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少女が見た日本の原風景


「あれが主人のためを想って、ですって?」

 ようやく衝撃から立ち直ったのか、慧音を召喚した女生徒が声を上げる。気の強そうな
顔立ちであり、性格もその通りのようだ。
 慧音はその睨み付けるような厳しい眼差しを、正面から受け止めた。

「恋愛沙汰から身代を潰した例など、歴史を見れば枚挙に遑がない」
「それがあの使い魔のやりようと、どういう関係があるっていうの?」
「そういう悪い癖は、若いうちから矯正しておいた方がよい、ということだ」
「大きなお世話よっ」

 より一層肩を怒らせる少女。それが慧音には虚勢だと分かっていた。アリスの行動
自体に怒っている、ということもあるが、自分の生活に踏み込まれるのが不安なのだ。
もちろん、その気持ちも分かる。幻想郷において、妖怪と共存している事を理解しつつも、
妖怪を排斥しようとする人間達がいたように。
 それはある意味自然な感情なのだ。

「別に私は、貴女の行動を制限するつもりはない」
「あたりまえよ」
「だが……」

 そういいながら、じっと目を細める。何かを見通そうかというように。

「……貴女は嫡子だ。この学院を卒業した後は自分の領土に戻り、 婿を取るまで
 領民を指導していくのではないか?」
「……それが何の関係があるっていうのかしら?」
「人々の上に立つ者ならば、自分の一挙手一投足に責任が生じるということを
 理解した方がよい」
「だから、大きなお世話よ」

 その語句とは裏腹に、口調は力のないものだった。それは逆を返せば、慧音の
言葉の意味を理解しており、普段もその事を考えることがある、ということだ。
 とりあえずはこんなところか、と慧音は視線を外した。時間はたっぷりある。早急に
事を運ぼうとすることは苦手なのだ。慧音も半分は妖怪なのだから。



 一方、そんな小難しいことを全く考えていない者もいる。

「なんだ。もう終わっちゃったの? ちぇっ」
「不穏なことを言うな!」

 その男子生徒は自分の使い魔となった妖精に向かって叫んでいた。周りの友人達の
同情を帯びた視線と、使い魔達の心配そうな視線が集まるのにも、もう慣れた。

 最初は喜んでいた。彼が呼び出したチルノという名の使い魔は、自身のことを
氷の妖精だといったのだ。自分の属性にぴったりじゃないか。
 しかしどうにもこの妖精、愚かだ。いや、馬鹿と言ってもいいかもしれない。

「あたいだったら、もっとすごいのをどっかーんとやっちゃうのに」
「……自分の主人に、何をするつもりなんだ、お前は」
「あ、そっか」

 そのあっけらかんとした妖精の言い方に、彼は大きく溜め息をつく。万事がこの
有様だ。悪意はなさそうなので、怒るに怒れない。しかし困ったことに、馬鹿だ。
 本人は、『あたいってば最強なんだから!』などと大言壮語を吐いているが、それ
自体がもう、馬鹿の証拠だ。いや、もちろん最強だったら嬉しい。だけど、こんな
小さな子供っぽい生き物が最強なわけがないじゃないか。

「あに?」
「いや、なんでもない」

 チルノは気にした風もなく、自分の食事を再開した。両手で握ったフォークを、
えいやとばかりに振り下ろし野菜に突き立てる。不作法ではあるが、この体の
大きさとフォークの大きさだ。とても微笑ましい。

「にがっ! なにこれ!」 

 突然顔を歪め、叫びをあげるチルノ。どうやらハシバミ草をかじったらしい。苦みが
強く、あまり好む人はいない。特にお子様には、厳しい食べ物だろう。

「こんなの、こうだ!」

 憎々しげに見つめたかと思うと、チルノは両手でハシバミ草を握りしめた。

「えっ?」

 思わず声が漏れた。彼の予想に反し、ハシバミ草は砕けたのだ。まるで凍って
いたかのように。
 恐る恐る指を伸ばし、ハシバミ草だったものの破片をつまみ上げた。
 冷たい。本当に凍っている。
 彼も氷の魔法を使えるから、その異常さはよく分かる。氷の魔法とは主に、
空気中の水分を凝固させる魔法だ。対象が生物になると、とたんに難易度が上がる。
魔法に対する抵抗力があるから、らしい。
 それをこの妖精は、あの一瞬でこのハシバミ草だけを凍結させたのだ。
 しかも周りの空気には一切影響を与えずに。

「すごいな……」
「ふふん。あたいにかかれば、これくらい簡単よ」

 そういうなり、自分のサラダに手を向け、上から手のひらで押しつぶす。 いつの
間に凍っていたのか、パキパキと音を立て砕けていく。
 思わず感嘆の声が漏れた。なるほど、これは確かに自ら最強と言うだけのことは
あるかもしれない。ということはこんな使い魔を呼び出した自分もまた――

「ほら、こんな大きいのだって」
「……ちょっと待て!」

 慌てて止めるがもう遅い。ちょっと自分の考え(*22)に囚われていた隙に、色々と
凍っていた。彼の分のサラダも、熱かったはずのスープも、メインの料理も。魚の
ムニエルをフォークの先でつつくが、カチカチという堅い感触しか返ってこない。
持ち上げようとしたら、皿ごとくっついてきた。実に見事だ。見事なんだが……

「おい」
「あによ」
「僕は何を食べればいいんだ?」
「…………あ」

 彼は溜め息をつきつつ、チルノの頬を痛くない程度に抓り上げた。きゅーっと(*23)

「にゃにぃをしゅるーっ」
「それはこっちの台詞だ」

 彼はため息を吐きつつ言葉を吐くと、さらにチルノの頬をみょーんと引っ張って
みた。その妖精の頬は冷たく、そして柔らかかった。


「それで、ケロちゃんは何が出来るの?」

 目を輝かせての問いかけに、諏訪子はげっそりした顔で自らの主人となった
女子生徒に向き直った。

「なんでケロちゃんなの?」
「かわいいから」

 真顔で答えられてしまい、途方に暮れる。曰く、帽子が可愛いとか。ちっちゃくて
可愛いとか。この女生徒も決して大きい方じゃないのに。神奈子が本気で羨ましがって
いるのが視界の端にちらちらするのが、また腹立たしい。こんな事なら、蛙の化身だ、
などと説明を適当に済ませようとするんじゃなかった。
 まあ、親交は得られてるけどね、と気を取り直し、主人となった人間の質問を考える。
何が出来るか。改めて問われると実に難しい質問だ(*24)。どの程度まで、何を伝えれば
いいのだろう。

 腕を組んで考え込んだ諏訪子をしばらく眺めていた女生徒は、ひょいと諏訪子の
被っている帽子を取り上げた。そして諏訪子と帽子を交互に見つめる。

「なに?」
「帽子を取ったら、本性を現すのかなーって」
「……本性って、一体何を期待してるの?」
「んー、おおきなおおきな蛙?」

 こーんなの、と両手を大げさに広げてみせた。周りの人間があからさまに怪訝そうな
顔をする。中には会話が聞こえたのか、諏訪子から椅子を遠ざけようとする女生徒も
いた。ちょっと悲しい。ちょっとだけ。

「えー、大きな蛙でも、ケロちゃんなら絶対に可愛いと思うんだけどなぁ」

 自分の主人となった少女は、そう言ってはくれている。しかし、自分の本当の姿を
知って、なお同じ態度でいてくれるのだろうか。祟り神のミシャグジをとりまとめ、
恐れと畏れによって諏訪地方を治めていた土着神。それが洩矢諏訪子だというのに。

「それで、ケロちゃんは何ができるの?」

 話が最初に戻った。視線は斜め向こう、氷の妖精が起こした騒ぎに向いている。
あれはわかりやすい力だ。もちろん、妖精とはそういう生き物なのだから、当然
なのだが。自分とは違う。何しろ自分は神なのだから。

「……何が出来て欲しい?」

 ちょっと卑怯だが逆に聞き返してみた。自分の主人となった人間が、どれほど
自分の力(*25)に期待をしているのか興味があったのだ。
 しかし。

「別に、何も出来なくてもいいよ」 
「あれ?」(*26)

 首を傾げる諏訪子から視線を外すと、その女子生徒は口を尖らせ呟いた。

「……私、魔法が得意じゃないって、自分でも分かってるし」
「それとどういう関係があるの?」

 彼女の説明によればこの世界では、メイジの力を見るなら使い魔を見ろ、と言われて
いるらしい。その話に従えば、魔法が得意ではない彼女には、大した使い魔はこないの
だろう、ということになる。

 普通ならばそうなのだろうが、妖怪達についてはどうだろうか。無理矢理に紫が
儀式に割り込んだのだ。果たしてその法則に従っているかどうか。もちろん、
従っていようがいまいが、諏訪子は諏訪子だ。となれば、その話を最大限活用
すべきだろう。
 諏訪子は女生徒の手から帽子を取り返すと頭に被り、不敵な笑みを浮かべた。

「そう自分を卑下するもんじゃないよ」
「あはは、いいよいいよ。気を使ってくれなくても」

 そういって笑みを浮かべる。痛々しげな笑みを。神の主人となった者に、そして神の
信者(*27)にそんな表情をさせてよいものか。もちろん、良いわけがない。
 ならば、やることは決まっている。

「やる気になったようね」
「おや、神奈子じゃない」
「何よ、白々しい」

 振り返るとそこには神奈子が、その後ろには、豊穣と終焉を司る姉妹がいる。
そして彼女たちの主人達も、どことなく納得がいかないという表情で付き添っていた。
 特にこの二人の小さな神々は、理解されるのは難しいだろう。その能力はある意味、
人間にとってもっとも重要なものだが、それを妖精のやるようにこの場で一瞬に見せて
やるというのは酷な話だ。

「ねぇ、何をするつもりなの?」

 怪訝そうな顔で問いかけてくる自分の主人に、諏訪子は片目をつぶって応じた。

「このままだと、鬼の酒しか飲めなくなりそうだしね」
「うーん、わけわかんないよ」

 頭を抱える諏訪子の主人。その上を、別の人物の言葉が飛び越えた。

「なるほど、それは面白そうですね」
「さすが天狗、酒の話になると早いね~」
「もちろん、酒の話じゃなくても速い(*28)んですけどね」

 言わずとしれた射命丸文と、その脇には疲れた笑みを浮かべるシエスタの姿が
あった。先程から延々と取材と称して引きずり回されていたようだ。
 うきうき、といってもいいような様子の文の機先を制するように、神奈子が釘を刺した。

「でも取材は禁止だよ」
「……まぁ仕方ないですね(*29)。あまりに派手すぎるでしょう。
 本当に出来るのならば、ですけど」

「おや、天狗が神々の力を疑うのかえ?」
「滅相もない。でももう時間がありませんよ」
「十分だよ。今から日没まで使えるなら、ね」

 あまりにも端から聞いていると要領の得ない会話。その会話に口を挟んだのは、
神奈子の主人となった男子生徒だった。

「しかし、午後の授業が」
「気にしない気にしない」
「そんなわけには行かないわよ」
「もう、お堅いな、ご主人様ってば」

 穣子とその主人のやり取りを眺めていた文は、今思い出したというように声を上げた。

「そういえばミス・ヴァリエールでしたか、あの霧雨魔理沙の主人の。
 彼女も使い魔と共に出かけたようですね」
「なら問題ないわね」

 えー、あんなのと一緒にしないでよ、などと抗議の声をあげながらも、四人の貴族は
四人の神々に引きずられていった。後に残るのは、二人だけ。

「あの……」
「はい、なんですか?」

 シエスタは文に恐る恐る問いかけた。

「一体何が起きるんですか?」
「そうですねー」

 一瞬考え込んだ文は、いいことを思いついたばかりに手を叩いてみせた。

「そうだ、シエスタさんも来るといい」
「え?」
「取材に付き合ってくれたお礼ですよ」
「はあ……」
「じゃあ、私は別の取材(*30)があるんで、これで」

 一体何がどうお礼なのか、ということを聞く間も与えず、挨拶もそこそこにいなくなる文。
あとには、何が何だかわからないシエスタだけが残された。
 一瞬、行かずにおこうかとも考えたが、後のことを思ったシエスタは、深くため息を吐いた。



 昼食の片付けを終え、雑用をこなしていると、時間は終業時刻になっていた。

「南、でしたよね」

 具体的な場所は分からないが、門番の人にでも聞いてみれば何か知っているだろう。
同僚に断りを入れ、まずは門に向かう。南の門の外は確か街道がある他は、特に何も
なかったはずだ。一体何がどうなっているというのだろう。
 しかし門まで近づいても、特に何もない。知り合いの門番も、退屈げにあくびをしながら
突っ立っている。どうしよう、と途方に暮れたシエスタだったが、その門番が、シエスタの
姿を見かけると声をかけてきた。

「お、シエスタ、人が待ってっぞ」

 そして声を潜め、ついでに眉も顰めて問いかけた。知り合いか、と。名前は、と尋ねると、
門番はさらに眉を顰めた。テングの使い、と名乗ったという。 シエスタは溜め息を吐き
ながら答えた。知り合いです、と。

「で、その人はどちらにいるんですか?」
「ほら、そこにいるじゃないか」

 門番の差す方を見ると、見慣れない服を纏った少女が門の支柱に寄りかかるように
立っていた(*31)。この人も、呼び出された使い魔だったろうか。
 シエスタが近づくと、声をかけるより早く身を起こし、じゃあ行きましょう、と踵を返した(*32)
慌てて追い掛け、横に並ぶ。

「あの……」
「はい?」

 シエスタの呼び声に振り返り、人の良さそうな笑みを浮かべる。

「あなたも、ヨーカイなんですか?」
「ええ、そうよ」
「……普通の人間みたいです」(*33)
「あはは、よくそう言われるわ」

 まぁ、妖怪にも色々といるから、とその女性は照れくさそうに頭を掻いた。
 その紅美鈴(ホンメイリン)という名前の妖怪は、使い魔として召喚される前は門番を
やっていたという。色々とそつのない力が、当時の主人に買われたそうだ。

「それで、一体どこにいくんですか?」

 二人は門を出て、さらに道を外れて歩いていた。この先には特に何もあるようには
見えない。後ろを振り向くと、門番が二人を気にした様子もなくあくびをしているのが
見える。

「そうね、ちょっと目を閉じててくれる?」
「え?」
「三つ数える間だけ。ね?」

 美鈴はそういうとシエスタの瞼の上に手のひらをかぶせてきた。慌てて目を閉じる。
次いで、肩にも手をかけてくれたので、歩くのに支障はない。

「一つ、二つ……」

 数を数えながら歩を進める。

「三つ。はい、いいわよ」

 言われて目を開ける。そこに広がっていた風景は、先程とは一転していた。
 それは一言で言えば、金色の絨毯。つまり、実りの季節を迎えた畑であった。
 もちろんそれ自体は、シエスタも見たことはある。しかし今は春。それにここは
昨日まで、何もない荒れ地だったはずだ。
 それに大体、先程まで――美鈴に言われて目を閉じるまでは何も無かった筈だ。
幻でも見ているのだろうか? しかし、風が金色の穂を揺らす音までも聞こえてくる。
香ばしいような、どこか郷愁を誘われるような匂いは、この作物のものだろうか?
 僅か三歩進んだだけで、どこまで来てしまったのだろう。シエスタは恐る恐る
後ろを振り返った。が、そこには普通に学院の建物が見える。門の脇に立っている
門番も、何事もないようにあくびをしている。

「あれ? なんで分かっちゃったの?」

 その声に振り返ると、そこには小さな姿があった。妖精が三人、不満気に
シエスタを見上げている。その様子に、美鈴が口を挟んだ。

「だから、あなたたちの力は私には効かないって、何度言ったらわかるの?」(*34)

 もー、反則よ、などという美鈴と妖精達のやり取りだが、シエスタはむしろ目の前の
風景自体の方が反則だと思った。昼間に漏れ聞いた会話が事実なら、あれから
今までの時間に、実らせてしまったのだろう。それがあり得るかどうか、ではなく、
起きてしまった事実なのだ。
 ただ風に揺れているそれは、シエスタが見慣れているものと微妙に違う。
 麦だったら、もっと天を向いて穂が立っているはずだが、これは重そうに頭を
垂れている。もしかして妖怪達の食べ物なのだろうか。だから速く育っただろうか。

「そこのあなた!」

 不意にシエスタに声がかけられた。
 畑に気を取られていたが、その手前には昼に出会った四組の貴族と使い魔がいた。
この声は、その貴族の一人からかけられたものだ。ずいぶんと必死な形相だ、と
シエスタは他人事のように思った。

「あなたには、これは何が……どんな風にどうなってる様に見えるの?」

 なんともよく分からない質問だが、シエスタは言われた通り、目の前の風景を答えた。

「はい。何か、麦のような作物が、実っているように見えます」
「やっぱり……そうなのね……」

 そのまま崩れ落ちるように膝をつく女生徒。一方その横で胸を張る、人間の子供の
ような使い魔。その後ろではよく似た使い魔が、自分の主人であろう男子生徒に、
ほら幻覚じゃないでしょ、と話しかけていた。

「魔法で幻覚でも見せられてる、って方がまだ納得できるのに」
「だから、本当に穣ってるのよ。さっき自分でも触ったでしょ」
「まったくだ。お陰で靴が泥まみれになってしまったじゃないか」

 どうやら、目の前の風景が幻覚かどうか、ということらしい。先程のシエスタへの
問いかけも、自分以外の人間に同じ風景が見えているかを確認したかったようだ。

「だがこの作物は見たことがない」

 別の男子生徒の問いに、この中で一番威厳のある使い魔が答えた。

「これは米よ。ここ(*35)にはないのかもしれないね」

 そういうと、意味ありげにシエスタに視線を向ける。

「そんな名前の食べ物、聞いたことはない?」
「いえ……どこかで聞いた気もするんですが……」
「曾祖父に関係することよ」
「……そういえば曾祖父が亡くなる直前に、コメが食べたかった、と
 何度も言っていたとか聞いたような気がします」

 それが何なのを確認できないくらいに、曾祖父が老いたころの話だった。シエスタも、
他の話のついでに聞いただけのこと。だから別に感慨とかはない。

「それが、これなんですか」

 それにこれだけを見ても、まったく美味しそうには見えない。そもそも、どうやって
食べるものなのかも検討がつかない。これも小麦と同じように、臼でひいたりするの
だろうか?

「そうよ!」

 突然、膝をついていた女生徒が立ち上がり叫んだ。そしてピシリ、と、またあくびを
している門番を指差す。

「なんであの門番は平然としてるのよ!
 そうよそうよ。きっと私達だけ幻覚を見てるんだわ」
「……いい加減、現実を受け入れたら?」

 先程から、ケロちゃんすごーい、と、自分の使い魔(*36)に抱きついていた女生徒が、
溜め息をつきつつ叫んだ女生徒の肩を叩いた。

「よくわかんないけどすごい力を持ってることが分かった。これでいいじゃない」
「あなた、よくもそう簡単に割り切れるわね」
「割り切ってないよー。
 結局、何がどうなって、こういう状況になってるのか、さっぱりわかんないし」

 とはいえ、その顔はどこか嬉しそうだ。

「でも、こんなすごいことができるのが知れたら、大騒ぎになっちゃうかな?」
「大丈夫よ。妖精に誤魔化すように頼んであるし、結界も張ったから。
 普通の人間には、何も無いように見えるのよ」
「へぇ、よくわかんないけど、ケロちゃんすごいねぇ」
「あぁ、もう、それはいいから。それに……」
「それに?」

 諏訪子は意味ありげに神奈子を見た。神奈子もそれにうなずき返す。

「普通じゃない人には見えちゃうから。ねぇ?」
「そのようね」

 そういうと二人の神々は、中空に対して手を振った。


 学院長室で遠見の鏡を覗いていた二人は、この神奈子と諏訪子の様子に引きつった
笑いを漏らすことしかできなかった。

「やれやれ、とんでもないの」
「あれも、この使い魔のルーンが関係しているんでしょうか?」

 コルベールの言葉に、オスマンは頭を振った。

「ここにはキリサメマリサはおらん」
「しかし、仲間のようですし……」
「それにその本に書かれていたじゃろ。全ての魔具を使いこなす、と。
 あれは私が知ってるどんなものとも違うわい」

 そういうと視線を遠見の鏡に移した。未だ、コメの畑を映している。そして手元の
本に視線を落とす。コルベールが先程持ち込んだ本だ。

「神の頭脳、ミョズニトニルン。伝説の使い魔。
 確かに本当だとしたらすごいことじゃがな」
「しかし、ミョズニトニルンが関係ないとすると、あれだけのことをやってしまう
 ヨーカイとは一体……」

 その後二人の会話は、王宮に報告する、しない、といった内容に移っていった。
ヨーカイが大量に呼び出されたと言うことは、もはや衆目の事実だ。何も連絡しない
のは不自然だろう。ヨーカイについてだけ、報告のみ行おう、と話がまとまったところで、
不意にコルベールが声を上げた。

「誰ですかっ!」

 しかし応えはなく、ただ一度、バサリと羽音が聞こえたのみ。窓の外を見ると、一枚の
黒い羽根が風に舞っていた。
 その羽音と羽根の主である文は、十分に学院長室から距離を取ると懐からメモ帳と
ペンを取り出す。

「なるほど、伝説ですか。これは特大スクープの予感ですね」

 要追加調査、と書きこみつつ、文はにんまりと笑うのであった。



 夜。シエスタは疲れた顔を隠そうともせず、蒸し風呂へと続く通路を歩いていた。
ふと立ち止まり、服の臭いを嗅ぐと、眉をしかめる。そして溜め息をついた。先程まで
洗っていた鍋の臭いが移ってしまった気がする。
 全てはあの、キリサメマリサの所為だ。まさか貸した鍋が、こんな臭い付きで返って
くるなんて。何とか臭いを落とそうと努力はしたものの、逆に自分の方に臭いが移った
気がする。
 明日マルトーさんになんて言い訳しよう。そう考えながらサウナの入り口にたどり着いた
シエスタは、中の様子に怪訝な顔になった。
 なぜこんなに騒がしいのだろう。
 脱衣所を覗き込むと、色とりどりの服が辺りに脱ぎ散らかされている。服のサイズも
様々だ。そのいくつかに見覚えがあることを思い出し、シエスタは後ろを向いてそのまま
帰ろうかと思った。が、数秒の逡巡の後、のろのろと脱衣所に入りメイド服を脱ぎ捨てる。
さすがにこの臭いを部屋にまで持って帰るわけにもいかない。
 素肌にタオルを巻き付け、意を決して蒸し風呂へと続くドアを開けた。
 ムアッとする蒸気と共に、歓声のよう笑い声が響く。

「えー、しんじられなーい」
「月が一つだけなんて、おとぎ話にもないわよ」
「あたしからすれば、月が二つもあるってのが驚きだよ」

 大げさに肩を竦める様子に、また笑い声が起きる。笑っているのは学院で奉公して
いるメイドたち。その輪の中心にいるのは、見覚えのない女性であった。いや、どこかで
見たような気もする。その豊かな胸回りにシエスタは微妙な敗北感を感じた。

「それでコマチさんは――」
「ああ、小町でいいよ」

 そんなに他人行儀じゃなくて、と親しげに笑う様子につられ、また笑いが起きる。
シエスタもその笑いの輪の端に腰を下ろした。
 あたりを見回すと、このコマチの他にも見慣れない者達の姿が見える。猫の耳と
尻尾を持った少女が、「水に入らないお風呂っていうから騙されたー」とへたり込んで
いる。(*37) 妖精たちが、我慢競べをしている。身じろぎもせずに座っている少女の
周囲には、白っぽい固まりがまとわりついている。宝石のような飾りのついた羽を
背負う少女が、興味深げに蒸気の元を覗き込んでいる。そんな者達をなにやら熱の
籠もった視線で見つめる同室の同僚に気がついたが、シエスタは見なかったことに
して目を逸らした。

「それでコマチは召喚されるまで何をやってたの?」
「ああ、あたしは船頭をしてたよ」
「船頭……?」
「こんな小さな船なんだけどね。客を乗せて川を渡るのさ」

 身振り手振りでその船の大きさを示したり、実際に櫂を漕ぐ様子をやってみせる。

「いろんな人を乗せたよ。男も女も、老いも若きも」
「へぇ、流行ってたのね」
「いやー、そうでもなかったなー」(*38)

 大して儲からなかったしね、と、おどけた様子に、また笑いが広がる。
 周りを見れば、他の妖怪たちもこちらの様子をうかがいながら、笑みを浮かべていた。
微笑みから苦笑まで、いろいろな笑みだが。

「あの、コマチ……さん」

 そんな空気の中、シエスタがおそるおそる声をかけた。そして言葉に詰まる。
問いたいことはある。しかし、なんと聞けばいいんだろう。
 しかし小町はシエスタを振り返ると、

「ん? ああ、シエスタだっけ? なんだい」

 と、名前を呼ぶではないか。固まるシエスタに気づいたのか気づいてないのか、
同室のメイドが不思議そうな声を上げた。

「あれ? シエスタのこと、知ってるの?」
「ああ、ちょっと昼間、あたしの上司……いや、元上司に絡まれてたみたいだったから」
「えーっ?」
「いや、あの人、ちょっと説教好きっていうか、首を突っ込むのが好きっていうか」

 いったい何をやったのよ、と隣に座ったメイドが腕を突っつく。
 みなの注目を集めていることにも気づかず、シエスタは問いを放った。
 あの四人の中の一人の部下、ということはつまり――

「じゃあやっぱり、コマチさんもヨーカイなんですか? 人間じゃなくて?」

 人間ではなく、のところで喧噪が止まった。シエスタに向かっていた視線が、
今度は小町に向かう。その視線に気づかないのか、小町は暢気そうに答えを返した。

「んー、まぁ、人間か人間じゃないか、っていったら、人間じゃない方に入るかね」

 その言葉の意味をみなが理解するより早く、小町は次の言葉を続けた。

「でもそれは、平民か貴族かって違いぐらいしかないよ」

 それを聞いていた妖怪たちは、心の中でツッコミを入れた。それは違う、と。
 もっともそれを口に出さない程度の分別があったのは幸いだった。
 そんな周囲の反応に気づかず小町は、生きとし生けるものはみんな同じさ、と
呟くと目を閉じ、上を見上げた。

「生まれ育ち、競い争い、愛し愛され、疎まれ惜しまれ、死んでいく」

 詠うかのような言葉。流れるようなその一言一言が奇妙に重い。シエスタは、肌を
流れる汗が妙に冷たくなったように感じた。
 しかし、小町が目を開け再び笑みを浮かべると、その重い空気は一気に払拭される。

「一番楽しいのは、愛し愛され、のところだね」

 そして聞き手であるメイドたちを見回し、問いかけた。

「みんなにもいるんだろ、お目当ての人くらいさ」

 一瞬の間が開き、黄色い声が響いた。厨房の誰がよい、馬小屋の誰がよい、などと
いったとめどもない話で盛り上がる。小町はその様子を、楽しげに眺めていた。
 そしてシエスタはそんな小町のことを、不思議そうに見つめていた。



 夜。シエスタは自室のベッドで眠れずにいた。寝返りを打つと、同僚が怪しい笑顔を
浮かべた寝顔のまま枕に抱きついているのが目に入る。

「うふふー、ふらんちゃんー」

 フランとはあの七色の飾りのついた羽を持つ吸血鬼の少女のことらしい。
 そう、吸血鬼なのだ。だけど彼女は、寝言に出してしまうほどその吸血鬼のことが
気に入ってしまったようだ。
 他のメイドたちも、この奇妙な使い魔たちを受け入れてしまっている。昨日までは
こんなことになるなんて思ってもいなかった。今日も昨日と同じような、普通の日々が
続いていくと思っていた。

 すべてはこの、祖父のおとぎ話の中にしかいないと思っていた妖怪の所為だ。
しかし祖父の話とは違うこともある。決して恐ろしいだけの存在ではないということだ。
メイリンという妖怪も、コマチという妖怪も、人間と変わりがない様子だった。少なくとも、
身の危険を感じないくらいには。昼に取り囲まれた四人はちょっと怖かったけど。

 明日からどんな日々になるのだろう? 少なくとも、今までの日常とは違うだろう。
でも、どんな日々? そんな風にいろいろと考えているうちにシエスタは眠りにおちて
いた。
 もっとも眠りに落ちる直前に鍋のことを思い出してしまったシエスタは、なぜかキノコの
お化けに襲われる悪夢を見てしまうのだが、それは別の話。

 *1:タイトルは、同人弾幕ゲーム「東方風神録」のBGM名より借用
 *2:悪魔の犬
 *3:な、なんだってーっ
 *4:げげっ、人間!?
 *5:小町の能力的に
 *6:縦回転もあるよ
 *7:言わずと知れた竹取物語
 *8:因幡の白ウサギの話は不名誉だろう
 *9:目をつけられた、ともいう
 *10:アリスしか分からない差異
 *11:中には入れてくれなかったらしい
 *12:色んな意味で
 *13:懼れてくれるという反応が心地よい
 *14:妖怪としては最年少。この場では
 *15:そして貧乏貴族でなかったら
 *16:お仕置きもブレインよ、といったところか
 *17:ある晴れた昼下がりに、市場に続く道で起きた出来事を歌ったもの
 *18:弾幕ごっこで覚えたか
 *19:アリスの介入が無くともギーシュが一方的に殴られて終わるのだが、そんな別世界の出来事は分からない
 *20:宝物庫が襲撃されても、相手がトライアングルだと躊躇するような人たちですから
 *21:ルーミアやチルノですら、弾幕ごっこの取り決めを理解し、守っていた
 *22:妄想
 *23:⑨っと
 *24:坤を創造する程度の能力
 *25:可愛さではなく
 *26:心情的には、*おおっと*
 *27:親交=信仰であるならば、十分に信者
 *28:ありがちな言葉遊び
 *29:映季様が見ている
 *30:別の面白いこと
 *31:シエスタを待ちつつシェスタ
 *32:垂らした涎が見えないように
 *33:涎の後を発見しての発言と考えると面白い
 *34:気を操れれば、見えずとも聞こえずとも問題なし
 *35:この世界/この地域
 *36:使い魔は迷惑顔
 *37:自分の汗で水浸しになるのは馬鹿馬鹿しいだろう
 *38:働いてなかっただけ


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