あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

04.恋色マジック


 聞く耳持たず、とはまさにこのこと。そのまま杖を構え詠唱を始める。慌てて防御用の
結界を用意するが、時間が足りない。特に、他人の分の結界を用意する時間が。
 こうしてシュヴルーズは、眼前で起きた爆発により気絶したのだった。

 ちなみに妖怪を含む使い魔達は、ルイズの爆発を昨日散々見てきていたので、
この爆発も予想の範囲内である。驚いて暴れたりすることもないし、騒ぎに乗じて
別の使い魔を飲み込んでしまうこともない。
 それはもちろん生徒達も一緒なのだが、分かっているからといって二日酔いから
来る頭痛を押さえられるわけもない。ルイズの「調子が悪かった」という言い訳に
突っ込みを入れる気力もなく、頭を抱えて悶絶するのだった。



 教室に残っているのは二人。ルイズと魔理沙は、爆発の後片付けをしていた。
ルイズ共々魔法を使っての片付けを禁じられたので苦戦している……と思いきや、
案外そうでもない。床に転がった破片を箒で掃き、汚れた机を雑巾で磨いていく。
窓にはめるガラスは、宙に浮かせた箒にくくりつけて運んだ。魔理沙曰く、私が
魔法を使ってるんじゃなくて、箒が勝手に宙に浮いてるんだぜ(*28)、だそうだ。
 しかし。と、魔理沙は手を動かしながら考えた。この沈黙はどうしたものだろう。
ルイズも嫌々と汚れた机を雑巾で拭いている。魔理沙に背中を向け、無言で。
 理由は何となく分かる。あとはどうするか。引くのは簡単。けれど、それは柄じゃない。
 魔理沙は地雷と分かっていて、あえてその話題で話しかけた。

「すごい爆発だったな」
「…………」

 返答はない。しかし肩が震えている。

「怒るなって。褒めてるんだぜ」
「ななな何をほほほほ褒めてるっていうのかしら」
「もちろん! 魔法はパワーだから……っと」

 飛んできた雑巾を避ける(*29)。ようやく魔理沙の方を向いたルイズが見たのは、
腕を組んで立つ魔理沙の姿だった。それがまた癪に障る。

「まあ聞けって。
 爆発が起きてる、ってことは、魔力の放出自体は正しく行えてるってことだろ」
「だから? 失敗は失敗じゃない」
「まず、発動しない原因を調査。問題を取り除いた後に練習。これで完璧だぜ」

 完璧、といいつつ人差し指を立てる仕草が、さらにルイズの神経を逆撫でる。
 何が調査と練習だ。簡単に言ってくれる。

「ふん。ちょっと自分が魔法を使えるからって偉そうにしちゃって」

 その台詞に魔理沙はますます胸を張った。

「そりゃあ、普通の人間の魔法使いだからな。
 魔法を失敗することに関しちゃ、自信があるぜ」
「……ふーん」
「あ、信じてないだろ」
「口先なら何とでも言えるわ」
「そうだな……」

 魔理沙は辺りを見回した。もう掃除はほとんど終わっている。

「自分で言うのも何だが、掃除の手際はよかっただろ」
「……まあ、そうね」

 正直、昼休みが終わるまでかかると思っていた。しかしまだ、昼休みは始まっても
いない。ルイズが渋々と頷くと、魔理沙も我が意を得たりとばかりに頷いた。

「私の魔法は派手だからな。失敗したら大惨事だ」

 だから掃除もうまくなったのさ。と肩をすくめる。

「大惨事……ね」
「言ったろ、魔法はパワーだ。家ごと吹っ飛んだこともあったぜ」

 ふーん、と生返事をしてまたそっぽを向いてしまう。魔理沙から見えるのは横顔の
口元だけ。

「それで、どうしたの?」
「ああ、掃除するのをやめた」
「え?」
「どうせ吹き飛ぶんなら、掃除しなくても一緒だろ」
「む、無茶苦茶ね」
「ひどいな、合理的と言ってくれ」

 お陰で家の中はまるで物置だぜ(*30)、という魔理沙の台詞に、くすり、とルイズの
口元が動く。ここまではいい。さて、ここからどうするか。仕上げに窓ガラスを拭きつつ、
魔理沙は考えを巡らす。事細かに説明するのは面倒だし、大体こいつが聞かないだろう。
私と違って天の邪鬼(*31)な様だし。となると、やってみせるしかないか。

 ルイズに投げつけられた雑巾を回収し、自分の使っていたものと一緒に片付けると、
魔理沙は前掛けで手を拭きつつルイズに話しかけた。

「さて、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「なによっ」

 身構えたように声を高くするルイズだが、次の魔理沙の問いに思わず素っ頓狂な
声を上げてしまった。

「この辺にキノコが生えているところはあるか?」
「はぇ?」
「キノコだ、キノコ。
 食用にもなるキノコでもいいけど、食用にならないキノコの方がいい」
「……何しようっていうの?」
「調査と練習だ。説明が面倒だからな。見た方が早いだろ」

 一体この使い魔は何を見せようというのだろう。先ほどの会話に関係があること
なのだろうか。

「それを見せて、どうするのよ」
「どうするかはルイズの自由だ。だけどな……」

 そこで次の言葉を探すように口ごもり、ついでに帽子を深く被り直した。

「……だけど、何よ」
「ルイズの恥ずかしい姿を見たんだ。
 私の恥ずかしい姿も見せなきゃ、フェアじゃないだろ?」
「どういう理屈よ、それ……」

 ウインクをしながらの魔理沙の台詞に、ルイズはついに深く考えることを止めた。
 確かに魔法の失敗は、人に見せたくない恥ずかしい姿だけれど……まあいい。
見せたいというなら、見てやろう。それに確かに興味もある。魔理沙の言う、
キノコを使った失敗の恥ずかしい姿とはどういうものだろう?
 キノコね……と反芻しつつ、記憶を掘り起こしてみる。去年の授業だったろうか、
確か先生が言っていたのは――

「南に十リーグくらいかしら? 森の中に生えてるそうよ」
「十リーグ?」
「馬で十五分くらいね」
「なんだ。私なら一瞬だな」

 魔理沙はちらりとルイズの顔色を窺い、素知らぬ顔で付け足した。

「今度は、スピードだけではないところをお見せしましょう」
「それは楽しみね」

 かろうじてそう答えたルイズの顔には、明らかに安堵の色が浮かんでいた。

 それから三十分後。二人は鬱蒼と茂った森の中にいた。

「なるほど、こりゃあいい森だぜ」
「こんなに暗いのに?」
「ああ。キノコはこういう所の方がいいのさ」

 会話する二人を乗せた箒は、木々の間をすり抜けながらゆっくりと飛ぶ。
 魔理沙自身は地面ばかり見ているのに、箒は的確に木の枝やツタを避けていく。

「それでこの鍋は何なのよ」

 箒の下には大きな鍋がぶら下げられていた。学院の中庭で妖怪達と話をしていた
メイド(*32)に借りたのだ。中には水がなみなみと汲まれている。それでいてこぼれる
様子は全くないのだから、箒の飛行が如何に安定しているかが判るというものだ。

「そりゃ、魔女といったら箒と大きな鍋だからな」
「だからもうちょっと分かるように話しなさいよ」
「私のいた世界には、『考えるな、感じるんだ』という便利な言葉があってな」
「それって考える努力を放棄してるだけじゃない」
「無駄な努力は休むに似たりってな。お、発見だぜ」

 まさに無駄話をしているうちに、さらに森の深部に入り込んだらしい。空は分厚い
木の葉に覆われ、辺りは昼間だというのに薄暗い。いかにも湿ってます、という
地面の上に生えている毒々しい色をしたキノコ目がけて、魔理沙は飛び降りた。
その後を箒がゆっくりと近づいていく。

「ふむ、数は十分だな」

 周りを見回すと、そこそこの数のキノコが自生していた。おそらく毒があるのだろう、
生き物に囓られた跡もない。魔理沙にとっては好都合である。 転がっている岩を
かまどのように組むと、懐から大きなアミュレット(*33)のようなものを取り出し、その中に
設置した。
 そして箒に乗ったままのルイズを見上げると、大声で話しかける。

「ほら、降りてくれ」
「えー、靴が汚れるじゃない」

 誰が喜んで、こんなジメジメした地面に降りるというのか。絶対に泥がつく。
 魔理沙の靴も既に汚れているし。

「洗えばいいだろ」
「じゃああなたが洗いなさいよ」

 善処するぜ、という魔理沙の返事に不安を覚えつつも、ルイズは魔理沙の手を借り、
湿った地面に降りた。余計な重量がなくなった箒を魔理沙は慎重に誘導し、先ほどの
アミュレットの上に鍋を下ろす。

「熱くなるから注意してくれ」

 ルイズに注意だけすると、今度はキノコに取りかかった。手袋をはめ、一つずつ慎重に
キノコを採取する。手に持って眺めると、額のルーンが薄く輝いた(*34)。その様子に
ルイズは驚きの声を上げる。

「何でルーンが光ってるのよ」

 使い魔のルーンが光る、という話は見たことも聞いたこともない。
 一方魔理沙も、驚いたような声を上げた。

「へぇ、光ってるのか」
「……マリサがなんかやってるんじゃないの?」

 疑惑の視線に、魔理沙は心外だぜ、と声をあげた。

「これって使い魔の契約をしたってルーンだろ? こっちの世界のものだ。
 私が知るわけないぜ」
「わたしだって知らないわよ」

 ルイズの返答に、しかし魔理沙は納得したように何度も頷いた。

「なるほど、やっぱりこいつは特別みたいだな」
「やっぱりって……知らないって言ったじゃない!」
「使い魔は私だけじゃないしな。比較対象があれば比べるくらいはするぜ」

 魔理沙の話によれば、他の誰も魔理沙と同じルーンが刻まれたものはいないらしい。
パチュリーという名前の魔女の話によれば、これは『ミョズニトニルン』と読めるという。

「ミョズニトニルン?」
「なんか知ってるのか?」

 ルイズは首を傾げた。

「聞いたことがあるような気もするけれど……」
「まあいいや。どうせ時間はたっぷりあることだし」

 ゆっくり調べるさ、といい魔理沙は作業に戻った。

 キノコを一つずつ選別すると、鍋に放り込む。さらに懐から粉末状の何を
取り出し鍋に投入した。水が沸騰すると、なんとも奇妙な臭いが辺りに漂い始める。
 ルイズは我慢できずにハンカチで鼻を覆った。

「さて、後は煮詰めるだけだぜ」
「一体これがなんだっていうのよ」
「魔法の元の元の元……ぐらいか?」

 籠もった声での問いかけに魔理沙は、冗談めかして答えた。もちろんその答えは、
ルイズにとって納得できるものではない。

「そんな馬鹿な話があるわけないでしょ」
「そりゃ貴族様は、合い言葉を唱えて杖を振れば、魔法が発動するからな」
「…………」

 文句を言いたげに口元がつり上がる。が、魔理沙はその鼻先に包みらしきものを
突きつけた。

「そろそろランチでもどうだ?」

 言われてみればお腹が空いている。掃除で体を動かしたあと、昼飯も食べていない。
 包みから漏れ出す美味しそうな匂いは、キノコの臭いにやられた嗅覚にも激しく
訴えかけるものだった。
 魔理沙は返事を待たずに後ろを向くと、箒を呼び寄せる。椅子代わりに空中に
固定すると自分はさっさと腰掛け、ルイズを手招きした。

「ご主人様、どうぞこちらに」
「普通、ご主人様が座るまで待つものよ」

 溜め息を吐きながら、ルイズも魔理沙の隣に並んで腰掛けた。

「……こんなところでお昼なんて」
「準備万端だろ」

 ルイズがブリミルに祈りを捧げるのを待って、二人で包みの中身を食べ始める。

「よく用意したわね」
「鍋を借りたときにな……うん、朝もそうだったが旨いな、ここの食事は」
「当たり前でしょ。貴族のための魔法学院なのよ」
「使い魔に呼ばれた甲斐があったぜ」
「どういう基準よ」

 口先の会話を交わしながら、互いに相手のことを観察する。

 身長は同じくらい。ルイズの方が幼く見えるのは、主に体つきによるところが大きい。
ルイズが桃色がかったブロンドの長髪をそのまま流しているのに対し、魔理沙は金色の
長髪を三つ編みにしている。
 ルイズは魔法学院の制服だ。白いブラウスにこげ茶のプリーツスカート、そして貴族で
ありメイジの証でもあるマントを羽織っている。一方魔理沙は平民そのものの格好だ。
白いブラウスに黒いサロペットスカート、そして白いエプロン。これで頭に乗せた黒い
尖った帽子さえなければ、メイドと言っても通るかもしれない。

 外見はそんなところだ。しかし、内面はどうだろう。
 何この変な平民、というのがルイズの魔理沙に対する印象である。平民のくせに魔法を
使うし、口先だけかと思わせて、実は口先だけじゃなく、でも誠実かというと誠実というわけ
でもなし、わたしを守ってくれようとしたり、危険な目に遭わせたり、一体何を考えているのか
全然解らない、というところだ。
 一方、魔理沙のルイズに対する印象はと言うと、実のところそれほど悪くない。想像してた
貴族の子供から浮かべられる人物像とは大違いだ。ただもうちょっと心に余裕を持って
欲しいよな。霊夢ほどじゃないにしろ、と心の中で呟く。それもこれも、魔法が使えない、
ということが原因なんだろうけれど。だからこれからやることをルイズに見せようとして
いるんだが。

 いつの間にか見つめ合っていた二人は、態とらしく咳払いをした。グツグツという鍋の
煮える音の中、魔理沙の方から口を開く。

「ところで、使い魔って何をやるんだ?」
「そんなことも知らないで、使い魔をやるって言ってたの?」

 やっぱりマリサって変な平民ね、とルイズが肩をすくめると、魔理沙は心外だとばかりに
言い訳を始めた。

「使い魔自体は見たことあるぜ。ほら、蝙蝠っぽい羽を生やしてるヤツ、いたろ?」
「子供みたいなの?」
「いや、あれじゃない。あれは吸血鬼(*35)だ。
 そうじゃなくてもっと大人っぽいやつ」
「……ああ、いたわね」

 ルイズも僅かに覚えていた。眼鏡をかけていたような気がするが、定かではない(*36)
何しろあの時は、自分の召喚に精一杯だったのだから。

「あれは小悪魔っていってな。紫モヤシっぽい魔女に呼び出されたんだ」

 パチュリーって名前な、と説明される。確かそれは、魔理沙の額に浮き出たルーンの
読み方を教えてくれた魔女の名前ではなかったか。

「知り合いだってのにずいぶんな言い方なのね」
「お互い様だ。アイツだって私のことを黒白とかネズミとか呼ぶんだぜ」
「分かる気がするわ」

 黒白は服の色だ。ネズミだというのはきっと動きが速いからだろう。
 そう納得する(*37)

「それはともかく、あの小悪魔、使い魔として何をやってたと思う?」
「普通使い魔っていったら、主人と感覚を共有したり、秘薬の材料を集めたり、
 主人を守ったり……」
「まぁそれが一般的なところだな。
 だけどあいつは、ずっと本の整理をやらされてたぜ」

 なにしろパチュリーは巨大な図書館を持っていたからな、という説明に、ルイズは
曖昧に頷くことしかできなかった。わざわざそのために使い魔を呼び出したというの
だろうか。それとも、呼び出した使い魔が本の整理に向いていたから、本の整理を
やらせていたのだろうか。そもそも巨大な図書館ってどれくらい巨大なんだろう。
学院にあるのより、大きいんだろうか。

 会話が途切れる。魔理沙は立ち上がると傍らに落ちていた木の枝を手に鍋に向かい、
中身をかき回した。一段ときつい臭いが立ちこめる。

「なんでそれが、魔力の元の元の元、なの?」

 先ほど、ルイズが抗議しようとした事だ。
 彼女にとって魔法とは、そんな怪しげなキノコに宿るものではない。

「私はこの世界で言う平民と一緒だ。貴族のように、魔女のように、
 魔法を使うなんて力はない。だから別のやり方を考えるしかなかったのさ」

 そういうと魔理沙は鍋の中にから元はキノコであったろう固まりをつまみ上げた。

「見てろ」

 そういうと魔理沙はその固まりを傍らの木に叩き付けた。ベシャリ、と音がする。
 普通ならそれで終わりの筈だ。しかし。

「ふむ、青色か」
「え?」

 僅かに。本当にごく僅か、言われなければ判らないくらいに、その固まりは発光
していた。もっとも、昨日の夜に見た星屑の煌めきからすれば、零に等しい。
 ポケットから取り出したメモ帳に何かを書き込んだ魔理沙は、また別の固まりを
叩き付ける。

「これは外れ、と」

 またメモ帳に何かを書き付ける。こうして次々とキノコだった物体を試していく。
 何かしらの反応が現れるのは十回に一回くらいだ。それでも魔理沙は一つ一つ、
メモ帳に書き込んでいく。

「こうやって、使い物になりそうなキノコと、その条件を調べていくんだ」
「…………」
「そして、使えそうなヤツをさらに調べていく。こうして魔法の元を作っていくのさ」
「これをずっと繰り返すの?」
「繰り返すぜ」

 本番では数日間煮込んだ上で、ブレンドしたり乾燥させたりするという。さらに、
叩き付けるだけじゃなくて、水に浸したり、火にくべたりとかもするぜ、と魔理沙は
いうものの、地道な作業であることには違いない。

「今までもずっとこんなことやってきたの?」
「やってきたぜ」

 ほらよ、と渡されたノートには、細かい字でびっしりとデータが書き込まれている。
それで五冊目だぜ、という説明に一瞬くらっとした。一体何回、何十回、何百回
同じ事を繰り返せばこれだけのデータとなるのだろう。

「これが、普通の人間である私が魔法使いとしてやっていく、数少ない方法だからな」

 どんなに地味でもやるしかないのさ、と肩を竦める。
 これがどれほどの手間と時間がかかったことなのか、ルイズにも理解できた。
 だからこそ、分からないこともある。

「……なんでそうまでして、魔法を使うの?」

 ルイズ自身も魔法が使えない。だから使おうと色々試してみた。けれどそれは、
『貴族ならば魔法は使えるもの』という前提に立ったものだ。何度も繰り返せば、
そのうちコツがつかめるのではないか、といったある意味、楽観的な見方をして
いたのかもしれない。
 しかし魔理沙は違う。全くのゼロから、自分の力のみで魔法を使うということを
達成している。この原動力は何だというのだろう?
 その問いに対する魔理沙の回答は、単純明快であった。

「魔法に、恋をしているからだ」(*38)
「こ……い……?」

 思わず聞き返す。その単純明快すぎる答えは、ルイズには分からないものだった。

「好きなだけじゃない。
 憬れだけでもない。
 どうしても自分のものにしたいって想いだ」

 これを恋と呼ばずしてなんて呼ぶ? と問われたルイズは、笑い飛ばすことが
出来なかった。その瞳に込められた真摯さに気がついたから。
 魔理沙はルイズに背を向け、己の作業に戻った。
 しかし、そのまま自分の話を続ける。

「あのまま元の世界にいたら、私は魔法を使えないただの普通の人間に
 なっていただろう。それどころじゃない。世界から魔法ってものがなくなるんだ。
 それが……怖かった。恋する相手がいなくなることが」
「だからヨーカイ達と一緒に召喚されたっていうの」

 ルイズに問いに、後ろ姿のまま頷き、そして振り返った。

「何しろ私は、魔法に恋した普通の人間の魔法使いだからな」

 その恥ずかしげな、そして誇らしげな顔は、陰鬱な森の中でひときわまぶしく
輝いて見えた。思わずルイズが目を逸らしてしまうほどに。

「……やっぱりヘンな平民……」

 その力ない言葉が単なる減らず口であることは、瞭然だった。だからだろう。
魔理沙は怒るでもなくニヤニヤと笑っている。

「ルイズはそのヘンな使い魔の主人なんだからな。よろしく頼むぜ」
「あたりまえでしょ。散々こき使ってやるんだから覚悟しなさい」

 ルイズも口元を動かし、なんとか笑い返す。貴族の意地だ。貴族として、
平民である魔理沙の生き方に感銘を受けた、などとは口が裂けても言えないのだから。
 それこそ、恥ずかしいことじゃない、とルイズは心の中でつぶやいた。

「……そういえば、マリサの恥ずかしい姿ってなんだったのよ」
「ああ、その話か」

 最初の話を思い出しての問いに、魔理沙は本当に恥ずかしそうに答えた。

「私にとって魔法が恋人だとすると、このメモは恋文だな」
「……そうね」
「こうやって魔法に到達するために行う実験は、謂わば求愛行動だ」
「そう言われると、恥ずかしいわね」
「恥ずかしいだろ」
「そんなわけあるかーっ!」
「いや、本当に恥ずかしいんだって」
「やっぱりあんたはヘンな平民よ」
「ひどいぜ」

 その二人の言い合いは、実に楽しげだった。



「あら、ようやくお帰り……って何よその臭いっ」

 日が暮れようという頃になってようやくルイズの部屋の入り口に戻った二人を、
キュルケは鼻をつまんで出迎えた。

「え? そんなに臭うか?」

 二人とも自分の匂いを嗅ぐ。確かにキノコの臭いが残っているが、自分たちでは
それほどひどく感じない。どうやら長時間キノコ鍋の傍にいて、臭いになれてしまった
らしい。
 キュルケは二人を追い払うように、片手を振った。

「早く風呂に入って来なさいよ」
「へぇ、風呂があるんだ。そりゃ嬉しいぜ」

 どこだ、と問いかける魔理沙の襟首を掴んで引き戻す。

「こら、平民が貴族の風呂になんて入れるわけないでしょ」
「みんな自分の使い魔と一緒に入ってたわよ」
「なによそれ」

 憮然とするルイズを、可笑しそうに眺めるキュルケ。まったくトリステインの貴族は、
特にルイズは、身分の違いを気にしすぎる。だからこそ、からかい甲斐があるという
ものなのだが。

「それとも『貴族』の使い魔を、『平民』の蒸し風呂に押し込めるつもり?」

 貴族、を強調したその言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をするルイズ。
 困ってる困ってる、と内心の笑みを表に出さず、とどめの言葉を放った。

「まあ、ヴァリエール家はケチくさい方々だし、それも仕方ないのかしらね」
「誰がケチくさいのよ! ほらマリサ、こっちよ、ついてらっしゃい!」
「待てって、着替えとかどうするんだよ」

 ルイズと魔理沙が大騒ぎをしながらキュルケの視界から消えてようやく、彼女は
笑みを顔に出した。まったく、このヨーカイという連中が召喚されてから、楽しいこと
ばかりだ。戻ってきたら、昼間食堂で起きた事を話してやろう。きっと驚くに違いない。
なにしろ――(*39)

「おーい、キュルケ」
「なに、モコウ?」

 自室の中から声がかかった。振り向くと、自らの使い魔とした妹紅が、困ったような
顔をしてキュルケのことを呼んでいる。キュルケのネグリジェを纏ってはいるものの、
正直あまり似合っていない。主に、胸元が。

「なんか窓から部屋に入ってこようとした男がいたんで、撃ち落として
 しまったんだけど、まずかったか?」
「え?」

 そういえば今日は誰かと約束していたんだっけ? と記憶を掘り返す。

「思い出せないってことは、大した男じゃないってことよね」
「誰かは知らないが、可哀想に。キュルケから言い寄ったんだろ?」
「過去は過去よ」

 肩を竦めてみせるキュルケ。

「あまり男心を弄ばないことだ。そのうち恨まれるぞ」
「あら、身に覚えでもあるの?」
「ああ」

 からかうような言葉に対して返ってきたのは、怖いくらいに真剣な眼差し。

「ただし、恨まれる方じゃないよ」

 もう終わったことだけどね、と遠い目をする妹紅ではあったが、キュルケは背筋に走った
寒気を押し殺すのに必死だった。普段の泰然とした雰囲気から、只の人間ではないと
思っていたが、どうやらそれはキュルケの思っていたものとは全然違う理由によるもの
らしい。もし今の、一瞬漏れ出した殺気が自分に向けられたものなら、自分は死を覚悟
していたかもしれない。それだけのものを身の中に秘めたこのフジワラモコウという存在は、
一体どういうものなのか。
 そして、この殺気を向けられたものは、どういう存在だったのだろう。(*40)

「……いつか話して貰えるわね?」
「機会があったら、そのうちにね」

 それよりこの服、胸元が余るんだが、ととぼけた様子でキュルケを部屋に
招き入れる妹紅には、もう先程の様な真面目な雰囲気はなかった。



 本塔の地下に風呂場はある。浴槽は縦横それぞれ十数メートルはあり、壁からは
蒸気が噴き出している。もちろん鏡も設置され、自分の姿を映し一喜一憂する
女生徒も居る。
 その巨大な湯船の片隅で、一組の貴族と平民がお湯につかっていた。 もっとも
双方とも、あまり嬉しそうではなさそうだが。
 貴族であるルイズにとって、貴族以外が入っているという風景はどうにも受け入れ
ずらい。それが人間でもない、異形の存在だとすればなおさらだ。
 右を向けば、妖精が主人の肩に掴まって湯につかっている。左を見ると、兎のような
耳の生えた使い魔が、主人の背中を洗っている。そして正面では、自らの使い魔が
渋い顔をしていた。

「うー、やっぱり次からは蒸し風呂とやらのお世話になるぜ」
「この風呂のどこが気に入らないっていうのよ」

 キュルケに焚き付けられたられたとはいえ、せっかく連れてきたのだ。せめて嬉しそうな
顔ぐらいしても、罰は当たらないんじゃないか。
 マリサは何かを嗅ぐような仕草をすると、耐えられないというように鼻をつまんだ。

「いや、匂いがな」
「香水の匂い? いい香りじゃない」
「不自然だぜ」

 彼女の今までいたところにも風呂はあったが、このように香水を入れる習慣は
なかったという。むしろ、硫黄の匂いのする風呂(*41)があったりもするらしい。
それはルイズにとって想像もできないものであった。もっとも、あのキノコの臭いにも
平然としていたくらいだ。やはり色々と違うのかもしれない。

「嫌がってるのはマリサぐらいよ」
「そうか?」
「ほら、気に入ってる使い魔もいるじゃ――」

 指差そうとするルイズの動きが止まる。湯船の縁に腰掛け、心地よさげに目を
つぶっている彼女には、伸びた犬歯と蝙蝠のような羽があった。あれは昼間の話にも
出てきた、吸血鬼ではないだろうか。もっとも、脚を湯に浸し、時々パシャリと跳ね
上げる様は、幼子が水に戯れる様にも見えるのだが。
 マリサはちらりとそちらを見やり、納得したように頷いた。

「あー、アイツは別だぜ。何しろお嬢様だったからな」
「……お風呂を楽しむ吸血鬼なんて見たことも聞いたこともないわ」

 口の中で呟く。魔理沙にも聞こえるかどうかの小さな声であったが、当の吸血鬼は
片眼を開くとジロリとこちらを見遣った。

「聞こえてるわよ」

 固まるルイズ。しかし魔理沙は普通に手をあげ、その吸血鬼に挨拶を送った。

「楽しんでるようだな」
「まあ、悪くはないわね」

 そのまま脚を伸ばしチャプンと湯船に入った吸血鬼は、僅かに湯を揺らしながら
近づいて来る。その白い肌は同じ女性であるルイズから見ても、綺麗だと思わせ
られてしまうものだ(*42)

「レミリアのご主人様はどうした?」
「のぼせたって言って、あがっちゃったわよー」

 つまらなそうに口を尖らせる吸血鬼。こういう仕草だけ見れば、実に子供っぽいのだが。
 しかしそれも一瞬のこと。ルイズの事を見つめると、目を細め可笑しそうに相好を崩した。

「なによ」

 強気を装うルイズではあったが、内心気が気ではなかった。なにしろ、吸血鬼
なのだ。いくら使い魔としての契約は結ばれているといっても、外見が少女のよう
であるとはいっても、警戒はしてしまう。
 しかしレミリアは気にした様子もなく、牙の生えた口を開いた。

「あなたの運命も、大きく変わりつつあるようね」
「え?」

 突然出てきたこの場にそぐわない単語。
 その言葉に戸惑う間にも、レミリアの話は続く。

「もっともそれがあなたにとって、幸福な方向に変わっているのか、
 悲劇的な方向に変わっているのか、までは判らないけれど」
「なんだ、全然解らないぜ。なぁ?」

 頷けばいいのか、否定すればいいのか。魔理沙の問いかけに固まるルイズを、
レミリアはいっそう面白そうに口元を歪めて眺める。

「まったく、これだから脳なんて科学的な組織のある生き物は困るわ」
「そりゃあ、私達は人間だからな」

 レミリアはやれやれと肩をすくめた。

「ゆっくり考えるといいわ」

 そういうと立ち上がり、背を向ける。二、三歩進んだところで、顔だけ振り向いた。
 横目でルイズを一瞥する。

「だけど覚えておきなさい。
 その変化に流されるのか、それとも抗うのか、それはあなたの自由よ」(*43)

 ルイズが息を吐いたのは、レミリアの姿が脱衣所に消えてからだった。

「何だっていうのよ、まったく」
「気にしない方がいいぜ。言ったろ、早く慣れないと辛いぞって」

 もっとも私はこの風呂には慣れそうもないけどな、と笑う魔理沙とは対照的に、
ルイズの顔色は暗かった。



「もうしわけありません、もうベッドの予備はありません」
「あー、やっぱりな」

 頭を下げる黒髪のメイド。夕食後、借りた鍋を返すついでに、寝床を確保しようと
予備のベッドがあるかメイドに聞いた結果がこれだ(*44)。もっとも魔理沙にとっては
予想の範疇である。なにしろ初動が遅すぎた。いくらここが立派な魔法学院だとは
いっても、予備のベッドがそんな数多くおいてあるわけでもないだろう。それに妖怪
とはいえ少女、男子生徒と一つベッドで眠りたいと思う者はそう多くない。
 ルイズだってそう思うだろ? と問いかけるものの、ルイズの反応は芳しくない。
何事か考え込んでいるようだ。むしろ黒髪のメイドの方が頬を赤くしている。そんな
ルイズの様子に魔理沙は肩をすくめた。

「別に私は、ルイズと一緒のベッドでも構わないけどな」
「わたしが構うわよ!」

 ルイズもこれには反発する。いくら相手は自分と同じような少女だとはいえ、平民
なのだ。メイドも、この平民はなんてことを言うんだ、というように恐れた様子でルイズを
見ている。
 もちろん、そんなことを気にする魔理沙ではない。むしろ、にやりと笑い返す。

「平気だって。何しろ一つの布団で一緒に寝るのには慣れてるからな」
「え……」
「もちろん、女同士だぜ」
「ええっ マリサってそういう趣味が――」
「そういうって、どういう趣味だ?」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる魔理沙と、頬を赤らめた上にそっぽを向く
黒髪のメイド。そして怒りと羞恥に顔を赤く染めるルイズ。

「あああああんた達なななな何を勘違いしてるのかしら」
「勘違いしてるのは、ルイズじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ! ほら、さっさと行くわよ!」

 ルイズは魔理沙の腕を掴むと、さっさと歩き出した。後に残されメイドはしばし
呆然とした後、残された鍋を掴みあげる。ふと気になって、臭いを嗅いでみた。

「これ一体何の臭いですかーっ」

 メイドの悲鳴じみた声は、誰にも届かなかった。少なくとも人間には(*45)



 月明かりが差し込む部屋の中で、二人の少女がベッドの上で互いに背を向けて
横になっていた。一人は素肌の上にネグリジェ一枚、一人はシミーズとドロワーズ。

「マリサ……キリサメマリサ……」

 ネグリジェの少女であるルイズが呟く。しかし、反応はない。起きていて聞いていない
フリをしているのか、それとも寝ているのか。身じろぎをしたついでにちらりと背後の
魔理沙を窺うが、なんとも判らない。
 ルイズは両腕で自分の体を抱きしめるようにすると、今日の出来事を思い返した。
 まったく、今までの常識が覆されるような出来事が色々とあった。当たり前のように
空を飛ぶ妖怪の事。この世界のそれとは異なる魔法の事。平民のくせに魔法を使う、
自分の使い魔のこと。

 しかし今ルイズの頭を離れないのは、吸血鬼に風呂場で言われた事であった。
 運命が変わりつつある、とはどういう事なのだろう。わたしの魔法が使えないという事が、
変わるということなのだろうか。それとも、使えるはずのものが使えなくなる、ということ
なのだろうか。
 確かに、今までの生活とはまったく違う日常が始まった。今日一日でもそれはよくわかる。
でもそれはこの霧雨魔理沙という使い魔の所為だ。それともこの魔理沙が使い魔になる
ということ自体が、何かの変化なのだろうか? 確かに自分の想像していた使い魔とは
大きく違ったけど。

 大体使い魔の癖に生意気よ。明日からちゃんとわたしのことはご主人様と呼ばせなきゃ。
さっきもいつの間にか、一緒にベッドで寝ることになっていた。どうもマリサと話をしていると
いつの間にか言い負かされている。ご主人様として失格ね。もっとしっかりしないと。
 などと思いながら、眠りに落ちていく。

 最後にルイズの脳裏に浮かんだのは、『魔法に恋する普通の魔法使い』である事を
宣言した時の、恥ずかしそうな表情をした魔理沙の顔だった。

 *1:タイトルは、同人弾幕ゲーム「東方封魔録」のBGM名より借用
 *2:酒を呑んでも飲まれるな
 *3:でも手伝わない
 *4:でも、羽
 *5:実際の所どうなのかは不明
 *6:もちろん、無詠唱
 *7:ご愁傷様
 *8:同音異義語が通用するのは何故だろう?
 *9:マル略
 *10:ご愁傷様
 *11:詳細はもっと後で
 *12:言わずと知れた遠見の鏡
 *13:実際、酔っぱらっていたし
 *14:普段から、出歯亀視線に晒されていたからか?
 *15:光や波や距離を操るメンツにはこちらが見えたのかも
 *16:希望的観測
 *17:原作的な運命の悪戯
 *18:徹夜の宴会対策は万全だ
 *19:酒好きの連中であることには違いない
 *20:そーなのかー
 *21:野菜以外を食べれるのか不明
 *22:技術者的興味
 *23:人形使い的興味
 *24:同好の士を捜している
 *25:なん……だと……?風に
 *26:妖精とかはじっとしているのが苦手
 *27:何十倍も何百倍も何千万倍も生きてるのもいる
 *28:拡大解釈
 *30:魔理沙の家が片づいていない理由が本当にこの通りかは不明
 *31:天の邪鬼は自分のことを天の邪鬼と認めない。天の邪鬼だから
 *32:詳細は次の話で
 *33:ご存じミニ八卦炉
 *34:有効活用中
 *35:でも子供っぽいことはスルー
 *36:実際の容姿は不明。
 *37:その答えは48点くらい。96点満点で
 *38:この一連の設定は、東方創想話に投稿されているSS、「東方萃夢想 Stage-Ex「乙女の鬼退治」-Normal 」にインスパイアされたものです。
 *39:待て次号
 *40:何が終わったことなのか。何を引きずっているのか
 *41:温泉大好き
 *42:それに劣等感も苛まれないし。体型的に
 *43:どんなに格好つけても全裸なので威厳なし
 *44:ゆっくりした結果
 *45:妖怪は色々といる。出歯亀好きとか


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