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使い魔は神犬

 それは、ある夜のこと。

 トリステイン王国の王女、アンリエッタは誰にも言えぬ想いを胸に秘めて、はらはらと涙を流していた。
 彼女には、愛する男性がいた。想い人の名は、ウェールズ・テューダー。
 トリステイン王家とは縁戚関係にあるアルビオン王国の皇太子である。
 彼女は彼を愛し、彼もまた彼女を愛していた。
 だけど、運命は二人を結び付けてはくれない。
 それは、アルビオンで起こった内乱が原因。
 貴族連合レコン・キスタを名乗る逆賊による反乱。貴族派と呼ばれる者たちと王党派の戦争。その勝敗は、いまだ決していないが、王党派が敗れるのは時間の問題である。
 そうしてアルビオンを支配したレコンキスタが、次に狙うのがトリステインであるのは火を見るよりも明らか。
 だから、トリステイン政府は、その対策として、王女であるアンリエッタとゲルマニア王アルブレヒト3世の婚姻によって同盟を結ぶことを決定した。
 そこにアンリエッタの意志はない。
 彼女には、愛する男性がいる。なのに、周囲は彼女の意志を無視して、国のために犠牲になれと言うのだ。
 冷静に考えれば、レコン・キスタの台頭がなかったとしても、ウェールズとアンリエッタ。二つの国のただ一人ずつしかいない王位継承者同士が結ばれることはありえないのだが、そこは流しておこう。

 ともあれ、無力な王女には涙を流す以外、何も出来ることはなかった。
 そんな時、彼女の頬を撫でる温かいものがあった。

「ありがとう。八房」

 涙にぬれた顔を舐めてくる一頭の犬に、王女は礼を言い抱きしめると、その八つの牡丹の花のような斑のある毛皮に顔をうずめる。
 八房は、アンリエッタが召喚した使い魔である。
 不可思議な模様のある犬。それを召喚したとき、彼女は喜びも落胆もしなかった。

 王とは孤独な生き物である。
 彼女自身は王と呼ばれる者ではなかったが、父王が逝き、母が女王となることを拒み、他に王位を継げる者がいない現状では、彼女はこの国でもっとも尊い存在である。
 そんな彼女の孤独を、誰も埋められない。
 友と呼んだ、ただ一人の少女すら、彼女を姫と呼び一歩下がって距離を置こうとするのだ。
 そうしなかったのは、彼女の愛した男性、ウェールズ唯一人。
 だから、愛したのかもしれない。
 彼がいなくなっても、他に彼女を唯の少女として扱うものがいたなら、彼女はその誰かを愛するのかもしれない。
 だけど、それは今考えても意味のないこと。
 アンリエッタが使い魔の召喚を決めたのは、ただその孤独を埋めてくれる何かを欲したから。
 だけど、大した期待はしていなかった。使い魔は、メイジにとって生涯のパートナーになるのだと言う。
 だが、実際にそう扱っているメイジは少ない。良くて愛玩動物。悪くすれば、いくらでも代わりのきく道具のような扱いである。
 それでも良かった。孤独な少女は、それを埋めてくれるのなら何でもよかったのである。
 そうしてアンリエッタの召喚した使い魔は、少女の意図を超える存在であった。
 一見すればただの犬である。だが、それは使い魔の分を超えて高い知性と包容力を持った生き物であったのだ。
 アンリエッタの想像を超える知性は、少女に害をなすいかなる存在も許さず、王宮に入り込んだレコンキスタと通じた者たちを見抜き、追放に役立った。
 だからといって、アンリエッタの現状に大した違いはない。
 彼女にとって、使い魔はかけがえのないものになった。その存在は心を支えてくれはした。
 だけど、愛する男性の代わりにはならない。そもそも、どちらも代わりがきくような存在ではないのだ。
 涙を流す少女は、戯れを口にする。


「ねえ、八房。レコン・キスタは、オリヴァー・クロムウェルという男が、ただ一人で支配していると聞くわ。その男が死ねばわたくしは、ゲルマニアになど嫁がなくても済むのかもしれない」

 そんなことが叶うとアンリエッタは思っていない。だから、これはただの愚痴。あるいは独り言。

「だから、もしクロムウェルの首を取って来てくれたなら。わたくしは、あなたに嫁いでもいいわ」

 それは願いですらない戯れの言葉。たとい、人のそれと同等の知能を持っていても、犬一匹にとれるほど敵の首魁の首は軽いものではない。そう、彼女は確信していた。
 そして、その後、使い魔は姿を消す。

 最初、帰ってこない使い魔を、ただ心配していたアンリエッタは、しばらくして、まさか使い魔が自分の言葉を真に受けてしまったのではないかと顔色を変える。
 高い知性を感じさせる使い魔は、だからこそ、自分のお願いがいかに荒唐無稽なものかを悟ったはずである。
 しかし、主を大切に思う使い魔は、そんな無茶な願いをすら叶えようとしたのではないか? そう思うと、少女は自分の愚かしさに泣きたくなる。
 だが、彼女に共感してくれるものはいない。
 そもそも犬一匹、クロムウェルの首を取るどころか、近づけすらしない。それが、周囲の認識であった。
 使い魔が、クロムウェルの首を取って帰ってくるまでは。

 貴族連合レコン・キスタは、クロムウェルが作り、クロムウェルが動かす彼だけのための軍である。
 そのクロムウェルが首を取られた時、組織は瓦解を余儀なくされた。
 それに、彼の首を取ったのはメイジでも幻獣でもないただの犬である。それが、レコンキスタの人員の心に根深い恐怖を生んだ。
 どこにでもいるただの犬が、いつ自分の首を取りに来るかという恐怖に抗し切れなかったのである。
 そうして、レコンキスタが瓦解し、アルビオンを正当なる王家が取り戻した後、トリステインは大きな問題を迎えた。

 あるいは八房は、アンリエッタがなんの報酬も約束しなくても、彼女の願いを叶えたのかもしれない。
 だけど、王女は約束してしまったのだ。クロムウェルの首を取ってくれば嫁ぐと。
 使い魔、犬との約束である。そんなものを守らなくてもいいと周囲の者たちは言った。
 だが、アンリエッタは、それがどのようなものであれ、自分の使い魔にした約束だけは破りたくなかった。
 それは王女としての、ささやかな誇りゆえであり、このかけがえのない使い魔には誠実でありたいという想いゆえであった。

 まあ、レコンキスタが滅んでも、アルブレヒト3世との結婚が完全に白紙になったわけではなく、白紙になったとしても、どうせウェールズと結婚できるわけではないのだし、それなら八房に嫁いだ方がマシよね。
 と思ったことは、言うと台無しなので口を噤もう。




 とまれ、アンリエッタは八房と婚姻を結ぶと告げて、使い魔だけを連れて山にある小さな小屋に移り住むことにした。
 そうして数年の月日の中、アンリエッタは穏やかな日々を過ごす。
 だけど、それをそのままにしてはおけないと考える者たちがいた。
 ただ一人の王位継承者なのだ。
 トリステインの政務を預かる者には、放って置くなどできぬ相談であるし、アンリエッタの母マリアンヌにも、娘が畜生に嫁ぐなど看過できるものではない。
 とはいえ、多くの騎士に守られていたであろうクロムウェルの首を取った魔犬が相手となれば、尻込みするのもしかたのないこと。
 救出部隊の結成に時間がかかったのも無理なからぬことであった。

 そうして集められたのは八人。
 王女に友と呼ばれる少女、ヴァリエール家の三女、ルイズ。その使い魔の少年、平賀才人。何故かついて来たルイズの学友、キュルケ、タバサ、ギーシュ。
 レコンキスタと通じていた罪で牢に入れられ、しかしこの任務を果たせば減刑がなされるという約束で一行に加わった八房に恨みを持つ、元魔法衛士隊隊長ワルド。
 同じく罪の減刑と引き換えに同行することになった盗賊、土くれのフーケ。
 そして、誰よりも王女を愛し、誰よりも王女に愛された青年。この一件を知り、深い自責の念にかられ参加を申し出たウェールズである。
 一行は、アンリエッタが使い魔と共に、暮らす小屋を目指し、それを発見した。

「あの犬が、お姫様をさらったって言う極悪使い魔か。よーしっ、懲らしめてやろうぜ」

 そんなことを言い出した才人を、タバサが止める。
 相手は人並みの知能を持つ得体の知れない魔犬である。
 そんなものと、正面から戦うなど正気の沙汰ではない。よって、彼らが選択するのは不意打ちである。
 卑怯などとは、言わせない。そもそもあの犬は王女を人質に捕っているようなものなのだから。
 だから、彼らは魔犬が出てくるのを待ちうけ、そしてその姿を見ると同時に一斉に魔法を解き放った。



 粗末な小屋での生活は、王女として何不自由のない生活をしてきたアンリエッタにとって厳しいものであった。
 そんな生活に慣れるのがやっとのアンリエッタに、八房は獣欲を露わにすることはなく、彼女は使い魔がそんな行為に及ぶ可能性について考えもしなかった。
 今後はともかくとして、ここまでは上手くやれていたのだ。
 その生活が壊れたのは、突然小屋から走り出た使い魔を追って、わけもわからずにアンリエッタが外に出てしまった瞬間。
 八房は、小屋の前に敵意を持って現れた何者かの一団に気づいていた。だから、アンリエッタを置いて外に飛び出した。
 そこにいたメイジの集団が、魔法を解き放ってきたのも想定の裡。回避することも本来なら可能であった。
 アンリエッタが、飛び出してこなければ。
 かくして、彼は愛する主の盾となることを選ぶ。
 だけど、メイジたちの魔法は、彼が盾になっただけで防げるほど弱いものではなく。
 一人と一頭は、そこで命を落とすことになった。



 後に、この場に居合わせた八人は、ある使命を持って集い戦うことになるのだが、それはまた別の物語である。

南総里見八犬伝から八房召喚



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