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ゴーストステップ・ゼロ- クライマックスフェイズ


アルビオン王党派とレコン・キスタの最後の戦いは数時間後に迫っていた。
王党派が篭城するニューカッスル城はレコン・キスタ率いる数万の軍勢により、十重二十重に包囲されている。ニューカッスル城の地形的な制約により逃亡は出来ない状態だったが、王党派は元より逃げる事を考えておらず、レコン・キスタの方もこれ以上王党派を生かしておこうとは考えてもいなかった。
開戦を告げる鬨の声が上がってしまえば、王党派はただその勢いに押し潰される運命にあるだろう事は戦のイロハを知らない幼子でも容易く理解できるだろう。



ゴーストステップ・ゼロ  クライマックスフェイズ “ ビューティフルデイ / Beautiful day ”

    シーンカード:フェイト( 公正 / 正義の裁き。因果応報。ツケを払う。何らかの報いを受ける。)


ニューカッスル城を取り巻く軍勢は緊張はしていたが、悲壮感とは無縁だ。しかし、それも当り前の話だろう。
戦いの趨勢は既に決しており、戦力比は多勢に無勢と言う事すらおこがましい程だからだ。
確かに少なくない人数が王党派による攻撃の犠牲になるだろうが、それは運の悪いごく一部に過ぎない。攻め手の大多数は勝利の美酒を浴びる事になるのは間違い無い事だからだ。
軍勢の最前線に陣を張る傭兵や、平民で編成された兵達も軽口を言い合っている。中には早くも酒精を摂っているのか、顔を赤くした者も少なくない。

そんな雑然とした軍勢の中、酷く酔っているのか革鎧を身に着けた一人の傭兵が危なっかしい足取りで森の方へ進んでいる、
進路を塞いでいた連中は、笑いながらもゲロを吐かれてはたまらないと軽口を叩きながら道を開けてやる。中には珍しく真面目に所属を聞いて来る騎士もいるにはいたが、男がえずくようなそぶりをしながら前線を指差すと、しかめっ面を浮かべてどこぞの平民かと解釈して離れていく。男の方も億劫そうにではあるが、ペコペコと頭を下げながら前線と本陣の間にある森の中へと入っていった。

鬱蒼とした森に入った男は前線から十分に離れると、身に纏っていた革鎧を乱雑に脱ぎ捨てると持っていたリュクから外套を取り出して身に纏い、持っていた大剣を背に掛ける。
懐から取り出した<ポケットロン>で時間を確認すると、男=ヒューはそれまでの足取りとは全く違う動きで森の中に分け入っていく。

ヒューの足取りは重く、身体は熱病にでも罹っているのかと思いたくなる位ふらふらと頼りなかったが、その動きには確固たる意志があった。
もしもその姿を見ている者がいたならば、その姿に死神を……或いは致死性の毒を帯びた鋭いナイフを連想しただろう。
しかし、その姿は誰にも把握する事は適わない、それが死神……或いはカゲと呼ばれる者だから。
気配は限りなく希薄に……身に纏う外套は森となり……歩く音は風に揺れる木々の囁きに消えていく。
今まで積んできた経験は人の意識を容易く謀り、その歩みを止める事を誰にも赦さなかった。
否、誰が考えるだろう。木々の陰が天幕の襞が暗殺者の影であると、己や己の騎馬の息遣いが死神の吐息だと。
結末が見えている決戦を前に、高揚し弛緩した精神に“それ”を察しろというのはあまりに理不尽だろうか。ここには“真実”を見通す目(フェイト)も、“難攻不落”の騎士(カブト)も、“全てをご破算に”する道化(カブキ)もいないのだから。

ヒューが目指す場所は容易に判別できた。様々な天幕がひしめく本陣の中でも、一際大きく最も警備が厳重な天幕がある。
周囲で警備している兵達の話を聞くだけで、目的の人物がその場に居るだろう事は確認できた。

オリヴァー・クロムウェル……レコン・キスタの総司令官にして、当代きっての詐欺師である。

もっとも、ヒューの考えでは人形遣いの人形か道化に過ぎない人物だ。しかし、道化だろうと人形だろうとこの魔法至上主義のハルケギニアでここまでの騒動を起こす事が出来たのはある意味尊敬に値するだろう。
(ハルケギニアだから起こったとも言えるが。)

天幕にはひっきりなしに人が出入りしている、様々な仕事があるのだろうか書類を持った人物も少なくはない。
ただ、この5万対3百という兵力差に安心しているのか、ヒューが知っている空気はごく僅かだ、笑い声さえ聞こえてくる。
開戦の刻限まで残り数時間、ヒューはその時に備えてその目を閉じた。



決戦を控えたもう一つの陣営……王党派にも静かな、しかしこの戦いの趨勢を決する動きがあった。
ニューカッスル城の城門の内には最後の戦いに臨むべく、王党派最後の戦力3百が控えていた。その中の一人、アルビオン王国最後の皇太子、ウェールズ・テューダーに一人の騎士が歩み寄って話しかける。
騎士はこの国の人物ではなかった、トリステイン王国から遣わされた最後の大使の護衛として随行してきたトリステイン王国魔法衛視隊グリフォン隊隊長、ワルド子爵だった。

「ウェールズ皇太子、我が国の大使から言付けを預かってまいりました。」

そう言うと懐から折りたたんだ一枚の紙を差し出す。

「ラ・ヴァリエール嬢から?分かった、預かろう。」
「申し訳ありませぬ、読んでいただいたら即座に処分するよう言いつかっておりますので、読んだ後は返却して頂きたい。」
「承知した。」

ワルドの言葉から事は『虚無』に関する事だと推察したウェールズは言葉少なに返事をすると、渡された文面に目を通して即座に返す。

「これは、可能なのかね?」
「さて、私は内容を聞いておりませんので何とも言い難いのですが。大使は信じるか否かは皇太子にお任せする、と。
 そして、信じてもらえるのなら誇りに賭けてやってみせると申しておりました。

 ご返答を、ウェールズ・テューダー皇太子殿下。」

真剣なワルドの眼差しを受けたウェールズは暫く考えに沈んだ後、「信じよう」と短く述べた。
ワルドはその答えを聞くと、手紙を懐に戻して「皇太子殿下に武運長久なることを」と述べて魔法衛視隊の敬礼をする。
ウェールズはそれに対して「ありがとう」とアルビオン王国空軍の敬礼で返す。
否、敬礼をしたのはウェールズだけではなかった。城門前に集う王党派最後の騎士・兵の全て、貴族も平民も全員が笑顔を浮かべ、それぞれの誇りを秘めた胸を張って敬礼をしていた。
彼等は隣国の騎士と自国の皇太子の間にどんな話があったか知らない。だが、滅び行く自分達の所に来てくれた最後の客人、その客人達に言葉では伝えきれない何かを伝えたかった。
それは何千何万と言葉を費やしても伝えきれないのかもしれない、たった一言で済むのかもしれない。だけど彼等には言うべき言葉が思い浮かばなかった、だから相手が騎士だから軍人だから伝わると信じて敬礼を贈った。
彼等の敬礼を受けたワルドは一度唇を引き締めた後、城門前に集った全ての兵(つわもの)達に届けとばかりに敬礼をして声
を上げる。

「アルビオン王国の兵(つわもの)に武運長久なることを!」

そして、アルビオン王国の兵(つわもの)もワルド、いや最後の客人達に返礼を返す。

「我が国最後の客人に幸運の風が吹く事を!」



城門前の広場から立ち去ったワルドは、ニューカッスル城の最も高い場所…即ち天守閣へ向かった。
ワルドが天守閣の頂上に通じる扉を開くと、そこにはルイズが<始祖のオルゴール>を手に戦場を眺めていた。

「ルイズ、ウェールズ殿下から返事を受け取ってきたよ。
 君の誇りに期待するそうだ。」
「そう、なら意地でも答えないとね。」

何の気負いも無くやってのけると言い放ったルイズに、ワルドは何をするつもりなのかと問いかける。
そんなワルドに、ルイズはただ悪戯っぽい顔で「秘密」と返すだけだった。

そうこうしている内に開戦の時間になったのか、城門の前にレコン・キスタ側から馬に乗った最終勧告の使者がやって来た。
使者は形式通りの降服勧告をした後、聞く人間がいない事を確認するとレキシントン号からの空砲を合図として総攻撃を行う旨を告げた後、馬首を巡らせて悠々と立ち去って行く。

それから10分程経った頃だろうか、ニューカッスル城の前に浮遊していた軍艦の中でも一際巨大なフネ……レキシントン号の右舷砲門が城門に向けられた直後、威力を伴わない虐殺の咆哮が戦場に響き渡る。
レコン・キスタの軍勢が鬨の声を上げながら王党派が立て篭もるニューカッスル城へ進軍を開始した正にその時、全ての人々の眼前に奇跡が聳え立った。


それは、あまりにも大きかった。高さはニューカッスル城を遙かに凌ぎ、広がった足元は城を丸ごと包み込む程に。
それは、自ら光を放っていた。大嵐が過ぎ去った翌日の朝日の様な黄金の光を。
そしてそれは誰しも知っている姿だった。『両手を前に突き出した人型の“それ”』は、大陸に多数存在する始祖像と全く同じ姿だったのだ。

戦場にある全ての音が止まった、ニューカッスル城に向かう軍勢はその巨大な姿に思わず足を止め。城の内にいる者達は周囲を包んでいる黄金の光に戸惑って何も出来ずにいた。
誰もが息を呑み、動けずにいるそんな時、突如現れた人型の何かはゆっくりと光を強めていく。暗闇を突然消し去る閃光の様に、真夏の太陽の様に。
そして誰もが眩しさに目を開けていられなくなったその瞬間、轟音と共にもう一つの奇跡が起きた。


強烈な光と共に“それ”が消え、ようやく目を開けた人々の耳に、レコン・キスタ軍のそこかしこから上がる驚愕の声が届き始める、最初は雨だれの様に、しかしそれは次第に小雨を経て驟雨へそして豪雨を通り越して嵐の様な騒ぎに代わっていった。
レコン・キスタに組する全ての者達が持っていた、ありとあらゆる武装が消えて無くなっていたのだ。
それは傭兵や騎士達が身に着けていた甲冑や武器は言うに及ばず、メイジの杖。果てはフネに積まれていた大砲や、風石の殆どまでもがその対象となっていた。
風石の大部分を失ったフネはニューカッスル城の前にその身を横たえた、フネの側面を城に向けて即席の砲台として使おうにも肝心の大砲そのものが消えてしまっており、その身は既にただの障害物としか活用できなくなっている。

ニューカッスル城の城門がゆっくりと開く。
城門から“甲冑に身を包んだ”ウェールズを先頭に、完全武装の王党派3百人が駒を進める。
戦場にウェールズの凛々しい声が響き渡った。

「我がテューダー王朝に始祖の加護無しと矛を向けてきた諸侯、そしてレコン・キスタの者達に告げる!
 我はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーである!
 先の光を受けた諸君は杖を失ったと思う!それはとりもなおさず我等テューダー王朝に未だ始祖の御加護があるという事、始祖御自ら我等に救いの手を伸ばし、加護なき者達に裁きを与えて下さったのだ。
 又、その証しに我等王党派は全ての武装を赦されている。
 翻って諸君等はどうか、杖のみならず。我等王党派から奸計をもって奪ったロイヤル・ソヴリンまでも無惨な姿を曝している、諸君等に始祖の御加護があればこの様な無様は曝してはいない筈だ。
 始祖ブリミルが加護は我等王党派にこそあり!始祖ブリミルの怒りに触れたくなくば道を開けよ!
 いざ往かん王党派の勇者達よ!始祖ブリミルよ今度は我等の勇気を御照覧あれ!

 全軍突撃!」

風の魔法によって戦場の隅々まで響き渡ったウェールズの声と共に、王党派3百騎がレコン・キスタに突撃を敢行する。
傭兵はもとより、諸候領からかき集められた民兵等の軍を構成する大半の者達は、隊列を組んで突撃してきた王党派から我先にと背を向けて逃げ始めた。
それはそうだろう。今朝、いや先程まで戦勝ムードに包まれて戦いが終わった後の事を考えていたのだ、それなのに手に持っていた武器はもとより、自らの命を守る鎧までも朝露の様に消え去ってしまった以上、戦おうなど誰も思わないだろう。

実際は数に任せて押し込んでしまえば容易く王党派を潰せたはずである。しかし、彼等にはそうしない……いや、出来ない理由があった。眩い光を放って奇跡を起こして消えていった始祖の似姿である、生まれてから今まで貴族やメイジという者達に圧迫されながら生きてきた彼等には、魔法ですらも生温い奇跡を起こした存在に反抗する事等、思いつきもしなかったのだ。
メイジが魔法を使えていれば話は違っていたかもしれなかったが、当のメイジですら杖を失って魔法が使えない状態にあった。

ウェールズ率いる王党派はかつて軍勢だったモノを切り裂きながら、レコン・キスタの総司令官オリヴァー・クロムウェルが
いるだろう本陣へと突き進んで行く。

前線を抜け貴族やその護衛の騎士達が殆どであろう本陣を前にウェールズと王党派の者達はその動きを止めた。
彼等の前に徒手空拳で立ち塞がった者達がいる。
それは強壮たる体躯を誇る騎士、老練な眼差しを宿した老貴族、決して多くはないが凶暴な亜人達。
亜人以外の人々をウェールズは知っていた、かつてレコン・キスタと戦った際に轡を共に並べ、共に戦ってきた人々だ。
ウェールズは彼等の真実を知っていた。クロムウェルさえ討ち果たせば彼等を助ける事が出来るだろう、しかし己にはそれをするだけの余裕も戦力も無い。一時の混乱から背後の軍勢が目覚めてしまえば自分達は容易く押し潰されるだろう。

だから彼は己が配下に命じた。

「速やかに彼の者達を倒し、クロムウェルを討つ。あの者達に一片の慈悲も必要無い、突撃!」

ウェールズの血を吐くような号令と共に3百の騎兵は目の前の集団に襲いかかっていく。



脳内の<IANUS>が正午を告げる30分程前にヒューは目蓋を開いた。
快適とは程遠い全身を襲う激痛からくる目覚めだったが、呻きも悲鳴も押し殺した。息をする事さえ困難を伴う痛みの中、懐から銀色のケースを取り出す。
中にはただ一本だけ無針注射器があった。震える手でそれを首筋に突き立てて暫く経つと、痛みで強張っていた身体からゆっくりと力が抜けていくのが見て取れた。

「やれやれ、いざという時の為に残しておいた最後の一本をここで使う事になるとはね。」

自嘲気味にそう呟いたヒューは持ってきた鞄から水筒を取り出すと、中に残っていた水を最後の一滴まで飲み干す。
空になった水筒を放り出したその時、ニューカッスル城の方から砲撃の音と鬨の声が響いてくる。
だが、しばらくすると戦場から静寂が広がっていった、ヒューが潜む天幕の周囲でもざわめきが広がっていく。
ざわめく人々の声には困惑と恐れが同居していた、クロムウェルがいる天幕の周囲を警護している兵士達も畏怖をその顔に浮かべており、落ち着きが無い。
彼等は揃ってニューカッスル城へその目を向けている、その視線の先には巨大なモニュメントが聳え立っていた。
その大きさは非常識だった、何しろニューカッスル城を丸ごと包み込む程だから。
その姿は誰もが知っていた、戦場にいる人々が生まれる以前からハルケギニア全土で奉じられてきた対象だから。
それは分かり易い力の形だった、人々が見る前で瞬きの時こそあれ一瞬で現れたのだ。そんな芸当はメイジが操る魔法はもとより、亜人達が操る先住魔法ですら不可能な所業だからだ。
しかし、異変はそれだけでは終わらなかった。
戦場に集った人々の目を一身に集めていた“始祖の似姿”が一際輝き、その光が戦場全体を覆ったかと思うと、周囲……いや、戦場に集うレコン・キスタの軍勢から戸惑いの声と怒号が上がる。
ヒューが潜む天幕の周囲からも「私の杖が!」という貴族の悲鳴や、「なんだってんだ畜生!」という衛兵の戸惑う声が聞こえて来た。
そして、時間を然程置かず戦場に凛々しい若者の声が朗々と響き渡る。

天幕の影からそれを見たヒューは、別れてきた少女が取った選択を理解した。そして自分がこれからやるべき事・やろうとしている事を考える。
即ち、<アンドバリの指輪>の奪取。
水の精霊の秘宝と呼ばれるそれは野放しにしておくべき物ではないだろう。放って置けば要らぬ騒動を引き起こすだろうし、なにより未練が残る、発つ鳥後を濁さぬと言うつもりはないが、死ぬ時に後悔の種を残すのは自分のスタイルではない。
しかし、マヤカシの様に運命論者を気取るつもりは無いが、よくよく自分は<アンドバリの指輪>やN◎VAで最後に解決したペルソナ・リポートといった厄介な事件に巻き込まれる星の下に生まれついたらしい。

そこまで考えて、不意にヒューは苦笑を浮かべた。数ヶ月前まで死に掛けていたチンピラだったくせに、これではまるでヒーローの様な口ぶりじゃないか。確かに何も知らなかった子供の頃はTVで活躍するヒーロー達に熱狂していた、現実を知り絶望を知って、気楽な場所に自分の立ち位置を決めてはいたが……どうやら根っこの方は昔っから変わっていなかったらしい。
まぁ、この状態と状況だ。死ぬ前に昔見た夢を叶えるのも悪くない。

ヒューはゆっくりと潜んでいた天幕から陽光の下に出る。
周囲は突然の状況の変化に戸惑った人々で溢れていた、そんな人々の意識の間隙を縫いながら一際大きな天幕の入り口に立つ。
<弥勒>を身に着けデルフリンガーを片手に天幕を潜ると、そこには数人の軍人に守られた一組の男女が立っていた。
一人は30代の半ばの高い鷲鼻が特徴的な金髪の痩せた男。もう一人はローブを身に纏っているので良くは分からないが、微かに浮かぶラインから女だろうと推察する。

軍人達は……瞬きをせず、動揺もしていない所から察すると、恐らく<指輪>で操られている死人だろう。

胡乱気な目を向けてくる男にヒューは笑いかけると、その口を開いた。

「トリック・オア・トリート。
 始めまして、だな。オリヴァー・クロムウェル」
「だ、誰だね君は!」
「俺かい?そうだな名前位は教えておこう、俺はヒュー・スペンサーという者だ。
 そして此処に来た理由、いや用事は……」

瞬間、天幕の中にいる全ての瞳がヒューを見失った。

「……こいつの回収、いや奪取だ」

唐突に背後から声が聞こえたとクロムウェルが知覚した時と同じくして己の足元に温かい液体がぶちまけられる。
背後を見ると、ヒューが人形の手を持って笑顔を浮かべていた。
いや、果たしてそれは本当に人形の手なのだろうか。人形のものにしてはいやに生々しくないか、切断面から血のような色の水が出るのは悪趣味ではないだろうか、それにその手に嵌められている<指輪>には見覚えがある。

クロムウェルは嫌な予感を覚えながら恐る恐る己の右手を……否、“右手があったであろう場所を”目の前に持ち上げた。
そこには、クロムウェルの目の前には、彼の栄光を支える<アンドバリの指輪>はおろか、生れ落ちてより共にあったはずの右手までも無くなっていた。
それを理解した瞬間、クロムウェルの意識は耐え難い痛みで沸騰する。
痛みで己を失ったクロムウェルは最早、立っている事すら出来なかった。彼はその場で倒れ伏すと、声にならない絶叫を上げながら血にまみれた絨毯の上を転げ回り、泣きながら傍らにいる女性(クロムウェルの呼びかけによればシェフィールドというらしい)に助けを求める。

周囲にいた軍人達は死体に戻ったのか、全員倒れ伏している。天幕の周囲では突撃してきたウェールズが迫ってきたのか、喧騒が先程よりも大きくなってきた。
そんな喧騒の中、天幕の中はクロムウェルの悲鳴だけが響いている。
既に天幕の中には生者は三人だけだった、即ち。
レコン・キスタの総司令官、オリヴァー・クロムウェル。
クロムウェルの側近らしい謎の女性、シェフィールド。
そして、クロムウェルの右手を切断し、<アンドバリの指輪>を奪い取った“ゴーストステップ”ヒュー・スペンサー。

天幕の入り口を塞いでいるシェフィールドに対してヒューが軽い口調で話しかける。

「さて、ミス・シェフィールドといったか。そこを退いてくれると助かるんだが?」
「生憎とそういう訳にもいきませんわ、先程の魔法で杖が失われた以上、その<指輪>だけがクロムウェル閣下を助ける事が出来るのですから。」
「なるほどね……じゃあ気は進まないが実力で通らせてもらおうか。」
「あら、野蛮な事。魔法も使えないただの女一人にそれはどうかと思いましてよ?」

ヒューの言葉に揶揄混じりで返すシェフィールド。
対するヒューは頭を振ると、シェフィールドに話しかける。

「虚無(ゼロ)の使い魔をただの女として勘定して良いものか疑問だな、そこら辺はどう思っているんだい?ミス・シェフィールド。」

淡々とした、それでいて冷酷なその指摘にシェフィールドはその身を強張らせた、ヒューはそんな彼女の様子を見ると、ゆっくりと右に左に歩きながら話を続ける。

「どうしてばれたのか分からないって顔しているな、簡単な事さ。君は杖が消えた現象を『魔法』と言った……と言う事はだ、君はこういった現象を起こし得る『魔法』に心当たりがあるという事だ。
 俺はこの世界に来て以降、様々な『魔法』を見てきた。中には例外もあるだろうが、数万の対象に対して同時に影響を及ぼす様な『魔法』は生憎と心当たりが無い。

 ある一つの系統を除いてな。」

ヒューはシェフィールドの正面で足を止めると、デルフリンガーを両手で握って油断なく構える。
対するシェフィールドは、大量出血により足元で静かになりつつあるクロムウェルを蹴り飛ばすと、その身体を覆う外套を取り払う。
中から現れたのは黒を基調とした衣服に身を包んだ黒髪の美女だった。

【やべぇぞ相棒!ミョズニトニルンだ!】
「というと魔道具を扱えるヤツか」

その姿を露にしたシェフィールドを見たデルフリンガーが警告の声を上げる。
デルフリンガーの警告に呼応するかの様に、シェフィールドの額にある使い魔のルーンが輝きを放つ。
するとシェフィールドに呼ばれたのか、10m級のゴーレムが天幕の床を突き破って立ち上がる。

「そうとも、私はその剣の言う通りミョズニトニルンのシェフィールド!
 見た所アンタは左手の様だけど、“あの方”の邪魔をするというのならここで潰れてもらう!」

ゴーレムの上で仁王立ちになったシェフィールドは、ヒューと共に潰れた天幕を見下ろしながら声を上げた。
その声に応えたのか、潰れた天幕の一部が切り裂かれてヒューが飛び出してくる。
天幕から脱出したヒューはシェフィールドが呼び出したゴーレムを見て、呆れたように一人ごちる。

「こいつは……、ははっアベルのヤツも大概どうかしてたがお嬢さんも中々だ。」
【相棒、気を付けろよ。アイツが操っているのなら普通のゴーレム以上の能力を持っているはずだ!】

そのデルフリンガーの警告が終わるかどうかというタイミングで、二人の前からゴーレムが“消えた”……否、“跳ねた”。シェフィールドに操られたゴーレムは何の予備動作もなく、その身と同じ高さを跳躍してヒュー達に襲いかかったのだ。
ヒューは舌打ちをしながらもゴーレムの影の下から飛び退く。しかしその直後、降り立ったゴーレムが飛ばした瓦礫で<弥勒>が弾き飛ばされる。
左腕に固定された盾から巨体に見合った剣を抜きいたゴーレムの上で、シェフィールドは嗜虐的な笑みを浮かべてヒューを見下ろしている。

「番犬如きに“あの方”の計画を潰されるとはね。けどまぁ、その命でもって報いは受けてもらうよ。」
「中々、勝手な言い草じゃあないか?どれ位あの方と計画とやらが大切かは分からないが、それが他人の家で暴れて良いっていう理由にはならんだろう。」
【全くだ、迷惑な話だよなぁ】

自分の主人であるルイズも大概迷惑な人物だとヒューは思っていたが、目の前のシェフィールドとその主はスケールが違っていた、もしや他の担い手と使い魔も似たようなものなのだろうか……、ヒューは何となく嫌な気分になった。

「まぁ、いいさ。此処でやる事は変わらないんだ。」
【相棒、手はあるのかい?】
「なにあれだけの図体だ、昔っから“大男総身に知恵はなんとやら”って言うしな、手はいくらでもあるさ。」
【じゃあ、いっちょ大一番といこうか相棒】
「応。最後の大一番だ、派手に行こうじゃないか。」

ヒューとデルフリンガーの会話が続いている間もシェフィールドが操るゴーレムの攻撃は続いていたが、それは悉く避けられていた。しかし、それは当然と言えるのかもしれない、シェフィールドの『魔法』や魔導具があればともかく、杖も魔導具もルイズによって消された為、“ミョズニトニルン”として一番有効な手段=搦め手が使えない。そうなると自然、攻撃自体はゴーレムによる白兵戦を主体にせざるを得ないのだ。
もしかしたら“ガンダールヴ”が唯の少年だったらそれでも何とかなったのかもしれない。だが、現実でシェフィールドの前に立ち塞がったのは、災厄の街から来た“幽霊”……“ゴーストステップ”ヒュー・スペンサーだった。

そうしたゴーレムの攻撃の間隙を縫って大きく距離を取ったヒューはデルフリンガーを左手に持ち替えると、右手親指を噛んだ後、その右手を大きく横に引く。
果たしてシェフィールドは天頂に懸かった陽の光に一瞬煌いた光を見ることが出来ただろうか。しかし、見えたとしてもそれが鋼鉄すら容易く切り裂く恐ろしい死の糸だと誰が思うだろう。
事実、ヒューの行動の意味を理解できなかったシェフィールドは彼に向かって再びゴーレムをけしかけた。

立ち止まったヒューに向かって唐竹割りとも言える一撃をゴーレムが振るう。
対するヒューはその一撃を半身になって回避する。否、回避した直後、<ワイヤードハンズ>を振るう。
振るったヒューの腕すら霞むその斬撃は、ゴーレムの剣をかつてワルキューレを切り裂いた時と同じ様に容易く切り落とす。
「ごとり」という間抜けな音と共に、落ちたゴーレムの剣の剣身を呆然と見たシェフィールドは一体何が起きたのか理解できなかった。それはそうだろう、此方の攻撃が避けられた次の瞬間ゴーレムの武器が破壊されたのだ。

シェフィールドが意識の空白から復帰した時、そこにヒューの姿は無かった。慌てて周囲を探ったが何処にもいない、逃走したのかと安堵の吐息を漏らした後。まんまとしてやられた事に気が付いた彼女がジョゼフに対していかに報告するか、どうやってアルビオンから脱出するか……と考えを巡らせている最中、背後からか細い亡霊の様な声が掛けられる。

「トリック・オア・トリート」
「!」

聞き覚えのある声、聞き覚えのある台詞に振り向こうとした瞬間、シェフィールドの胸から赤を纏った鋼の切っ先が飛び出した。飛び出した切っ先は傷口を広げる為だろう、捻り・抉られる。

自分の身体に何が起こっているのか理解した途端、傷口から灼熱の痛みが迸った。熱い塊とが喉を駆け上がると、シェフィールドの口から真紅の激流が噴き出す。
震える身体に活を入れ背後を見ると、そこには姿を消していたはずのヒューがいた、両手で構えている剣はそのまま己の胸を刺し貫いている。

シェフィールドからデルフリンガーを引き抜いたヒューは、常識を無視する様な体術を駆使してシェフィールドとは反対側のゴーレムの肩にその身を移す。
ゴーレムの肩の上で片膝をついたシェフィールドは、胸元に開いた傷を信じられないような目で見ると、彼方の方に顔を向けて手を差し伸べ……結局はそれも果たせずに、ひどくゆっくりとした動きでゴーレムの上から滑り落ちていった。

その後を追う様にゴーレムから飛び降りたヒューは息絶えたシェフィールドの姿を整えてやると、近くから馬を調達すると戦場からその姿を消した。




それから数時間後、ニューカッスルからかなり離れた森の中にヒューとデルフリンガーの姿があった。
ここまで乗ってきた馬は森から程近い草原に放ってやり、今はヒューとデルフリンガーだけしかいない。

【なあ、あのお嬢ちゃん最後に何か言っていなかったか?】
「さあな、仮に言っていたとしても俺に対する恨み言じゃないのは確かだよ。」
【何でそんな事がわかるんだ?】
「笑っていたからな」
【え?】
「“あの方”の事でも思い出してたんだろう、死に顔が笑っていたからな。」
【そうかー、せめてもの救いってヤツだな。】
「かもな、あのお嬢さんは“あの方”とやらの使い魔になってそれなりに幸せだったんだろうさ。」


深い森は早くも夜の顔を見せ始めている、光は極端に少なく木々の間からは何か人以外の視線を感じる。
痛み止めが切れかかっているのか、昼間とは比べ物にならない痛みが身体を襲う。視界は狭まる上に次第に暗くなっていく。
それでも歩いていると、紐を引きちぎる様な決定的な何かが切れた音が何処からか響く。それと同時にヒューの身体は前に進めなくなった。
いや、正確に言えばヒューは地面に倒れ伏していた。ただ彼はそれを知覚できないだけの話なのだ。

霞む目は欠片も光を拾わない、視界は真っ白な闇で覆いつくされた。
今の今まであった芳醇な森の香りはかつてN◎VAにあった研究施設よりも無味乾燥なモノになり。
纏っていた服の感触もない。いや身体が本当にあるのか、身体の存在を実感できなかった。

辛うじて耳と声は機能している様だ。デルフがさっきからダミ声でがなりたてて来る、出来る事なら最後に聞くのは綺麗な音が良かったが、誰かに看取ってもらうだけでも上等すぎる最後だろう。

【おいっ相棒!聞こえてんのか!】
「うるさいぞデルフ……。
 けどまぁ…済まないな、どうやら限界らしい。俺が死んだら伝えた通りにしてくれるか。」
【ああ、分かってる!安心しろ<指輪>は娘っ子に届けるようちゃんと伝えてやる!】
「ところでデルフ、質問があるんだが良いか?」
【ああ、何だ、何が聞きたい?】
「俺は上を向いているか?どんな状態だ?」
【ああ、仰向けにぶったおれてらぁ】
「そうか、死ぬ時位は光を向いていたいからなぁ。
 それなら上等な死に方だな。ああ、悪党にしては上等すぎる死に様さ。」
【何言ってんだ!相棒位甘いヤツなんてオレは見たことねぇぞ!マチルダの姐さんだって何だかんだ言いながら助けたし、我儘し放題の娘っ子の世話だってちゃんとしてたろうが!】
「そいつはあれだ、俺が悪党になりきれなかった…だけの話だな。あぁ、畜生耳もダメになってきやがった……。
 なぁ、紫城の旦那ぁ俺も上等な死に様を……遂げられそうだ……、ありゃ?おいおい久しぶりじゃないかグリム…まてまてここはハルケギニアだぞ……、ん?ああそういやそうだったなぁ…お前さん神だったっけか……んじゃあまぁ魂ってやつも信じてみるか……、いやいや疑っちゃいないって。そういえばユエや紫乃のヤツは元気にやってるかい?……そうか、もし会う事があったら…そうだな頑張れとでも伝えておいてくれ。

 なぁ、デルフ……しってるか?」

会話の最中、聞き覚えのない名前の連中と笑いながら話し始めたヒューが唐突にデルフリンガーに話を振ってくる。
言葉は途切れ、呼吸もおぼつかない……ボロボロの身体でここまで来た男の人生が終わろうとしているのだ、その最後の言葉を聞き逃すまいとデルフリンガーは無い耳を傾け澄ませた。

【何だ?言わなきゃ知っているかどうかなんて分からねぇぞ】
「ひとは…二度死ぬそうだ。生命が終わった時に……一度…。そいつを…覚えている、人間がいなくなる…で……もう一度。
 なぁ……デルフ…誰か覚えていて…くれるかな、こんなチンピラと…そう変わらない……木端みたいな男の事を……。」
【お前ぇ馬鹿か!忘れる訳ねぇだろう!娘っ子達やマチルダ姐さん!それに何よりこのデルフリンガー様がいるんだ!
 お前は死なねぇ!】
「そうか……そいつはうれしい事だな……ああ、本当にうれしい話だ……。デルフ…今日はいい天気だなぁ、本当に……本当に…いい日だ……」



【おい……相棒……応えろよ、なぁおい。】

それっきり、ハルケギニアにおける初めてのフェイト。二人目の“ガンダールヴ”。“ゴーストステップ”ヒュー・スペンサーはデルフリンガーの声に応える事も動く事もなかった。

ヒューがうつ伏せで倒れていた森の一角は、鬱蒼とした森の中で奇跡的に光が差し込む場所だった。そこは、外界の喧騒とは無縁の静寂に包まれている。
2日後、彼等を見つけた少女がヒューを見つけた時、彼の死に顔はただ眠っているのではないかと思った程、穏やに微笑んでいた。





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