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ラスボスだった使い魔-45


「ぅ……ぐ、くっ!」
 痛む身体に鞭を打って、アニエスはよろめきながらも立ち上がる。
 戦闘に関わらずに倒れていた分、彼女はこの場にいる誰よりも正確に状況を把握していた。
 ユーゼスの乱入によって、この場はかなり乱れている。
 もしかすればこの『乱れ』に乗じて形成を逆転出来るかもしれない。
 好機と言っていいだろう。
 だが、この状況を好機とするには致命的な問題が一つあった。
「ま……待てゴッツォ、お前の勝てる相手では……!」
 そう、メンヌヴィルとユーゼスの実力差だ。
 女子生徒の軍事教練のついでにユーゼスに稽古をつけるようになって二ヶ月が経過しているが、その間にアニエスは一つの事実に突き当たっていた。
 あのユーゼスという男には、剣や格闘などの『戦いの才能』が無い。
 無論、まったくのゼロという訳ではないし、自分が稽古をつけ始めた当初よりも腕は多少上がっている。
 しかし何と言うか……向いていない。
 ことあるごとに自分で『私は研究者です』などと言っていたが、最近になってアニエスもようやくその言葉の意味を理解してきた。
 とにかくやたらと理論づくで、直感や賭けといったものをせず、絶対に危ない橋を渡ろうとしない。
 最大限に良く言えば『詰めチェスのような』、普通に言えば『消極的な』、悪く言ってしまえば『引っ込み思案な』戦い方しかしないのである。
 しかも戦闘に関してはほぼ素人同然なので、詰め方もロクに分かっていないと来た。
 本人もそれは自覚しているようだが、直すつもりはないらしい。
 何でも『こう見えても長く生きているもので、今更生き方や考え方を変えろと言われても無理があります』だそうだ。
 それを聞いたアニエスは、思わず『お前は年寄りか』と言いながらユーゼスの頭を叩いたのだが……。
 まあ、ともかく。
 ユーゼスの具体的な実力の指標としては、『アニエスと木剣を使った試合を二十回行って十三敗六分け、最後の一勝が出来るか出来ない

か』と表現すれば分かりやすいだろうか。
 そんなユーゼスが、アニエスが完敗したメンヌヴィルに戦いを挑んでいる。
 これはもう自殺行為に等しい。
 よって、当然のこととしてユーゼスを止めるべく声を上げたのだが。
「な、何……?」
 アニエスの予想に反して、ユーゼスは善戦していた。
 メンヌヴィルが放った炎弾を、その爆発の際の衝撃も計算に入れて素早く回避し。
 左手の鞭で攻撃を加え、隙あらば踏み込んで剣を突き込み。
 炎を避け切れないと判断するや、剣を使ってその炎を切り払っている。
「……!?」
 まるで別人だ。
 自分の知っているユーゼス・ゴッツォは、あれほど素早く、鋭く、そして強力な戦いをする男ではない。
 あのユーゼスと自分が戦えば、ほぼ確実に負ける。そんな印象すら抱いてしまうほどに今のユーゼスは普段の姿とかけ離れていた。
「変わった点は……いや、しかし……」
 木剣から真剣に持ち替えたからと言って、何かが劇的に変わるわけでもないはずだ。
 いや、それ以前にあの剣は何なのだろう。
 自分の持っていた剣はメンヌヴィルの炎を受けて飴細工のように捻じ曲がったと言うのに、ユーゼスの剣は曲がるどころか歪みの一つも見当たらない。
 一体どんな材質で出来ているのだろうか。
「いや……」
 この際、考えるのは後回しだ。
 先程ユーゼスはメンヌヴィルに対して『報いを受けてもらう』と言っていたが、ある意味で今回の一件の責任は自分にある。
 アニエスがアンリエッタより命じられた任務は、全部で四つあった。
 一つ目は名目通りの軍事教練。
 二つ目はメイジの数が半数以下になってしまった学院の警備。
 三つ目は魔法学院に置いてある巨大なマジックアイテム……ジェットビートルの調査、可能ならば接収。
 ここまではユーゼスが以前に予想した通りであるし、アンリエッタだけではなく宮廷の人間たちも知っていることだ。
 そして四つ目の任務だが、これは少々不可解だった。

 ―――「ルイズとその姉であるエレオノール殿の動向を監視なさい。エレオノール殿に対しては、わたしの名前でアカデミーから魔法学院に出向するように取り計らいます。……あまり表立って調べるわけにもいきませんので、秘密裏に行うように」―――

 他でもないアンリエッタ直属の女官と、アカデミーの主席研究員の姉妹を監視することに何の意味があるのかは分からなかったが、所詮自分は軍人だ。
 命令の意味など、その命令を出す人間が分かっていれば良い。
 ……個人的には“20年前のアカデミー”についての調査も行いたかったのだが、いくら主席研究員とはいえ、さすがに20年も前のことではどうにもならなかったらしい。
 ともあれアニエスは『王宮に対してやや斜に構えた面がありますが、おおむね問題ないように思えます』とか『妹の使い魔とことあるごとに一緒にいますが、特に怪しい動きはありません』と言った報告書をアンリエッタに送りつつ、学院で過ごしていた。
 そこにこの事件である。
 普通に考えれば、人質を取られた程度で軍は撤退などしない。
 しかし九十人もの貴族の子弟が人質になってしまったとなれば、あるいはその可能性も考えられる。
 そして現在、学院の警備を任されているのはアニエスなのだ。
 『アニエスのせいでトリステインは撤退する破目になった』と言う輩が出ても不思議はないし、そのせいでシュヴァリエの称号を剥奪されることも有り得るかも知れない。
「……………」
 宮廷内の地位になどさして興味はないが、自分には死んでも果たさねばならない目的がある。
 そのためには、どうしてもある程度の身分が必要だ。
 せっかく女王直属の銃士隊隊長にまで登りつめたと言うのに、こんなところでつまづいてたまるか。
 この件の責任の一端が、自分にあるのならば。
 解決のための努力を惜しんでいる場合ではない。
「ぬ……っ、……銃士隊! 誰でもいい、人質のロープを解いて食堂から脱出させろ!!」
 ふらついたままで叫ぶアニエス。
 幸いにして敵のメイジたちは突然の乱入者の登場と、その乱入者が隊長をある程度追い詰めている光景を目にして、やや浮き足立っているようだ。
 隙を突くならば、今しかあるまい。
「……!」
「う、ぅ……っ」
 アニエスの言葉を受け、手指を激しく損傷してうずくまっていた銃士隊の隊員たちが動き始めた。
 あまりの激痛や指を失ったショックからほぼ戦闘不能ではあったが、彼女たちは決して行動不能というわけではない。
 また今までダウンしていたので敵からも戦力外と見なされており、近くに敵はまったく存在していなかった。
「ぁ……っ、くぅっ!!」
 苦労しつつも片手で剣を抜いて、女子生徒たちを縛るロープを切断していく銃士隊員たち。
 解放された女子生徒たちは取り上げられていたた杖を奪回し、他の人質のロープを解いたり、負傷した銃士隊に治癒の呪文を唱えたりしていた。
 だが、そんな光景を敵が黙って見ているわけもなく。
「ハッ!」
「む……」
 メンヌヴィルは目くらましのような炎撃をユーゼスに放ち、距離を取る。
 そして瞬間的に身体を反転させ、その杖を救出されつつある女子生徒たちへと向け……。
「フン、そうそう上手く行くと、」
「……思わないことだな」
「ぐっ!!?」
 強引ながらも再び身体をひねり、背後からの襲撃者に向けて炎を放つメンヌヴィル。
 だが襲撃者である銀髪の男は驚異的な反応速度でそれを回避し、あまつさえ横薙ぎの一撃すら加える。
「……………」
 メンヌヴィルは訝しげな顔でまた間合いを取り、ユーゼスに話しかけた。
「その速度ととっさの動きの素早さ……。……貴様、本当に人間か?」
「……温度感知のレベルが人間の範疇を逸脱しているお前にだけは言われたくないセリフだな」
(どっちもどっちだ)
 内心で呟くアニエス。
 いずれにせよ、今の状況でメンヌヴィルに対抗が出来るのはユーゼスしかいない。
 歯がゆくはあるが、ここはあの男に任せることにしよう。


「そぉらっ!」
「……!」
 炎が飛び、剣が走り、ロープと見まごう長さの鞭が舞う。
 ユーゼスとメンヌヴィルの戦いは、ほぼ拮抗していた。
 メンウヴィルが放つ炎はことごとく回避され、ユーゼスが放つ剣や鞭の攻撃もまたほとんど完璧に避けられ、それが延々と続いているのだ。
 互いに決定打のないまま、既に十分ほどの時間が経過しようとしている。
 そんな中でユーゼスは、一つの結論を出していた。
(……勝てないな)
 メンヌヴィルの放つ攻撃はほぼ分析済みだ。
 繰り出される炎の出力、平均的な効果範囲、有効射程などは把握しているし、『どの部分にどれだけ当たったらどうなるか』の大まかな予想もついている。
 更にメンヌヴィル自身の戦闘能力も加味した上で、ユーゼスは先の結論を出した。
「ハッ!!」
「ええい……!」
 例の『爆発する炎弾』が鉄の杖から飛び出てユーゼスを襲う。
 爆発の威力は、戦う前から分かっている。
 それに加えてガンダールヴのルーンによる身体能力や反応速度の強化により、わずかながら余裕を持って回避行動を取ることが出来る。
 と言っても。
 その余裕はあくまで『わずかながら』であって。
「ぬ……、ぅ!」
 予想していた威力と、実際の威力との、多少の誤差によってくつがえるほどのものでしかなかった。
「ちぃ!」
「くっ!?」
 読み切れなかった爆発の余波を受けながら、ユーゼスは鞭を振るってメンヌヴィルを攻撃する。
 ……秘密結社ダークの雑兵アンドロイドや、フーマの戦闘員であるミラクラー程度ならば一撃で倒す自信があったのだが、その一撃はアッサリと回避されてしまった。
 いや、よく見ればメンヌヴィルも完全に回避したというわけではなく、腕に僅かなかすり傷を負ってはいる。
 攻防は一進一退と言っていいかも知れない。
 しかし、これではいずれ負ける。
 ユーゼスがメンヌヴィルに勝っている点は、ルーンの効果によって上昇した身体能力と反応速度のみだ。
 こちらの手持ちの武器が剣と鞭だけなのに対して、向こうは『魔法』という飛び道具……いや汎用攻撃方法を有しているし、何より温度感知能力のせいで死角というものがない。
 そして何より『戦闘経験』や『勘や直感』という点において、どうしようもない差が存在している。
 自分にサイコドライバーのような念動力の類があればまだどうにかなった可能性はあるが、ないものをねだっても仕方がない。
 ……イングラム・プリスケンを作り出したときには脳を改造して念動力を使えるようにはしたのだが、だからと言って自分の脳に変な改造などしたくはないのである。
 閑話休題。
 ともかく、このままでは負ける。
 決定的な隙でも作ってくれれば話は違ってくるのだが、そうそう上手くもいくまい。
 そもそもああいう戦闘に没頭するタイプがまた別の何かに気を取られることなど、ほとんどないはずだ。
(……いや)
 そう決め付けるのも早計か。
 ユーゼスの経験上、深く考えないで放たれた言葉でも、意外と言われた人間の心をえぐったりするものである。

 ―――「てめえこそ……弱くて愚かな人間そのものだ! その事実から……てめえは逃げてるだけだ!!」―――

「……………」
 愚にもつかない回想はともかく。
 間合いはお互いそこそこに離れており、今は取りあえずの小康状態。
 ある意味で好機だ。
(では、取りあえず会話をしてみるか)
 そう思い立ち、ユーゼスは返答を期待しないでメンヌヴィルに話しかけた。
「……人質がほぼ全員逃げてしまったが、これからどうするつもりだ?」
「ん?」
 戦闘相手からいきなり話しかけられたことを怪訝に思ったのか、メンヌヴィルの表情が疑問のそれに変わった。
 しかし気を取り直したのか、すぐにニヤリと笑みを浮かべると楽しそうに問いかけに応じ始める。
「いや、むしろ好都合だ」
「ほう」
 狙い通りと言えばそうだが、ある意味では予想を裏切って会話に乗ってきた。
 ユーゼスは少々驚きつつも、話の続きを促す。
「どういう意味だ?」
 食堂の中を見回してみれば、確かに人質として捕らえられていた女子生徒や教師たちは逃げ出している。
 あとは銃士隊とキュルケ、そして復帰したタバサがメンヌヴィルの部下たちと戦っているくらいだ。
「個人的には人質を取るのは好きではない」
「……ふむ」
 意外にも武人タイプの人間だったのだろうか。
 しかしそうすると今までの言動や行動などとかなり矛盾があるような……。
 などとユーゼスがメンヌヴィルの発言について考えていると、メンヌヴィル自身から発言の意味が告げられた。
「……ああ、そうだ。そんな手間をかけるなら、丸ごと焼いてしまえばいいんだからな!!」
「……………」
「いやはや、本当に……逃げてくれて、感謝する! これで『逃げる相手を止めるため』という大義名分が立ってくれた! そうだなぁ、つい手元が狂ってしまったり、勢いあまって焼きすぎてしまっても仕方がないよなぁ、この場合は!!」
「成程な」
 納得の言葉を呟くユーゼス。
 メンヌヴィルの理屈に納得したわけではない。
 メンヌヴィルがどのような人間なのかについて納得したのである。
「ハハハハ!! 隠れたガキを探して、見つけ出して、一人ずつ焼いていくのが良いか!? それともまた一箇所に集めてから、まとめて焼いた方が良いか!? 悩みどころだな! ……お前はどっちが良いと思う!!?」
 戦闘狂とは違う。
 殺人狂とでも表現するべき人種。
(このようなタイプは初めてだな)
 戦いにある種のルールのようなものを持つタイプなら何人か知っている。
 光明寺博士の脳が入っていた時のハカイダーや、ネロス帝国の暴魂トップガンダー、凱聖バルスキー、あとはトレーズ・クシュリナーダなどがそうだった。
 だが、この男のそれはそういう『こだわり』や『プライド』、『美学』などとは全く違う。
 焼きたいから焼いて、殺したいから殺す。
(『欲求に忠実』と言えば聞こえはいいかも知れないが……)
 要するにただ自制心がないだけだな、とユーゼスは結論づけた。
 ……この殺人欲求を上手くコントロール出来さえすれば、あるいは使える手駒になったかも知れないが……まあ、それは無意味な仮定である。
 とにかく人間的な特徴はおおむね掴んだ。
 あとはそれを戦術に組み込めれば……。
「待て」
 そう思案し始めたところで、ユーゼスでもメンヌヴィルでもない、第三者の声が響いた。
「……む?」
「んん?」
 その声を聞いて、ユーゼスはいつの間にか自分の隣に何者かが立っていることに気付く。
(!? コルベールだと?)
 自分と一緒に食堂に来ていたはずの中年教師。
 トラウマか何か知らないが、食堂に入りもせずに硬直していたはずのその男は無表情にメンヌヴィルを見据えている。
「……………」
 付け焼き刃とは言えそれなりに訓練を受けてきた自分が、今の今までほとんど気配を感じなかった。
 素人に出来る芸当ではあるまい。
 少なくとも、自分を超える技量を持っていることは確定的だ。
 とは言え、なぜこのタイミングで出て来たのだろうか。
 と、その時。
「おお、お前は……!」
 いきなりメンヌヴィルが見えないはずの目を見開いてコルベールを凝視しだした。
「お前は!! お前は!! お前はぁ!!!」
 まるで気でも触れたかのように喚くメンヌヴィル。
 その顔と声には、まぎれもない歓喜の色が浮かんでいる。
「探し求めていた温度ではないか! お前は!! お前はコルベール!! 懐かしい! コルベールの声ではないか!!!」
「……………」
 声を張り上げるメンヌヴィルとは対照的に、コルベールの表情は硬いまま。
 ただ、じっと盲目のメイジを見ていた。
「俺だ! 忘れたか!? メンヌヴィルだよ隊長殿!! おお……久し振りだ!!」
 感極まりでもしたのか、メンヌヴィルは両手を広げてまで喜びを表現する。
 しかしコルベールはその言葉に眉をひそめ、表情を苦々しげなものへと変えていった。
「……………」
「何年振りだ!? なあ、隊長殿!! 20年だ!! そうだ! 覚えているだろう、あのダングルテールを!!」
 ガタ、と。
 食堂のどこかで誰かが身動きをする。
 メンヌヴィルとコルベール、そしてユーゼスはその音に構わず会話を続けた。
「それにしても……魔法学院にいるということは、何だ? 隊長殿、今は教師なのか!? クク、これ以上おかしいことはないぞ!!」
「……………」
「貴様が教師とはな! 一体何を教えるのだ!? 『炎蛇』と呼ばれた貴様が……、ハ、ハハ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
「……ふむ」
 やたらと笑い続けるメンヌヴィルを見て、さすがにユーゼスもコルベールの過去が気になってくる。
 するとメンヌヴィルはそんな銀髪の男の様子に気付いたのか、さも面白そうにその疑問の回答をよこした。
「お前にも説明してやろう。この男はな、かつて『炎蛇』と呼ばれた炎の使い手だ。特殊な任務を行う隊の隊長を務めていてな……、女だろうが子供だろうが、構わずに燃やし尽くした男だ」
(……要するにただの虐殺か)
 しかも『任務』で、命令されてのことらしい。
 国家転覆クーデターとか、無差別テロとか、四桁か五桁くらいの人間を『死んだ方がマシ』な状態にしたとか、もっと取り返しのつかないことでもしたのかと思っていたのに、何となく拍子抜けである。
 ヒイロ・ユイあたりのガンダムパイロットなど、ガイアセイバーズに参入する前にはタイムスリップした40年前で破壊活動を行ったりと、もっと凄いことをやっていたものだが。
 いや、ヒイロの場合はリリーナ・ピースクラフトを殺せなかったのだから、ある意味アレよりは優秀か。
「そして俺から両の目を……光を奪った男だ!!」
 全身から狂気をにじませながら、メンヌヴィルは言葉を続ける。
「会いたかった……会いたかったぞ隊長殿!! 会って礼がしたかったんだ!! 俺はあれから20年かけて腕を磨いてきた!! 隊長、お前と思う存分、心ゆくまで互いを焼き尽くしあうためにだ!!!」
「……………」
 沈黙を続けるコルベール。
 その噛み締めた唇の端からは、赤い血が一筋流れている。
 ユーゼスはそんな彼から明確な『何か』を感じ取っていた。
 闘気ではない。東方不敗やドモン・カッシュが放っていたものとは明らかに異質のものだ。
 狂気でもない。目の前のメンヌヴィルのような気が触れかねない危険性もなさそうである。
 殺気でもない。この男は殺人を忌避している。ならば明確な『殺意』というものを持ちたがらないはずだ。もっとも、ユーゼスはそこまで深くコルベールのことを知っているわけではないが。
 強いて言うなら『鬼気』だろうか。
 ハルケギニアに召喚される以前のことも含めてそれなりに場数を踏んでいる自分だから何とか耐えられるものの、普通の人間なら恐怖で身がすくみかねないほどの凄絶な空気である。
 そう分析していると、おもむろにコルベールが口を開いた。
「……お前はあの時に殺しておくべきだったな。あの時の私の甘さが、結果として私の教え子たちを危険に晒してしまった」
(ふむ)
 教え子のため。
 葛藤から抜け出し、この場に立つ決意をさせた要因はそれか。
 おそらくコルベールは食堂に立つメンヌヴィルの姿を見て、自分が過去に犯した罪を突きつけられたようにでも感じたのだろう。
 それゆえの葛藤。
 そして現在の守るべき対象がその『過去の罪』によって傷付けられようとしている。
 だからこの場に立った。
 ……つまり葛藤を作り出したのがメンヌヴィルなら、葛藤から抜け出すきっかけとなったのもメンヌヴィル。
 何とも因果なものだ。
 まあ、動機は人それぞれでいいのかも知れない。
 ユーゼスとて『よく分からない理由』でこの場に飛び出してきたのだから。
「ハハハハッ! 何だ、そうつれないことを言うな隊長殿!! こっちは何も後悔してないんだ! 光を失ったこと、貴族の名を捨てたこと、人殺しになったことも含めて全部!! ……唯一の心残りはお前に礼を言えなかったことだが、それもここで叶う!!」
 一方メンヌヴィルは、ますます嬉しそうになってコルベールの言葉に応じる。
 そしてまた杖を構えて戦闘態勢に移行するが、その杖の先はコルベールではなく、
「……執心していたミスタ・コルベールではなく、私を狙うのか?」
「ああ、そうだ。隊長殿との戦いに集中するためにも、ここで中途半端なままなのは気持ちが悪いからな!」
「…………まったく」
 メンヌヴィル流のこだわりによって、ユーゼスが再び標的となってしまった。
 ―――コルベールとの戦いに集中している隙を突いて殺そうか、などと考えていたのに、プラン崩壊もいいところだ。
「そういうわけだ、隊長殿! 非常に申し訳ないのだが、ここは先約を果たさせてもらう! なあに心配するな、コイツを片付けたらすぐにお前の相手をしてやるからなぁ!!」
「待て、お前は私が……」
「……お前こそ待て、ミスタ・コルベール」
 なおも自分が戦おうとするコルベールに対し、ユーゼスが制止をかける。
「あまりあの男の言葉に反発して、下手に機嫌を損ねられても困る。今は取りあえず提案に乗っておくべきだろう。……『今』はな」
「……『今』?」
「そう。『今』、『この瞬間』は奴に付き合えばいい」
「…………。そうか」
 それで納得したのか、コルベールは数歩ほど下がる。
 ユーゼスは今の言葉に『戦いがそれなりに進んだら不意打ちしろ』というメッセージを込めたつもりだが、果たしてコルベールに伝わっただろうか。
 何せコルベールとは連携どころか、普段の生活においてもロクに会話もしていなかったのだ。
 ちゃんと意思の疎通がなされたか、かなり不安が残る。
 もっとも……。
(なされていなければ、いないなりに対処のしようはあるか)
 それに、どうせなら自分の手でメンヌヴィルを始末したいという気持ちは少なからずある。
 あの男に対する不愉快さや怒り、苛つきのようなものはまだ健在だ。
 では。
「はっ!」
「うぉっと!!」
 いきなり鞭を振るってみたが、首をわずかにかすめる程度で終わってしまった。
 相変わらず旗色はやや悪い。
 さて、これからどうしたものか。
「フン……、お前とはもう少し遊んでいてもよかったんだが、聞いての通り大本命が出て来てしまったんでな。悪いがここで終わりにさせてもらうぞ!!」
 言うが早いか、今度はメンヌヴィルの攻撃が始まった。
「!」
 先程までの炎の比ではない。
 この後にコルベールとの戦いが控えていることを本当に理解しているのか、と思うほどの苛烈さだ。
 魔法を繰り出すペース、炎の温度、攻撃の効果範囲、『炎弾』の爆発の威力、全てがコルベールが現れる以前を凌駕している。
 これでは『旗色がやや悪い』どころではない。
「チ……イッ!」
「どうした、どうした、どうしたぁ!!?」
 さすがにさばき切れなくなり、飛んで来る火の粉がユーゼスの皮膚をあぶる。
(ええい……!)
 このような回避主体ではなく防御主体の戦いの場合は、オリハルコニウムの剣ではなくデルフリンガーの方が適しているのだが……いや、あの剣のことはもう考えないようにしよう。
 とにかく、このままでは押し切られる。
 所詮、にわか仕込みに少々の能力強化が加わった程度では、本物の戦士には勝てないようだ。
 ここはコルベールの援護を期待したいところだが、どうやら隙をなかなか見つけられないらしい。
「ハハ、ハハハハハ!!」
 メンヌヴィルが魔法を唱えながら笑っている。
 どうにも癇に障る笑い声だった。
「コイツが終わったら次は隊長殿!! 隊長殿が終わったら……そうだ、その余韻に浸りながら逃げていった女どもを焼いて回ろう!! ハハハハ!!!」
 聞いてもいないのに嬉々として今後の予定を喋り始めるメンヌヴィル。
 そのセリフと詠唱の間隙を突けないものかと試みるユーゼスだったが、それは失敗に終わった。
「俺に突っかかってきた、あの気の強い女などは焼き甲斐がありそうだ!! ああ、どんな香りがするんだろうなぁ……!!」
「―――――!」
 ユーゼスの表情がわずかに強張る。
 あの気の強い女。
 おそらくはエレオノールのことだろう。
「……………」
 瞬間。
 食堂に入る前に見た、銃士隊の女の死体が頭をよぎった。
 そして、頭の中で勝手にそれとエレオノールの姿が重なる。
「……っ」
 ギリ、と歯を食いしばる。
 あの銃士隊隊員の二つの死体を見た時にはほとんど何も感じなかったのだが、不思議なことに『そういうシチュエーション』を思い浮かべるだけでふつふつと何かが湧き上がってくる。
 そしてそれに合わせて、左手のガンダールヴのルーンの輝きも強まっていった。
「ふうぅぅ……」
 大きく息を吐きながら、ユーゼスはメンヌヴィルと距離を取る。
 理由は知らないが……いや理由などこの際どうでもいい、とにかくテンションは最高値だ。
 今なら、出来るかも知れない。
「……………」
 過去にこの目で見た、そして実際に一撃を受けもした、かつての友の攻撃。
 その動きをなぞるようにして剣を横に構え、それに左手を添える。
「ん? 何だ?」
 メンヌヴィルが怪訝な顔つきになったが、構うことはない。
 今は自分のやりたいようにやればいいのだ。
「……はあぁぁあ!」
 左手がオリハルコニウムの剣の腹を滑っていく。
 それとともに、ガンダールヴのルーンの光がその刃へと移っていった。
「……!」
 そしてユーゼスの左手がオリハルコニウムの刃を滑り終えると、色鮮やかに輝く光の剣が誕生する。
(成功だ……!)
 やはりユーゼスの目論見どおり、感情の起伏によって出力値が左右されるガンダールヴのルーンと、精神感応金属であるオリハルコニウムは相性がいい。
 先の戦闘では出来なかったことを考えるに、これを行うには相当テンションを高めなければいけないようではあるが、とにかく今は成功したことを喜ぼう。
「ふっ!」
 『光の剣』を振るユーゼス。
 この『光の剣』のモデルはギャバンやシャリバン、シャイダーなどが使っていた宇宙刑事のレーザーブレードである。
 やり方に特にコツがあるわけではない。
 何のことはない、念の扱い方さえ知っていればおそらく誰にでも出来ることだ。
 ユーゼスはいわゆる『念動力』……サイキッカーやサイコドライバーのような力は持ち合わせていないが、念の扱い方それ自体は心得ていた。
 実際、並行世界のユーゼス・ゴッツォも念動力こそ持っていなかったが、その念でリュウセイ・ダテなどを圧倒している。
「剣の温度が上がった……? 貴様、一体何をしている!?」
「……そうか、お前は『視認』が出来ないのだったな」
 ならば今起こっている現象を理解出来るはずもないか。
 ―――まあ、メンヌヴィルが理解しようがしまいが、やることは一つだ。
「この……っ!!」
 苦虫を噛み潰したような顔で、メンヌヴィルが炎を放つ。
 つい先程までの攻撃と何ら見劣りすることのない、触れれば途端に焼死するであろう炎だ。
 その速度は決して遅くはない。
 むしろ速い。
 だが、今のユーゼスにとっては遅かった。
「はあっ!」
「うっ!!?」
 ユーゼスは炎をほぼ完璧に回避し、同時に踏み込んで一気に距離を詰める。
 恐ろしく身体が軽い。
 それに反応速度も飛躍的に上昇している。
(これが常時出せれば、苦労はせんのだが……)
 そんな感想を抱く余裕すら生まれるほどだ。
 オリハルコニウムの剣は、今や自分の一部であるかのように調和している。
 さて。
 それでは不愉快さの原因であると思われる、この盲目の男を始末するとしよう。
「………」
「ぬ、ぉお……!!」
 再び踏み込み、メンヌヴィルの懐に飛び込むユーゼス。
 対するメンヌヴィルは、防御のために杖を構えかけるだけで精一杯という様子だ。
(遅いな)
 ある種の優越感を味わいつつ、ユーゼスは剣を構える。
 そしてかつての友であり、敵であった銀色の戦士がそうしていたように剣を振り抜いた。
「―――デッド・エンド・スラッシュ!!」
 ザンッ!!!
「ガッ……、ッ! ぁ……あ……?」
 持ち上げられていた鉄の杖ごと、メンヌヴィルの身体が切り裂かれる。
 直後、派手に血しぶきが舞った。
「ぁ…………、ぐ、……ぉ、た、た……ぃ、っちょ、……ぅ…………」
 コルベールの方に手を伸ばそうとして、そのまま倒れるメンヌヴィル。
 食堂の床が、彼の血で染まっていく。
「……ふむ」
 つい先程までユーゼスの敵だったモノは、もうピクリとも動かない。
 切り裂いた部位や角度、深さ、およびあの出血の量からして……。
「死んだか」
 取りあえずは一段落と考えていいだろう。
 向こうに目をやれば、隊長がやられた光景を目の当たりにしたメンヌヴィルの部下たちが動揺して浮き足立っており、キュルケやタバサ、銃士隊の面々、更に回復したアニエスまでもが加わって、明らかな劣勢に追い込まれ始めていた。
 ……ちなみにユーゼスはメンヌヴィルを倒した時点で個人的な目的は果たされたので、参戦はしていない。
 大勢は既に決した。
 あとは度が過ぎるほどに油断するか、余程のイレギュラーな事態が発生しない限りは大丈夫なはず。
「む……」
 気がつけば、剣の光は消えていた。
 どうやらそう長く持続するものではないようだ。
 まあ、いつまでも延々と光り続けられても困るが。
「……………」
 それでは銃士隊やキュルケたちの戦いでも眺めるか、と後ろに下がろうとして、ユーゼスは物言わぬメンヌヴィルのすぐそばに立つコルベールに気付いた。
「……蛇になりきれなかったな。副長」
 複雑そうな表情で呟くコルベール。
 元上司としては、色々と思うところがあるのだろう。
 自分もギャバンに40年ぶり(しかもタイムスリップして来たので向こうは若いままだった)に会った時はかなり複雑な心境を抱いたので、気持ちは分からないでもない。
 しかし自分の技をモデルに使われたと知ったら、あの男はどんな顔をするのだろうか。
「ゴッツォ君」
「む?」
 しんみりしかけていると、コルベールに話しかけられた。
 まあ、ここでコルベールと話をしておくのも悪くはないかも知れない。
 そう思って、ユーゼスはその呼びかけに応じる。
「どうした、ミスタ・コルベール」
「いや……結局、私はほとんど役に立たなかったからな。せっかく遠回しに『不意打ちを仕掛けろ』と言われたというのに、最後まで手が出せなかった。すまない」
「確かにな」
 ハハハ、と苦笑する禿げた頭の中年教師。
 だが……とユーゼスは思う。
 確かにコルベールは、メンヌヴィルとの戦いにおいて直接的には役に立たなかった。
 しかし自分がガンダールヴのルーンの力を引き出せたのはある意味メンヌヴィルの言葉によるもので、そのメンヌヴィルの言葉を引き出したのはコルベールの存在があったからだ。
 ……いや、それを言うのなら、そもそも20年前のダングルテールとやらでコルベールがメンヌヴィルを殺していれば、また違った状況になっていただろうが……。
 いずれにしても、メンヌヴィルが存在しようがしまいがアルビオンによる魔法学院の襲撃は行われていただろう。
 さらにメンヌヴィルとはおそらく関係のない場面、食堂に向かう前の火の塔近くの戦いにおいて、ユーゼスはコルベールに命を救われている。
(そう言えば、まだその礼を言っていなかったか)
 ユーゼスはコルベールに向き直り、あらためて礼を言うべく彼へと近付く。
 その時。
「……のんきに話している場合か?」
 やたらと殺気だった様子のアニエスが二人の前に現れた。
「?」
 食堂でのメイジたちとの戦いは、いつの間にか銃士隊側の勝利で終わっていた。
 殺気だっているのは、その戦闘が終った直後だからだろうか。
(いや、それにしてはまだ戦闘態勢を解いていない)
 稽古とは言え、何度もアニエスと打ち合っているユーゼスには分かる。
 この女から出ている殺気は本物だ。
 だが、これほどまでの殺気を向けられる覚えがユーゼスにはない。
 ……まさか、今しがた見せた『光の剣』が原因なのでは―――などと考えを巡らせていると、アニエスはユーゼスではなくコルベールに剣を突きつけた。
「貴様が……アカデミーの実験小隊の隊長か?」
 そのアニエスの言葉を聞き、コルベールは真剣な顔になって頷く。
「そうだ」
「王軍資料庫の小隊名簿を破ったのも、貴様だな?」
「……そうだ」
(用があるのはミスタ・コルベールか)
 安堵するとともに、剣呑な空気もひしひしと感じたので数歩ほど下がるユーゼス。
 一方でアニエスとコルベールの会話は、そんな銀髪の男には構わずにどんどん進んでいく。
「教えてやろう。私はダングルテールの生き残りだ」
「…………そうか」
 ダングルテール。
 メンヌヴィルが話していた、20年前にコルベールが滅ぼした村。
 その生き残りが、このアニエスだと言う。
「なぜ我が故郷を滅ぼした? 答えろ!」
「……命令だった」
「命令?」
「……疫病が発生した、と告げられた。焼かねば被害が広がると……そのように告げられた。仕方なく焼いた」
「馬鹿な……。それは嘘だ」
「…………ああ。後になって私も知った。要は『新教徒狩り』だったのだ。私は毎日、罪の意識にさいなまれた。奴の……メンヌヴィルの言った通りのことを、私はしたのだ」
「っ……」
 アニエスの剣を持つ手が震えている。
 どうやらかなり感情が高ぶっているらしい。
「女も、子供も、見境なく焼いた。……許されることではない。忘れたことは、ただの一時とてなかった。私はそれで軍を辞めた。二度と炎を……、破壊のためには使うまいと誓った」
「……それで、貴様が手にかけた人が帰ってくると思うか?」
「…………。いや、思わん」
 チャキ、と両手で剣を構えなおすアニエス。
 彼女は強張った顔で話し始めた。
「20年だ……。20年間、私はこの日のために生きてきた。ずっとこの日を待っていた」
「……………」
「ダングルテールを襲撃するように指示したリッシュモンは殺した。お前やあのメンヌヴィルという男以外の、実験小隊の生き残りも殺して回った」
 腰を落とし、刺突の構えを取る。
「それも貴様で最後だ……。……さあ、我が故郷の仇! 討たせてもらうぞ!!」
(ならば私は完全に無関係だな)
 ユーゼスは一連の話を聞いて、もう二、三歩ほど下がった。
 おそらくはこれからアニエスとコルベールとで戦うのだろうが、それに巻き込まれてはたまらない。
 ……命を救われたコルベールに借りを返したいという気持ちもないではないが、いくら借りを返すとは言え、それで怪我をしたり命を落としたりするリスクを考えれば、嫌だと言わざるを得ない。
 借りを返すのならば、もっと安全に返したいというのがユーゼス・ゴッツォの偽らざる本音だった。
「……………」
「―――――」
 そんなユーゼスの心境など露知らず、アニエスとコルベールの間の空気が張り詰めていく。
 アニエスはいつでも飛びかかれるようにタイミングを計っており。
 コルベールはいつでも迎え撃つことが出来るように杖に炎をチラつかせている。
 そして。
「う……ぉぉおおおおおおおおっっ!!!」
「!」
 叫びと共に、アニエスがコルベールへと突進していった。
 防御や回避など全く考えていない、『刺し違えること』を前提とした攻撃。
 やられる方にとって、これほど恐ろしいことはあるまい。
 なにせ向こうは死を覚悟しているのだから、ちょっとやそっと攻撃したくらいでは勢いを鈍らせることすら出来ないのだ。
「―――――」
 しかしコルベールは特に慌てた様子もなく、極めて冷静な様子で杖を突き出す。
 その杖の先端からはコルベールの細い身体や、普段の温和な様子からは想像も出来ない巨大な炎の蛇が出現し……それを見たアニエスはますます踏み込みを鋭くした。
「む?」
 何かに気付いたユーゼスが疑問の声を上げかけるが、もう遅い。
 アニエスがコルベールの懐に入り込む。
 互いにとって必殺の間合い。
 そんな空間の中、コルベールはアニエスよりも一瞬早く杖を振って、
「―――――」
 そのまま杖を投げ捨てた。
「!!??」
 困惑するアニエス。
 だが手遅れだ。
 ドスッ
「ぐ……ぅ、っ……」
「な―――」
 既に十分過ぎるほどの加速がついていたアニエスの身体は止まらず、そのままコルベールの胸に復讐の刃を突き立てる。
 コルベールは刺された箇所は無論のこと、口からもゴボリと大量の血を吐き出し……。
「っ…………、」
 そのままアニエスにもたれ掛かるようにして、倒れていった。


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