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萌え萌えゼロ大戦(略)-17


「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ!」
「……ア…………」
 感極まったルイズは口元に両手を当てたまま言葉が出ない。唐突な、
ある意味この場にもっともふさわしくない人物の来訪。トリステイン王国
第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン姫は、そんなルイズに優しく
微笑みかける。
「懐かしいわね、ルイズ!こんな風に再会できるなんて夢のようだわ!
 ああ、ルイズ・フランソワーズ!何年ぶりかしら」
 そう言ってアンリエッタ姫は一歩前に歩み出る。その豊かな胸の前で
感謝の祈りのように合わされた両手を、ルイズは感極まった顔のまま
その手に包み込んだ。
「アンリエッタ姫殿下!」
「ルイズ!」
 久方ぶりの再会に喜ぶ二人。ふがくは顔を上げぬまま無言で視線のみを
そちらに向ける。

(そう言えば、この国の正式な代表は今存在しないんだっけ。
 国王が崩御された後、もう何年も王妃は喪に服したままで、跡継ぎの姫は
この通り……よくこれで政が動いていたものだわ)

 よほどあのマザリーニという枢機卿がやり手なのだろう。年齢の割に
老いさらばえて見えたのは、心労のためか……ふがくは内心で枢機卿に
同情した。
 そうしているうちに、ルイズがはっと気がついたようにアンリエッタ姫の
前で片膝をつき頭を垂れた。その様子にアンリエッタ姫は虚を衝かれたような
顔をする。
「ルイズ……?」
「申し訳ございません。懐かしさのあまりとんだご無礼を……」
 臣下の礼を取るルイズに、アンリエッタ姫は片膝をつくルイズの手を
取って、ルイズが自分の遊び相手として過ごしていた思い出を語る。
その姿にルイズも打ち解け、やがて二人の間に笑みがこぼれた。
 その様子は、未だ面を上げぬふがくにはできすぎた茶番劇のようにしか
見えなかった。だが、ルイズはそんなことに気づきもしない。本来ならば、
何故こんな時間に一国の姫君がこんな場所に忍んでこなければならないのか……
それに違和感を感じなければならないのに。

(こんな立場の人間が、いくら自分に縁があっても疎遠だった臣下の部屋に
昔話をするためだけに来るはずなんてない。きっと裏があるはず……)

 ふがくは考える。そう言えば、昼間キュルケたちが隣国アルビオンの
内戦、そしてトリステインと隣国ゲルマニアの軍事同盟の話をしていた。
そのタイミングでのアンリエッタ姫の行幸、そしてルイズへの非公式な
訪問――あまりにも不自然。ふがくは嫌な予感がしてならなかった。
 そんなときだ。アンリエッタ姫が思い出したように臣下の礼を取ったままの
ふがくに視線を向けたのは。
「あなたは?」
「ご尊顔を拝することができ光栄に存じます。姫殿下。
 私は大日本帝国の鋼の乙女、ふがくと申します。そちらにおられる
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様に召喚され、
使い魔として仕えております」
「『ダイニホンテイコク』?それに『ハガネノオトメ』……?」
 面を上げてそう返答するふがく。アンリエッタ姫は礼にかなった
その諸作に感心すると同時に聞き覚えのない単語に困惑の表情を見せるが、
そこにルイズがフォローに入った。

「それについてはわたしが。
 『ダイニホンテイコク』は、遙か東方にある、2600年前に天より降臨したと
される『テンノウ』と呼ばれる皇帝の一族が代々治める国だそうです。
 『ハガネノオトメ』とは、ハルケギニアで一番近いものを挙げると
『偽りではない意思を持ったガーゴイル』になるでしょうか。
ご覧いただいておりますようにハルケギニアのガーゴイルとは異なり
見た目は人間そっくりで、ふがく自身もかの国では士官待遇だったとのこと。
 事実、オールド・オスマンより学院内に限りふがくを准貴族として
扱うとされておりますし、わたしもふがくの力には大いに助けられて
おります」
 ルイズなりに理解した大日本帝国の説明を聞いてアンリエッタ姫は
「まぁ」と驚きの声を上げた。そしてふがくを好奇の視線でまじまじと
見つめる。翼を外しているため目に見える違いと言えばその白い髪と
白と青を基調とした東方風の格好、それに脚の車輪だけなのだが、
アンリエッタ姫はその姿をしっかりと目に焼き付けた後で思い出したように
にこやかに微笑む。
「ルイズは昔からどこか変わっていたけれど……相変わらずね。
 かの盗賊『土くれのフーケ』を懲らしめたことを聞いたとき、いったい
どうしたのかと思ったけれど、納得できましたわ」
「ひ、姫様?」
 驚くルイズ。その手をアンリエッタ姫は優しく包み込んだ。
「わたくしがあなたにできることは、こうしてお礼を言うことだけです。
 ルイズ・フランソワーズ、ありがとう。
 本当にあなたが羨ましい。自由って素敵ね」
 そう言ってアンリエッタ姫の表情に翳りが差すのをルイズは見逃さなかった。
「姫様……どうなさったんですか……?」
 心の底から心配している面持ちのルイズを前に、アンリエッタ姫は
背を向けて窓に向かい、その目を閉じて静かに言う。
「結婚するのよ、わたくし……」
 突然のことにルイズは困惑する。月並みな言葉しか出ない状況で、
ルイズの視線はアンリエッタ姫の一挙一動に注がれた。
「実は、ゲルマニアの皇帝へ嫁ぐことになったのです……」
「ゲルマニアですって?あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」
 アンリエッタ姫の言葉に同情しているのか、差別的な言葉を口にする
ルイズ。ふがくは昼間キュルケが言っていたことをそのまま口にする
ルイズに内心不快感を覚え、また風向きが妙な具合になっていることに
危機感を抱いたが……どうすることもできないでいた。
 そのふがくの心情を知ってか知らずか、アンリエッタ姫は大舞台に
上がった女優のような仕草でゆっくりと、静かに言葉を紡ぎ出す。
「そう。でも、仕方ないの。同盟を結ぶためですから。
 アルビオンの叛乱軍が王室を倒し……勝利を収めてしまう前に、わたくしは
トリステインのため、ゲルマニアに身を委ねなければならないのです……」
 歌劇団の主役のような仕草で静かに語るアンリエッタ姫。その様子は
ふがくの嫌な予感を裏付けるものだった。
「……ですが……同盟を望まぬアルビオンの貴族たちが今、婚姻を妨げる
材料を探しているようなのです……」
「え!?……まさか、そのようなものがあるのですか……?」
 ルイズの問いかけをアンリエッタ姫は静かに肯定した。そして罪の
意識に恐れおののくかのように激しくかぶりかぶりする。
「おお!始祖ブリミルよ!この不幸な姫をどうかお救いください!
 ルイズ……わたくし……どうしたら……!」
「言って!姫様!婚姻を妨げる材料って何ですか!?」
 (しまった!)――ふがくが無礼をかまわず声を出そうとしたが間に
合わなかった。アンリエッタ姫は瞳に涙すら浮かべた表情で謝罪の言葉と
ともに本題を口にする。

「ごめんなさいルイズ!
 『土くれのフーケ』を懲らしめることができたあなたなら……何とか
できるのではないかと……
 ああ……わたくしは……おともだちのあなたに、戦中で危険なアルビオンに
行って欲しいなどと……そんなひどいことを口にしようとしていたのよ……っ!」
 そのまま泣き崩れるアンリエッタ姫。その様子にルイズは勢いに乗ったまま
決定的な言葉を口にした。
「姫様!
 このラ・ヴァリエール家の三女ルイズ・フランソワーズは、姫様の
おともだちであり、まったき理解者です!
 永久に誓った忠誠を忘れたりは致しません!」
「うれしいわ!ルイズ!
 わたくしはあなたの忠誠と友情を一生忘れませんわ!」
「姫殿下!」
 ひしと抱き合うアンリエッタ姫とルイズ。その様子をふがくは内心
歯噛みして見つめるしかなかった。

(……完全にしてやられたわ。
 ルイズの性格じゃ、あんな搦手でこられたら勢いのまま承諾するのは
分かっていたはず。
 しかもこれじゃ正式な命令じゃないからルイズが勝手に内戦状態の国に
後方支援もなしに飛び込むことになる……
 ああ、もう!この姫様、私がいることを見越してこんな茶番劇仕込んで
きてるし!それに……あのバカ、私が気づいてないとでも思ってるのかしら!)

 いらつく感情も含めて決してそれらを言葉に出さず、ふがくはドアに
視線を送る。そうしているうちに二人も落ち着いたのか、アンリエッタ姫が
ルイズのベッドに腰を下ろして本題を話し始めた――

「……手紙……ですか?」
「そうです。これは信頼できるルイズ・フランソワーズ、あなたにしか
お願いできないことなのです……」
 アンリエッタ姫が語り、ルイズが言葉にした、一通の手紙――それは
以前アンリエッタ姫がアルビオンの皇太子ウェールズに宛ててしたためた
ものだという。内容については語ることはできず、しかしそれが叛乱軍の
手に落ちればトリステイン王国は一気に窮地に立たされるもの――それを
聞いたふがくはもはや渋面を隠しきることができなかった。

(……これはどう考えても不義密通の誓書ね。この姫様、自分の不始末を
ルイズに押しつける気だわ。
 おまけに正式な命令書もないただの『お願い』だからどう転んでも
ルイズの勝手な行動になる。たとえルイズがアルビオンで死んでも
この姫様には何の関係もないと言い張れる……そんなことになったら
私まで消されそうね)

 ふがくは考え得る悪い予感にますます眉をひそめる。そして……
この泥沼に喜んで足を踏み入れようとする、扉の向こうの愚か者に意識を
向けた。まだこちらが気づいていないと思っているらしい。
事実、気づいているのは自分だけだろう。ルイズはもちろん、あの姫様も
自分に酔いしれて外のことなど気にもとめていない――いや、これまでのことから
誘っているのかとも思えてきた。そんな中、ふがくは今の自分にできる
最低限度の確認を行うため、最大限の礼を伴ってアンリエッタ姫に声をかけた。
「……畏れながら、姫殿下にご確認致したいことがございます」
「ふがく?」
「……かまいません。何ですか?」

 改めて片膝をつき頭を垂れるふがくに、ルイズは驚き、そしてアンリエッタ姫は
柔らかな笑みを浮かべて言葉を促す。それを聞いたふがくは、まっすぐに
アンリエッタ姫の青い瞳を見つめて言葉を続けた。
「それでは。仮に手紙と我が主ルイズ、どちらかを諦めなければならない
事態に陥った場合、優先すべきは手紙でしょうか?それとも我が主ルイズ
でしょうか?」
「……両方、は無理な場合……ということですか?
あなたがルイズ・フランソワーズのそばにいて、そんなことになると
いうのですか?」
「敵地において手引きもなく、後方支援もない潜入任務の場合……
いえ、どんなときにも最悪の事態は考慮しなければなりません。
 確かに、我が主ルイズだけの場合ならば、姫殿下の望むまま生還することも
叶いましょう。ですが……」
 そう言って、ふがくは黙礼でアンリエッタ姫に非礼をわびてから静かに
扉に移動する。そして――一気に扉を開け放った。
 そこには、しゃがんで聞き耳を立てる姿勢のままのギーシュがいた。
冷めた視線で自分を見下ろすふがくと目が合ったギーシュが何か言おうと
したが、ふがくは有無を言わせずギーシュを部屋に引きずり込み扉を閉める。
「……同行者が二人になった場合、その保証は致しかねます」
「ギーシュ!まさか今の話立ち聞きしてたの!?」
「……いや……薔薇のように麗しい姫様の後をつけて来た……ら……うぐっ!」
 ギーシュがそこまで言った時点で、ふがくがギーシュの頭を問答無用で
床にこすりつける……が、ギーシュはそれをはねのけてアンリエッタ姫の
前に直立不動の姿勢を取り、いつもと違ったきりりとした面持ちでこう言った。
「姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに
仰せつけ下さい!」
「え……?グラモン!?」
 ギーシュの家名を聞いたアンリエッタ姫が思わず聞き返す。
「あなたは……グラモン元帥の家の係累ですか?」
「はい!グラモン家の末っ子です」
 誇らしげに胸を張るギーシュ。その様子にアンリエッタ姫は柔らかに
微笑む。
「お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようですね。
 ギーシュさん、この不幸な姫の力になって下さい」
「は、はいっ!」
 ギーシュは感涙にむせび泣いている。それを横に、ルイズがアンリエッタ姫に
向かい合った。
「では、明日の朝、アルビオンに出発します!」
「ウェールズ皇太子はニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及んでいます。
戦況は、予断を許さぬと……」
「了解しました。
 以前姉たちとアルビオンを旅したことがございます故、地理には明るいかと
存じます」
 そんなの何の役にも立たないわよ、とふがくは思ったが、口には出さない。
こうなった以上、その程度の知識でも最低限方角さえ間違えなかったら
上等と考えるしかない。そんなふがくの気持ちに気づいているのか、
アンリエッタ姫は真剣なまなざしで3人を見る。
「……旅は危険に満ちています。
 アルビオンの叛乱軍があなたたちの目的を知ったら、ありとあらゆる
手段で妨害し、トリステインを危機へと追い込むでしょう。
 ですが――」
 アンリエッタ姫はいったんそこで言葉を切る。何かを抑え込むような
そんな表情をルイズたちに見せた。そしてスカートのポケットから王家の
印を捺した蜜蝋で封じられた手紙を取り出した。アンリエッタ姫は手紙に
視線を落とし、表情を赤らめる。
「――そうなるとわかっていても、わたくしは……
 国を憂いても、やはり……皇太子への手紙に、この一文を書かざるを
得ませんでした」

「姫様?
 あの……どうかなさいましたか?」
「なっ……なんでもありませんわ!」
 顔を赤らめ挙動の怪しいアンリエッタ姫にルイズが訊ねる。
アンリエッタ姫は一瞬驚いた表情を見せた後、何かの思いを込めるように
手紙をそっと胸に抱く。
「始祖ブリミルよ。この自分勝手な姫をお許し下さい。自分の気持ちに
嘘をつくことはできないのです……」
 (姫様……)――ルイズは手紙を抱いたまま祈るようなアンリエッタ姫の
姿に、その手紙に何が書かれているのか分かったような気がした。
アンリエッタ姫は手紙に祈りを込めた後、それをルイズに手渡した。
「――では、ルイズ。ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡して
下さい。
 すぐに件の手紙を返してくれるでしょう……
 それから、これを……」
 そう言ってアンリエッタ姫がルイズに手渡したのは、透き通った水色に
輝く大粒の宝石がついた指輪だった。
「母君からいただいた『水のルビー』――せめてものお守りです。
 お金が心配なら、売り払って旅の資金にして下さい」
 ルイズが指輪を両手で包み込む。その姿に、アンリエッタ姫は祈りを
捧げるべくその豊かな胸の前で両手を組む。
「この困難な任務には、トリステインの未来がかかっています。
 その水のルビーが、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを
護りますように……」


 双月が静かに大地を照らす。一際高い本塔を中心に五つの塔で囲まれた
トリステイン魔法学院にも、等しく夜は訪れる。
 一部の変わり者以外が安らかな寝息を立てている、そんな時間の女子寮の
廊下を二つの影が歩いて行く。ふがくとギーシュだ。。鋼の乙女ふがくの
機嫌は先ほどからすこぶる悪い。ギーシュは、その取り付く島もないような
彼女に何とか話しかけようと努力を続けていた。

「……あのー。どうしてそんなに不機嫌なのかな?こんな素晴らしい名誉に……」
 ようやくそこまで言葉をつなげたギーシュに、ふがくは深いため息をついた。
「……気楽なものね。アンタ、これからどういうことになるか本当に
分かってるの?」
 ふがくのあきれたような視線に、ギーシュは逆に問いかける。
「もちろんだとも。何が不満なんだい?朝一番に出れば、翌日には
ラ・ロシェールに着く。ルイズがいるなら強行軍は避けたいしね。
 で、その手配、君にお願いしたいんだけど……」
「却下。
 それより多めに見積もって3日分の着替えを正装込みで、それにたぶん
必要ないと思うけど多少の路銀。さっさとまとめて1時間……じゃ無理か。
1時間半後に正門前に集合。もちろん用も済ませてくること。ルイズには
私から言っておくから心配しないで」
「え?それってどういう……」
 ギーシュの提案をきっぱりと拒否するふがく。ギーシュは頭に『?』を
いくつも浮かべたような顔をしているが、ふがくはそれを鮮やかに
スルーした。
「私は食事を取ってくる。この任務、2日以内に終わらせるわよ?いいわね?」
 いっこうに納得できていない顔のギーシュ。そこにふがくが念を押した。
「い・い・わ・ね?」
「……わ、わかった。準備してくるよ」
「遅れたら承知しないからね!……まったく、こうなったらこれ以上
余計な介入される前にここを出ないと……ルイズだけでも大変なのに……」

 そう言ってギーシュを男子寮に向かわせた足でふがくは食堂に向かう。
もう夕食も終わって時間が経っていたが、厨房にはマルトーとシエスタがいた。
「あれ?ふがくさん?こんな時間にどうしたんですか?」
 ふがくの姿を見つけたシエスタが駆け寄ってくる。
「よかった。誰もいなかったら適当に残り物でも食べるしかないかな?
って思ってたのよ……って、ひょっとしてもう片付けも終わってる?」
「いや。ここのところオールド・オスマンから夜食を頼まれることが
あってな。シエスタが見回りを終えるまでは俺もここにいるよ。
 で、どうした?こんな時間に?」
「ちょっと、ね。急ぎの用があって少し出てくるから腹ごしらえをしようと
思って。冷めたスープでもいいから食べるもの、あるかな?」
 いくらなんでも二人に話すわけにはいかず、ふがくは適当にごまかした。
だが……
「おいおい。冷めたスープじゃ腹の足しにならんだろう?ちょっと待ってな」
 そう言ってマルトーが厨房に立った。シエスタも「ふがくさんにお渡し
したいものがあるのでちょっと待ってて下さいね」と足早に厨房を後にする。
 そして待つこと10数分。テーブルについたふがくの前に一口大のパスタが
添えられた牛肉とタマネギ、マッシュルームの煮込み料理が湯気を立てていた。
「お待ちどうさま。夜食の定番。オールド・オスマンもお気に入りの
牛肉とタマネギとキノコの炒め煮だ」
「……これ、ビーフストロガノフじゃない。すごくおいしそう」
「ああ、そういや元はそういう名前の料理だったな。久しぶりに聞いたよ。
こいつぁ俺が修行中に教わったんだ。さる東方の貴族の夜食の定番って、な」
 そう言ってマルトーが親指を立てる。ふがくはスプーンで一口食べて……
トマトとサワークリームのさわやかな酸味とカリカリに炒められた肉の
うまみに思わず顔をほころばせた。
「そいつぁよかった。……さぁ、時間がないんだろう?慌てず急いで食べな」
 マルトーに勧められるまま皿の上の料理が瞬く間に消えていく。
皿の上がきれいに空っぽになった頃合いに、シエスタも大きな木箱を
持って戻ってきていた。
「何だ、シエスタ?その荷物、ふがくに渡すものだったのか?
『取扱注意』だの『火気厳禁』だの『横倒し厳禁』だの『割れ物注意』だの
注意書きが山ほど貼り付けてあったが……」
 マルトーがあきれたような顔をする。聞けば今日の夕方、定期便ではない
別便で届いた荷物らしい。学院で教師ならとにかく平民に宛てたこんな
大仰な荷物は前代未聞のため、職員の間では――特にコルベールには――
ちょっとした騒ぎになったそうだ。受け取ったシエスタが頑として箱を
開けることを拒否した、というのもそれに一役買ったらしい。
「はい!ひいおばあちゃんに手紙を送って届けてもらったんです。
 最初にお会いしたときにルイズ様とお話しされてましたよね?ですから……」
「……ひょっとして……まさか……?」
 思い当たるのは最初に『アルヴィーズの食堂』に入る前のこと。
そう。あのとき――
「はい。『竜の羽衣』を動かすのに必要な『竜の血』……
ひいおじいちゃんは『揮発油』と、育てのひいおばあちゃんは
『ガソリン』と呼んでいたものです」
「……嘘……ホントに?」
 未だ信じられない表情のふがく。それはそうだ。ルイズはガソリンの
存在すら知らなかった。それが今目の前の木箱の中にあるというのだ。
にわかに信じられるものではない。それを見たシエスタは、何かを
思い出すかのようにこう言った。
「ひいおじいちゃんたちが『竜の羽衣』でタルブの村に降りたとき、
もう『竜の血』はほとんど尽きていたそうです。それを育てのひいおばあちゃんから
作り方を聞いた産みのひいおばあちゃんが何年もかけて生成に成功した……
そう聞いています。
 大変だったそうですよ。原料が火石とか特別な木の古い切り株の根からしか
採れない油だとかで。3人で冒険した、って、小さいときによくそのお話を
聞かせてもらいました」

(……合成石油……そんなものが造れるような大規模な施設が……
いや、そんなものがあったらいくら何でもあのとき空から見えたはず。
だとすると……)

 石炭や松根油から航空用ガソリンを精製する困難さを知るふがくは、
ここが地球ではないことに思い至る――と同時に、それが意味することも
理解した。
「……つまり、シエスタのひいおばあさんはメイジだってことね?」
 ふがくの問いにシエスタは首肯した。そしてふがくにいかにも内緒、と
いう仕草で耳打ちする。
「マルトーさんには以前お願いしてるんですけど、これ、絶対秘密に
して下さいね。もっとも、うちで魔法が使えるのはひいおばあちゃんだけ
なんですけど……」
「そういうこった。この学院でこのことを知っているのはオールド・オスマンと
俺だけ……いや、たった今ふがくも加わったな。タルブの村でも
ミス・エンタープライズはシエスタの家族とは一度も同居したことは
ないそうだから、そういうことで、な」
「マルトーさんって、メイジが嫌いだって思っていたんだけど、意外ね」
 ふがくの疑問にマルトーは即答する。
「俺が嫌いなのは威張り散らす貴族だ。オールド・オスマンや
ミス・エンタープライズのように尊敬できる相手には敬意を払う。
当然だろう?」
「それもそうね……オールド・オスマンが尊敬できるっていうのは
ちょっと疑問だけど」
「そのうち分かるさ。ところで、時間はいいのかい?」
「あ、そうだった。ありがとうマルトーさん。ごちそうさま」
 そう言ってふがくが立ち上がったのと、シエスタが「あっ!」と声を
上げたのは同時だった。ぱしゃりと音を立ててふがくの頭から水をかけられる。
その足下に転がる水差し。さらにその向こうでシエスタが起き上がりながら
鼻を押さえていた。
「す、すびばせん……!」
「おいおい大丈夫か?シエスタ。ふがくも珍しいな。いつもならこんなの
避けるか受け止めるかするだろう……に……?どうした?ふがく?」
 水が髪からしたたり落ちるまま微動だにしないふがくに、マルトーが
怪訝な顔をする。
「……ふがく……さん?もしかして……」
 シエスタも同じだ。いや、こちらはマルトーよりもふがくに起こったことを
理解しているのかもしれない。
「……大丈夫。問題ないわ」
 ようやくそれだけ言葉にするふがく。その様子にシエスタが激しく
首を振る。
「大丈夫じゃないです!今の……私が水差しを持って動こうとしていたこと、
気づいてなかったんですか?」
「……どうってことない。どうせこっちに呼ばれてからまともな整備なんて
一度も受けてないだけだから。飛ぶのに支障はないわ」
「でも!」
 血の気が引くほどの顔をするシエスタ。やっぱり、この娘は気づいて
いるんだ――ふがくは今の自分に起こっていること、つまり内蔵された
電波探信儀がある方向からの接近を探知できなくなっていることに
気づいているのだと理解する。だけど……

(だけど、どうしろって言うのよ。こんなところじゃ機械部品の交換なんて
できやしない。ましてや生体部品の交換なんて……この国の技術力じゃ
私の指一本動かすだけでもあと300年はかかるわよ……)

 ふがくの考えを知ってか知らずか――いや、技術的なことは分からなく
とも、今のふがくの『調子が悪い』のはシエスタの様子から分かる。
そんな二人を前にしたマルトーが、ふがくをいたわるようにこう言った。
「……ふがく。人間だって調子の悪いときはあるんだ。どうしても、
ってことでなけりゃ……」

「悪いけど、その『どうしても』なの。マルトーさん。心配してくれて
ありがとう。
 シエスタも。ガソリン、ありがたくもらっていくわね。それじゃ」
 それだけ言うと、ふがくは厨房を後にする。ふがくが去った入り口を、
シエスタはマルトーに声をかけられるまでずっと見つめていた――


「……ふがく、わたしは『明日』出発するって言ったわよね……」
 双月が天空高く上る頃。肌寒い風が吹き抜ける学院正門前でルイズが
恨めしそうな声を上げた。
「あのね、なんでわざわざ馬で出なくちゃいけないのよ。私が誰だか
忘れたの?」
 ふがくの機嫌もあまり良くない。理由はギーシュが遅れているから。
明日の朝出かけるつもりで荷造りの終わっていたルイズの荷物を懐に
しまい込み、それでも来ないギーシュにいらだちを隠しきれないでいた。
「まったく……アイツ、約束の時間も守れないようじゃ女の子には
モテないわよ……って、やっと来たわね」
「すまない。遅れてしまっ……た……」
 約束の時間に遅れること5分。ギーシュはそこそこ大きな鞄を一つ
持ってやって来た。とたんに突き刺さる二つの視線。
ギーシュはやや気後れしながらも二人に遅刻を謝罪する。
「私は1時間半後、って言ったわよね?何やってたのよ……ほら、荷物
貸しなさい」
「ああ、ありがとう。
 遅刻は本当に申し訳ない。ぼくの使い魔をどうやって連れて行こうかと
考えていたら遅くなって……」
「ギーシュの使い魔?」
 ふがくに鞄を手渡す一方でギーシュは言う。どのみちラ・ロシェールまで
しか連れて行けないと思っていたんだけど、と残念そうな顔をした。
「ぼくの使い魔、ヴェルダンデはジャイアントモールなんだ。土の中なら
馬並みの速度で移動できるんだけど……」
「今回はラ・ロシェールから空路だから無理、ということね。ギーシュも
ちゃんと考えるじゃない」
「ひどいなルイズ。とはいえその通りだからね。ちゃんとお留守番して
おくように言い聞かせてきたさ。
 それでふがく、いったいこれからどうするつもりなのかな?なんとなく
だけど、嫌な予感がするんだけどね……」
「そうよ。馬の手配もなし、ただわたしたちをこんな夜中に連れ出して
どうする気なの?」
 そろって不満を口にする二人。そんな二人を見てふがくは大きくため息を
ついた。
「……まだ分からないのかしら?私は超重爆撃機型の鋼の乙女。だったら
どうするかは決まってるでしょうが!」
 そう言ってふがくはルイズとギーシュの後ろに回り、軽く浮かび
上がった状態で二人の腰を抱く。
「ひゃぁ!?」
「うおっ!?」
「さぁ、このままアルビオンまで飛ぶわよ!」
 その言葉を合図に、ふがくの6つのプロペラが勢いを増した。さすがに
重量過多なのか、助走を開始する。その中でいきなり抱かれる形になった
二人がやっとの事で声を上げた。
「ちょっと!冗談でしょ?」
「待ってくれ!胸で息が……」
「変なところ触ると振り落とすわよ!」
 そのまま空に舞い上がるふがく。その姿が夜の闇に溶けると、夜空に
突如と赤青白の星が出現する。それら一部始終を部屋の窓から見ていた
者がいた。

「……やれやれ。まったく。あの姫君にも困ったもんじゃ。
 しかし……これで杖は振られた。こうなった以上ワシらにできることは、
もう待つことだけじゃな……」
 オールド・オスマンはそれだけ言うと、窓に背を向けた。

 ――翌朝。学院の正門前で幻獣グリフォンを連れた一人のメイジが
立ち尽くすことになるのだが……ルイズたちはそのことを知るよしも
なかった。


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