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三つの『二つ名』 一つのゼロ-01


「あんた達、誰?」
 急速に開いた視界に映ったのは、抜けるような青空と、一人の少女の怪訝な顔だった。
 まだ若い。十代のなかば程度だろうか。不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
 少女は美しかった。特徴的な桃色のブロンド。透き通るような白く細い首筋、整った顔立ち。
丸く大きめな鳶色の瞳が印象に残る。
「……はい?」
 クリフ・ギルバートの口から間の抜けた声が出た。
 どこかで春を告げる鳥の鳴き声。柔らかな風が頬を撫でる。穏やかな陽光が心地よい。
 ?
 脳内にクエスチョンマークが大量に浮かぶ。眼前の光景が理解できない。
先ほどまで自分がいた場所との大きな落差に、処理が追いつかない。
 自分は仰向けに寝転んでいるのだろうか。起き上がり、あたりを見回す。
少女と同じ服装をした大勢の子供達が、物珍しそうにこちらを窺っている。
 豊かな草原が視界いっぱいに広がっていた。遠くに、歴史のありそうな城が見える。
尖塔の形がバロックの様式に似ている気がした。
 ここはどこだ、ヨーロッパの田舎のどこかだろうか。随分とのどかな風景だ。
 脳裏に、闘いの記憶が浮かんだ。はっとして足元を見る。
 微塵に吹き飛ばされ失ったはずの下半身が、何事もなかったかのように横たわっていた。
動かす。痛みすら走らない。
 口元に手をやる。感覚が、唇と手のひらにある。ほんのりと、熱があるのが分かる。
頭ははっきりしている、と思う。
「ねえ、ちょっと。名前はなに?」
 無視されたと感じたのか、少女が不満げな声を漏らした。
「え? ええと……僕、は、クリ……フだ」
「どこの平民よ?」
「平……?」
 平民とはなんだ? ピープル? よく分からない。次から次へと疑問が湧く。
なんで僕はここにいる?
 周囲の少年少女たちは、みな謎のステッキを持っていた。
 服装が同じ、ということは何かの制服だろうか。雰囲気が、まるで学生のように思える。
ここはハイ・スクールか?
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民達を呼び出してどうするの?」
 誰かがそういうと、クリフを見つめていた少女以外の全員が笑った。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
 沸き起こった爆笑に、少女は顔を高潮させて怒りを表す。
 この子達はなんだろうか?周囲を見る限りでは、どうやらここはどこかの学校の構内ではないようだ。
 そもそも、校舎が見当たらない。何かの課外授業か?
 それと平民、とはなんだろうか。彼らだけに通じるスラング?
 いや、それよりも気になるのは、自分がここにいる理由が分からないことだ。
 というよりも、なぜ自分が生きているのか。
キースから喰らった一撃は、間違いなく致命傷だったはずだ。
 あの時、薄れていく意識の中ではっきりと死を感じた。
例え迅速な治療を受けたとしても、あの状況で下半身をまるまる吹き飛ばされた人間が生きていられるわけがない。
 それにも関わらず、腹部にも両足に異変は感じない。
まともに歩くこともできるかもしれない。いや、これこそが異変だろうか?
「ミスタ・コルベール!」
 たまりかねたように少女が叫ぶと、人垣の中から一人の中年男性があらわれた。
 真っ黒なローブに身を包み、大きな木の杖を持っている。
 まさに魔法使い、としか見えないような風体に、クリフは面食らった。
 ちゃんとした造りのローブなら聖職者にも見えるが、ダボダボで真っ黒、手には杖とは。
まるで仮装だ。異端を奉じる過激な宗教組織の類か?
 少女は男性に向かって何事かをまくし立てている。
腕を可愛らしく振りながら、もう一回やらせて下さい、お願いです、などとなにかを訴えていた。
 その時、クリフの後ろで何かの気配がした。
 振り返ったクリフの両目に、信じられない光景が映った。
 頭にピンクの髪を乗せた、巌のように大きな巨体の男が倒れていた。
 その体がむくり、と持ち上がった。
寝ぼけたようなその顔はスラヴ系の彫りの深い面構え、鼻の下に立派な筆髭を蓄えている。
 その隣で、ロングコートから無迷彩のアーミーパンツが覗く、一回り小さい男が、伏した頭をあげた。
 目に装着した暗視スコープが赤い燐光を放っていた。
わずかに身動ぎをすると、ふともものケースに下げたナイフがかちゃりと鳴った。
 見忘れるわけもなかった。ヴォルフ、そしてキュクロプス。
 超人部隊『エグザミィ』のメンバーであり志を共にした、力及ばず殺されてしまった二人の仲間が、けだるそうに頭を振りながら起き上がってきていた。
「うう……ん、……あら、リーダーじゃない。……あら? ここはどこ?」
 ヴォルフと目が合う。キュクロプスが、空を見上げて呆然としていた。
 ……!?
 そんなバカな。生きている、二人が生きている。なんだこれは。
 確かに彼らは死んでいたはずだ。自分もそれを確認した。
 間違いなく呼吸と心臓は止まっていたし、ナイフで刻まれた頚動脈から血があふれ出していた。
なによりも、あの青白い顔が死を雄弁に語っていたはずだ。
「……なによ、真昼に幽霊に出会ったみたいな顔して。……なんでアタシたちここにいるの?」
 髭をいじりながら、きょとん、とした顔で疑問の声を上げるヴォルフ。
 何が起きたのか。だが、生きている。生きているように見える。これは幻覚か。
「ちょっとどうしたのよリーダー。アタシたちは……あぁァアアアアアア!!」
 急激にトーンの下がった野太い声を響かせ、ヴォルフが猛然と立ち上がった。
 唐突な凄まじい怒声にクリフはのけぞった。
背後から、周囲をとりまく子供達のざわっ、としたどよめきが聞こえた。
「あのチビジジイ野郎!! どこへいきやがった、出てこい!! ぶち殺してくれる!!」
 いきなり戦闘態勢をとるヴォルフ。憤怒の形相を浮かべ、全身から闘気を滲み出す。
「よくもキュクロプスをやってくれたな!!
 ズタズタにしてネズミの餌に……餌に……餌……キュク、ロプス? なんで生きてるの?」
 足元のキュクロプスがぴんぴんしている姿を見て、急速にヴォルフの怒りが萎んでいく。
 頭の上にクエスチョンが出ているようだ。拳を下ろし、首を傾げながら変な目でキュクロプスを見つめた。
「おかしいわね……? 確かにさっくりやられた上に吊るされたと思ったんだけど。ってあら? ちょっと待って、アタシも……そうよ、やられたはずよ?首をきゅー、ってされたはずだし……」
 ヴォルフの記憶は混乱していた。キュクロプスも、何が起こったのか分かっていないらしい。
 そこに、さっきの黒いローブの、コルベールと呼ばれていた男性が近づいてきた。
持った杖をこちらに向けている。表情から、こちらを警戒しているように見える。
「……あなたがたは?」
 どこか声に厳しいものを含ませつつ、男性は尋ねた。
「なによハゲ、あんたこそ誰よ」
 つまらなそうに聞き返すヴォルフの言葉に、男性の顔がピシリと硬直した。
「お、おいヴォルフ。初対面の人に失礼だぞ。すいませんが、どちら様で……?」
 少し慌ててクリフはフォローに入った。
 男はこほん、と咳を一つつくと気を取り直し、口を開く。
「私はトリステイン魔法学園で教師をしています、コルベールと申すものです」
「トリステイン魔法……? 私は、クリフ・ギルバートと申します。
 後ろの大きいほうはヴォルフ、座っている方はキュクロプスといいます」
 魔法。マジック? やはりそういった団体の会合だろうか。
だが、話が全く通じないというわけではなさそうだ。
「はぁ? なにすっとぼけた事言ってんのよ。なにここ?」
 ヴォルフがコルベールと名乗る男性に向かって横から挑発的な言葉を飛ばす。
 クリフはヴォルフを手で制した。
状況が全く分からない以上、無闇に怒らせることは得策ではない。
「失礼。彼は少しばかり空腹で気が立っているようで。
 ところでここはどこですか?差し支えなければ教えて頂きたいのですが……」
「別にお腹なんか減ってないわよ」
「いいからここは俺に任せろ。……我々は混乱しています。どうかお願いできますか?」
 コルベールはこちらを眺めながら思案するように顎に手をやる。
上から下へとクリフ達に視線を走らせると、やがて緊急の害意はないと判断したのか質問に答えはじめた。
「先ほども申した通り、ここはトリステイン魔法学園、そこから少し離れた場所です。
 ほら、向こうに見えるのがそれです」
 そういってコルベールは視界の端にある、城と思われた建物を指差す。
 あの大きな城が? ということは、この人達は、いや、この団体はよほどの資産家なのだろうか。
「……なるほど。では、我々はなぜここにいるのでしょうか?
 見たところ、我々はあまり歓迎された客のようには思えませんが……」
 ちらちらとこちらを不躾に見ながら、こそこそ内緒話をするおそらくは生徒達と思われる子供達を眺める。
「あなた達は春の使い魔召喚の儀式、『サモン・サーヴァント』でこの場に呼び出されたのです。
 こちらの、一人の生徒の呪文で」
 意味不明な事を口走るコルベール。
召喚? 儀式? クリフの内心の疑問に構わず、男性は続ける。
「本来『サモン・サーヴァント』では人間を呼び出すはずはないのですが……。
 それも、三人もの人間を……。こんなことがあるものなのか……こちらとしても、少々手違いなのです」
 コルベールの後ろからあの桃色の髪をした少女が顔を出した。
「そうよ! あんた達なんて間違って呼んじゃっただけなのよ! 帰っていいわ!」
 子犬が吠え立てるように、騒ぐ少女。今度は男性が、こらこら、となだめるように少女を抑える。
「ふむ。……ではなぜ我々は生きているのでしょうか?
 それどころか、怪我一つしていない。あの状況で助かるのは不可能だったはずです」
「? 生きている、ですか? あなたがたは、命の危険に晒されていたと?
 こちらにあなたがたが現れた際は、その姿でしたが」
 予想外な質問を受けたのか、わずかに目を丸くした。
なんとなく、嘘をついているようには思えない。
それに、手当しておいて隠す必要があるのだろうか?
「……そうですか。……」
 腕を組んで思考する。正直、聞き出した情報では何の答えにもなってないのと同じだ。
言語は通じるし、発音もネイティブなので英語圏らしいが。
 今のところ、命の危険はないようではある。ともかく、自分達は生きているようだ。
少なくとも、その実感はある。
「これよりあなたがたには、こちらの少女から『コントラクト・サーヴァント』を受け、契約してもらおうと思います」
「契約、ですか? それは何の契約ですか?」
 飛び出してきた言葉に、少し警戒感が湧いた。
話した限りではお互い相手が何者かも分からないのに、いきなり契約とはなんだろうか?
「使い魔の契約です。あなたがたはそのためにここに呼び出されたのですから」
「ちょ、ちょっと待ってください、ミスタ・コルベール! やり直しをお願いしますって言ったじゃないですか!」
 少女が抗議する。さっきもそうだが、どうやらこの少女には特に歓迎されていないようだ。
「それはいけません、ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「決まりだからです。一度呼び出した使い魔を変更することはできない。好むと好まざるにかかわらず、彼らを使い魔にするしかない。これは神聖な伝統なんですよ、ミス・ヴァリエール。
 例外は認められません。確かに……」
 コルベールはクリフ達を一瞥した。
「三人もの人間を召喚するなど前例がないが、春の使い魔召喚の儀式はあらゆるルールに優先する。
 呼び出された以上、彼らには君の使い魔になってもらわなくては」
「っ……! ……そんな……」
「さて、では儀式を続けなさい」
「Mr.コルベール。少し待って頂けませんか?」
 あずかり知らぬところで話が進んでいく展開に、クリフは口を挟んだ。
使い魔などという言葉はよく理解できないが、勝手に全てが決まってはたまらない。
「なんでしょう?」
 少し聞きなれない発音だったのか、わずかに遅れてコルベールがこちらを向いた。
敬称、Mr.だけは少し違うらしい。
「使い魔というのはなんでしょう?
 どうも聞きなれない単語が多くて、こちらには話が見えないのですが」
「……使い魔とは、メイジが使役する存在です。
 ドラゴン、グリフォン、マンティコアやバグベアーなどの幻獣、あらゆる動物や植物などを対象として呼び出し、契約します」
 お伽話の中の怪物の名前が挙がるのに少し眩暈がしたが、さっきから気になることがあった。
 あの子供達の中に、見慣れない生き物がいくらか顔を覗かせていた。
あんな生き物は見たことがない。
 最後の作戦の前、こっそりとハッキングをかけたエグリゴリのデータベースに絶滅動物プロジェクト、というものに覚えがあったが、それとは明らかに違う。
 特に、人垣の一段高いところから見下ろす、トカゲのようなヘビのようなあれは、どう見てもドラゴン、としか形容できないのではないか……。
「契約を行うことにより、呼び出されたものはメイジに従うことになります。
 あなたがたはその為にここに呼ばれたのです」
 驚いていても、クリフはその剣呑な一言を聞き逃さなかった。
「……従う、ですか。それはまた……」
「使い魔の召喚とは、そうしたものです」
 そういうコルベールの瞳に冗談の色は一切なかった。
「……推測ですが、話の流れから考えて、こちらに拒否権はない……ようですね?」
「お気の毒ではありますが、残念ながら」
「どうあっても、ですか?」
「はい」
 どうやら交渉の余地はないようだ。
無理に反発すれば、宗教的なこういった人々は、どのような対応をとってくるのか想像に難くない。
 自分がその気になればいくらでも力ずくで黙らせることもできるが、それは本意ではなかった。
 情報も足りないし、なによりエグリゴリに追われている自分達が、無意味に目立ってはしょうがない。
なぜ生きているかは分からないが、そうである限り命を狙われ続けるからだ。
 こんな辺鄙な田舎でも不用意に「力」を目撃されれば、奴らの情報網にかかる恐れがある。
ついでに、自分達が化物を見る目で見られるのは好みではない。
 しかし、計算するクリフの前に、黙っていたヴォルフが割って入ってきた。
「んもう、なにやってるのよ。まどろっこしいわね、こういう手合いはこうするのよ」
 そう言うとヴォルフはコルベールの胸倉を掴みあげ、乱暴に引き寄せた。
「いい? あんたはここが地球のどこの国のなんて地方で、
 どこに行けばタクシーが捕まえられる街があるかだけ答えればいいの。
 契約だかなんだか知らないけど、そういうのはお仲間のあいだで勝手にやりなさい。
 でないとアタシのキッツーイおしおきパンチがあんたの禿げ上がった頭を真っ赤に染めるわ。
 OK?」
 筋肉をモリモリと躍動させて、ウインクしながら脅しかける。
「お、おいヴォルフ。やめろ、勝手なことはするな!」
 慌ててとめようとするが、大きなヴォルフは二人の間に立ちはだかるように動かない。
 首を絞められたコルベールは苦しそうに呻きながら、右手に持った杖を掲げた。
 すると、ヴォルフの体が宙に浮き、一回転して地面に叩きつけられた。
(!?)
 ヴォルフの手が離れたコルベールは激しく咳き込みながら、杖をヴォルフに向けようとする。
 瞬間、鈍い輝きが煌いた。
 クリフの後ろから電光石火で飛び出したキュクロプスが、鞘から引き抜いた超振動ナイフをコルベールの喉元に突きつけていた。
 あまりの早業にコルベールが動けなくなる。
「やだもう……ひどいわクリフ、そこまですることないじゃない」
 ぶつくさと文句を言いながら起き上がるヴォルフ。
頑丈な体は、頭から落ちたにもかかわらず大した痛痒も受けていないらしい。
「……違う、今のは僕じゃない」
「はぁ? 他の誰があんな真似できるってのよ」
「おそらく……そこのMr.コルベールだ。キュクロプスは分かったようだが」
 妙な念力の使い方だった。まるで一度力を集結させてから発動しているような……。
「……え?嘘でしょ?それじゃこのおっさん、まさか念動力者?」
 その質問には答えず、クリフは一歩踏み出す。浅慮な行動が頭に来ていた。
何を考えているのか、後先も考えずに。
「いい加減にしろ!! キュクロプス、ナイフをしまえ! ヴォルフ、もう余計な真似をするな!」
 クリフの怒声が飛ぶ。
キュクロプスは素直にナイフを鞘に収め、ヴォルフは少し言葉にトゲを出しながら「分かったわよ」と呟いた。
「……僕の仲間が大変失礼な真似をしました。申し訳ありません。どこかお怪我は?」
「い、いえ……大丈夫です」
 軽く喉を鳴らし、服を調えるコルベール。
「それは良かった、重ねて謝罪いたします。……使い魔の契約のお話について、一つだけ確認を頂きたいのですが」
「……はい」
 コルベールはこちらを計りかねているようだ。
怪訝な目でこちらを窺っている、しかしこれ以上こちらになにかをするつもりもないらしい。
「従う、というからにはしもべというわけでしょう?
 その際、我々に基本的人権は保障されるのでしょうか?」
「基本的、ですか? まあ、人間としては扱うはずでしょうが……」
 チラリ、と事の成り行きを呆然として見守っていた少女を見る。
「……。……なるほど。お話はよく分かりました。使い魔の件、お受けいたしましょう」
 そう言うと、ヴォルフが驚きの声を上げた。
キュクロプスも驚いたらしく、こちらを見つめている。
「ちょっとリーダー、正気!?なんでそんなのに付き合わなきゃなんないのよ?」
「いいから静かに。後で説明する」
 ここで相手に口先だけでも従っておく手は悪くない。なにより、情報がこちらにはない。
多少意味の分からない文言が出るが、この状況についておそらく向こうは何かしら知っているはずだ。
出来る限り情報を集め分析する必要がある。
 下僕となる契約をするにしても、相手がそれを本気で執行するには強制力が足りない。
こちらのメンバーは誰一人として戸籍すらないし、そもそも裏社会の人間だ。
もし理不尽な命令をされても、あのキースのようなとんでもない化物でもいない限り、
自分が本気を出せばいつでも逃げられるはず。
そうすれば、もう相手はこちらを追うこともできない。
 万が一に相手がエグリゴリの一機関であることも考えたが、どうにもそうは思えない。
奴らがわざわざこんな接触をする意味がない。
そうであるならむしろ、こっちが気を失っていた間に攻撃を仕掛けてきていたはずだ。
「実は、我々はとても危機的な状況にいました。経緯は分かりませんが、少なくとも命を救われたようです。
 それぐらいのことならば、構いません」
「それはよかった。では、ただちに儀式を再開しましょう。さあ、ミス・ヴァリエール」
 明るい顔で言うコルベールに、企みを含んだ邪さは感じられない。
 コルベールの言葉に、渋々と、どこか不服そうにピンク髪の少女が前に出た。
「本当に、この平民達とですか?」
 嫌そうな声を上げる少女。乱暴を見せたせいで、少し怯えさせてしまったかもしれないとクリフは心配した。
「そうだ。早く。もう、次の授業ははじまってしまっている時間なんだ。
 君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね?
 何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。いいから早く契約したまえ」
 少女は困ったように、クリフ達を見つめた。
 なんだろう、彼女は杖以外何も持っていなそうだ。
契約とは、ただの口約束のようなものなのだろうか?
「ねえ」
 躊躇いがちに、少女が口を開いた。
「はい?」
「あんた達、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
 貴族? 彼女は立派な家柄の子女なのだろうか。それとも、この団体での話なのだろうか。
まるで子供のおままごとみたいだ、とつい クリフは失礼なことを思う。
「はい、それじゃかかんで。届かないわ」
 何が届かないのか分からないのか、クリフは従う。
キュクロプスも覚悟を決めたのか、その場に腰を下ろした。
ヴォルフは先ほど転んだ時から、すでに足を投げ出して座ったままだ。
 少女は何か諦めたように目をつぶると、手に持った小さな杖をふるった。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 朗々と、呪文のような言葉を唱える少女。すっ、と杖をクリフの額に置く。
そして、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「え、ちょっと、君」
「いいからじっとしてなさい」
「いや、何をする気だい?分からないんだが……」
「ああもう!じっとしてなさいって言ってるじゃない!」
 少女は左手でクリフの頭を掴み、その唇をクリフの口に重ねた。
「……!?」
 キスをされた。なぜ、この場面で。契約とは、これのことか?
 少女はすぐに唇を離して、立ち上がった。顔が真っ赤だ。照れているのだろうか。
「……よし! 次!」
 憤然と言い放つと、大股でヴォルフの方へ近づいていく。
突然の少女の行動に目を丸くしていたヴォルフが慌てた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。まさか、アタシにも?」
「動かないの!」
 少女の両手がヴォルフの顔を捉える。
「や、やめなさいよ! 私にそっちの趣味は……うぶっ!」
 問答無用の接吻に、大した抵抗もできない。
少女はすぐに向き直り、今度はキュクロプスに視線を走らせた。
「……よし! 次!」
 事態を把握したのか、困った顔で自分を指差しながらクリフを見るキュクロプス。
声こそ出さないが、その顔は雄弁に語っていた。
 クリフはどうにもできないので、とりあえずわずかに頷くしかなかった。
 観念したかのように動かないキュクロプスに、少女は素早くキスを済ませる。
「……終わりました」
 赤い顔をしたまま、コルベールに報告する。それを見ていたコルベールは、満足そうに頷いた。
「『サモン・サーヴァント』は何度も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」
 クリフは、ちょっとびっくりして唇を押さえていた。
別にどうということはないが、契約というのが少女のキスとは予想外だった。
ヴォルフは変な物でも食べたかのような顔をしている。
 てっきり契約とはなんらかの雇用的な約束事、もしくは書類に判を押すようなものかと思っていたのだが……。
 その時、驚いていたクリフの左手に鋭い痛みが走った。
「ぐっ!? ぐあっ……!」
 左手の甲が熱い。謎の模様のような文字が浮かび上がりはじめた。
「どしたのクリフ。あら? アタシの左手にも……」
 実験の結果で痛みを感じなくなっているヴォルフは、不思議な顔をして自分の手を眺めている。
見れば、キュクロプスも同じだった。
彼も声が出せないが、急に現れた左手の熱に戸惑っているようだ。
「……すぐ終わるわよ。待ってなさいよ。使い魔のルーンが刻まれているだけよ」
 つまらなそうに呟く少女。
 刻まれるだと? 何か、未知の力を使っているのか。今のキスにはそういう意味があったらしい。
 突然、ヴォルフが慌てだした。驚きに目を見開いている。
「た、大変、大変よクリフ! 見て、ちょっと見てよ! 「熱い」わ!
 今あた、アタシ、熱さを感じてる!! 嘘!!」
 クリフに衝撃が走った。熱いだって?
そんなはずはない、ヴォルフは熱さでも痛みでも、心臓を貫かれてさえ苦痛の類を一切感じられない体になってしまったはずだ。
「そりゃ熱いぐらいは感じるんじゃない?どうしたのよそれが」
 ヴォルフの体を知らない少女は、変な目でヴォルフを見る。
「黙ってなさいこの小娘! あんたに言ってないわ! ク、クリフ! アタシ、アタシ、今「痛い」の!
 「痛い」のよ!すごい、すごいわ!」
 自分で頬を引っ張り、つねりながらヴォルフは言う。感動に涙を浮かべていた。
「……グ、ア……」
 渋い顔をしたキュクロプスから、搾り出したような声が漏れた。それに気づいた声の本人は、はっとして自分の喉を押さえる。
「…………!? ……こ、え……が……!? ……声が、出る……!」
 信じられない顔で、キュクロプスが呆然とした
 クリフの目の前で、奇跡が起こっていた。
絶対に取り戻すことは不可能だと思われていたものが、彼らの体に蘇っていた。
「なんだ? 何が起きた?」
 クリフは混乱した。なぜ、いきなり? どうしてこんなことが?
 そこに、少女がすっと近づいてきた。
「ねえ」
 ヴォルフを見上げて、少女が話しかける。
「なによ。アタシは今忙しいの!」
「小娘ですって? 平民が貴族にそんな口利いていいと思ってるの?」
「……はぁ? なんだか知らないけどいっぱしの口叩くんじゃないわよガキんちょ」
 ぴくり、と少女の眉が跳ね上がる。
「なんですって?」
「なによ、文句あるの? 人の唇勝手に奪って、なによあんたは。変態なの?」
 ぴしぴしと、少女の顔が歪んでいく。
 少女との間にはじまろうとしたケンカは、一人の男に割って入られたことでタイミングを失った。
コルベールだ。
「ほう、これは……珍しいルーンだな」
 クリフの左手を確かめながら、興味深そうに呟く。
さらさらとメモに左手に写った図形を書き込むと、ヴォルフやキュクロプスのルーンを確認する。
「全て同じもの、か……面白い」
 そう言ってメモ帳をしまうと、振り返って生徒達に呼びかけた。
「さてと、じゃあ皆。教室に戻ろうか」
 コルベールはぱんぱん、と手を打って周囲を促すと、歩き出した。
そしてそのまま、階段を登るように宙に浮いていく。
「ありゃりゃ、ホントに念動力者なのね……ってええ!?」
 ヴォルフはまた目を見開いた。他の生徒達も一斉に浮かびはじめたからだ。
「この子達も全員そうなの? 超能力者の育成でもしてるわけ?」
 空に浮かんだ集団は、音もなく滑るように石造りの「学園」へ向かって飛んでいく。
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「その平民、あんたにお似合いよ!」
 少女を小馬鹿にするセリフを口々に残しながら、生徒達は飛び去っていった。
 その場には、少女と三人の異邦人が残された。


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