あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

使い魔の達人-04


 トリステイン魔法学院、その図書館。食堂のある本塔の中に在り、見上げるばかりに大きな本棚が、壁際にずらりと並ぶ。
此処には、始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来、およそ六千年の歴史が、詰め込まれている。
 その中の、教師のみが閲覧を許される『フェニアのライブラリー』にて、昨日使い魔召喚の儀式でルイズらに立ち会っていた教師、コルベールが、浮遊の魔法を使い数々の書籍を漁っている。
 昨日、ルイズが召喚した少年の左手に刻まれたルーン。淡く光るそれが、気になって仕方なかったのだ。
それについて、何か記録がないか調査いるうちに、ここまで来てしまった次第である。
 黙々と続けるうち、コルベールはついに目的のものを探し当てた。
その書物には、ハルケギニアの文字で『始祖ブリミルの使い魔たち』と題されている。
書いて字のごとく、始祖ブリミルが使用した使い魔について記された古い書物である。
 その中に記された一説に、彼は目を見開き、自分のスケッチと見比べる。
 彼はあっ、と声にならない呻きを挙げた。浮遊の魔法『レビテーション』の集中が途切れ、床に落ちそうになる。
 降り立った途端、本を抱えると、慌てて床を走り出す。向かう先は、学院長室であった。


 使い魔の達人 第四話  使い魔カズキ


 本塔の最上階にある学院長室では、魔法学院の長を務めるオスマンが、秘書のロングビルに嗜好品の水ギセルを取り上げられていた。
雑務のほとんどはこの優秀な秘書が片付けるし、この見事な白髭を持つ老人に仕事が回ってくることはほとんどない。
要するに暇を持て余しており、日常でのささやかな楽しみすらも、健康上の理由から奪われる。
「のぅ、ミス。こういう平和な時間を如何に有意義に過ごすかが、今のわし等に与えられた重要な問題だと、わしは考えるのじゃが…」
 書き物を黙々と進めるロングビルの傍に立ち、諭すように言う。その顔に刻まれた幾多の皺が、彼の過ごしてきた歴史を物語っている。
百歳とも、三百歳とも言われ、その年齢は誰も知らない。本人すら知らないといわれるほど。
 そして、その口から放たれた言葉は、何よりも今、皆の生きるこの平和な一時を大事にしたいと、誰もが魂で理解するものであった。
「オールド・オスマン」
 理知的な女性。ロングビルは、羊皮紙の上を走らせる羽ペンから目を離さずに言った。
「なんじゃ?ミス…」
「暇だからといって、私のお尻を撫でるのはやめてください」
 オスマンは口を半開きにしたまま、よちよちと歩き始めた。
「都合が悪くなるとボケた振りをするのもやめてください」
 どこまでも冷静な声で、ロングビルが言った。オスマンはため息をついた。深く、苦悩が刻まれたため息であった。
「真実はどこにあるんじゃろうか。考えたことはあるかね?ミス…」
「少なくとも、私のスカートの中にはありませんので、机の下にネズミを忍ばせるのはやめてください」
 オスマンは顔を伏せると、どこまでも悲しそうな声で呟いた。
「モートソグニル」
 すると、ロングビルの机の下から、小さなハツカネズミが現れた。オスマンの足から肩までを駆け上がり、首を傾げる。
ポケットからナッツを取り出して見せてやると、ちゅう、と喜んだ。そのまま与えてやる。
「気を許せる友達はお前だけじゃ。モートソグニル」
 寂しい老人が呟く。ネズミはナッツを齧り終えるとちゅうちゅう、と鳴いた。
「そうかそうか、もっと欲しいか。よろしい。くれてやろう。だが、その前に報告じゃ。モートソグニル」
 ネズミが三度ちゅうと鳴くと、オスマンは機嫌良く頷き
「そうか、白か。純白か。うむ。しかし、ミス・ロングビルは黒に限る。そう思わんかね。可愛いモートソグニルや」
 そこでようやく、ロングビルの眉が動いた。
「オールド・オスマン」
「なんじゃね?」
「今度やったら、王室に報告します」
「カーッ!王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかーッ!」
 目を剥いて怒鳴るオスマン。とても百歳を超える老人とは思えぬ迫力である。
「下着を覗かれたくらいでカッカしなさんな!そんな風だから、婚期を逃すのじゃ。はぁ~。若返るのう。ミス…」
 オスマンは、ロングビルのお尻を堂々と撫で回し始めた。ロングビルは席を立ち、しかる後、無言で上司を蹴り回した。
「ごめん。やめて。痛い。もうしない。ほんとに」
 オスマンは、頭を抱えて蹲る。ロングビルはしかし、荒い息で美脚を振るい続けた。
「あだっ!年寄りを、きみ。そんな風に。こら!あいだっ!」
 ロングビルが内心だんだん楽しくなってきた、そんな平和な時間は、突然の闖入者によって破られた。
「オールド・オスマン!」
「なんじゃね?」
 ロングビルは、何事もなかったように机で書き物をしていた。
オスマンは、腕を後ろに組み、闖入者―ドアを勢いよく開けて飛び込んできたコルベールを迎え入れた。
「たた、大変です!」
「大変なことなど、ひとつもあるものか。すべては小事じゃ」
「ここ、これを見てください!」
 コルベールは、オスマンに先ほど読んでいた書物を手渡した。
「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。まーたこのような古臭い文献など漁りおって。
そんな暇があるのなら、たるんだ貴族たちから学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ。ミスタ……、なんだっけ?」
「コルベールです!お忘れですか!」
「そうそう、そんな名前だったな。どうも君は早口でいかんよ。で、コルベール君。この書物がどうしたのかね?」
「これも見てください!」
 コルベールは、カズキの手に現れたルーンのスケッチを手渡した。
 それを見た途端、オスマンの表情が変わった。目が光り、厳しい色になった。
「ミス・ロングビル。席を外しなさい」
 ロングビルは言われるままに立ち上がり、部屋を出て行く。その退室を見届けた後、オスマンは口を開いた。
「詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」
 ルイズとカズキは、荒れた教室の後片付けをしていた。
騒動の二時間ほど後、目を覚ましたシュヴルーズに教室の掃除を言い渡されたのだ。
罰として、魔法の使用は禁じられていたが、魔法をまともに使えぬルイズにはあまり意味のないことであった。
 言いつけられたのはルイズだが、カズキはルイズの使い魔なので、自然手伝うことになる。
他の生徒は手伝う素振りも見せず、出て行ってしまった。
 先ず、割れた窓ガラスや、机の破片を集めなければならない。主に下段に激しい損傷が見られるが、
他の段でも使い魔が暴れたために、ところどころ欠けたり汚れていた。カズキは箒を手に取り、上から掃いていく。
窓の外に飛び出た分は、教室の片付けが終わった後に回収することにした。
 ルイズは先ほどの騒ぎのままの身なりで、雑巾と水の入ったバケツを手に取ると、煤に塗れた机を拭い始める。煤自体は大分上の方まで来ていた。
 ルイズは、手を動かしながら、ちらりと下段のカズキを見る。黙々と自分の下の段で、箒をのたくたと動かしていた。
 あの騒動から二時間と少し。その間、カズキはほぼ無言だった。掃除を手伝わされていることを、ぶつくさ言う様子もない。
作業の打ち合わせで、二、三言葉を交わしただけであった。
「ねえ」
「ん、なに?」
 声をかけられたカズキは、ルイズにキョトンとした目を向けた。それがあまりに自然体すぎて、ルイズは思わず目を逸らした。
「…なんでもない」
 それきりルイズは黙ってしまった。カズキは疑問符を浮かべながら、しかし掃除を続けた。
 やがて破片やゴミもあらかた掃き終わると、次は窓や机を取り替えなくてはならない。
ルイズに場所を聞こうと近寄れば、ルイズは重たそうに口を開いた。
「…あんたも」
「?」
「あんたもどうせ、わたしのこと、バカにするんでしょ?」
「は?」 
 突然何事かと思い、間抜けな声を挙げる。しかしカズキは、ははぁと合点した。
ルイズは、自分にも笑われるのでは、と思ったのだろう。
「まさか」
「魔法ひとつ、満足に使えない『ゼロ』」
 カズキの言葉を遮り、ルイズはつらつらと言葉を放つ。
「…レビテーションも、アンロックも!発火だって爆発する『ゼロ』!」
 頭を振りながら自分の中で鬱屈したものを吐き出し始める。
一度決壊した其れは、自ら塞ぐ術を持たない。
「昨日あんたを喚び出す前だって、何度も何度も爆発したわ!
煙の中からあんたが出てきたときなんか、みんな今までで一番笑ってた!」
 昨日から幾度も目にした、皆からのルイズへの嘲笑。
 “今までで”
 ルイズはこれまでも、あのように笑われていたのだろうか。そしてその度に、肩を震わせていたのだろうか。
「それに今、錬金の魔法だって…あんたのとこの‘錬金術'の方が、きっといくらかマシに決まってるわ!
わたしはそれ以下!どう?これがあんたの知りたがってた『ゼロ』って二つ名の意味!
きっとあんたも、そんなわたしのこと、今も心の中でバカにしてたんでしょ!」
 カズキに指を突きつけ、目尻に涙を滲ませながら、悲痛な声でルイズが言い放つ。
 そんなルイズを見ながら、しばし間をおき、カズキは静かに言った。
「バカになんかしない」
 その言葉を真正面から受け、ルイズは一瞬怯むがしかし、尚も首を振って
「くっ、口でならなんとでも言えるわ!貴族だけじゃない。学院の平民だって、陰で笑ってるもの!
貴族のくせに、魔法一つ満足に使えないって!」
 カズキはシエスタを思い返した。今朝、何かを言い淀んだときの表情。なるほど、とカズキは思った。だが…
「オレは、笑わないよ」
 カズキは力強く断言した。
「…っ!なんで…?」
 ルイズはわけが判らなくなっていた。ルイズにとってカズキは使い魔。平民以下の扱いである。
そんな扱いをするに足る、資格が自分には要り、責任が自分には在る。
が、魔法を満足に使えぬルイズは、そのどちらも満たせていない。
唯一の成功は、サモン・サーヴァント、コントラクト・サーヴァントが一回ずつ。どちらも、目の前の少年が関する魔法だ。
 その成功例であるカズキは頭を掻きながら、困惑したように言う。
「なんでって…まずオレ、こっちの人間じゃないしなぁ」
 その言葉にルイズは、一瞬呆気にとられた顔になり、次いで顔を赤くして、更に落ち込んだ顔になった。
カズキにはこちらでの、貴族における魔法の重要性について、まるで理解がない。今更ながら、それに気付く。
けれど、それは今だけだ。今は笑わなくても、いずれは…それは、ルイズには余計に辛いことのように思えた。
「それに」
 そう一泊置いて、カズキは続ける。
「なぁ、ルイズ」
「…なによ。聞きたくないわ。黙りなさい」
 ルイズは顔を背けた。これ以上カズキの顔を見ていたくなかった。しかしカズキは続けた。
「ルイズは、あんな風に笑われて嬉しいのか?」
「黙りなさい」
「悔しいんだろ?オレだったら、悔しい。きっと悔しがると思う。だからオレは、ルイズを笑わない」
「っ…そんな同情、要らないわよ。使い魔のくせに、何様のつもり?」
 カズキを睨みつける。しかしカズキは怯む素振りも見せず
「何様だっていいだろ」
 そこで一つ呼吸を置いて、やはりカズキは続けた。
「…うん。正直オレ、ルイズにどうしていいのか、なにができるのか、わからない。
笑ったってルイズが傷つくだけだし。力になってあげたくても、魔法のことはオレにはわからない。
一緒に頑張ってあげたくても、オレにはたぶんそれができない。
…だから、とにかくオレは、ルイズを嘲笑(わら)うようなことだけは、絶対にしない」
 それがおそらく、今自分にできることだろうから。
 ルイズは目を見開いて、黙ってしまった。
 いったいなんなのだ、この少年は。同情にしたって、ここまでまっすぐ、面と向かって言われるのは初めてだ。
 生徒、教師、平民。この学院にいる、どんな人間とも違う、異世界から来た使い魔の少年。
 故郷の家族を思い浮かべる。何故だろう、どこか自分の一つ上の姉に似ている。そんな気がした。
 しばらく沈黙を続けた後、ルイズはそっぽを向いて口を開いた。
「しゅ、主人を笑わないなんて、使い魔として当然よ!そこはその、褒めてあげるわ!」
 紡がれた言葉に、カズキは口元を綻ばせた。恥ずかしがり屋なんだな。そう思った。
「まったく、時間を無駄にしちゃったわ。とっとと片付けるわよ!」
「ああ」
 カズキは替えの備品の場所を訊くと、机やガラスを交換していく。
 ルイズは無事な机を拭き終えると、やがてそれを手伝いだした。
「…そういえば」
 ふと、カズキが思い出したように言う。
「実はオレ、ルイズの爆発を見たとき、知り合いを思い出たんだ。で、ちょっと考え事してた」
 ルイズは眉をひそめた。だからずっと無言だったとでもいうのか。
「…なによそれ。貴族の失敗からなにかを連想するなんて、不敬にも程があるわよ、あんた」
「うん、ごめん。けど、ちょっとそいつの話になるんだけど…」
 思い出すのは、ある一人の、自分が一度殺した男。誰よりも生に執着し、誰よりも透明だった一人の男。そして――
「そいつは、ある不治の病気に冒されて、どの医者からも、もうどうしようもないと言われてたんだって。
けれどそいつは、諦めずに助かる道を探した。…結局そいつが選んだのは間違った道だったし、
その際悲しいことが起こった…けど、結果そいつは生き長らえたんだ」
 ルイズは一瞬、詰め寄りそうになるのをこらえた。脳裏には、やはり一つ上の姉が浮かんでいた。
「…ちょっとその話、詳しく聞きたいんだけれど、まぁいいわ。それで?」
「ん?…そいつに言われたことなんだけどね。なんだったっけな…
『選択肢は他人に与えられるものではなく、自分で作り出していくものだ』…だったかな」
 ――そして、自分との決着を、そのための選択肢を、最後まで諦めなかった男。
「…で?」
「で、ルイズの爆発からその言葉を思い出して、オレもただ化物になるのを待つんじゃなく、もうちょっと。
あと数日間だけど…やっぱり足掻いてみようかなって、そう思っただけ。で、そう。ルイズもまぁ、諦めず頑張れってことで」
 ルイズは呆れた。とことん呆れた。なんかついでに励まされたことに、むしろ怒りも沸く。
「はぁ、なに?わたしが嫌いな魔法の失敗が、随分と遠回りにあんたの励みになっちゃったわけ?
そもそも、なんで爆発がそこへ繋がるのかわかんないんだけど」
「まぁ、そいつも爆発を使うやつだったからね」
「へぇ…って、あんたんとこ、魔法ないんでしょ?なに、爆弾魔なの?」
「あぁいや、そういう‘錬金術'の‘力'を持ってるってだけ。なんだっけ、黒色火薬?」
「ふーん。‘錬金術’ねぇ…ち、ちなみに、どうやってそいつはその、病気から治ったの?」
 適当な相槌の後、気になる方向へ話をずらす。ルイズにとって、今一番気になるのはこの件である。
 カズキはルイズを見ると、言いにくそうに返す。
「…ホムンクルス。人食いの化物になったんだ」
 あの夜の惨劇が浮かぶ。一夜にして二十人が消えたあの夜。偽善者と言われ始めた、あの夜。
 ルイズは衝撃を受けた。人を捨てることで、命を永らえる。そんな外法が在って良いものか。
カズキの話を疑うわけではないが、信じられるものではない。
「…っ!そ、そう。で、あんたももうすぐ、それになると。どうするの?」
「いや、それがさっぱり」
 両の手を掲げて、苦笑する。そもそも考えることは苦手な人間だ。
「あんたね…ったく、そんな無責任なこと言ったやつの顔が見たいわ」
 カズキはどこからか折りたたんだ画用紙を取り出し、広げた。かつて斗貴子と、彼の男を捜すために作った似顔絵である。
大きな蝶の仮面がやたらと印象的な、凛々しい男の顔がそこにあった。
「こんなヤツ」
「それヘンタイよ!」
「そうかなぁ。マスクだけなら結構オシャレじゃない?」
「あんたのオシャレ、間違ってるわ!」
 妹に続きルイズにも指摘され、カズキは首を傾げた。
 そうこうしていると、昼休みの時間になってしまった。授業終了を告げる鐘が鳴り響く。
「わ。もうこんな時間じゃない。どうしよう、まだ終わりそうにないわ」
 教室を見渡せば、窓の交換が終わる頃だ。が、見れば床や壁にも煤が目立つ。
 それに、終わってもルイズは一度部屋へ着替えに戻らなくてはならない。
流石にあちこち破れた今の姿で食堂へ赴くのは勘弁したい。
「良いよ、あとやっとくから。先行きなよ」
 カズキは残りをあっさり請け負った。ルイズは思わず尋ねてしまう。
「良いの?」
 問われると、なにやらポーズを取りながら自信満々に宣言した。
「大丈夫!何を隠そう、オレは掃除の達人!」
 にっこり笑うカズキ。よくわからないが、任せてもよさそうだ。
「そ、そう。それじゃ、頼んだわね」
 ルイズが教室から出て行くと、カズキはよし、と一つ頷いて、残りの作業に取り掛かった。

 机を替え、窓を替え、煤だらけの教室を拭い、ゴミを片付けて、ようやく掃除は終わった。
 カズキは食堂へ向かい、ルイズを探した。貴族の連中が何人かこちらに視線を送ってくるが、一言二言ひそひそと言葉を交わすと興味がなくなったのか見てこなくなった。
 ルイズを見つければ、着替えも済んだのか食事を取っていた。そちらへ向かう。
「お待たへー。あっちは終わったよ」
「ご苦労さま」
「で、オレの昼食は?」
 ルイズは視線を下げる。そこにあるのは朝と同じメニューだった。みるみるカズキの顔に落胆の色が混じる。
「なによ。わたしも来たら、もう用意されてたんだもの。無駄にできないでしょ?」
 あのやり取りの後にこれである。流石にルイズにしても、人間として、いやさいち貴族として、それはどうか、と思い始める。
「で、でも。主人を気遣う使い魔に対して、思うところがないわけでもないのよ?
…その、次からはもうちょっとマシなのにしてあげるから、今は我慢なさい」
 カズキは顔を明るくした。ころころ表情の変わる使い魔だ。ルイズは思った。
 二人が食事を取っていると、既に他の生徒は食後のデザートの頃合のようだ。給仕がトレイを持って近くを通りかかった。
 それを見たルイズは、何事か思いついたのか、声をかけた。
「ちょっと、そこのあなた」
「は、はい!?」
 呼ばれた給仕は、突然声をかけられて驚いたようだ。拍子にトレイ上のケーキを溢しそうになったが、なんとか留まった。
 応えた給仕はシエスタであった。なにか粗相をしただろうかと、びくびくしながらルイズを伺った。
「な、なんでしょうか。貴族様」
「こいつに、あなたたちの賄いで良いから少し与えてくれないかしら。
言っておいてなんだけど、この量はちょっとこいつには足りないみたいなの。
今後も、そうね。もう少し量を増やしてお願いできるかしら。裁量は任せるわ」
 カズキを親指で示しながら、シエスタにそう頼む。カズキはルイズを見上げて
「良いの?」
「良いわよ。とっととそれだけ食べたら、厨房にでも行ってらっしゃい」
 もともと、主人と使い魔という絶対的な主従関係を意識させるための一環である。が、それは今は不要と考えたのだ。
あまり意識してる態度は見られないが、先ほどの一件はルイズの考えを改めさせるには足りたようだ。
「畏まりました、以後その様に」
「…ありがとう、ルイズ」
「な、なによ。主人が使い魔のことを考える。当然でしょ」
 気恥ずかしそうに、ルイズ。カズキは笑った。シエスタも、使い魔の少年のことを気にしていたのか。安心したように微笑んだ。
「それでは、厨房に向かいましょうか。コック長に話を通さないと…あぁでも、まだ配膳の途中でしたわ」
「あ、じゃあそれはオレがやるよ。シエスタさんはその、よろしくお願いします」
 カズキは立ち上がり一礼すると、手を差し出した。
「まぁ、悪いですわ」
「まぁまぁ、任せて。何を隠そう、オレは配膳の達人だから!」
「あんた、そればっかりね」
 ルイズが呆れた調子で笑った。言外に黙認した様子。
シエスタも少し迷ったが、ではお願いしますとトレイを渡すと、厨房へと向かった。
「そういえばあんた、あの平民の名前知ってたわね。いつの間に仲良くなったの?」
 同じような黒髪だからすぐ仲良くなったのだろうか?そんな風に考えたルイズにカズキは神妙な面持ちで
「それは秘密」
「なんでよ」
「その方がカッコいいから――!」
 ルイズは呆れた。なによ、どうせ大したことでもないんでしょうに。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
 カズキはそう言うと、次々とケーキを配っていった。なかなか様になっていた。
「…っていうか、なんであのメイドやツェルプストーはさん付けで、あたしは呼び捨てなわけ!?」
 今頃ルイズは怒り出した。ケーキを怒り任せに口に放る。甘くて美味しかった。

「なあ、ギーシュ!お前、今誰とつきあっているんだよ!」
「誰が恋人なんだ?ギーシュ!」
 テーブルの一角で、数人の貴族が談話していた。一人を囲み、何事か冷やかし混じりに問い詰めている様子。
 話題の中心らしき彼は、金髪の巻き髪に、フリルの着いたシャツを着た、気障なメイジだった。バラをシャツのポケットに挿している。
 そんなギーシュと呼ばれたメイジの身なりに、カズキは教室で話題に上った男をふと思い出す。
曰く、‘このまま舞踏会に駆けつけられる程素敵な一張羅’だったか。あれに負けず劣らずな装いだと思った。
 するとギーシュは、すっと唇の前に指を立てた。
「付き合う?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
 自分を薔薇に例えている。随分な自信家のようだ。顔立ちは悪くないし、その自信にも、頷けるものがあるが。
 そんな風に考えたカズキの視界で、ギーシュのポケットから何かがこぼれるのが見えた。
見ると、ガラスでできた小壜だ。中で紫色の液体が揺れている。
 何気なく拾えば、ギーシュに話しかける。
「キミ、落し物だよ」
 しかし、ギーシュは振り向かない。話に夢中なのだろうか?
ならば仕方ないと判断し、そのうち気付くだろうと、テーブルに置いておく。
しかしギーシュは、苦々しげにカズキを見つめると、小瓶を押しやった。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
 ギーシュの友人たちが、その小壜の出所に気付いたのか。大声で騒ぎ始めた。
「おお?その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは、つまりお前は今、モンモランシーと付き合っている。そうだな?」
 突如始まった推理ショー。犯人はお前だ。追い詰められたギーシュは、しかし弁解を始めた。
「違う。いいかい?彼女の名誉のために言っておくが…」
 始めたところで、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かって歩いてきた。
 栗色の髪をした、可愛い少女だった。茶色のマント…一年生だろうか。
「ギーシュさま……」
 そして、ボロボロと泣きはじめる。
「やはり、ミス・モンモランシと……」
「彼らは誤解しているんだ。ケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは、君だけ……」
 しかし、ケティと呼ばれた少女は、思いっきりギーシュの顔を引っ叩いた。
「その香水があなたのポケットから出てきたことが何よりの証拠ですわ!さようなら!」
 すると、遠くの席から見事な巻き髪の女の子が立ち上がった。カズキはその子に見覚えがあった。
確か、カズキがこの世界に呼び出されたときに、ルイズと口論していた子だ。
 いかめしい顔つきで、かつかつかつとギーシュの席までやってきた。
「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」
 首を振りながら言うギーシュ。冷静な態度を装うが、冷や汗が一滴、額を伝っていた。
「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?」
「お願いだよ。『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りで歪ませないでくれよ。
僕まで悲しくなるじゃないか」
 モンモランシーは、テーブルに置かれたワインの壜を掴むと、中身をぼどぼどギーシュの頭の上からかけた。そして……
「うそつき!」
 そう怒鳴ると、去っていった。
 沈黙が流れた。
 ギーシュはハンカチを取り出すと、ゆっくりと顔を拭いた。そして、首を振りながら芝居がかった仕草で言った。
「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
 すっかり傍観していたカズキは、あれだけの修羅場の後にそんな態度を取れるギーシュに、どこか感心した。
そして、これ以上は当人の問題だろうと、その場を離れようとしたが…
「さて…待ちたまえ」
 ギーシュの声。どうやら自分を呼び止めているようだ。振り返ると、ちょうどギーシュが椅子の上で身体を回転させ、すさっと足を組んだところだ。仕草は決まっているが、さっきの修羅場で印象が良くないなとカズキは思った。
「君が軽率に、香水の壜なんか拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
「え、オレ?」
 自分を指差し、カズキは素っ頓狂な声をあげた。いやいや、確かに軽い気持ちで小壜は拾ったけれど。
「そう、君だ」
 真犯人はお前だ、と断言するように、ギーシュも念を押す。
が、流石に小壜を拾ったぐらいで言いがかりをつけられてはたまらない。カズキはギーシュの目を見て
「いやその、言いにくいんだけどさ。女の子に二股してたキミが悪いんじゃない?」
 周りの友人たちが、どっと笑った。
「そのとおりだギーシュ!お前が悪い!」
 ギーシュの顔に、さっと赤みが差した。
「いいかい?給仕君。僕は君が香水の壜をテーブルに置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。
話を合わせるぐらいの気転があってもよいだろう?」
「って言われてもなぁ。二股っていつまでも隠し通せるもんでもないだろうし」
 カズキは頭を掻いて、無茶苦茶言う奴だと思った。ひょっとして、こっちの貴族は初対面の人間にはみんなこうなんだろうか。
「ふん……。ああ、君は…」
 ギーシュは、バカにしたように鼻を鳴らした。
「確か、あのゼロのルイズが呼び出した平民だったな。平民に貴族の気転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」
 カズキは眉を顰めた。が、すぐに自然な態度で
「別に良いけどさ。キミも、あの二人にちゃんと謝っときなよ。特に、泣いてた子の方」
 女の子を泣かせたのはギーシュの責任。慰めないといけないからと、つい善意からの助言をした、のがまずかった。
周りがまた笑うのに、ギーシュは気を悪くしたのか。
「君に言われるようなことじゃない。というか君、今ひとつ貴族に対する礼を知らないようだな」
「まぁ、貴族のいない世界から来たからね」
「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうど良い腹ごなしだ」
 ギーシュは立ち上がった。カズキは頭上に疑問符を浮かべた。なんだ?何を始めるつもりなんだ?
「貴族の食卓を平民の血で汚すわけにもいかないな。ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終わったら、来たまえ」
 そうカズキに告げて食堂を後にする。ギーシュの友人たちが、わくわくした顔で立ち上がり、ギーシュの後を追った。
 一人はテーブルに残った。カズキを逃さない為に、見張るつもりのようだ。
「む、ムトウさん!?」
「あ、シエスタさん。なんか呼ばれちゃったんだけど」
 青い顔をしたシエスタがすっ飛んできた。突然の騒動に、今の今まで外野で見ていたようだ。
「ムトウさん、殺されちゃう…貴族を本気で怒らせたら……」
 ぶるぶると震えながらカズキに言うと、やがて耐えられなくなったのか。来たときと同じ速度ですっ飛んでいった。
 なんなんだよ、とカズキは呟いた。未だに状況についていけてないらしい。
そうか、あいつ怒ってたのか。ちょっと考えが足りなかったな。そんな風に考えていると、後ろからルイズが駆け寄ってきた。
「あんた!何してんのよ!見てたわよ!」
「あ、ルイズ」
「あ、ルイズじゃないわよ!なに勝手に決闘の約束なんかしてんのよ!」
「へ?」
 沈黙が流れる。ルイズは、果てしなく訊きたくないことであるが、意を決して尋ねた。
「…あんた、わかってなかったの?」
「なにが?」
 ルイズはその場に膝を着いた。手も着いた。とことん崩折れた。
「…ルイズ?」
 心配そうに、カズキ。ルイズは立ち上がると、痛む頭を押さえながら、ため息をついて。
「謝っちゃいなさいよ」
「なんで?」
「怪我したくなかったら、謝って来なさい。今なら許してくれるかも知れないわ」
「うーん、なんか納得できないなぁ。そもそも…」
「いいから」
 ルイズは強い調子でカズキを見つめた。しかし、カズキは首を捻る。
「あのね?もしこのまま決闘したら、あんたがたとえ戦うことに慣れてても、絶対に勝てないし怪我するわ。
いいえ、怪我で済めば運が良いわよ!」
「いや、そもそも決闘する気もないんだけど」
「じゃあ、なおさら謝んないと!」
「…良いけどさ。確かにちょっと考えも足りてなかったし」
 カズキは頬を掻いて、先ほどの自分の行動を振り返った。
そもそも、女の子に謝るのはギーシュ自身の問題で、自分が口を挟むことでもなかった。そこは謝ろう。そう思った。
 ルイズはわかってくれた、と安堵の息を吐いた。
「じゃ、行きましょうか。心配だから着いてってあげるわ。ありがたく思いなさい」
「なんだ、決闘はなしか。まぁいい、着いて来い」
 残った一人が立ち上がり、促す。が、カズキはそれに
「ちょっと待った」
「なんだ、考えが変わったのか?」
 貴族の少年が嬉しそうに訊いて来る。ルイズも訝しげな目を向けてきた。
「いや、あいつも言ってたろ。ケーキ、配り終えてないんだ。すぐ終わるから待ってて」
 トングをカチカチと鳴らしながら、カズキが言った。
そういえばギーシュも確かに、ケーキを配り終えたら来いと言っていた。律儀な奴である。
 ルイズと貴族の少年は、呆れて何も言えなかった。
  ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭である。
西側にある広場なので、そこは日中でも日があまり差さない。決闘にはうってつけの場所である。
 ルイズとカズキが赴いた頃には、噂を聞きつけた生徒たちで広場は溢れかえっていた。
「なんか、大事になっちゃってるなぁ」
 周りの人垣を見ながら、カズキが呟いた。ルイズもまた、心配そうに頷く。
「そうね、早いとこ謝っちゃいなさい」
「諸君!決闘だ!」
 そんな二人をよそに、ギーシュが薔薇の造花を掲げた。うおーッ!と歓声が巻き起こる。
カズキは吃驚して、見回した。主に騒いでるのは男子生徒のようだ。みんなが荒事が好きなんだろうか。
「ギーシュが決闘するぞ!相手はルイズの平民だ!」
 誰かが叫ぶ。腕を振り、歓声に応えるギーシュ。これはいけないと思ったのか、ルイズがずいと前に出た。
「待ちなさいよ、ギーシュ!」
「やあルイズ。悪いが、君の使い魔をこれからちょっとお借りするよ!」
「いい加減にして!ほら、あんたも!謝るんでしょ!」
 ルイズに引っ張られて、カズキも前に出る。ギーシュはカズキに造花を突きつけた。
「なんだね?よもや今頃、先ほどの非礼を詫びようとでも言うのか?」
「非礼っていうか。さっきはオレも、ちょっと考えが足りなかったよ。ごめん」
 カズキはあっさり頭を下げる。場が、静まった。皆、唖然としている。
 ギーシュは口元に造花を当て、肩を揺らしながら言う。
「ふ…ふふ……これは、拍子抜けだな。いや、君が平民なれば、有り得ないことでもないか。むしろ頷ける。
まったく、最初から素直に、そうしていれば良いものを。変に口ごたえするからこうなる。
見たまえ。君のような平民のおかげで、貴重な昼休みの時間を棒に振らされた貴族が、これだけいるのだ。
その責任、どう取るつもりだね?」
 外野の連中を造花で指し示しながら、問うてくるギーシュ。カズキの言葉一つで、大分気が大きくなっている様子。
 連中といえば、ギーシュの指摘のとおり、どこかがっかりした顔をしている。
カズキにしても、流石にそれは知ったことじゃない。
「まぁ、君のような平民にそこまで望むほど、僕もやぶさかではない。よって…」
 ギーシュはその視線を、カズキからルイズに移した。
「使い魔の不始末は主人の不始末。ルイズ。ここは君が謝るのが筋だと思うのだが、どうかね?」
「はぁ?なんでよ。そもそも、この決闘はあんたが言い出したことじゃない!」
「あぁ。だがそこまでの経緯は、今しがた君の使い魔が、自分の責任だと認めたばかりだ。
ならば、いらぬ決闘騒ぎでここに集まった皆に詫びるのもまた、彼、もしくは君の責任じゃないかね?」
 薔薇の造花を、手の上で弄りながらギーシュは言葉を紡ぐ。カズキは、そこまで認めたわけじゃないと思った。
「まさか。君は貴族としての礼儀すら、『ゼロ』なのかね?」
 おどけた調子で言うギーシュを、ルイズは睨め付けた。誰をつかまえて、そのような戯言を…!
「そうだそうだ!謝れよ、ゼロのルイズ!」
「ついでに、日頃からの魔法の失敗についても一言欲しいな!いい加減、皆ウンザリなんだよ!」
 周りから野次が飛ぶ。そうだそうだ、と同調の輪が広がっていく。ルイズは振りかかる其れを、黙ってその身に受けた。
ぎゅうと拳を握り、肩を震わせる。胸の奥から、どんどん悔しさが湧いてくる。
ふと、隣の使い魔を見た。彼は、どんな顔をしているのだろうか。気になった。
 使い魔は、上半身ごと下を向いていた。
「ごめんなさい。オレのせいで、昼休みを無駄にさせてすいませんでした」
 つらつらと、カズキは謝辞を述べた。ルイズは愕然とした。
主人の代わりに率先して謝る使い魔。それは、主人の非も認めたことになるのではないか。

 さっきの言葉は、嘘だったの…?

「…ふん。随分物分りが良くなったじゃないか。ルイズ。『ゼロ』の君にしては、良い使い魔を召喚したものだね」
 その言葉に、周りの連中も笑い出す。ルイズは、その場から逃げ出したくなった。
「けれど」
 カズキは上体を起こす。温厚そうな彼には珍しく、その眉は攣り上がっていた。
「謝るのは、そこまでだ。ルイズは何も悪いことをしていないし、謝る必要なんかない」
 静かに、カズキは言葉を続ける。その声には、僅かに怒りが混ざっていた。
「今度はお前の番だ、ギーシュ」
 目の前の男に指を突きつける。そして、宣告した。
「ルイズに、謝れ」



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