あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

GIFT11



 ふと気づくと、ルイズは生まれ育った屋敷にいた。
 魔法学院から、三日ほど馬を走らせた場所にあるラ・ヴァリエールの領地。
 アルビオンにいるはずの自分が、どうしてそこにいるのか。
 そんな疑問は、頭の片隅にすらなかったが、すぐにわかった。
 なるほど、これは夢の中か。
 そう理解するのにさしたる時間は要さなかった。
 といって、夢の中の時間が、現実世界でどれほどのものになるのかは、わからないけれど。
 ただ、気の向くままに屋敷を歩いていく。
 ルイズにとって、この世界は汚濁と塵芥にまみれた、鼻の曲がるようなゴミ捨て場だ。
 名門に生まれついてしまった『欠陥品』を笑っているクソども。
 普段押さえつけられている貴族の中で、貴族たりえない不具を……それすら裏でこそこそと嘲ることしかできない虫けらども。
 そういう屑どもを全て、血や膿でまみれた溝川に流してしまえば、さぞかし世の中はさっぱりとするだろう。
 しかし、彼らの言い分もわからないでもない。
 少なくとも、今のルイズには。
 「魔法を使えるものを貴族というのではないわ! 敵に背を見せないものを貴族というのよ!!」
 以前の自分ならこう言ったか?
 馬鹿が、とルイズはかつての自分に唾を吐きかけてやりたくなった。
 くだらない戯言だ。
 この社会を根底から支えている魔法という〝力〟。
 貴族がそこで認められるのは、その根底を支える力を持っているからじゃないか。
 ゲルマニアでは、平民でも貴族になれるというが、それにしたって金という力を持っているからこそ認められるのだ。
 魔法も使えない、金もない。
 そんなやつが、どうして貴族と認められる?
 貴様の吐いているのは、負け犬の遠吠えだ。
 魔法も、金もない。
 それは今現在のルイズにしたって同じことだった。
 だけど、それとは違うものは持っている。
 社会で大きな『富』を得ることの出来うるもの。
 ただ、それは上っ面のものではなく、裏の、黒く濁った、しかしこの世界の本質である場所でだろうが。
 それは、力……暴力だ。
 白の国で理解したこと。
 それは、トリステインの終焉が近いということだ。
 強大なレコン・キスタの軍事力。
 アルビオンはもはや死にかかった牛だ。
 奴らは飢えた狼の群れのように、くたばった牛を食い尽くすだろう。
 それにどれだけの時間がかかる?
 大した時間は稼げない、あっという間だ。
 次は、トリステインの番だ。
 ルイズの横に、違う誰かが並んで歩く。
 それは子供の頃のルイズだった。
 六歳くらいだろう。
 いかにも貴族の娘らしい、驕慢な態度が見えた。
 「このままだと、トリステインは全滅だわ」
 小さなルイズは言った。
 腹の立つほど、無垢な瞳で、まっすぐとルイズを見て。
 「学院の生徒や使用人も、領地の民も、殺されるかもしれない。辱められるかもしれない」
 「それがどうしたの?」
 ルイズは笑ってやる。
 まっすぐと、小さなルイズを見下ろして。
 殺し合いと絵本の物語の区別もつかない腰抜けの貴族ども。
 その貴族に媚びへつらうことで生命をつないでいる家畜同様の平民ども。
 蛆虫どもの群れは、国の終わりには天を仰いでこう叫ぶだろう。
 善良で日々真面目に慎ましく生きている私たちをお助けください!
 だったら。
 その時は――見下ろしこう答えてやる。
 「Non」
 ってね。


 ルイズは目を覚ました。
 覚醒は一瞬だ。
 ベッドから起き上がると、すばやく服を着終える。
 まだ、時間は早い。
 外に出て、しばらく歩いていると、小さな少年が近づいてくる。
 それは少年ではなくて、男装したタバサ。
 もともと年齢以上に貧相な体つきのせいか、普段の制服姿よりもこっちのほうがずっと似合う。
 その横には、キュルケがいた。
 ゲルマニアの女は妙な顔つきで、ルイズを見ている。
 「最初の船で、アルビオンを出る」
 そう言ったのは、タバサだった。
 「やれやれ……。こんなところうんざりだわ」
 キュルケは苦いものでも吐くようにつぶやいていた。
 そういえば、一応昨夜のパーティーにも参加していたか。
 何かしら、思うところでもあったのもしれない。
 ルイズの知ったことではないが。
 「あなたは?」
 と、タバサがルイズを見る。
 「後から、ワルドと一緒に」
 答えたのはそれだけだった。
 「そう」
 タバサは、その感情の見えにくい瞳でルイズを見つめた。
 それが夢の中の小さな自分に重なって、ルイズは少しだけ不快な気分になった。
 我慢できないことはないが、さりとて気にならないわけではない鈍痛のようだった。
 「お互いに気にをつけましょう。帰る途中で、巻き添えで死なないようにね」
 ルイズはわざとらしく優雅な動作で、タバサに笑いかけた。
 「あなたは簡単に死ぬようなタマじゃない」
 タバサは突き放すように、そう言った。
 「あはははは。ずいぶんと買いかぶってくれたものだね、ミス」
 ルイズは男言葉を使いながら、そっとタバサの眼を見る。
 やっぱりどことなく、信用の置けないチビスケだ。
 だが、それもいい。
 今のルイズにとって、本布意味で味方といえるのは、この黒い使い魔でしかない。
 残るは、自分を食い物にするか、蔑むことしかしない〝敵〟だ。
 「――生きて帰れたら、あんたの〝お話〟を聞いてあげてもいいわ。生きて帰れたらね」
 そう言ってやると、わずかにタバサの瞳が揺れた。
 ふん、まさか、まだ諦めていなかったのか?
 ルイズは腹で笑いながら、こう付け足す。
 「もっとも、あんたの話次第だけど……」
 キュルケの顔が、訝しげに親友と宿敵を見ている。
 ルイズはともかくとして、タバサの態度がどこかおかしいこと――それに気づいたのだ。
 「場合によっちゃ、あんたの敵になることだってありうる……。そのへんを熟考されることね」
 ああ、ゼロのルイズが敵になったところで、怖くもなんともないか?
 ルイズはそう付け加えて、ひとしきり哄笑し、
 「じゃあ、私は用事もあるので、これで。ミス・グラモンをよろしく」
 キュルケとタバサの前を通り過ぎていった。
 「ねえ、話ってなんだったの?」
 キュルケはタバサを見た。
 「……」
 「……私には、言えないこと」
 「ごめんなさい」
 そっと、タバサは眼を伏せる。
 親友の態度に、キュルケは一瞬だけだが、燃える炎のような彼女には似合わない寂しげな顔になった。
 「いいの、そういうこともあるだろうしね」
 でも、と、キュルケは人差し指を立てる。
 「忘れて欲しくないのは……私はあなたの味方だってこと」
 「……………………うん」
 まるでキュルケの言葉を反芻していたかのように間を空けて、タバサはうなずいた。
 両者の体格差のためか、それとも生まれ持った気質のためだろうか。
 二人は姉と妹……いや、タバサは少年同然の服装のため、姉と弟のように見えた。
 外見はまるで似ていない姉妹だけれど。


 「ウェディングドレスを着る気はないわ」
 まず、ルイズはそう断言した。
 これに、ワルドは少し不服そうな顔をする。
 「しかし、こういった時には相応のスタイルってものが重要なんだぜ?」
 「そんなにチマチマと時間をかけるつもりなの、子爵? 要するにあの王子を一人の時を狙いたい……それだけのことなのに」
 私との結婚式? その媒酌人にウェールズ皇太子? 馬鹿馬鹿しいッ!
 「あなた……まさか、まだ私と結婚したいなんて言ってるじゃないでしょうね?」
 軽蔑の色を隠さないルイズの態度に、ワルドは苦笑を噛み殺す。
 「お互い、ドライに割り切ろうと昨夜言ったばかりじゃないかしら? 言ったのは、あんたよ?」
 ニューカッスルの城はあわただしく動いている。
 最後の、負けることがわかっている戦に備えての準備のためにだ。
 それは燃え尽きる前の蝋燭が一際強く輝くのに似ていた。
 このような状況下にあって、二人が一室で不穏な会話をしていることに気づくものなど、誰一人としていはしなかった。
 「わかってはいるさ……」
 「いいわ。あんたの望みは、一つはアンリエッタ姫殿下の手紙。それは手に入れたわね?」
 「ああ」
 と、ワルドは軽く胸を叩いた。
 「で、二つ目は私。これは諦めてもらうわ。最後にウェールズ皇太子の命。これは、努力次第ね」
 「君のことも、諦めたつもりはないが?」
 「なら、どうするの? 無理やりに手篭めにでもする? 今ここで」
 「それで本当にどうにかなるのならね。だがうっかりしていると喉笛を食いちぎられそうだ。やめておくよ」
 ワルドは肩をすくめた。
 昨夜、彼は思い切って自分の秘密と目的をルイズに話したのだ。
 この旅でルイズの言動を観察してきて、睡眠時間を削り考え抜いた末の選択だったが、どうやら間違いではなかったらしい。
 ルイズの言葉から、滲み出る社会への不満と憎悪、そしてアンリエッタへの悪感情。
 そこにはいっぺんの忠心も、親愛の念も感じられなかった。
 ワルドの知る、無垢で非力な少女はすでにいなかったのだ。
 白馬の騎士を気取って彼女を篭絡することはできそうにない。
 だが、同士としてレコン・キスタに取り込むことならば、できたのだ。
 ワルドが得た情報。
 ルイズが虚無の力を持つ者であるということ。
 未だ目覚めていないが、覚醒すれば伝説の力の一端を操るだろうと。
 当初ルイズは信じてはいなかった。
 いや、今でもそれは怪しいのだが――
 「まあ、いいわ? 別にトリステインにも未練はないし……王権が壊れるのを見物するのも悪くはなさそうね」
 意外に、あっさりとワルドの言葉に乗った。
 そしてワルドに対する個人的感情も特に変化はないようだった。
 おそらく……と、ワルドは推測する。
 彼女はレコン・キスタにも、ワルドにも大した期待はしていない。
 ワルドは自分を利用しようとしてのもとっくにお見通しだ。
 それならば、何故是と応えたのか。
 思うに、それは自分の環境――ハルケギニア社会への憎悪ゆえだろう。
 王族も、貴族も、平民も。全てを。
 彼女の生い立ちを考慮すれば、それも無理からぬことだと言える。
 ならば、そのように接するだけだ。
 ワルドは笑った。
 「なによ?」
 ルイズが睨む。
 「いや、わかったよ。無理にとは言わない」
 「当然ね」
 すまして言うルイズを見ながら、ワルドは考える。
 要するに、自分は口説き方を間違えていただけなのだ。
 夢見る乙女と、すれっからしの娼婦と、同じように口説いて、成功するわけがない。
 ルイズは前者ではない、後者でも決してないが、どちらかというのなら、そちらに近い。 
 それなら、もっと割り切り、メリットのあるなしで話をしたほうが良いのだ。
 事実、目的を明かして話をすれば、とんとんとうまく運んでいるではないか。
 「それにしても、皇太子は私とあなたの媒酌人なんて、よく納得したわね」
 「状況が状況だからな。しかしだからこそというのもあるだろう。話してみたら、あっさりと乗ってくれた」
 薄く笑うワルドに、
 「そうじゃなくって」
 と、ルイズは手を振る。
 「昨夜、皇太子に誘いをかけちゃったのよね、私」
 「――は?」
 なんの事だ?
 ワルドは言葉の意味が良くわからずにいた。
 「誘うって何を」
 「私の中へ、あなたの命の種をお残しになりませんかってね、ちょっと詩的にすぎるかしら?」
 「そ、それはまさか!」
 「子孫繁栄のために必要不可欠な行為ってこと。うん。間違ってはないわよね、この表現」
 さすがに、ワルドも絶句した。
 ヴァリエール家の人間は昔から知っているが、例外を除いてみんなそのへんのところではガチガチの石頭だ。
 特に、あの長女はひどいと評判だ。
 子供の産めない女を『石女』と呼ぶが、将来的に高い確率でそうなりそうな女である。
 ルイズもそれに順ずるようなところがあったと思うが、まさかそこまで荒んでいたのか……。
 「それで、どうしたんだ?」
 「なに?」
 「だから、皇太子と」
 「質問はもっとハッキリ明確にしなさいよ。寝たのか、寝てないのかってこと?」
 「あ、ああ」
 ルイズの迫力に、ワルドは思わずうなずいてしまう。
 こいつはうまくしないと大変だな、と若干不安になってくる。
 このじゃじゃ馬は、うまく調教しないと振り落とされた後、その場で踏み殺されそうだ。
 「当ててみれば?」
 ルイズは冷笑し、短い桃色がかったブロンドをかきあげる。
 「それもいいが、そろそろ時間がない。どっちにしろ、向こうが媒酌人になったのだから問題はない」
 ひとまずは、とワルドは誤魔化すように言った。
 「ふふん」
 ルイズは笑ったが、ふと何かに気づいたようにドレスと花嫁の冠を見た。
 「ん? 気が変わったのかい? 着替えるだけの時間なら……」
 「そうじゃないわ」
 ワルドの声を、ルイズは冷たく否定するが、
 「そうじゃないけど、これは使えるかもしれないわね。将来的に」
 美術品といっても過言ではない冠を見つめながら、ルイズは笑う。
 ものすごく意地の悪い笑顔だった。


 礼拝堂の中で、礼装の皇太子は新郎と新婦を迎えていた。
 三人以外、誰一人いない、寂しいというより、虚しさすら感じさせる結婚式。
 さあ、その上に。
 新郎はまだしも、新婦はどう見たって、これから式を挙げようという花嫁には見えなかった。
 服もズボン黒ずくめ、その体躯も手伝ってまるで少年としか思えない花嫁だった。
 しかし、その顔つきは美術品のように美しい。
 見ようによっては、男同士が式を挙げているようで退廃的な匂いすらする。
 しかし、ウェールズがそのように感じる理由は、それだけではなかった。
 「おかしいとお思いでしょうね」
 ニコリとして、ルイズは皇太子に笑いかけた。
 不安を感じ、皇太子は答えることはしなかった。
 「昨夜、あなたに安物の売女みたいなことを言った女が、こうして結婚式をあげようとしてるんですから」
 「あ、い……」
 爆弾を放り投げるような言葉に、ウェールズは呼吸をするのを忘れた。
 ワルドは困った顔で頭を押さえている。
 「その上に、その媒酌人をあなたに頼む。変だと思われているでしょう」
 それをお受けになったあなたもよくよくご酔狂ですけれど、と付け足す。
 「は、ははは……」
 もはや何を言っていいかわからず、ウェールズはただ笑うのみだ。
 「しかし、皇太子殿下……。物事というのは、些細なキッカケで大きく動くものらしいです。色々ありまして、私は彼の――」
  と、ルイズは隣のワルドを見る。
 「彼の提案を受け入れることにしたのです。お互いのために」
 「……まるで、政略結婚でもするような言葉だね」
 軽い揶揄をこめて、ウェールズは返した。
 「ああ、すみません。どうも性格ですわね、余計な言葉が過ぎるようです」
 それっきり、ルイズは先ほどの態度が嘘のように沈黙した。
 こほん、とウェールズは咳払いをする。
 やれやれ、やっと進むのか。
 そんな顔で、ワルドは安堵の息を吐いた。
 「新郎ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、そして妻とすることを誓いますか?」
 「誓います」
 重々しく、ワルドは応えた。
 あるいは芝居がかったというべきだろうか。
 「新婦ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
 フルネームを読み上げられ、ルイズのは唇がかすかに動いた。
 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、そして夫とすることを誓いますか?」
 言葉が終わった時、ルイズはハッキリと笑顔を浮かべた。
 とても、清々しい笑顔を。
 「Non」
 確かに、そう聞こえた。 
 瞬きすら追いつかない時間が過ぎた瞬間、新婦は新郎の体に密着していた。
 何が……起こった? Non? つまり、新婦は否と応えたのか?
 ウェールズが状況を理解しきれないでいる中、ワルドは前のめりに倒れこんだ。
 どうっと絨毯の上に身を横たえたワルドの下から、赤いものがつーっと流れていく。
 わけがわからない。 
 ワルドはそんな顔をしていた。
 彼は、あることを見誤っていたのだ。
 ルイズの態度、吐き出す毒。
 それを、ワルドは世にすねた落ちこぼれの叫びと理解していた。
 世の中に噛みつこうとする、不良少女の他愛無い威嚇と思っていた。
 ある意味では正解だったが、決して正確ではない。
 悪ぶっているだけの小娘、多少手は焼いても自分の言いように出来るさ。
 そんな風に、楽観視していたのだろう。
 だからこそ、彼にはルイズという少女を蝕む黒い毒の濃度や危険性を、理解することはできなかったのだ。
 結果は、凄惨なものだった。
 彼は自身の命を、不正解の代償として支払った。
 「残念ながら――」
 ルイズはワルドを見下ろして、微笑んだ。
 その手には、小さなナイフが握られている。
 白刃は朱に染まり、ぽたり、と赤い雫が落ちた。
 「私の人生に、あなたは必要ないのよ、ワルド。これからも、ずーっとね」
 「ミス・ヴァリエール、君は……」
 目の前で突然に起こった惨事に、ウェールズの判断力はうまく機能していなかった。
 「感謝してほしいですわね、王子様」
 ルイズはにたり、と笑う。
 「もう少しで無駄死にするところを、助けてあげたんだから――」
 「どういうことだ!」
 「知らなかったんでしょうけど、この男はレコン・キスタのスパイ。アンリエッタ姫殿下の手紙を狙ってたのよ。ついでに、あなたの命も」
 「なに!!」
 ルイズの言葉に、ウェールズは瞠目する。
 では、自分はみすみす罠にはまり、敵の手にかかろうとしていたのか?
 「まあ、結果はご覧の通りですけれど。」
 「…………」
 「聞いてるの、皇太子殿下?」
 黙っているウェールズを、ルイズはもはや敬意の欠片もない目つきで睨み、怒鳴る。
 「死にたがりの馬鹿、その安い命を助けてやったって言っているの。〝ありがとう〟くらい言いなさいよ、人として」
 「くっ……」
 結果としみれば、そうだ。
 だが、ウェールズは何か納得できなものがあった。
 それは何だ?
 この無礼極まりないな態度にだろうか?
 いや、そうじゃないのだ。
 何かが……。
 「……助けてもらったことには礼を言おう。アンの手紙は……」
 「ふん」
 ルイズはワルドを蹴り飛ばして仰向けにすると、その懐中から封書を取り出した。
 「こんなもの一つで、同盟が消えたりつながったりする。くだらない話よね」
 そう言って、ルイズはそれをゴミのように破り捨て、手の平でふっと吹き飛ばした
 「では、皇太子殿下――おやすみなさい」
 ルイズはすいと、右手をウェールズに差し向けた。
 いきなり、黒いものがウェールズの顔に張り付く。
 「……!? !!!」
 松やみのような粘性を帯びたその黒いものは、いくらか引き剥がそうとしても取れない。
 もがくウェールズに近づき、ルイズはボディに軽い一撃を与えた。
 ぐらりと倒れる皇太子を受け止めて、
 「言ったでしょう? 生き恥をさらしてもらうって……。少なくとも――」
 アンリエッタとハッピーなエンディングなんてありえないから。
 ルイズは楽しそうに笑うと、ウェールズを抱えて礼拝堂を後にした。
 レコン・キスタの総攻撃により、ニューカッスルの城が陥落したのは、そのすぐ後のことだ。
 しかし、彼らは次の標的を狙う前に、消息不明となったウェールズの捜索をしなければならなかった。


 ロングビル、土くれのフーケ。
 いくつもの呼び名を持つその女が、長く深い混濁の中から目を覚ました時、最初に見たのは見知らぬ天井だった。
 痛む体を無言で叱りつけ、ひりひりと叫ぶ骨や肉を強引に動かしながら起き上がる。
 ひと目で、安物だとわかる宿の中だった。
 かすかに、酒と煙草の匂いが鼻についてくる。
 すぐそばにそういったものがある……というわけではなく、長い年月の中、部屋にしみこんだ匂いらしかった。
 それに加わり、フーケの鼻をつつくのは強い香水の香りだった。
 明らかに、女物のそれである。
 長すぎる眠りのせいで、どんよりと頭は曇っていたが、自分がそこに一人なのではないと理解すると、すぐさま警戒心が沸き起こる。
 ベッドのそばの椅子で、大柄な男が眠り込んでいた。
 どうすべきか、フーケは判断に迷った。
 自分の体を見るとほとんど下着同然の格好で、おまけに包帯だらけだ。
 体中が痛むのも、まだ治りきっていないせいだろう。
 死ぬという最悪の事態は避けられたようだが、今が好ましい状況であるとも言い切れない。
 窓から外をうかがうと、ここがラ・ロシェールの街であることはわかった。
 そもそも、この男はなんだ?
 どうやらメイジではないようだが、どこか判断のつきにくいタイプである。
 そこで気づいたことだが、部屋に漂う香水の香りは、この男から匂ってくる。
 こいつ、女物の香水つけてやがるのか?
 舌打ちをもらすと、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。
 本能的に杖を抜こうとするが、自分の手元にそれがないことに気づく。
 オタオタしているところへ、ドアが開かれた。
 「あら、気がついたのお姉さん」
 入ってきたのは、これまたフーケの予想していなかった相手であった。
 黒いストレートヘアをした、若い娘だった。
 なかなかの美人で、太い眉が明るく活発な印象を与える。
 「あの……あなたがたは?」
 弱々しげな仮面をかぶりながら、フーケは娘に尋ねる。
 「あたし? あたし、ジェシカ? そこで寝てるのはあたしのパパ」
 娘は、椅子で眠る男を見やってから、何かの包みを取ってくると、フーケに渡す。
 「それ、あなたの荷物ね。ほとんどボロボロだったけど、一応取っておいたわ」
 「ありがとうございます……」
 あらためてみると、そこにはフーケの衣服と財布、予備の杖もあった。
 娘の言うとおり、みんなボロボロだが、杖はどうにか使えそうだった。
 「ねえお姉さん、一体どうしてあんな道端でぶっ倒れてたの?」
 フーケを見ながら、ジェシカは言う。
 「あたしとお父さんが見つけた時には、全身大火傷で危なかったのよ」
 「そうでしたか……」
 心の中、フーケはあのキザな髭と、真っ黒い化け物に呪詛を吐いた。
 あいつらのおかげでこんな目に……ちくしょうめ。
 目まぐるしく思考をしていたフーケは、さらに重要なことを思い出す。
 そうだ、もうすぐレコン・キスタは王党軍に総攻撃をするはずだった。
 まさか、あの戦力差で負けると思えないが、もしも――ということもある。
 「あのぉ……確かアルビオンでは、内乱が起こっていたと聞いていますが」
 「ああ、確か何日か前にお城が落ちたって」
 ジェシカは言いながら、ちょっと声を潜めた。
 「でも、お城を落としたはいいけど、貴族派だかレコンなんたらは、困ってるみたいね」
 「はあ……」
 困っている?
 民が彼らを歓迎しておらず、統治が進んでいないのだろうか。
 「それがさあ、幽霊が出るらしいのよ」
 「ゆ、幽霊?」
 おかしな話になってきた、とフーケは眉を上下に動かした。
 古戦場跡にはそういった噂や伝説が残っているものだが、まだ戦火も消えきっていないようなところで、そんな話が出るというのは珍しい。
 「ええ、レコン・キスタの兵隊が何人も見てる……っていうか、実際にそいつに何人も殺されてるんだって」
 こっちに降りてきた傭兵たちが噂してるわ、とジェシカは言った。
 「それは、王党派の生き残りとか、そういったことでは?」
 「フツーそう考えるよねえ。でもさ、見た人の話じゃ、マジで人間じゃなかったらしいよ?」
 話しているうちに、自分自身も興奮してきたらしく、ジェシカは熱心に話し始めた。
 真っ黒い、得体の知れない化け物が夜な夜な出現して、レコン・キスタの兵隊を惨殺しているという噂を。
 普通の傭兵ばかりではなく、その中には士官も入っていたのだという。
 真っ黒い化け物……。
 その言葉に、フーケは嫌というほど覚えがある。
 レコン・キスタを恐怖させているのは、おそらく――
 人間よりもはるかに強靭であるオーク鬼や、巨体を誇るトロール鬼さえも文字通りバラバラにされて、死体を晒されている。
 そこまで聞いて、フーケは幽霊の正体を確信した。
 同時に、いてもたってもいられないような不安に陥っていた。
 自分の〝家族〟がいる国に、あいつがいる……。


 ニューカッスル陥落後、傭兵として参戦していた男は、敗残兵を捜して仲間と共に森の中を走っていた。
 まだ消息の知れない皇太子を探すということも目的の一つにあった。
 うまく見つけて首でも取れば、たんまりと褒賞金が出る。
 欲に駆られ、ウサギでも狩るような気分で捜索部隊は走っていた。
 しかし、気がついた時、男はいつの間にか一人になっていた。
 行動を同じくしていた仲間は、どこにも見えない。
 大声で呼びかけてみても、森の中に虚しく響くだけだった。
 仲間の名前を呼びながら走るうち、木の上から大きなものがぶら下がっているを発見する。
 それが、仲間の死体だと理解するのにそれほど時間はかからない。
 鋭い太刀筋で急所を切り裂かれた遺体には、すでに蝿がたかり出していた。
 ゾッとした恐怖が、背中を突き抜けた。
 遊ばれていると、感じた。
 何か巨大なものが、まるで蟻でも見下ろすように、自分を観察し、どうやって遊ぼうかと思案している。
 そんな妄想がわき上がってきた。
 あわてて逃げ出そうとした時は、すでに手遅れだった。
 不意に、ただ強い力というには、あまりにも凄まじく無慈悲なものが男を地面に叩きつけた。
 背中を強打し、呼吸が出来なくなったところを、真っ黒なものが自分を見下ろしていることに気づく。
 蜥蜴か蟲か判別のつかないその黒い悪魔は、牙の並ぶ口から、毒蛇を思わせる舌をのぞかせ、笑っていた。
 「Good-night,Baby」
 女の声?
 男が疑問に抱く間もなく、怪物の手にした剣が男の首を胴体から切り落とした。



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