ワルドを先頭に、アノンたちは桟橋へと走る。
幸い月のおかげで道は明るい。とある建物の間の階段にワルドは駆け込むと、そこを上りはじめた。
(桟橋なのに山を登るのか?)
疑問を感じたアノンだったが、迷い無く走るワルドと、それについていくルイズに黙って従った。
長い長い階段を上りきり、現れた光景を見てアノンは目を見張った。
山ほどもある巨大な樹が、四方八方に太い枝を伸ばし、まるで巨大な木の実のように船を枝からぶら下げている。
「コレが『桟僑』? アレが『船』?」
「そうよ。あんたの世界じゃ違うの?」
「船は海を渡るもので、空は飛ばないよ」
「海を渡る船もあれば、空を渡る船もあるわ」
こともなげに言うルイズ。アノンはそういえば、と、天界人が編み笠に乗って空を飛んでいた事を思い出した。
編み笠が飛ぶのなら、船だって飛ぶのかも知れない。
ワルドは大樹の根元に駆け寄り、空洞になった幹から各枝に通じる階段の一つを上り始めた。
それにルイズが続き、アノンは最後尾につく。
三人は木でできた、しなる階段を駆け上がる。
途中の踊り場で、アノンは何かが風を切る音を聞いた。
突如、マントを翻し、仮面で顔を隠したメイジの男が、踊り場に降り立った。
フーケと一緒にいた男だ。
ワルドの物に似た杖剣を持っており、『フライ』で一気にここまで上がってきたらしい。
アノンは男を認めると、デルフリンガーを抜き、いきなり斬りかかった。
男はなぎ払われた剣を飛び上がってかわし、そのままアノンの頭上を飛び越えてルイズの目の前に着地する。
男がルイズの腕を掴んだ。
「きゃあ!」
「しまった!」
男の狙いは最初からルイズだった。
だが、男はルイズを連れ去る間もなく、風の槌で吹き飛ばされた。
ワルドが『エア・ハンマー』を放ったのだ。
放り出されたルイズを、ワルドが受け止める。
「子爵様、ルイズを連れて先に船へ!」
「承知した」
「アノン!」
ワルドが叫ぶルイズの手を引き、階段を駆け上がっていく。
アノンは、なおもルイズを狙おうとする男の前に立ちはだかり、再度斬りかかった。
今度は避けずに、男は杖で斬撃を受け流し、後ろに飛びずさる。
アノンは深追いせず、距離を置いて様子をうかがう。
幸い月のおかげで道は明るい。とある建物の間の階段にワルドは駆け込むと、そこを上りはじめた。
(桟橋なのに山を登るのか?)
疑問を感じたアノンだったが、迷い無く走るワルドと、それについていくルイズに黙って従った。
長い長い階段を上りきり、現れた光景を見てアノンは目を見張った。
山ほどもある巨大な樹が、四方八方に太い枝を伸ばし、まるで巨大な木の実のように船を枝からぶら下げている。
「コレが『桟僑』? アレが『船』?」
「そうよ。あんたの世界じゃ違うの?」
「船は海を渡るもので、空は飛ばないよ」
「海を渡る船もあれば、空を渡る船もあるわ」
こともなげに言うルイズ。アノンはそういえば、と、天界人が編み笠に乗って空を飛んでいた事を思い出した。
編み笠が飛ぶのなら、船だって飛ぶのかも知れない。
ワルドは大樹の根元に駆け寄り、空洞になった幹から各枝に通じる階段の一つを上り始めた。
それにルイズが続き、アノンは最後尾につく。
三人は木でできた、しなる階段を駆け上がる。
途中の踊り場で、アノンは何かが風を切る音を聞いた。
突如、マントを翻し、仮面で顔を隠したメイジの男が、踊り場に降り立った。
フーケと一緒にいた男だ。
ワルドの物に似た杖剣を持っており、『フライ』で一気にここまで上がってきたらしい。
アノンは男を認めると、デルフリンガーを抜き、いきなり斬りかかった。
男はなぎ払われた剣を飛び上がってかわし、そのままアノンの頭上を飛び越えてルイズの目の前に着地する。
男がルイズの腕を掴んだ。
「きゃあ!」
「しまった!」
男の狙いは最初からルイズだった。
だが、男はルイズを連れ去る間もなく、風の槌で吹き飛ばされた。
ワルドが『エア・ハンマー』を放ったのだ。
放り出されたルイズを、ワルドが受け止める。
「子爵様、ルイズを連れて先に船へ!」
「承知した」
「アノン!」
ワルドが叫ぶルイズの手を引き、階段を駆け上がっていく。
アノンは、なおもルイズを狙おうとする男の前に立ちはだかり、再度斬りかかった。
今度は避けずに、男は杖で斬撃を受け流し、後ろに飛びずさる。
アノンは深追いせず、距離を置いて様子をうかがう。
ほぼ不意打ちだった一撃目から、すでに動きを見切られていた。杖ごと叩き切るつもりだった今の攻撃も、あっさり流された。
それなのに、まだ相手の使う系統すらわかっていない。無闇に斬り掛かるのは危険に思えた。
なら、出し惜しみしている暇はない。アノンは気づかれないよう自然な動作で、背中に隠し持っている杖に手を伸ばした。
だが、背中の杖を抜く前に男が杖を振った。同時に、ひやりとした感覚。
直感的なものではない。実際に辺りの空気が冷えたのだ。
(冷気! 氷の魔法!?)
さらに男は呪文を唱える。
ざわ、と嫌な予感がアノンを襲った。
今度は完全にアノンの直感だったが、それを肯定するようにデルフリンガーが叫ぶ。
「相棒! 構えろ!」
言われるまでも無く、アノンはデルフリンガーを盾の様に掲げていた。
「『ライトニング・クラウド』!」
一瞬の閃光。
「ッ!」
稲妻がアノンの体を走り抜け、意識が飛びそうになる。
アノンはよろめき、その場にガクリと膝をついた。
雷に焼かれ、爛れた傷が大きく左腕に走っている。
さらに男は『エア・ハンマー』をアノンに打ち込む。
アノンはダメージを受けた体を無理矢理動かし、地面を転がってそれを避け、腕の痛みを無視して、転がった勢いのまま跳ね起きた。
間を置かずに、男に向かって突進する。
流石にこれは予測できなかったのか、男は突進と共に繰り出された突きは何とか杖で逸らしたものの、アノンの体当たりをまともに喰らった。
よろめいた男の背中が、踊り場の手すりにぶつかる。
アノンは密着した状態から、男の体を力いっぱい蹴り飛ばした。
脆い作りの手すりは簡単に壊れ、男は地面へと真っ逆さまに落ちていった。
「おい、大丈夫か。相棒」
荒く息をするアノンは、下を確認せず、すぐに船へと続く階段へ向かう。
男はすぐにでも『フライ』で戻ってくるだろう。
その前に、船を出航させてしまわなければ。
アノンは一気に階段を駆け上がった。
それなのに、まだ相手の使う系統すらわかっていない。無闇に斬り掛かるのは危険に思えた。
なら、出し惜しみしている暇はない。アノンは気づかれないよう自然な動作で、背中に隠し持っている杖に手を伸ばした。
だが、背中の杖を抜く前に男が杖を振った。同時に、ひやりとした感覚。
直感的なものではない。実際に辺りの空気が冷えたのだ。
(冷気! 氷の魔法!?)
さらに男は呪文を唱える。
ざわ、と嫌な予感がアノンを襲った。
今度は完全にアノンの直感だったが、それを肯定するようにデルフリンガーが叫ぶ。
「相棒! 構えろ!」
言われるまでも無く、アノンはデルフリンガーを盾の様に掲げていた。
「『ライトニング・クラウド』!」
一瞬の閃光。
「ッ!」
稲妻がアノンの体を走り抜け、意識が飛びそうになる。
アノンはよろめき、その場にガクリと膝をついた。
雷に焼かれ、爛れた傷が大きく左腕に走っている。
さらに男は『エア・ハンマー』をアノンに打ち込む。
アノンはダメージを受けた体を無理矢理動かし、地面を転がってそれを避け、腕の痛みを無視して、転がった勢いのまま跳ね起きた。
間を置かずに、男に向かって突進する。
流石にこれは予測できなかったのか、男は突進と共に繰り出された突きは何とか杖で逸らしたものの、アノンの体当たりをまともに喰らった。
よろめいた男の背中が、踊り場の手すりにぶつかる。
アノンは密着した状態から、男の体を力いっぱい蹴り飛ばした。
脆い作りの手すりは簡単に壊れ、男は地面へと真っ逆さまに落ちていった。
「おい、大丈夫か。相棒」
荒く息をするアノンは、下を確認せず、すぐに船へと続く階段へ向かう。
男はすぐにでも『フライ』で戻ってくるだろう。
その前に、船を出航させてしまわなければ。
アノンは一気に階段を駆け上がった。
「出航ーーー!」
アノンが桟橋までたどり着くと同時に、船が出ることを告げる船員の声が響いた。
ルイズたちは、ずいぶん迅速に出航の手はずを整えた様だ。
船はもう桟橋から離れ始めている。
電撃を受けた腕が痛んだが、ここに置いていかれるわけには行かない。
アノンは全速力で桟橋を駆け抜け、すで桟橋から離れた船に向かって、走り幅跳びを敢行した。
それでも船は速度を上げ、どんどん桟橋から遠ざかっていく。
甲板まであと数メイル、というところで、アノンの体が勢いを失って落下を始めた。
アノンは背中から、杖を引っ張り出し、『フライ』で飛距離を水増しして、何とか船の上まで辿り着く。
「フゥ……」
甲板に降り立ったアノンは、息をついて、杖を背中にしまう。
出航してから乗船してきた少年に、何人かの船員が集まってきた。
「お、おい。あんた一体……」
「この船に貴族が二人乗ってるだろ? 彼らの知り合いなんだ。案内してくれないかな」
アノンが桟橋までたどり着くと同時に、船が出ることを告げる船員の声が響いた。
ルイズたちは、ずいぶん迅速に出航の手はずを整えた様だ。
船はもう桟橋から離れ始めている。
電撃を受けた腕が痛んだが、ここに置いていかれるわけには行かない。
アノンは全速力で桟橋を駆け抜け、すで桟橋から離れた船に向かって、走り幅跳びを敢行した。
それでも船は速度を上げ、どんどん桟橋から遠ざかっていく。
甲板まであと数メイル、というところで、アノンの体が勢いを失って落下を始めた。
アノンは背中から、杖を引っ張り出し、『フライ』で飛距離を水増しして、何とか船の上まで辿り着く。
「フゥ……」
甲板に降り立ったアノンは、息をついて、杖を背中にしまう。
出航してから乗船してきた少年に、何人かの船員が集まってきた。
「お、おい。あんた一体……」
「この船に貴族が二人乗ってるだろ? 彼らの知り合いなんだ。案内してくれないかな」
「それは『ライトニング・クラウド』だな」
船室で合流したアノンの話を聞いて、ワルドが言った。
「しかし、腕ですんでよかった。本来なら、命を奪うほどの呪文だぞ」
「それでもひどい火傷じゃない。すぐに薬をもらってくるわ」
痛々しいアノンの腕を見て、ルイズは船員を探しに、部屋を飛び出して行った。
それを見送って、ワルドが船で集めた情報をアノンに話し始めた。
「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、包囲されて苦戦中のようだ」
「ウェールズ皇太子は?」
アノンの質問に、ワルドは首を振った。
「わからん。生きてはいるようだが……」
「どうやって王党派と連絡を取るんです? その様子だと、港町なんて全部押さえられてるんじゃ?」
「陣中突破しかあるまいな。スカボローから、ニューカッスルまでは馬で一日だ」
「反乱軍の間をすり抜けて?」
「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできない。隙を見て、包囲線を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。ただ、夜の闇には気をつけないといけないがな」
「甲板に子爵様のグリフォンがいました。ラ・ロシェールからアルビオンまでは無理でも、アレで一気にお城まで飛んだりはできないんですか?」
「難しいな。空にも警戒線が張られているだろうし、かえって目立ってしまう」
「結局、力技になるのか…」
話しているうちに、ルイズが包帯と薬を持って戻ってきた。
「もらってきたわ。ホントは水のメイジがいたら良かったんだけど…」
「客船じゃないんだから、仕方ないよ」
「ほら、腕みせなさい」
ルイズは痛がるアノンの腕を強引に巻くり上げ、もらってきた軟膏を塗り込む。
「こんなになって……」
痛々しい傷に、泣きそうな顔をするルイズ。
「何でキミが泣くんだい?」
「泣いてなんかないもん。使い魔の前で泣く主人なんかいないもん」
ルイズはアノンの腕に不器用に包帯を巻きつけると、ぷいっと顔を逸らしてしまった。
ルイズが塗ってくれた薬が、熱をもった火傷にひんやりと気持ちいい。
だが、後で自分でも魔法で治療しておく必要もありそうだ。
ルイズとワルドは今後についてなにやら話始めたが、アノンは、今のうちに休んでおこうと、船室の床で横になって目を閉じた。
船室で合流したアノンの話を聞いて、ワルドが言った。
「しかし、腕ですんでよかった。本来なら、命を奪うほどの呪文だぞ」
「それでもひどい火傷じゃない。すぐに薬をもらってくるわ」
痛々しいアノンの腕を見て、ルイズは船員を探しに、部屋を飛び出して行った。
それを見送って、ワルドが船で集めた情報をアノンに話し始めた。
「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、包囲されて苦戦中のようだ」
「ウェールズ皇太子は?」
アノンの質問に、ワルドは首を振った。
「わからん。生きてはいるようだが……」
「どうやって王党派と連絡を取るんです? その様子だと、港町なんて全部押さえられてるんじゃ?」
「陣中突破しかあるまいな。スカボローから、ニューカッスルまでは馬で一日だ」
「反乱軍の間をすり抜けて?」
「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできない。隙を見て、包囲線を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。ただ、夜の闇には気をつけないといけないがな」
「甲板に子爵様のグリフォンがいました。ラ・ロシェールからアルビオンまでは無理でも、アレで一気にお城まで飛んだりはできないんですか?」
「難しいな。空にも警戒線が張られているだろうし、かえって目立ってしまう」
「結局、力技になるのか…」
話しているうちに、ルイズが包帯と薬を持って戻ってきた。
「もらってきたわ。ホントは水のメイジがいたら良かったんだけど…」
「客船じゃないんだから、仕方ないよ」
「ほら、腕みせなさい」
ルイズは痛がるアノンの腕を強引に巻くり上げ、もらってきた軟膏を塗り込む。
「こんなになって……」
痛々しい傷に、泣きそうな顔をするルイズ。
「何でキミが泣くんだい?」
「泣いてなんかないもん。使い魔の前で泣く主人なんかいないもん」
ルイズはアノンの腕に不器用に包帯を巻きつけると、ぷいっと顔を逸らしてしまった。
ルイズが塗ってくれた薬が、熱をもった火傷にひんやりと気持ちいい。
だが、後で自分でも魔法で治療しておく必要もありそうだ。
ルイズとワルドは今後についてなにやら話始めたが、アノンは、今のうちに休んでおこうと、船室の床で横になって目を閉じた。
朝、アノンは、甲板を慌しく動き回る船員達を眺めていた。
視線を船の外に移すと、どこまでも白い海が広がっている。船は雲の上を進んでいた。
「アルビオンが見えたぞ!」
船員の声が聞こえ、アノンは船の縁から身を乗り出して下を眺めたが、いくら探しても船の下には白い雲があるばかり。
「どこ見てんのよ」
船員の声を聞いたのか、いつの間にかルイズが船室から甲板に上がって来ていた。
きょろきょろしているアノンに、あっちよ、と空中を指差す。
ルイズが指差す方を振り仰いで、アノンは思わず、ほう、と息を吐いた。
そこには巨大な、巨大な大陸が、雲の間に浮かんでいた。
そういえば、天界もこんな感じだった。
あっちは世界丸ごとだったが、それでも大陸が浮かんでいるというのは驚くべき光景だ。
「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』よ」
大陸から溢れるように空に落ちる水が、真白い霧になって大陸の下半分を包み込んでいる。
「なるほど、『白の国』か」
納得した様に、アノンが言った。
「いやあ、疲れた」
二人でアルビオン大陸を見上げていると、ワルドが甲板に上がってきた。
「ワルド。お疲れ様」
「子爵様。ああ、風石の代わりだっけ」
「ああ、急な出発で風石が足りなかったとは言え、大変だったよ。もう僕の精神力は空っぽだ」
その時、鐘楼に上った見張りの船員が、大声をあげた。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
アノンたちがそのほうを見ると、確かに、この船より一回りほど大きい船が、こちらに向かってきている。
船の横腹からは、大砲の砲門がいくつも見えた。
「へえ、魔法の世界にも大砲があるんだな」
「いやだわ。反乱勢……、貴族派の軍艦かしら」
船長が近づいてくる船を見て、船員に指示を出した。
「アルビオンの貴族派か? お前たちのために荷を運んでいる船だと、教えてやれ」
見張りの船員は、船長の指示通りに手旗を振った。だが、相手の船からはなんの反応もない。
船員が叫んだ。
「あの船は旗を掲げておりません!」
「く、空賊か?」
「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」
「逃げろ! 取り舵いっぱい!」
だが、空賊船はこちらの針路に砲弾を撃ち込むと、停船を命じる信号を送ってきた。
「停船命令です、船長」
船長は苦悩の表情を浮かべた後、助けを求めるようにワルドを見た。
「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」
船長は頭を振って、「これで破産だ」と呟いた。
視線を船の外に移すと、どこまでも白い海が広がっている。船は雲の上を進んでいた。
「アルビオンが見えたぞ!」
船員の声が聞こえ、アノンは船の縁から身を乗り出して下を眺めたが、いくら探しても船の下には白い雲があるばかり。
「どこ見てんのよ」
船員の声を聞いたのか、いつの間にかルイズが船室から甲板に上がって来ていた。
きょろきょろしているアノンに、あっちよ、と空中を指差す。
ルイズが指差す方を振り仰いで、アノンは思わず、ほう、と息を吐いた。
そこには巨大な、巨大な大陸が、雲の間に浮かんでいた。
そういえば、天界もこんな感じだった。
あっちは世界丸ごとだったが、それでも大陸が浮かんでいるというのは驚くべき光景だ。
「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』よ」
大陸から溢れるように空に落ちる水が、真白い霧になって大陸の下半分を包み込んでいる。
「なるほど、『白の国』か」
納得した様に、アノンが言った。
「いやあ、疲れた」
二人でアルビオン大陸を見上げていると、ワルドが甲板に上がってきた。
「ワルド。お疲れ様」
「子爵様。ああ、風石の代わりだっけ」
「ああ、急な出発で風石が足りなかったとは言え、大変だったよ。もう僕の精神力は空っぽだ」
その時、鐘楼に上った見張りの船員が、大声をあげた。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
アノンたちがそのほうを見ると、確かに、この船より一回りほど大きい船が、こちらに向かってきている。
船の横腹からは、大砲の砲門がいくつも見えた。
「へえ、魔法の世界にも大砲があるんだな」
「いやだわ。反乱勢……、貴族派の軍艦かしら」
船長が近づいてくる船を見て、船員に指示を出した。
「アルビオンの貴族派か? お前たちのために荷を運んでいる船だと、教えてやれ」
見張りの船員は、船長の指示通りに手旗を振った。だが、相手の船からはなんの反応もない。
船員が叫んだ。
「あの船は旗を掲げておりません!」
「く、空賊か?」
「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」
「逃げろ! 取り舵いっぱい!」
だが、空賊船はこちらの針路に砲弾を撃ち込むと、停船を命じる信号を送ってきた。
「停船命令です、船長」
船長は苦悩の表情を浮かべた後、助けを求めるようにワルドを見た。
「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」
船長は頭を振って、「これで破産だ」と呟いた。
それぞれ武器を手にした男達が、次々と乗り移ってくる。
「空賊だ! 抵抗するな!」
「空賊ですって?」
驚くルイズ。
最後に、連中の頭らしい男が甲板に降り立ち、荒っぽい口調で尋ねた
「船長はどこでぇ」
「私だが」
「船名と積荷を言いな」
「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」
おお、と空賊たちから声が上がる。空賊の頭らしい男は、にやりと笑って言った。
「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」
船長の帽子を取って自分の頭に乗せ、頭の男は甲板にいるルイズたちに気づいた。
「おや、貴族の客まで乗せてるのか」
「下がりなさい。下郎!」
近づく男を跳ね除けるように、ルイズが言い放つ。
「驚いた! 下郎ときたもんだ!」
頭の男は大きな声で笑う。
「な、何がおかしいって……!」
「待つんだ、ルイズ」
頭の男に噛み付くルイズを、ワルドが止めた。
「僕の魔法は打ち止め、あっちの大砲もこちらを狙っている。抵抗はできない」
ルイズは唇をかんだ。
頭の男が、ルイズたちを差して言った。
「てめえら。こいつらも運びな。そうだな…船倉にでも閉じ込めとけ」
「空賊だ! 抵抗するな!」
「空賊ですって?」
驚くルイズ。
最後に、連中の頭らしい男が甲板に降り立ち、荒っぽい口調で尋ねた
「船長はどこでぇ」
「私だが」
「船名と積荷を言いな」
「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」
おお、と空賊たちから声が上がる。空賊の頭らしい男は、にやりと笑って言った。
「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」
船長の帽子を取って自分の頭に乗せ、頭の男は甲板にいるルイズたちに気づいた。
「おや、貴族の客まで乗せてるのか」
「下がりなさい。下郎!」
近づく男を跳ね除けるように、ルイズが言い放つ。
「驚いた! 下郎ときたもんだ!」
頭の男は大きな声で笑う。
「な、何がおかしいって……!」
「待つんだ、ルイズ」
頭の男に噛み付くルイズを、ワルドが止めた。
「僕の魔法は打ち止め、あっちの大砲もこちらを狙っている。抵抗はできない」
ルイズは唇をかんだ。
頭の男が、ルイズたちを差して言った。
「てめえら。こいつらも運びな。そうだな…船倉にでも閉じ込めとけ」
「海に出たら海賊…空に出たら空賊か」
何か使えるものはないかと、船蔵の荷物を漁るワルドの横で、酒樽やら砲弾やらを興味深げに眺めていたアノンが、そんなことを言った。
「こんな状況でくだらないこと言わないで」
アノンたちは、それぞれ杖と剣を取り上げられ、今まで乗っていた船の船倉に放り込まれていた。
当然、杖がなくては魔法は使えない。
しかし、アノンの杖は無事だった。
背負っていた長剣が隠れ蓑になったのか、空賊たちはデルフリンガーだけを取り上げ、背中に隠し持った杖に気づかなかった。
つまり、その気になれば『アンロック』でドアを破って、ここを脱出できるわけだ。
だが、それはあまり意味が無い。
たった一人でこの船の空賊を制圧するのは骨が折れるだろうし、いざとなれば、空賊たちはこの船を沈めて逃げればいいのだから、ここを抜け出したところで、それこそ頭を人質に取るくらいはしないと、結局は“詰み”になってしまう。
アノンは一通り船蔵の荷物を見学し終えて、ルイズの隣に腰を下ろした。
ルイズはさっきから膝を抱えて、俯いている。
「この船、アルビオンに向かってるみたいだよ」
ルイズが顔を上げた。
「うまくすれば、任務を続けられる?」
「そう言うこと」
ふさぎこんでいたルイズの顔が少し明るくなった。
「しかし…デルフ、余計なこと喋って捨てられたりしてないかな」
「…あのボロ剣なら、賊の怒りを買って空の海に放り出されててもおかしくないわね」
「まあ、そうなってないことを祈ろうか」
とにかく、今は待つしかない。
周りは雲の海。脱出するにしても、アルビオンの港についてからだ。
「そういえば、あんた傷は大丈夫なの?」
ルイズがアノンの腕に巻かれた包帯を見て言った。
「薬は取り上げられてないから…」
「ああ、もう大丈夫だよ」
アノンは包帯を解いて見せる。
あれだけ酷かった火傷は、うっすら跡が見える程度で、ほぼ完治していた。
「あんた、どういう体してんの!? 一晩で治るような傷じゃ無かったわよ!?」
「生まれつきそういう体なんだよ」
驚くルイズに、こともなげに言うアノン。だが、本当はこっそり魔法で治療したからだった。
完治にまでこぎつける事ができたのは、自身の回復力の高さからであったが。
ばたん、と扉が開き、スープの入った皿を持った男が入ってきた。
「飯だ」
アノンが手を伸ばしたが、男はひょいっと皿を持ち上げた。
「ただし、質問に答えてからだ」
「質問?」
「お前たち、アルビオンに何の用なんだ?」
「旅行だよ」
アノンは即座に答えた。
「トリステイン貴族が、いまどきのアルビオンに旅行? いったい、なにを見物するつもりだい?」
「戦争さ」
「なに?」
男が、眉をしかめる。
「戦争を間近で見るなんて、なかなかできないだろ? 貴族派の勝ちは決まった様なものだって言うし、一度見物してみようってね」
アノンは、でたらめな目的を淀みなく答える。
「けっ、トリステインの貴族は趣味が悪すぎるぜ」
男は不愉快気に言って、乱暴に皿を置くと叩きつけるようにドアを閉めて出て行った。
何か使えるものはないかと、船蔵の荷物を漁るワルドの横で、酒樽やら砲弾やらを興味深げに眺めていたアノンが、そんなことを言った。
「こんな状況でくだらないこと言わないで」
アノンたちは、それぞれ杖と剣を取り上げられ、今まで乗っていた船の船倉に放り込まれていた。
当然、杖がなくては魔法は使えない。
しかし、アノンの杖は無事だった。
背負っていた長剣が隠れ蓑になったのか、空賊たちはデルフリンガーだけを取り上げ、背中に隠し持った杖に気づかなかった。
つまり、その気になれば『アンロック』でドアを破って、ここを脱出できるわけだ。
だが、それはあまり意味が無い。
たった一人でこの船の空賊を制圧するのは骨が折れるだろうし、いざとなれば、空賊たちはこの船を沈めて逃げればいいのだから、ここを抜け出したところで、それこそ頭を人質に取るくらいはしないと、結局は“詰み”になってしまう。
アノンは一通り船蔵の荷物を見学し終えて、ルイズの隣に腰を下ろした。
ルイズはさっきから膝を抱えて、俯いている。
「この船、アルビオンに向かってるみたいだよ」
ルイズが顔を上げた。
「うまくすれば、任務を続けられる?」
「そう言うこと」
ふさぎこんでいたルイズの顔が少し明るくなった。
「しかし…デルフ、余計なこと喋って捨てられたりしてないかな」
「…あのボロ剣なら、賊の怒りを買って空の海に放り出されててもおかしくないわね」
「まあ、そうなってないことを祈ろうか」
とにかく、今は待つしかない。
周りは雲の海。脱出するにしても、アルビオンの港についてからだ。
「そういえば、あんた傷は大丈夫なの?」
ルイズがアノンの腕に巻かれた包帯を見て言った。
「薬は取り上げられてないから…」
「ああ、もう大丈夫だよ」
アノンは包帯を解いて見せる。
あれだけ酷かった火傷は、うっすら跡が見える程度で、ほぼ完治していた。
「あんた、どういう体してんの!? 一晩で治るような傷じゃ無かったわよ!?」
「生まれつきそういう体なんだよ」
驚くルイズに、こともなげに言うアノン。だが、本当はこっそり魔法で治療したからだった。
完治にまでこぎつける事ができたのは、自身の回復力の高さからであったが。
ばたん、と扉が開き、スープの入った皿を持った男が入ってきた。
「飯だ」
アノンが手を伸ばしたが、男はひょいっと皿を持ち上げた。
「ただし、質問に答えてからだ」
「質問?」
「お前たち、アルビオンに何の用なんだ?」
「旅行だよ」
アノンは即座に答えた。
「トリステイン貴族が、いまどきのアルビオンに旅行? いったい、なにを見物するつもりだい?」
「戦争さ」
「なに?」
男が、眉をしかめる。
「戦争を間近で見るなんて、なかなかできないだろ? 貴族派の勝ちは決まった様なものだって言うし、一度見物してみようってね」
アノンは、でたらめな目的を淀みなく答える。
「けっ、トリステインの貴族は趣味が悪すぎるぜ」
男は不愉快気に言って、乱暴に皿を置くと叩きつけるようにドアを閉めて出て行った。
「あんた! なんてこと言うのよ! よりにもよって戦争を見物に行くだなんて!」
男が出て行くと、ルイズはアノンを思い切り怒鳴りつけた。
「いいじゃないか。ごまかせたみたいだし」
アノンは早速スープに手をつけながら言ったが、いくらなんでも不謹慎すぎる、とルイズは怒る。
ワルドも、流石に苦い顔をしている。
しばらくルイズに怒鳴られながらスープを啜っていると、ドアが開けられ、男が顔を出した。
さっきの男とは違う、やせぎすの男だった。
男はじろりと三人を見回すと、意外なことを尋ねてきた。
「お前らは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」
その言葉に、ルイズが立ち上がる。
「何ですって?」
「いや、そうだったら悪いことしたな。俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びてるのさ」
「じゃあ、この船はやっぱり、反乱軍の軍艦なのね?」
「いやいや、俺たちは雇われてるわけじゃあねえ。あくまで対等な関係で協力しあってるのさ。まあ、お前らには関係ねえことだがな。で、貴族派なんだろ? この戦況で、戦争を見物に行く、なんて言うんだからよ」
(へー…そういうこともあるのか)
アノンは、声に出さず呟く。
空賊が反乱軍と繋がっているとは意外だった。
しかし、これは好都合だ。
ここで自分たちは貴族派だと言ってしまえば、脱出する必要もなく、港で解放してもらえるだろう。
「ああ、ボクたちは貴族派……」
「バカ言っちゃいけないわ」
答えようとしたアノンに被せて、ルイズが言い放った。
「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。さっきはこのバカがあんな事言ったけど、私は王党派への使いよ。まだ、あんたたちが勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正統なる政府は、アルビオンの王室ね。
私はトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使よ。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」
そう言って胸を張るルイズ。
男は一瞬ポカンとした後、思わず噴き出した。
「正直なのは確かに美徳だが、お前たち、ただじゃ済まないぞ」
「あんたたちに嘘ついて頭を下げるぐらいなら、死んだほうがマシよ」
「…頭に報告してくる。その間にゆっくり考えるんだな」
男が立ち去った後、アノンは呆れたように言った。
「ルイズ。なんであんなことを言ったんだい?」
「嘘ついて、頭下げろっていうの? あんな連中に!」
「あのままなら無事港まで行けたって言うのに。ほんと…馬鹿だね」
「ばっ、馬鹿ですってえ!?」
アノンの暴言に真っ赤になって怒り出すルイズに、ワルドが寄ってきて肩を叩く。
「いいぞルイズ。さすがは僕の花嫁だ」
小言の一つでも言うのかと思ったアノンは呆れ返った。
しばらくして、再び扉が開き、先ほどの男が顔を覗かせた。
「頭がお呼びだ」
アノンはため息をついて、自分だけでも逃げ出す方法はないか考え始めた。
男が出て行くと、ルイズはアノンを思い切り怒鳴りつけた。
「いいじゃないか。ごまかせたみたいだし」
アノンは早速スープに手をつけながら言ったが、いくらなんでも不謹慎すぎる、とルイズは怒る。
ワルドも、流石に苦い顔をしている。
しばらくルイズに怒鳴られながらスープを啜っていると、ドアが開けられ、男が顔を出した。
さっきの男とは違う、やせぎすの男だった。
男はじろりと三人を見回すと、意外なことを尋ねてきた。
「お前らは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」
その言葉に、ルイズが立ち上がる。
「何ですって?」
「いや、そうだったら悪いことしたな。俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びてるのさ」
「じゃあ、この船はやっぱり、反乱軍の軍艦なのね?」
「いやいや、俺たちは雇われてるわけじゃあねえ。あくまで対等な関係で協力しあってるのさ。まあ、お前らには関係ねえことだがな。で、貴族派なんだろ? この戦況で、戦争を見物に行く、なんて言うんだからよ」
(へー…そういうこともあるのか)
アノンは、声に出さず呟く。
空賊が反乱軍と繋がっているとは意外だった。
しかし、これは好都合だ。
ここで自分たちは貴族派だと言ってしまえば、脱出する必要もなく、港で解放してもらえるだろう。
「ああ、ボクたちは貴族派……」
「バカ言っちゃいけないわ」
答えようとしたアノンに被せて、ルイズが言い放った。
「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。さっきはこのバカがあんな事言ったけど、私は王党派への使いよ。まだ、あんたたちが勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正統なる政府は、アルビオンの王室ね。
私はトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使よ。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」
そう言って胸を張るルイズ。
男は一瞬ポカンとした後、思わず噴き出した。
「正直なのは確かに美徳だが、お前たち、ただじゃ済まないぞ」
「あんたたちに嘘ついて頭を下げるぐらいなら、死んだほうがマシよ」
「…頭に報告してくる。その間にゆっくり考えるんだな」
男が立ち去った後、アノンは呆れたように言った。
「ルイズ。なんであんなことを言ったんだい?」
「嘘ついて、頭下げろっていうの? あんな連中に!」
「あのままなら無事港まで行けたって言うのに。ほんと…馬鹿だね」
「ばっ、馬鹿ですってえ!?」
アノンの暴言に真っ赤になって怒り出すルイズに、ワルドが寄ってきて肩を叩く。
「いいぞルイズ。さすがは僕の花嫁だ」
小言の一つでも言うのかと思ったアノンは呆れ返った。
しばらくして、再び扉が開き、先ほどの男が顔を覗かせた。
「頭がお呼びだ」
アノンはため息をついて、自分だけでも逃げ出す方法はないか考え始めた。
ルイズたち三人を前に、空賊の頭は、船長室の机に偉そうに腰掛けていた。
その手には大きな水晶のついた杖。頭はメイジであるらしかった。
頭の周りには、ガラの悪い連中が控えている。
「大使としての扱いを要求するわ」
頭を前にしても、毅然とした態度を崩さないルイズ。
しかし、頭はその言葉を無視した。
「王党派と言ったな?」
「ええ、言ったわ」
「なにしに行くんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ」
「あんたたちに言うことじゃないわ」
頭は面白がるように、ルイズに言った。
「貴族派につく気はないかね? あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」
「死んでもイヤよ」
もう少し駆け引きをしても良いだろうに。
アノンはそう思ったが、それはルイズには無理なことだと分かっていた。
だが、空賊の頭と直接会えたのは好機だ。
とりあえず、隙を見て杖を奪う。そのまま人質にして船も取り返せればベストだが……。
「おかしな真似するんじゃねえぞ」
後ろについていた男に釘を刺された。それなりの腕利きが揃っているらしい。
「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」
「お断りよ」
ルイズは真っ向から拒否するように、頭を睨み返した。
いよいよまずい。強引にでも頭を抑えにいったほうがいいかもしれない。
アノンが動こうとした時、頭が大声で笑い出した。
「トリステインの貴族は、気ばかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより、何百倍もマシだがね」
そのあまりの豹変振りに、アノンたちは思わず顔を見合せる。
「失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」
頭がそう言うと、周りの空賊たちが、一斉に直立した。
統制の取れた動きは、軍隊のそれである。
頭は髪に手をかけると、その縮れた黒髪をはいだ。
眼帯を外し、続けて作り物のヒゲを剥ぎ取ると、そこに現れたのは、凛々しい金髪の若者であった。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、本国艦隊といっても、すでに『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」
金髪の若者は胸を張って、堂々と名乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
三人はぽかんと、突如姿を現した皇太子を見つめた。
魔法顔負けの変装っぷりだ。
「その顔は、どうして空賊風情に身をやつしているのだ? といった顔だね。いや、金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれる。敵の補給路を絶つのは戦の基本。
しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げたのでは、あっという間に反乱軍の船に囲まれてしまう。まあ、空賊を装うのも、いたしかたない」
そう言って、ウェールズはイタズラっぽく笑う。
「いや、大使殿には、誠に失礼をいたした。しかしながら、君たちが王党派ということが、なかなか信じられなくてね。外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかった。試すような真似をしてすまない」
突然の事態に固まってしまっているルイズに代わって、ワルドが進み出た。
「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」
「ふむ、姫殿下とな。君は?」
「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔の少年にございます。殿下」
「なるほど! 君のように立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに! して、その密書とやらは?」
そう言われて、ルイズはようやく我に返って、胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出した。
その手には大きな水晶のついた杖。頭はメイジであるらしかった。
頭の周りには、ガラの悪い連中が控えている。
「大使としての扱いを要求するわ」
頭を前にしても、毅然とした態度を崩さないルイズ。
しかし、頭はその言葉を無視した。
「王党派と言ったな?」
「ええ、言ったわ」
「なにしに行くんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ」
「あんたたちに言うことじゃないわ」
頭は面白がるように、ルイズに言った。
「貴族派につく気はないかね? あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」
「死んでもイヤよ」
もう少し駆け引きをしても良いだろうに。
アノンはそう思ったが、それはルイズには無理なことだと分かっていた。
だが、空賊の頭と直接会えたのは好機だ。
とりあえず、隙を見て杖を奪う。そのまま人質にして船も取り返せればベストだが……。
「おかしな真似するんじゃねえぞ」
後ろについていた男に釘を刺された。それなりの腕利きが揃っているらしい。
「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」
「お断りよ」
ルイズは真っ向から拒否するように、頭を睨み返した。
いよいよまずい。強引にでも頭を抑えにいったほうがいいかもしれない。
アノンが動こうとした時、頭が大声で笑い出した。
「トリステインの貴族は、気ばかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより、何百倍もマシだがね」
そのあまりの豹変振りに、アノンたちは思わず顔を見合せる。
「失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」
頭がそう言うと、周りの空賊たちが、一斉に直立した。
統制の取れた動きは、軍隊のそれである。
頭は髪に手をかけると、その縮れた黒髪をはいだ。
眼帯を外し、続けて作り物のヒゲを剥ぎ取ると、そこに現れたのは、凛々しい金髪の若者であった。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、本国艦隊といっても、すでに『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」
金髪の若者は胸を張って、堂々と名乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
三人はぽかんと、突如姿を現した皇太子を見つめた。
魔法顔負けの変装っぷりだ。
「その顔は、どうして空賊風情に身をやつしているのだ? といった顔だね。いや、金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれる。敵の補給路を絶つのは戦の基本。
しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げたのでは、あっという間に反乱軍の船に囲まれてしまう。まあ、空賊を装うのも、いたしかたない」
そう言って、ウェールズはイタズラっぽく笑う。
「いや、大使殿には、誠に失礼をいたした。しかしながら、君たちが王党派ということが、なかなか信じられなくてね。外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかった。試すような真似をしてすまない」
突然の事態に固まってしまっているルイズに代わって、ワルドが進み出た。
「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」
「ふむ、姫殿下とな。君は?」
「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔の少年にございます。殿下」
「なるほど! 君のように立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに! して、その密書とやらは?」
そう言われて、ルイズはようやく我に返って、胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出した。
「待って。ルイズ」
恭しくウェールズに近づくルイズを、アノンが呼び止める。
「控えなさい。殿下の御前よ」
「この人、本当に皇太子様?」
はっとするルイズ。
空賊の頭からの、あまりの変わり様に流されていたが、実際のところ、目の前の青年が本物のウェールズだと言う確証がない。
だがウェールズは笑って言った。
「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」
ウェールズは、ルイズの指に水のルビーを認めて、自分の薬指の指輪を近づけた。
二つの宝石は、共鳴しあい、虹色の光を振りまいた。
「この指輪は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」
ルイズは頷いた。
「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」
「失礼しました」
アノンはペコリと頭を下げた。
ルイズは一礼して、手紙をウェールズに手渡す。
ウェールズは、その手紙を見つめると、愛おしそうに口づけした。それから慎重に封を開き、読み始めた。
「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……、従妹は」
ワルドが無言で頭を下げる。
ウェールズは最後の一行まで手紙を読むと、微笑んだ。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」
ルイズの顔が輝いた。
「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」
ウェールズは笑って言った。
「多少面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」
恭しくウェールズに近づくルイズを、アノンが呼び止める。
「控えなさい。殿下の御前よ」
「この人、本当に皇太子様?」
はっとするルイズ。
空賊の頭からの、あまりの変わり様に流されていたが、実際のところ、目の前の青年が本物のウェールズだと言う確証がない。
だがウェールズは笑って言った。
「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」
ウェールズは、ルイズの指に水のルビーを認めて、自分の薬指の指輪を近づけた。
二つの宝石は、共鳴しあい、虹色の光を振りまいた。
「この指輪は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」
ルイズは頷いた。
「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」
「失礼しました」
アノンはペコリと頭を下げた。
ルイズは一礼して、手紙をウェールズに手渡す。
ウェールズは、その手紙を見つめると、愛おしそうに口づけした。それから慎重に封を開き、読み始めた。
「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……、従妹は」
ワルドが無言で頭を下げる。
ウェールズは最後の一行まで手紙を読むと、微笑んだ。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」
ルイズの顔が輝いた。
「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」
ウェールズは笑って言った。
「多少面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」