「わたしの教え子から、離れろ」
硬い表情で杖を構えるコルベール。その声を聞いて、メンヌヴィルは
何かに気づいたように顔を上げた。
「お、お、おお……お前は……お前は!お前は!お前は!」
歓喜に顔をゆがめ、何かに取り憑かれたようにわめくメンヌヴィル。
「これぞ捜し求めていた温度!お前は……お前はコルベール!懐かしい!
なんと懐かしい、コルベールの声か!」
コルベールの表情は変わらない。その視線はかたくなにメンヌヴィルを
見据えていた。
「オレだ!忘れたか?メンヌヴィルだよ隊長どの!久しい……久しいな!」
メンヌヴィルは両手を広げ、嬉しそうに叫ぶ。その様子にコルベールは
眉をひそめた。その顔が、昏い何かで覆い隠されていくのを、ルイズは
感じた。
「貴様……生きていたのか」
「そうとも!二十年前、ダングルテールを焼き払った後、隊長どのの
背中に杖を振ったオレを返り討ちにした!顔を焼かれ、オレから光を
奪った……ああ、ようやく会えたな、隊長どの!噂一つ聞かなかった。
誰かに殺られたか、引退したかと思っていた!」
メンヌヴィルは笑う。狂ったような笑い声とは対照的に、コルベールの
影はだんだんと昏さを増す。
「それがなんだ?隊長どの!今は教師なのか?アカデミーの実験小隊を
率い、命令一つで眉一つ動かさずにすべてを焼き尽くして『炎蛇』と
呼ばれた貴様が、いったい何を教えるのだ?オレが最後に見たのは、
貴様の感情の一つもこもらない視線だったぞ。
は、はは、ははははははははっ!」
心底おかしいとでも言わんばかりにメンヌヴィルは笑う。対照的に
無言のコルベールは、ルイズたちが今まで感じたことのない、『怖い』としか
表現できない何かを発していた。
それは今まで彼から感じたことのないたぐいの空気。それは『火』の
属性であり、味方をも燃やし尽くすと言われたツェルプストー家と真っ向
戦い抜いたというルイズの祖父から幼い頃一度だけ感じた『怖さ』を、
とてつもなく研ぎ澄ましたようなもの。
硬い表情で杖を構えるコルベール。その声を聞いて、メンヌヴィルは
何かに気づいたように顔を上げた。
「お、お、おお……お前は……お前は!お前は!お前は!」
歓喜に顔をゆがめ、何かに取り憑かれたようにわめくメンヌヴィル。
「これぞ捜し求めていた温度!お前は……お前はコルベール!懐かしい!
なんと懐かしい、コルベールの声か!」
コルベールの表情は変わらない。その視線はかたくなにメンヌヴィルを
見据えていた。
「オレだ!忘れたか?メンヌヴィルだよ隊長どの!久しい……久しいな!」
メンヌヴィルは両手を広げ、嬉しそうに叫ぶ。その様子にコルベールは
眉をひそめた。その顔が、昏い何かで覆い隠されていくのを、ルイズは
感じた。
「貴様……生きていたのか」
「そうとも!二十年前、ダングルテールを焼き払った後、隊長どのの
背中に杖を振ったオレを返り討ちにした!顔を焼かれ、オレから光を
奪った……ああ、ようやく会えたな、隊長どの!噂一つ聞かなかった。
誰かに殺られたか、引退したかと思っていた!」
メンヌヴィルは笑う。狂ったような笑い声とは対照的に、コルベールの
影はだんだんと昏さを増す。
「それがなんだ?隊長どの!今は教師なのか?アカデミーの実験小隊を
率い、命令一つで眉一つ動かさずにすべてを焼き尽くして『炎蛇』と
呼ばれた貴様が、いったい何を教えるのだ?オレが最後に見たのは、
貴様の感情の一つもこもらない視線だったぞ。
は、はは、ははははははははっ!」
心底おかしいとでも言わんばかりにメンヌヴィルは笑う。対照的に
無言のコルベールは、ルイズたちが今まで感じたことのない、『怖い』としか
表現できない何かを発していた。
それは今まで彼から感じたことのないたぐいの空気。それは『火』の
属性であり、味方をも燃やし尽くすと言われたツェルプストー家と真っ向
戦い抜いたというルイズの祖父から幼い頃一度だけ感じた『怖さ』を、
とてつもなく研ぎ澄ましたようなもの。
触れれば火傷する。
苦しむいとまもなく焼き尽くされる。
苦しむいとまもなく焼き尽くされる。
学園で貴族の子女たちが戯れで行う決闘とは次元が違う。そこにあるのは、
肉が焼け、骨が灰になるような、死の香り。その中で動けるのは、
コルベールとメンヌヴィルのみ。メンヌヴィルは、蛇に睨まれた蛙のように
足を止めた部下に命じた。
「お前たちは先に行け。コイツはオレの獲物だ」
メンヌヴィルの言葉が聞こえないのか、部下の足は動かない。
その足下に炎が飛ぶ。
「行け!」
その言葉に傭兵メイジたちが駆け出す。そうはさせないとルイズが
杖を構えるが、そこに炎が飛んでくる。とっさに一言だけの不完全な
『エクスプロージョン』で相殺するルイズ。その様子にメンヌヴィルが
楽しそうに笑う。
「はっ!面白いな、貴様。まあいい。隊長どのの後で、ゆっくりと相手
してやろう」
肉が焼け、骨が灰になるような、死の香り。その中で動けるのは、
コルベールとメンヌヴィルのみ。メンヌヴィルは、蛇に睨まれた蛙のように
足を止めた部下に命じた。
「お前たちは先に行け。コイツはオレの獲物だ」
メンヌヴィルの言葉が聞こえないのか、部下の足は動かない。
その足下に炎が飛ぶ。
「行け!」
その言葉に傭兵メイジたちが駆け出す。そうはさせないとルイズが
杖を構えるが、そこに炎が飛んでくる。とっさに一言だけの不完全な
『エクスプロージョン』で相殺するルイズ。その様子にメンヌヴィルが
楽しそうに笑う。
「はっ!面白いな、貴様。まあいい。隊長どのの後で、ゆっくりと相手
してやろう」
ルイズと合流しようとしたキュルケたちは、途中でアニエスたち銃士隊
第一小隊に見つかり行動をともにすることになった。返り血をタオルで
ぬぐっただけのアニエスに、実際の戦場を知らないキュルケだけが恐怖を
覚える。こんな場面で一番慌てふためきそうなギーシュが冷静なことに、
思わずタバサが問うた。
「意外」
「そうかい?……あの艦(フネ)は、こんなものじゃなかったよ」
総員退艦命令が出た『イーグル』号を思い出してのその言葉は、事情を
知らないタバサやキュルケには正確には伝わらない。ギーシュにも
それは分かっていたことだったので、話題を変えた。
「それよりもモンモランシーが心配だよ。無事ならいいけれど……」
「それについては心配するな。我が銃士隊が命を賭して救出する。
むしろお前たちがうろうろする方が邪魔だ」
アニエスがギーシュを一蹴する。その手にある長銃から、タバサは
目を離せなかった。
それは他の銃士たちが手にするマスケット銃とはあまりにも異なっていた。
機能美にあふれるその長銃には火縄がなかった。そればかりかマスケット銃で
サイドハンマーがあるところには、その代わりに金属製のレバーがついている。
そしてレバーの手前、銃身のくぼみの先には、十六弁の見たことのない
花の紋章とトリステイン王国の百合の紋章が並んで彫金されていた。
タバサはこれが目的の銃だと確信した。
第一小隊に見つかり行動をともにすることになった。返り血をタオルで
ぬぐっただけのアニエスに、実際の戦場を知らないキュルケだけが恐怖を
覚える。こんな場面で一番慌てふためきそうなギーシュが冷静なことに、
思わずタバサが問うた。
「意外」
「そうかい?……あの艦(フネ)は、こんなものじゃなかったよ」
総員退艦命令が出た『イーグル』号を思い出してのその言葉は、事情を
知らないタバサやキュルケには正確には伝わらない。ギーシュにも
それは分かっていたことだったので、話題を変えた。
「それよりもモンモランシーが心配だよ。無事ならいいけれど……」
「それについては心配するな。我が銃士隊が命を賭して救出する。
むしろお前たちがうろうろする方が邪魔だ」
アニエスがギーシュを一蹴する。その手にある長銃から、タバサは
目を離せなかった。
それは他の銃士たちが手にするマスケット銃とはあまりにも異なっていた。
機能美にあふれるその長銃には火縄がなかった。そればかりかマスケット銃で
サイドハンマーがあるところには、その代わりに金属製のレバーがついている。
そしてレバーの手前、銃身のくぼみの先には、十六弁の見たことのない
花の紋章とトリステイン王国の百合の紋章が並んで彫金されていた。
タバサはこれが目的の銃だと確信した。
「この角を曲がれば、もう遮るものはない。一気に突っ切るぞ!」
メンヌヴィルと別れた傭兵メイジの一人、ジャンが先陣を切る。
角を曲がれば、もう目的のミジュアメ製造所は目と鼻の先。
だがミジュアメ製造所の手前の水路を挟んで銃士の小隊が整列して銃を
構えていた。
連続した発砲音。ジャンは何とか身を屈めて躱したが、後続の二人が
撃たれる。
「嘘だろ……まだ百メイルはあるぞ。平民の銃がこんなに届くのかよ!」
だが、ジャンは自分がついていたことを始祖に感謝する。銃は一度
撃ってしまえば再装填に時間がかかる。普通は銃列を複数用意するか、
短槍兵の護衛で対処するのだが、目の前の小隊は護衛もなく銃列も一列
しかない。ジャンは『フレイム・ボール』の呪文を唱えると、立ち上がり
杖を振り下ろそうとした。
――だから彼は信じられなかった。目前の小隊長が矢継ぎ早に
「第二射!撃てぇ!」そう命じたことに。間髪入れずに再び銃声が轟く。
蜂の巣になったジャンは、杖を掲げたまま、どぉっと後ろに倒れ込んだ。
「すっごい……教本で手順は学んでたけど、本当に撃っちゃって
よかったんですか?エミリーさん?」
銃士の一人がまだ興奮で震えるまま小隊長に尋ねる。彼女たち
第七小隊がここにいたのは単なる当番の警邏。だが、急変する事態の中、
小隊長はその権限でミジュアメ製造所の入り口を封鎖しに来たシエスタの
両親に掛け合い、銃士隊隊長アニエスの許可なしでは動かせない新型銃の
投入を決断した。
当然、あとで厳罰が待っていることは分かっている。それでも、彼女は
普段通りのゆるーい顔で答える。その表情からは、とても武器庫の鍵ごと
扉を引っぺがすという人並み外れた膂力は想像もできない。
「いいっていいって。どーせ『いらん子小隊』の私たちにこの銃が回ってくるのは
当分先だよ?精鋭の第一、第二小隊しか使えない『サンパチ』、
今のうちに堪能しちゃえ!
さあ、まだ敵は全滅してないよ!気を引き締めていこう!」
「「アイ、サー!」」
隊員の士気旺盛な声が木霊した。
メンヌヴィルと別れた傭兵メイジの一人、ジャンが先陣を切る。
角を曲がれば、もう目的のミジュアメ製造所は目と鼻の先。
だがミジュアメ製造所の手前の水路を挟んで銃士の小隊が整列して銃を
構えていた。
連続した発砲音。ジャンは何とか身を屈めて躱したが、後続の二人が
撃たれる。
「嘘だろ……まだ百メイルはあるぞ。平民の銃がこんなに届くのかよ!」
だが、ジャンは自分がついていたことを始祖に感謝する。銃は一度
撃ってしまえば再装填に時間がかかる。普通は銃列を複数用意するか、
短槍兵の護衛で対処するのだが、目の前の小隊は護衛もなく銃列も一列
しかない。ジャンは『フレイム・ボール』の呪文を唱えると、立ち上がり
杖を振り下ろそうとした。
――だから彼は信じられなかった。目前の小隊長が矢継ぎ早に
「第二射!撃てぇ!」そう命じたことに。間髪入れずに再び銃声が轟く。
蜂の巣になったジャンは、杖を掲げたまま、どぉっと後ろに倒れ込んだ。
「すっごい……教本で手順は学んでたけど、本当に撃っちゃって
よかったんですか?エミリーさん?」
銃士の一人がまだ興奮で震えるまま小隊長に尋ねる。彼女たち
第七小隊がここにいたのは単なる当番の警邏。だが、急変する事態の中、
小隊長はその権限でミジュアメ製造所の入り口を封鎖しに来たシエスタの
両親に掛け合い、銃士隊隊長アニエスの許可なしでは動かせない新型銃の
投入を決断した。
当然、あとで厳罰が待っていることは分かっている。それでも、彼女は
普段通りのゆるーい顔で答える。その表情からは、とても武器庫の鍵ごと
扉を引っぺがすという人並み外れた膂力は想像もできない。
「いいっていいって。どーせ『いらん子小隊』の私たちにこの銃が回ってくるのは
当分先だよ?精鋭の第一、第二小隊しか使えない『サンパチ』、
今のうちに堪能しちゃえ!
さあ、まだ敵は全滅してないよ!気を引き締めていこう!」
「「アイ、サー!」」
隊員の士気旺盛な声が木霊した。
「どうしたどうした隊長どの!教え子が気になってオレに集中できないか?
『炎蛇』も堕ちたな!」
シエスタをかばいながらマントの裾を焦がしたルイズと、その二人を
守るように立つコルベールを前にメンヌヴィルが笑う。
そう。自分は変わった。二十年前、未熟だったから自分は負けた。
しかし、今は違う。光を失ったが、代わりに炎は何倍にも強力になった。
体の中から膨れ上がる熱量が、神経を何倍にも研ぎ澄ませる。
わずかな温度の隙間を、空気の微妙な流れを感知する――人の体温、
空気の流れ、それらすべてを色のついた影として心の視界に映し出す
能力を、彼は手に入れていた。
「ミスタ!ルイズもいるの!?」
そんなときだ。アニエスたち銃士隊第一小隊と、キュルケたちがその場に
たどり着いたのは。メンヌヴィルはキュルケの声に反応するように
『フレイム・ボール』を撃つ。
「躱せ!」
アニエスの命令で銃士たちが回避行動に出るのと、ギーシュが盾を
持った『ワルキューレ』の一隊を銃士たちの前に作り出し、キュルケと
タバサが魔法で『フレイム・ボール』を相殺しようとしたのはほぼ同時。
だが、二人の魔法で炎は消せず、地面で炸裂した。炎にあぶられた
『ワルキューレ』の表面が熔け、アニエスたちは爆風を地面に這いつくばって
耐える。
「……嘘でしょ?トライアングルにしちゃ威力が大きすぎるわよ。
大丈夫、タバサ?」
「平気。ギーシュの『ワルキューレ』がほとんど防いでくれてる。
あれがなかったら今頃全員死んでる」
タバサはそう言って伏せたまま周りを見る。訓練された銃士隊はもちろん、
ギーシュも無事だ。『ワルキューレ』は全部熔けて使い物になりそうにない。
見上げると、顔に火傷の痕があり、右目に眼帯をした大男、メンヌヴィルが
にやりと笑っていた。
「新手か!ちょうどいい。まとめて焼き尽くしてやる!」
『炎蛇』も堕ちたな!」
シエスタをかばいながらマントの裾を焦がしたルイズと、その二人を
守るように立つコルベールを前にメンヌヴィルが笑う。
そう。自分は変わった。二十年前、未熟だったから自分は負けた。
しかし、今は違う。光を失ったが、代わりに炎は何倍にも強力になった。
体の中から膨れ上がる熱量が、神経を何倍にも研ぎ澄ませる。
わずかな温度の隙間を、空気の微妙な流れを感知する――人の体温、
空気の流れ、それらすべてを色のついた影として心の視界に映し出す
能力を、彼は手に入れていた。
「ミスタ!ルイズもいるの!?」
そんなときだ。アニエスたち銃士隊第一小隊と、キュルケたちがその場に
たどり着いたのは。メンヌヴィルはキュルケの声に反応するように
『フレイム・ボール』を撃つ。
「躱せ!」
アニエスの命令で銃士たちが回避行動に出るのと、ギーシュが盾を
持った『ワルキューレ』の一隊を銃士たちの前に作り出し、キュルケと
タバサが魔法で『フレイム・ボール』を相殺しようとしたのはほぼ同時。
だが、二人の魔法で炎は消せず、地面で炸裂した。炎にあぶられた
『ワルキューレ』の表面が熔け、アニエスたちは爆風を地面に這いつくばって
耐える。
「……嘘でしょ?トライアングルにしちゃ威力が大きすぎるわよ。
大丈夫、タバサ?」
「平気。ギーシュの『ワルキューレ』がほとんど防いでくれてる。
あれがなかったら今頃全員死んでる」
タバサはそう言って伏せたまま周りを見る。訓練された銃士隊はもちろん、
ギーシュも無事だ。『ワルキューレ』は全部熔けて使い物になりそうにない。
見上げると、顔に火傷の痕があり、右目に眼帯をした大男、メンヌヴィルが
にやりと笑っていた。
「新手か!ちょうどいい。まとめて焼き尽くしてやる!」
「……くっ!ちょこまかと!」
ふがくの機銃掃射を鉄の壁を『錬金』した傭兵メイジが受け流す。
『竜の道』はベトンで固められているため『錬金』の素材がなかったが、
『イェンタイ』と呼ばれる掩体壕の近くにあるわずかな地面を利用して、
傭兵メイジたちはその数を減らしながらも、よく訓練された連携を見せていた。
「早くしろセレスタン!もう保たねぇぞ!」
傭兵メイジが叫ぶ。その足下には機銃掃射を『エア・シールド』で
防ごうとした哀れな仲間だったものや彼ら傭兵メイジと戦って討たれた
銃士の骸が転がっている。セレスタンと呼ばれた傭兵メイジは封鎖されたままの
『イェンタイ』の鉄の扉を開けようと『アンロック』の魔法をかけたが……
「くそっ!なんだこの扉は!?『アンロック』で開錠すると別の鍵が
かかった!」
そう。鍵を開ける『アンロック』の魔法も万能ではない。
『魔法がかけられた時点でかかっていなかった鍵』には無力なのだ。
卓越した技術を持つ平民の職人の中には、そういう魔法で開けられない
特殊な錠前を作る名人がいる。彼らの作る錠前は、正しい鍵を使わずに
開錠しようとすると、その動作がトリガーとなって別の鍵がかかる。
その状態でもう一度『アンロック』を使うと今度は最初の鍵がかかるため、
鍵を持たない人間が突破しようとすると、結局は強硬手段しかない。
だが、そのようなものが設置されている場所というものは、得てして
その対策も講じられているものである。
「トライアングル以上の『固定化』がかかっていて『ファイアー・ボール』も
効かねぇ。『錬金』が使えるジャックはあのちっこいのの相手で手一杯、
しかも堀を渡った連中は銃声が聞こえた後から音沙汰がねぇ。
ジョヴァンニの野郎は……いつまであんなババアに手こずってるんだ」
セレスタンは毒づいた。その恨めしい視線の先、もう一つの小さめな
『イェンタイ』の先にある『オヤシロ』の前で、ジョヴァンニは腰の
曲がった老メイジ、ルーリーと対峙していた。
「くそったれ!この死に損ないが!」
ジョヴァンニの『ファイアー・ボール』がルーリーの『ブレッド』に
相殺される。ラインとトライアングル――ランク差は歴然。だが二人に
横たわる年齢という溝は、それぞれに体力と経験という利点を分け与えていた。
「……はぁっはぁっ。あいにくと、ここを明け渡すわけにはいかないんでね」
肩で息をするルーリー。衰えた体力を経験でカバーするにも限界がある。
さらに数度杖を交えたとき……疲労で足がもつれたルーリーにジョヴァンニの
炎が迫る。
「死ねやババア!」
「しまっ……!」
体勢を崩しながら魔法を唱えようとするルーリー。そこに、澄んだ女性の
声がする。
ふがくの機銃掃射を鉄の壁を『錬金』した傭兵メイジが受け流す。
『竜の道』はベトンで固められているため『錬金』の素材がなかったが、
『イェンタイ』と呼ばれる掩体壕の近くにあるわずかな地面を利用して、
傭兵メイジたちはその数を減らしながらも、よく訓練された連携を見せていた。
「早くしろセレスタン!もう保たねぇぞ!」
傭兵メイジが叫ぶ。その足下には機銃掃射を『エア・シールド』で
防ごうとした哀れな仲間だったものや彼ら傭兵メイジと戦って討たれた
銃士の骸が転がっている。セレスタンと呼ばれた傭兵メイジは封鎖されたままの
『イェンタイ』の鉄の扉を開けようと『アンロック』の魔法をかけたが……
「くそっ!なんだこの扉は!?『アンロック』で開錠すると別の鍵が
かかった!」
そう。鍵を開ける『アンロック』の魔法も万能ではない。
『魔法がかけられた時点でかかっていなかった鍵』には無力なのだ。
卓越した技術を持つ平民の職人の中には、そういう魔法で開けられない
特殊な錠前を作る名人がいる。彼らの作る錠前は、正しい鍵を使わずに
開錠しようとすると、その動作がトリガーとなって別の鍵がかかる。
その状態でもう一度『アンロック』を使うと今度は最初の鍵がかかるため、
鍵を持たない人間が突破しようとすると、結局は強硬手段しかない。
だが、そのようなものが設置されている場所というものは、得てして
その対策も講じられているものである。
「トライアングル以上の『固定化』がかかっていて『ファイアー・ボール』も
効かねぇ。『錬金』が使えるジャックはあのちっこいのの相手で手一杯、
しかも堀を渡った連中は銃声が聞こえた後から音沙汰がねぇ。
ジョヴァンニの野郎は……いつまであんなババアに手こずってるんだ」
セレスタンは毒づいた。その恨めしい視線の先、もう一つの小さめな
『イェンタイ』の先にある『オヤシロ』の前で、ジョヴァンニは腰の
曲がった老メイジ、ルーリーと対峙していた。
「くそったれ!この死に損ないが!」
ジョヴァンニの『ファイアー・ボール』がルーリーの『ブレッド』に
相殺される。ラインとトライアングル――ランク差は歴然。だが二人に
横たわる年齢という溝は、それぞれに体力と経験という利点を分け与えていた。
「……はぁっはぁっ。あいにくと、ここを明け渡すわけにはいかないんでね」
肩で息をするルーリー。衰えた体力を経験でカバーするにも限界がある。
さらに数度杖を交えたとき……疲労で足がもつれたルーリーにジョヴァンニの
炎が迫る。
「死ねやババア!」
「しまっ……!」
体勢を崩しながら魔法を唱えようとするルーリー。そこに、澄んだ女性の
声がする。
――ルリちゃん伏せて!――
声に反応するように地面を転がるルーリー。炎が体をかすめる。
その直後、『オヤシロ』の両開き引き戸をぶち破る砲声が轟いた――
その直後、『オヤシロ』の両開き引き戸をぶち破る砲声が轟いた――
「散開!」
体勢を立て直す前に再度撃ち込まれた『フレイム・ボール』で銃士二人が
炎に包まれる。同時に誘爆するマスケット銃と弾薬。近くにいた不運な
銃士がその破片を全身に浴びてあたりに悲鳴とおびただしい流血を
まき散らした。アニエスは命令を下すと近くの水桶を盾にした。
ギーシュ、タバサ、キュルケも近くの木の背に隠れる。
メンヌヴィルは立て続けに『フレイム・ボール』を放つ。追尾する
炎の球は障害物を避け、反撃しようとした銃士を炎に包み弾薬の誘爆を
引き起こす。そしてルイズに向かった一発は、逆にルイズたちをかばう
コルベールの発した炎で一気に燃え上がり手前で燃え尽きた。
「どうした!隊長どの!逃げ回るばかりではないか!ダングルテールの
時のように、辺り構わず焼き尽くしたらどうだ!」
次々と『フレイム・ボール』を撃ち込みつつ挑発するメンヌヴィル。
だが、その言葉に反応したのはアニエスだった。
「隊長?ダングルテールだと?」
アニエスは信じられないようなものを見る視線をメンヌヴィルと
コルベールに向ける。その視線に気づかぬコルベールは、ルイズと
シエスタに命じた。
「二人とも、ミス・ツェルプストーたちに合流しなさい」
ルイズとシエスタは頷くと、メンヌヴィルが再び『フレイム・ボール』を
放った瞬間にキュルケたちがいる木に向かって走り出す。二人に向かって
メンヌヴィルが魔法を唱えようとしたとき、銃声とともにメンヌヴィルが
体勢を崩した。
アニエスはこの村で秘密裏に開発されていた新型長銃『サンパチ』で
二人を援護した直後、再び水桶の背に隠れよどみない動作でレバーを
引いて排莢、再装填を行う。狙いが甘かったか、周囲の熱で弾道が
上ずったのか、肩をかすめるにとどめたらしい。距離は五十メイル程度。
それを外したことに、アニエスは武器のせいにするではなく、己の訓練
不足を悔いた。
アニエスの援護でキュルケたちに合流したルイズとシエスタの姿に、
コルベールは寸時安堵し、彼女たちから距離を取るべく移動する。
それはメンヌヴィルの魔法におびき出されるかのようであったが、
その実、コルベールの計算だった。
「距離を取らなければ……あとは、この風さえ彼らに向かわなければ……」
村外れのミジュアメ製造所に向かう広い道に出る。先程傭兵メイジが
撃たれた場所だが、製造所を守る銃士からの攻撃はない。コルベールの
姿を認めた小隊長のエミリーが、攻撃を止めさせたためだ。
同士打ちを避けるためかアニエスの追撃はまだない。周囲に人影が
ないことを確認すると、コルベールは足を止め、大きく息を吸い込んだ。
「なあメンヌヴィルくん。お願いがある」
「なんだ?苦しまずに焼いて欲しいのか?あんたは昔なじみだ。お望みの
場所から焼いてやるよ」
追い詰めるように、にやりと笑うメンヌヴィル。対照的に落ち着き
払った声で、コルベールは言う。
「降参して欲しい。わたしは、もう、魔法で人を殺さぬと決めたのだ」
「おいおい、ボケたか?今のこの状況が理解できんのか?オレの魔法は、
貴様より速くその身を焼き尽くす」
「それを曲げてお願い申し上げる。このとおりだ」
コルベールは膝をついて頭を下げた。その状況に無理な追撃をせず
負傷者の応急措置を行いながら遠巻きに見るアニエスたちも戸惑いを
隠せない。軽蔑しきったメンヌヴィルの声が響く。
「オレは……オレは、貴様のようなふぬけを二十年以上も……。
貴様のような能なしを……。許せぬ……貴様が、何より自分が許せぬ。
じわじわと炙り焼いてやる。生まれてきたことを後悔するぐらいの
時間をかけて、指先から、じっくりとな!」
怒りを身にまとわせたメンヌヴィルがその鉄棒のような杖を向ける。
「これほどお願いしてもダメかね」
「くどい!」
呪文を唱え始めるメンヌヴィルに悲しそうに首を振るコルベール。
だが、風向きが悪いと彼が思ったそのとき……
体勢を立て直す前に再度撃ち込まれた『フレイム・ボール』で銃士二人が
炎に包まれる。同時に誘爆するマスケット銃と弾薬。近くにいた不運な
銃士がその破片を全身に浴びてあたりに悲鳴とおびただしい流血を
まき散らした。アニエスは命令を下すと近くの水桶を盾にした。
ギーシュ、タバサ、キュルケも近くの木の背に隠れる。
メンヌヴィルは立て続けに『フレイム・ボール』を放つ。追尾する
炎の球は障害物を避け、反撃しようとした銃士を炎に包み弾薬の誘爆を
引き起こす。そしてルイズに向かった一発は、逆にルイズたちをかばう
コルベールの発した炎で一気に燃え上がり手前で燃え尽きた。
「どうした!隊長どの!逃げ回るばかりではないか!ダングルテールの
時のように、辺り構わず焼き尽くしたらどうだ!」
次々と『フレイム・ボール』を撃ち込みつつ挑発するメンヌヴィル。
だが、その言葉に反応したのはアニエスだった。
「隊長?ダングルテールだと?」
アニエスは信じられないようなものを見る視線をメンヌヴィルと
コルベールに向ける。その視線に気づかぬコルベールは、ルイズと
シエスタに命じた。
「二人とも、ミス・ツェルプストーたちに合流しなさい」
ルイズとシエスタは頷くと、メンヌヴィルが再び『フレイム・ボール』を
放った瞬間にキュルケたちがいる木に向かって走り出す。二人に向かって
メンヌヴィルが魔法を唱えようとしたとき、銃声とともにメンヌヴィルが
体勢を崩した。
アニエスはこの村で秘密裏に開発されていた新型長銃『サンパチ』で
二人を援護した直後、再び水桶の背に隠れよどみない動作でレバーを
引いて排莢、再装填を行う。狙いが甘かったか、周囲の熱で弾道が
上ずったのか、肩をかすめるにとどめたらしい。距離は五十メイル程度。
それを外したことに、アニエスは武器のせいにするではなく、己の訓練
不足を悔いた。
アニエスの援護でキュルケたちに合流したルイズとシエスタの姿に、
コルベールは寸時安堵し、彼女たちから距離を取るべく移動する。
それはメンヌヴィルの魔法におびき出されるかのようであったが、
その実、コルベールの計算だった。
「距離を取らなければ……あとは、この風さえ彼らに向かわなければ……」
村外れのミジュアメ製造所に向かう広い道に出る。先程傭兵メイジが
撃たれた場所だが、製造所を守る銃士からの攻撃はない。コルベールの
姿を認めた小隊長のエミリーが、攻撃を止めさせたためだ。
同士打ちを避けるためかアニエスの追撃はまだない。周囲に人影が
ないことを確認すると、コルベールは足を止め、大きく息を吸い込んだ。
「なあメンヌヴィルくん。お願いがある」
「なんだ?苦しまずに焼いて欲しいのか?あんたは昔なじみだ。お望みの
場所から焼いてやるよ」
追い詰めるように、にやりと笑うメンヌヴィル。対照的に落ち着き
払った声で、コルベールは言う。
「降参して欲しい。わたしは、もう、魔法で人を殺さぬと決めたのだ」
「おいおい、ボケたか?今のこの状況が理解できんのか?オレの魔法は、
貴様より速くその身を焼き尽くす」
「それを曲げてお願い申し上げる。このとおりだ」
コルベールは膝をついて頭を下げた。その状況に無理な追撃をせず
負傷者の応急措置を行いながら遠巻きに見るアニエスたちも戸惑いを
隠せない。軽蔑しきったメンヌヴィルの声が響く。
「オレは……オレは、貴様のようなふぬけを二十年以上も……。
貴様のような能なしを……。許せぬ……貴様が、何より自分が許せぬ。
じわじわと炙り焼いてやる。生まれてきたことを後悔するぐらいの
時間をかけて、指先から、じっくりとな!」
怒りを身にまとわせたメンヌヴィルがその鉄棒のような杖を向ける。
「これほどお願いしてもダメかね」
「くどい!」
呪文を唱え始めるメンヌヴィルに悲しそうに首を振るコルベール。
だが、風向きが悪いと彼が思ったそのとき……
「これは……?」
コルベールの体を、淡い緑色の光が包み込んだ。そればかりか、
アニエスやルイズたち、そして破裂した銃身を顔に突き刺したまま
うめいていた銃士や、全身火傷で今にも命の炎が消えてしまいそうな
銃士たち――メンヌヴィル小隊を除く、この村すべての生きている人間と、
その手にした武器が光に包まれた。
「見て!」
キュルケが手の施しようもなく木陰に引っ張り込むしかできなかった、
全身火傷と破裂した銃身をその全身に食い込ませた銃士に驚きの声を
発する。光に包まれた銃士の体から破片がするりと抜け落ち、出血が
止まり、焼けただれた肌が再生していく。そればかりか焼け落ちた布鎧が
再生され、破裂したマスケット銃までが破片から再構築されていく。
「これは……何?」
タバサは自身も光に包まれながら先程までの攻撃で焼けたマントが
再生され、体に力がみなぎってくることに戸惑いを隠せない。それらの
問いに明確な答えを持っていたのは、シエスタだった。
「ひいおばあちゃん……これ、あかぎおばあちゃんの『癒しの抱擁』!
そんな……五年前に、ひいおじいちゃんが死んだ後、ルリおばあちゃんから
あかぎおばあちゃんは眠りについたって……」
「何それ?!これ、シエスタのひいおばあさんの魔法なの?こんな広範囲の、
壊れた武器まで直す『ヒーリング』なんて、非常識にもほどがあるわよ!」
あまりのことに声を上げるルイズ。彼女の声が天高く届いた瞬間、
風向きが変わった。
コルベールの体を、淡い緑色の光が包み込んだ。そればかりか、
アニエスやルイズたち、そして破裂した銃身を顔に突き刺したまま
うめいていた銃士や、全身火傷で今にも命の炎が消えてしまいそうな
銃士たち――メンヌヴィル小隊を除く、この村すべての生きている人間と、
その手にした武器が光に包まれた。
「見て!」
キュルケが手の施しようもなく木陰に引っ張り込むしかできなかった、
全身火傷と破裂した銃身をその全身に食い込ませた銃士に驚きの声を
発する。光に包まれた銃士の体から破片がするりと抜け落ち、出血が
止まり、焼けただれた肌が再生していく。そればかりか焼け落ちた布鎧が
再生され、破裂したマスケット銃までが破片から再構築されていく。
「これは……何?」
タバサは自身も光に包まれながら先程までの攻撃で焼けたマントが
再生され、体に力がみなぎってくることに戸惑いを隠せない。それらの
問いに明確な答えを持っていたのは、シエスタだった。
「ひいおばあちゃん……これ、あかぎおばあちゃんの『癒しの抱擁』!
そんな……五年前に、ひいおじいちゃんが死んだ後、ルリおばあちゃんから
あかぎおばあちゃんは眠りについたって……」
「何それ?!これ、シエスタのひいおばあさんの魔法なの?こんな広範囲の、
壊れた武器まで直す『ヒーリング』なんて、非常識にもほどがあるわよ!」
あまりのことに声を上げるルイズ。彼女の声が天高く届いた瞬間、
風向きが変わった。
「な、なんだ?その輝きは!」
あまりのことに呪文を中断するメンヌヴィル。風向きが変わった瞬間を
見逃さず、コルベールは上空に向けて杖を振った。
小さな火の玉が打ち上がる。
「なんのつもりだ?今更そんなちゃちな炎で何ができる」
再び呪文を唱え始めるメンヌヴィル。その瞬間……空に浮かんだ小さな
火の玉が爆発した。その小さな爆発は見る間に膨れ上がり、明けの空を
焦がす。
火、火、土。トライアングルメイジであるコルベールが属性を組み合わせた
その魔法は、『錬金』により空気中の水蒸気を気化した燃料油に変換し、
空気と攪拌。そこに点火して周辺の酸素を燃やし尽くし窒息死させるという、
『爆炎』と呼ばれる残虐無比の攻撃魔法だった。
コルベールはアニエスたちが追いかけてこなかったことに感謝した。
この魔法は対象を選ぶことができない。せいぜい最初の『錬金』の量を
調節して効果範囲を絞る程度。術者本人ですら、風上に逃げるしかないのだ。
呪文を唱えるため口を開いていたメンヌヴィルは、一気に肺の中の
酸素を奪い取られ、窒息した。
息を止め口を押さえながら風上に身を伏せていたコルベールは体を
起こすと、苦悶の表情を浮かべて事切れたメンヌヴィルを見下ろし、
冷ややかにつぶやいた。
「蛇になりきれなかったな。副長」
あまりのことに呪文を中断するメンヌヴィル。風向きが変わった瞬間を
見逃さず、コルベールは上空に向けて杖を振った。
小さな火の玉が打ち上がる。
「なんのつもりだ?今更そんなちゃちな炎で何ができる」
再び呪文を唱え始めるメンヌヴィル。その瞬間……空に浮かんだ小さな
火の玉が爆発した。その小さな爆発は見る間に膨れ上がり、明けの空を
焦がす。
火、火、土。トライアングルメイジであるコルベールが属性を組み合わせた
その魔法は、『錬金』により空気中の水蒸気を気化した燃料油に変換し、
空気と攪拌。そこに点火して周辺の酸素を燃やし尽くし窒息死させるという、
『爆炎』と呼ばれる残虐無比の攻撃魔法だった。
コルベールはアニエスたちが追いかけてこなかったことに感謝した。
この魔法は対象を選ぶことができない。せいぜい最初の『錬金』の量を
調節して効果範囲を絞る程度。術者本人ですら、風上に逃げるしかないのだ。
呪文を唱えるため口を開いていたメンヌヴィルは、一気に肺の中の
酸素を奪い取られ、窒息した。
息を止め口を押さえながら風上に身を伏せていたコルベールは体を
起こすと、苦悶の表情を浮かべて事切れたメンヌヴィルを見下ろし、
冷ややかにつぶやいた。
「蛇になりきれなかったな。副長」