あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

赤目の使い魔-10


最初は、ほんのちょっとの違和感だった。
二人の姉と比べて、魔法の覚えが悪い。幼いながらも、彼女はその現実を認識していた。
『心配する事は無い、良くある事だ』
最初だけは周囲の人間もそうやって彼女を慰めた。
だが、姉たちが自らの系統を見出した時期になっても尚、杖を振り、起きるは爆発のみ。
日に日に、周囲の視線は厳しくなる。長女には辛辣な言葉を浴びせられ、母親に至っては体罰も厭わなくなる。
使用人達も上辺ではへりくだって彼女に接していたが、無能魔法使いと舐めてかかっているのは明らかだった。
少女は焦った。必死で文献を漁った。必死で知識を溜め込んだ。来る日も来る日も杖を振った。
それでも、願いは始祖に届かない。焦りは、何時しか恐怖へと成り代わった。
読み込んできた無数の本を思い起こしても、爆発しか起こさないメイジなどという記述に覚えはない。

ならば、自分は何だ? 

年を経て形を成してきた疑問は、少女を奈落へと突き落とす。
もう、安住の地は存在しなかった。
心優しい次女の胸に抱かれても、凛々しい婚約者に愛を囁かれても、心の奥底で火種が燻る。
少女は、半狂乱になって探した。自分の居場所を。

そして少女は、ある考えに至る。
有りのままの自分に居場所が無いのなら、“殻”を被ってしまえば良い――『無能』と言う名の、みすぼらしい“殻”を。
遂に、彼女は世界へと降り立った。『無能』の“殻”を通してみた景色は、どうしようもなく辛く、苦しかった。
しかし、少女は耐えた。殻を被って初めて、自分は世界に認められるのだから。

もう、その殻は無い。

『君は『無能』なんかじゃない――只、『異常』なだけだ』

一振りの太刀にも似た言葉の羅列が、少女を覆う全てを切り裂き、中身を無理矢理引き摺り出した。
暴れても、泣き叫んでも、掴む手は緩まない。それは最早救いの手とは程遠い、地の底へ誘おうとする悪魔の手だった。

殻の中から、何かが覗いた。
醜かった。この世の全ての穢れを濃縮したかの様なモノが這い出てきた。
それには頭があった。胴体があった。手があった。足があった。顔があった。髪があった。

それは、自分だった。

「嫌アアアアァァァァアアアアアアアァァッ!」

歪な叫び声と共にルイズはベッドから跳ね起きた。
呼吸が上手く定まらない。肩で大きく息をして、虚ろな目で辺りを見回す。
目に映るは、普段とは違う自分の部屋。
机や椅子は引っくり返り、衣服は破られ、小物も無造作に散らばっている。
香水や化粧品の瓶も割れ、それらの混ざり合った刺激臭が彼女の鼻腔を刺す。
その刺激のお陰か、やっと意識が明瞭としてきた。恐怖で埋め尽くされた頭に理性が蘇る。
同時に、自分の身に起こった出来事も。
夢のように朧げではなく、はっきりと。

あの後、ルイズは逃げる様に自分の部屋へと帰り、そして、暴れた。
視界に入るものを全て投げ、重い物は引っくり返し、ひたすらに暴れた。
感情の赴くままに。恐怖に追い立てられるままに。
その後は、只泣いた。
声を殺すどころか、張り上げて泣いた。体中の水分を絞り尽くすほどに泣いた。

気が付いたら、泣き疲れて眠っていた。

「……まるで、赤子じゃない」

いや、赤子だったら、どんなに良かっただろう。
何を考えることも出来ず、只日々を暮らすだけで良いのだから。
『自分』がそこに居るという事実。それだけで毎日を笑って過ごせていたのだから。
しかし、成長した精神はそれだけで己の存在を肯定できるほど優しくは無い。

―――『普通』って感覚は、捨てるんだよ

不意に、浮かんだ。
網膜に焼き付けられた、赤眼と牙が。
鼓膜に刻まれた、彼の言葉が。

「ひッ………!」

 身体の芯が射竦められる。耳の奥が揺さぶられる。
 涙と汗でじっとりと濡れた衣服の向こうに感じる鼓動が、普段の数倍速くなっていた。

 見透かされた。
 『殻』を被っていた筈なのに。
 ちゃんと『無能』を演じていた筈なのに。
 深く深く押し込めた筈なのに。

 いやだ。

 いやだイヤだ嫌だ厭だ否だイヤダイヤダイヤダ―――

 もう、戻りたくない。
 まるで、世界の全てに嫌われた様な。
 まるで、世界で一人になった様な。
 不安感、恐怖感、否定感、憂鬱感、嫉妬感、劣等感、異常感、
 ありとあらゆる負の感情を一辺に感じていた、あの頃には。

 虚無だ。
 自分の周りには、虚無しか存在しない。
 完全な無。
 完全な『ゼロ』

「……はは………」

 自嘲気味な笑いが漏れる。
 なんと言う皮肉だ。必死になって被っていた『殻』。それが壊れて初めて、その名の通りの存在になってしまったのだから。

 狂ってしまえば楽になることは分かっている。
 しかし、常識に囲まれて育った精神が、一部の人間から向けられた優しさが彼女を引き止める。
 只、彼女にはそれも救いの手には思えなかった。
 鎖だ。それは彼女を『普通』へと繋ぎ止める鎖だ。
 彼の言う通りだ。これでは前にも後ろにも進めない。
 手を振り払い、皆を騙し自分を誤魔化して世界へと存在し続けるか。
 鎖を引き千切り、壊れては居ても安らかな世界へと手を引かれていくか。

「……選べる訳、無いじゃない」

――もう、いい。
――何も考えたくない。

 ルイズは、静かに顔を伏せ――

 そこに、扉を叩く音が響いた。

――誰よ。

 ルイズは、少しだけ顔を上げ、扉を一瞥する。
 あの男が帰って来たのだろうか。だとしたら、開ける気は無い。
 怒っているのではない。恐いのだ。
 彼が――『異常』が作り出す、世界の全てが。

 そうこうしている内に、扉が更に強く叩かれる。
 ルイズはベッドに潜り、毛布を頭から被った。扉の軋む音が彼女の鼓膜を揺らす。

――何よ。
――もう、ほっといてよ……!

 暫く音は鳴り続けていたが――急に、静寂が訪れる。
 続いて、カチャリと小気味良い音が響いた。

――……え!?

「何で……」

 鍵は確かに掛けたはずだ。思わず、布団を跳ね除け顔を上げる。

 まず目に入ったのは、目の眩む様な紅蓮の髪。
 それに続く、艶かしい褐色の肌。
 野蛮なゲルマニア人。炎のトライアングルメイジ。ルイズの、ヴァリエール家の仇敵――

 『微熱』のキュルケが、そこに居た。

 昼下がり、『ヴェストリの広場』には今迄に類を見ないほどの生徒がひしめき合っていた。
 『風』と『火』の塔に挟まれたそこは、中庭ではあるが西向き故に、日中でも光が射す事は殆ど無い。
 普段は誰一人として立ち寄ることは無いその場所に集まる、野次馬達の目的は一つ。

 ふと、喧騒に包まれた群集が一転静まり返り、割れるように道を開く。
 その中を、期待侮蔑興奮、そして少々の恐怖を孕んだ視線を浴びながら、異形の青年は軽やかに歩を進める。

 広場の中心に陣取る金髪巻き毛の少年――ギーシュはその姿を認めると、手にした薔薇を高々と掲げ、宣言した。

「諸君! 決闘だッ!」

 瞬間、辺りが歓声の渦に飲み込まれる。青年――クリストファーは五月蝿そうに顔を顰めた。
 対するギーシュは観衆へと優雅に手を振って応えている。余裕綽々。決闘と言う言葉に反して張り詰めた雰囲気は微塵も感じられない。
 ふと、ギーシュは手を止めた。喋るから静まるようにとの合図だ。ざわめきが徐々に鎮火する。

「取り敢えず、逃げずに来た事だけは誉めてあげようじゃないか、平民君」

 周囲が一様に黙ったのを確認し、ギーシュはクリストファーに挑発を投げ掛ける。
 それでも彼は、顔に浮かんだ笑顔を崩さない。

「随分と集めたもんだねぇ。一人で来るのがそんなに恐かったかな?」

 目には目をとばかりに、あっさりと挑発を返されるギーシュ。顔に浮かんでいた笑みが強張った。
 鼻を鳴らして、薔薇をクリストファーに突きつける。

「ルールは至って単純だ。参ったと言った方が負け。……そうそう、君にハンデも用意しなければね。僕だけは、この薔薇――そう、僕の杖だ。コイツを落としても敗北としよう」

 相手は平民だ。これ位のハンデは有って然るべきだろう。
 優位性を見せながら叩き潰してこそ、このショーは映えるものだ――そう考え、ギーシュは言葉を紡ぐ。
 しかし、その言葉を聞いてクリストファーは笑顔で物騒な提案を口にした。

「別に死んだら負けでも構わないけど?」

「な……!?」

 広場を、騒々と言葉が行き交う。平民風情が何を抜かすと鼻で笑う輩もいれば、クリストファーの動じない態度に一抹の不安を見せる者もいた。
 動揺を見せてしまった事を後悔しながら、ギーシュは精一杯の虚勢を張る。

「……悪いが、僕には平民の死体をここに居る淑女達に晒す趣味は無いのでね。やりたければ、勝手にするといいさ」

 そう言って、ギーシュは薔薇を振る。花弁が一枚地面に落ち、瞬く間に甲冑を纏う女性を象った。
 初めて、クリストファーの顔に一抹の驚きが表れる。
 ギーシュは満足気にクリストファーへと語り掛けた。

「僕はメイジだ。故に魔法を使う。二つ名は『青銅』。この青銅のゴーレム、ワルキューレが君のお相手をしよう――よもや、卑怯とは言うまいね?」

 クリストファーは、呆けたようにワルキューレを見ていたが――
 やがて、手を叩いて笑った。

「ハハッ! 凄いな! どうやってるんだい? 物理法則とか完全に無視じゃないか!」

 あくまで、彼は余裕な態度を崩さない。
 ギーシュは思わず歯軋りをした。馬鹿にされたと思ったのだ。

「行け、ワルキューレ! あの男に礼節というものを叩き込んでやれ!」

 怒号と同時に、ワルキューレが駆ける。速い。並みの人間以上だ。
 瞬く間にクリストファーの眼前に迫り、青銅の拳が唸りを上げる。

――もらった……!

 ギーシュは内心で喝采をあげる、が――
 クリストファーは、ワルキューレに向かって真っ直ぐに直進してきた。

「何!?」

 予想外の動きに、ギーシュの思考が硬直する。
 普通ならば引いて避けるのが戦闘の筋。これでは、自分から殴られに行っているようなものだ。
 案の定、クリストファーの眼前まで拳が迫り――

 そこで彼は、更に加速した。

――!?

 打撃のタイミングを外されたパンチが、空しく空を切る。
 態勢を立て戻すよりも前に、クリストファーはワルキューレの懐に潜り込む。
 だが、それでも止まらない。装飾の施された甲冑に足をかけ、ワルキューレを『駆け上がる』。
 そしてワルキューレの頭部を抱え込み――

 ガギンッ! と何かが砕ける音が響く。
 クリストファーはワルキューレを乗り越え、背面に降り立った。
 ――ワルキューレの頭部を、抱えたまま。

 首を失ったワルキューレはそのまま膝をつき、地面へと倒れた。
――『瞬殺』。
 ギーシュだけでは無い。その場に居た全員の頭に、その言葉が浮かぶ。
 広場中の人間の驚愕を一身に集め――クリストファーは、大きく溜息を吐いた。

「あー、その、御免。前言撤回」

 持っている首を弄びながら、彼は言葉を吐き出した。

「――これじゃあ、応急措置にもなんないや」





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