使い魔はじめました――第19話――
参ったなあ、とサララは頭を抱えたくなった。
今、彼女の目の前に立つのは数十人程の傭兵の群れである。
「おうおう、ようやく出てきたようだな!」
頭に氷の入った袋を乗せた男は、確か昼間戦った傭兵だ。
彼を先頭にして、腕っぷしの強そうな奴らがそれぞれの得物を構えている。
「もー、あいつら何でここが分かったんだろー」
横で盛大なため息と愚痴をチョコがこぼす。
彼女が何故こんな目にあっているのか、それは時を少し遡る必要がある。
宿に帰ったサララ達は、ルイズと一緒に夕食を取った。
ワルドに結婚を申し込まれたと聞いた衝撃でワインを吹き出しで怒られたり、
恋愛対象は居ないのか? と聞かれてそんなのは居ないと答えたサララを見て、
数人の知人をチョコが心の中で慰めたり、
ゲルマニアの噂を聞いて、カエルが苦手なルイズが身震いをしたり、
彼女達なりに楽しいお喋りをしながらの夕餉だった。
それが中断したのは、にわかに階下が騒がしくなったからである。
ワルドが報告して曰く、『この店に居るピンク髪の小娘を出せ!』、と
傭兵達が口々に騒ぎ立てているという。
逃げるのも迷惑になるしなあ、と渋々ながら彼女は彼らの前に姿を見せた。
そして、今に至る。
今、彼女の目の前に立つのは数十人程の傭兵の群れである。
「おうおう、ようやく出てきたようだな!」
頭に氷の入った袋を乗せた男は、確か昼間戦った傭兵だ。
彼を先頭にして、腕っぷしの強そうな奴らがそれぞれの得物を構えている。
「もー、あいつら何でここが分かったんだろー」
横で盛大なため息と愚痴をチョコがこぼす。
彼女が何故こんな目にあっているのか、それは時を少し遡る必要がある。
宿に帰ったサララ達は、ルイズと一緒に夕食を取った。
ワルドに結婚を申し込まれたと聞いた衝撃でワインを吹き出しで怒られたり、
恋愛対象は居ないのか? と聞かれてそんなのは居ないと答えたサララを見て、
数人の知人をチョコが心の中で慰めたり、
ゲルマニアの噂を聞いて、カエルが苦手なルイズが身震いをしたり、
彼女達なりに楽しいお喋りをしながらの夕餉だった。
それが中断したのは、にわかに階下が騒がしくなったからである。
ワルドが報告して曰く、『この店に居るピンク髪の小娘を出せ!』、と
傭兵達が口々に騒ぎ立てているという。
逃げるのも迷惑になるしなあ、と渋々ながら彼女は彼らの前に姿を見せた。
そして、今に至る。
「で、どうするのかね、サララくん?」
ワルドが呆れるような面白がっているような声を上げる。
サララは、少し悩む。何故ここがバレたのか、思いを巡らせていた。
恐らく、誰かが自分がこの宿に泊まっていることをバラしたのだろう。
でも一体誰が、何のために? 考えても答えは出ない。
「ははは! どうしてここが分かったのか、って言いたげな顔だな!
親切な野郎が教えてくださったんだよ!
何でもその方はテメエらをアルビオンへやりたくねえらしいなあ!」
「……ご親切にわざわざどーも」
チョコが呟く。それは、彼らに居場所を教えた相手への言葉か、
あるいは聞いても居ないことをべらべらと話す彼らへの言葉か。
隣でルイズも呆れているし、ワルドは呆れを通り越して頭を抱えている。
とにかく、貴族派の妨害みたいですね、と緩んだ空気を引き締めるように告げる。
「う、うむ。そのようだな。僕とルイズは一足先に桟橋へ向かおう。
明日出る船なら、ある程度準備は終わっていて飛べるはずだ」
「え! でもワルド様、それじゃサララは!」
「大丈夫だよ、こんな奴らすぐにやっつけちゃうから」
何でもないことのように、ケロリとした顔でチョコが言った。
サララもそれに続いて笑顔で頷く。
「……分かったわよ」
ルイズは思い出す。その笑顔は、フーケのゴーレムに立ち向かった時と同じもの。
だから、その笑顔を信じよう、と思った。
「すぐよ、すぐ追いつきなさい! ご主人様の命令なんだからね!」
はい、と笑って、サララはルイズを見送った。
「ふふん、よくわからんが今生の別れは済んだようだな。
すぐ追いつく、というのは創作の世界ではすぐ死ぬ奴の台詞だ!」
傭兵の先頭で、アーカイブが高らかに宣言する。
そして、傭兵達がいっせいに襲い掛かってきた。
だがサララは臆することはない。相手はただ魔法と武器に少々長けただけの人間。
魔王の目玉や魔王の腕、そして魔王そのものに比べれば
比べるのも失礼な程度の実力であろうと推測する。
……まだ、サララ本人は魔王と戦ったことはないけれど。
数の暴力を相手にするなら、こちらも手数を増やせばいいだけの話だ。
かちゃり、と手にした鉄の扇を開き、鳴らす。
さて、久しぶりのまともな戦闘だ。体が鈍ってなければいいが、と。
そう思いながら、それを迎え撃たんとするサララの顔には、笑みが浮かんでいる。
「でえりゃっ!」
上段から振り下ろされた剣を、鉄の扇で受け止める。
「なっ」
大男は、どこにそんな膂力があるのか驚いているようだ。
その隙を見逃すサララではない。
きぃん、と剣を弾き返し、間髪入れずその腹部を扇で殴る。
鉄で出来ているだけあって、そのダメージは割りと深く、男がうめき声をあげる。
それをきっかけとして、サララは他の敵の胸元へ一気に飛び込む。
襲いくる彼らの攻撃をひらりとかわしながら、手にした得物で流れるように殴る。
見様によっては一種の舞踏のようであった。
「ぐっ、ちきしょうが、ふざけやがって……!」
「女子供だと思って手加減してやりゃあ、調子に乗りやがって!」
男達が呻きながらもサララを睨みつける。
その視線を受けて、サララは笑った。その手には、一つの糸車が握られている。
からからと、それを鳴らす。鋭い男達の目元が、段々と和らぐ。
否。それは、眠りに落ちているのだ。糸を一つ紡ぎ終える頃には、
男達は地面に伸びて盛大ないびきをかいていた。
「珍しいね、サララがこういうアイテムきちんと使うなんて」
いつまでも力押しダメでしょう? ……手加減できるか分からなかったし、と
サララは、チョコの問いかけに笑みを見せた。
「……まあいいけど。今からなら、二人にもすぐ追いつけるよ」
ワルドが呆れるような面白がっているような声を上げる。
サララは、少し悩む。何故ここがバレたのか、思いを巡らせていた。
恐らく、誰かが自分がこの宿に泊まっていることをバラしたのだろう。
でも一体誰が、何のために? 考えても答えは出ない。
「ははは! どうしてここが分かったのか、って言いたげな顔だな!
親切な野郎が教えてくださったんだよ!
何でもその方はテメエらをアルビオンへやりたくねえらしいなあ!」
「……ご親切にわざわざどーも」
チョコが呟く。それは、彼らに居場所を教えた相手への言葉か、
あるいは聞いても居ないことをべらべらと話す彼らへの言葉か。
隣でルイズも呆れているし、ワルドは呆れを通り越して頭を抱えている。
とにかく、貴族派の妨害みたいですね、と緩んだ空気を引き締めるように告げる。
「う、うむ。そのようだな。僕とルイズは一足先に桟橋へ向かおう。
明日出る船なら、ある程度準備は終わっていて飛べるはずだ」
「え! でもワルド様、それじゃサララは!」
「大丈夫だよ、こんな奴らすぐにやっつけちゃうから」
何でもないことのように、ケロリとした顔でチョコが言った。
サララもそれに続いて笑顔で頷く。
「……分かったわよ」
ルイズは思い出す。その笑顔は、フーケのゴーレムに立ち向かった時と同じもの。
だから、その笑顔を信じよう、と思った。
「すぐよ、すぐ追いつきなさい! ご主人様の命令なんだからね!」
はい、と笑って、サララはルイズを見送った。
「ふふん、よくわからんが今生の別れは済んだようだな。
すぐ追いつく、というのは創作の世界ではすぐ死ぬ奴の台詞だ!」
傭兵の先頭で、アーカイブが高らかに宣言する。
そして、傭兵達がいっせいに襲い掛かってきた。
だがサララは臆することはない。相手はただ魔法と武器に少々長けただけの人間。
魔王の目玉や魔王の腕、そして魔王そのものに比べれば
比べるのも失礼な程度の実力であろうと推測する。
……まだ、サララ本人は魔王と戦ったことはないけれど。
数の暴力を相手にするなら、こちらも手数を増やせばいいだけの話だ。
かちゃり、と手にした鉄の扇を開き、鳴らす。
さて、久しぶりのまともな戦闘だ。体が鈍ってなければいいが、と。
そう思いながら、それを迎え撃たんとするサララの顔には、笑みが浮かんでいる。
「でえりゃっ!」
上段から振り下ろされた剣を、鉄の扇で受け止める。
「なっ」
大男は、どこにそんな膂力があるのか驚いているようだ。
その隙を見逃すサララではない。
きぃん、と剣を弾き返し、間髪入れずその腹部を扇で殴る。
鉄で出来ているだけあって、そのダメージは割りと深く、男がうめき声をあげる。
それをきっかけとして、サララは他の敵の胸元へ一気に飛び込む。
襲いくる彼らの攻撃をひらりとかわしながら、手にした得物で流れるように殴る。
見様によっては一種の舞踏のようであった。
「ぐっ、ちきしょうが、ふざけやがって……!」
「女子供だと思って手加減してやりゃあ、調子に乗りやがって!」
男達が呻きながらもサララを睨みつける。
その視線を受けて、サララは笑った。その手には、一つの糸車が握られている。
からからと、それを鳴らす。鋭い男達の目元が、段々と和らぐ。
否。それは、眠りに落ちているのだ。糸を一つ紡ぎ終える頃には、
男達は地面に伸びて盛大ないびきをかいていた。
「珍しいね、サララがこういうアイテムきちんと使うなんて」
いつまでも力押しダメでしょう? ……手加減できるか分からなかったし、と
サララは、チョコの問いかけに笑みを見せた。
「……まあいいけど。今からなら、二人にもすぐ追いつけるよ」
「ルイズは大丈夫かしら……」
桟橋の階段を駆け上がりながら、ルイズが呟く。
ああは言ったものの、やはり心配なのだ。
「もし彼女達が追いつけなかった場合、置いていくことも考えなければいけないよ」
「そんな!」
ルイズが反論しかけた時、二人の後ろから足音が聞こえた。
サララ、と叫ぼうとしたルイズの体は、宙に舞い上がった。
「ルイズ!」
ワルドが杖を構えて叫ぶ。彼女を抱えたのは、白い仮面を被った男だった。
「ちょっと、何よあんた、離しなさいよ!」
ルイズがじたばたと暴れるが、男はその手を離さない。
「く! ルイズを離せ!」
ワルドが呪文を唱え、今まさに魔法を放たんとしたその瞬間。
ふっ、と何かが彼の頬を掠めて飛んでいく。
一振りの剣が、男の仮面に当たった。
予想外の攻撃に、男はうろたえ、壊れかけた仮面を片手で抑える。
「サララ!」
ルイズが、剣が飛んできた先を見て叫ぶ。
剣を投擲した体勢そのままに、サララは、遅れてすいませんでした、と嘯く。
「ラナ・デル・ウィンデ!」
ワルドの風の槌が困惑しきっている男を吹き飛ばす。
その衝撃で、男はルイズを手放し、よろめく。
階段から足を踏み外しながらも、男も呪文を唱えた。
「デル・ウィンデ」
男の杖から、幾つもの風の刃が飛んでくるのが分かる。
そしてその刃は、サララを狙っている。
サララは、素早く袋からデルフリンガーを取り出し、構えた。
「ナイスタイミングだぜ、相棒!」
しゅう、と音を立て、魔法はその刀身に吸い込まれていった。
「……まさかもう追いついてくるとは思わなかったよ。
だが、助かった、ありがとう」
「ほ、本当よ! もう少しで大変なことになったかもしれないんだからね!」
恐怖をかき消すように口を尖らせるルイズに、はい、とだけ答えておく。
「それにしても……、これは投擲用の剣ではないと思うんだが」
ワルドが、水色の刀身をしたその剣を拾いまじまじと眺める。
ちょっと魔法の力が籠った剣なんです、とサララは答えた。
「ふむ。興味深いが今は詮索している場合ではないね。さ、フネへ急ごう。
サララくんには、殿を頼んでいいかな」
ええ、とサララが答えてから、三人は駆け出した。
「……ね、サララ」
チョコがサララの耳元で囁く。
「あの剣での攻撃、随分、あいつに効いたみたいだったね」
前を行く二人に勘付かれない程度に、サララは頷く。
あの男の背格好、あの剣が効いた理由、そういったことを考える。
その視線の先に、ワルドの背中をしっかりと捉えながら。
桟橋の階段を駆け上がりながら、ルイズが呟く。
ああは言ったものの、やはり心配なのだ。
「もし彼女達が追いつけなかった場合、置いていくことも考えなければいけないよ」
「そんな!」
ルイズが反論しかけた時、二人の後ろから足音が聞こえた。
サララ、と叫ぼうとしたルイズの体は、宙に舞い上がった。
「ルイズ!」
ワルドが杖を構えて叫ぶ。彼女を抱えたのは、白い仮面を被った男だった。
「ちょっと、何よあんた、離しなさいよ!」
ルイズがじたばたと暴れるが、男はその手を離さない。
「く! ルイズを離せ!」
ワルドが呪文を唱え、今まさに魔法を放たんとしたその瞬間。
ふっ、と何かが彼の頬を掠めて飛んでいく。
一振りの剣が、男の仮面に当たった。
予想外の攻撃に、男はうろたえ、壊れかけた仮面を片手で抑える。
「サララ!」
ルイズが、剣が飛んできた先を見て叫ぶ。
剣を投擲した体勢そのままに、サララは、遅れてすいませんでした、と嘯く。
「ラナ・デル・ウィンデ!」
ワルドの風の槌が困惑しきっている男を吹き飛ばす。
その衝撃で、男はルイズを手放し、よろめく。
階段から足を踏み外しながらも、男も呪文を唱えた。
「デル・ウィンデ」
男の杖から、幾つもの風の刃が飛んでくるのが分かる。
そしてその刃は、サララを狙っている。
サララは、素早く袋からデルフリンガーを取り出し、構えた。
「ナイスタイミングだぜ、相棒!」
しゅう、と音を立て、魔法はその刀身に吸い込まれていった。
「……まさかもう追いついてくるとは思わなかったよ。
だが、助かった、ありがとう」
「ほ、本当よ! もう少しで大変なことになったかもしれないんだからね!」
恐怖をかき消すように口を尖らせるルイズに、はい、とだけ答えておく。
「それにしても……、これは投擲用の剣ではないと思うんだが」
ワルドが、水色の刀身をしたその剣を拾いまじまじと眺める。
ちょっと魔法の力が籠った剣なんです、とサララは答えた。
「ふむ。興味深いが今は詮索している場合ではないね。さ、フネへ急ごう。
サララくんには、殿を頼んでいいかな」
ええ、とサララが答えてから、三人は駆け出した。
「……ね、サララ」
チョコがサララの耳元で囁く。
「あの剣での攻撃、随分、あいつに効いたみたいだったね」
前を行く二人に勘付かれない程度に、サララは頷く。
あの男の背格好、あの剣が効いた理由、そういったことを考える。
その視線の先に、ワルドの背中をしっかりと捉えながら。