あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Bullet Servants-10





「あんの、クソジジイ…………!」


――憤懣やるかたなさに、思わず口から“普段は隠している”毒が吹きこぼれる。
だが、わたしに限らず女だったら誰でもこの台詞は吐きたくなるだろう、特にわたしのような職場では。
給金は確かに悪くはないが――正直、こうでもしなければやっていられない。


『活動休止中』に食いつなぐためとはいえ、ウェイトレスのアルバイトをしていたある日。
お尻を撫でられて怒鳴り散らしたくなったのを必死に押し殺し、営業スマイルでやんわりと注意をした矢先――

『わしのところで働かんかね。ここよりは給金も高く出すよ?』

正直、あんな助平爺の下で働くのは業腹だったが――
天下のトリステイン魔法学院の学院長秘書という職場の魅力は、無視するには魅力的過ぎた。
給料も市井の飲み屋など問題になるまいし、なにより――“あれ”に近づくにはうってつけだったからだ。
それに……“本業の収益”どころか、“副業”の日々の稼ぎからすら『仕送り代金』を捻出できそうという点でも。
自分がメイジであるという事実も、就職条件としてプラスに働くだろうという打算もあり、その好条件に一も二もなく飛びついた。
だが――――

「まさか、ネズミにやらせるなんて……!」

――スカートの中を“使い魔に出歯亀させて”楽しむとは、実にやってくれる……!
こんな使い魔のゲスな使い方してる老人が、この国最高クラスのメイジだというのは、正直信じられないというか信じたくないというか。
先述の『職場選びの条件』がなければ、さっさと鉄拳という名の辞表を叩きつけてお暇してる所なのだが――

「……それができれば、苦労しないんだけどねぇ」

目的達成の前に立ちはばかる『壁』が、それを許さない。
何より、郷里に残してきた子達への仕送りも考えれば――――
……いや、やめよう。きりがない。

「それにしてもだんだん手口が巧妙になるね、ホント。今度から猫いらずでも持ち歩こうかね――――?」

……あー、思い出してるとまた腹立ってきた。
肩を怒らせながら、大股でずんずんと廊下を歩き続けて。
回想から現実に戻ってきた矢先、進行方向――――――おおよそ10メイル先の廊下に、人影を見つけた。
……待て、『見つけた』?

(ヤバい、見られた……!?)

その事実に気づき、慌てふためく。
『本業』はさておき――この学院でも、『物静かな美人秘書』というキャラクターで通してきたのだ。
こんなはしたない姿、見られたらいままでのイメージ的にも、やはり女として羞恥心というものが――――って、あれ?

「……この学院に、あんなのいたっけ?」

見慣れない容貌だった。
わたしもここに就職してからそれほど長くはないが――それを差し引いても。
この学院の生徒ではない。生徒達はいまは授業中だ。
サボリにしても、こんなところをほっつき歩いては居まい。
かといってここの使用人にしては、かっちりと決まりすぎた上下の執事服。
くすんだ金髪に、眼鏡をかけた、線の細い優男――――って、あれ?

「……すみません、そこのあなた?」

“ごく最近あった出来事”が、ふと脳裏に引っかかるが――ともかくいまは難癖でもなんでもいい、なかったことにしてしまわねば。
違和感を押し流すように、わたしはその見覚えのない使用人(仮)に、声をかけていた――――。




「この世界の人々のエルフに対する感情が、ここまで酷いものとは……」

授業中の、歩く者がほとんどいない静かな学院の、石造りの廊下。
げんなりとした疲労感に肩を落としつつ、こつりこつりと靴音を響かせ、歩く。

「……っていうか、あの女が特に臆病なだけかもしれないけどね。
 私に言わせれば――正直さっきの黒髪のメイドより、ずっと大袈裟だったわよアレ」
「確かにそうかもしれません。しかし……」

不平たらたらで抗議するルイズ様を宥める事、およそ一分半。
結局我々はまた、教室からの退出を選択することとなった。
相変わらず彼女のその気持ちは、悪い気はしなかったが――あのままでは事態は進展しないし、立場も悪くなる一方だ。
先刻と同じく、私とルダも承知の上で取った行動なのだが……かといって気分がよくなるというものでもなく。

「リック? あのメイドのときや食堂での悶着の後にも私、言ったはずよ。
 たかだかこの手の話の一回や二回で凹んでるようじゃ、神経がいくつあっても足りないって」
「分かってます……はぁ」
「やれやれ……ね。しかしこれだと本当に、あんたの精神状態以外でも、先が思いやられるわ」
「そこはこれから、折り合いをつける方向を模索せねばならないのでしょうが……」
「何よ、存外分かってるんじゃない。
 で、また手持ち無沙汰になったけど…………どうする?」
「そうですね……」

また外に出て、この学院の地理や、この学院の魔法使いたちの使役する使い魔。
ひいてはこのハルケギニアに生きるモンスターのことを把握しなおすのも、悪い話ではないかもしれない。
先刻のあの青い鱗の竜、ないしはその主などに出会えれば、聞きたいこともある分、最良なのだが――



「……すみません、そこのあなた?」
「――はい?」

掛けられた声に思索を打ち切られ、ふと顔を上げ……そこで、耳に届いた女の声が、ルダのものでないことに気づく。
我に返り、目の前に意識を戻した先には――おおよそ10モール弱の距離から歩み寄ってくる、ローブ姿の女性。

「あまり見かけない顔ですけど……こんなところで何をやっているのです?」

そわそわした様子で、長い緑の長髪を指で梳きつつ、こちらに近付いてくる眼鏡の女性。

「掃除や庭の手入れなら、今度の虚無の曜日にとお願いしたはずで…………って、あら?
 あなた、その顔――――」

その服装から、彼女も魔法使いなのだろうか――と思ったところで、先刻の騒ぎを思い出す。
見れば彼女も、私の顔を間近で見て、何かに気づいたようだ。
……彼女もまた、さっきの教師やシエスタさんのように大騒ぎするのだろうか?
もうそろそろ勘弁して欲しいと心の隅で思いつつ、この状況を切り抜ける方法を考えて――――

「あ……いえ、その、私は……」
「執事服を着込んでて…………眼鏡をかけた、金髪のエルフ……!
 もしかして――――あなた確か、ミス・ヴァリエールが召喚したという使い魔の?」
「はい?」

恒例となった『私の自己紹介』が、先に彼女の口から告げられたことに、呆気に取られる。


「え、ええ……そうですが、貴女は?」
「……え!? あ、ああ……すみません、申し遅れました。
 このトリステイン魔法学院の学院長秘書をしております――ロングビルと申します」
「フォルテンマイヤー家執事、リック・アロースミスです。
 既にご存知かとは思われますが――今は私を召喚したルイズ・ヴァリエール様の使い魔をやっております」
「……フォルテン…マイヤー家? 執事……?」
「ま、まあその辺の話は、また機会があればと言うことで。それはそうと――」
「? ……どうか、しましたか?」

私の自己紹介に、首を傾げる女秘書にお茶を濁しつつ――そこでふと、先刻までと違う、“新鮮な違和感”が口をつく。
どちらかというと、キュルケ様のときに感じたのと近しいものだが――

「……あまり、驚かれないのですね。私を見ても」
「いちおう、生徒の召喚した使い魔については、学院側としても報告は受けて把握しておりますので。
 それに――――なんというか、その……見慣れて、ますので」
「見慣れて……いる?」
「……あまり、社会的に大きな声では言えないのですが。
 実を言うと―― 子供の頃、身近にエルフの知り合いがおりましたので」
「……エルフの?」

この世界でのエルフという種族の忌避されっぷりは、ルイズ様の話や先刻までの体験で痛いほど知っている。
そんな種族の者と、近しいところで育ってきたという事は――

「あの……ミス・ロングビル。あなたは――」
「……忘れていただいて結構ですわ。
 それはそうと、貴方……ミスタ・アロースミスで、宜しかったかしら。
 あなたの方こそ――――エルフだというのに、人間に、忌避感を感じておられないのですか?」

不思議そうに、どこか少しばかりおずおずと、女秘書が尋ねてくる。
あまりよく分からないが――――恐らくこれも、このハルケギニアの世情によるものなのだろうか。

「実を言うと……あまりこの地の方々には理解されてないようですが、私は、ハーフエルフです。
 やれエルフだ、それ人間だという話であれば――私は、どちらでもあってどちらでもありませんので」
「え!? ……あなた、も……?」
「それに、もしかしたら信じて頂けないかも知れませんが……
 私の暮らしていた地では社会的にも、人間とそれ以外の種族間にも、この地ほど酷い隔たりはありませんでしたから」
「……!」

『嘘!?』とでも言いたげな表情で、目を丸くするミス・ロングビル。
彼女の混乱をほぐすような意味合いも込め、少しばかりの悪戯心も含有して、微笑みながら一言付け加える。

「あとは――――先刻も申し上げましたが、一応私も、執事を生業としている身。
 人付き合いに嫌悪感をいちいち露わにしているようでは、バトラーという職業は勤まりませんので」
「は、はぁ……」

少し困惑したような表情で、相槌を打つミス・ロングビル。
相変わらずぎこちなさは抜けないものの――少なくとも会話の重さは、幾分は払拭できたと見るべきだろうか。



「……羨ましい」



「え?」

ぽつりと、そんな声が耳に届いた――気がした。

「……あの、ミス・ロングビル。何か?」
「い、いえ……何でも、ありませんの……!
 それはそうと一応あなたは、あの『ゼロの』……」

ふと我に返ったような表情で、ぱたぱたと手を振る女秘書。
話題を切り替えようと、慌てて言葉を次いで――――ん?

「……ゼロ?」
「あ――ご、ごほん!
 失礼……ミス・ヴァリエールの使い魔なのでしょう? それがなぜ、このようなところに?」

これまた慌てた様子で、咳払いした後――何故ここにいるのかを私に問いかけるミス・ロングビル。

「……ええ、実は――――」


――あまり気分のいい話ではないが、先刻の騒動をかいつまんで、彼女に伝えることにした。




「そう、だったのですか……」
「ええ……私としてもなんと言ったものか……恐縮の限りですが」
「……いくら、始祖ブリミルの伝承とはいえ……。
 やはりどこでも、『エルフ』はこのような扱いを受けねばならないのかしら……」

どこか、ここではない遠くの地を見るような表情で、ミス・ロングビルが呟く。

「あの、失礼ですが……ミス・ロングビル。
 もしかして、先刻仰っていた、貴女の知り合いのエルフの方というのも……」
「ええ、まぁ……詳細はあなたのご想像にお任せいたしますわ、ミスタ・アロースミス。
 ただ――」
「ただ?」
「……この『わたしの知り合い』の一件、どうか内密にお願いできないでしょうか?
 わたしも少ししゃべりすぎたかとは思っておりますが……そこは、あなたというハーフエルフを見込んでお願いします。
 ミスタも同族で、かつ、貴族の使い魔などという立場なら、察していただけるかと思いますが――」

それまでの『堅さ』とは一風変わった――――どこか懇願じみた真剣な様子で、私に頼み込むミス・ロングビル。
彼女の身の上を聞いてしまったことでもあるし……
何より『同病相哀れむ』ではないが、私も立場が立場だ。断る話でもないだろう。

「――ええ、承りました。
 実を言うと、私も召喚されてからここまでの間で――いかにこの地の『エルフ』への風当たりが強いものか、痛感いたしましたので。
 今日この場でのお話は、私と貴女のみの秘密ということにしておきましょうか」
「……ありがとうございます」

私の返答に、胸をなでおろす女秘書。
彼女が安堵したところで、もう一言質問してみる。

「ところでミス・ロングビル。少し伺いたいことがあるのですが――よろしいですか?」
「わたしに答えられる事でしたら。何でしょうか?」
「ええ、その――――私がお仕えしている、ルイズ様についてのことです」
「ミス・ヴァリエールの? どういうことですか?」

怪訝な表情で返事が返ってくる。
より主に近い存在であるはずの使い魔が、何故他人に――といったところだろうか。

「本来、彼女に直に仕えている私が訊くべきことでもないのかもしれませんが……
 なにぶん私は、召喚されたばかりですので、昨日今日の間柄でしかない彼女のことを殆ど知らない。
 何より私は、そもそもこのハルケギニアの者ではありませんから」
「……え?」
「ですので――せめて契約した方のことぐらいは、把握しておきたいのです。
 それに、召喚されてからここまでの間で――ひとつ彼女に関して、気になることもありましたので」
「はぁ……まぁ、お話は分かりました。
 それで、ミスタ・アロースミス。 具体的には何を?」
「ルイズ様の、二つ名の事です」

先刻から引っかかっていた疑問を、口に出す。

「二つ名? なぜそんなことを?」
「ええ。実を言うとここまでの間にこの学院の魔法使いを、ルイズ様を含め何人か見てきたのですが……
 中には『微熱』や『赤土』などという二つ名を持ち合わせた方もおられました」
「はい。で、それが?」
「そこなのですが――二つ名には、その名の持ち主の特徴が現れているものだというのは、お分かりですね?」

例えば、『微熱』を名乗ったキュルケ様は――その性格や、使い魔などから、なんとなく連想できなくもない。
先刻の教室で授業を行おうとしていたあの女魔法使いにしても、土系統の魔法の授業で『赤土』というのは、妥当なイメージである。
だが――翻って、彼女はどうなのだろうか?

「召喚された際や、先刻の教室などでも幾度か耳にしたのですが――
 ルイズ様は、『ゼロのルイズ』と周囲の者に呼ばれていました。
 主のことについて、こういうので疑問を抱くのも、野暮な話かもしれませんが……
 その二つ名の『ゼロ』のイメージが、どう彼女と結びつくのか、腑に落ちなかったものでして」

付け加えて言うなら、その『ゼロ』という二つ名のイメージそのものについても、だ。
彼女をそう呼ぶ者は、皆、そのときに大なり小なり侮蔑的なニュアンスを含めていたように思われるし――
ルイズ様自身も、そう呼ばれるのをあまり快く思っていないようだった。

……自分でも、少し考えすぎかとは思ったが。
これも我が本来の主――セルマお嬢様。
あの“ミスティック・ワンの継承者たるドラゴニュートの少女に”、十年以上前から仕えている故のことなのだろうか――――。




「……はぁ」

ため息が漏れる。
さっきまでの騒ぎの“元凶”――わたしの使い魔たるハーフエルフの執事が出て行ってから。
恐慌状態に陥っていたミセス・シュヴルーズもどうにか持ち直し――授業はつつがなく再開。


「――と、いうことなのです。
 このように『土』系統の魔法は、農業、工業、産業などに密接に絡む、我々の生活においても重要な位置を――」
「…………」

――さっきまでのあの怯えっぷりも、どこ吹く風、か……現金な。

板書に身振り手振りを交えた、精力的な説明。
ごくごく作業的に、講義内容をノートに書きとめつつ――半ば八つ当たりじみたことを考える。
適度な私語(ただし目立ちすぎた者は、容赦なく赤土で口を塞がれるが)のざわめきに、過不足ない魔法の座学。
さっきまで非日常の真っただ中に在った教室は見事に、日常の姿を取り戻していた。

「……なんでよ」

――そう、わたしことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールにとって、“面白くない日常”へと。


「イル・アース・デル……!」
「ゴ……ゴールドですか、ミセス・シュヴルーズ!?」


ミセス・シュヴルーズが『錬金』の魔法で、教卓に置かれた黒い石ころを黄金色に変えてみせる。
わたしの隣でキュルケが、それに大仰に驚くが――――
いつもに比べてどうにもテンションが上がらぬせいか……喧しい、とも感じなかった。

大型過ぎて教室に入らないものを召喚した奴は例外としても、
そのほとんどが、使い魔連れで授業を受けている生徒たちの中――
たった一人だけ、“あんな形で”使い魔を追い出されたのも、もしかしたらその一因なのかもしれない。
……それにしても、やはり胸の奥のモヤモヤは晴れない。


「なんで、このわたしが、こんなことで……」

面白くないといえば――――わたし自身もだ。
逆に考えてみれば、いつもの面白くもない日常に戻っただけだというのに……
た……たかが、エルフとはいえ、使い魔が一人教室の外に追いやられただけで、
何でこんなにモヤモヤしなければならないんだろう……?


「ミス・ヴァリエール。聞いているのですか?」
「ルイズ? ちょっと、ルイズ?」
「そうよ。このルイズさまが、なんであんなやつの事で……!
 そ、そりゃエルフかもしれないけどハーフだし、腰低いし、メガネだし、魔法使えないし……」
「ああもう……! こら、ルイズってば!」 
「……あ!?」

さっきから耳元でうるさかったキュルケが、バンバンとわたしの肩を叩いていた。
……新手のいやがらせかしら、この女は……!

「……ちょっと、あによ?」
「あによ、じゃないわよ。あんたさっきから先生に声かけられてたの、気づいてないの?」
「……へ?」

その声に我に返り――――続いてキュルケの言葉の内容を理解して、さっと青ざめる。
わ、わたしとしたことが……!
見ればミセス・シュヴルーズが、不満げな、かといって強く言っていいものかどうか迷っているような、微妙な表情でこっちを見ていた。

「あの……ミス・ヴァリエール?
 疲れているのは色々察しますけど、それでも授業の間ぐらいは、ちゃんと集中してないと……」
「あ、あの……す、すみません!」

……ただただ、恥じ入りながら頭を下げ続ける。
なんだかんだ言っても、やはりボーっとしていたのはよろしくないだろう。
今までこんなことなかったのに……ああもう。これもあいつのせいよきっと。

「と……とりあえず、わかればよろしい。
 けどさすがに、このままというのも据わりが悪いし……ああ、ちょうどいいですわね。
 ミス・ヴァリエール? いまの分の埋め合わせもかねて、あなたには『錬金』の実習をやってもらおうかしら」
「わ……わたしが、ですか?」
「ええ、そうですけど……何か?」

そのやり取りが交わされた、次の瞬間――



『ええええええぇぇぇえええぇえぇぇえええええええ!?』



バスもアルトもテノールもソプラノもごた混ぜの大合唱が、教室内に鳴り響いた。
引き続いて隣のキュルケが、がばっ、と立ち上がり――――『合唱団』の代表として、慌てて口を挟む。

「ちょ、ちょっと。ミセス・シュヴルーズ……!
 『錬金』の実習なら、このトライアングルのあたしがやらせていただきますわ!
 だから、その、ルイズに実習は……」
「あらミス・ツェルプストー、どうしてですか? もしかしたら、『錬金』が苦手とか言うのかもしれませんが……
 そこのミス・ヴァリエールは努力家だというのはわたしも聞いています。
 お友達をフォローしたいというのもあるのかもしれませんけど、それでも、彼女にそれに甘んじてもらっては――」
「ち、違うんです! だからこの子は――」

――横で聞いていて、カチンと来た。

いったい、“誰が”、“誰にフォローしてもらって”、“あまつさえそれに甘んじている”、ですって……?

こ、ここ、このわたしが。
あああ、あの、にに、ににににっくきツェルプストーなんかに……ッ!?

「……わかりました。 わたし、やります」
「ちょっ、ルイズ……!?」

横で必死な顔をして先生に抗議するキュルケをよそに、すっくと立ち上がり、表明する。

「よろしい。では、ちょっと前に出てきてもらえますか?」
「はい」
「お願い。やめて……!」

血相を変えて服の袖をつかもうとするキュルケをかわし、教壇まで歩いていく。
……ど、どど、どうせ、わたしが『ゼロ』だからって、また“いつもの事態になるのを恐れて”、そんなこと言ってるんでしょ?
で、でも、今日からは違うんだから。
わたしだって、(ハーフで魔法使えないけど)エ、エエエルフだって召喚できたのよ。
もう、昨日までのわたしなんかじゃない。
そ、そ、それを、証明して、やるんだから――――!




「ミス・ヴァリエールの二つ名、ですか……
 確かに彼女は、この学院の中でも、広くその二つ名で呼ばれていますが。
 ただ、その――」

その整った表情を曇らせ、言い淀むミス・ロングビル。

「どうしました?」
「いえ……わたしの口から学院の生徒をこういうのも少し、言いにくいのですが。
 彼女の――――ミス・ヴァリエールの、『ゼロ』という二つ名の由来は、」





――その時。
耳を痛めつけるかのような轟音とともに、大地が揺れた。




「あ……!」
「……!?」

否、これは地震などではない。
フォルテンマイヤー家の執事になる前、幼少の頃から何度となく聞いて来た、凶報を告げる音――

「爆発よ。それも、強烈な魔力によるものだわ」
「……っ!」

ルダの言葉が告げられると同時に、私は走り出していた。
音の聞こえてきた方角は、先刻退出した部屋――――ルイズ様が、授業を受けている教室。

「……あ!? ちょ、ちょっと、ミスタ……!」
「すみません、ミス・ロングビル。 お話はまたいずれ!」

少し悪い気もしたが、事態が事態である。
最後に何か言っていたようだが……否、今はルイズ様が優先だ。
唐突な行動に驚くミス・ロングビルに目礼で謝罪しつつ、私は教室への足を速めた。



――地響きとともに轟く爆発音を聞き、血相を変えて走り出す執事服のハーフエルフ。
そのみるみる小さくなっていく背中を見送りつつ――――緑髪の女秘書は呆れたような表情で、“素に戻って”ぽつりと呟く。

「またあの子か…………。
 いい加減聞き慣れたけど、相変わらずやかましい限りだね」

修繕費の計算で、また気苦労の種が増える事に、ため息をつきつつ。

「……それにしても、初対面の男にあれだけこぼしちまうなんて。
 いくらあの子と同じ種族で、身の上まで聞いちゃったとはいえ――――わたしも人恋しさから、ヤキがまわったのかしらねぇ」

“慌てた様子もなく”、彼女もまた地響きの震源たる場所へ、とぼとぼと歩いていく――――。



降って湧いた異常事態にざわめく思考を、慌てて整理しようと試みつつ、石造りの廊下を駆ける。

「一体、何が……?」
「私に聞かないでよ。いくらなんでも情報が足りなすぎるわ」

ルダの相槌を意識の端で聞きながら、思考する。

……聖導評議会か? まさか。ありえない。
ここは我々のいたゴルトロックではない。異世界ハルケギニアのトリステイン王国だ。
彼らの標的たる“末裔たる者(ミスティック・ワン)”は居ない――否、それ以前にまず、連中そのものがいるはずがない。

“執事としての職業病”か、条件反射的に脳裏に浮かんだキーワードを即時否定し――そこで、第二の可能性を考慮する。

では、単純にテロの可能性は?
ルイズ様の話では、この魔法学院で学ぶのは、もっぱら貴族の子弟ばかりだという。
ミスティック・ワンの邸宅でこそないが、テロリズムの標的としての価値は小さくはない筈である。
もしそうした賊が、あの教室で、ルイズ様たちを狙ったとしたら――――?

「……生命反応は!?」

ホルスターから抜き放ったルダに問いつつ、一直線に教室へ駆ける。

「今のところ特に変動はないようだけど――――
 って、ちょっと…………何よ、コレは?」

ルダの声に、奇妙な引っ掛かりが混じる。異変だろうか?
いずれにしろまず、教室の状況を確認しなければ…………!

「ちょっと待ちなさいリック! これって……!?」

なぜか引き止めるかのような魔銃の声――だがまずは、ルイズ様の安全確保が先だ。



「ルイズ様っ!!」


目の前に迫るドアを蹴り開け、教室へ突入する。
まず最初に視界に飛び込んできたのは、こちらを向いた、恐慌を起こした生徒達の瞳。

「う、わぁああああああぁぁあぁぁぁあ!!!?」
「なんてこった、エルフまで襲ってきたぁ!!?」
「もうおしまいだぁぁあああああああ!」
「ああああ、俺のラッキーがヘビに食われた、ラッキーがぁああ!」
「しゃぎゃぁぁあ!?」
「キャイン、キャインキャイン!」
「に、逃げろぁおあぁぁぁあ!? ひぃぃいいいいいぃぃいぃぃっ!!」
「ゼロのルイズ最悪ー! バカーっ!!」


生徒達の、そしてその使い魔たちの阿鼻叫喚が飛び交う。
まだ生々しくあちこちに飛び散る、破壊された机の残骸と思しき木片と、もうもうと立ち込める爆発煙。
逃げ惑い、我先にと教室から飛び出す生徒達を尻目に銃を構えつつ、賊とルイズ様を探す。

「ルイズ様、ご無事ですか!? ルイズ様!」
「ちょ、ちょっと…………いったいなにやってるのよあんたは!?」
「――は?」

今のは間違いなくルイズ様の声だ。
しかし、こんな状況だというのに、まるで慌てた様子がない……どういうことだ?



「……と、とんだ騎士様のご登場ね……?
 く、くく……!」

すぐ右手から聞こえてきた少女の声。
そちらに目をやると――――そこには机に突っ伏した状態で、引きつった笑みを浮かべるキュルケ様。
どういう……ことだ?

「ぷ、ぷふ……!
 あー、その……あなたのご主人様なら……あっちよ?」

状況をよくのみこめない私に、赤毛の少女がその手の指揮杖で、教壇側を指し示す。
よく見れば煙はあちらから立ち上り……そしてそこは、ルイズ様の声が聞こえてきた方角でもある。
しかし、まるで笑いをこらえるようにして――――この非常時に逃げもせず、一体何がおかしいというのだろうか?

「……一体、何がそんなにおかしいのですか?」
「い、いや、だってその、あなた……ぷっ……!」
「……?」

私が不快そうな表情を浮かべても、キュルケ様の笑みは変わらない。
徐々に、教壇から立ち上る煙が晴れていく。
そして、そこにあったのは――――



「…………は?」
「………………」

爆発でくしゃくしゃになった、ピンクの長髪。
全身煤だらけかつボロボロになった制服を纏い、不機嫌な表情で仁王立ちする少女――ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。
そして――その足元で同じく煤だらけになってのびている、中年の女魔法使い。
先刻の自己紹介によると――確か、ミセス・シュヴルーズ……だったか。


「あの……ルイズ様?
 これは―――― 一体、何がどうなっているのですか?」

全く以て状況がつかめないので、契約主の少女に問いかけてみる。


「失敗……しちゃった」
「は?」

その言葉だけでは、全く前後が繋がらず、困惑する私。
呆然と歩み寄る私に、ルイズ様は機嫌を損ねたらしく、赤面しつつ声を荒らげる。


「だから! 魔法……! 失敗しちゃったのよ、わたし!」
「え?」
「ぷ……ぶふっ、もうダメ! あははははははははははっ!」

我々の背後で爆笑するキュルケ様。



いや、その――魔法、の……失敗?
誰の?
ルイズ様の。

「…………」

腹に据えかねたかのような表情で、私を睨みつけるルイズ様。
いつぞやヴァレリア様の魔法修行中に、我が身(主に頭部)に襲い掛かった出来事がフィードバックされ――


「えぇぇぇえぇぇぇぇぇえええええぇぇえええっ!?」
「……だから待ちなさいって言ったのよ、お馬鹿」



ルダの容赦ないツッコミと――腹を抱えるキュルケ様の笑い声とともに。
私はようやく、自分がとことん道化であることを思い知るのであった。


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