あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

04.恋色マジック


04.恋色マジック(*1)


 ルイズはまぶしくて目が覚めた。霞がかかったような頭に苛立ちを感じながら身を
起こす。下はいつものベッドではない。それどころか屋内でもない。
 服も制服のままだ。どうやらここは昨日、召喚の儀式を行った草原らしい。
 一体何があったんだっけ? という疑問は、辺りを見回したとたんに氷解した。

「う゛あ……」

 思わず、貴族らしからぬ呻きを漏らす。死屍累々。その言葉がここまでぴったりと
くる光景は初めてだ、とルイズは思った。気持ちの良さそうな寝息を立てて寝ている
妖怪達と、気持ちが悪そうに呻きながら横たわる生徒達。
 その間を埋める、酒瓶の山。どこにこんな沢山持っていたのだろう、という程に
並んでいる。
 自分も飲んだはず。だから、記憶もとぎれとぎれ。しかし、しっかり覚えていることも
ある。それは、自分の隣で心地よさげな寝息を立てていた。

「キリサメ、マリサ」

 確かそういう名前だった。しかし名前を呼んだ程度では反応はない。ずいぶんと酒を
飲んだのだろう。酒の入っていた瓶をしっかり抱きかかえたままだ。わたしも飲まされて、
疲れていたから簡単に酔いが回って、それで酔いつぶれた、
ということだろう。
 だけど、彼女がいるということは、間違いのない事実。それはすなわち、召喚の魔法が
成功したということ。これでもうわたしは、魔法が使えない落ちこぼれなんかじゃない。
そう思うと、頬がゆるむ。今のわたしなら、レビテーションの魔法だって成功するはずだ。
ほら、目の前にちょうどいい大きさの小石があるじゃないか――


 こうしてその日の朝は、爆発音と共に始まった。


「うわ、なんだなんだ」

 魔理沙が飛び起きると、そこには杖を振り下ろしたまま、呆然とした顔で突っ立って
いるルイズがいた。

「あー、とりあえず、おはよう」

 声を掛けられたルイズは、慌てて杖を背後に隠した。そして取り繕うように胸を張る。

「ご、ご主人様より寝てるなんて、使い魔としてどうなのかしら」
「なんだ、使い魔の仕事には、モーニングサービスまで入ってるのか?」

 まあそれくらいなら構わないけどな、といいつつ周囲を見回し、魔理沙もこの状況に
気がついた。

「やめろー」
「このぜろめ」
「あたまいたい……」
「はきそう……」

 口元を押さえたり、頭を振ったりしながら体を起こす生徒達。どう見ても二日酔いの
集団である。彼らにとってあの爆発は手厳しい目覚めの合図となったことだろう。
ここまで酒を飲まされ、酒に飲まれた(*2)経験は、彼らにはなかったのだから。

 一方、妖怪達もあわてて飛び起きはしたものの、ここが神社の境内でないことに
気がつき、安心した表情で再び座り込んだ。そして一抹の寂しさに吐息を漏らす。
宴会の後を片付けようとする巫女に手厳しく追い立てられる(*3)、ということはもう
ないのだ、ということに気がついて。
 そしてこの場で唯一の大人の人間、コルベールは、周囲を慌てて見回していた。
なぜなら今日はまだ、虚無の曜日ではない。ということは、普通に学校があり、授業が
あるということ。

「皆さん、急いで戻りましょう!」

 慌てるように言うと、自分自身にフライをかけ、そのまま生徒と妖怪を後目に、
飛んでいく。生徒達も自身にフライをかけ、後に続こうとした。いつものように、
ルイズに嘲笑を浴びせることも忘れない。

「ゼロは歩いて……うぷっ」
「あなたも……フライを……ああ、もうダメ……」

 バランスを崩してフラフラしたり墜落しそうになっていなければ、それはきっと効果的な
罵声になっていたのだろう。フライを維持するには、ある程度の精神集中が必要なのだが、
二日酔いの中でもそれを維持できている人間はそう多くなさそうだ。
 歩いた方が安全なのだが、それでもフライで移動しようというのは貴族としての意地と
見栄だろうか。それを見ていた妖怪達はヤレヤレと肩をすくめ、ふわりと宙に浮き上がった。
自分の主人となった人間に肩を貸そうというのだ。
 地面に残り、一人その光景を見上げていたルイズは、思わず呟いていた。

「なんでみんな飛べるのよ」

 しかもルイズの見ていた限りにおいて、呪文が唱えられた様子はない。まるで、鳥が
空を飛ぶのは当然だ、とでもいうかのごとく、自然に浮いていたのだ。
 その人数は、五十に近い。このヨーカイとかいう連中がこれだけ召喚されていた、
という事実に改めて驚く。さらに驚くべき事は

「翼だってないのに」

 ということだ。羽を持つ妖怪・妖精はごく一部。中には、羽と考えるならまったく実用的
ではない、七色の飾りのついた何か(*4)を背に生やした者もいる。そんな者たちも、
当たり前のように飛んでいる。

「普通、飛べるぜ」

 地面に残り、一人何かを探している魔理沙は、そんなルイズの独り言に対して律儀に
合いの手を入れる。

「普通ってねぇ。じゃああなたはどうなのよ」
「私だけなら浮ける程度だな」(*5)
「はぁ……」

 その返答に大きくため息をつく。やっぱり魔法使いとは言っても平民ならこんなものなのか。

「ふふん。この魔理沙様をなめてもらっちゃ困るぜ」

 ルイズの元に戻ってきた魔理沙は、一本の箒を担いでいた。昨日ルイズが召喚した
ときに、魔理沙が座っていたものだ。宴会の邪魔になるからと、遠くに放り出されて
いたらしい。

「ご主人様に向かって何よそれ。だいたいそんな汚い箒がどうしたっていうのよ」

 ふくれっ面のまま問いかけるルイズに、魔理沙はニヤニヤと笑いながら答える。

「空を飛ぶ……いや、駆けるのさ。あいつらよりも速いぜ」
「ふーん」
「あ、信じてないだろ」
「だってこんなので、どうやって飛ぶっていうのよ」

 この世界には、箒に乗って空を飛ぶ魔女、という概念はない。そのことを魔理沙は
知らないが、何であれ飛ぶということを否定されるということは、幻想郷随一の飛行
速度を誇る魔理沙にとって、我慢ならないことだ。

「よーし!」

 魔理沙の瞳が輝きを帯びる。きっと博麗の巫女なら『魔理沙がまた碌でもないことを
考えている』と分かっただろうが、昨日主人となったばかりのルイズにそれを求める
のは、酷というものであろう。

「それではこの霧雨魔理沙の飛びっぷりを、ご主人様にごらんいただきましょう。
 特等席で」
「え? え?」

 戸惑うルイズの目の前で、まず魔理沙は箒を空中に固定した。奇術師のように
地面と箒の間に腕を通し、本当に浮いてることを示してみせる(*6)。ふぇ? という
ルイズの間抜け声に含み笑いを漏らしつつ、魔理沙は自らの箒にまたがった。
 そしてルイズを手招きする。

「……そこに座れっていうの?」
「ああ、特等席だからな」

 魔理沙の前のスペースを指さしつつ、魔理沙はにこやかに笑った。不自然なまでに。
 さすがにルイズの六感が警報を鳴らす。しかし、逃げ出すわけにはいかなかった。
 ここで逃げたら、自分の使い魔を信じていないということを決定づけることになる。
 使い魔を信じないということは、それを呼び出した自分の魔法を信じていないと
いうことだ。自分の唯一となる魔法の成果を否定できるわけがない。
 それに、昨日の召喚直後、魔理沙は自分のことを守ってくれたではないか。

「さあ、追いついてもらおうかしら」

 魔理沙の手を借りて箒にまたがったルイズの命令に、魔理沙は不敵に笑って返す。

「追いつく? ぶち抜くぜ」

 それは、嘘ではなかった(*7)



「すごいわねぇ、風竜は」
「なんだ、早くも他人の使い魔に浮気か?」
「きゅいきゅい!」
「この子、雌」

 タバサの使い魔となった風竜、シルフィードの上に三人の少女が乗っていた。主人で
あるタバサとその友人、キュルケ、そしてキュルケの使い魔となった藤原妹紅である。

「ふふ、妬いてるの? ……いたた」
「確かに焼くのは得意だけどな」(*8)

 人を連れて飛ぶのはどうもね、といいつつ肩をすくめる。それが二日酔いの人間で
あれば尚更である、と。
 さすがのキュルケも、深酒は堪えたようだ。片手で頭を押さえつつ片手で妹紅に
捕まるキュルケに、友人のタバサが救いの手を差し出した、というわけだ。
 三人乗せても、風竜の飛行速度は他の誰よりも速い。頭痛に辟易としながら
キュルケが後ろを振り返ると、妖怪に肩を借りたり、首筋を掴まれたり、抱きつかれ
たりして飛んでいる生徒達が見える。中には手を繋いだだけなのに、頬を赤くする
小太りの男子生徒の姿もある(*9)。その後ろに、普通の生き物を召喚した生徒達が
フラフラと続く。さらに目をこらすと、未だ地上に留まっている
人影が二つ。

「気になるのか?」
「まさか。ただちょっとどうしてるのかと思ったのよ」

 素っ気ない仕草に、妹紅は内心ため息をついた。昨日の様子でも、自分の主人で
あるキュルケとあのルイズという少女にはなにやら因縁じみた関係があるということは
想像がつく。ただそれは自分と蓬莱山輝夜のような殺伐とした関係ではなく、どうやら
ライバルのようなものらしい。問題なのは本人達がそれに気がついていないことで。

 まあ、しばらくは放っておこう、と妹紅は心の中で決めていた。変に弄って悪い方に
転がっても困る。

「あいつらなら、すぐに追いついてくるさ」
「…………?」
「きゅいきゅい!」

 今まで手元の本を読んでいたタバサが不思議そうに妹紅を見上げ、シルフィードが
非難じみた鳴き声をあげる。それも当然だろう。ここからならば、もう目的地である
学院の方が近い。今の速度のままでも、あと三十秒足らずで着くはずだ。

「来るさ。なにしろアイツは――」

 不意に妹紅が後ろを振り返った。他の妖怪達も振り返っている。タバサも気がついて
いた。爆発的な魔力の放出に。

「後方注意!」

 誰かが叫んだが、その時には既に遅かった。
 地上から飛び立った何かが白い固まりを纏い、ものすごい勢いで接近してくる。
 そして誰かが反応するよりも早く、生徒達の真上を駆け抜けていった。その軌跡を
なぞるかのようにまき散らされる星屑に、みな昨日の光景を思い出す。ルイズの
使い魔である霧雨魔理沙が放った、星の花火を。

 これでもし、うわー、とも、ひゃー、とも、ひー、ともいえない悲鳴が聞こえなければ、
ルイズのことを羨む者がいたかもしれない。そのなんとも形容しがたい悲鳴は
ドップラー効果と共に遠ざかり、まるで流星のように学院目がけて落ちていく。

「今日は一段と速いな」
「きゅい!」

 妹紅の評に応えるように一声叫ぶと、シルフィードは追い掛けるように速度を上げた。
今までとは比べものにならない速度ではあるが、時既に遅し。それでも風竜として意地
なのだろう。
 一方、妖怪にも速さを信条とする者がいる。

「私たちもいきますよっ」
「えっ、ちょっとアヤ、待っ――」

 左手で主人の手を握ったまま、右手で団扇を打ち振るう。巻き上がった突風に己と
主人の体を乗せ、これまた男の甲高い悲鳴と共に空を駆けていく(*10)
 後に残された生徒達は呆然とそれらを見送り、そして己の使い魔をそっと窺った。
 その様子に気づいた妖怪が、内心苦笑しつつ応える。

「私たちはこのままの速度でいいですか?」
「そ、そうね、速ければいいというものでもないし……」

 そのやり取りに、頷く者多数。あんな無様な悲鳴を上げるハメになど陥りたくない。
二日酔いで調子が悪いと来れば、尚更だ。
 みな、自分たちの使い魔はあのような無茶で主人を振り回す生き物ではないと思い、
安心していた――まだ、この時は(*11)



 学院の厨房を取り仕切るコックのマルトーは、昨日の晩から機嫌が悪かった。
 生徒の一人や二人が夕食を食べないことはよくあること。そのような分は、コックや
メイドの賄いになるので、みな密かに望んでいたりする。
 しかし昨日の晩は、二年生全員が食事をとりに来なかったのだ。あの誰も座って
いないテーブルの寒々しいことと言ったら!
 そして今朝もまだ、二年生は誰も食堂に現れていない。

「くそっ! これだから貴族ってやつは!」

 いつもの愚痴が漏れる。食材を作る平民のことも、それを運ぶ平民のことも、
調理する平民のことも眼中にないのが貴族だ、というわけだ。

 そんな中突然、外からどよめきと悲鳴が聞こえてきた。

「なんだー?」

 様子を見に行った部下の報告に、マルトーは眉をひそめた。曰く、召喚の儀式を
行っていた二年生がようやく帰ってきたという。まずは生徒四人に、使い魔が一匹と
三人。つまり、人間と思わしき使い魔が三人もいるということだ。
 しかもその人型の使い魔は、まだまだ数がいるらしい。

「人型の使い魔ねぇ」

 この学院で長いこと働いているが、そんな話は初耳だ。もっともマルトーにはそれ
自体は関係ない。重要なのはただ一つ。

「お前ら! どうやら今日からお客さんが増えるらしい。気合いを入れてけ!」
「はいっ!」

 コック達の返事が唱和した。使い魔であろうと旨いと言わせてみせる。
 それが料理人というものなのだ。



 一方、学院長室。コルベールの報告を、次の授業の担当であるシュヴルーズは顔を
強張らせ、学院長であるオスマンは鼻毛を抜きながら聞いていた。

「――という訳で、直近のところでは問題はなさそうですが……」
「ま、見た目は可愛らしい連中じゃな」
「見てたんですか!」

 コルベールの視線が一瞬、オスマンの背後にある鏡に向かう(*12)

「そりゃあなあ。教師も含めて全員帰ってこなかったら、心配もするわい」
「申し訳ありません」

 禿頭を下げるコルベールに対しオスマンは、ヒラヒラと手を振った。

「よいよい。あの場は一緒に酒を飲むのが一番じゃろ。
 それが連中のコミュニケーション手段のようじゃし」
「それで、どう思われますか。連中はおとなしくしているでしょうか?」
「さあ、どうじゃろうなぁ」
「いんちょー!」

 引き抜いた鼻毛をはじき飛ばしながらの台詞に、非難めいた声を上げるコルベール。
 しかしオスマンはそれを無視し、真剣な声色で話し始めた。

「ただな。連中を見た目通りの存在だと思わん方がよいぞ」
「はい。なにやら色々出来るようです」

 そういいつつ、懐から幻想郷縁起を取り出したが、書かれている内容を説明すべきか
迷う。一応本人達から直接話は聞いたのだが、運命を操るだの、豊穣を司るだの、
永遠と須臾を操るだのと、どう考えても酔っぱらいの戯言としか聞こえなかったのだ(*13)
 受け取ったオスマンはペラペラとめくりながら、言葉を続ける。

「鏡で覗いた時にな。ヨーカイ共が、こっちを向いたんじゃ」
「はぁ……」

 言葉の意味が分からないコルベールに嘆息し、説明を続けた。

「魔法を介して気取られず観察できる筈のこちらの視線を感じて、反応したんじゃよ、
 連中は」(*14)
「……単なる偶然では?」
「三十人からが一斉に振り向いてもか?」
「それは――っ!」

 絶句するコルベール。

「その上、笑顔で会釈までしてきおった。まったく、どういう連中なのやら」

 そこまでしてきたのはごく一部なのだが(*15)、それでも肝が冷えたことは確かだ。
 ペラペラと幻想郷縁起をめくっていた手が、ふと止まる。印刷されている文字は
読めないが、イラストの下に見慣れた文字が書き込まれていた。

「キリサメマリサに……ミス・ヴァリエール?」
「ええ。彼女も召喚に成功しまして」
「そりゃよかった」

 不幸中の幸いというやつか、というオスマンの言葉は、おそらくこの学院全ての
教師の内心を代弁したものといっても過言ではない。ヴァリエール家という高名な
貴族の息女がこの学院に預けられたのは、魔法に関する能力についてということも、
大きな一因なのだから。

「それで――」

 今まで一言も発しなかったシュヴルーズが、引きつったような声を漏らした。

「次の授業はどうすればよいでしょうか」
「……普通でいいんじゃないかの」
「普通……ですか」
「連中は、ここが学舎であることは理解しとるんじゃろ」

 コルベールはうなずき、言葉を継いだ。

「それに使い魔としての責は全うすると」
「主人達が静かにしていろという限りは、静かにしているじゃろ」
「はあ……」

 まだ要領を得ない表情のシュヴルーズに、オスマンはしたり顔で頷いた。
コンタクト・サーバントによる契約が成されているのだ。実際にはそれほど
心配するほどのこともないのではないか、と(*16)

「そういえば契約といえば――」

 何かを思い出したようにコルベールは、オスマンの手元の本を指さした。
 いまだに開かれている霧雨魔理沙のページには、彼女の額に浮かび上がった
ルーンが書き写されている。

「このようなルーン、私は見たことがないのですが……」
「……私もないぞ」

 シュヴルーズも黙って首を振る。三人とも、教師として長い。数多くの使い魔を
見ているが、このようなルーンを見たことは初めてである。もっとも、このように
奇妙な連中が召喚されたのも初めてのことではあるが。そこに何かしらの関係性が
あるのではないだろうか(*17)

「調べてみます」
「うむ、任せる……が、無理はせんことじゃ」
「は?」
「いや、まだ夜は寒いじゃろ?
 酒を飲んで外で寝て、風邪でもひいてないかと思ってな」

 ま、そんなヤワなわけでもないか。と笑うオスマンに対し、コルベールの顔が
徐々に引きつっていく。

「寒く……なかったのです、そういえば」
「ふむ。運がよいことじゃな」
「夜を通して暑くもなく寒くもなく、心地の良い風が吹いて、
 まるで春の木陰にいるような……」(*18)
「……運がよい、だけでもなさそうじゃな、それは」

 三人そろって嘆息した。運や偶然でなければ、この新しい使い魔達の仕業なの
だろう。
 オスマンが杖を振ると、鏡に何かが映し出された。食堂のようだ。貴族たちと共に
テーブルに着く、使い魔の姿が見える。二日酔いのせいか顔色の悪い生徒達に対して、
使い魔となった妖怪たちは実に楽しげな笑みを浮かべていた。

 いったいこの妖怪という連中は何者なのだろうか(*19)



 ルイズは気がつくと、アルヴィーズの食堂に座っていた。その直前の記憶は、
急速に近づいてくる地面だった気がする。あれは死んだと思った。走馬燈も走ったし。
 でも今は、こうしてちゃんと食堂に座っている。その上左手にはフォーク。
 先にはつけ合わせの野菜が刺さり、囓った後まである。全然覚えてないけれど。
 そして彼女をこのような目に遭わせた使い魔はというと、彼女の横に座り、
他の使い魔と出来の悪い漫才に興じていた。

「――それで、その速さの秘密はなんです?」
「ん? いつも通りだぜ」
「ふふふ。私の目はごまかせませんよ」
「じゃああれだ。『郷に入っては郷に従え』」
「あなたは、そう簡単に従うような人間ですか?」
「あー、そりゃ気のせいだ。今の私は、ご主人様の命令を忠実に守る使い魔だぜ」
「どこが忠実な使い魔よーっ!」

 思わず大声で叫んでしまった。

「うるさいー」
「あたまにひびくって言ったでしょー」
「このぜろのばかがー」

 呪詛のような呻きが周囲から返ってきた。どうやら二日酔いは未だに治って
ないらしい。食欲もない様子だが、その分、妖怪達が食べている。

「ご主人様、食べないんですか?」
「むしろよく食べれるな、君たちは」
「?」

 呆れたような男子生徒の答えに、猫の尻尾を二本持つ使い魔は可愛らしく首を
傾げながら、主人が取り分けた鶏肉にかぶりついた。彼もまた昨日の深酒が
堪えている。彼ら以上にこのヨーカイといわれる連中は酒を飲んでいる筈なのだが、
なんでこんなに普通なんだろう。それに意外とみな、行儀がよい。きちんとナイフと
フォークも使っている。昨日の夜の騒ぎ方からすれば信じられないくらいだ。
 もっとも中には、鶏を骨ごとバリバリと噛み砕き、主人の顔を引きつらせている
者もいる。見た目が可愛らしいだけに、ギャップが酷い(*20)
また、野菜だけを少しだけ食べているものもいる。

「食べないの?」
「うん、朝からそんなに食べたら、太っちゃうよ」(*21)

 使い魔となった妖精の返答に、複雑な表情を見せる女生徒。年頃の女性として、
やはり体型は気になるところだ。

 また別の生徒は、自らの使い魔がメイドに真っ赤な飲み物を持ってこさせる様子を、
気が抜けた風に見ていた。
 彼女がその血のように紅いワインを飲む様子を見ながら呟く。

「血は飲まないのか……」
「下手な血よりは美味しいよ」

 そういうと何が可笑しいのか、ケタケタと笑う。

「人間って鶏を食べるのに、鶏小屋に入って生きてる鶏に噛みつくの?」
「まさか」
「じゃあ、そういうことっ」

 無邪気な様子で盃を一気に空ける。ニコリと笑った口に覗く犬歯は、今し方飲んだ
ワインで紅く染まっていた。
 また食事とは関係なく、むしろ周囲の人形に興味を示している者達もいる。

「ねぇ、一つ分解してみていい?」(*22)
「やめなさい、高いのよ、あれ」
「大丈夫、ちゃんと元には戻すから」
「……まずは、もっと安いので試して欲しいわ」

 また別の主従でも。

「可愛い子達ね。一体貰えないかしら?」(*23)
「やめてくれ、あれは学院の備品で、高いんだぞ」
「そう、残念だわ」
「だったら僕が一つ作ってあげよう」
「あら、あなた、そんなことも出来るの?」
「ふふん。僕は青銅のギーシュ。この二つ名が意味するところは――」

 しまった、と思うも後の祭り。二日酔いとも思えぬ勢いで始まった自慢話を
聞き流すアリス。一部そういうのもいるが、おおかたの所、この主人と使い魔達は
良好な関係を築きつつあるようだ。
 そんな二年生と使い魔を、一年生と三年生が左右から、教師達が上からちらちらと
窺っている。興味半分、恐怖半分、羨望少々、といったところだろうか。
 召喚の儀式でこのような人の姿をした者達が呼び出されたということは、今まで
例がない。しかもみな基本的に、少女、もしくは年頃の女性の姿をしているのだ。
貴族とはいっても年頃の青少年、興味がないと言えば嘘になる。
 とはいっても、異形の存在であることには違いない。妙な動きを見せたら即座に
対応できるようにと、杖を握りしめている教師もいる。もっとも大半の者達は
様子見だ。主人となった二年生と普通にやり取りをしている、ということもあるし、
その能力が分からない、ということもある。

 先ほど中庭に突如として落ちてきた生徒と使い魔には、一時騒然となったものだ。
 本人曰く、落ちてきたわけではなく着陸した、ということだが、フライという魔法の
能力では、あの勢いを制御できるものではない。
 だから二年生達を羨む者達もいる。メイジの力を見るなら使い魔を見ろ、と一般的に
言われているではないか。あの主人となった生徒も、実はすごい力を秘めているの
ではないか、という憶測も飛んでいる。
 もっとも、実際にその着陸を自らの体で体験した生徒にとっては色々と不満が
あるらしい。だから、こんな文句も出る。

「なんでわたしたちと一緒に座ってるのよ」
「まさか床に座らせて、食べさせるわけにもいかないでしょ」

 不満気なルイスの声に、キュルケが面白そうに応えた。彼女の使い魔である
妹紅は、我関せずというようにハシバミ草を囓っている。その様子をタバサがじっと
見ているのは、単に退屈だからというわけではないようだが(*24)、この場には
関係ないので割愛。

「なんだ、このすばらしい使い魔に不満でもあるのか?」
「あたりまえでしょ。わたしは、追いつけ、っていったのよ」
「追いつけ、といわれたから、ちゃんとぶち抜いたってのに」
「なんで追いつくだけにしないのよ」
「私はいつだって全力全開だぜ」
「全力全開っていうより、全力全壊ですね」

 親指を立てての魔理沙の台詞に、横から射命丸文が口を挟んだ。壊すのが
魔理沙の専売特許でしょう、と何やら懐から紙切れを取り出す。そこに印刷された
写真の中には、窓を壊しつつ外に飛び出す魔理沙の姿があった。

「なるほど、さすがアヤ、上手いこというね」

 さらに口を出すマリコルヌ。いつも悪口を言い合う相手の参入は、ルイズにとって
都合が良かった。怒りの捌け口という意味で。

「かぜっぴきは黙ってなさいっ」
「俺は風上のマリコルヌだっ」

 そのまま始まった二人の言い合いを余所に、魔理沙と文は顔を見合わせた。

「この世界は日本語というわけじゃないですよね」
「ああ、昨日の禿頭の教師が書いてた文字は、私には読めなかったな」
「それでも会話は通じるし、同音異義語を使った冗句も伝わってます」
「面白いこともあるもんだぜ」
「これなら、いつもの調子で新聞を書いても、ちゃんと訳してもらえそうですね」
「なんだ、ここでも新聞を作るつもりなのか?」

 呆れたような魔理沙に、文はあたりまえじゃないですか、と鼻を鳴らした。

「新聞の名前も考えてあります。
 その名も文々。※新聞(ぶんぶんまるこめしんぶん)」
「まる……こめ……?」(*25)
「私のご主人様に敬意を表してですね――」
「マルコメじゃなくて、マリコルヌ、だよぅ」

 情けなさそうなマリコルヌの声。さすがに聞き流すわけにはいかなかったらしい。

「それを言ったら、私だってブンじゃなくてアヤです。
 いいですか、こういうのはちょっとした教養と余裕がなせる言葉遊びで――」

 そのまま説明とも説教ともつかない話が始まってしまったが、マリコルヌはそれを
どこか嬉しそうに聞いている。堪らないのは口げんかの最中に放り出された格好と
なったルイズだ。右腕を振り上げたままの肩を、ポンポンと叩かれた。
 振り返ると、神妙な顔をした自らの使い魔。

「早く慣れないと、辛いぞ」
「そうそう。こんな経験、なかなか出来るものじゃないわよ」

 キュルケに同調までされてしまい、ルイズは深く溜め息をついた。まるで自分だけ
おかしいみたいじゃない。ルイズは他の生徒達とは異なる頭痛に襲われていた。



 覚悟を決めて教室に入ったシュヴルーズは、意外と平穏な状況に内心安堵の息を
ついた。見るからにつまらなそうな様子で座っている者達(*26)もいるが、騒がれる
よりはよっぽど良い。むしろ気になるのは、観察するかのような視線だ。
 普通に、という学院長の言葉を思い出しつつ、彼女は毎年恒例となった挨拶を
口にした。

「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、
 こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 今年は特に、可愛らしい使い魔が大勢いますね、という声に、当の妖怪達は微妙な
笑みを浮かべた。確かに外見は可愛らしいが、大半の妖怪はシュヴルーズの何倍も(*27)
生きているのだから。
 何はともあれ、こうして授業が始まった。生徒達の体調を考慮してか今回は復習的な
内容らしく、多くの生徒は聞き流している状態だ。むしろ、一部の使い魔達の方が熱心に
授業を聞いている。
 シュヴルーズが実際に真鍮を練金してみせると、小さなどよめきが起こった。

「無から小石を生成したり、そこから組成を組み直して真鍮を作ったり……
 面白いわね」
「なるほど、パチュリーの言う通りだ。あの魔力消費量は異常だぜ。少なすぎる」
「実は召喚魔法の応用で、物体の入れ替えを行っているとか?
 そちらの方がよっぽど納得できるわ」
「重要なのは、それが体系だった魔法として成り立っている事よ」
「研究するための所ではなく、習得するための所、か」
「貴族の立場が圧倒的優位にある理由がよく分かるわ」
「お静かに!」

 シュヴルーズの注意に、三人の言葉が止まる。しかし、シュヴルーズの冷や汗は
止まらなかった。観察されていたのは彼女個人ではなく、この学院、そして魔法
そのものだったことがわかったのだから。
 もっとも、だからといってどうこうできるわけでもない。彼女はいつも通り授業を進める
ことにした。ここでは生徒に練金を試してもらう場面。ならば――

「ミス・ヴァリエール」
「はい」
「練金を、あなたにやってもらいましょう」

 あなたの無駄口の所為よ、などと使い魔にあたっているが、それは違う。彼女が
魔法を上手く使えないということは、シュヴルーズも話にだけは聞いている。先ほどの
三人の前で実践させれば、何か原因のようなものもわかるのではないか、と考えたのだ。
ただ、どのように失敗するか、ということまで詳しく知らなかったのが、迂闊ではあるが。
 もっとも、当の使い魔の方は乗り気でないようだ。

「止めた方がいいんじゃないか?」
「なによ!」
「いや、だってなぁ……」

 周りを見回すと、生徒達はみな、ルイズに思いとどまるような言葉をかけたり、何か
から避難するかのように机の下に潜り込んでいる。つまり、ルイズの魔法は危険なのだ。
 そういえば今朝、爆音で飛び起きた直後に魔理沙が見たものは、杖を持ったルイズの
姿だった。そして昨日の夜のコルベールの話。併せて考えれば、何が起きたのか、
そしてこれから何が起きるのかは容易に想像つく。

「朝だって失敗したんだろ?」
「だから何よ! 今度はちゃんと出来るかもしれないじゃない!」
「失敗した原因は分かってるのか?」
「う……」
「それじゃあ失敗するだろ、間違いなく」
「うるさいうるさいうるさい!
 何度も練習したんだもん。今度ぐらい成功するわよ!」


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