一方。
夏海を追いかけて写真館から飛び出したユウスケは、何も知らずまったく見当外れの場所をかけずり回っていた。
まず先に夏海の行きそうな場所と見当をつけ、ルイズの部屋のある女子寮に赴いたのだが、外から見た所ルイズの部屋には灯りが灯っていなかったため、ここには来ていないと判断してさっさと別の場所へと行ってしまった。
直後、キュルケに連れられて夏海がこの女子寮に入って行った事など、知る由もない。
その後も思い当たった場所を片っ端から走り回った。厨房、食堂、平民達の寮、コルベールの研究室に、使い魔達の溜まり場まで。
もしかしたら最低限の暖を取るために何処か建物の中に入ったのかも、と考え、学舎にも足を運んでみたのだが、教室にはしっかりと鍵が掛かっていてこれは鍵を破壊しない限り中に入る事は不可能に思えた。
「夏海ちゃん…一体何処行っちゃったんだ…?」
もう大体探せる所は探した。でも見つからない。となると、もしかしたらルイズ以外の誰か、キュルケやタバサ辺りの部屋に入ったか、それか入れ違いでもう写真館に戻っているか。
「…一度戻ってみるか」
後者の可能性を信じ、ユウスケは学舎から飛び出した。
瞬間、突然目の前に人影が入り込んだ。
「うわっ!」
「キャッ!」
突然の事で二人は反応し切れず、真っ正面から衝突してしまった。
ユウスケの方は何とか少し蹌踉けただけで済んだが、もう一方の人は弾かれてその場に尻餅をついてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄るユウスケ。月光に照らされた綺麗な緑色の髪を見て、そこでようやく相手が女性だった事を知った。
「え、えぇ…大丈夫ですわ」
女性は返事をして顔を上げる。と、ユウスケは彼女とばっちり目が合った。
その瞬間、ユウスケは自分の周囲の時間が止まったのを感じた。
今目の前にいる女性は、ものすごい美人さんだった。そして彼女の醸し出す雰囲気がどことなく、ユウスケが元いた世界、クウガの世界で自分を支援してくれた、今は亡き彼女のものと似たものを感じさせた。
数秒、十数秒だろうか、ユウスケが女性の顔を見詰めたまま停止してると、流石に相手の女性は怪訝に思い声を掛けてきた。
「…あの…私の顔に何か…?」
「えっ?あ、わわっ!す、すいません…!!」
ユウスケは慌てて忙しなく動き出すととりあえず女性を立ち上がらせようと手を差し出しかけるが、すぐに思い返して手を上着で拭ってから改めて差し出す。
女性はユウスケの手を借りて立ち上がり、ぱんぱんと服に付いた土を払い落とす。その傍らで、ユウスケは女性に握られた手を時折じっと眺めたりと、とにかくそわそわと落ち着かない様子でいた。
「確かあなたは…」
「は、はひっ!!」
突然話しかけられて、口から心臓が飛び出る程の驚きを見せるユウスケ。そんなユウスケに少し面食らったが、女性は小さく咳払いをして改めて言葉を続けた。
「…確か、ミス・ヴァリエールが召喚したお館の方、ですわね?」
「あ、はい!俺、小野寺ユウスケって言います!」
テンション過多で裏返った声で返事を返すユウスケに、女性は少々引き気味だ。
「…わ、わたくしは学院長秘書を勤めるロングビルと申します。確か、あなた方は名字が前ですから、オノデラさん、で宜しかったですわね?」
「は、はい。ロングビルさん…ですか」
まるで噛み締めるかのようにユウスケはロングビルの名を復唱した。
「それで、オノデラさん。こんな時間にこんな所で何を?教室は夜は鍵が掛かってて立ち入りも禁止されているのですが」
くいっと眼鏡の縁を指で持ち上げながら、ロングビルは少しきつめの口調でユウスケを問い質した。学院長秘書と言う役職である手前、もしこの学院内で何か不埒な行いをしているのであればそれを見逃すわけにはいかないのだ。
「あ、あの、実は———」
と、ユウスケは館を飛び出した夏海とそれを追っていた自分の経緯を包み隠さず説明し始めた。
「———なるほど。そう言う事情でしたか。ですがあまり軽率な行動は控えた方が宜しいですよ?見つけたのがたまたまわたくしだったから良かったものの、教師の中にはあなた方の存在を快く思ってない方もおります。もし彼らに見つかりでもしたら、それを口実に学院から追い出されてしまいますわよ?」
「は、はぁ…」
学院の人にも色々な人がいるんだなぁ、と呑気な事を考えながら、ユウスケは生返事を返した。
「それと、ナツミさんでしたっけ?もしかしたらもうお館に戻ってるんじゃありませんか?」
「あ、俺もそう思って、一度帰ろうかって思ってた所です」
「そこをわたくしとぶつかったと…」
「いや、すいません、ホント…」
苦笑いを浮かべながら謝罪するユウスケ。そんなユウスケの様子にロングビルもくすりと笑った。その時の笑顔が何故かたまらなく可愛く見えた。
「いえ、わたくしの不注意もありましたし、今回はおあいこですわ。とにかく今夜はもう遅いですから、もしナツミさんがお館に戻ってなくてももう出歩いたりしないでくださいね。心配なのは判りますが、学院の治安もそう悪いものではありま
せんから。念のため、わたくしも少し見回って帰りますし」
「そうですか。判りました、ありがとうございます、ロングビルさん」
「いいえ、おやすみなさい、オノデラさん」
「おやすみなさい」
そう言ってロングビルはにっこり笑ってパタパタと小走りで宵闇の中に消えて行った。ユウスケはその後姿が見えなくなるまで手を振って見送った。
「…ロングビルさん…か…」
ユウスケはもう一度、ロングビルと触れ合った掌を見詰める。何とも言えぬ感情が全身を駆け巡り、ユウスケを軽い興奮が襲う。
「ロングビルさん…か」
もう一度、ロングビルの名を呟いて、軽いステップを踏んスキップで写真館への帰路を辿った。まさか飛び出した夏海を追って、こんな思いもよらない出会いに巡り会えるなんて、まさに夏海ちゃん様々である。もし写真館に戻っていたらお礼を言わなきゃ、などと調子のいい事を考えていると、そんな折、ふと疑問が一つ浮かんだ。
「…それにしてもロングビルさんは、こんな時間に何やってたんだろ…?」
少しだけ考えてみたが、きっと学院長の秘書なんだから色々とあるんだろうと思い直して、すぐにそんな疑問掻き消した。何より今は、彼女との出会いの感触をもっと噛み締めていたかった。
夏海を追いかけて写真館から飛び出したユウスケは、何も知らずまったく見当外れの場所をかけずり回っていた。
まず先に夏海の行きそうな場所と見当をつけ、ルイズの部屋のある女子寮に赴いたのだが、外から見た所ルイズの部屋には灯りが灯っていなかったため、ここには来ていないと判断してさっさと別の場所へと行ってしまった。
直後、キュルケに連れられて夏海がこの女子寮に入って行った事など、知る由もない。
その後も思い当たった場所を片っ端から走り回った。厨房、食堂、平民達の寮、コルベールの研究室に、使い魔達の溜まり場まで。
もしかしたら最低限の暖を取るために何処か建物の中に入ったのかも、と考え、学舎にも足を運んでみたのだが、教室にはしっかりと鍵が掛かっていてこれは鍵を破壊しない限り中に入る事は不可能に思えた。
「夏海ちゃん…一体何処行っちゃったんだ…?」
もう大体探せる所は探した。でも見つからない。となると、もしかしたらルイズ以外の誰か、キュルケやタバサ辺りの部屋に入ったか、それか入れ違いでもう写真館に戻っているか。
「…一度戻ってみるか」
後者の可能性を信じ、ユウスケは学舎から飛び出した。
瞬間、突然目の前に人影が入り込んだ。
「うわっ!」
「キャッ!」
突然の事で二人は反応し切れず、真っ正面から衝突してしまった。
ユウスケの方は何とか少し蹌踉けただけで済んだが、もう一方の人は弾かれてその場に尻餅をついてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄るユウスケ。月光に照らされた綺麗な緑色の髪を見て、そこでようやく相手が女性だった事を知った。
「え、えぇ…大丈夫ですわ」
女性は返事をして顔を上げる。と、ユウスケは彼女とばっちり目が合った。
その瞬間、ユウスケは自分の周囲の時間が止まったのを感じた。
今目の前にいる女性は、ものすごい美人さんだった。そして彼女の醸し出す雰囲気がどことなく、ユウスケが元いた世界、クウガの世界で自分を支援してくれた、今は亡き彼女のものと似たものを感じさせた。
数秒、十数秒だろうか、ユウスケが女性の顔を見詰めたまま停止してると、流石に相手の女性は怪訝に思い声を掛けてきた。
「…あの…私の顔に何か…?」
「えっ?あ、わわっ!す、すいません…!!」
ユウスケは慌てて忙しなく動き出すととりあえず女性を立ち上がらせようと手を差し出しかけるが、すぐに思い返して手を上着で拭ってから改めて差し出す。
女性はユウスケの手を借りて立ち上がり、ぱんぱんと服に付いた土を払い落とす。その傍らで、ユウスケは女性に握られた手を時折じっと眺めたりと、とにかくそわそわと落ち着かない様子でいた。
「確かあなたは…」
「は、はひっ!!」
突然話しかけられて、口から心臓が飛び出る程の驚きを見せるユウスケ。そんなユウスケに少し面食らったが、女性は小さく咳払いをして改めて言葉を続けた。
「…確か、ミス・ヴァリエールが召喚したお館の方、ですわね?」
「あ、はい!俺、小野寺ユウスケって言います!」
テンション過多で裏返った声で返事を返すユウスケに、女性は少々引き気味だ。
「…わ、わたくしは学院長秘書を勤めるロングビルと申します。確か、あなた方は名字が前ですから、オノデラさん、で宜しかったですわね?」
「は、はい。ロングビルさん…ですか」
まるで噛み締めるかのようにユウスケはロングビルの名を復唱した。
「それで、オノデラさん。こんな時間にこんな所で何を?教室は夜は鍵が掛かってて立ち入りも禁止されているのですが」
くいっと眼鏡の縁を指で持ち上げながら、ロングビルは少しきつめの口調でユウスケを問い質した。学院長秘書と言う役職である手前、もしこの学院内で何か不埒な行いをしているのであればそれを見逃すわけにはいかないのだ。
「あ、あの、実は———」
と、ユウスケは館を飛び出した夏海とそれを追っていた自分の経緯を包み隠さず説明し始めた。
「———なるほど。そう言う事情でしたか。ですがあまり軽率な行動は控えた方が宜しいですよ?見つけたのがたまたまわたくしだったから良かったものの、教師の中にはあなた方の存在を快く思ってない方もおります。もし彼らに見つかりでもしたら、それを口実に学院から追い出されてしまいますわよ?」
「は、はぁ…」
学院の人にも色々な人がいるんだなぁ、と呑気な事を考えながら、ユウスケは生返事を返した。
「それと、ナツミさんでしたっけ?もしかしたらもうお館に戻ってるんじゃありませんか?」
「あ、俺もそう思って、一度帰ろうかって思ってた所です」
「そこをわたくしとぶつかったと…」
「いや、すいません、ホント…」
苦笑いを浮かべながら謝罪するユウスケ。そんなユウスケの様子にロングビルもくすりと笑った。その時の笑顔が何故かたまらなく可愛く見えた。
「いえ、わたくしの不注意もありましたし、今回はおあいこですわ。とにかく今夜はもう遅いですから、もしナツミさんがお館に戻ってなくてももう出歩いたりしないでくださいね。心配なのは判りますが、学院の治安もそう悪いものではありま
せんから。念のため、わたくしも少し見回って帰りますし」
「そうですか。判りました、ありがとうございます、ロングビルさん」
「いいえ、おやすみなさい、オノデラさん」
「おやすみなさい」
そう言ってロングビルはにっこり笑ってパタパタと小走りで宵闇の中に消えて行った。ユウスケはその後姿が見えなくなるまで手を振って見送った。
「…ロングビルさん…か…」
ユウスケはもう一度、ロングビルと触れ合った掌を見詰める。何とも言えぬ感情が全身を駆け巡り、ユウスケを軽い興奮が襲う。
「ロングビルさん…か」
もう一度、ロングビルの名を呟いて、軽いステップを踏んスキップで写真館への帰路を辿った。まさか飛び出した夏海を追って、こんな思いもよらない出会いに巡り会えるなんて、まさに夏海ちゃん様々である。もし写真館に戻っていたらお礼を言わなきゃ、などと調子のいい事を考えていると、そんな折、ふと疑問が一つ浮かんだ。
「…それにしてもロングビルさんは、こんな時間に何やってたんだろ…?」
少しだけ考えてみたが、きっと学院長の秘書なんだから色々とあるんだろうと思い直して、すぐにそんな疑問掻き消した。何より今は、彼女との出会いの感触をもっと噛み締めていたかった。
「しっかし話だけ聞いてるとツカサってば碌でもない男ねぇ」
キュルケの自室にて、夏海の士への愚痴を一通り聞き終わったキュルケはそう言ってグラスに注いでおいたワインをグッと口の中に流し込んだ。
「話だけじゃなくて、ホントにそうなんです!」
同じく、一通り愚痴を吐き終わった夏海も喉が渇いたためワインに口をつける。
普段キュルケが寝酒として部屋に置いてあるワインだが、折角なので夏海の愚痴を酒の肴にしようと勧めてきたのだ。話疲れたらそのまますぐにも眠れるし。
そうしてアルコールが入った事でいつもより饒舌になった夏海はこれまで溜まっていた全ての鬱憤を吐き出すかのようにキュルケに愚痴りまくり、キュルケもまた初めて聞く異国の話(と、キュルケは異世界をそう解釈している)に大いに興味
を湧かせていた。
「でも良いわねぇ、旅。憧れるわぁ。あたしも色々な国を旅して廻ってみたいわぁ」
「そうですか?そんなに良いものでもないですよ?」
「あなたってばホント考え方がドライよね。女だったらもっとロマンチックな思想をするもんじゃない?」
「私はあくまで体験談を述べてるだけです!ロマンチックだけじゃ現実渡っていけません!」
キュルケははぁと深く溜息を付いた。
「…あなたそんなんで良く旅なんて続けてこられたわね。旅なんてモノこそロマンの塊みたいなものじゃない」
「それは、…この旅の目的はそもそも、ロマンとかとは、全然違うものですから…」
そう、キュルケには話していないが、夏海達のこの旅には『滅び行く世界を救う』と言う確固とした目的がある。一見、突拍子も無い話であるが、これは夏海達にとってれっきとした現実なのだ。
そう言って押し黙った夏海を見たキュルケは、何も言わずグラスのワインに口をつけた。夏海の様子から、何か事情がある事は明白だ。それも、少なくともキュルケには話せないような事情が。興味が無いと言えば嘘になるが、だからと言って根掘り葉掘り聞き出そうとはしない。話したくなければ話さなくていい、キュルケは相手が立ち入って欲しくない所までは立ち入らない。これは、親友のタバサに対しても同じである。
「…でも、その目的ってのはもう達成したから、あなたは故郷に帰りたいのよね?」
「そうです!なのに士くんったら———!」
「ハイハイ。…でもだったら尚更ね、このままってワケにもいかないんじゃない?」
「…どう言う事ですか?」
「ケンカ別れしたままそれっきりだなんて、たまったもんじゃないって事よ。その時はそれで良いなんて思うかもしれないけれど、後になって後悔するだけ。謝ろうと思ったらもう手遅れ、なんて結末、悲し過ぎるじゃない?」
「………」
そのキュルケの口ぶりに、夏海は思わず『まるで自分の事のような言い方ですね』と聞き返しそうになったが、やめた。そう言ったキュルケの目が、普段は決して見せないような何処か寂しげな色を放っていたからだ。
「…でも、仲直りするにしたって、私から謝る事なんてありません」
「だからって何もかもがツカサが悪いってワケでもないんじゃない?話聞く限りでも、途中であなたが腹立てて飛び出してるんだから、もっとしっかりツカサの話を聞く必要もあったんじゃない?」
「う…」
夏海は言葉に詰まる。
「とりあえずあなたがやるべき事は、まず頭を良く冷やして、それから腹を割って話し合う事ね。交渉事で大事なのは、如何にして相手を妥協させるかよ。その為の話運びが重要になってくるわね」
「ですが、そう上手く行くでしょうか?あの士くんに…」
士の事である、こっちが何を言っても適当に話をはぐらかされるに決まってる。そうやって最後は夏海の方から折れるしか無くなる、これまで士の方から妥協させられた事なんて殆ど無い。
「確かにこれには高度な話術が必須になるけど、一朝一夕で身に付くものでもないしねぇ…。後はムードを作って無理矢理相手をこっちのペースに乗せる、なんてのが手っ取り早いんだけど…」
「ムード…ですか?」
するとキュルケは何かを閃いたのかピンっと人差し指を立てた
「それに丁度良いイベントがあったわ。それも丁度明日に!」
「イベント?」
「でもそれには色々準備がいるわねぇ…んん〜…?」
と、何故かキュルケは夏海の身体を舐めるような視線でしたから上へと眺め始めた。そんな目で見られて良い気分になる筈も無く、夏海は身構える。
「な、なんですか…?」
と、突然キュルケは何を思ったのか夏海のウエストに両手を当てた。突然の事に夏海は「ひゃっ!」と思わず悲鳴を上げた。
「い、いきなり何するんですか!?」
「ウエストは…うん、大体おんなじ位ね、背丈もあんまり変わらなかったから、後は…」
抗議する夏海だったがキュルケは一切構う事無く、更にそのまま両手を胸へと持ってゆく。
「きゃ、キャァッ!!へ、変な所触らないでください!!」
「あら、なかなか良い形してるわね。でも残念、ちょっと大きさが足らないかしら」
「大きすぎるよりマシです!…って、そうじゃなくって…!!」
しかし夏海の抗議は行き届かず、胸に続き尻までも揉まれる結果となってしまう。
「ん〜、お尻もちょっと小振りかしら?」
指をわきわきとさせて肉の感触を確かめるキュルケの横で、体中を弄られた夏海はさめざめと涙を流した。
「も、もうお嫁に行けません……」
「まあまあ、犬に噛まれたとでも思って早く忘れる事ね」
「だ、誰の所為ですか!?誰の!って言うか、まさかあなたにそっちの趣味もあっただなんて、思ってもいませんでした!」
「あらやだ、人を勝手に両刀にしないでくれる?あたしは至ってノーマルよ。今のはただ、あなたのサイズを測ってただけ」
「サイズ…?一体何のために…?」
キュルケはピッと人差し指を立てて言った。
「ズバリ、明日の舞踏会で、あなたに着せるドレスを見繕うためよ」
「………ドレス?」
意味が判らず夏海は目が点になった。
キュルケの自室にて、夏海の士への愚痴を一通り聞き終わったキュルケはそう言ってグラスに注いでおいたワインをグッと口の中に流し込んだ。
「話だけじゃなくて、ホントにそうなんです!」
同じく、一通り愚痴を吐き終わった夏海も喉が渇いたためワインに口をつける。
普段キュルケが寝酒として部屋に置いてあるワインだが、折角なので夏海の愚痴を酒の肴にしようと勧めてきたのだ。話疲れたらそのまますぐにも眠れるし。
そうしてアルコールが入った事でいつもより饒舌になった夏海はこれまで溜まっていた全ての鬱憤を吐き出すかのようにキュルケに愚痴りまくり、キュルケもまた初めて聞く異国の話(と、キュルケは異世界をそう解釈している)に大いに興味
を湧かせていた。
「でも良いわねぇ、旅。憧れるわぁ。あたしも色々な国を旅して廻ってみたいわぁ」
「そうですか?そんなに良いものでもないですよ?」
「あなたってばホント考え方がドライよね。女だったらもっとロマンチックな思想をするもんじゃない?」
「私はあくまで体験談を述べてるだけです!ロマンチックだけじゃ現実渡っていけません!」
キュルケははぁと深く溜息を付いた。
「…あなたそんなんで良く旅なんて続けてこられたわね。旅なんてモノこそロマンの塊みたいなものじゃない」
「それは、…この旅の目的はそもそも、ロマンとかとは、全然違うものですから…」
そう、キュルケには話していないが、夏海達のこの旅には『滅び行く世界を救う』と言う確固とした目的がある。一見、突拍子も無い話であるが、これは夏海達にとってれっきとした現実なのだ。
そう言って押し黙った夏海を見たキュルケは、何も言わずグラスのワインに口をつけた。夏海の様子から、何か事情がある事は明白だ。それも、少なくともキュルケには話せないような事情が。興味が無いと言えば嘘になるが、だからと言って根掘り葉掘り聞き出そうとはしない。話したくなければ話さなくていい、キュルケは相手が立ち入って欲しくない所までは立ち入らない。これは、親友のタバサに対しても同じである。
「…でも、その目的ってのはもう達成したから、あなたは故郷に帰りたいのよね?」
「そうです!なのに士くんったら———!」
「ハイハイ。…でもだったら尚更ね、このままってワケにもいかないんじゃない?」
「…どう言う事ですか?」
「ケンカ別れしたままそれっきりだなんて、たまったもんじゃないって事よ。その時はそれで良いなんて思うかもしれないけれど、後になって後悔するだけ。謝ろうと思ったらもう手遅れ、なんて結末、悲し過ぎるじゃない?」
「………」
そのキュルケの口ぶりに、夏海は思わず『まるで自分の事のような言い方ですね』と聞き返しそうになったが、やめた。そう言ったキュルケの目が、普段は決して見せないような何処か寂しげな色を放っていたからだ。
「…でも、仲直りするにしたって、私から謝る事なんてありません」
「だからって何もかもがツカサが悪いってワケでもないんじゃない?話聞く限りでも、途中であなたが腹立てて飛び出してるんだから、もっとしっかりツカサの話を聞く必要もあったんじゃない?」
「う…」
夏海は言葉に詰まる。
「とりあえずあなたがやるべき事は、まず頭を良く冷やして、それから腹を割って話し合う事ね。交渉事で大事なのは、如何にして相手を妥協させるかよ。その為の話運びが重要になってくるわね」
「ですが、そう上手く行くでしょうか?あの士くんに…」
士の事である、こっちが何を言っても適当に話をはぐらかされるに決まってる。そうやって最後は夏海の方から折れるしか無くなる、これまで士の方から妥協させられた事なんて殆ど無い。
「確かにこれには高度な話術が必須になるけど、一朝一夕で身に付くものでもないしねぇ…。後はムードを作って無理矢理相手をこっちのペースに乗せる、なんてのが手っ取り早いんだけど…」
「ムード…ですか?」
するとキュルケは何かを閃いたのかピンっと人差し指を立てた
「それに丁度良いイベントがあったわ。それも丁度明日に!」
「イベント?」
「でもそれには色々準備がいるわねぇ…んん〜…?」
と、何故かキュルケは夏海の身体を舐めるような視線でしたから上へと眺め始めた。そんな目で見られて良い気分になる筈も無く、夏海は身構える。
「な、なんですか…?」
と、突然キュルケは何を思ったのか夏海のウエストに両手を当てた。突然の事に夏海は「ひゃっ!」と思わず悲鳴を上げた。
「い、いきなり何するんですか!?」
「ウエストは…うん、大体おんなじ位ね、背丈もあんまり変わらなかったから、後は…」
抗議する夏海だったがキュルケは一切構う事無く、更にそのまま両手を胸へと持ってゆく。
「きゃ、キャァッ!!へ、変な所触らないでください!!」
「あら、なかなか良い形してるわね。でも残念、ちょっと大きさが足らないかしら」
「大きすぎるよりマシです!…って、そうじゃなくって…!!」
しかし夏海の抗議は行き届かず、胸に続き尻までも揉まれる結果となってしまう。
「ん〜、お尻もちょっと小振りかしら?」
指をわきわきとさせて肉の感触を確かめるキュルケの横で、体中を弄られた夏海はさめざめと涙を流した。
「も、もうお嫁に行けません……」
「まあまあ、犬に噛まれたとでも思って早く忘れる事ね」
「だ、誰の所為ですか!?誰の!って言うか、まさかあなたにそっちの趣味もあっただなんて、思ってもいませんでした!」
「あらやだ、人を勝手に両刀にしないでくれる?あたしは至ってノーマルよ。今のはただ、あなたのサイズを測ってただけ」
「サイズ…?一体何のために…?」
キュルケはピッと人差し指を立てて言った。
「ズバリ、明日の舞踏会で、あなたに着せるドレスを見繕うためよ」
「………ドレス?」
意味が判らず夏海は目が点になった。