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ルイズと夜闇の魔法使い-11


 その夜、ルイズの部屋を訪れた柊は疲れきった表情でテーブルの傍に置かれた椅子に崩れ落ちていた。
 天井を仰ぐように背もたれに体重をかけ、両の足を投げ出して小さく呻く。
「くそう……あのオッサンふざけやがって……」
 宝物庫を後にしてすぐ、柊はすぐにコルベールに捕まって彼の研究室とやらに連行されたのだ。
 薬品やら何やらのにおいが鼻の付くその部屋で、柊はコルベールにファー・ジ・アースの事を根掘り葉掘りうんざりするほどに質問された。
 始めの内は一応節度を持って答えていたのだがいい加減億劫になってきて、手っ取り早く0-Phoneを見せたのだ。
 これがまずかった。
 コルベールは狂喜乱舞して0-Phoneとそのデータベースにある情報を漁り始めたのだ。
 しかし柊達がハルケギニアの文字を知らなかったのと同様コルベールもファー・ジ・アースの文字を読めなかったし、放っておくと分解しかねない勢いだったので柊は結局その場を離れることができなかった。
 おかげさまで柊は食事を取ることさえできずについ先程まで付き合わされる羽目になったのである。
 ちなみに0-Phoneはちゃんと回収してある。
 今頃コルベールはデータを書き取った分厚い紙束を見ながら研究にいそしんでいるだろう。
 もっともデータベースに載っているのは所詮薄っぺらい知識でしかないので、技術体系も魔法体系も異なるハルケギニアで再現する事はできないだろうが……。
「そういやエリスはどうした?」
 ふと部屋の中にエリスがいない事に気付いて柊は勉強机に陣取っているルイズを見やった。
「寝てるわ。部屋に戻って服の整理しようとしたら、あの子倒れちゃって」
「倒れたぁ?」
 見れば確かに、大きなベッドが人型に膨らんでいた。
 何があったのかと再びルイズに眼を戻したが、彼女にも理由がわからないらしくルイズは眉を潜めている。
「何が不満だったのかしら。やっぱりいくら安くっても千ぐらいじゃだめだったってこと……?」
「エリス……くっ」
 どうやら本気で理由がわかっていないルイズを見て、柊はエリスに同情の涙を禁じえない。
 ルイズに悪気がない、というのは柊にもエリスにもちゃんとわかっている。
 一般人と金持ちの価値観の差が悲劇の元凶なのだ。
(つうかもしかしてここにいる貴族って皆こんな感じなのか……?)
 今何気なく居座っているこの場所も何気なくとっている食事も、実は眼が飛び出るほどの高級な場所なのかもしれない。
 そう考えると柊はこの学院にいるのが無性に恐ろしくなった。
 もしここを出る時に滞在賃をまとめて請求されたら……帰る方法が見つかっても一生帰れないかもしれない。
「ところであんた、なんでここにいるの?」
 柊が空恐ろしい未来予想図に思いを馳せていると、机に頬杖をついたルイズが半眼で柊をねめつけるように言った。
「ギーシュの所に居候してるんじゃないの? それとも、ゲボクの本分を思い出して戻ってきたの?」
「冗談だろ。ギーシュの事がなくてもここで寝泊りするつもりはねえよ」
 ギーシュから決闘を申し込まれたのでこれ幸いと転がり込んだ柊だが、それがなくともルイズの部屋からは出て行くつもりだったのだ。
 何しろこの部屋――というか、彼女の寝泊りしているこの宿舎は女子寮なのである。
 ルイズの方は使い魔、いやゲボク扱いとして全く気にしていないが、他の女生徒は完全に割り切ることはできないらしくすれ違うたび微妙な視線を送られるのだ。
「部屋に戻ったらギーシュから言伝があってな。なんでもキュルケが呼んでるんでお前の部屋に来いって」
「……キュルケに?」
 その名を聞いた途端、ルイズの眼が吊り上り剣呑な表情になった。
 それに示し合わせたように部屋の扉がノックもなく開かれ、艶やかな焔色の髪の少女が部屋に乗り込んできた。

「ダーリン、来てくれたのね!」
「……ダーリン?」
 喜色を称えて歩み寄ってくるキュルケに柊は怪訝そうな表情を浮かべる。
 しかしキュルケはそんな彼の顔を委細気にする事なく、両の手を広げて柊に抱きついてきた。
「ちょっ……!?」
「な、何してんのよツェルプストーッ!!」
 柊は泡を食ってキュルケを引き剥がし、ルイズは怒りも露に叫んだ。
 キュルケはルイズの怒号を無視して柊の手を取り、うっとりした目線で彼を見つめたまま口を開く。
「あたしね、恋をしたの」
「……はあ」
「光を纏ってワルキューレをなぎ倒す貴方の姿、とても刺激的だったわ。見ていてどんどん胸の鼓動が高鳴って……貴方がギトーの杖を叩き切った時、あたしの心も一緒に切って落とされてしまったの」
「……はあ?」
 ギーシュの決闘が終わった際には、キュルケはエリスの事を考えて躊躇はしていた。
 が、その後のギトーとの一戦を見て彼女はそんな躊躇が完全に吹き飛んでしまった。
 ギーシュ程度のメイジを倒せる人間なら、探せばそれなりにいるだろう。
 しかしギトーは仮にもスクエアクラスのメイジなのだ。
 これを真っ向から打ち倒せるような『メイジ殺し』――いや、杖だけを切って不殺ができるのならそれ以上だ――は国どころか世界レベルでも希少な存在といっていい。
 そんなレアモノを前にして恋に恋する乙女の事情を慮ってあげることなど、できようもなかった。
「せっかくの虚無の曜日だから二人きりで過ごそうとしたのだけど、ダーリンったらルイズと出かけてしまうんだもの。寂しかったわ」
 キュルケはもじもじとしながら柊の手を弄くる。
 柊は手を離そうとしたが、がっちりと捕まえられて逃げられなかった。
「いつまで握ってんのよ! さっさと離しなさい!!」
 ルイズが肩を怒らせて詰め寄り、強引にキュルケと柊を引き剥がした。
 そんなルイズをちらりと見やった後、キュルケは悲しそうに柊を見つめた。
「なんでも剣を買ったんですって? しかも錆びだらけのボロ剣を。ダーリンほどの剣士にそんな得物しか与えないなんて、かわいそう」
「……ありゃお前"等"だったのか」
 言いながら柊はちらりと目を扉の方に向けた。
 扉の脇ではキュルケと共に入ってきたタバサが壁を背に預け、我関せずと本に眼を落としている。
 武器屋でデルフリンガーを購入した後、妙な気配を感じたのだ。
 敵意は感じなかったので放っておいたが、どうやらキュルケ達だったらしい。
 セリフからすると、デルフが錆を払ったところは見ていないようだ。
「な……何言ってるのよ! わたしはちゃんとした剣を買おうとしたわ! それをコイツが――!!」
「そんなの謙遜に決まってるじゃない。そんな事もわからないなんて、ゼロのルイズは甲斐性までゼロなのね」
「なんですってぇ!?」
 まさに怒髪天、といった様子で怒り狂うルイズをキュルケは鼻で笑い、柊から離れてタバサの方へ歩み寄った。
 そして彼女はタバサから渡されたソレを、見せ付けるように掲げて見せた。
「ルイズの選んだボロ剣なんかより、ヒイラギにはこっちの方がずっと似合うわ!」
「それは……!?」「げえ……っ!?」
 ソレを見てルイズが驚愕に呻き、柊がくぐもった悲鳴を上げた。
 キュルケが手にしていたのは最初に店主から薦められたシュペー卿の大剣だった。
 お値段二千エキュー。おそらく二千万円以上。

「どう、ヒイラギ? ルイズのボロ剣なんかよりこっちの方がいいわよね? あたしの想いは三千エキューなんかじゃ足りないけど、これだけでも受け取って欲しいの」
 本当は値切りまくって新金貨千で手に入れたのだがそんな事はおくびにも出さず、キュルケはしなを作って柊に詰め寄った。
 柊はその大剣とキュルケをしばし凝視した後、
「……いや、要らねえ……てか、それ、もういいから……」
 げんなりとした表情で言った。
「……え?」
 キュルケの表情が笑顔のまま凍りつく。ルイズもぽかんとして柊を見やっていた。
「もうデルフ……ルイズの買ってくれた剣があるから。悪ぃけど……」
「……」
 キュルケは呆然としたまま柊を見やっていた。
 今の状況が信じられなかったのだ。
 容姿性格体形ありとあらゆる点においてルイズに劣る条件はなく、貢物でも遥かに上をいっているはずなのに拒否されたのだ。
 生まれて初めて経験したこの事態に彼女は上手く対処することができなかった。
「――っふ。うふふふ……」
 と、地の底から響くようなくぐもった笑い声が聞こえた。
 柊とキュルケが眼をやると、そこには手を腰に当て、自信満々に胸を反らすルイズがいた。
「残念ねえツェルプストー。ヒイラギは『わたしが選んだ剣』の方がいいんですって。まあ当然よね、だってヒイラギは『わたしの使い魔』なんだから。
 ちょっと媚を売ればすぐに尻尾を振るような奴等とはデキが違うのよ……大事なことだから二回言うけど、ヒイラギは『わ た し の 使 い 魔』なんだから!」
「……っ」
 意気高々と言うルイズにキュルケはギリ、と歯を噛んだ。
 何が気に入らないって、台詞云々よりも隠そうとして全然隠れていないにやけきった面が気に入らない。
 しかし言い返す事ができなかった。
 柊が自分の買った剣よりもルイズの買った剣を選んだ事実が覆らないからだ。
 キュルケは大きく深呼吸すると胸の裡に渦巻く感情を押さえつけて、努めて平静を装って柊に笑顔を浮かべた。
「……残念だわ。でもせっかくだから受け取って下さる? どうせあたしは使わないものだし、お近付きの印に差し上げるわ」
「いや、けどよ……」
 言いながら大剣を差し出すキュルケに柊はなお渋ったが、脇からルイズがそれをひったくって満面の笑みをキュルケに投げかける。
「あーらそーお? わざわざありがとうね、キュルケ。せっかくだから頂いておくわ。まあどうせ使わないけどね。なんせヒイラギはわ た し の 選 ん だ 剣 を使うんだから」
「……っっ」
 笑顔を浮かべたままキュルケが再び歯を噛み締める。見ればこめかみに青筋が浮かんでいた。
 彼女は仰々しく焔髪を掻きあげると、優雅に踵を返して柊から離れると、
「時間も時間だし今日はお暇するわ。今度は二人っきりでお話しましょうね、ダーリン?」
 僅かに震える声でそういって、足早に部屋を後にした。
 キュルケに続いてタバサも部屋を出る。
 扉を閉める間際、タバサが何事かを呟いて杖を振った。
 音もなく扉が閉じられた途端、
「         !!!!」
 タバサの『サイレント』を持ってしても抑えきれない怒号らしき声が響き、次いで寮全体が揺れるような衝撃が襲ってきた。
 テーブルがガタガタと揺れ動き、天井からぱらぱらと埃が零れおちる。

「ふぁっ!?」
 その衝撃で眼が覚めたのか、ベッドで眠っていたエリスが慌てて身を起こして辺りを見回した。
「……お、エリス、起きたか……」
「ひ、柊先輩? どうしたんですか? 何かあったんですか?」
 普段この部屋にいないはずの柊を見とめてエリスは僅かに頬を染めて髪を撫で付ける。
「いや、それがな。キュルケが――」
 頭をかきながら柊が説明しようとすると、それを遮るように。
「――あっははははは!! ざまぁ見なさいツェルプストー!!」
 今度はルイズが壊れたように馬鹿笑いを始めて手にしていた大剣を放り投げた。
 慌ててそれを拾い上げる柊をよそに彼女は踊るようにくるくると回りながらベッドに向かい、ぽかんとしているエリスに飛び掛かる。
「きゃあっ!?」
 避けようとするも間に合わず、エリスは飛び込んできたルイズに押し倒された。
 ルイズはエリスをぎゅうぎゅうと抱きしめながら、感極まったように声を上げる。
「エリス! 見た? 見た!? 今のキュルケの顔!!」
「え? えぇ?」
「最高だわ!! 今日の事はラ・ヴァリエールの輝かしい歴史の一枚に加えるべきね!! あはははははは!!!」
「ル、ルイズさ……ひゃあっ!?」
 笑いながらルイズはごろごろとベッドを転がりまわり、抱き潰された格好のエリスもそれに巻き込まれてもみくちゃにされる。
 よほどキュルケに意趣返しができたのが嬉しかったのだろう、ルイズの奇行と笑い声が収まったのは実に十分ほども経ってからだった。
「……はあ、すっきりした」
 長い間暴れまわったおかげで髪も服も乱れ息も上がっていたが、ルイズは満ち足りた表情を浮かばせている。
 エリスはといえば何が何だかさっぱりわからなくてただただ憔悴するばかりだったが、目の前の彼女の顔を見てなんとなく安堵を感じた。
 ルイズと出逢い共に生活を始めてから、『ゼロのルイズ』と揶揄されながら学院生活を送る彼女のこんな溌剌とした表情を見た事がなかったからだ。
 ……と、そこで。
 エリスはふと自分達に向けられている視線に気付いた。
「はわぁ!!」
 素っ頓狂な声を上げてエリスが顔を真っ赤に染めた。
 柊が立派な大剣を手持ち無沙汰に弄くりながら、二人を眺めていたからだ。
「な、なに見てんのよ!」
 ルイズもそれに気付いて顔を赤らめ、乱れた髪と服を直しながら叫ぶ。
 すると柊は軽く頭をかきながら、小さく笑みを浮かべて言った。
「いや……お前、そういう顔もできるんだな」
「!?」
「いつもしかめっ面とか澄ました顔してたからよ……まあそっちの方が似合ってると思うけど」
「な……っ」
 ルイズの顔が真っ赤に染まった。
 隣でそれを聞いたエリスは――柊の意見には同感ではあったが、何故か心の中でもやっとした。
「な、何言ってるのよ。ゲボクのくせに生意気なこと言って……!」
「都合のいい時だけ使い魔扱いかよ……」
「うるさいわね! それよりその剣、使ったら承知しないわよ!」
 顔を赤らめたまま、誤魔化すようにしてルイズは柊の持っている剣を指差した。
「あ? ああ、これか。使う気はねえよ。デルフがあるからな」
「そ、そうよ。わたしが買ってあげた剣があるんだから、キュルケの剣なんて必要ないんだから」
「当然だろ?」

「えっ……」
 さらりと返した柊にルイズは思わず言葉を詰まらせた。
 柊は大剣を月衣に収納した後、まっすぐにルイズを見つめて口を開く。
「俺はお前の買った奴……デルフじゃなきゃダメなんだよ」
「ヒ、ヒイラギ……そこまで……」
「あ、あの……ルイズさん……」
 ルイズよりは多少付き合いが長く、柊の性格を把握しているエリスがおずおずと口を挟んだ。
 しかしルイズはそれに気付かず、どこか照れたような表情を浮かべてもじもじと両の手の指を絡めた。
「な、なによ。普段いけ好かない態度のくせして意外と忠誠心高いじゃない……ツンデレって奴なの?」
 そんな彼女の様子に柊は小さく首を傾げた後、爽やかに笑いながら言った。
「……何しろもうデルフと契約済まして魔剣にしちまったからな!」
「…………………はい?」
 ルイズの表情がぴしりと固まる。
 しかし柊はそれに気付かず、したり顔で言葉を続けた。
「ほら、俺、魔剣使いって言ったろ? だから魔剣以外の剣を使ってもあんまり意味がねえんだよ。まあ契約変更できないことはねえけど、デルフもうるせえだろうし」
「ル、ルイズさん……」
「……それだけ?」
「いや、それだけじゃないぞ。ちゃんと性能の事も考えてる。錆がなくなったデルフなら能力が付加されてる分有利だしな!」
「…………………それだけ?」
「他に何かあるのか?」
「…………………」
「ル、ルイズさん落ち着いて……っ!」
 小刻みに震えながら黙り込んでしまったルイズ、そして酷く慌てた様子で彼女に縋りつくエリスに柊は怪訝そうな表情を浮かべたが、
それよりも渡されてしまった大剣の処遇の方が彼にとっては重大事だった。
「しかし、あの剣はどうすっかな。この世界で返品ってきくのか? なあ――」
「用事が終わったんならさっさと帰んなさいよこのゲボクーッ!!」
「ごあっ!?」
 ルイズから放たれた失敗魔法が炸裂し、直撃を受けた柊は吹き飛ばされて窓を突き破りながら退室していった。
「柊せんぱあぁい!?」
 夜風にエリスの悲鳴が響き渡った。



 ※ ※ ※



 ――そして彼女は夢を見る。

 そこは閉ざされた世界。そこは閉ざされた心の檻。

 茨の鎖に繋がれているのは、行き場をなくした一人の少女。

 静謐に沈んだその場所で、一体どれほど刻を過ごしたのだろうか。

 思考する事さえ放棄した少女の裡に、ノイズが奔った。

 ざくり、ざくりと茨を切り刻む音。

 抉られるたびに痛みが走る。その片隅で、心が跳ねる。

 辿り着いて欲しくないと思いながら、ココに来て欲しいと恋焦がれる。

 やがて現れたのは、一人の青年。

 魔剣を携えた彼は無遠慮に彼女の心を踏破して底に辿り着く。

 顔を上げて彼の顔を見た瞬間、涙が零れそうになった。

 それは悔やみの涙か、嬉しみの涙か。

 青年はゆっくりとその魔剣を振り上げると――



 ―――――少女の胸を貫いた。


 瞬間、意識が広がる。

 海底のような蒼色から、天照すような金色に。

 己が身を貫く魔剣を携えた彼は、少女が今まで見た事のない表情を浮かべていた。

 それは敵意の目線。明らかな殺意。

 彼は胸を貫く魔剣に力を込めて、何かを言った。

 その言葉が終幕。

 命が穿たれ消え果てる。存在が砕けて消え果てる。

 その身が幾十幾百の『欠片』となって砕け散る――



 ※ ※ ※



「……」
 エリスは夜闇に沈む部屋の中で、ゆっくりと身を起こした。
 僅かに眉根を寄せて、小さく溜息をつく。
 何か――夢を見ていたような気がする。
 それがどんな内容だったのか、彼女はそれをほとんど憶えていない。
 過去の体験だったような気もするし、まったく覚えのないキオクだったような気もする。
 ルイズと契約をして以来、毎晩のように経験する夢だ。
 知らず彼女は自らの胸に手を添えていた。
 これもその夢を見た後に決まってする行為。
 何故かよくわからないが、起きた後は胸に熱さを感じるのだ。
 刻まれたルーンが熱を持っているのか、それともその奥に何かがわだかまっているのか。
 要するに――エリスは何一つ理解できることがない。
「……ルイズさん?」
 ふと部屋を見渡して見れば、隣で寝ていたはずのルイズがいないことに気付いた。
 時計を見やればそろそろ日付が変わろうかという時刻。
 彼女はベッドから降りると、肌を撫でるような冷気に僅かに身を震わせた。
 春先とはいえ深夜に差しかかろうとする夜気はまだ少し冷たい。
 まして今夜はルイズが破壊した窓がそのままで、外気がそのまま中に入ってきているのだ。
 改めて部屋を見回してみてルイズが部屋にはいない事を確認すると、エリスはクローゼットから服を取り出し軽く羽織ってから部屋を後にする。
 その途中、何気なくルイズの勉強机を見やる。
 そこに置かれた数冊の本を見つめた後、エリスは小さく笑みを浮かべた。




 本塔を臨む広場の片隅で、ルイズは一人座って夜空を見上げていた。
 疲労で僅かに汗ばんだ身体をそのままに、彼女は夜闇に浮かぶ双月をただじっと見つめる。
 特に何か意図があったという訳ではない。
 強いて言えば地上に広がる惨状をあまり見たくない、というくらいだ。
 休憩がてらに空を見上げて――そのまま見入ってしまっただけ。
 当然ながら紅と蒼の月を見上げるのはこれが初めてではないのだが、何故か最近になって妙に心がざわめくのだ。
「……なんだろ」
 思い入れなどないはずなのに何故か奇妙な懐かしさを感じて、ルイズは胸に手を添える。
 それまであったはずのものがなくなっているような感覚。
 いや、なくなったというよりは――

「ルイズさん?」
 背後から響いた声にルイズは大きく身体を跳ねさせ、慌てて振り返った。
 そこには夜着を羽織ったエリスがいた。
 なんだ、と呟いてルイズは彼女から顔を逸らし、背を丸めて目の前の広場に眼を向けた。
 隣にエリスが座っても、ルイズは眼前の光景から眼を離さない。
 広場にはいたる所に大小の穴と焦げ跡、標的にでもしていたのかぼろぼろに朽ちた杭がいくつか散らばっている。
 ……なんのことはない、いつもの『魔法』の結果だった。
「……練習、してたんですか?」
「……」
 エリスの問いにルイズは答えなかった。ただ、丸めていた背中を更に縮こませただけ。
 エリスはそれ以上何も言わなかった。
 夜闇の中に沈黙が降りる。
 しばしの静寂の後、囁くように声を漏らしたのはルイズだった。
「約束、したでしょ」
「え?」
「貴方に認められるような、ちゃんとした主になるって」
「……はい」
「色々考えたんだけど、正直どうすればいいのかよくわかんなくって。だから……今まで通り、とりあえず普通に魔法が使えるようになろうって」
「……はい」
 エリスには決して眼を合わせないまま、呟くように語るルイズを彼女はじっと見守っていた。
 ルイズはそんな彼女の視線を受けながら、懐かしい感覚を覚える。
 先ほどの双月とは違う、心当たりのある懐かしさだ。
「でも、やっぱりできなかったわ。召喚の儀式に成功して、使い魔もできて、何か変わるかと思ったのに……何も変わらない」
 恐らく儀式を行ったあの日にエリスや柊に対して色々とぶちまけてしまったからだろう、ルイズは学院の誰にも言わないような台詞を紡ぐ。
 実家にいた頃は姉にそうやって弱音や愚痴を漏らしていた。
 そうすると、弱気な発言をしているはずなのに何故か心が軽くなっていくような気がするのだ。
「……一度も成功したことがないんですか?」
「何度も何度もやってると、ごく稀に成功する時もあるわ。でもそんなまぐれ当たりみたいなの、『成功』とは言わないでしょ? 成功した実感なんて何一つないもの」
 得意な系統の魔法を唱えると自分の裡に何かが生まれ身体を巡っていく感覚がするのだという。
 だが一度としてルイズはそれを感じたことはない。
 ごく普通に、皆と同じようにしているのに何故か爆発して、何故か稀に成功する。
 なんで爆発するのかわからない。なんで成功したのかもわからない。
 使った回数、行った時間、魔法の系統、およそ考え付くことはこれまでにあらかた試してみた。
 だが何の光明も見えはしなかった。
 魔法を学び始めて十年余りかけて――何一つ進むことはなかった。
 ルイズは自嘲めいた笑みを浮かべて、呟いた。
「……わたし、やっぱりゼロなのかしら」
「ゼロじゃないですよ」
 間をおかずに返ってきたエリスの声にルイズは思わず顔を上げ、彼女を見やった。
 エリスはルイズの視線を受け止めたまま少しだけ言葉を選ぶように間を開けると、優しく語り掛ける。
「魔法が使えなくったって、ルイズさんはルイズさんです。
 私、今まで一緒に暮らしてきて、少しだけルイズさんの事を知りました。
 授業を真面目に受けてて、勉強を頑張ってる事も知ってます。魔法を使えるようになるために練習してる事も、今知りました。
 私と柊先輩がこの世界に来た時色々教えてくれたのも、服を買ってくれたのも……魔法のことはよくわかりませんけど、少なくともルイズさんのそういう部分は、ゼロじゃありません」
「……」

 なんだか話をはぐらかされたような気もするが、さほどルイズは憤りも不満も感じなかった。
 彼女が今まで生きてきた世界――貴族の世界では、その大前提に魔法がある。
 ゆえにその大前提において『ゼロ』と呼ばれていたルイズは、その他の部分についてもほとんど認められることはなかった。
 それは貴族同士だけでなく、貴族を見る平民からの視線も同じだった。
 エリスの言った台詞自体は初めて耳にする類ではない。
 だが、取り繕うでもなくおべっかでもない表情でそれを言われたのは、生まれて初めてだった。
「……そ、そう。ちゃんと見てるとこは見てくれ……っ、見てるのね」
 なんとなく照れ臭くなってルイズは頬を染め、眉を寄せてそっぽを向いてしまう。
 と、
「……あ、それともう一つ」
 思い出したようにエリスが呟いた。
 ルイズが目線だけを向けると、彼女はどこか意地悪そうに微笑んでから、言った。
「柊先輩のために異世界の事について調べてくれてるのも、ちゃんと知ってますから」
「っ!?」
 思わず大仰に肩を揺らし、眼を見開いてエリスを見やるルイズ。
 そんな彼女を見てエリスは可笑しそうに笑みを零した。
「なっ、なにっ、を、言ってるの? なんでわたしがそんな事……っ」
「ハルケギニアの文字、勉強しましたから。机においてある本、そういう関係のものですよね?」
「ち、違うわ! そんなんじゃないのよ! なんでわたしがわざわざ自分の部屋に持ち込んでまで……!」
「図書室で調べてたら、柊先輩と鉢合っちゃうかもしれませんしね」
「~~~っ!」
 ルイズの顔が羞恥に紅く染まり、せわしなく手をばたばたとさせて叫んだ。
「わ、わたしはね、貴族なのよ!? 人の上に立つ者としての威厳を保ってなきゃいけないの! 下の者に……特定個人のゲボクに対してあれこれとしてあげるなんて、そんな事しちゃダメなの!」
 要するにゲボクとして扱うとしてしまった手前、引っ込みが付かなくなってしまったのだろう。
 月光に照らされた薄桃の髪を揺らして弁明するルイズを見ながら、エリスはくすくすと笑いながら答えた。
「でも柊先輩もここの文字を勉強してますから、隠し続ける事なんてできませんよ?」
「だからそんなんじゃないってば! それだけじゃないもん!」
「……?」
 ルイズの妙な言い回しにエリスは小首を傾げた。
 ルイズも自分の失言に気付いたのか、はっとして視線をさまよわせ、今までとはうってかわって黙り込んでしまう。
「……それだけじゃ、ないのよ」
「ルイズさん?」
 伺うようなエリスの声に、ルイズはそれ以上答えることができなかった。
 ルイズが時間の合間を縫って異世界の事に関して調べていたのは事実だ。
 柊とエリスにそのことを隠していた理由も、半分はその通り。
 だが、理由はもう一つあるのだ。
 ある意味当然の事ではあったが、それなりに調べて見ても異世界のことなど御伽噺もいいところの話だった。
 なのでそこへ帰る――異世界に行く方法なども、夢物語のようなものだ。
 しかし仮に……万が一それが見つかったとしたら。
(……貴女も帰っちゃうんじゃないの?)
 エリスはルイズの使い魔になる事を了承してくれて、実際使い魔との契約をしてくれた。
 だが、彼女は『元の世界には帰らない』とも『ルイズと共にこの世界で生きていく』とも言っていないのだ。
 仮に口にはせずともエリスがそう思っていてくれたとしても、実際帰る道が開けたとしたらどうなるかわからない……いや、心変わりするような気がする。
 少なくともルイズは、自身がエリスのと同じ境遇だったら心変わりしてしまうと思う。
 何処とも知れぬ場所に召喚されて、そこで生きていく決心を固めたとしても、帰れるのなら帰りたい。
 家族だって唐突にいなくなった自分を……少なくとも姉の一人は心配しているはずだろうから。

「……っ」
 自分を重ねて想像してみて、ルイズは胸に刺すような痛みを感じた。
 契約をした時にも気づいた事だが、柊があまりにも軽く流してしまったのでそのままうやむやになってしまっていたのだ。
 それは――エリスにも元いた場所での生活がちゃんとあって、家族や友人がいるということ。
 そして彼女をそれらから引き離してしまったこと。
「ごめんなさい」
「え?」
 囁くように漏らしたルイズの声に、エリスは首を傾げた。
 ルイズはエリスの顔を見るのが怖くて、俯いたまま口を開く。
「貴女をハルケギニアに召喚しちゃったこと……」
「そんな……普通にやってたのに私たちのところに繋がっただけじゃないですか。別にルイズさんが悪いって訳じゃ」
「それでも、召喚した責任はわたしにあるもの。仕方なかったとか、そんな事になるとは思わなかったとか、そんな風に誤魔化すなんてできないわ」
「……」
 目線を合わせないまま、しかしはっきりと告げるルイズの横顔を見てエリスは眩しそうに眼を細めた。
「気にしないでください。柊先輩だって、深刻になる必要はないって言ってたじゃないですか」
「アイツは軽すぎるのよ。訳わかんないわ」
 ルイズは吐き捨てるように言ってからはあと溜息をつく。
 ちなみに柊が軽く流していたのは彼自身が色々波乱万丈すぎて異常事態への耐性が極めて高いからなのだが、ルイズがそれを知る由もなかった。
 それはともかくとして、今ルイズの中では一つの葛藤が生まれていた。
 つまりエリスにファー・ジ・アースへ帰ってもらうか、留まってもらうのか。
 勿論ルイズとしては使い魔となった彼女にはパートナーとしてハルケギニアに留まっていて欲しい。
 だが、彼女の元の居場所の事に思い至ってしまってはそれを無視することなどできるはずもない。
 ルイズは夜気の肌寒さに身を丸めながら考えを巡らせ――
「そうだわ!」
「?」
 天啓を得たかのように声を上げた。
 頭に疑問符を浮かべているエリスをよそに、ルイズは喜び勇んだ顔で彼女に向き直り、その手を取った。
「あの、ルイズさん?」
「わたし、ちゃんと貴女とヒイラギを元の世界に戻す方法を見つける!」
「は、はい」
「それで……」
「それで……?」
「わたしもファー・ジ・アースに行く!」
「えぇーっ!?」

 エリスは驚愕の声を上げるが、ルイズは気にすることもなくエリスの肩に手をやり詰め寄った。
「わたしもファー・ジ・アースに行って、貴女の御家族に会って話をするわ! 貴女をわたしの使い魔にしたい……って、もう使い魔にしちゃってるから事後承諾になっちゃうわね。
 でもちゃんと説得して、納得してもらうわ! それなら大丈夫でしょ? 皆に納得してもらえば、貴女がここに残ってわたしと一緒にいても大丈夫よね?」
「……」
 一気にまくしたてるルイズを、エリスはぽかんとした表情で見つめる事しかできなかった。
 そんな彼女の様子を見て不安になったのか、ルイズは急に声のトーンを落としておずおずと声を上げる。
「……ダ、ダメ?」
「……だめなんかじゃないですよ」
 思わず笑みを零してエリスはそう返す。
 むしろルイズがそこまで言ってくれたことが、彼女には嬉しかった。
 ルイズはエリスの微笑を見て安堵の息を漏らすと、意気込んだように頷いてから喋り始めた。
「それにファー・ジ・アースに行ければ、ちい姉様だって……」
「ちい姉様?」
「……ええ。わたしには姉様が二人いるんだけど、ちい姉様――カトレア姉様は病気なの。原因がよくわからなくって、いつも苦しんでて……その症状が今日話してたキョウカニンゲンだかってのに似てるみたいで。だから……」
「それであの時……」
 エリスはオスマンの話を聞いていたときに唐突にルイズが食い付いたのを思い出しながら言った。
 ルイズはそのカトレアの事を思い出しているのだろう、僅かに顔を俯けて唇を引き締めると、気を取り直したように頭を振って夜空を見上げた。
 釣られるようにして、エリスも同じように夜空を仰ぐ。
「とにかく、そのためにも明日から本腰いれて調べる。柊に見つかったってどうだっていいわ。あいつはまあついでね、ついで。ファー・ジ・アースに行く方法さえ見つかれば――」
 そこでようやく重要な事を思い出し、ルイズはぴたりと動きを止めた。
 ……ファー・ジ・アースに行く方法さえ見つかれば、総て上手くいく。
「……異世界に行く方法……?」
 そもそもの話、前提条件自体が途方もないことだった。
 多難すぎる前途にルイズはがっくりと肩を落とし、うな垂れた。
 せめてアル・ロバ・カリイエなどならまだ地続きではあるので可能性はありそうなのだが、端的に言って何処とも繋がっていない異世界ではもはや笑い話のレベルだ。
 だが実際にこうして異世界の人間――エリス達を前にした当事者としては笑えない。
 さらに契約の日の事に加えて約束を重ねた以上悖ってしまうのはプライドが許さなかった。
「もう、何だって異世界なんかから喚びだしちゃったのかしら……」
 それでも愚痴くらいは許されるだろうとルイズが憎憎しげに漏らすと、

「……それは貴女がそう望んだから」

 何故か答えが返ってきた。

 ルイズは顔を上げてその声の主を見やる。
 隣に座っていたはずの少女はいつの間にか立ち上がり、夜空を見上げたまま、ゆらりと歩き出した。
「……エリス?」
 ルイズは呆然として声をかける。
 しかし、エリスは応えない。
 そして『彼女』は、答えた。

「一人は守護を望んだ。一人は自ら選んだ。一人は何も望まなかった。そして……貴女は、力を望んだ。だから、『私』が喚ばれた」

 『彼女』はルイズに背を向けたまま、ゆっくりと手を差し伸ばす。
 天上に浮かぶ双月――紅き月と碧き月をかき抱くように、『彼女』は夜闇を仰ぐ。
「ね、ねえ……」
 不安になってルイズは立ち上がり、声をかけた。
 しかし『彼女』は語り聞かせるように言霊を紡ぐ。

「その身に宿りし力の『欠片』。その縁だけでは越えられなかった。だから"表"にいる私が喚ばれた。
 私はマガイモノだけど、同じ存在には違いないから」

「……」
 その言霊に、ルイズは知らず胸に手を当てた。
 心臓の動悸が激しい。いや、それは心臓ではない。
 身体の中心、身体の最奥、魂とでも言うべきもの……そこにあるナニカが歓喜に揺れている。
 そのざわめきは波紋のように全身に広がり、循環していく。
 今まで経験した事のないその感覚は――ひどく恐ろしかった。
 恐怖とは少し違う、形容しがたい感情。
 それを自分の裡と、目の前の少女に感じている。
「あ……あなた……だれ?」
 掠れる声を絞り出して、ルイズは問うた。
 『彼女』はゆっくりと振り返る。その双眸は紫の瞳と――ヒトならざる青の瞳。
 『彼女』はゆっくりと笑みを浮かべる。普段の柔らかい表情はそこにはなく、怖気を感じさせるほどに酷薄で、妖艶な微笑み。
 そして『彼女』は、天空の夜闇に聳える紅と碧の月を従えるように其処に佇み、静かに告げた。


『――"我"は破壊者にして、創世者なり』



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