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タバサと不死者 第三章

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 タバサは女を睨みつけ、
「≪屍人鬼≫」と低くつぶやくと、
杖を掲げ、早口に呪文を唱えだした。
「待って、待ってください! わたしは≪屍人鬼≫じゃありません!」
 女はおびえた声でそう叫ぶと、両手を前に突き出しあとずさった。
「騎士様、お話ししたいというのは、この傷のことなのです! わたしを助けてください! どうか、どうかあいつを退治してください!
このままでは、わたしは本当に――」
「あいつ?」
 シルフィードが当惑したようすで口を挟んだ。
「あいつって、吸血鬼のこと?」
 女はシルフィードの方に向き直ると、何度も大きくうなずいた。
「そうです! あいつは……あの化け物は、今夜もわたしの所にやって来ます! そう言っていたんです!」
 その言葉を耳にして、シルフィードは困惑に眉根を寄せ、タバサは青い瞳に謎めいた光を浮かべた。
「詳しく聞かせて」
 タバサにそう促された女は、おずおずと言葉を紡いだ。
「あの、ここではちょっと目立ってしまいますし、立ち話もなんですから……川の向こうの空き家まで来ていただけませんか? わたしは、
そこで寝泊りしているんです。すぐそこです、一リーグも離れていませんから」
 そう言って女が歩き出すと、タバサはなんの躊躇もなくその後について行った。
「きゅっ?」
 主人の意外な行動にしばらく呆然としていたシルフィードは、気を取り直すと、小走りでタバサを追いかけた。
 タバサの隣に並ぶと腰をかがめ、ひそひそと耳打ちした。
「お姉さま、ついてっちゃだめ。これはきっと罠なのね!」
 シルフィードは、五ヤードほど先を行く女の背に、疑いの眼差しを浴びせた。
「ついてった先にはきっと、吸血鬼が待ち構えているのね。自分たちの縄張りに誘い込んでから、魔法を使う暇も与えずに襲いかかってくるつもりね、
きゅい! 怖い!」
「それはない」
 タバサは冷ややかに答えた。
「わたしたちを騙すつもりなら、わざわざ首の傷を見せたりはしない。自分が≪屍人鬼≫だと疑われるようなことはしない」
「でもでも、そう思わせて油断させる作戦かも……」
 シルフィードはなおも食い下がったが、タバサに
「吸血鬼が現れるならかえって好都合。探す手間が省ける」と言われて口を閉ざした。

 タバサたちが三人がたどり着いたのは、広々とした草地に面した、石造りの小屋だった。
 すぐそばにはささやかな菜園が設けられていたが、そこには、初夏の陽射しを浴びて旺盛な生命力をいや増した雑草がはびこっており、
何が植えられていたのか判別もつかない有様に成り果てていた。
「ここです。街で聞いた話では、以前は陶工の夫婦が住んでいたそうですが、二週間ほど前に逃げ出してしまったそうです……吸血鬼を恐れて」
 そう言うと女は小屋の扉を開け、タバサとシルフィードを中へとうながした。
「お姉さま」
 シルフィードは、覚悟を決めたような表情でタバサに言った。
「まずシルフィが先に入って中を調べるから、何かあったらすぐに助けに来て欲しいのね。メイジは≪使い魔≫を見捨てない、でしょ? でしょ?」
「杞憂」
 タバサは小さくつぶやいた。

 タバサとシルフィードは、床に敷かれた毛布の上に、並んで腰を下ろし、石壁に背中を預けていた。
 小屋の中に異状がないことを確認したシルフィードは、なおも周囲をきょろきょろと見回し、いっぽうタバサは、杖を手にしたままじっと女を
見つめていた。
 タバサの視線を非難がましいものだと勘違いした女は、しきりに頭を下げ、
「申し訳ございません、騎士様。椅子のことにまで気が回らなくて……」と弁解した。
 小屋の住人は一切合財を持ち去っており、そこには、腰掛けのかわりになる物さえ見つからなかったのだ。
「構わない」
 タバサが答えた。
「きゅい、気にしなくてもいいのね」
 シルフィードは笑ってうなずいた。
「そういえばまだ聞いてなかったけど、あなたのお名前は?」
 シルフィードの問いに、女ははっとして口許に手を当てた。
「申し遅れました、わたしはローザといいます。生まれはゲルマニア東部のゼーロウ。歌とレベックの音色で日々の糧を稼ぐ、しがない旅芸人です」
 女はそう言ってお辞儀をすると、自らの身に何が起こったのかかを語りだした。

「この地に来たのは、三日前のことでした。途中で出会った旅人たちは皆、アルジャンタン地方には近寄るな、あそこは吸血鬼に魅入られた
死と荒廃の土地だ、と私に忠告してくれました」
 そこまで言ってから、ローザは大きく溜息をつき、スカーフを巻きつけた首筋を軽くさすった。
「ああ、あの人たちの言葉に素直に従ってさえいれば、こんな厄介ごとには巻き込まれずにすんだのに! 吸血鬼騒ぎの噂を聞いたわたしは
怯えるどころか、かえって奮い立ったのです――恐怖に震え絶望に沈む人々を、音楽で元気づけてあげようと。今思えば、愚かな考えでした。
メルドープの町の広場で行った最初の興行は、まずまずの成功と言ってよいものでした。町の人々は、わたしの歌声と音色に、拍手と銅貨で
応えてくれたのですから。その後でわたしは、一軒の小屋が空き家になっていることを知りました。陶工とその妻が吸血鬼を恐れて、
孤立した家を捨て、どこか遠くへ逃げ出したことを。宿代を惜しんだわたしは、そこに寝泊りすることに決めました」
「それが、ここなのね」
 シルフィードの言葉に、ローザはうなずいた。
「ご覧のとおり、空き家になってからまだそれほど経っていないので清潔ですし、扉も頑丈なので閂(かんぬき)さえ掛けておけば安心して眠れる、
そう思っていたのですが……考えが甘かったのです。あいつには、あの化け物には通用しませんでした」
「吸血鬼」
 タバサがぽつりとつぶやくと、ローザは鋭く眼を細めタバサたち主従の顔を見やり、数秒の後、ためらいがちに口を開いた。
「あれが現れたのは、昨晩遅くのことでした。毛布にくるまって眠っていたわたしがふと目を覚ますと、
小屋の中に、何者かの気配を感じたのです。
扉も窓も閉ざしていたはずなのに、どうやって潜り込まれたのかはわかりません。周りは真っ暗で、相手の姿はまったく見えませんでした。
しかし、あいつの瞳が放つ赤く不気味な輝きだけは、はっきりと目にしました。あの二つの光を見た瞬間に、相手が人間ではないことがわかりました。
あんな眼をした生き物を、わたしは他に知りません。竜やバジリスクの眼光よりも恐ろしい、邪悪そのものの輝きなのです。あの瞳を見たわたしは、
魔法をかけられたように、身動きひとつとれなくなりました――悲鳴をあげることも、視線をそらすこともできなくなってしまったのです。それから……」
 ローザが唐突に口ごもった。
「それから、どうなったの?」
 シルフィードが緊張した声で先をうながした。
「騎士様……その、申し上げにくいことですが、実はわたし、それから何が起きたのか、はっきり覚えていないんです」
 ローザは申し訳なさそうにうつむき、ぼそぼそとつぶやいた。
「あの眼を見てから先のことは、すべてが夢うつつの中で……はっきり覚えていることといえば、あいつが姿を消す間際にわたしの耳元でささやいた、
ある言葉だけです」
「な、なんて言ったの?」
 シルフィードは怯えた口調で訊いた。
「あいつは言いました。『その赤い髪が気に入った。お前のような女を探していたのだ。お前を、この異郷の地で初めての、
我が≪血族≫に加えてやろう』と。あいつの声は、聞いたことのない奇妙な訛りがあって、ぶっきらぼうだけど妙に生気に欠けた、
不気味なものでした。そして、ぞっとするような含み笑いを漏らし『怖いか? 逃げ出したいか? だが、お前には≪印≫をつけた。
どこへ逃げ隠れようと、俺にはお前の居場所がわかる。忘れるな、お前はもう俺の物だ。次の夜を、さらに次の夜を楽しみにしておけ。
俺との逢瀬を重ね、お前は≪血族≫へと生まれ変わるのだ』と言ったのです。
わたしはその後すぐ意識を失い、次に目を覚ましたのは、夜明け前のことでした。わたしは最初、すべてはただの夢だと思いました
――ここに来るまでにさんざん耳にした吸血鬼騒ぎの噂が惹き起こした、ひどい悪夢だと。しかし、わたしの首筋には、あいつの言う≪印≫が
くっきりと刻まれていたのです」
 そう言って、ローザは首に巻いたスカーフをほどき、二つの傷跡を露わにした。
「きゅっ……」
 傷を見たシルフィードは息を呑んだ。
「で、でも、やっぱりほんとのほんとは夢で、その傷は、ヒルかなにかに咬まれた跡とかじゃないの?」
「残念ながら、違います」
 ローザは沈痛な面持ちでかぶりを振った。
「わたしはこれまで、街道から外れた野山を行くことも度々で、そこで何種類もの虫に刺され、また、刺された人たちを見てきましたが、
こんな咬み跡を残す虫を見たことはありません。この地方だけに棲む、珍しい種類がいるというのなら話は別ですが」
 タバサは無言のまますっくと立ち上がり、ローザの首の傷を覗き込んだ。
「確かに、ヒルとは違う」
 タバサはそう言うと、感情のこもらない淡々とした声で続けた。
「あなたは吸血鬼に咬まれた。しかし、どういうわけか≪屍人鬼≫にはならなかった。その事は信じる」
「本当ですか? ありがとうございます、騎士様!」
 ローザは喜びの声を上げた。
「ああ、騎士様たちに出会えて、本当によかった。この傷のことを誰にも言えず、困り果てていたところだったんです。
町の中で誰かにこの傷を見られたら、わたしはたちまち≪屍人鬼≫扱いされ、弁解する暇もなく殺されてしまっていたでしょうから」
「そんな、大げさなのね」
 シルフィードが笑うが、ローザの表情は真剣そのものだった。
「わたしは今まで何度も見てきました――よそ者というだけで罪の疑いをかけられ、まともな調べもなしに罰を与えられた、流れ者や難民を。
町の人たちに、吸血鬼と関わりがあると疑われてしまえば、もうおしまいです。みんなは恐怖と怒りに熱狂し、復讐を果たそうとするでしょう」
 ローザは溜息をつき、寂しげな微笑を浮かべた。
「どこの国でも流れ者というのは、味方のいない、肩身の狭い存在なのですよ……そんなことより」
 そう言って、身を乗り出すと
「後生です!」と叫んだ。
 彼女の美貌は極度の恐怖に歪み、切れ長の瞳には涙が浮かんでいた。
「騎士様、どうかあの化け物を退治してください! あいつは今夜も必ず現れます! あいつの言う≪血族≫がどういうものかは解りませんが、
きっと≪屍人鬼≫のようなもの――あるいは、もっと悪いものに違いありません。わたしは、そんなものになりたくない!
吸血鬼の下僕になるのを待つくらいなら、今この場で、自ら命を絶ったほうがましです! お願いです、騎士様!」
 ローザの哀願に耳を傾けていたタバサは、しばらく考え込むような表情(少なくとも、シルフィードにはそう見えた)をしていたが、
やがてこくりとうなずくと
「わかった。ここで吸血鬼が現れるのを待つ」と告げた。
「ただし、この小屋の外で」

 浅い眠りの中にいたシルフィードは、何者かが自分の頬を軽く叩いていることに気づいて目を覚まし、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
 彼女の目に映ったのは、天頂に昇った青い月のおぼろな光に照らし出された、タバサの姿だった。
「交替の時間」
 タバサはそう言うと、シルフィードの鼻先に懐中時計を突きつけた。
「ええ~、もう? お姉さま、シルフィが時計のことをよく知らないからって、ずるしてない? 全然寝た気がしないのね……きゅいぃ」
 シルフィードがあくびをかみ殺しながら抗議したが、タバサは黙ってかぶりを振った。
 タバサとシルフィードがそんなやりとりを交わしていたのは、ローザが寝泊りする小屋から少し離れた、背の高い茂みの陰だった。
 タバサは、心細いので一緒に居て欲しい、というローザの頼みに耳を貸さず、この茂みから小屋を見張り、吸血鬼が現れるのを
待つことに決めた。
 小屋の中に三人も人間が居ては(うちひとりの正体は韻竜だが)、ローザを狙う吸血鬼が、今夜の襲撃を断念するかもしれない、と考えたのだ。
 タバサの立てた作戦は、恐怖に震えるローザを餌にして吸血鬼を釣り上げるという非情な代物だった――タバサの目的は、
ゲルマニア出身の旅芸人を守ることではなく、あくまで吸血鬼を退治することにある。
 陽が沈み周囲が暗くなる頃に、タバサが最初の見張り役に立ち、シルフィードは後に備えて仮眠を取っていたのだ。
「お姉さま、こんなの時間と体力の無駄遣いなのね」
 目にかかる前髪を払いのけながら、シルフィードがひそひそ声で不満を漏らした。
「あの小屋は扉も窓もきちんと閉まるし、床も頑丈ね。侵入に使えそうなのは煙突くらいだけど、今回の吸血鬼はサビエラ村の時と違って、
2メイルもある大男なんでしょ? どうやったって、こっそり忍び込めるわけがないのね。だから、ローザさんに噛みついたのはきっと、
ただの虫。あの人は、夢と現実の区別がつかなくなっちゃっただけなのね」
 タバサは何も答えず、地面に敷いた毛布に身を横たえると、
「静かに」と告げてから目を閉じた。
 長時間にわたって眠気と退屈を相手に闘う夜の見張りは、タバサが思っていた以上に、己の心身を疲労させていたのだ。
 見張りのあいだ、常に小屋の方に向けられていた彼女の視界に飛び込んだ動く物といえば、風にそよぐ草と木の葉、
夜空を舞う夜鷹やフクロウ、そしてコウモリだけだった。

「眠いけど寝ちゃだめ、眠いけど寝ちゃだめ。お姉さまに叱られる。ごはん抜きは嫌。うう~」
 シルフィードは、自身にしか聞こえない小さな声でもごもごとつぶやきながら、必死の思いで眠気に耐えていた。
 彼女は自らの頬をつねり、大きく首を振り、屈伸を繰り返して、どうにか眠りに落ちないように頑張っていた。
「きゅい、何も来るはずないのね。あんなお話を信じちゃうなんて、お姉さまらしくもない――」
 シルフィードの言葉は、そこで途切れた。
 韻竜の鋭敏な耳が、何者かが床を踏み鳴らす音と、半ば喉に詰まったようなあえぎ声を捉えたのだ。
 狼狽した彼女が呆然としていると、小屋の中からか細い悲鳴が上がった――ローザの声だった。


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