石が割れ、茶色の生き物が顔を出した。

「えっ? あっ! お前は!」

 その茶色の生き物は、床に横になるルイズを見つけると、モグモグとうれしそうにその体をまさぐった。
エツィオはその生き物に見覚えがあった、こいつは確か……。

「ヴェルダンデ! ギーシュの使い魔! どうしてここに……!」

 エツィオが叫んだ時、巨大モグラが出てきた穴から、ひょこっとギーシュが顔を出した。

「こら! ヴェルダンデ! どこまで穴を掘れば気が済むんだね! いいけど! って……」

 土にまみれたギーシュは、そこで呆けたように佇むエツィオと、横たわったルイズに気が付き、とぼけた声で言った。

「おや! きみたち、ここにいたのかね!」
「ギーシュ! お前っ……どうしてここにいる!」
「いやなに、『土くれ』のフーケとの一戦で勝利した僕たちは、寝る間も惜しんできみたちを追ってきていたのだ。
なにせこの任務には、姫殿下の名誉がかかっているからね」
「どうやってここまでこれたんだ?」

 その時、ギーシュの傍らに、キュルケが顔を出した。

「タバサのシルフィードよ」
「キュルケ!」
「アルビオンについたはいいが、なにせ勝手のわからぬ異国だからね。でもこのヴェルダンデが穴を掘り始めた。後を追ってきたら、ここに出たんだ」

 巨大モグラ……ヴェルダンデは、フガフガとルイズの指に光る『水のルビー』に鼻を押し付けている。
ギーシュはうんうんと頷いた。

「なるほど、水のルビーの匂いを追ってここまで来たのか、なにせ、とびきりの宝石好きだからね。
ラ・ロシェールまで穴を掘って追いかけてきたんだよ、彼は」

 エツィオは、安心したかのように顔をほころばせ、感極まったのか、二人を抱きしめる。

「は、ははは……。ああ、やっぱりきみたちは最高の友達だ!」
「なっ、お、おい、エツィオ! どうしたんだ?」
「ちょっとダーリン? 抱きしめるならあたしだけにしてよ、もう」

 エツィオは顔を上げると、緊迫した表情で言った。

「とにかく、今は逃げよう! もうすぐ敵が来る!」
「え? 逃げるって……一体なにが起こってるのかね? ワルド子爵は?」
「手紙は手に入れた、ワルドは……裏切り者だった、あとはここを逃げるだけだ」
「なぁんだ、なんだか知らないけど、もうおわっちゃったみたいね」

 キュルケはつまらなそうに言った。
ルイズを抱えて穴に潜ろうとしたとき、エツィオはふと気づいて、ルイズをギーシュに預け、礼拝堂に戻った。斃れたウェールズに近づく。
しかし、ウェールズは既に事切れていた。

「汝が名は、我が魂に刻まれり――眠れ、安らかに。……我が友よ」

 エツィオは唇をかみしめると、ウェールズの瞼に手をかざし、そっとその目を閉じる。
そうすることによって現れたウェールズの顔は、まるで眠っているかのように穏やかだった。

「おーい、何をしてるんだね! 早くしたまえ!」

 ギーシュがそんなエツィオを呼んだ。
エツィオはウェールズの指から、風のルビーを外した。アンリエッタに渡すなら、これが最もふさわしいと考えたからだ。
それから、エツィオは少し考えると、ウェールズが身に着けていた、既に血で染まったアルビオン王家のマントを取り外した。
エツィオは立ち上がり、穴に駆け戻り地下にもぐり込む、その瞬間、礼拝堂に王軍を打ち破った貴族派のメイジや、兵士たちが飛び込んできた。


 ヴェルダンデが掘った穴は、ずっと真下に続いている、下へ下へと下って行く途中、しんがりを務めていたエツィオが、不意に横に伸びる穴に気がついた。

「待った!」
「ん? どうかしたのかね?」
「ギーシュ、この穴は?」
「あぁ、これかい? 城の郊外に続いている穴だよ、一旦僕らは外に出たんだけどね、それからヴェルダンデが再び穴を掘り始めちゃったんだ」
「そこは安全だったか? 貴族派の気配は?」
「いや? 森の中だったし、だれもいなかったな」

 ギーシュの説明を聞き、エツィオがニヤリと笑う。

「ギーシュ……お前、最高だ」

 エツィオはギーシュの肩を力強く叩くと、横に広がった穴へと足を踏み入れる。
驚いたギーシュは、エツィオを呼びとめた。

「あ、おいエツィオ! どこに行く気かね!」
「この穴、城の郊外に続いているんだろう? ……用事を思い出した、片づけてくる」

 エツィオはそう言うと、背負っていたルイズを抱きかかえ、じっと見つめる。
白い頬が血と泥で汚れていたが、高貴さと清楚さはそのままであった、目から頬に、涙の筋が光っている。

「ルイズ、すまなかった、俺がもっと早く、奴の裏切りに気がついていれば……」

 エツィオはルイズの頬を拭いながら呟いた。

「これは……俺のミスだ、だからケリをつけなきゃ、俺のミスは、俺のミス。だろ?」

 優しく微笑みながら、ルイズの額に唇を落とした。
それから、その様子を呆然と見つめていたギーシュとキュルケにルイズを託した。

「え? お、おいエツィオ!」
「ギーシュ、キュルケ、少しの間、ルイズを頼む」
「で、でも……」
「俺にはまだ、片づけるべき仕事が残っている。なに心配するな、ちょっとの間、滞在が伸びるだけさ。
ルイズには……目を覚ましたら、きっと暴れるだろうから、『任務はどうするんだ?』とでも伝えておいてくれないか」

 エツィオは肩を竦めると、おどけたように言った。 

「ここに来て、いいとこ見せてないんだ、少しは格好つけなきゃな。……さあ行け」
「……わかった、その代わり、必ず生きて戻ってきたまえよ、エツィオ」
「あぁ、ここで死ぬつもりはないさ」

 エツィオはそれだけ言うと、踵を返し、ニューカッスル郊外へと続く穴へと走り去ってゆく。
その様子を見送っていたギーシュ達も、アルビオン大陸を脱出すべく、大陸の下へと向け、穴を下りて行った。

 そのときルイズは、夢の中をさ迷っていた。
故郷のラ・ヴァリエールの領地の夢である。
忘れ去られた中庭の池……。そこに浮かぶ、小舟の上……、ルイズは寝転んでいた。
辛いことがあると、ルイズはいつもここで隠れて寝ていたのであった。
自分の世界、誰にも邪魔をされない、秘密の場所……。

 ちくりと、ルイズの心が痛む。
もうワルドはここへやってこない。優しい子爵。憧れの子爵。憧れの貴族。幼いころ、父同士が交わした、結婚の約束……。
幼いルイズをそっと抱え上げ、この秘密の場所から救い出してくれたワルドはもういない。
いるのは、薄汚い裏切り者、勇気あふれる皇太子を殺害し、この自分をも手にかけようとした残忍な暗殺者……。

 ルイズは小舟の上で泣いていた。
そうしていると、何かの気配を感じた。

「子爵様?」

 夢の中でルイズは訊ねた。しかし、すぐに首を振る。もう、あの子爵はここには来ない。では、誰だろう。
そのときであった、ばさっばさっ、とどこからか力強く羽ばたく音が聞こえてきた。
なんだろう、と思い顔を上げると、ルイズの眼の前、小舟の船首に、いつの間にか一羽の若い大鷲が止まっており、こちらをじっと見つめていた。
ルイズは一瞬身構えたが、どうやら害意は無いらしい。それどころか大鷲は、まるで雛鳥を見守る様に、ただただじっと、優しくルイズを見つめていた。
警戒を解いたルイズは、おずおずと大鷲に手を伸ばす。すると大鷲は、片翼を広げ、ルイズの頭を優しく撫でてくれた。
心地よいその感触に、ルイズの顔が思わずほころんだ、そのとき……。

 大鷲が、啼いた。
獲物を見つけたのか、はたまた雛に害為す敵を見つけたのか。
大鷲は一声、鋭い声で啼くと、船首の先から力強く羽ばたき、大空へと舞い上がる。

「ま、待って! 待ってよ! 行かないで!」

 幼いルイズは必死に手を伸ばす、だが、空へと舞い上がった大鷲を止めることはできない。
それでもルイズは必死に手を伸ばし、大声で叫んだ。


「エツィオ!」
「あら? ようやくお目ざめ? ルイズ」
「えっ? き、キュルケっ……! えっ、ど、どうしてここに!」

 風竜の上、ルイズが目を覚ますと、目の前には不倶戴天の敵、キュルケの顔があった。
どうやらキュルケの膝の上で眠っていたらしい。
ルイズはがばっと跳ね起きると、周囲を見渡した、風竜の上には、キュルケにタバサ、そしてギーシュがいる。
どうして全員集合しているのだろう、いや、それよりも。

「エツィオ! エツィオはどこ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ! ここ、空の上なんだから!」

 使い魔の姿が見えず、パニックに陥るルイズを、キュルケがなだめようとする。

「離して! エツィオはどこ! どこにいるの! ねぇ!」
「お、落ち着きたまえ! 今説明するから!」

 ギーシュも間に割って入り、なんとかルイズを落ち付かせる。
しかし、言葉を間違えると、再び暴れ出しそうであることは間違いない。
 自分達が到着したときには、礼拝堂にはエツィオとルイズしかいなかったこと。
エツィオから大方の事情は聞いた事。ギーシュは慎重に言葉を選びながら、これまでのいきさつをルイズに話して聞かせた。

「いいかい、エツィオは生きてニューカッスルから脱出した、これは間違いない」
「じゃあ、エツィオはどこにいるの?」
「彼が抜け出た穴は、ニューカッスルの郊外に続く穴だ、敵陣から離れた場所だよ」
「ってことは、あいつはアルビオンに残ったままなの?」

 ルイズがはっとした表情で顔を上げた。ギーシュが、しまった、といった顔になった。
どうやら導火線に火がついてしまったようだ。
風竜を操っていたタバサを捕まえ、がくがくと揺らす。

「も、戻って! タバサ! お願い! アルビオンに戻って!」
「無理」
「どうして! いいから戻ってよ! お願い!」
「お、落ち付きたまえ! エツィオが言ってたぞ、『任務はどうするんだ?』って!」
「そ、そんなの! そんなの……!」
「それにこうも言っていたわ、必ず戻るって。きっとエツィオは何か考えがあるのよ」
「ふぇっ……」

 その言葉を聞いたルイズは、タバサから力なく手を離すと、小さく蹲って泣き始めてしまった。

「エツィオ……どうして……どうして……!」

 その様子を見ながら、キュルケとタバサ、ギーシュの三人は、どうしたものかとため息を吐き、肩を竦めた。



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