「それほんと?」
ルイズが、不信感のたっぷり篭った瞳でアノンを見つめて、そう言った。
「嘘は言ってないよ」
身につけていたボロ布だけではさすがに体裁が悪いと、アノンはルイズが調達してきた男子用の制服を着せられていた。
ルイズにしては、破格の待遇と言える。
ただ、平民にマントは着けさせられないため、ズボンにシャツだけといった格好だ。
空には、もう星が瞬いている。
アノンはついさっき、医務室で目覚め、ルイズの部屋に連れて来られたばかりだった。
自分の体を見下ろして、改めて感心する。植木の“魔王”によるダメージは、ほとんど回復していた。
なんでも、『水の秘薬』というものを使ったらしい。
治療獣を用いても重傷者の完全回復には、最低でも12時間はかかる。
それが、眠っていた数時間の間に終わっていたのだから、この世界の魔法にアノンは素直に驚いていた。
ルイズの疑いの目を気にした様子もなく、アノンは窓から夜空を見上げた。
「さすがに、天界にも月二つはなかったな」
回復したアノンは、大雑把に、自らの世界のことをルイズに話して聞かせた。
人間界のこと、天界のこと、地獄界のこと。そして自分が異世界の住人、地獄人であること。
ただ、自分の一族の能力と、空白の才を賭けた闘いのことは伏せておいたが。
そしてルイズから、この世界――ハルケギニアの話を聞いた。
ルイズが、不信感のたっぷり篭った瞳でアノンを見つめて、そう言った。
「嘘は言ってないよ」
身につけていたボロ布だけではさすがに体裁が悪いと、アノンはルイズが調達してきた男子用の制服を着せられていた。
ルイズにしては、破格の待遇と言える。
ただ、平民にマントは着けさせられないため、ズボンにシャツだけといった格好だ。
空には、もう星が瞬いている。
アノンはついさっき、医務室で目覚め、ルイズの部屋に連れて来られたばかりだった。
自分の体を見下ろして、改めて感心する。植木の“魔王”によるダメージは、ほとんど回復していた。
なんでも、『水の秘薬』というものを使ったらしい。
治療獣を用いても重傷者の完全回復には、最低でも12時間はかかる。
それが、眠っていた数時間の間に終わっていたのだから、この世界の魔法にアノンは素直に驚いていた。
ルイズの疑いの目を気にした様子もなく、アノンは窓から夜空を見上げた。
「さすがに、天界にも月二つはなかったな」
回復したアノンは、大雑把に、自らの世界のことをルイズに話して聞かせた。
人間界のこと、天界のこと、地獄界のこと。そして自分が異世界の住人、地獄人であること。
ただ、自分の一族の能力と、空白の才を賭けた闘いのことは伏せておいたが。
そしてルイズから、この世界――ハルケギニアの話を聞いた。
「信じられないわ、別の世界の話なんて」
「ボクだって、三つ目の異世界のことなんて聞いたこともないよ」
「メイジがいない、月は一つ、他にも神器とかなんとか…そんな世界がどこにあるの?」
「ボクが元いたところは、そうだったんだよ」
「地獄とか言ってたけど、じゃああんたは悪魔なの? なんか全身に変な刺青してるし」
「悪魔なんているわけないじゃないか」
「えぇ? …あー、もう!」
自分の世界に魔法はないとか、地獄から来たのに悪魔じゃないとか。
分からない答えを続けるアノンに、イラつき始めるルイズ。
とりあえず、自分が召喚したのはただの平民ではないようだ。
そう、おかしな平民だ。
とりあえず、ルイズはこのおかしな平民の言うことは置いておくことにした。
「それはそうと、あんた」
「ん?」
「さっきから、何で敬語使わないのよ。平民の分際で」
「平民ってなに?」
「悪魔だかなんだか知らないけど、あんたメイジじゃないんでしょ。だったら平民じゃない」
「そのメイジって言うのは、超能力者みたいなものかい?」
「だから、魔法が使えるのがメイジで使えないのが平民! もう、ほんとにあんた、この世界の人間なの?」
「さっきから違うって言ってるよ」
「…もういいわ」
ルイズは諦めた様に、ため息をついた。
「とにかく、契約した以上、あんたには私の使い魔をやってもらうわ」
「え?」
「何よ、不満なの?」
ルイズはじろりとアノンを睨みつける。
「キミはボクを使い魔にするの、嫌がってたみたいだったし」
「だって、あんたはわたしの使い魔として、契約しちゃったのよ。あんたがどこの田舎モノだろうが、別の世界とやらから来た人間だろうが、一回使い魔として契約したからには、もう動かせない」
「契約……これか」
アノンは左手のルーンを見た。
「送り返したりはできない?」
「……無理よ。『サモン・サーヴァント』は呼び出すだけ。使い魔を元に戻す呪文なんて存在しないのよ」
「なんだ、魔法ってのも意外と不便なんだね」
ルイズはむっとして言った。
「わたしだってイヤよ! あんたみたいなのが使い魔なんて!」
「まあいいか。やってもいいよ、キミの使い魔。帰ってやらなくちゃいけないこともないし。それに…こっちの世界にも興味があるしね」
アノンには夢があった。
何の障害もない人生を歩む、つまり自分以外の全てを滅ぼすという、馬鹿馬鹿しくも危険極まりない夢。
それが、“幸せ”だと思っていた。
だが、植木に敗れ、その無意味さを悟った。
だから、この異世界で新しい夢を探そうと思ったのだ。
すべてが新鮮な異世界で、使い魔とやらをやっているうちに、やりたいことが見つかるのでは。
夢が叶った喜びを分かち合える“誰か”が見つかるのでは、と。
「ボクだって、三つ目の異世界のことなんて聞いたこともないよ」
「メイジがいない、月は一つ、他にも神器とかなんとか…そんな世界がどこにあるの?」
「ボクが元いたところは、そうだったんだよ」
「地獄とか言ってたけど、じゃああんたは悪魔なの? なんか全身に変な刺青してるし」
「悪魔なんているわけないじゃないか」
「えぇ? …あー、もう!」
自分の世界に魔法はないとか、地獄から来たのに悪魔じゃないとか。
分からない答えを続けるアノンに、イラつき始めるルイズ。
とりあえず、自分が召喚したのはただの平民ではないようだ。
そう、おかしな平民だ。
とりあえず、ルイズはこのおかしな平民の言うことは置いておくことにした。
「それはそうと、あんた」
「ん?」
「さっきから、何で敬語使わないのよ。平民の分際で」
「平民ってなに?」
「悪魔だかなんだか知らないけど、あんたメイジじゃないんでしょ。だったら平民じゃない」
「そのメイジって言うのは、超能力者みたいなものかい?」
「だから、魔法が使えるのがメイジで使えないのが平民! もう、ほんとにあんた、この世界の人間なの?」
「さっきから違うって言ってるよ」
「…もういいわ」
ルイズは諦めた様に、ため息をついた。
「とにかく、契約した以上、あんたには私の使い魔をやってもらうわ」
「え?」
「何よ、不満なの?」
ルイズはじろりとアノンを睨みつける。
「キミはボクを使い魔にするの、嫌がってたみたいだったし」
「だって、あんたはわたしの使い魔として、契約しちゃったのよ。あんたがどこの田舎モノだろうが、別の世界とやらから来た人間だろうが、一回使い魔として契約したからには、もう動かせない」
「契約……これか」
アノンは左手のルーンを見た。
「送り返したりはできない?」
「……無理よ。『サモン・サーヴァント』は呼び出すだけ。使い魔を元に戻す呪文なんて存在しないのよ」
「なんだ、魔法ってのも意外と不便なんだね」
ルイズはむっとして言った。
「わたしだってイヤよ! あんたみたいなのが使い魔なんて!」
「まあいいか。やってもいいよ、キミの使い魔。帰ってやらなくちゃいけないこともないし。それに…こっちの世界にも興味があるしね」
アノンには夢があった。
何の障害もない人生を歩む、つまり自分以外の全てを滅ぼすという、馬鹿馬鹿しくも危険極まりない夢。
それが、“幸せ”だと思っていた。
だが、植木に敗れ、その無意味さを悟った。
だから、この異世界で新しい夢を探そうと思ったのだ。
すべてが新鮮な異世界で、使い魔とやらをやっているうちに、やりたいことが見つかるのでは。
夢が叶った喜びを分かち合える“誰か”が見つかるのでは、と。
「なによそれ。さっきも言ったけど、口の利き方がなってないわ。『なんなりとお申しつけください、ご主人様』でしょ?」
ルイズは得意げに指を立てて言ったが、アノンはそれを華麗にスルーした。
「でも、使い魔ってなにすればいいの?」
「…っ! ま、まあいいわ。無知な使い魔に、ご主人様が教えてあげる」
コホン、と小さく咳払いして、ルイズは説明を始める。
「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」
「どういうこと?」
「使い魔が見たものは、主人も見ることができるのよ」
「ふーん」
「でも、あんたじゃ無理みたいね。私、何にも見えないもん!」
「キミついてないね」
「…それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」
「秘薬……。それ、どういうものなんだい?」
「特定の魔法を使うときに使用する触媒よ。あんたの治療にも使ったわね。具体的には、硫黄とか、コケとか……」
「それくらいなら、なんとかなるかな」
「あんたできるの? 秘薬の存在すら知らなかったのに」
「硫黄やコケは見たことあるよ。あ、でもこの辺りの地理とか知らないから、やっぱり無理だね」
「最初ッから期待してないわよ!」
ルイズは苛立たしげに言葉を続けた。
「そして、これが一番なんだけど……、使い魔は、主人を守る存在でもあるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目! ……あんた強いの?」
「そんな、ボクなんてまだまだだよ」
アノンはそう答えたが、実際は彼は、天界人の神器にも匹敵する戦闘力を持つ、“超身体能力”を備えた地獄人であり、“天才”にして“最強の能力者”と呼ばれた十ツ星天界人、ロベルト・ハイドンを地力で上回る。
彼はそれだけの力を持ちながら、自分の力に自信を持たず、それ故に己を鍛え続けることをやめない“天才”だった。
だが、ルイズはそんなことなど知らないし、会っていきなり重傷でぶっ倒れた相手を、強いと思えるはずもなかった。
大きくため息をつく。
「でしょうね。強い幻獣だったら、並大抵の敵には負けないけど、あんたはカラスにも負けそうだわ。だから、あんたにできそうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」
「それ、使い魔って言うのかい?」
「しょうがないじゃない。あんたに任せられそうなことって、それくらいだもの。まあ衣食住の面倒くらいは見てあげるから、しっかりやりなさい」
そう言って、ルイズはあくびをした。
「さてと、しゃべったら、眠くなっちゃったわ」
「ボクが寝る場所は?」
ルイズは、部屋の隅を指差した。
そこには藁が敷かれた、動物の寝床のようなものがあった。
「ボク、犬じゃないんだけど」
「しかたないでしょ。人間が召喚されるなんて、思ってなかったんだから」
それからルイズは、服を脱いでネグリジェに着替えると、脱いだばかりの下着をアノンに放った。
アノンは飛んできた下着を、器用にキャッチする。
「それ、明日洗濯しときなさい」
それだけ言うと、ルイズはアノンに毛布を投げてよこし、ベッドにもぐりこんだ。
アノンも毛布に包まって横になると、ぱちんと指を弾く音が聞こえ、部屋の灯りが消えた。
(へぇ、音に反応するランプか。いや、アレも魔法なのかな?)
夜の帳が下りた部屋で、窓の外の二つの月を眺めながら、アノンはそんなことを思った。
明日から、この異世界での生活が始まる。
そう考えると元々強かった好奇心が、むくむくと頭をもたげてきた。
アノンは、まだ見ぬ魔法の世界に胸をときめかせながら、目を閉じた。
ルイズは得意げに指を立てて言ったが、アノンはそれを華麗にスルーした。
「でも、使い魔ってなにすればいいの?」
「…っ! ま、まあいいわ。無知な使い魔に、ご主人様が教えてあげる」
コホン、と小さく咳払いして、ルイズは説明を始める。
「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」
「どういうこと?」
「使い魔が見たものは、主人も見ることができるのよ」
「ふーん」
「でも、あんたじゃ無理みたいね。私、何にも見えないもん!」
「キミついてないね」
「…それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」
「秘薬……。それ、どういうものなんだい?」
「特定の魔法を使うときに使用する触媒よ。あんたの治療にも使ったわね。具体的には、硫黄とか、コケとか……」
「それくらいなら、なんとかなるかな」
「あんたできるの? 秘薬の存在すら知らなかったのに」
「硫黄やコケは見たことあるよ。あ、でもこの辺りの地理とか知らないから、やっぱり無理だね」
「最初ッから期待してないわよ!」
ルイズは苛立たしげに言葉を続けた。
「そして、これが一番なんだけど……、使い魔は、主人を守る存在でもあるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目! ……あんた強いの?」
「そんな、ボクなんてまだまだだよ」
アノンはそう答えたが、実際は彼は、天界人の神器にも匹敵する戦闘力を持つ、“超身体能力”を備えた地獄人であり、“天才”にして“最強の能力者”と呼ばれた十ツ星天界人、ロベルト・ハイドンを地力で上回る。
彼はそれだけの力を持ちながら、自分の力に自信を持たず、それ故に己を鍛え続けることをやめない“天才”だった。
だが、ルイズはそんなことなど知らないし、会っていきなり重傷でぶっ倒れた相手を、強いと思えるはずもなかった。
大きくため息をつく。
「でしょうね。強い幻獣だったら、並大抵の敵には負けないけど、あんたはカラスにも負けそうだわ。だから、あんたにできそうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」
「それ、使い魔って言うのかい?」
「しょうがないじゃない。あんたに任せられそうなことって、それくらいだもの。まあ衣食住の面倒くらいは見てあげるから、しっかりやりなさい」
そう言って、ルイズはあくびをした。
「さてと、しゃべったら、眠くなっちゃったわ」
「ボクが寝る場所は?」
ルイズは、部屋の隅を指差した。
そこには藁が敷かれた、動物の寝床のようなものがあった。
「ボク、犬じゃないんだけど」
「しかたないでしょ。人間が召喚されるなんて、思ってなかったんだから」
それからルイズは、服を脱いでネグリジェに着替えると、脱いだばかりの下着をアノンに放った。
アノンは飛んできた下着を、器用にキャッチする。
「それ、明日洗濯しときなさい」
それだけ言うと、ルイズはアノンに毛布を投げてよこし、ベッドにもぐりこんだ。
アノンも毛布に包まって横になると、ぱちんと指を弾く音が聞こえ、部屋の灯りが消えた。
(へぇ、音に反応するランプか。いや、アレも魔法なのかな?)
夜の帳が下りた部屋で、窓の外の二つの月を眺めながら、アノンはそんなことを思った。
明日から、この異世界での生活が始まる。
そう考えると元々強かった好奇心が、むくむくと頭をもたげてきた。
アノンは、まだ見ぬ魔法の世界に胸をときめかせながら、目を閉じた。