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毒の爪の使い魔-47


――降臨祭最終日:ガリア王国・プチ・トロワ――

暖かな陽光に照らされる廊下を、一人のメイドが二つの膳の乗った台車を押しながら歩いていた。
一つ膳の上には、焼きたてのふっくらしたパン、色取り取りの野菜のサラダ、肉汁の垂れるローストチキンなどが乗り、
もう一つの膳の上には、暖かな粥の入った大き目の皿、塩の入った瓶、スプーンなどが乗っている。
メイドは廊下の突き当たり、このプチ・トロワの最奥に位置した豪華な扉の前に立ち、ノックをする。
「誰だい?」
中から少々生意気な感じのする少女の声が聞こえた。
「朝食をお持ちしました、イザベラ様」
メイドはそう答え、扉を開けようと取っ手に手を掛ける。すると…、
「ま、待て!? 入って来るな!!」
その言葉にメイドは怪訝な表情を浮かべる。
朝食を持ってきたのに”開けるな”とはど言うことだろうか?
そういえば…とメイドは他の召使達から聞いた話を思い出す。
随分前から、イザベラが自分の部屋に人を入れないようになったのだ。
三度の食事を届ける時だけでなく、用事を言い付ける時もわざわざ自分から部屋の外に出て話をするのだ。
部屋の掃除も、最近はペットの三匹の幻獣と一緒に自分でやっているらしい。
勿論、それまでのイザベラを知っている人からすれば、これらは異常な事態である。
高慢で我侭、非情な性格のイザベラが、自分の部屋の掃除をメイドにさせないなどありえない。
そんな事を考えていると扉が開き、イザベラが顔を出した。
「ご苦労だったね。じゃ、さっさと戻りな」
言いながらイザベラは台車を引っ掴むと、部屋の中に引きずり込む。
メイドは不思議そうな表情でイザベラに尋ねる。
「あの、イザベラ様?」
「何だい? わたしは”戻れ”と言ったはずだよ…」
イザベラはメイドを睨み付ける。
本来ならばその一睨みでメイドはこれ以上無い恐怖を味わい、飛ぶような勢いでその場を去っていただろう。
だが、不思議な事にメイドは然程恐怖を感じなかった。
…イザベラの睨みに凄みが無いのだ。いつもの相手を見下すような、憎悪するような感情が一切感じられない。
代わりに今の彼女から感じる物…、それは”焦り”だ。
何故だか解らないが、今のイザベラには余裕が無い。メイドはそれなりの人生経験からそれを感じ取った。
「どうかしたのですか?」
「いいから! 帰れ! 今直ぐに!」
イザベラの焦った叫び声が、朝のプチ・トロワに響き渡る。
メイドはそんなイザベラを見つめ、小さくため息を吐いた。
こんな態度は普段ならばしない。
今のイザベラが彼女には、癇癪を起こす小さな子供と何ら変わりなく見えたからだった。
「何かお困りな事があれば、その時に。それでは失礼します」
小さく会釈し、メイドはイザベラの前から去っていった。

イザベラは鼻息も荒く、扉を勢いよく閉めた。
「ったく…、わたしが言う事に大人しく従っていればいいのに…どいつもこいつも」
「のほほほほ、いつもと態度が変わりすぎているのですから…変に思っても仕方ないですよ」
暢気な声がイザベラに掛けられる。
イザベラは深くため息を吐き、声の主を睨み付ける。
「…誰の所為だと思ってんだい?」
「のほほほほほほ♪」
楽しそうに大笑いしたのはジョーカーだった。
イザベラの天蓋付きのベッドに横になりながら、片手をヒラヒラと振っている。
先のタルブにおけるジャンガとの大喧嘩の末に大怪我を負い、今はイザベラの部屋で療養中である。
その全身には絆創膏やら包帯やらが巻かれ、実に痛々しい。
イザベラはベッドへと歩み寄る。台車はペットのジャイアントムゥが押してきた。
「まったく……あんたが見た事無いほどの大怪我負って戻ってきた時は、わたしは本当にビックリしたよ。
あんたがそんなになるなんて考えた事も無かったからね…」

イザベラは思い返す。
ボロボロになったジョーカーが自分の部屋に戻ってきた時、イザベラは心底驚いた。
こいつは見た目も性格もふざけているが、色んな意味で油断ならない。
こんな大怪我を負って帰ってくるような事態は今の一度たりとも無かったのだ。
慌てたイザベラはベッドに彼を寝かし、慌てて大量の包帯や水の秘薬などを取り寄せたのだ。
無論、自分の部屋で何をしているかなどは一切秘密にして。
だが、どうして秘密にするのか?
それは、使い魔ごときに献身になっている姿を見られたくないからに他ならない。
そんなのは彼女のプライドが許さなかった。
故に、ジョーカーの傷が治るまでの間、イザベラは人の立ち入りを禁じたのだった。

イザベラは台車に乗った膳の一つをベッドの横のテーブルに置く。
瓶に入った塩を粥に適度に振り掛けると、粥の入った皿とスプーンを手に取る。
粥を掬い、ふーふーと息を吹きかけて冷まし、ジョーカーの口元に運ぶ。
「ほら、食べな」
「これはどうも。では遠慮なく」
口に寄せられた粥が無くなっていく。…閉じたような口でどうやって食べてるのか、甚だ疑問である。
スプーンが空になると、次を掬って口元へ運ぶ。そんな事を繰り返していると粥は空となった。
「おかわりはいるかい?」
「いえ、もう十分ですよ」
そうかい、と呟き、イザベラはもう一つの膳を手に取り、自分の朝食を取る。
「あ、そうです。イザベラさん?」
突然、思い出したかのようにジョーカーが口を開く。
「何だい?」
「お外のご様子はどうでしょうか? 今、アルビオンの方は大変な事になっているようですが…」
その言葉にイザベラは怪訝な表情になる。
聞きたがる理由は解る。今、アルビオンに居るだろう”親友”の事が心配なのだろう。
だが、こんな大怪我を負う原因となった相手の事を未だに慕い続けるその感覚は、彼女には理解し難い物があった。
「なんだってそいつの事を心配するんだい…、もう喧嘩別れしたんだろ?」
イザベラの言葉にジョーカーは笑う。
「とんでもない!? ワタクシとジャンガちゃんは深~い絆で結ばれてるんですよ。
それがどうして”あの程度”で切れたりしますか? いやいや、有り得ませんネ」
これほどの大怪我を負ったというのに”あの程度”呼ばわりとは…、イザベラは半ば呆れかえってしまった。
大きくため息を吐く。それを見て、ジョーカーは口を開く。
「イザベラさんだって、心配なんじゃないですか?」
「…何がだい?」
「シャルロットさんの事ですよ」
その言葉にイザベラの両目が開かれ、口元にパンを運んでいた手が止まる。
「な、何でわたしが、あのガーゴイル娘を…心配しなきゃならないんだい? あの娘は裏切り者だよ?
死んで清々はするけど、心配なんか微塵もしてないね」
そして、思い出したかのようにパンを握る手を動かし、イライラを発散させるが如く食い千切る。
それを見つめながら、ジョーカーは、ぷぷぷ、とさも可笑しそうに笑う。
その笑い声にイザベラは、キッと睨み付けた。
「何が可笑しいんだい!?」
「いやいや、イザベラさんも可愛い所が在ると思いましてネ…」
「んな!?」
イザベラは開口する。
「実の所、ワタクシ全部知ってるんですよ…、貴方がガーゴイルや人形と言って表は罵りながらも、
その裏でそんな態度しか取れない自分に悩んでいる事を。いやはや、悩めるお年頃ですか…ピュアですネ。
もう、素直に謝りたいのに謝れない…、そんな自分にイライラして周りに当たる…、そして更に落ち込む悪循環…。
いやはや、素直になれればどれだけ楽になれるやら…。
イザベラさんも本当に大変ですネ…、のほほほほほ―――ギニャァァァーーーーーーーッッッ!!!?」
響き渡るジョーカーの悲鳴。イザベラが包帯の一部を取り去り、瓶の中の塩を擦り込んだのだ。
それを行っているイザベラは無表情…、尚の事怖かった。
一通り擦り込み、イザベラはジョーカーの顔を真っ直ぐに睨み付ける。
「おい、わたしが何だって? もういっぺん言ってみろ、ええ、おいこら!?」
乱暴な口調で問い詰める。
ジョーカーは死にそうな表情で声を絞り出す。
「な、何でもないです…イザベラさん…」
「フン!」
大きく鼻を鳴らし、イザベラは自分の席で朝食を再開した。
それを横目で見ながらジョーカーは呟く。
「まぁ…冗談抜きで心配なんですよネ、お互いに…。いえ…ただの杞憂だと思うんですが、嫌な予感がするんですよ…」
その言葉を聞きながら、イザベラは無言で食事を続けた。



――同日:アルビオン大陸・軍港ロサイス――

降臨祭最終日、軍港ロサイスは人で溢れ返っていた。
誰しもが恐怖に駆られた表情をし、我先にと船に乗り込んでいく。

キメラドラゴンの群れと大量のボックスメアン、その双方によってシティオブサウスゴータは壊滅的打撃を受けた。
今回の襲撃によって出た死傷者は連合軍や町の住民を含め、数万人…もしくはそれ以上とも言われている。
怪物同士の同士討ちが無ければ、あの街に居た者全てがこの世には居なかったかもしれない。
同士討ちの隙を突く形で、何とか軍港ロサイスまで連合軍や避難民は退避できた。
だが、それで全てが解決したわけではない。
退避の際の偵察の竜騎士の報告によれば、首都ロンディニウムより敵主力部隊の出撃が確認されているのだ。
タイミングから考えても、先の化け物による襲撃はアルビオン側による物だという事がよく解った。
ぐずぐずしている暇は無い。
ド・ポワチエ等首脳部の人間がいない為、臨時で指揮を取っていたアニエスは本国に退却の許可の打診をした。
だが、事情が飲み込めていない王政府からは許可は出ない。
それでいきなり怒るほどアニエスも子供ではない…、彼女にも本国の人間の考えは解った。
それまで連勝を続けていた軍が突然の化け物の乱入で壊滅し、今は敗走しているなど確かに信じ難い事だろう。
しかし、事実なのだ。このままでは座して死を待つばかり。
アニエスは半日を掛けて本国と折衝し、漸く許可を出させた。
普通の軍人ならば無許可での撤退準備などしないだろう。
アニエスは折衝と平行して撤退の準備を進めていた為、半日が経過した今でも順調に事は進んでいた。
罪を問われるかもしれない…などの考えは彼女には無かったのだ。

ロサイスに臨時で設置された司令部で、アニエスは兵站参謀と話し合っていた。
アニエスは兵站参謀に尋ねる。
「撤退の完了までどれだけ掛かりそうだ?」
「何とも言えませんが…予め進めていたのが幸を制しそうです。おそらく、今夜までには…」
「ギリギリと言ったところか…」
敵の進行速度がどれほどのものかは解らないが、今夜までにここに到達するのは不可能だろう。
折衝と撤退の準備を平行して行ったのはやはり正解だった、とアニエスは思った。
と、誰かが司令部に入ってきた。偵察に出ていたジュリオだ。
「戻ったか。どうだ、敵軍主力の様子は?」
もし、敵軍の進軍速度が予想以上に速かったら…、アニエスの脳裏に悪い予感が一瞬過ぎる。
が、その予感は大きく外れた。
「それがね、随分とおかしな事になってるみたいだよ?」
「何だと?」
アニエスは竜騎士から報告を聞いた。



「敵主力が引き返してるだ?」
ジャンガは眉を顰める。
ジュリオは、ああ、と頷く。
彼はアニエスに報告をした後、その足でジャンガ達の所へと来たのだった。
「変な話だと思うだろ? こちらは化け物達の襲撃でガタガタだ。それを見越して彼等は軍を動かしたに決まっている。
なのに、途中で引き返し始めた。絶好のチャンスを自ら放棄したんだ。変と思わない方がおかしい」
ジャンガは顎に爪を添えて考える。
何故、敵の主力は引き返したのだろうか?
キメラドラゴンやボックスメアンとの同士討ちを恐れた? いや、それなら動かす意味が無い。
こちらへの挑発行為? それも考え辛い、意味の無い行為だ。
ならば…引き返さなければならないだけの事態が起きた?
では、全軍引き返させるだけの事態とは何だ?
暫し考え――そして思い至った。
「鳥篭の鳥が逃げたんだな」
「鳥?」
タバサが聞き返す。
「ねぇ、それってどう言う事? 鳥って何の事よ?」
ルイズの言葉には答えず、ジャンガは準備運動を始める。
「な、なにしてるのよ、あんた?」
「ちょっと行って来るゼ」
「行くって、何処に行く気なのよ?」
ジャンガは振り返らずに答える。
「敵主力のところだ」
一同全員驚愕する。…何を言っているんだこいつは?
「ま、待ちたまえ!? 君は本気で言っているのか? 四万はいるぞ、敵の主力は!?」
「そうよ! 引き返してくれるんだったらいいじゃないの、放っておきなさいよ!?
だいたい、途中のシティオブサウスゴータには、まだあの化け物達が居るでしょ?」
ギーシュとキュルケが慌てた調子でジャンガに言う。
それらを聞きながらジャンガは首の骨をコキコキと鳴らす。
「姫嬢ちゃんが逃げたんだよ」
「「「「「「え?」」」」」」
「だから、奴等が引き返してるのは脱走した人質を確保するためだろ。主力が出てるって事は城は殆どもぬけの殻…。
そんなんじゃ、逃げた鳥を捕まえるのは難しい。だから引き返させたんだ」
「そんなの…解らないじゃない?」
ルイズの言葉にジャンガは笑う。
「キキキ、ああ解らないゼ」
「ちょ、解らないって、あんたね!?」
「だから確かめてくるんだろ? 何かあったらこいつで知らせてやる」
言いながら取り出したのはンガポコだった。先の艦隊決戦の際、ガーレンのメッセージを届けた奴だ。
艦隊決戦の際にメッセージを届けさせたが、その後もこうした事態を想定して手元においておいたのだ。
「じゃあな、ちィとばかし行って来るゼ」
言うが早いか、返事も待たずにジャンガは風のように駆けだした。

ジャンガは限界以上の速度で走り続ける。
「相棒、敵の主力は本当に女王陛下の脱走で引き返したと考えているのかい?」
背中のデルフリンガーの声にジャンガは静かに返す。
「さてな…、正直解らねェ。今しがたも言ったがよ、だから確かめに行くんだよ」
「だがよ、脱走が本当だったら、連れて帰るのは危険じゃねぇか?」
「…だよな」
面倒くさそうな表情で、頭を爪で掻きながらジャンガはぼやく。
「ま、そん時はそん時で考えるゼ」
「行き当たりばったりだな…」
「ウルセェ…」
そんなやり取りをしている間に、あっという間にシティオブサウスゴータへとジャンガは到着した。
ジャンガは一旦立ち止まり、シティオブサウスゴータの様子を見る。
建物は倒壊し、辺りからは火災の名残である黒煙が立ち上っているが、火災そのものは収まったようだ。
デルフリンガーが鞘から飛び出す。
「如何するんだ相棒? 遠回りするか?」
「いや、突っ切る。ここまで走ってきて解った。ガンダールヴの速度なら簡単に撒ける」
そう言ってジャンガはシティオブサウスゴータの中に突っ込んだ。
ジャンガは入ると同時に、キメラドラゴンとボックスメアンの攻撃を受けるとばかり思っていた。
だが、実際はそんな事は無かった。…それ以上に驚くべき光景も広がっている。

「…寝てるだと?」
あちこちに醜悪なキメラドラゴンの姿があった。だが、そのどれもが寝ている。
いや、どんなに不気味な姿の化け物でも生物ならば寝るのは当然だ。だが、少々不自然なのだ。
普通に地面や瓦礫の上にねそべっているのもいれば、飛んでいる最中に落下したとも思える格好で瓦礫に埋まるものもいた。
更に奇妙な事にボックスメアンも活動を停止していた。
どの機体も瞳の光が消えており、操る者がいない操り人形のように地面に崩れ落ちている。
何故だ? 人間の兵は戻して、これらは何故活動を停止させる必要があった?
と、ジャンガは視界の端に気になるものを見つけた。
それは幻獣だった。無論、ジャンガの世界のである。
マジックマギ――嘗て学院でジョーカーが放った幻獣。
それも一匹だけでなく、あちらこちらに何匹もいる。
何でこんな所に居るのだろうか?
マジックマギは一匹一匹がキメラドラゴンの前に立っている。
時折杖を振ると青白い雲がキメラドラゴンの頭上に現れる。
「ありゃ『スリープ・クラウド』だな。眠りの魔法だよ」
背中のデルフリンガーが呟く。
その言葉から察するにどうやら”こっち”の魔法のようだ。
何故マジックマギが使うのか…など愚問だ。
どうやら、キメラドラゴンが眠っているのはこいつ等が原因の様だ。
ボックスメアンの方は直接マスターコンピューターのスイッチが切られているのだろう。
勿論、それは”どうして眠っているか?”の理由の答えであって、”何の目的で眠らせているか”の答えにはならない。
ジャンガは暫く辺りの様子を伺っていたが、気にせず走り出した。
「いいのかよ、放っておいて?」
「構わねェよ。寧ろ、俺には大助かりだ」
「…この間と同じだな」
いつの事だ…とは聞かなかった。タバサを助けに行った時、見張りの兵隊達が眠っていた事を指しているのだ。
ジャンガはそれを行った犯人に大体見当はついていた。
だが、今回のは何故だか違うような気がする。…ならばどうして? となるが、考える必要も無い。
今はとにかく突っ切るのみだ。



息を切らせながら、アンリエッタは力の限り走った。
街の路地裏を走り、物陰に身を潜めながら周囲の様子を伺い、また走る。

ハヴィランド宮殿を脱出してからは、ずっとこんな調子だった。
そのまま連合軍がいる所まで逃げきろうと考えていたが、現実はそうそう上手く事を進ませてはくれない。
脱走した自分を捕まえるべきだろう…、前線に出ていただろうアルビオン軍がロンディニウムへと引き返してきたのだ。
軍は今、総出で街を捜索し、自分を探している。
竜騎士が空を飛び、トロール鬼などの亜人が表通りを徘徊するのが見えた。

アンリエッタは呼吸を整え、改めて外の様子を伺う。
今度は周囲に気配は無い…。アンリエッタは裏路地を走り出した。
その瞬間、肩に激痛が走った。
痛みに足を縺れさせてしまい、地面に転んでしまった。
見れば肩口にマジックアローが刺さり、傷口から血が流れている。
そこに三人ほどのメイジが現れた。アルビオン軍なのは間違い無い。
一人が下卑た笑みを浮かべながらアンリエッタの髪を鷲掴みにする。
「あぐっ!?」
肩口の傷と髪を無理やり引っ張られる痛みに声が漏れる。
痛みに汗を流しながら、それでもアンリエッタは気丈に目の前のメイジを睨み付ける。
男は笑った。一国の女王と言えど、こうなればただの小娘だと、嘲笑った。
悔しさに唇を噛み締めながらも、アンリエッタは杖を振ろうとする。
だが、別のメイジに杖を持った手を強かに打たれ、杖を落としてしまった。
抵抗の術を奪った三人はそのままアンリエッタを乱暴に立たせる。

一人の首が落ちた。

一人の胴が裂かれた。

一人が血反吐を吐いて倒れた。

突然、命を落とした三人にアンリエッタは訳が解らず、ただ呆然と三人の屍を見つめる。
その屍の向こうに長身の影を見た時、アンリエッタは安堵感を覚えた。
「ジャンガさん…」
相手の名を呼びながら思わず涙を浮かべる。
ジャンガは特に何を思うでもなく、アンリエッタに近寄ると背負った。
デルフリンガーの鞘は多少邪魔だろうが、そこは我慢してもらう。と言うよりも、文句は言わせない。
「テメェで掴まってろよ? 俺は両手使いたいんだからよ」
「は、はい」
肩口はまだ痛むが、掴まっている事が出来ないほどではない。
ジャンガの首に回した手に僅かに力を込める。
瞬間、ジャンガは疾風のように駆け出した。
路地裏を駆け、表通りを突っ切り、立ち塞がる者は毒の爪で片っ端から切り伏せた。
そのまま街の傍に広がる大きな森の中へと逃げ込んだ。
暫く走り、適当な大木の陰で立ち止まると、様子を伺う。
遠くからアルビオン軍の兵士の声が、上空からは竜騎士の乗る竜の羽ばたきや鳴き声が聞こえてくる。
だが、こちらには気が付かない様子だ。
ジャンガはアンリエッタを背から下ろし、自分も腰を下ろした。
「やれやれ、まさかとは思ったがよ…本気で脱獄するとは思わなかったゼ。キキキ、お転婆もここまでくれば上出来だゼ」
「わたくしも必死でしたから……痛っ」
肩口の痛みがぶり返してきた。
傷を庇うように手で覆う。
「手酷くやられたもんだな…」
「…向こうも色々と余裕が無いのでしょう。貴族としての誇りも品性もなくなってきているのでしょうが…」
アンリエッタは先程の男の顔を思い出し、歯噛みする。
ジャンガはそれを見ながら息を吐き出す。
「とりあえず…現状報告しとくか」
懐からンガポコを取り出し、起動させる。
『ン、ンガ?』
目を瞬かせ、ンガポコは起動した。
ジャンガはそのンガポコを見下ろしながら言った。
「メッセージを頼むゼ、伝言ロボ。『姫嬢ちゃんは無事だ。そっちの脱出船の最終便が出そうになったらこいつで連絡よこしな』
以上だ。軍港ロサイスに居る、タバサ嬢ちゃん達に届けな」
『ンガ!』
一声大きく返事を返すとンガポコは空へと飛んでいく。
飛び去っていくンガポコを見て、アンリエッタはジャンガに尋ねる。
「あの、今のは?」
「俺の世界の伝言ロボ。お前らに解り易く言えば、伝書フクロウなんかと変わらねェよ」
「いえ、そうではなく、脱出船とは?」
「ああ…その事か。知らないのか?」
アンリエッタは首を振る。
連合軍がこのアルビオンに来ているのは知っている。
だが、脱出船とは…敗走しているのだろうか?

ジャンガは事情をかいつまんで説明した。
降臨祭の最終日になってシティオブサウスゴータに化け物が現れた事。
化け物の大暴れで連合軍はボロボロになり、避難民と共に軍港ロサイスまで退却した事。
今は撤退の真っ最中だと言う事。
自分は敵主力が後退した理由を調べに来た事。

「あの、では何故戻らないのですか?」
「お前バカか?」
いきなりバカと言われアンリエッタはムッとなったが、直ぐに怒鳴る事はしなかった。
「どう言う意味ですか?」
「今の状況考えろ。敵さんは全員お前を探す事に夢中になっている。つまり、お前が連中を足止めしているようなものだ。
実際、お前が足止めになったお陰で撤退の準備は滞りなく進んでるんだ。
このまま真っ直ぐ向こうに戻ってみろ…、敵も全員撤退中の味方の所に呼ぶはめになるぞ?」
「あ…」
アンリエッタは己の迂闊さに項垂れた。
自分は今敵に追われているのだから、ロサイスに戻ればそこまで敵が来るのは明白な事実だ。
確かに、今戻るのは危険と言える、ジャンガの読みは正しい。
「解りました。…でも、いつまでこうしていれば良いのでしょうか?」
「だから、その為にあいつを飛ばしたんだよ。撤退の最後の方で逃げられるようによ。
空に逃げれば連中も流石に追い辛いだろ」
「それはいつ頃になるのですか?」
「さてな…、とにかく待つだけだ…と。敵が此方にやって来たらまた走るからな」
そう言ってジャンガは大木に寄りかかると目を閉じた。寝てはいないだろう。
アンリエッタはため息を一つ吐き、自分も大木に身体を預けた。
今は少し休もう…、アンリエッタも目を閉じた。


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