「来るぞカズキ!手を放すな!」
――夏の洋上。対ヴィクター、最終決戦。
アレクサンドリアの残した研究成果では、完全に化物となったヴィクターを再人間化するには、今一歩出力が足りなかった。
怒れる魔人は、同じが如き境遇で、しかしそれでもなお向かってくる男に、強力な一撃を見舞おうとする。
槍を掴む手に、力が込められるのがわかった。
「キミと私は一心同体、キミが死ぬ時が、私が死ぬ時だ!」
黒髪の女子、斗貴子が叫ぶ。ここから先は、どちらかが倒れるまでの死闘となる。
そう、だから――
――夏の洋上。対ヴィクター、最終決戦。
アレクサンドリアの残した研究成果では、完全に化物となったヴィクターを再人間化するには、今一歩出力が足りなかった。
怒れる魔人は、同じが如き境遇で、しかしそれでもなお向かってくる男に、強力な一撃を見舞おうとする。
槍を掴む手に、力が込められるのがわかった。
「キミと私は一心同体、キミが死ぬ時が、私が死ぬ時だ!」
黒髪の女子、斗貴子が叫ぶ。ここから先は、どちらかが倒れるまでの死闘となる。
そう、だから――
「―――え?」
「ゴメン、斗貴子さん」
繋いだその手を、解き放す。
「その約束、守れない」
繋いだその手を、解き放す。
「その約束、守れない」
ゆっくりと、暗い海へと降下する斗貴子を見て、別れの言葉を告げた。
「本当に、ゴメン」
「本当に、ゴメン」
「――――――――カズキッ!!!」
使い魔の達人 第三話 ゼロのルイズ
――最悪の目覚めであった。
早朝。カズキは沈んだ気持ちで上体を起こす。窓から陽光が差込み、カーテンに淡くシルエットを刻む。
床の上で寝たためか、身体が少し痛い。が、肉体の疲労は大分取れたようだ。その替わり、精神の方が非常に重い。
…斗貴子さん、泣いてたな。
別れ際の斗貴子の顔、その悲痛な叫びは、今も目と耳について離れない。幾度謝っても、謝り切れない。
今も泣いているのだろうか。それを考えると、カズキは切なくなった。
視界の端に、ぽつんと置いてあるものが目に付く。昨夜渡されたルイズの下着である。
そう、オレは今、決死の覚悟でヴィクターと共に月へと飛び、何故か女の子の使い魔とやらをやることになった。
カズキは切なくなった。
「確か、洗濯しろって言われてたっけ」
確認するように呟くと、下着に目を向ける。恥ずかしくて直視できないが、とりあえず恐る恐る手に掴めば、立ち上がる。
なんだか、いけないことをしているような気分になった。
ベッドを見ると、自分をこの世界に呼んだ張本人、ルイズがすやすやと寝息を立てていた。
女の子の寝顔なんて、小さい頃の妹、まひろのものぐらいしか記憶にない。
起きてる時にはやれ貴族だ、メイジだ、使い魔だと、少々口うるさい分からず屋だが、寝ている時は人形のような可愛さだ。
寝顔を覗き込みながら、カズキはそんなことを考えた。
そのまま見惚れているわけにもいかない、と頭を振って。
部屋を見渡せば、昨日の高価そうな椅子に、昨夜着ていた服がそのなりでかけてある。あれは洗濯を託ってないし、いいか。
カズキは静かに部屋を出て、昨日通ってきた廊下を遡り、女子寮の出入り口までやってきた。
「…そういや、洗い場って何処にあるんだろ」
昨日は学院の入り口からまっすぐ食堂の厨房。ほとんど中庭で時間を潰し、その後女子寮まで歩いてきた。
さて、その中で洗濯をできそうな場所は…
「うーん?」
首を捻る。するとそこに――
「ムトウさん、でしたっけ?」
後ろから声をかけられる。見ればそこに、衣類の入った籠を抱えたメイド、シエスタが居た。
「あ、シエスタさん。おはよう。早いんだね」
「おはようございます。この時間なら、学院の平民はほとんどが起きて仕事を始めていますわ。ムトウさんも?」
「あ、うん。ルイズにこれ、洗濯しろ…って…」
何気なく手を掲げれば、そこには先ほどから下着が握られているわけで。
カズキは思わず下着を後ろ手に隠す。なんだか自分がいけない方向へ進んでいるような気がしてくる。
「まぁ…それは、大変ですわね。わたしもこれから貴族の皆様の御召し物を洗いに行くんですよ」
くすくすと笑いながら、籠の中のそれを見せるように。なるほど、洗濯物か。カズキはハッとして
「ちょうど良かった。実は何処で洗えば良いかわかんなくってさ」
照れたような仕草で、そう伝える。すると、シエスタはこっちですよ、と促して
「そう言えばムトウさん、噂になっていましたよ。ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって」
「ふーん、やっぱこっちじゃ珍しいのかな」
自分の左手に刻まれたルーン。うっすらと輝くそれを見つめ、返す。なんでも普通は光ってないのだとか。
「聞いた限りでは前例がないことみたいですけど、まぁミス・ヴァリエールですし…」
そこで、はっとした顔になって口をつぐむシエスタ。なんだ?カズキは気になった。
「と、ところで、ミス・ヴァリエールに例の許可はいただけたんですか?ここを出て行くって言う…」
どこか苦しそうに話題を変えるシエスタ。が、今自分の横に、カズキが歩いていることを見るに…
「…ダメだった」
苦笑交じりに首を振る。やはり、ダメだったか。
「それは…残念でしたわね」
なんと声をかけていいかわからず、そう返してしまう。
「で、でも!此処も此処で、なにかと住み心地は良い所ですから!
困ったことが、あったら何でも言ってくださいね。平民同士、助け合わなきゃ」
取り成すように続けた。昨日無責任な助言をした、せめてもの詫びも含んでいる。
「うん、ありがとう。シエスタさん。
まぁ、ダメはダメでも、ルイズと話してみて、一応はお互い納得できる形に落ち着いたと思うから」
よもや、化物になった自分の始末を任せたなどとは言えないが。
その言葉に、シエスタは目を丸くしながら
「そうなんですか?それは良かったですね…あ、ここです」
などと話している内に、水場に到着。そこに至って、ここでカズキは重要なことに気付く。
「あ、そっか。こっちじゃ手洗いなんだよな」
洗濯機なんてあるわけがない。未だ手に掴んでいるそれを、自分の手で洗わなければいけないのか…。
「そうですよ?あぁ、お洗濯、為されたことないんですか?」
こっち?と首を傾げながら、シエスタ。洗濯籠を置いて、タライや桶、洗濯板を用意したり、てきぱきと要領が良い。
「恥ずかしながら…女の子の下着は流石に」
「ふふっ、それじゃあ量も少ないですし、ムトウさん…ミス・ヴァリエールのものから先にしちゃいましょうか。何事も経験ですわ」
「よ、よろしくお願いします…」
何処か畏まった調子で、カズキはそう言った。
早朝。カズキは沈んだ気持ちで上体を起こす。窓から陽光が差込み、カーテンに淡くシルエットを刻む。
床の上で寝たためか、身体が少し痛い。が、肉体の疲労は大分取れたようだ。その替わり、精神の方が非常に重い。
…斗貴子さん、泣いてたな。
別れ際の斗貴子の顔、その悲痛な叫びは、今も目と耳について離れない。幾度謝っても、謝り切れない。
今も泣いているのだろうか。それを考えると、カズキは切なくなった。
視界の端に、ぽつんと置いてあるものが目に付く。昨夜渡されたルイズの下着である。
そう、オレは今、決死の覚悟でヴィクターと共に月へと飛び、何故か女の子の使い魔とやらをやることになった。
カズキは切なくなった。
「確か、洗濯しろって言われてたっけ」
確認するように呟くと、下着に目を向ける。恥ずかしくて直視できないが、とりあえず恐る恐る手に掴めば、立ち上がる。
なんだか、いけないことをしているような気分になった。
ベッドを見ると、自分をこの世界に呼んだ張本人、ルイズがすやすやと寝息を立てていた。
女の子の寝顔なんて、小さい頃の妹、まひろのものぐらいしか記憶にない。
起きてる時にはやれ貴族だ、メイジだ、使い魔だと、少々口うるさい分からず屋だが、寝ている時は人形のような可愛さだ。
寝顔を覗き込みながら、カズキはそんなことを考えた。
そのまま見惚れているわけにもいかない、と頭を振って。
部屋を見渡せば、昨日の高価そうな椅子に、昨夜着ていた服がそのなりでかけてある。あれは洗濯を託ってないし、いいか。
カズキは静かに部屋を出て、昨日通ってきた廊下を遡り、女子寮の出入り口までやってきた。
「…そういや、洗い場って何処にあるんだろ」
昨日は学院の入り口からまっすぐ食堂の厨房。ほとんど中庭で時間を潰し、その後女子寮まで歩いてきた。
さて、その中で洗濯をできそうな場所は…
「うーん?」
首を捻る。するとそこに――
「ムトウさん、でしたっけ?」
後ろから声をかけられる。見ればそこに、衣類の入った籠を抱えたメイド、シエスタが居た。
「あ、シエスタさん。おはよう。早いんだね」
「おはようございます。この時間なら、学院の平民はほとんどが起きて仕事を始めていますわ。ムトウさんも?」
「あ、うん。ルイズにこれ、洗濯しろ…って…」
何気なく手を掲げれば、そこには先ほどから下着が握られているわけで。
カズキは思わず下着を後ろ手に隠す。なんだか自分がいけない方向へ進んでいるような気がしてくる。
「まぁ…それは、大変ですわね。わたしもこれから貴族の皆様の御召し物を洗いに行くんですよ」
くすくすと笑いながら、籠の中のそれを見せるように。なるほど、洗濯物か。カズキはハッとして
「ちょうど良かった。実は何処で洗えば良いかわかんなくってさ」
照れたような仕草で、そう伝える。すると、シエスタはこっちですよ、と促して
「そう言えばムトウさん、噂になっていましたよ。ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって」
「ふーん、やっぱこっちじゃ珍しいのかな」
自分の左手に刻まれたルーン。うっすらと輝くそれを見つめ、返す。なんでも普通は光ってないのだとか。
「聞いた限りでは前例がないことみたいですけど、まぁミス・ヴァリエールですし…」
そこで、はっとした顔になって口をつぐむシエスタ。なんだ?カズキは気になった。
「と、ところで、ミス・ヴァリエールに例の許可はいただけたんですか?ここを出て行くって言う…」
どこか苦しそうに話題を変えるシエスタ。が、今自分の横に、カズキが歩いていることを見るに…
「…ダメだった」
苦笑交じりに首を振る。やはり、ダメだったか。
「それは…残念でしたわね」
なんと声をかけていいかわからず、そう返してしまう。
「で、でも!此処も此処で、なにかと住み心地は良い所ですから!
困ったことが、あったら何でも言ってくださいね。平民同士、助け合わなきゃ」
取り成すように続けた。昨日無責任な助言をした、せめてもの詫びも含んでいる。
「うん、ありがとう。シエスタさん。
まぁ、ダメはダメでも、ルイズと話してみて、一応はお互い納得できる形に落ち着いたと思うから」
よもや、化物になった自分の始末を任せたなどとは言えないが。
その言葉に、シエスタは目を丸くしながら
「そうなんですか?それは良かったですね…あ、ここです」
などと話している内に、水場に到着。そこに至って、ここでカズキは重要なことに気付く。
「あ、そっか。こっちじゃ手洗いなんだよな」
洗濯機なんてあるわけがない。未だ手に掴んでいるそれを、自分の手で洗わなければいけないのか…。
「そうですよ?あぁ、お洗濯、為されたことないんですか?」
こっち?と首を傾げながら、シエスタ。洗濯籠を置いて、タライや桶、洗濯板を用意したり、てきぱきと要領が良い。
「恥ずかしながら…女の子の下着は流石に」
「ふふっ、それじゃあ量も少ないですし、ムトウさん…ミス・ヴァリエールのものから先にしちゃいましょうか。何事も経験ですわ」
「よ、よろしくお願いします…」
何処か畏まった調子で、カズキはそう言った。
シエスタの指導の下、洗濯も程なく終わり、干した後には一旦部屋へ戻る。乾いたら部屋へ運んでくれるとの事で、至れり尽くせりだ、とカズキは思った。
「えーと、こっちだったっけ」
記憶を頼りに、女子寮の廊下を進む。ぼちぼち他の生徒も目覚め始めている頃のようだ。
時々すれ違う、早起きな生徒に驚かれたりするが、どうやら噂と言うのは生徒にも広まっているようだ。
すぐに、何処か小馬鹿にしたような目を向けられた。カズキはその度に頭上に疑問符を浮かべた。
うーん?やっぱ平民ってやつだからなのかな?ルイズもなんだか嫌がってたし。
そんなことを考えるうちに、ルイズの部屋まで辿り着く。扉を開ければ、まだルイズは眠っていた。
よく見れば、枕元には自分の携帯。随分と気に入られたようだ。
「まだ寝てる…もう起きてる人いたよな。流石に起こさなきゃまずいか」
女の子ってどう起こせば良いんだろうか。とりあえず普通に起こすか。
軽く揺さぶってみる…が、どうにも寝つきが良い様で、気持ち良さそうにくぅくぅ寝続ける。
「おーい、朝だぞー」
時折ぺしぺしと頬を軽くはたき、揺さぶる。
「んにゅ…」
目覚めが近いのか、可愛い声で一つ鳴くルイズ。思わず手が止まる。が、いやいや、とにかく起きてもらおうと、強く揺さぶって
「ん…んん?……あんた誰!?」
夢から半分目覚めたらしいルイズは、自分の眠りを妨げた者がなんなのか判別できていない様子。寝ぼけ眼のまま、指をぴしりと突きつける。
昨日いの一番に聞いた台詞を、もう一度聞くことになるとは思わなかったカズキは、しかし律儀に答える。
「なに、もっかい名前言うの?カズキ。昨日ルイズに召喚された、武藤カズキだよ」
「…あ、そっか。使い魔、昨日召喚したんだったわね」
そう、異世界から来た使い魔。化物になるらしい使い魔。でも、今はどこをどう見ても、ただ平民の使い魔だ。
まったく、変なのを呼んじゃったこと。だけど使い魔は使い魔だ。まずは…
「じゃ、服」
さっそく命令をする。
カズキは早朝見かけた椅子にかけてある服を渡す。すると、ルイズは寝巻きにしていたネグリジェをだるそうに脱ぎ始めた。
全速力で回れ右。一瞬ちらりと見えたおへそが、脳裏に焼きつく。ちなみにへそから下は、見事に毛布に包まれていた。
「下着」
「そ、それは流石に自分でとれよ」
顔を熱くしながらそう返す。が、ルイズはかまわず
「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しねー」
そう続けてくるからたまらない。どうやらとことん使い倒すつもりらしい。
しぶしぶ、といった調子でクローゼットの引き出しを開け…カズキは目を回しそうになった。
当然だが、中には下着がたくさん入っているのだ。なかなかきつい光景だ。
適当に掴んでは、ルイズのほうを見ないようにして渡す。その間、カズキは心の中で斗貴子に土下座していた。
「着せて」
「いやぁあああんッ!!」
限界だったようだ。涙目になって、奇声を挙げる。
「何が嫌なのよ。平民のあんたは知らないだろうけれど、貴族は下僕が居る時は自分で服なんて着ないのよ」
下僕って…カズキは頭が痛くなった。
妹のまひろにも、小さい頃ならばともかく、ここ数年で着替えを手伝ったなんて事はもちろんない。
お、オレはどうなってしまうんだ…カズキが息を乱し、ぐわんぐわんと頭を揺らしていると
「あらあら、この使い魔はまったく言うことを聞かないわね。バツとしてご飯抜きかしら」
困ったわ、といった調子でルイズがいうと、カズキはやがて、のっそりと動き出した。心の中で、臓物をブチ撒けられながら。
「えーと、こっちだったっけ」
記憶を頼りに、女子寮の廊下を進む。ぼちぼち他の生徒も目覚め始めている頃のようだ。
時々すれ違う、早起きな生徒に驚かれたりするが、どうやら噂と言うのは生徒にも広まっているようだ。
すぐに、何処か小馬鹿にしたような目を向けられた。カズキはその度に頭上に疑問符を浮かべた。
うーん?やっぱ平民ってやつだからなのかな?ルイズもなんだか嫌がってたし。
そんなことを考えるうちに、ルイズの部屋まで辿り着く。扉を開ければ、まだルイズは眠っていた。
よく見れば、枕元には自分の携帯。随分と気に入られたようだ。
「まだ寝てる…もう起きてる人いたよな。流石に起こさなきゃまずいか」
女の子ってどう起こせば良いんだろうか。とりあえず普通に起こすか。
軽く揺さぶってみる…が、どうにも寝つきが良い様で、気持ち良さそうにくぅくぅ寝続ける。
「おーい、朝だぞー」
時折ぺしぺしと頬を軽くはたき、揺さぶる。
「んにゅ…」
目覚めが近いのか、可愛い声で一つ鳴くルイズ。思わず手が止まる。が、いやいや、とにかく起きてもらおうと、強く揺さぶって
「ん…んん?……あんた誰!?」
夢から半分目覚めたらしいルイズは、自分の眠りを妨げた者がなんなのか判別できていない様子。寝ぼけ眼のまま、指をぴしりと突きつける。
昨日いの一番に聞いた台詞を、もう一度聞くことになるとは思わなかったカズキは、しかし律儀に答える。
「なに、もっかい名前言うの?カズキ。昨日ルイズに召喚された、武藤カズキだよ」
「…あ、そっか。使い魔、昨日召喚したんだったわね」
そう、異世界から来た使い魔。化物になるらしい使い魔。でも、今はどこをどう見ても、ただ平民の使い魔だ。
まったく、変なのを呼んじゃったこと。だけど使い魔は使い魔だ。まずは…
「じゃ、服」
さっそく命令をする。
カズキは早朝見かけた椅子にかけてある服を渡す。すると、ルイズは寝巻きにしていたネグリジェをだるそうに脱ぎ始めた。
全速力で回れ右。一瞬ちらりと見えたおへそが、脳裏に焼きつく。ちなみにへそから下は、見事に毛布に包まれていた。
「下着」
「そ、それは流石に自分でとれよ」
顔を熱くしながらそう返す。が、ルイズはかまわず
「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しねー」
そう続けてくるからたまらない。どうやらとことん使い倒すつもりらしい。
しぶしぶ、といった調子でクローゼットの引き出しを開け…カズキは目を回しそうになった。
当然だが、中には下着がたくさん入っているのだ。なかなかきつい光景だ。
適当に掴んでは、ルイズのほうを見ないようにして渡す。その間、カズキは心の中で斗貴子に土下座していた。
「着せて」
「いやぁあああんッ!!」
限界だったようだ。涙目になって、奇声を挙げる。
「何が嫌なのよ。平民のあんたは知らないだろうけれど、貴族は下僕が居る時は自分で服なんて着ないのよ」
下僕って…カズキは頭が痛くなった。
妹のまひろにも、小さい頃ならばともかく、ここ数年で着替えを手伝ったなんて事はもちろんない。
お、オレはどうなってしまうんだ…カズキが息を乱し、ぐわんぐわんと頭を揺らしていると
「あらあら、この使い魔はまったく言うことを聞かないわね。バツとしてご飯抜きかしら」
困ったわ、といった調子でルイズがいうと、カズキはやがて、のっそりと動き出した。心の中で、臓物をブチ撒けられながら。
「も、もうお婿にいけない…」
「どうせあんたわたしの使い魔なんだから、そんな心配する必要ないわよ」
どうにかこうにか、ルイズに服を着付け…その間、カズキは五度死んだ。
顔を両手で伏せ、しくしく泣くカズキと、憮然とした表情で携帯を弄るルイズが扉から現れる。
部屋を出ると、幾つか並んだ木製の扉、そのうちの手前の一つが開かれ、そこから燃えるような赤髪の女の子が現れた。
ルイズどころかカズキより高く思える身長、そして見事なプロポーションを持ち、むせるような色気を放っている。
彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。
「おはよう。ルイズ」
ルイズは顔をしかめると、携帯を閉じて嫌そうに挨拶を返した。
「おはよう。キュルケ」
「昨日は珍しく騒がしかったじゃない。愉快な曲も聞こえてきたし、随分使い魔と仲良くなったのね」
どうやら携帯の着メロが隣まで響いていたようだ。キュルケと呼ばれた女の子は、くすくすと笑った。
「で、あなたの使い魔って、それ?」
カズキを指して、馬鹿にしたように言う。
「そうよ」
「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!」
気持ちいいくらい大笑されて、カズキは微妙な気分になった。人間だからって、ここまで笑われたのは初めてだ。
「『サモン・サーヴァント』で平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」
ルイズは白い頬を朱に染めながら
「うるさいわね」
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で召喚成功よ」
「あっそ」
へぇ、召喚って一回で成功するわけでもないんだ。
カズキが何処かズレた事を考えていると
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。
「あ、昨日の大トカゲ。君の使い魔だったんだ」
昨日、中庭で見た一匹。尻尾に火を灯す、強そうなやつだ。カズキはフレイムと呼ばれたトカゲと、その主人を交互に見た。
「あら、使い魔同士、もう面識はあるのね。フレイムって言うのよ。よろしくね」
その頭を撫でながら応える。フレイムは気持ち良さそうに目を細めた。口から火をぽうっと吹いて、挨拶の代わりだろうか。
「オレは武藤カズキ。よろしく」
「ちょっと、なに勝手に名乗ってるのよ」
「ムトウカズキ?変な名前ね」
ルイズを差し置いて、つい自己紹介。フレイムに。キュルケの感想を受け、カズキは変だ変だと言われることにそろそろ慣れてきていた。
「傍に居て、熱くないの?」
「あたしにとっては、涼しいぐらいね」
平然とした調子で返してくる。うーん、そういうもんなんだろうか。
「これってサラマンダー?」
ルイズは悔しそうに聞いた。
「そうよー。火トカゲよー。見て、この尻尾。此処まで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ。
好事家に見せたら、値段なんかつかないわよ?」
「そりゃあ、良かったわね」
キュルケの明るい声と対照的に、苦々しい声でルイズは言った。
「素敵でしょう、あたしの属性ぴったり」
「あんた『火』属性だもんね」
「ええ、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。
でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」
キュルケは得意げにずい、と胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、悲しいかな、ボリュームが違いすぎる。
それでもルイズはキュルケを睨みつけた。かなりの負けず嫌いのようだ。
「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」
そんなルイズの言葉に対し、キュルケはにっこりと余裕の笑みを見せた。
「ま、いいわ。じゃ、お先に失礼」
そう言うと、炎のような赤髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。そのあとを、ちょこちょことフレイムが可愛く追う。
キュルケが居なくなると、ルイズは拳を握り
「くやしー!なんなのあの女!自分が火竜山脈のサラマンダー召喚したからって!ああもう!!」
「別にいいんじゃない?何召喚したって、大して変わるわけでもないんだし」
「よくないわよ!メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ!
なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!!」
どうにも理解しがたいことでがなられる。別に人間でもいいんじゃないか?
「なんでって言われても。それにほら、下手な動物より、同じ人間のほうがいいんじゃない?」
あまりこういう考え方はしたくはないが。そして、カズキの場合は、まだ、が付く。
「メイジと平民じゃ、狼と犬ほどの違いがあるのよ」
ルイズはそこだけ得意げに語った。ふーん、と返して。
まぁ、オレを呼び寄せたり、空を飛んだりは普通の人間にはできないしな。
カズキはそんな風に納得した。
「ところで、今のキュルケさん、だっけ?他の人も時々『ゼロのルイズ』って言ってたけど、『ゼロ』ってなに?」
「ただのあだ名よ。キュルケなら『微熱』ね。それと、あいつにさんは要らないわよ」
「あだ名か。確かに『微熱』、って感じだよなぁ」
思い返してみる。年のころは、自分より年上だろうか。そんな気がする。
顔は彫りが深く、美人さんだった。服の着崩し方も良かった。うん、表紙を飾ってたら買うかもしれない。
そこまで考えて、カズキは本気で斗貴子にごめんなさいした。ブチ撒けられた。
「で、『ゼロ』は?」
「知らなくてもいいことよ」
ルイズはばつが悪そうに言った。なんなんだ、一体。
「どうせあんたわたしの使い魔なんだから、そんな心配する必要ないわよ」
どうにかこうにか、ルイズに服を着付け…その間、カズキは五度死んだ。
顔を両手で伏せ、しくしく泣くカズキと、憮然とした表情で携帯を弄るルイズが扉から現れる。
部屋を出ると、幾つか並んだ木製の扉、そのうちの手前の一つが開かれ、そこから燃えるような赤髪の女の子が現れた。
ルイズどころかカズキより高く思える身長、そして見事なプロポーションを持ち、むせるような色気を放っている。
彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。
「おはよう。ルイズ」
ルイズは顔をしかめると、携帯を閉じて嫌そうに挨拶を返した。
「おはよう。キュルケ」
「昨日は珍しく騒がしかったじゃない。愉快な曲も聞こえてきたし、随分使い魔と仲良くなったのね」
どうやら携帯の着メロが隣まで響いていたようだ。キュルケと呼ばれた女の子は、くすくすと笑った。
「で、あなたの使い魔って、それ?」
カズキを指して、馬鹿にしたように言う。
「そうよ」
「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!」
気持ちいいくらい大笑されて、カズキは微妙な気分になった。人間だからって、ここまで笑われたのは初めてだ。
「『サモン・サーヴァント』で平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」
ルイズは白い頬を朱に染めながら
「うるさいわね」
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で召喚成功よ」
「あっそ」
へぇ、召喚って一回で成功するわけでもないんだ。
カズキが何処かズレた事を考えていると
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。
「あ、昨日の大トカゲ。君の使い魔だったんだ」
昨日、中庭で見た一匹。尻尾に火を灯す、強そうなやつだ。カズキはフレイムと呼ばれたトカゲと、その主人を交互に見た。
「あら、使い魔同士、もう面識はあるのね。フレイムって言うのよ。よろしくね」
その頭を撫でながら応える。フレイムは気持ち良さそうに目を細めた。口から火をぽうっと吹いて、挨拶の代わりだろうか。
「オレは武藤カズキ。よろしく」
「ちょっと、なに勝手に名乗ってるのよ」
「ムトウカズキ?変な名前ね」
ルイズを差し置いて、つい自己紹介。フレイムに。キュルケの感想を受け、カズキは変だ変だと言われることにそろそろ慣れてきていた。
「傍に居て、熱くないの?」
「あたしにとっては、涼しいぐらいね」
平然とした調子で返してくる。うーん、そういうもんなんだろうか。
「これってサラマンダー?」
ルイズは悔しそうに聞いた。
「そうよー。火トカゲよー。見て、この尻尾。此処まで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ。
好事家に見せたら、値段なんかつかないわよ?」
「そりゃあ、良かったわね」
キュルケの明るい声と対照的に、苦々しい声でルイズは言った。
「素敵でしょう、あたしの属性ぴったり」
「あんた『火』属性だもんね」
「ええ、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。
でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」
キュルケは得意げにずい、と胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、悲しいかな、ボリュームが違いすぎる。
それでもルイズはキュルケを睨みつけた。かなりの負けず嫌いのようだ。
「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」
そんなルイズの言葉に対し、キュルケはにっこりと余裕の笑みを見せた。
「ま、いいわ。じゃ、お先に失礼」
そう言うと、炎のような赤髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。そのあとを、ちょこちょことフレイムが可愛く追う。
キュルケが居なくなると、ルイズは拳を握り
「くやしー!なんなのあの女!自分が火竜山脈のサラマンダー召喚したからって!ああもう!!」
「別にいいんじゃない?何召喚したって、大して変わるわけでもないんだし」
「よくないわよ!メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ!
なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!!」
どうにも理解しがたいことでがなられる。別に人間でもいいんじゃないか?
「なんでって言われても。それにほら、下手な動物より、同じ人間のほうがいいんじゃない?」
あまりこういう考え方はしたくはないが。そして、カズキの場合は、まだ、が付く。
「メイジと平民じゃ、狼と犬ほどの違いがあるのよ」
ルイズはそこだけ得意げに語った。ふーん、と返して。
まぁ、オレを呼び寄せたり、空を飛んだりは普通の人間にはできないしな。
カズキはそんな風に納得した。
「ところで、今のキュルケさん、だっけ?他の人も時々『ゼロのルイズ』って言ってたけど、『ゼロ』ってなに?」
「ただのあだ名よ。キュルケなら『微熱』ね。それと、あいつにさんは要らないわよ」
「あだ名か。確かに『微熱』、って感じだよなぁ」
思い返してみる。年のころは、自分より年上だろうか。そんな気がする。
顔は彫りが深く、美人さんだった。服の着崩し方も良かった。うん、表紙を飾ってたら買うかもしれない。
そこまで考えて、カズキは本気で斗貴子にごめんなさいした。ブチ撒けられた。
「で、『ゼロ』は?」
「知らなくてもいいことよ」
ルイズはばつが悪そうに言った。なんなんだ、一体。
昨日は厨房側から見た食堂。表から入ると、長いテーブルが三つ並べられ、ルイズたち二年生は真ん中のテーブルだった。
どうやらマントの色は学年で決まるらしい。正面に向かって左側は、ちょっと大人びた感じの三年生。紫のマントをつけている。
右側には、茶色のマントをつけたメイジたち。一年生だろうか。学年別の腕章みたいだ、とカズキは思った。
すべての食事は、基本此処で取るらしく、教師、生徒ひっくるめて、学院中のメイジが居るようだ。
豪華絢爛な装飾がそこかしこに為され、今からなにかパーティーでもあるのだろうか、と思うほどだった。
目まぐるしく動くカズキの視線がお気に召したか、ルイズは得意げに
「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。
『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。
だから食堂も、貴族の食卓に相応しいものでなければならないのよ」
とのたまった。
「へぇ~」
本当の本当に、貴族社会なのだ。カズキは目を丸くした。
「わかった?ホントなら、あんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」
「ありがと。ところで、アルヴィーズってなに?」
「…小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう?」
説明するルイズの視線の先、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。今にも動き出しそうだ。
「あれって動くの?」
「っていうか、夜中になると踊ってるわ。いいから椅子をひいてちょうだい。気の利かない使い魔ね」
ルイズが腕を組みながら言った。しかたない、今自分はルイズの使い魔なのだ。
カズキがルイズのために椅子を引くと、ルイズは礼も言わず、当然とばかりに座った。
「あ、ちなみにあんたのは、これね」
ルイズは床を指差した。そこに、皿が一枚置いてある。
肉のかけらの浮いたスープが盛られており、皿の端に硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置いてあった。
「へ?」
カズキはテーブルを見た。豪勢な料理が並んでいた。次いで床を見た。やはり、皿が一枚だけだった。
「あのね?ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、中」
テーブルに頬をつきながら、ルイズがそう言った。
どうやらマントの色は学年で決まるらしい。正面に向かって左側は、ちょっと大人びた感じの三年生。紫のマントをつけている。
右側には、茶色のマントをつけたメイジたち。一年生だろうか。学年別の腕章みたいだ、とカズキは思った。
すべての食事は、基本此処で取るらしく、教師、生徒ひっくるめて、学院中のメイジが居るようだ。
豪華絢爛な装飾がそこかしこに為され、今からなにかパーティーでもあるのだろうか、と思うほどだった。
目まぐるしく動くカズキの視線がお気に召したか、ルイズは得意げに
「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。
『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。
だから食堂も、貴族の食卓に相応しいものでなければならないのよ」
とのたまった。
「へぇ~」
本当の本当に、貴族社会なのだ。カズキは目を丸くした。
「わかった?ホントなら、あんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」
「ありがと。ところで、アルヴィーズってなに?」
「…小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう?」
説明するルイズの視線の先、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。今にも動き出しそうだ。
「あれって動くの?」
「っていうか、夜中になると踊ってるわ。いいから椅子をひいてちょうだい。気の利かない使い魔ね」
ルイズが腕を組みながら言った。しかたない、今自分はルイズの使い魔なのだ。
カズキがルイズのために椅子を引くと、ルイズは礼も言わず、当然とばかりに座った。
「あ、ちなみにあんたのは、これね」
ルイズは床を指差した。そこに、皿が一枚置いてある。
肉のかけらの浮いたスープが盛られており、皿の端に硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置いてあった。
「へ?」
カズキはテーブルを見た。豪勢な料理が並んでいた。次いで床を見た。やはり、皿が一枚だけだった。
「あのね?ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、中」
テーブルに頬をつきながら、ルイズがそう言った。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
祈りの声が唱和され、食堂に響く。ルイズももちろん、それに加わっていた。
やがて食事が始まる。カズキは、この食事量はやはりないと思ったのか
「なぁルイズ」
「なによ」
「これ、流石にもうちょっとなんとかなんない?」
皿を掲げてみせる。どう見ても、一日の始まりに足りるとは思えない。
「まったく…」
ルイズはぶつくさ言いながら、鳥の皮をはぐと、カズキの皿に落とした。
「これだけ?」
「そ。これ以上は癖になるからダメ」
ルイズはおいしそうに豪華な料理を頬張り始めた。
「癖って…ま、いいけどさ」
どうにも、ルイズの態度に不満がつのる。が、仕方がないので、目の前のそれで空腹を補おうとする。
下手に食事を取らなくて、そんな理由でエネルギードレインが発動したら目も当てられない。
「あ、意外と美味いねこれ」
味付けが好みだったのか、パンとスープをさらっと平らげるカズキだった。わりと単純である。
祈りの声が唱和され、食堂に響く。ルイズももちろん、それに加わっていた。
やがて食事が始まる。カズキは、この食事量はやはりないと思ったのか
「なぁルイズ」
「なによ」
「これ、流石にもうちょっとなんとかなんない?」
皿を掲げてみせる。どう見ても、一日の始まりに足りるとは思えない。
「まったく…」
ルイズはぶつくさ言いながら、鳥の皮をはぐと、カズキの皿に落とした。
「これだけ?」
「そ。これ以上は癖になるからダメ」
ルイズはおいしそうに豪華な料理を頬張り始めた。
「癖って…ま、いいけどさ」
どうにも、ルイズの態度に不満がつのる。が、仕方がないので、目の前のそれで空腹を補おうとする。
下手に食事を取らなくて、そんな理由でエネルギードレインが発動したら目も当てられない。
「あ、意外と美味いねこれ」
味付けが好みだったのか、パンとスープをさらっと平らげるカズキだった。わりと単純である。
どこか物足りない食事も程なく終わり、カズキはルイズに連れられて、魔法学校の教室へ向かった。
なんというか、大学の講義室みたいな感じだ。一番下の段に黒板と教師用の教卓があり、そこから段々と席が続く。
ちなみにすべて石で出来ている。
二人が教室に入ると、先に教室にいた生徒が一斉に振り向いた。
そして、くすくすと笑い始める。昨日といい、今といい、気になる。
先ほどのキュルケも居た。周りを男子が取り囲んでおり、なるほど、男の子がイチコロと言うのはホントだったようだ。
周りを囲んだ男子生徒に、女王のように祭り上げられている。カズキの教室ではなかなか見られない光景だった。
こちらに気づくと、軽く手を振ってきた。ルイズはぷいと顔を逸らした。
男子が何人かがこちらを睨んできた。カズキも思わず顔を逸らした。
見ると、皆様々な使い魔を連れていた。昨日中庭で見たものが、ちらほらと見受けられる。
そのうちに、ルイズはぶすっとした表情で、席の一つに腰掛けた。教材を机の上に用意する。
カズキも隣に座った。ルイズが睨む。
「…なに」
「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」
カズキは周りを見た。なるほど。席に着く使い魔なんて一匹も居ない。
しかし、こうも人間扱いされないとは…使い魔の基準が基準だからだろうけれど。
だからといってカズキにしても、この扱いを不快に思い始めた。
「あ、そう」
席を立ちながら、カズキ。そのまま床に座ろうとする…が、どうにも窮屈だ。
「後ろで立っててもいいの?」
「別に構わないけれど…仕方ないわね。席に座っていいわよ」
「どっちなんだよ」
結局先ほどと同じように座ることになった。次第に、席が生徒で埋まっていく。
程なくして、扉が開く。中年の女性が入ってきた。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。
ふくよかな頬が、優しい雰囲気を漂わせている。
「あのおばさんも魔法使い?」
「当たり前じゃない」
なんとなく聞いたカズキに、呆れ声で返すルイズ。入ってきた女性は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。
「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。
このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴルーズと名乗った教師は、俯くルイズと、その隣のカズキに目を向け
「おやおや。随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
と、とぼけた調子で言うと、周囲で笑いが起こった。そこだけ、カズキはシュヴルーズにちょっといやな気持ちを覚えた。
「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いてた平民連れてくるなよ!」
途端、ルイズは立ち上がり、髪を揺らしながら怒鳴った。
「違うわ!きちんと召喚したんだもの!こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな!『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
その言葉を端に、笑いの質が変わった。耳につく嫌な笑い声だ。
「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」
「かぜっぴきだと?俺は風上のマリコルヌだ!風邪なんか引いてないぞ!」
「あんたのガラガラ声、まるで風邪引いてるみたいなのよ!」
マリコルヌと呼ばれた生徒が立ち上がり、ルイズを睨みつける。
こいつ呼ばわりされたカズキは、オレも別に来たくて来たわけじゃない、と思った。
そのうちに、シュヴルーズが小ぶりな杖を振ると、ルイズとマリコルヌは糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。
「ミス・ヴァリエール、ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はおやめなさい
お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」
その言葉に、またもくすくすと笑いが漏れる。
シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回すと、杖を振った。
笑っていた生徒たちの口に、どこから現れたのか、赤い粘土が押し付けられる。
「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」
室内が静かになる。カズキはなんだかなぁ、と思った。
では授業を始めます、とシュヴルーズが続けた。
一つ咳を置いて、杖を振る。すると、教卓の上に石ころがいくつか現れた。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。
魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・グランドプレ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」
名指しされた先ほどの生徒が答える。
昨日ルイズが言っていた四系統っていうのは、こういうのか。
カズキは漠然と理解した。シュヴルーズは頷くと
「今は失われた系統魔法である『虚無』をあわせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。
その五つの系統の中で、『土』は最も重要な位置を占めていると私は考えます。
それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」
再び重く咳をする。ふむふむ、とカズキは聞き入っている。こういう授業は初めてなので、興味はある。
「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。
この魔法がなければ、重要な金属も作り出すこともできないし、加工することもできません。
大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることになるでしょう。
このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密着に関係しているのです」
なるほど、とカズキは思った。こっちの世界では、どうやら魔法がカズキの世界での科学技術に相当するらしい。
ルイズが、メイジと言うだけで威張っている理由がなんとなくわかった。
シュヴルーズの言を信じるなら、魔法だけで石でできた一軒家が建つ。犬と狼ほども違う、とは的を射た表現だ。
「今から皆さんには、『土』系統魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。
一年生のときにできるようになった人も居るでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」
『錬金』。昨夜、ルイズとの会話に出てきた言葉だ。『土』の魔法なのか。そういや金属を作り出すって言ってたっけ。
シュヴルーズは、石ころに軽く杖を振る。そして短くルーンを唱えると、石ころが光りだした。
光が収まると、ただの石ころだったそれは、ピカピカと光る金属に変わっていた。キュルケが身を乗り出し
「ごご、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」
「違います、ただの真鍮ですよ。ゴールドを錬金できるのは、『スクウェア』クラスのメイジだけです。
私はただの、『トライアングル』ですから」
途中に一つ咳をして、シュヴルーズは言った。そこまで聞いてカズキは
「なぁ。スクウェアとかトライアングルって、なに?」
「授業中なのに…ま、いいわ。系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」
「?」
疑問符を浮かべるカズキに、ルイズは小さな声で説明する。
「たとえば、『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』の系統も足せば、さらに強力な呪文になるの」
「なるほど」
「『火』『土』のように、二系統を足せるのが『ライン』メイジ。
シュヴルーズ先生のように、『土』『土』『火』、三つ足せるのが、『トライアングル』メイジってことね」
「同じのを二つ足すのは?」
「その系統がより強力になるわ」
「なるほど。つまりあそこの先生は、『トライアングル』メイジで、かなり強力なメイジ、と」
「そのとおりよ」
「で、ルイズは、幾つ足せるの?」
その問いに、ルイズは黙ってしまった。すると、喋っているのを見咎められたか。
「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
ルイズはびくりと震えると、首をすくめて返事をした。
「授業中の私語は慎みなさい!使い魔とお喋りする暇があるのでしたら、あなたにやってもらいましょう」
「え、わたし?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてご覧なさい」
しかしルイズは、立ち上がらず、困ったようにもじもじするだけだ。
なんだ?今のシュヴルーズみたいに、パッと変えればいいだけじゃないか。
「ミス・ヴァリエール。どうしたのですか?」
シュヴルーズが再度聞くと、キュルケが困ったような声を挙げた。
「先生」
「なんです?」
「やめておいたほうがいいと思います」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケがきっぱりと告げると、教室のすべての生徒がうんうん、と頷いた。
「危険?どうしてですか?」
「先生は、ルイズを教えるのは初めてでしたよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。
失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、ルイズは立ち上がり
「やります」
そう言うと、緊張した顔で、つかつかと教卓のほうへと降りていく。
ルイズが隣に来ると、シュヴルーズはにっこりと笑いかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
ルイズは頷くと、手に持った杖を振り上げた。
その姿は一枚の絵のように様になっており、今にも杖の先から光が飛び出しそうであった。
こうして遠目に見る分には、かなり可愛い女の子に思える。その実、本性はすさまじいものだが。
思い返してみると、部屋を出るまではそうでもなかったが、食堂からこっち、どうにも扱いが酷い。
命をとられるようなことはないものの、まるで犬や猫だ。普段大らかな性格のカズキにしても、少し思うところがある。
けれど、とカズキは考える。ルイズは、話がまったく通じない相手でもないことは確かだ。昨日話してみて、それはわかる。
なら、話してみればきっと大丈夫だろうと、自然そう思った。
そんな風に考えていると、前の生徒はすっぽりと机の影に隠れてしまっていた。見ると周りの、ほぼ全員が身を隠している。
それどころか、退室する生徒まで居た。後ろで木製の扉が開く音が聞こえた。
何故だろうか。何か不穏な空気を感じる。皆、何故かルイズに魔法を使わせるのを異様に嫌がっていた。
昨日からの、皆からのルイズへの態度。これもまた、カズキは気になっていた。
あれだけ可愛い女の子なのに、あまり人気があるようには見えない。
皆からは『ゼロ』と二つ名で呼ばれ、どこかバカにされているというか。
虐められてるんだろうか、と漠然と思い始めていた。
そのうちに、ルイズは目を瞑り、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
すると、机ごと石ころは爆発を起こした。
至近距離で爆風をもろに受け、ルイズとシュヴルーズはそのまま黒板に叩きつけられた。
悲鳴が上がり、驚いた使い魔たちが騒ぎ出す。キュルケが席を立ち、ルイズに指を突きつけて
「だから言ったのよ!ルイズにやらせるなって!」
「もう、ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
「あぁ!俺のラッキーが蛇に食われた!ラッキーが!」
めいめい騒ぎ出す。大混乱である。カズキは呆然と見入っていた。
シュヴルーズは床に倒れている。気絶してるだけのようで、ぴくぴくと痙攣している。
煤で真っ黒になったルイズが、むくりと立ち上がる。
爆風で服のあちこちが裂け、見るも無残な姿であった。怪我らしい怪我はないようだ。
そのまま、周りを意に介した風もなく、取り出したハンカチで顔に付いた煤を拭うと
「ちょっと失敗したみたいね」
とんでもない大物である。
その言葉に、他の生徒から反発の声が挙がった。
「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
事ここに至り、カズキはやっと、ルイズが何故そんな二つ名で呼ばれているのか理解した。
ルイズを見ると、罵声を浴びながらも澄ました顔を保っている。が、肩が微かに震えているのが見て取れた。
なんというか、大学の講義室みたいな感じだ。一番下の段に黒板と教師用の教卓があり、そこから段々と席が続く。
ちなみにすべて石で出来ている。
二人が教室に入ると、先に教室にいた生徒が一斉に振り向いた。
そして、くすくすと笑い始める。昨日といい、今といい、気になる。
先ほどのキュルケも居た。周りを男子が取り囲んでおり、なるほど、男の子がイチコロと言うのはホントだったようだ。
周りを囲んだ男子生徒に、女王のように祭り上げられている。カズキの教室ではなかなか見られない光景だった。
こちらに気づくと、軽く手を振ってきた。ルイズはぷいと顔を逸らした。
男子が何人かがこちらを睨んできた。カズキも思わず顔を逸らした。
見ると、皆様々な使い魔を連れていた。昨日中庭で見たものが、ちらほらと見受けられる。
そのうちに、ルイズはぶすっとした表情で、席の一つに腰掛けた。教材を机の上に用意する。
カズキも隣に座った。ルイズが睨む。
「…なに」
「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」
カズキは周りを見た。なるほど。席に着く使い魔なんて一匹も居ない。
しかし、こうも人間扱いされないとは…使い魔の基準が基準だからだろうけれど。
だからといってカズキにしても、この扱いを不快に思い始めた。
「あ、そう」
席を立ちながら、カズキ。そのまま床に座ろうとする…が、どうにも窮屈だ。
「後ろで立っててもいいの?」
「別に構わないけれど…仕方ないわね。席に座っていいわよ」
「どっちなんだよ」
結局先ほどと同じように座ることになった。次第に、席が生徒で埋まっていく。
程なくして、扉が開く。中年の女性が入ってきた。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。
ふくよかな頬が、優しい雰囲気を漂わせている。
「あのおばさんも魔法使い?」
「当たり前じゃない」
なんとなく聞いたカズキに、呆れ声で返すルイズ。入ってきた女性は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。
「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。
このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴルーズと名乗った教師は、俯くルイズと、その隣のカズキに目を向け
「おやおや。随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
と、とぼけた調子で言うと、周囲で笑いが起こった。そこだけ、カズキはシュヴルーズにちょっといやな気持ちを覚えた。
「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いてた平民連れてくるなよ!」
途端、ルイズは立ち上がり、髪を揺らしながら怒鳴った。
「違うわ!きちんと召喚したんだもの!こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな!『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
その言葉を端に、笑いの質が変わった。耳につく嫌な笑い声だ。
「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」
「かぜっぴきだと?俺は風上のマリコルヌだ!風邪なんか引いてないぞ!」
「あんたのガラガラ声、まるで風邪引いてるみたいなのよ!」
マリコルヌと呼ばれた生徒が立ち上がり、ルイズを睨みつける。
こいつ呼ばわりされたカズキは、オレも別に来たくて来たわけじゃない、と思った。
そのうちに、シュヴルーズが小ぶりな杖を振ると、ルイズとマリコルヌは糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。
「ミス・ヴァリエール、ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はおやめなさい
お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」
その言葉に、またもくすくすと笑いが漏れる。
シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回すと、杖を振った。
笑っていた生徒たちの口に、どこから現れたのか、赤い粘土が押し付けられる。
「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」
室内が静かになる。カズキはなんだかなぁ、と思った。
では授業を始めます、とシュヴルーズが続けた。
一つ咳を置いて、杖を振る。すると、教卓の上に石ころがいくつか現れた。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。
魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・グランドプレ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」
名指しされた先ほどの生徒が答える。
昨日ルイズが言っていた四系統っていうのは、こういうのか。
カズキは漠然と理解した。シュヴルーズは頷くと
「今は失われた系統魔法である『虚無』をあわせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。
その五つの系統の中で、『土』は最も重要な位置を占めていると私は考えます。
それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」
再び重く咳をする。ふむふむ、とカズキは聞き入っている。こういう授業は初めてなので、興味はある。
「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。
この魔法がなければ、重要な金属も作り出すこともできないし、加工することもできません。
大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることになるでしょう。
このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密着に関係しているのです」
なるほど、とカズキは思った。こっちの世界では、どうやら魔法がカズキの世界での科学技術に相当するらしい。
ルイズが、メイジと言うだけで威張っている理由がなんとなくわかった。
シュヴルーズの言を信じるなら、魔法だけで石でできた一軒家が建つ。犬と狼ほども違う、とは的を射た表現だ。
「今から皆さんには、『土』系統魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。
一年生のときにできるようになった人も居るでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」
『錬金』。昨夜、ルイズとの会話に出てきた言葉だ。『土』の魔法なのか。そういや金属を作り出すって言ってたっけ。
シュヴルーズは、石ころに軽く杖を振る。そして短くルーンを唱えると、石ころが光りだした。
光が収まると、ただの石ころだったそれは、ピカピカと光る金属に変わっていた。キュルケが身を乗り出し
「ごご、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」
「違います、ただの真鍮ですよ。ゴールドを錬金できるのは、『スクウェア』クラスのメイジだけです。
私はただの、『トライアングル』ですから」
途中に一つ咳をして、シュヴルーズは言った。そこまで聞いてカズキは
「なぁ。スクウェアとかトライアングルって、なに?」
「授業中なのに…ま、いいわ。系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」
「?」
疑問符を浮かべるカズキに、ルイズは小さな声で説明する。
「たとえば、『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』の系統も足せば、さらに強力な呪文になるの」
「なるほど」
「『火』『土』のように、二系統を足せるのが『ライン』メイジ。
シュヴルーズ先生のように、『土』『土』『火』、三つ足せるのが、『トライアングル』メイジってことね」
「同じのを二つ足すのは?」
「その系統がより強力になるわ」
「なるほど。つまりあそこの先生は、『トライアングル』メイジで、かなり強力なメイジ、と」
「そのとおりよ」
「で、ルイズは、幾つ足せるの?」
その問いに、ルイズは黙ってしまった。すると、喋っているのを見咎められたか。
「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
ルイズはびくりと震えると、首をすくめて返事をした。
「授業中の私語は慎みなさい!使い魔とお喋りする暇があるのでしたら、あなたにやってもらいましょう」
「え、わたし?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてご覧なさい」
しかしルイズは、立ち上がらず、困ったようにもじもじするだけだ。
なんだ?今のシュヴルーズみたいに、パッと変えればいいだけじゃないか。
「ミス・ヴァリエール。どうしたのですか?」
シュヴルーズが再度聞くと、キュルケが困ったような声を挙げた。
「先生」
「なんです?」
「やめておいたほうがいいと思います」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケがきっぱりと告げると、教室のすべての生徒がうんうん、と頷いた。
「危険?どうしてですか?」
「先生は、ルイズを教えるのは初めてでしたよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。
失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、ルイズは立ち上がり
「やります」
そう言うと、緊張した顔で、つかつかと教卓のほうへと降りていく。
ルイズが隣に来ると、シュヴルーズはにっこりと笑いかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
ルイズは頷くと、手に持った杖を振り上げた。
その姿は一枚の絵のように様になっており、今にも杖の先から光が飛び出しそうであった。
こうして遠目に見る分には、かなり可愛い女の子に思える。その実、本性はすさまじいものだが。
思い返してみると、部屋を出るまではそうでもなかったが、食堂からこっち、どうにも扱いが酷い。
命をとられるようなことはないものの、まるで犬や猫だ。普段大らかな性格のカズキにしても、少し思うところがある。
けれど、とカズキは考える。ルイズは、話がまったく通じない相手でもないことは確かだ。昨日話してみて、それはわかる。
なら、話してみればきっと大丈夫だろうと、自然そう思った。
そんな風に考えていると、前の生徒はすっぽりと机の影に隠れてしまっていた。見ると周りの、ほぼ全員が身を隠している。
それどころか、退室する生徒まで居た。後ろで木製の扉が開く音が聞こえた。
何故だろうか。何か不穏な空気を感じる。皆、何故かルイズに魔法を使わせるのを異様に嫌がっていた。
昨日からの、皆からのルイズへの態度。これもまた、カズキは気になっていた。
あれだけ可愛い女の子なのに、あまり人気があるようには見えない。
皆からは『ゼロ』と二つ名で呼ばれ、どこかバカにされているというか。
虐められてるんだろうか、と漠然と思い始めていた。
そのうちに、ルイズは目を瞑り、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
すると、机ごと石ころは爆発を起こした。
至近距離で爆風をもろに受け、ルイズとシュヴルーズはそのまま黒板に叩きつけられた。
悲鳴が上がり、驚いた使い魔たちが騒ぎ出す。キュルケが席を立ち、ルイズに指を突きつけて
「だから言ったのよ!ルイズにやらせるなって!」
「もう、ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
「あぁ!俺のラッキーが蛇に食われた!ラッキーが!」
めいめい騒ぎ出す。大混乱である。カズキは呆然と見入っていた。
シュヴルーズは床に倒れている。気絶してるだけのようで、ぴくぴくと痙攣している。
煤で真っ黒になったルイズが、むくりと立ち上がる。
爆風で服のあちこちが裂け、見るも無残な姿であった。怪我らしい怪我はないようだ。
そのまま、周りを意に介した風もなく、取り出したハンカチで顔に付いた煤を拭うと
「ちょっと失敗したみたいね」
とんでもない大物である。
その言葉に、他の生徒から反発の声が挙がった。
「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
事ここに至り、カズキはやっと、ルイズが何故そんな二つ名で呼ばれているのか理解した。
ルイズを見ると、罵声を浴びながらも澄ました顔を保っている。が、肩が微かに震えているのが見て取れた。