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ゼロの黒魔道士-64


「ぁああぁあああぁぁああぁああ!?」
砂屑よりも小さく、バラバラになってしまいそうになる。
声も、体も、記憶でさえも溶けていってしまいそうな、濃い『虹』の壁。
一瞬とも、永遠とも分からないぐらいの時間の中、ボクは、
溺れたときに水面を目指すように、飛空挺の向かう先、その小さな光に手を伸ばしたんだ……
 ・
 ・
 ・
「け、ケホッ……」
嵐の真ん中ほど、静かなものは無いらしい。
まとわりつくような『虹』も薄れて、視界が戻ってくる。
息が、少しだけ苦しい。
それが、まだ『生きている』って証拠みたいで、安心する。

「――倒れている暇は無いよ」
クジャの声に、甲板の向こうを見る。
青空が、『虹』でグネリと曲がって、
ラピスラズリのような色合いの、歪んだ縞模様を作りだしているその先。

「っ……!?あ、あれって……!?」

最初に見えたのは、その巨大な姿。
山かと思ったけど、それは違う。
山なら動いたりするはずが無い。
腕や、足があるはずなんて無い。

次に見えたのは、カラスよりも真っ黒な羽。
それが山の両側から、大きく、大きく伸び出している。
片側に1枚、反対側に2枚伸びた翼の影の1つ1つが、
ボク達を押しつぶしそうなくらいの迫力だった。

そして、最後に気付くのは山の中心。
山が何でできているかっていうこと。
よく見ると、小さな穴がいくつも開いている。
もっとよく見ると、それが窓なんだっていうことに気がつく。
小さくドアがあったり、真っ白な壁がズラッと並んでいたりすることに次々気付いていく。
まるでお城が……いや、まるでアルビオン大陸そのものが、山のように押し固まって動いているように見える。

山が、起き上がる。
よく見れば、そいつは人の姿をしていた。大きすぎて、簡単には信じられないけど……
尖塔でできた足が、砂の大地に沈みこみながら、その体を支え上げる。
羽と同じ夜の色にその体を染めながら、空の上までそいつが伸びあがる。
この世の何よりも大きく、この世の何よりも堂々と。

「黒い……アレクサンダー!?」
アレクサンダー。
一度だけ、見たことがある。
アレクサンドリアって街を守るために、ダガーおねえちゃんとエーコの出した『召喚獣』。
お城1つがまるごと動き出して、バハムートを一瞬でやっつけてしまうような、怖いぐらいの力をもっていた。
でも、あれはこんなに大きく無い。
これはアレクサンダーの5倍も、10倍もの大きさがある。
それに何より……

「――いやいや、純白の護り手の名は、こいつに相応しくないね!」
クジャの言うとおり、アレクサンダーは真っ白な羽だった。
誰かを守ろうとするような、真っ白で綺麗な輝きだった。
こいつの羽は、何もかもを引きずりこむように真っ黒で……

「護り手とイメージを同じくするも、月の世界より下りし破壊の神、
 青き星を壊滅させんとした、強大凶悪なる動く要塞……」
クジャが、甲板の端までゆっくりと歩いて行く。
それを追いかけるように走りながら、立ち上がっていくそいつを見上げた。
ボクらを包み込む影は、まるで夜の闇のようだった。

「彼の者こそ、6000年前にヴァリヤーグを滅ぼした兵器!
 呼ばれた名ごと封じられた、神殺しの召喚獣!『聖地』の本当の姿さ!」
クジャが、大きく手を伸ばしてそいつの顔を見上げた。
だんだん、空の歪みが速くなる。
『虹』が渦の中心に集まっていく。
ギシギシと軋み始める飛空挺。
揺れるように空も砂も、黒い塊の真ん中に飲み込まれていく。
嵐よりも激しく、風が轟いて呻く。

「た、魂を吸いこんでる!?」
周囲の全てを飲み込むように、そいつが持ち上がる。
飲まれていく『虹』の音の重なりが、そいつの唸り声のように聞こえてくる。

「ふむ、しかし化け物でも呼び方が無いと、いささかやりにくいねぇ……
 エルフ風に『悪魔の門』?ハルケギニア風に『聖地』?しっくり来ないな……
 ――バブイル、巨人・バブイル!古に伝わる名を与えようか!」

黒いアレクサンダー……バブイル。
帽子をぎゅっと下げる。
ここまで来たら、もう退けない。
真っ黒に染まっていく『虹』を見上げながら、覚悟を決めなおした。



ゼロの黒魔道士
~第六十四幕~ 悪魔の門 聖地

「『状況を!』」
伝声管の向こう側がまた慌ただしくなる。
「『右翼、軽微破損!』」
「『左翼……畜生!飛んでるのが奇跡だ!』」
「『エンジン、左翼に同じ――もちろん、落ちないようにはしますけど』」
瀕死。
人に例えるなら、かろうじて立っていることができるかどうかってぐらいの、ボロボロ具合。
荒れ狂う『虹』の嵐は、ボク達を守っていたこのブラック・ジャック号を、容赦なく痛めつけていた。
船のことが全く分からないボクでも、何となく感じてしまう。
足下のエンジン音はどこか弱々しくて、それでも必死に羽ばたこうとしているようで、
こんな状況じゃなかったら、「もう、いいんだよ」って、そう声をかけなくちゃと思うぐらいだった。

「ウェールズ艦長殿?」
クジャが伝声管にささやくように話しかけた。
誰かに耳打ちするような、そんな動きだった。
「『クジャさん!無事でしたか!』」
「“アレ”の準備は?」
ウェールズ王子の心配を軽くあしらうような感じで、伝声管に持たれながらささやき続ける。
まるで、酒場でとっておいたボトルを頼むような、そんな気軽な調子だった。
身にまとう空気というか、そういったものが全然場に合わない。
「……“アレ”?」
そんなクジャの余裕よりも、“アレ”が何なのかが気になってしまった。

「『――主砲部!異常は!』」
「『だ、大丈夫で~す……あ痛たた……傷1つ付けないようお守りしております~!』」
そういえば、この艦の人って、みんな若い人達みたいだ。
……ウェールズ王子についてこれる人達を選んでついてきてもらった、ってことかなぁ……?

「なら、やることは1つ……」

……だから、かもしれない。

「『了解っ――諸君、昇るぞぉっ!!翼を立てろ!浮力最大!』」
「『浮力最大了解!』」
「『了解っ!土メイジ部隊!至急左翼を修繕せよっ!』」
船に乗っている人皆に、勢いがある。
瀕死だった船に、活気が戻る。
それは、フェニックスのように。
何度でも、甦るという、あの奇跡の炎のように。
ブゥゥンという低いけれども、輝くような振動が、足下から伝わってきた。

振動が伝わってくるのは、足の下からだけじゃなかったんだ。
「……デルフ?」
背中から伝わる、細かい震え。
デルフが、自分の作った鞘の中で、小さくなってブルブル、カチャカチャと音を立てていた。
それが心配になって、声をかけた。
「ん?い、いや、なんでもねぇよ?うん、は、はは……ちーっと寒気がするだけよ、うん、空は冷えていけねぇや……」
デルフには、珍しいくらいの細い声だった。
「……?」
剣が寒さを感じるって、そんなわけ……あぁ、デルフだったらあるのかなぁ?
『ブリザド』も寒いって言ってたし……
でも、こんな風に怯えたようなデルフを見るのが初めてで、なんかボクまで不安になってしまう。

「ビビ君、おしゃべりの暇は無いようだよ――」
クジャが、伝声管から顔を引き戻しながら、ボクの方を見ようともせずそう言った。
「え?」
「――どうやら、この素晴らしい主役のお出ましに、嫉妬しているらしい――っ!!」
クジャの視線の先、それは言葉で言い表すこともできないくらいの、極彩色の洪水だったんだ。
「うわわわっ!?」

まず飛び込んでくるのは、『虹』の塊。
『虹』の壁の外側まで飛んできて、ブラックジャック号の甲板をもいでいった巨大な光の弾。
それが大っきなホタルみたいに、自分の意志を持っているかのようにこっちに飛んでくる。
広げられた3枚のバブイルの羽から、いくつもの光の筋をともなって、次から次へと飛んでくる。

「――ほぅらっ!!」

「無念の響き、嘆きの風を凍らせて
        忘却の真実を語れ… ブリザガ!」

その大きさに圧倒されながら2つ3つをなんとか防ぎきったところで、

バブイルが、吠えた。

吠えたように聞こえた、が正解かもしれない。
それは飛空挺の上から見ていると、深呼吸をするような動きだった。
空の高いところで不気味な縞模様を描いている『虹』の流れが、
いよいよ急激になってバブイルに吸い込まれていく。
その音が、どんな飢えた猛獣よりも恐ろしく、砂漠の砂を巻き上げながら響く。

その音が、ふいに止んで……一瞬後には風の向きがまるっきり逆になっていた。

『虹』の、波。
ボク達が通り抜けた『虹』の壁、あれのとびっきりに濃い部分が、波のようになって襲ってくる。
それは黒いアレクサンダー、バブイルを中心にして、周囲の空気を切り裂きながら、巻き込みながら、
輪のように広がってくる。

壁みたいに、ただそこに存在する障壁と、襲ってくる『虹』の塊は、
鉄の壁と鉄の剣ぐらいの差がある。
目に入った瞬間に、「壊される」、「殺される」、そう思わずにはいられなくなる。

大きすぎる。範囲が広すぎる。
例えばフレアや、クジャのホーリーでだって穴を開けるのがせいぜい。
全部を防ぎきるのは、まず無理。


「『速力維持!死ぬ気でふんばれ!ブースト準備っ!』」
「『これ以上風石は使えませんっ!浮力が足りなくなっちまう!』」
伝声管の向こうがさらに騒がしくなる。

「『蒸気機関をそっちに回すっ!構わず放出しろ!ここがふんばり時だ!』」
「『は、はいぃっ!』」
波が、迫る。
鋭い刃のような、『虹』。
「切られる」。
一瞬先の様子を想像すると、ズタズタに切り裂かれた自分と、真っ二つに割れた船の姿しか見えてこない。
それが現実になってしまうまで、あと何秒?
ううん。考えている時間すら無いほどに、それがどんどんと迫ってくる。

「『波を抜けるぞぉっ!風石ブースト……今だぁっ!』」
ウェールズ王子の声が、伝声管から高く吠えた。
「『ブーストっ!』」
足下のブゥゥンという振動が、高音のキィィンッという爆音にとって変わる。
それを合図にして、船がほぼ真上に、跳ね上がった。

「うわわわっわわわっ!?」
『虹』の波刃が、船の下の方でゴォッという地鳴りとも風切り音ともつかない轟き声をあげながら通り過ぎる。

避けれた。助かった。
……そう思うには、まだ早そうだった。

再びの、バブイルの世界を飲み尽くしそうな唸り声と、迫る『虹』の弾。
何重にも重なって見える色の洪水が、周囲の空気までも染め上げて、
ボク達の船を襲ってくる。

「『風石ブースト!続けて撃つぞっ!』」
「『は、はいっ!!ブーストッ!!』」
ウェールズ王子の声が伝声管から響く度、
船が縦に横に、踊るようにその向きを変えて『虹』の刃を潜り抜ける。

「情熱的なまでのフラメンコ……ふふふ、最高のショーだねっ!」
クジャがそう言うように、本当にダンスを踊っているみたいだなって思った。
……『最高のショー』っていうのは、大反対だけれどね……

「天空を満たす光、一条に集いて
        神の裁きとなれ! サンダガ!」
何しろ、周囲をとりまく『虹』の量は、海にある水よりも多そうで、
ちょっとでも気を抜いたら嵐の中でこの船は沈んでしまう。
それを『最高のショー』だなんて言える余裕、これっぽっちも無かった。

「『だ、ダメです!気流が強すぎる!押し戻されます!』」
「『左翼です!お、折れるぅぅうう!?』」
「っちぃ!キリが無いね! しつこい演出は、駄作の元だよっ!!」
キリが無い。
本当に、キリが無い。
船が果たして進んでいるのか、戻っているのか分からない。
バブイルはずっと遠くで、巨大な姿のまま。
近づくほどに遠ざかる、蜃気楼のようにすら見えてくる。

「くっ……」
このままじゃ、船がボロボロに崩れてしまう方が早いかもしれない。
見えているのに、遠い。
それがこんなにももどかしいなんて、考えたことも無かった。


勢いよく、ガタンっと音がする。
何かが壊れた音ではなくて、ブラックジャック号のハッチが開いた音。
そこから飛び出てきたのは、とっても場違いでとっても大きな、文句の声だったんだ。
「――あぁっ!もうっ!このフネ、作りが分かりにくいっ!!」
「……ルイズおねえちゃんっ!?」
艦橋にいたはずの、ルイズおねえちゃんが甲板にまでやってきたんだ。
……どこかでぶつけたのか、額をちょっとだけ赤くしながら……

「迷ったじゃないのよっ!っんとにもうっ!――とりあえず文句は後ねっ!」
プリプリと怒りながら、船首の方に進み出るルイズおねえちゃん。
その姿は、いつもの、例えば教室で前に出て発表するときのような、
全く迷いのない、いたっていつもどおりの歩き方だった。

「――プリマドンナは出所を外さない、か。惚れ惚れするねぇ」
「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……」
クジャの声をよそに、ルイズおねえちゃんが歌い始める。
このメロディーは確か……すっごい爆発魔法の詠唱?

「え、ちょ、ルイズおねえちゃん!?」
船首の方に、『虹』の弾が迫る。
せめてもうちょっと後ろに下がってもらおうと、声をかけても、
ルイズおねえちゃんは退かなかった。

「こんな遠くまで連れてこられてねぇ!わっけ分からない話聞かされて!
 黙って船ん中で振り回されてっ!むしゃくしゃしてきてしょうがないわよっ!
 私はお客様でも役立たずでも無いっ!私は――虚無の担い手なのよっ!!」
ふっと、重なる。
ルイズおねえちゃんの、最初に出会ったころの姿と。
『相手に後ろを見せないのが貴族よ!』と言ってフーケのゴーレムを見据えたルイズおねえちゃんの姿と。

あのときから、ルイズおねえちゃんは、ずっとまっすぐなまんまだ。
そう思ったんだ。
自分の考えた正しさを曲げようとしない、意地っ張りで素直じゃないけど、とっても強いまっすぐさ。
だから、今もこうして、敵の真正面で、とんでもない攻撃が来ているその前で、
決して目を逸らそうとせず、まっすぐに怒りながら、
まっすぐ杖を振るえるんだって、そう感じた。

「『エクスプロージョン』っっ!!」
まっすぐに、吠える。
それが、コンサートの最後のシンバルのように、空の高くまでこだまして弾ける。
どんな禍々しい色合いも、塗りつぶすような白い光。
とっても眩しいけれども、目を覆いたくなるような強さじゃなくて、とても優しくて暖かい光。
それが『虹』をも跳ね除けて、
そして、弾けた。
「うわぁっ!?」
「――綺麗だねぇ。怒りと情熱の花弁が、フラメンコのリズムによく映える!」

ルイズおねえちゃんの激しいけれども優しい光がおさまると、
青空の切れ端が、ブラックジャック号の真上に覗いて見えた。
そこから射すわずかな光が、まるでステージのスポットライトのように、ボク達を照らしていた。

バブイルは、相変わらず遠くにいるけど、虹は出してこない。
ルイズおねえちゃんの爆発魔法で、怯んでしまったのか、
もしくは吸い込む『虹』が消えたことに驚いているのか、
ともかく不気味なまま沈黙して、そこにたたずんでいる。

「『――……しょ、衝撃波消滅!気流も静寂化!』」
伝声管から聞こえてくるのは、戸惑いの声。
……そうだよね。
こんな魔法、他に無いもの。はじめて見たら驚くのも無理は無いって思うんだ。
「『よし!一気に浮上!ヤツの頭に出るぞっ!!』」
でも、ウェールズ王子は流石だなって思う。
ちっとも戸惑わずに、すぐに指示を出せるんだから……

速度を上げて、ブラックジャック号が飛ぶ。
バブイルに近づいて、黒山のようなその体が一目でおさまりきらなくなる。
……やっぱり、とんでもなく大きい。
こんな奴を相手にしていたと思うと、体が震えそうになる。

「何でできてるのよ、アイツ……消すつもりだったのに、傷1つつけられやしないわ」
さらっと、とんでも無いことをルイズおねえちゃんが言う。
……この巨大な体を、山みたいなこいつを消すつもりだったの?

「いやいや、道を切り開くだけで十分さ。
 ……あれを『虚無』の魔法程度で破壊できるとは、僕も思ってもいないよ」
クジャがそれを慰めるようにニヤリと笑って見せる。
う、うーん……どっちがとんでもないんだろう……
ルイズおねえちゃんなのか、あのバブイルなのか……

「ったく何だってのよ……大体ねぇ!ビビ!」
「え、え?」
突然、言葉がこっちに向かってきて、びっくりしたんだ。

「あんたねぇ!私を何だと思ってるのよっ!」
「え……ルイズおねえちゃんはルイズおねえちゃんじゃ……?」
……むしろ、それ以外の何だって言うんだろう。
ルイズおねえちゃんは、とっても強いルイズおねえちゃんそのものなのに……

ペコンッとルイズおねえちゃんがボクの頭を小突く。
「あのねぇ!仮にも、私はあんたの主人なのっ!
 使い魔が働くなら、きっちり私の許可を取りなさい!黙って勝手に行かないで!」
少し、涙混じりに言われてしまう。
……ルイズおねえちゃん、心配してくれてたってことかな?
……なんか、すっごく悪いことをしたような気がしてきた。
「え、あ、そ、その……ゴメン……」

「おぉ、怖い怖い――」
ボクが謝っている横で、クジャが茶化すように言った。
……うーん、なんか、腹が立つなぁ……
「クジャっつったっけ?あんたもよ!あんたも他人の使い魔を勝手にひっぱり出してねぇ――」
ルイズおねえちゃんが、怒る先をボクからクジャに切り替えたところで、
またガタンッて音がしてハッチが開いた。
「る、ルイズくーん、その辺でいいんじゃ……」
ギーシュが、相変わらずな調子で、顔を覗かせる。
その様子に、ちょっとだけ、笑ってしまいそうになった。
……うん、みんな無事で良かった……

「『――クジャさん!』」
そう安心していると、伝声管からウェールズ王子の声。
甲板の外側にはバブイルの巨大な姿はもう見え無くて、
身を乗り出さないとその姿は見えなかった。

真上。
そこから見てもバブイルはすっごく大きい。
アレキサンドリアやリンドブルムの巨大なお城よりも、『イーファの樹』よりも大きい。
巨大な体が大地に根を張って、真っ黒な羽も畳んだその姿は、巨人というよりももはや山そのものっていう風に見えた。
「ん、目指すポイント到達だね。
 では、素晴らしい力で盛り上げてくれたバブイルに、敬意を表して花束を!」
クジャが、伝声管に向かって指示を出す。
「『主砲、解放っ!』」
「『主砲、行きます!3,2,1……てっ!!』」
また船が揺れる。

今度は、ブゥゥゥンという羽ばたきの音じゃなくて、
ゴゴゴゴゴっていう唸るような音。
それに合わせて周囲の空気がまた変わる。
例えるなら……さっきまでバブイルが『虹』を吸いこんでいたときのような……
「……え!?」
またバブイルが動き始めたかと思って、身構えた。

でも、そんなことをする必要は全然無かったんだ。

真っ赤な、光。
ルビーよりも血よりも真っ赤で、まっすぐ伸びていく光の柱。
それがブラックジャック号の真下から伸びて、バブイルに到達した瞬間、
あの巨体から、耳を覆いたくなるような叫び声が聞こえてきたんだ。

この世のものとは思えないような、ビリビリと空気を揺らすような断末魔の叫び声。
赤い光が当たった場所から、黒い羽がみるみる灰色に変わって、溶けていく様子が分かる。

「うわっ!?」
「な、何よ今度はっ!?」
ルイズおねえちゃんとギーシュは、耳を塞ぎながらその様子を唖然と見ていた。

「ふぅ、花束の譲渡は上手くいったか……毒の仇華だけどね?」

クジャは平然とその様子を、甲板から身を乗り出して眺めて笑っている。

……その様子を見て、この赤い光の正体を思い出す。
アレクサンダーを飲み込んだ、大空に浮かんだ真っ赤な目から出た光……
「これ……インビジブルの……!」
クジャが、使ってアレクサンドリアを、ガイアを混乱に導いた真っ赤な光。
……それをこんなところで見るとは思わなかった。
「そう、召喚獣や魂を吸引するための可愛い可愛い深紅の瞳……
 間に合わせで作った小型だけどね。初めて使ったにしては、上手くいったかな?」

「……って、ことは……」
「そう。このままバブイルを物言わぬ聖地に、ただの背景に戻すだけさ。
 核となる部分さえ吸い取ってしまえば、主役のいない舞台同然、あとは元通り……」
召喚獣の核となる魔力を抜き取れば、バブイルは元の街に戻る。
……アレクサンドリアのときは、クジャがその力を悪用しようとした、敵の光だったけど、
こうして味方になっている内は、赤い光がものすごく頼もしい。

ともかく、これで一安心だ。
ハルケギニアでこの巨人が暴れて、もっと酷い事にならずに済む。

……少し、気が抜けてしまっていたんだ……


「――やはり、我々の聖行を妨げる方々がいらっしゃったのですね」

ハッチの開く音も無く、伝声管からの声でも無く、
揺れるような、囁くような、そんな声が甲板の上に舞い降りた。

「……だ、誰っ!?」

振り返ると、水兵服ではない2人の男の人の姿があったんだ。
ブラックジャック号の中で見た記憶が全然無い、場違いな感じのする人達。

片方は、左右に眼の色の違う、ガラス細工のように綺麗な若い人。
ルイズおねえちゃんや、ギーシュと同い年ぐらいに見える。

そしてもう1人は、紺色の背の高い帽子と長い服を着た、金髪の優しそうな人。
こっちの人も綺麗なんだけど、何となく、違和感があった。
幽霊みたいに真っ白な肌だから?
音も無く甲板の上を歩いているから?
ううん、きっとその笑顔のせいだと、ボクは思った。
優しそうな笑顔なんだけど、どこかよそよそしい、
舞台用のお化粧みたいな、ワザと作ったような笑顔だと、何となく感じてしまったからだ。

「え、ま、まさか……」
ルイズおねえちゃんが口元をおさえて驚いている。
「金と紺の聖衣と帽子……きょ、教皇様!?」
ギーシュの言葉を信じるなら……
この人って、教皇様って言うぐらいだし、ものすごく偉い人なんだろうけど……
でも、その偉い人が何で突然?

「これはこれは、はるばるようこそ。お初にお目にかかりますかね?」
クジャが丁寧にお辞儀をする。
舞台挨拶のように、ワザとらしい動きで、ワザとらしすぎるほど大きく。

「――嘘は、神の前では通用しませんよ。
 貴方には何度か出会っております……ロマリアに潜入してらっしゃった方では?」
教皇様の顔がより笑顔になった。
怖いぐらいに、笑顔だ。
怖い?こんなに優しそうなのに?
きっと、笑顔の後ろで笑ってないからだ、とボクは思った。
この人は、自分を『演じている』。そう直感した。
……誰が?何のために?

教皇様の笑顔の下から洩れたのか、ピリっとした空気が漂う。
それは『虹』と同じぐらい、また全然違う寒気だけど、凍えそうになるほどだった。

「ふふふ……あぁ、そうでしたそうでした。では、改めて自己紹介から始めましょうか?
 お久しぶりです、クジャと申します。えーと、それで貴方様はっと……
 聖エイジス三十二世様?あるいは親愛なるヴィットーリオ様?あるいは――」

クジャが、一呼吸を置く。
沈黙が、寒気をより引き立てる。

「裏切り者のフォルサテ――仮面の下の、真名でお呼びした方が、貴方のお好みでしょうか?」

教皇様の顔から、笑顔が消えた。



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